説明

N−アセチルグルコサミンの誘導体を含有するピロリ菌増殖抑制剤

【課題】簡便にかつ大量に製造でき、特異的にピロリ菌増殖を抑制する化合物を含み、安全で、耐性菌を生じさせないピロリ菌増殖抑制剤の提供。
【解決手段】ピロリ菌増殖抑制剤は、GlcNAcと、式(1)で表されるN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体、又は式(2)で表されるN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体の少なくとも何れかを含有する。 GlcNAc1-α-O-Y ・・・(1)(式(1)中、Yは、置換基を有していてもよい芳香環含有基;アシル基を示す) GlcNAc1-α-Gal-Z ・・・(2)(式(2)中、Zは、末端水素基、炭素数1〜8のアルコキシ基、糖鎖、ペプチドまたは脂質を示す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消化性潰瘍や胃癌等の原因となるピロリ菌の増殖を抑制するN−アセチルグルコサミンの誘導体を含む増殖抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクターピロリ菌(Helicobacter pylori)は、慢性胃炎患者の胃粘膜から分離培養されたグラム陰性のらせん菌である(非特許文献1)。このようなピロリ菌は、慢性胃炎や消化性潰瘍だけでなく、胃癌や胃悪性リンパ腫等の重篤な胃疾患の発症にも密接に関連していることが明らかとなっている(非特許文献2)。
【0003】
ピロリ菌感染者は世界人口の半数にも達すると言われているが、全ての感染者が重篤な胃疾患に進展するわけではない。この事実は、ピロリ菌感染から防御する機構が胃粘膜自体に備わることを、示唆している。
【0004】
ピロリ菌は、胃粘膜の表層から分泌される表層粘液内に棲息するが、粘膜中ないし粘膜深層から分泌される腺粘液中に棲息していない。この腺粘液は、N−アセチルグルコサミンα残基(αGlcNAc残基)とガラクトース残基(Gal残基)とを有するGlcNAcα1→4Galβ残基含有O-グリカンの糖鎖を特徴的に含んでいる。そのため、この糖鎖は、胃粘膜をピロリ菌感染から防御しているという可能性が、示唆されている。
【0005】
非特許文献3には、ピロリ菌増殖に対するαGlcNAc残基の影響について記載されている。αGlcNAc結合を非還元末端に持つコア2分岐型O-グリカン(GlcNAcα1-4Galβ1-4GlcNAcβ1-6(GlcNAcα1-4Galβ1-3)GalNAc)が結合した糖タンパク質類は、ピロリ菌の増殖や運動能を著しく抑制し、同時に菌体の伸長や輪郭の不整・断片化等の著しい変化を起こす旨、記載されている。これら一連の変化は、αGlcNAc残基を持たないO-グリカンでは認めらない。また、前記のαGlcNAc残基を有する糖鎖が存在している時のピロリ菌の形態観察から推察したとおり、菌体の細胞表層にあるグリコシルコレステロール成分(CGL)が有意に減少しているとも記載されている。
【0006】
ピロリ菌は、CGLを必須とするが、自らコレステロールを合成できない(非特許文献4)。このためピロリ菌は、外界からコレステロールを摂取し、菌の細胞膜付近でグルコースを付加して細胞壁を構築すると、考えられている。前記のαGlcNAc残基を有する糖鎖には、この細胞壁の構築を阻害する性質があると推察される。しかし、前記のαGlcNAc結合を非還元末端に持つコア2分岐型O-グリカンの化学合成や酵素合成は、多工程を要するうえ、コストがかかり実用的ではない。
【0007】
また、特許文献1には、より小さなGalβ3GlcNAcまたはGalβ3GalNAcを包含する糖鎖のピロリ結合性物質が開示されている。
【0008】
現在のピロリ菌感染の治療法は、これらの糖鎖を用いたものではなく、1種類のプロトンポンプ阻害薬と2種類の抗生物質との3剤併用による除菌が中心である。3剤併用療法では、耐性菌が出現して再発したり、副作用が発現したりするという問題がある。
【0009】
【非特許文献1】Marshall BJ, Warren JR. Lancet 1984; I:1311-1315.
【非特許文献2】Peek RM Jr, Blaser MJ. Nature. Rev. Cancer 2002; 2: 28-37.
【非特許文献3】Kawakubo M, et al. Science 2004; 305: 1003-1006.
【非特許文献4】Hirai Y, et al. J. Bacteriol. 1995; 177: 5327-5333.
