説明

MoTiターゲット材およびその製造方法

【課題】 膜剥離の問題を改善し、さらに低い電気抵抗値を維持できる、MoTiターゲット材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明は、Tiを20〜80原子%含有し残部がMoおよび不可避的不純物からなる組成を有し、前記不可避的不純物の一である水素が10質量ppm以下であるMoTiターゲット材である。また、本発明のMoTiターゲット材は、MoTi焼結体を100Pa未満の圧力、800℃以上、0.5時間以上の条件で熱処理する工程とで得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング等の物理蒸着技術に用いられるMoTiターゲット材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、平面表示装置の一種である薄膜トランジスタ型液晶ディスプレイ等の薄膜電極および薄膜配線等には、低抵抗なAl、Cu、Ag、Au等の純金属膜またはそれらを主体とする合金膜が用いられるようになっている。しかし、一般にこれらの薄膜は、電極・配線として要求される耐熱性、耐食性、密着性のいずれかが劣るという問題や、他元素と拡散層を形成し必要な電気的特性が失われる等の問題がある。
【0003】
そこで、これらの問題を解決するため、基板に対する下地膜やカバー膜として、高融点金属である純MoやMo合金が使用されるようになってきている。特に、AlやCu系等の配線・電極膜の下地膜やカバー膜としてMoTi薄膜が提案され、このMoTi薄膜を形成するためのターゲット材に関しては、例えば特許文献1や特許文献2のような提案がなされている。
特許文献1や特許文献2の実施例における製造方法では、所定粒径のMo粉末とTi粉末を原料粉末として用いて、加圧焼結して作製したMoTi焼結体から作製したMoTiターゲット材が記載されている。特許文献1に開示されるMoTiターゲット材は、スパッタリング成膜の際に、スプラッシュやパ−ティクルの発生を格段に低減させることができるという点では優れたターゲット材である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−255440号公報
【特許文献2】特開2007−297654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者の検討によると、特許文献1に開示されるMoTiターゲット材をスパッタリングして得られたMoTi薄膜は、電気抵抗値が高くなる場合があることを確認した。配線膜やそれらの下地膜あるいはカバー膜として使用する場合には、電気抵抗値は低いほどよい。
また、得られたMoTi薄膜の膜応力が大きくなる場合があることも確認した。膜応力の増加は、エッチングや洗浄等の次工程において、膜剥離等の問題が生じ、電子部品の信頼性低下に繋がる。
【0006】
本発明の目的は、上記課題に鑑み、膜剥離の問題を改善し、さらに低い電気抵抗値を維持できる、MoTiターゲット材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、例えば特許文献1に開示される薄膜を形成するためのMoTiターゲット材を詳細に調査したところ、ターゲット材の水素含有量が100質量ppmを越えることを確認した。そして、この水素が上述した膜剥離や電気抵抗値の上昇という問題を誘発させることを確認し、MoTiターゲット材の水素含有量を従来よりも低減することにより上記の問題が解消できることを知見し、本発明に到達した。
すなわち本発明は、Tiを20〜80原子%含有し残部がMoおよび不可避的不純物からなる組成を有し、前記不可避的不純物の一である水素が10質量ppm以下であるMoTiターゲット材である。
【0008】
また、本発明のMoTiターゲット材は、MoTi焼結体を100Pa未満の圧力、800℃以上、0.5時間以上の条件で熱処理することで得ることができる。
また、前記MoTi焼結体は、
(1)Mo一次粒子が凝集したMo凝集体を平均粒径10μm以下に解砕してMo粉末を作製する工程と、
(2)平均粒径50μm以下のTi粉末を準備する工程と、
(3)前記Mo粉末と前記Ti粉末とを、Tiを20〜80原子%含有するように混合してMoTi混合粉末を作製する工程と、
(4)前記MoTi混合粉末を加圧焼結してMoTi焼結体を作製する工程とで製造されることが好ましい。
