説明

N−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物の凍結乾燥製剤

【課題】水およびエタノールの混合溶媒に溶解させたN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を凍結乾燥する凍結乾燥製剤の製造方法、およびその方法により得られる凍結乾燥製剤。
【解決手段】本発明の方法によれば、少ない量の水およびエタノールの混合溶媒でN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を溶解できるため、凍結乾燥により高用量の製剤を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水とエタノールの混合溶媒を用いることを特徴とするN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物の凍結乾燥製剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で使用する化合物は、そのフリー体である式(II)

で示される化合物が特開平3-20253号の実施例2(63)に記載され、式(I)

で示されるナトリウム塩・4水和物(以下、化合物(I)と略記することがある。)が特開平5-194366号の実施例3および特開平9-40692号の参考例に記載されている。
【0003】
化合物(I)はエラスターゼ阻害活性を有し、急性肺障害の治療に用いられることが期待されているきわめて有用な化合物である。急性肺障害においては、患者は重篤な状態にあり、化合物(I)は非経口、好ましくは注射剤として長時間(24時間〜数日間)連続的に投与する必要がある。
【0004】
このような使用状況にふさわしい製剤形態は、注射剤または用時溶解される固形組成物、好ましくは凍結乾燥製剤であり、また至便性を考慮すると、有効成分含量に対するバイアルサイズの小さな高用量製剤が好ましい。
【0005】
ところで、一般的な凍結乾燥製剤の製造工程においては、薬物は透明な溶液の状態を保つ必要がある。なぜなら、懸濁や乳濁状態であると含有薬物濃度が一定しないばかりでなく、充填機のノズルが詰まる等の問題が生じる可能性があるからである。
【0006】
化合物(I)の有効投与量と適切な密閉容器(バイアル、アンプル瓶等)の容量を考慮すると、化合物(I)の高用量凍結乾燥製剤を製造するためには、凍結乾燥に供する際の溶液の濃度として、少なくとも80mg/ml以上が必要である。
【0007】
しかしながら、化合物(I)は水にもエタノールにも非常に溶けにくく、水への溶解度は0.4mg/ml、またエタノールへの溶解度は6.0mg/ml程度である。従って、通常の溶媒を用いたのでは目的とする高用量凍結乾燥製剤を製造するための透明な溶液を調製することは困難である。
【0008】
特開平9-40692号には、式(II)で示される化合物を水およびエタノールの混合溶媒中に懸濁させ、さらに水酸化ナトリウム水溶液を加えて加熱し、それを冷却することによって化合物(I)を製造する方法が開示されている。しかしながら、この操作は式(II)で示されるフリーカルボン酸から相当するナトリウム塩・4水和物の製造方法を示すものであり、式(I)で示されるナトリウム塩・4水和物の凍結乾燥製剤を具体的に開示するものではない。
【0009】
また、特開平5-194366号には、炭酸ナトリウムおよび水を用いて化合物(I)の凍結乾燥製剤を製造する方法が開示されているが、その方法では本発明の目標とする80mg/ml以上の溶解度を達成することができない。また、その方法による凍結乾燥製剤は、凍結乾燥後における製剤のpH値が上昇するに伴い化合物(I)が分解する問題があるため、必ずしも好ましい方法とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−20253号公報
【特許文献2】特開平5−194366号公報
【特許文献3】特開平9−40692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、難溶性医薬品である化合物(I)の溶解度を向上させ、その高用量凍結乾燥製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、化合物(I)の溶解性を向上させ、高用量の凍結乾燥製剤を得るべく鋭意検討を行なった結果、水およびエタノールの混合溶媒を用いることによって、難溶性である化合物(I)の溶解度が大幅に向上し、その結果高用量の凍結乾燥製剤を製造することができることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、水およびエタノールの混合溶媒溶液に溶解した式(I)