【特許文献1】特表2003−517015号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、簡便にかつ大量に製造でき、特異的にピロリ菌増殖を抑制する化合物を含み、安全で、耐性菌を生じさせないピロリ菌増殖抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するためになされたもので特許請求の範囲の請求項1に記載されたピロリ菌増殖抑制剤は、
GlcNAcと、
下記化学式(1)
GlcNAc1-α-O-Y ・・・(1)
(式(1)中、Yは、アルキル基、アルコキシル基、アルケニル基、アルキニル基、アラルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、スルホン基、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、アミノカルボニル基、ハロゲン基、シアノ基、メルカプト基、スルフィド基、カルボキシルアルキル基、およびカルボキシルアミノアルキル基から選ばれる置換基を有していてもよい芳香環含有基;アシル基を示す)
で表されるN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体と、
下記化学式(2)
GlcNAc1-α-Gal-Z ・・・(2)
(式(2)中、Zは、末端水素基、炭素数1〜8のアルコキシ基、糖鎖、ペプチドまたは脂質を示す)
で表されるN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体との少なくとも何れかを含有することを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載されたピロリ菌増殖抑制剤は、請求項1に記載されたもので、前記N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体中、前記芳香環含有基が、前記置換基を有していてもよい、フェニル基、アラルキル基、またはベンズアミドポリエーテル基であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載されたピロリ菌増殖抑制剤は、請求項1に記載されたもので、前記N−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体が、下記化学式(3)〜(7)
【0014】
【化1】

で表される少なくとも何れかであることを特徴とする。
【0015】
なお、化学式(1)〜(7)中、Galはガラクトース、Fucはフコース、GlcNAcはN−アセチルグルコサミン、GalNAcはN−アセチルガラクトサミン、GalNAc-olはN−アセチルガラクトサミニトールを示す。
【0016】
請求項4に記載された前記化学式(2)のN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体の製造方法は、哺乳動物の臓器組織を、界面活性剤含有水溶液中で破砕し、得られたホモジネートから不溶性物質を除去し、脱塩後、エタノール沈殿分画し、それをアルカリ条件下、還元することを特徴とする。
【0017】
請求項5に記載された飲食品は、請求項1に記載のピロリ菌増殖抑制剤を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明のピロリ菌増殖抑制剤は、N−アセチルグルコサミンや、N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体や、N−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体によりピロリ菌の増殖を抑制して、抗菌的に作用するというものである。これらの糖誘導体は、抗生物質投与時のような耐性菌出現の恐れがない。これら糖誘導体は、簡便に製造でき、大量の工業的生産に適している。
【0019】
とりわけ、N−アセチルグルコサミンや、N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は、合成により大量に製造することができる。
【0020】
N−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体は、脂溶性が向上している。また、天然素材から大量に製造することができる。
【0021】
これらの糖誘導体を含有するピロリ菌増殖抑制剤は、それら糖誘導体がピロリ菌の細胞壁構築を阻害してこの菌の増殖を抑制するので、抗ピロリ菌の薬効を示す。また、単独で使用し、または抗生物質等と併用することにより、ピロリ菌を胃内から完全に除去したり、慢性胃炎・消化性潰瘍・胃癌・胃悪性リンパ腫等の胃疾患の再発を防止したりすることができる。
【0022】
さらに、これら糖誘導体が、生体に存在するものであり、特異的にピロリ菌の増殖を抑制するものであるから、この増殖抑制剤は人体に対する安全性が高いものである。
【0023】
ピロリ菌増殖抑制剤を含有する飲食品は、胃疾患を軽減したり治癒したり予防したりするのに有用である。これら糖誘導体が強いピロリ菌増殖抑制作用を発現するから、飲食品に少量添加するだけで優れた抗ピロリ菌作用を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0025】
本発明のピロリ菌増殖抑制剤には、N−アセチルグルコサミン、N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体、またはN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体が含有されている。
【0026】
ピロリ菌増殖抑制剤に含まれるN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は、前記化学式(1)のとおりGlcNAc1-α-O-Yで示され、Yが置換基を有していてもよく、芳香環含有基、またはアセチル基のようなアシル基であるというもので、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)基がαで結合した構造を持っている。このN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体のアグリコンは、脂質であってもよい。