また、本発明における加圧焼結は、焼結温度800〜1500℃、圧力10〜200MPaで1〜20時間行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水素含有量を極限まで制限したMoTiターゲット材を提供できるため、例えば配線膜やそれらの下地膜やカバー膜としてMoTi薄膜を使用する場合には、電気抵抗値が低く抑えることができ、尚且つ膜応力を低減し膜剥離の問題を解決でき、電子部品の製造における工業的価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】試料No.6〜No.11のターゲット材を光学顕微鏡で観察した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の特徴は、MoTiターゲット材に含まれる不可避的不純物の一である水素含有量を10質量ppm以下に制限したことにある。また、本発明の特徴は、この水素含有量を制限したMoTiターゲット材を得る方法として、減圧下での熱処理を採用した点にもある。以下、本発明のMoTiターゲット材の特徴について詳しく説明する。
【0012】
本発明のMoTiターゲット材に含まれる不可避的不純物の一である水素は、10質量ppm以下に制限する。これは、水素含有量が10質量ppmより高い場合は、スパッタ中にMoTiターゲット材から放出される水素によって、形成されたMoTi薄膜の応力増加や比抵抗の上昇を引き起こす場合があるためである。
ここで、膜応力の増加は、上述したようにエッチングや洗浄等の次工程において、膜剥がれ等の問題に繋がることが懸念される。また、電極の下地膜やカバー膜として使用する場合には、電極と同様に低抵抗であることが好ましいため、比抵抗の上昇も問題となる。したがって、本発明のMoTiターゲット材に含まれる不可避的不純物である水素は、10質量ppm以下に制限する。また、水素を5質量ppm以下に制限することがより好ましい。
また、本発明のMoTiターゲット材のTi含有量は、20〜80原子%とする。これは、20原子%未満では形成した薄膜の耐食性向上の効果が低く、80原子%を超えるとエッチング性が低下してしまうためである。
また、本発明のMoTiターゲット材は、その組織が均一になることで、スパッタリング時にターゲット材表面が均等にスパッタされ、ノジュールやパーティクル等の問題を抑制する効果も期待できる。
【0013】
次に、本発明のMoTiターゲット材の製造方法について詳しく説明する。
本発明のMoTiターゲットの製造方法では、MoTi焼結体を100Pa未満の圧力、800℃以上、0.5時間以上の条件で熱処理を実施することで、MoTi焼結体中の水素含有量を低減することが可能となる。また、本発明は、この条件で熱処理を実施することにより、MoTi焼結体の酸化や窒化を抑制することも可能となる。
熱処理温度が800℃より低い場合には、焼結体の脱水素を十分に進行させることが難しいため、本発明は、熱処理温度を800℃以上とする。一方、熱処理温度が1650℃より高い場合にはTiが溶融するため、熱処理温度は1650℃以下で行うことが好ましい。
また、炉内圧力が100Paを超える場合には、焼結体の脱水素を十分に進行させることが難しいため、本発明では100Pa未満の圧力で熱処理を行う。一方、10−4Paより減圧にするのは実生産において現実的ではない。好ましくは、10−3Paまで減圧にする。
また、熱処理時間は、0.5時間以下であると、焼結体の脱水素の進行が不十分であり、本発明では0.5時間以上とする。一方、40時間を超える熱処理を行うのは実生産において現実的ではない。好ましくは、30時間以内とする。
【0014】
本発明において、前記MoTi焼結体は、以下の(1)〜(4)の工程を経て製造することが好ましい。
(1)Mo一次粒子からなるMo凝集体を平均粒径10μm以下に解砕してMo粉末を作製する工程
本発明においては、粒径5μm程度のMo一次粒子がネットワーク状に連なった多孔状のMo凝集体を、例えばジェットミル、インパクトミル等で平均粒径10μm以下に解砕することが好ましい。これにより、本発明は、Ti粉末と混合したときにMoの分散性を向上させることができる。ここで、解砕後のMo粉末の平均粒径が10μmより大きい場合は、粗大なMo凝集体がターゲット中に含まれることにより、焼結が十分に行なわれず相対密度が低下したり、Mo凝集体の多孔部にTi相が形成されにくくなり、成分偏析を誘発したりする虞があり、Moの分散性が阻害される。このため、本発明は、平均粒径10μm以下になるまで解砕することが好ましい。
尚、本発明で用いるMo粉末には、粒径が10μm以下であれば、上記のMo一次粒子そのものを用いることもできる。
【0015】
(2)平均粒径50μm以下のTi粉末を準備する工程および
(3)前記Mo粉末と前記Ti粉末とを、Tiを20〜80原子%含有するように混合してMoTi混合粉末を作製する工程