【0027】
その芳香環含有基は、置換基を有していてもよいフェニル基;置換基を有していてもよいベンジル基やフェネチル基のようなアラルキル基;置換基を有していてもよいベンズアミドで末端が置換されたポリエチルエーテルのようなポリエーテルが好ましく、フェニル基、ベンジル基であると一層好ましい。
【0028】
その芳香環含有基が有していてもよい置換基は、炭素数1〜21のアルキル基;炭素数2〜7のアルコキシル基、アルケニル基、アルキニル基;ベンジル基のようなアラルキル基;フェニル基のようなアリール基;ヘテロアリール基;カルボキシル基;前記と同様なアルコキシル基を有するアルコキシカルボニル基;水酸基;スルホン基;アミノ基;前記と同様なアルキル基を有するアルキルアミノ基;アミド基;アミノカルボニル基;フルオロ基やクロロ基やブロモ基のようなハロゲン基;メルカプト基;前記と同様なアルキル基やアリール基やアラルキル基を有するスルフィド基;カルボキシルアルキル基;カルボキシルアミノアルキル基が挙げられる。
【0029】
N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は、単独でもピロリ菌に対して優れた増殖抑制効果を有している。例えば、この単糖誘導体の200μM以上の濃度の培養液がピロリ菌と共存している場合、ピロリ菌の増殖を30%以下に抑える。特に500μM以上の濃度の培養液では、増殖を5%以下に抑える。この単糖誘導体は、培養液中でも、また胃内でも、分解しない。
【0030】
このN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は、単糖であるから、化学合成し易く、大量合成が可能である。さらにこの単糖誘導体は、芳香環含有基が置換基としてニトロ基を有しておらず、安定である。芳香環含有基が置換基としてニトロ基を有していると、十分な増殖抑制効果を奏しないばかりか、胃の酸性条件下で分解したり、有害なニトロフェノールを発生させてしまったりする。
【0031】
本発明のピロリ菌増殖抑制剤に含まれているN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体は、前記化学式(2)のとおりGlcNAc1-α-Gal-Zで示され、Zは、末端水素基;直鎖状、分岐鎖状または環状で炭素数1〜8のアルコキシ基、好ましくはエトキシ基;例えば糖鎖数1〜3の糖鎖;セリンやスレオニンを含むようなペプチド、または脂質であり、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)基がαでガラクトース(Gal)基にグリコシド結合した構造を持っている。αのグリコシド結合は解裂しにくいから、これらのオリゴ糖誘導体は、安定である。これらのオリゴ糖誘導体は、GlcNAc1-α-Gal基に起因してピロリ菌に対して優れた増殖抑制効果を有している。
【0032】
その中でも、Zが末端水素基や糖鎖であるものが特に好ましい。
【0033】
前記化学式(3)で示されるものでZが末端水素基であるオリゴ糖誘導体は、二糖のみからなるから、化学合成や、GlcNAcをGalにα1、4で糖転移するα4GnT酵素(Nakayama J, et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1999; 96: 8991-8996.)を用いた酵素合成により調製し易く、大量な入手が可能である。しかも小さな分子であっても、優れたピロリ菌増殖抑制効果を奏する。
【0034】
Zが末端水素基や糖鎖のオリゴ糖誘導体は、動物等が産生しているから、大量に入手し易い。とりわけ、前記化学式(3)〜(7)で示されるGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体が特に好ましい。
【0035】
このGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体の製造方法は、例えば、哺乳動物の胃から抽出、精製したムチン(粘液糖タンパク質)をアルカリ還元分解し、ムチンに結合しているオリゴ糖誘導体を切り出すというものである。哺乳動物の胃のムチンは、このオリゴ糖誘導体を多量に含有しているため、それの調製原料として好適である。哺乳動物の胃以外の臓器組織、哺乳動物以外の動物体の組織、および/または植物体の組織であっても、このオリゴ糖誘導体を生合成するものであれば、原料として用いることができる。
【0036】
(1)ムチンの調製
GlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を担持するムチンを個体から抽出、精製する。個体は、該ムチンを合成するものであればその種を問わないが、哺乳動物が好ましい。該ムチンを抽出する臓器は、GlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を多量に含むムチンを合成、分泌している胃粘膜や十二指腸のブルンネル腺が好ましい。これらの臓器組織からムチンを調製する方法は、例えば、ブタ胃粘膜を、界面活性剤を含む水溶液中で破砕・均質化し、得られたホモジネートから遠心分離等により不溶性物質を除去し、脱塩後、エタノール沈殿分画するというものである。エタノール沈殿分画におけるエタノールの濃度が70%以下であるとこのムチンを沈殿させることができるが、より純度の高いムチンを得るためには、33%エタノールで沈殿する画分を除去し、50%エタノールで沈殿する画分を集めることが好ましい。調製したムチンは減圧乾燥法にて溶媒を留去した後、アルカリ還元分解反応に供することができる。
【0037】
(2)GlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体の調製
ムチンからGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を切り出すには、ムチンをアルカリ条件下で加熱すればよいが、切り出されたGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体はアルカリ水溶液中でピーリングと呼ばれる分解反応により還元末端の糖から逐次分解するため、この分解反応を抑制するためには適当な還元剤(たとえば、シアノ水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素ナトリウム等)を共存させ、還元末端の糖をアルジトールに変換させることが有効である。還元剤を含む反応試液は0.1〜2mol/L水素化ホウ素ナトリウム含有0.01〜1mol/L水酸化ナトリウム水溶液、より好ましくは0.8〜1.2mol/L水素化ホウ素ナトリウム含有0.03〜0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液が好適である。反応条件としては、20〜80℃で3〜72時間処理することによってGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を得ることができるが、より効率良くGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を得るためには40〜60℃で8〜36時間処理することが好ましい。
【0038】
アルカリ還元分解反応後の反応液中には中性糖鎖、酸性糖鎖の他、塩類、アミノ酸類等が含まれているので、所望のGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を高純度で得るためにはこれを精製することが好ましい。精製にあたっては、反応液に酸を加えて還元剤を分解させた後、陽イオン交換カラムクロマトグラフィー、陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、ゲル濾過、HPLC等による精製が好適に用いられる。これら精製法の順番は、その記載順でもよく、順番を入れ替えてもよい。所望のGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体は、1〜19糖前後からなる糖鎖の混合物中に主に見出すことができるため、粗精製段階でゲル濾過を行なうことが好ましい。
【0039】
これらのN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体やN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体は、ピロリ菌増殖抑制剤として用いられる。これらの糖誘導体は、単独で用いられてもよく、複数を混合して用いてもよく、またランソプラゾールやオメプラゾールのようなプロトンポンプ阻害薬の1種とアモキシシリンおよびクライリストマイシンのような抗生物質の2種とを併用してもよい。
【0040】
これらのN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体やN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体は、飲食品に添加する飲食品添加剤として用いられる。飲食品は、ヨーグルト等の乳製品のような食品、水やココアやジュースのような飲料品が挙げられる。飲食品には、飲食品添加剤が0.003〜0.4%添加されることが好ましい。これら飲食品は、継続して摂取するものであると、ピロリ菌増殖抑制効果が高まり、慢性胃炎のような胃疾患等の消化性疾患の予防をすることができるので、一層好ましい。
【実施例】
【0041】
以下に、本発明のN−アセチルグルコサミンα結合糖誘導体を調製し、ピロリ菌増殖抑制剤等を調製した例を示す。
【0042】
本発明を適用する前記化学式(1)のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体の一例である4−メトキシフェニル N−アセチル−α−D−グルコサミニド(GlcNAcα-O-ph-OMe)について詳細に説明する。この誘導体は、以下のようにして合成される。下記化学反応式〔I〕を参照して説明する。なお、化学式〔I〕中、Bnはベンジル基、Acはアセチル基、Meはメチル基を表している。
【0043】
【化2】

【0044】
(調製例1:化学合成によるGlcNAcα-O-ph-OMeの調製)
(1-1. GlcNAcα-O-ph-OMe中間体の合成)
二口ナスフラスコに、イッテルビウム(III)トリフレート(124.2 mg, 0.2 mmol)を加え、アルゴンで置換した。これに、2−アセトアミド−3,4,6−トリ−O−ベンジル−2−デオキシ−α−D−グルコピラノシル アセテート(化合物8)(128mg,0.24mmol)と、4−メトキシフェノール(25mg,0.2mmol)とをそれぞれ0.5mLのジクロメタンで溶解して加えた。その後、0.1M三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体ジクロメタン溶液(60μL,0.006mmol)をマイクロシリンジで加えた。反応混合物を、室温で21時間かく拌した後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液と酢酸エチルとを加えて、有機層を分液抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後に、無機物を濾別し、有機溶媒を減圧留去すると、粗生成物が得られた。フラッシュクロマトグラフィーに付し展開溶媒(ジクロロメタン:酢酸エチル=7:1)により展開して精製すると、中間体である4−メトキシフェニル 2−アセトアミド−3,4,6−トリ−O−ベンジル−2−デオキシ−α−D−グルコピラノシド(化合物9)(100.6mg,収率84%)が得られた。
【0045】
それのH−NMRと13C−NMR(日本電子(株)製;JNM−ECA−600)による分光学的データは、下記に示すとおり、この化合物であることを支持している。
【0046】
1H-NMR (600 MHz, CDCl3); δ 1.77 (3H, s, H-8), 3.56 (1H, dd, J=11.0Hz, J=2.1Hz, H-6b), 3.68 (1H, s, H-5'), 3.69 (1H, d, J= 11.0 Hz, H-6a), 3.78 (1H, t, J= 8.9 Hz, H-4 ), 3.82 (1H, t, J= 9.3 Hz, J= 9.3 Hz, H-3 ), 3.87 (1H, ddd, J= 9.6 Hz, J= 3.4 Hz, J= 1.4Hz, H-5 ), 4.32 (1H, td, J= 9.6 Hz, J= 3.4 Hz, H-2), 5.28 (1H, d, J= 8.9 Hz, -NHAc), 5.35 (1H, d, J= 3.4 Hz, H-1 ), 6.72 (2H, d, J= 8.9 Hz, H-3'), 6.87 (2H, d, J= 8.9 Hz, H-2'), 4.84-4.38 (6H, m, -OCH2Ph ), 7.31-7.17 (15H, m, -OCH2Ph ); 13C-NMR (150 MHz, CDCl3); δ 23.35 (C-8 ), 52.60 (C-2 ), 55.60 (C-5'), 68.37 (C-6 ), 71.53 (C-5), 78.27 (C-4), 79.90 (C-3), 97.23 (C-1), 114.63 (C-3'), 117.97 (C-2'), 150.09 (C-1'), 155.21 (C-4'), 169.82 (C-7), 73.36-75.07 (-OCH2Ph), 137.95-138.36 (-OCH2C(CHCH)2CH), 128.53-127.60 (-OCH2C(CHCH)2CH)
【0047】
(1-2. GlcNAcα-O-ph-OMeの合成)
得られた4−メトキシフェニル 2−アセトアミド−3,4,6−トリ−O−ベンジル−2−デオキシ−α−D−グルコピラノシド(化合物9)を、テトラヒドロフラン−水の混合溶媒に溶解した。これに、水酸化パラジウム(79.1mg)を加えて、6時間、水素ガスをバブリングさせた。その後、無機物を濾別し、溶媒を濃縮すると、粗成生物の4−メトキシフェニル N−アセチル−α−Dグルコサミニドが得られた。これをイオン交換樹脂(三菱化学(株)社製、HP−20)に吸着させ、30%メタノール水溶液で溶出を行い、前記化学式(3)の一例である所望の4−メトキシフェニル N−アセチル−α−D−グルコサミニド(GlcNAcα−O−ph−OMe)(化合物10)(32.2mg,収率45%)を得た。
【0048】
それのH−NMRと13C−NMRとによる分光学的データは、下記に示すとおり、この化合物であることを支持している。
【0049】
1H-NMR (600 MHz, CDCl3); δ 1.91 (3H, s, CCH3), 3.38 (1H, t, J=9.2 Hz, H-4), 3.64 (3H, s, H-5'), 3.60-3.69 (3H, m, H-5 and H-6ab), 3.76 (1H, dd, J=9.0 Hz, J=10.7 Hz, H-3), 3.92 (1H, dd, J= 3.4 Hz, J= 10.7 Hz, H-2), 5.23 (1H, d, J= 3.4 Hz, H-1), 6.73 (2H, d, J= 9.1 Hz, H-3'), 6.94 (2H, d, J= 8.9 Hz, H-2'); 13C-NMR (150 MHz, CDCl3); δ 22.52 (CCH3), 55.49 (C-2), 56.05 (OCH3), 62.47 (C-6), 72.14 (C-4), 72.57 (C-3), 74.48 (C-5), 98.97 (C-1), 115.59 (C-3'), 119.58 (C-2'), 152.58 (C-1'), 156.80 (C-4'), 173.86 (C=O).
【0050】
また、同様な化学合成により、別なN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体である下記化学式(18)〜(25)で表される化合物を合成した。
【0051】
【化3】

【0052】
次に、本発明を適用する前記化学式(2)のN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体の一例として、前記化学式(3)で示される二糖類の2−デオキシ−2−アセトアミド−α−D−グルコピラノシル(1−4)−D−ガラクトピラノース(GlcNAc1-α-Gal)について詳細に説明する。この誘導体は、以下のようにして化学合成される。下記化学反応式〔II〕を参照して説明する。
【0053】
【化4】

【0054】
(調製例2:化学合成によるGlcNAc1-α-Galの調製)
(2-1. ガラクトピラノーシド中間体の合成)
4−メトキシフェニル=2,6−ジ−O−ベンジル−β−D−ガラクトピラノーシド(化合物11)(1.04g:2.23mmol、東京化成工業(株)製)をベンゼン30mLに溶解させ、酸化ジブチルスズ(740mg)を加え、加熱還流下で4.5時間攪拌した。反応溶液を室温に放冷した後、ヨウ化テトラブチルアンモニウム(412mg)と臭化ベンジル(530μg:4.5mmol)とを加え、加熱還流下で3.5時間、さらに室温で一晩攪拌した。反応溶液をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに展開し、n−ヘキサン:酢酸エチル(2:1)の展開溶媒で展開すると、中間体である4−メトキシフェニル=2,3,6−トリ−O−ベンジル−β−D−ガラクトピラノーシド(化合物12)(1.16g:2.09mmol)が得られた。
【0055】
(2-2. グルコピラノスのトリクロロアセトイミデート中間体の合成)
2−デオキシ−2−アジド−3,4,6−トリ−O−ベンジル−D−グルコピラノス(化合物13)(430mg:904μmol)とトリクロロアセトニトリル(540μL:5.42mmol)と1,8−ジアザビシクロ〔5.4.0〕−7−ウンデセン(DBU)(250μL)をジクロロメタン2mLに溶解させ、0℃で1時間攪拌した。反応溶液をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し展開溶媒(n−ヘキサン:酢酸エチル:トリエチルアミン=50:10:0.3)で展開すると、中間体である2−デオキシ−2−アジド−3,4,6−トリーO−ベンジルーD−グルコピラノスのトリクロロアセトイミデート体(化合物14)が得られた。
【0056】
(2-3. 二糖誘導体のαβ体混合中間体の合成)