次に、平均粒径が50μm以下のTi粉末を準備し、該Ti粉末と解砕したMo粉末とを、例えばV型混合機、クロスロータリー混合機、ボールミル等で、Tiを20〜80原子%含有するように混合することで、均一なMoTi混合粉末を得ることができる。ここで、Ti粉末の平均粒径を50μm以下としたのは、Ti粉末の平均粒径が50μmより大きい場合には、MoTi焼結体において、均一微細な組織が得られなくなるためである。
【0016】
(4)前記MoTi混合粉末を加圧焼結してMoTi焼結体を作製する工程
本発明では、MoTiの焼結を加圧焼結により実施する。加圧焼結は、例えば熱間静水圧プレスやホットプレスが適用可能であり、焼結温度800〜1500℃、圧力10〜200MPaで1〜20時間の条件で行うことが好ましい。
これらの条件の選択は、加圧焼結の設備に依存する。例えば熱間静水圧プレスは低温高圧の条件が適用しやすく、ホットプレスは高温低圧の条件が適用しやすい。本発明では、加圧焼結に、高温下での加圧容器とTi粉末との反応を抑制するために、低温高圧の熱間静水圧プレスを用いることが好ましい。
なお、焼結温度が800℃未満では、焼結が進みにくく現実的ではない。一方、焼結温度が1500℃を超えると、耐え得る装置が限られること、焼結体の結晶成長が著しくなって均一微細な組織が得にくくなる。
また、加圧力は、10MPa以下では焼結が進みにくく現実的ではない。一方、加圧力が200MPaを超えると耐え得る装置が限られるという問題がある。
また、焼結時間は、1時間以下では焼結を十分に進行させることが難しい。一方、焼結時間が20時間を超えると製造効率において避ける方がよい。
【0017】
なお、熱間静水圧プレスやホットプレスで加圧焼結をする際には、MoTi混合粉末を加圧容器や加圧用ダイスに充填した後に、加熱しながら減圧脱気をすることが好ましい。減圧脱気は、加熱温度100〜600℃の範囲で、大気圧(101.3kPa)より低い減圧下で行うことが好ましい。それは、得られる焼結体の酸素を低減することが可能となるためである。
【0018】
本発明のMoTiターゲット材の相対密度は、95%以上であることが好ましい。ターゲット材の相対密度が低くなると、ターゲット材中に存在する空隙が増加し、空隙を基点としてスパッタリング工程中に、異常放電の原因となるノジュールの発生が起こりやすくなる。特に、相対密度が95%に満たないと、ノジュールが発生する確率が高くなるため、好ましくは相対密度100%以上である。
本発明における相対密度は、アルキメデス法により測定されたかさ密度を、本発明のMoTiターゲット材の組成比から得られる質量比で算出した元素単体の加重平均として得た理論密度で除した値に100を乗じて得た値をいう。具体的には、Mo、Tiの密度として、各々10.22×10kg/m、4.50×10kg/mの値を用い、組成比から得られる質量比で算出した元素単体の加重平均として得た値を理論密度の値として用いる。Mo相およびTi相が独立してなるものに比べMoTi合金の密度が高くなるため、本発明のMoTiターゲット材は、相対密度が100%を超えることがより好ましい。
【実施例1】
【0019】
以下に、本発明の実施例について説明する。
先ず、粒径が5μmのMo一次粒子が凝集したMo凝集体をジェットミルで解砕して平均粒径8μmの解砕処理Mo粉末を得た。次に、平均粒径25μmのTi原料粉末を準備した。続いて、得られた解砕処理Mo粉末とTi原料粉末とを、原子%で50%Mo−50%Tiとなるようにクロスロータリー混合機で混合し、軟鋼製加圧容器に充填した後、該加圧容器に脱気口を有する上蓋を溶接した。次いで、450℃の温度下で真空脱気し、温度800℃、圧力118MPaの条件下で5時間保持する熱間静水圧プレス処理によって、MoTi焼結体を得た。
次に、得られたMoTi焼結体を300℃、500℃、800℃、1100℃、1400℃の各温度で、それぞれ真空度10−2Paで20時間の熱処理を実施し、MoTiターゲット材を得た。また、比較のために熱処理を行なわないMoTiターゲット材を上記と同様な方法で用意した。
【0020】
上記で得た各MoTiターゲット材から機械加工により試験片を採取し、水素含有量と相対密度を測定した。ここで、相対密度は、アルキメデス法により測定されたかさ密度を、本発明のMoTiターゲット材の組成比から得られる質量比で算出した元素単体の加重平均として得た理論密度で除した値に100を乗じて得た値とした。
また、MoTiターゲット材中の水素含有量は、熱伝導度法を採用した水素分析装置(株式会社堀場製作所製、型式番号:EMGA−921)で測定した。尚、本実験で使用した混合後のMoTi混合粉末の水素含有量は、131ppmであった。
表1に示すように、本発明MoTiターゲット材は、所定の減圧下における熱処理により、水素含有量を10質量ppm以下に低減したことが確認できた。
【0021】
【表1】

【実施例2】
【0022】