得られた化合物14と、化合物12(202mg:362μmol)とをジクロロメタンに溶解させ、モレキュラーシーブス4A(MS4A)を加え、室温で2時間攪拌した。反応溶液にトリメチルシリルトリフレート(TMS-OTf)(20μL:110μmol)を加え0℃で1時間攪拌した。反応溶液に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(1mL)を加えて反応を停止した後、酢酸エチル洗浄によるセライト濾過にてモレキュラーシーブスを除去した。濾液を炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウム上で乾燥させた。溶媒を減圧濃縮した後、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し展開溶媒(n−ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で展開して精製すると、中間体である二糖誘導体(化合物15)の314mg(310μmol,収率85%)が、α:β=3:2の混合物として得られた。この混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し展開溶媒(n−ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で展開すると、α体が得られた。
【0057】
(2-4. 二糖誘導体のα体中間体の合成)
得られたα体の化合物15(107mg:106μmol)を酢酸エチル2mL、メタノール7mLの混合溶媒に溶解させ、無水酢酸(130μL)と水酸化パラジウム−カーボン(150mg)とを加え、水素ガス雰囲気下、室温で攪拌した。2時間後、酢酸(1.5mL)と水酸化パラジウム−カーボン(250mg)とをさらに加え、水素ガス雰囲気下、室温で一晩攪拌した。水酸化パラジウム−カーボンを濾別し、濾液を減圧濃縮した。得られた残渣をピリジン(5mL)に溶解させ、無水酢酸(5mL)を加えて室温で一晩攪拌した。エタノール(10mL)を加えて反応を停止した後、減圧濃縮した。得られた残渣に酢酸エチルを加え、これを水、1M塩酸、水、炭酸水素ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウム上で乾燥させた。減圧濃縮後、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し展開溶媒(クロロホルム:アセトン=2:1)で展開して精製すると、所望の立体配置を有する二糖誘導体のα体(化合物16)の45mg(61μmol,収率57%)が、得られた。
【0058】
(2-5. GlcNAc1-α-Galの合成)
化合物16を80%アセトニトリル水溶液に溶解させ、ヘキサニトラトセリウムジアンモニウム(CAN)(101mg)を加え、室温で2時間攪拌した。反応液に酢酸エチルを加え、水、炭酸水素ナトリウム水溶液、水、飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウム上で乾燥させた。減圧濃縮後、得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し展開溶媒(酢酸エチル)で展開して精製すると、前駆体(16b)の26.7mg(42μmol,収率67%)が、得られた。
【0059】
次いで、この前駆体をメタノールに溶解させ、28%ナトリウムメトキシド/メタノール溶液を加え、室温で0.5時間攪拌した。陽イオン交換樹脂であるアンバーライトIR−120H+(オルガノ(株)製)を加えて反応を停止させた後、陽イオン交換樹脂を濾別し、濾液を減圧濃縮した。残渣をLH20ゲル濾過クロマトグラフィー(GEヘルスケアバイオサイエンス(株)製;商品名)にて精製を行うと、所望の2−デオキシ−2−アセトアミド−α−D−グルコピラノシル(1−4)−D−ガラクトピラノース(GlcNAc1-α-Gal)(化合物17)の14.8mg(38.6μmol、収率92%)が得られた。
【0060】
それの13C−NMRによる分光学的データは、下記に示すとおり、この化合物であることを支持している。
【0061】
13C-NMR (150 MHz, CDCl3); δ 22.73, 55.23, 55.43, 60.61, 60.89, 62.05, 62.15, 70.37, 70.58, 71.66, 71.76, 71.84, 72.35, 72.44, 73.34, 73.45, 73.63, 74.27, 76.16, 77.50, 79.26, 94.00, 98.58, 99.91, 99.98
【0062】
また、2−デオキシ−2−アセトアミド−α−D−グルコピラノシル(1−4)−D−ガラクトピラノース(GlcNAc1-α-Gal)は、以下のようにして酵素合成される。
【0063】
(調製例3:酵素合成によるGlcNAc1-α-Galの調製)
Ashidaらにより報告(Ashida H, et al. J. Biol. Chem. 2001; 276(30). ; 28226-28232)されているendo-βGalactosidase(AGal)を新たにコールドショック発現系ベクターを用いた発現方法による大量調製を行った。AGalのN末端脂溶性部位を欠損した領域(No.24-No.845)を遺伝子増幅し、制限酵素(SacI/XhoI)処理後、コールドショック発現系ベクターに導入し、発現宿主(BL21(DE3))に形質転換をした。カルベニシリン50μg/mL濃度を含むLuria-Bertani(LB)培地中で、OD600nmで0.6の吸光度時にイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)を0.25mMになるように添加し、24時間15℃で震盪培養した。菌体を回収しリン酸緩衝整理食塩水(PBS)溶液に懸濁した後、超音波破砕処理を行い、20000×gで10分遠心後、上清を回収した。さらに、上清をHis-tagアフィニティークロマトグラフィーを使った精製法(日本ジェネティックス(株)製、Protino-Ni-TED2000)にて精製することで目的のリコンビナントタンパク質(TF-taGal)を含む画分を得た。これをメンブランフィルターMW100,000(Millipore社製; 商品名ULTRA15)でイミダゾールおよびその他低分子を除去し、結果としてPBSに溶解したTF-taGal(500μg/mL)を得た。これを、ブタ胃ムチン(関東化学製、胃腺粘液検出キットの付属品)0.4%PBS溶液に、終濃度50μg/mLになるように添加し、全容量1mLで、37℃、24時間、震盪培養した。反応の経過は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)GL7400(GLサイエンス(株)製)で追跡した。反応後溶液の100μLをMW10,000のメンブレンの遠心式フィルターユニット、ウルトラフリーMC(Millipore社製)に導入し、5000×gで5分遠心した。得られた溶液を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)(測定機器:GL7400(GLサイエンス(株)製)、使用カラム:Shodex NH2P−50E、4.6mmφ×25cm(昭和電工(株)製)、溶離液:アセトニトリル/水=75/25、1ml/min、測定波長:214nm)で追跡することによって定性および定量測定し、結果として2−デオキシ−2−アセトアミド−α−D−グルコピラノシル(1−4)−D−ガラクトピラノース(GlcNAc1-α-Gal)の12μgを得た。
【0064】
次に前記化学式(4)〜(7)で示されるGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体を調製した例について説明する。
【0065】
(調製例4:ムチンからのGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体の調製)
(4-1. ブタ胃ムチンの精製)
ブタ胃ムチン(Sigma社製)100gを精製水500mLに加えて攪拌した。pHを2.5に調製した後、ペプシン1gとともに37℃で24時間インキュベーションした。遠心(10,000rpm)で回収した上清を精製水に対して十分透析した。透析内液を遠心(10,000rpm)し、回収した上清にエタノールを添加して、4℃で1晩静置後、沈殿物をろ別した。33〜50%エタノール沈殿画分をムチン画分として回収した。
【0066】
(4-2. GlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体の調製)
ムチン画分50mgを1mol/L水素化ほう素ナトリウムを含む0.05mol/L水酸化ナトリウム水溶液1mLで溶解し、60℃で24時間インキュベートした。反応液をpH4.5〜5.0に調製した後、陽イオン交換カラム(Dowex50W、ダウケミカル社製)と陰イオン交換カラム(Fractogel DEAE、Merck社製)を順に通過させ、さらにゲル濾過カラム(BioGel P−6、Bio−Rad社製)で糖鎖長が5〜7糖に相当する画分を回収した。濃縮後、逆相HPLC(RP−18 φ4.6×250mm×3本(関東化学(株)製),溶媒 精製水,流速 0.65mL/min,測定波長 215nm)による分画操作を繰り返し行い、4種の独立したピーク成分(P1〜P4)をそれぞれ単離、精製した。構造の解析は、1H-NMR(日本電子(株)製;JNM−LA400)で行った。
【0067】
なお、分析条件は以下の通りである。溶媒:重水、共鳴周波数:400MHz、測定温度:27℃、基準物質:アセトン(2,2−ジメチル−2−シラペンタン−1−スルホン酸ナトリウム(DSS)を0ppmとしたとき2.225ppm)。
【0068】
各ピーク成分(P1〜P4)のH−NMRデータを表1〜表4に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
【表4】

【0073】
表1〜表4中のH1〜H6は糖の1位〜6位に結合したプロトンを、NAc−CHはアセチル基のメチル基に結合したプロトンを示す。各糖の添え字(数字)はその糖の結合様式を示す。例えばGlcNAc4,3の場合はGlcNAc1−4(X1)1−3(X2)構造(ただし、X1、X2はヘキソースまたはヘキソサミンを示す)の非還元末端のGlcNAcを指す。測定値は、ケミカルシフトはppmで表し、1位のプロトンのJ値はHzで表している。
【0074】
表1と表3のデータをBiochem.J. 318:409-416(1996)に、表2のデータをGlycoconjugate J. 12:699-706(1995)に、表4のデータをEur.J.Biochem. 186:597-610(1989)にそれぞれ照合した。
【0075】
その結果、ピーク成分P1は前記化学式(4)、ピーク成分P2は前記化学式(5)、ピーク成分P3は前記化学式(6)、ピーク成分P4は前記化学式(7)で夫々示されるGlcNAc1-α-Gal基含有オリゴ糖誘導体であると同定された。
【0076】
(抗ピロリ菌作用の確認)
ピロリ菌への効果を以下の手順で確認した。−80℃でブルセラブロス培養液中に凍結保存されているピロリ菌(ATCC 43504)を、ウマ血清10%入り同培養液中(3mL)で35℃、CO15%で40時間震盪培養し、顕微鏡下で菌の動きを観察しグラム染色で陰性であることを観察後、非コッコイド型であるピロリ菌を得た。OD600を測定し、ウマ血清5.5%入りミューラーヒントン培養液に菌数4×10になるように希釈し、計3mLを35℃、CO15%で24時間震盪培養した後顕微鏡で確認し、上記化合物の効果を確認するための試験に用いるピロリ菌含有培養液(菌濃度;2×10/mL)とした。一方、上記の糖鎖化合物(10)または糖鎖化合物(17)の90.6μM〜11.6mMのウマ血清5%入りミューラーヒントン培養液(ピロリ菌を含有しない)をそれぞれ作製し、これらをそれぞれのピロリ菌含有培養液に体積比1:1(全容積100μL、96wellプレート上)で添加、混和した後、35℃、CO15%で、24時間から120時間培養した。一定時間培養後、増殖した菌の濃度をOD600nmで測定し、化合物を添加したものと、添加していないネガティブコントロール(図中のcontrol)とを比較し、増殖抑制効果を見積もった。尚、1Uは2.9μmol/mLである。
【0077】
糖鎖化合物10を用いた結果を示す図1のとおり、化合物(10)を31.25mU/mL(90.6μM)以上添加した場合、ピロリ菌の増殖が50%以上阻害されることが示された。
【0078】
また、糖鎖化合物(17)を用いた結果を示す図2のとおり、化合物(17)を11.6mM以上添加した場合、ピロリ菌の増殖が50%以上阻害されることが示された。
【0079】
同様にして、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)と、前記化学式(18)、(19)、(20)、(22)、(23)、(24)、(25)のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体とについても検討した。その結果を示す図3〜10に示すとおり、同様に抗ピロリ菌作用が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