粒径が5μmのMo一次粒子が凝集したMo凝集体をジェットミルで解砕して平均粒径8μmの解砕処理Mo粉末を得た。次に、平均粒径25μmのTi原料粉末を準備した。続いて、得られた解砕処理Mo粉末とTi原料粉末とを、原子%で50%Mo−50%Tiとなるようにクロスロータリー混合機で混合し、軟鋼製加圧容器に充填した後、該加圧容器に脱気口を有する上蓋を溶接した。次いで、450℃の温度下で真空脱気し、温度1000℃、圧力118MPaの条件下で5時間保持する熱間静水圧プレス処理によって、MoTi焼結体を得た。
続いて、得られた焼結体を1000℃、1150℃の各温度で、それぞれ真空度10−2Pa、熱処理時間5、10時間の熱処理を実施し、MoTiターゲット材を得た。
【0023】
上記で得た各MoTiターゲット材から機械加工により試験片を採取し、水素含有量と相対密度を測定した。ここで、相対密度は、アルキメデス法により測定されたかさ密度を、本発明のMoTiターゲット材の組成比から得られる質量比で算出した元素単体の加重平均として得た理論密度で除した値に100を乗じて得た値とした。
また、MoTiターゲット材中の水素含有量は、熱伝導度法を採用した水素分析装置(株式会社堀場製作所製、型式番号:EMGA−921)で測定した。尚、本実験で使用した混合後のMoTi混合粉末の水素含有量は、30質量ppmであった。
表2に示すように、本発明MoTiターゲット材は、所定の減圧下における熱処理により、水素含有量を10質量ppm以下に低減したことが確認できた。
【0024】
【表2】

【0025】
上記で得た試料No.6〜No.11のMoTiターゲット材から機械加工により試験片を採取し、ミクロ組織を光学顕微鏡で観察した。その結果を図1に示す。
この結果から、熱処理温度を上げるほど、また時間を長くするほど合金化が進み、組織が均一になることが確認できた。
【実施例3】
【0026】
上記で得た試料No.1とNo.6のMoTiターゲット材から、直径164mm、厚さ5mmのMoTiターゲット材を機械加工で切り出し、銅製のバッキングプレ−トにろう付けした。その後、スパッタ装置(キャノンアネルバ株式会社製、型式番号:C−3010)に上記で得た各MoTiターゲット材を取り付けて、ガラス基板上に厚さ300nmのMoTi薄膜を形成した。このときのスパッタ放電条件は、圧力0.5Paのアルゴンガス雰囲気下で、投入電力は1000Wとした。
【0027】
上記で得たMoTi薄膜の応力と比抵抗を、4端子薄膜抵抗率測定器(株式会社ダイヤインスツルメンツ製、型式番号:MCP−T400)を用いて測定した。また、膜応力は、Siウエハ上に300nmのMoTi薄膜を形成して、その反りをレーザー変位計(浜松フォトニクス株式会社製、型式番号:PM−3)を用いて測定した。形成したMoTi薄膜の応力と比抵抗を表3に示す。
【0028】
【表3】

【0029】
表3に示すように、本発明のMoTiターゲット材は、焼結体の熱処理を行なわなかった比較例に比べて、水素含有量が10質量ppm以下と低く、尚且つスパッタリングによって形成されたMoTi薄膜の応力と比抵抗が小さく、高性能なMoTi薄膜が得られたことがわかる。本発明のMoTiターゲット材によれば、電子部品の配線膜やそれらの下地膜あるいはカバー膜として好適な薄膜を形成できることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tiを20〜80原子%含有し残部がMoおよび不可避的不純物からなる組成を有し、前記不可避的不純物の一である水素が10質量ppm以下であることを特徴とするMoTiターゲット材。
【請求項2】
MoTi焼結体を100Pa未満の圧力、800℃以上、0.5時間以上の条件で熱処理する工程を有することを特徴とするMoTiターゲット材の製造方法。
【請求項3】
前記MoTi焼結体は、(1)Mo一次粒子が凝集したMo凝集体を平均粒径10μm以下に解砕してMo粉末を作製する工程と、(2)平均粒径50μm以下のTi粉末を準備する工程と、(3)前記Mo粉末と前記Ti粉末とを、Tiを20〜80原子%含有するように混合してMoTi混合粉末を作製する工程と、(4)前記MoTi混合粉末を加圧焼結してMoTi焼結体を作製する工程とで製造されることを特徴とする請求項2に記載のMoTiターゲット材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−82998(P2013−82998A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−200240(P2012−200240)
【出願日】平成24年9月12日(2012.9.12)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】