N−アセチルグルコサミンや、N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体や、N−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体は、従来の抗生物質とは全く異なり、あらゆるピロリ菌の生育に必須の増殖活動を抑制するという機序でピロリ菌に対する抗菌作用を示すから、本発明のピロリ菌増殖抑制剤は、抗ピロリ菌剤として有用である。
【0081】
これらの糖誘導体を含有するピロリ菌増殖抑制剤は、医薬品やサプリメントや飲食品添加物として有用である。またそれを含有する飲食品は、機能性飲食品や健康飲食品として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例10)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0083】
【図2】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体(化合物例17)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0084】
【図3】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンからなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0085】
【図4】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例18)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0086】
【図5】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例19)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0087】
【図6】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例20)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0088】
【図7】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例22)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0089】
【図8】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例23)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0090】
【図9】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例24)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。
【0091】
【図10】本発明を適用するN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体(化合物例25)からなるピロリ菌増殖抑制剤の抗ピロリ菌作用を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GlcNAcと、
下記化学式(1)
GlcNAc1-α-O-Y ・・・(1)
(式(1)中、Yは、アルキル基、アルコキシル基、アルケニル基、アルキニル基、アラルキル基、アリール基、ヘテロアリール基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、水酸基、スルホン基、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、アミノカルボニル基、ハロゲン基、シアノ基、メルカプト基、スルフィド基、カルボキシルアルキル基、およびカルボキシルアミノアルキル基から選ばれる置換基を有していてもよい芳香環含有基;アシル基を示す)
で表されるN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体と、
下記化学式(2)
GlcNAc1-α-Gal-Z ・・・(2)
(式(2)中、Zは、末端水素基、炭素数1〜8のアルコキシ基、糖鎖、ペプチドまたは脂質を示す)
で表されるN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体との少なくとも何れかを含有することを特徴とするピロリ菌増殖抑制剤。
【請求項2】
前記N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体中、前記芳香環含有基が、前記置換基を有していてもよい、フェニル基、アラルキル基、またはベンズアミドポリエーテル基であることを特徴とする請求項1に記載のピロリ菌増殖抑制剤。
【請求項3】
前記N−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体が、下記化学式(3)〜(7)
【化1】

で表される少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載のピロリ菌増殖抑制剤。
【請求項4】
哺乳動物の臓器組織を、界面活性剤含有水溶液中で破砕し、得られたホモジネートから不溶性物質を除去し、脱塩後、エタノール沈殿分画し、それをアルカリ条件下、還元することを特徴とする、前記化学式(2)のN−アセチルグルコサミンα結合オリゴ糖誘導体の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載のピロリ菌増殖抑制剤を含有することを特徴とする飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−246426(P2007−246426A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−70727(P2006−70727)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【Fターム(参考)】