で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を凍結乾燥することを特徴とする製剤およびその製造方法に関する。
【0014】
より詳しくは、水およびエタノールの混合溶媒を用いて、必要により賦形剤を添加した、式(I)で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物の凍結乾燥製剤およびその製造方法に関する。
【0015】
化合物(I)は、前述のように水に対する溶解度が0.4mg/ml、エタノールに対する溶解度が6.0mg/ml程度と、非常に溶解度の低い化合物である。この化合物の高用量製剤を得るべく凍結乾燥製剤とするには、その溶解度を向上させる必要がある。
【0016】
そこで、水およびエタノールの種々の割合の混合溶媒を調整して溶解度を測定したところ、実施例1に示すように、化合物(I)はエタノール/水=3.0/7.0〜8.0/2.0(v/v)である混合溶媒に対して80mg/ml以上の溶解度を示すことが分かった。
【0017】
上記の範囲内の混合溶媒に対して化合物(I)は非常によく溶けるため、この溶液を凍結乾燥することによってその高用量凍結乾燥製剤を製造することができる。
【0018】
一方、通常用いられる凍結乾燥機の冷却能力は約−50℃までである。−50℃付近では、水−エタノール混合溶媒全量に対するエタノール量が40%を超えると混合溶媒が凍らずに凍結乾燥時に突沸を生じるおそれがある。従って、添加するエタノール量としては多くとも約40%に抑える必要がある。
【0019】
従って、水およびエタノールの混合比率については、好ましくはエタノール/水=3.0/7.0〜4.0/6.0であり、より好ましくはエタノール/水=3.0/7.0〜3.5/6.5である(いずれもv/vである。)。
【0020】
また、前記では使用量を容量で規定しているが、密度(d)を乗じることにより重量に変換して使用しても構わない。例えば、エタノールの密度をd=0.785g/mlとして重量比に変換すると、エタノール/水=3.0/7.0〜4.0/6.0(v/v)はエタノール/水=2.35/7.0〜3.14/6.0(w/w)であり、エタノール/水=3.0/7.0〜3.5/6.5(v/v)はエタノール/水=2.35/7.0〜2.75/6.5(w/w)となる。
【0021】
上記の組成に従って調製した溶液は非常に高濃度であり、さらにその溶液を用いて製造した凍結乾燥製剤は後記実施例2に示すように非常に安定である。
【0022】
また、本発明の凍結乾燥製剤を再溶解した溶液は安定であり、溶液の調製後、輸液に加えて投与される(後記実施例3参照)。
【0023】
化合物(I)は、当業者に公知の方法(例えば、特開平5-194366号または特開平9-40692号に記載される方法)に従って製造することができる。
【0024】
化合物(I)の凍結乾燥製剤を製造する工程も、公知の方法に従って行なうことができる。
【0025】
化合物(I)の水およびエタノールの混合溶媒を用いて調製した高濃度溶液を凍結乾燥した製剤はこれまで全く知られていない。また、本製剤は調製時だけでなく、保存時も長期間にわたって優れた溶解性と安定性を維持する優れた製剤である。
【0026】
化合物(I)の投与量は、年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、処理時間等により異なるが、通常、成人一人あたり、100mgから1500mgの範囲で、1日1時間から24時間の範囲で静脈内に持続投与される。もちろん投与量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、また範囲を超えて必要な場合もある。
【0027】
本発明の製剤には、必要により賦形剤が添加される。好ましい賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、マルトース、マンニトール、塩化ナトリウム等が挙げられるが、凍結乾燥時の成形性の点で、マンニトールが好適に用いられる。
【0028】
本発明の製剤は、さらに安定剤、無痛化剤、緩衝剤、保存剤等を含んでいてもよい。
【0029】
本発明の製剤は最終工程において滅菌するか、無菌操作法によって調製される。また、凍結乾燥製剤は、その使用前に無菌の注射用蒸留水または他の溶剤、例えば生理食塩水等に溶解して使用することができる。
【発明の効果】
【0030】
水およびエタノールの混合溶媒を用いることによって、化合物(I)の溶解度を飛躍的に向上させることができる。
【0031】
化合物(I)の溶解度を向上させることによって、高濃度の溶液を調製することができ、その濃度の向上に伴って凍結乾燥製剤の含量も増加させることができる。その結果、薬品含量に対するバイアルサイズの小さな高用量製剤を製造することが可能となる。また、本発明の方法により低コストで製剤を調製することが可能となる。
【0032】
例えば、本化合物は急性肺障害の患者に対して点滴静注で投与されるが、高用量製剤による利点として、数時間ごとに注射液を用時調製する必要や、同時に複数のバイアルを取り扱う手間が省け、医療従事者の負担が軽減される。
【実施例】
【0033】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
実施例1
水およびエタノールの組成を変えて調整した混合溶媒に対して化合物(I)が完全に溶解した時点における濃度を以下の方法により測定した。
[実験方法]
エタノールが表1に示す割合になるようにエタノールと水の混合溶媒を調製した。この混合溶媒を化合物(I)に対して表1に示す一回添加量ずつ加えて激しく撹拌し数分間静置した。目視にて溶質が完全に溶解するのを確認するまで上記の操作を繰り返した。溶質が完全に溶解した時点での溶質量(mg)を添加溶媒量(ml)で除した値を溶解度Aとし、また溶質が完全に溶解する直前の時点における溶質量(mg)を添加溶媒量(ml)で除した値を溶解度Bとした。その結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
化合物(I)のエタノールおよび水の混合溶媒に対する溶解度は溶解度Aと溶解度Bの間にあると判断することができる。
【0037】
実施例2
化合物(I)(400mg)およびD−マンニトール(100mg)を、水およびエタノール(水とエタノールの比率は水6.5質量部に対し、エタノール3.5質量部である。)の混合溶媒に溶解し、全量を5mlとした。その溶液を用いて−50℃で8時間、次いで10Pa,20時間の条件下で凍結乾燥製剤を調製した。得られた製剤を40℃、RH75%の条件で150日間保存した後、化合物(I)の残存率を測定した。その結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2に示すように、本発明の凍結乾燥製剤は苛酷条件下においても十分に安定であることが分かった。
【0040】
実施例3
投与時を想定し、本発明の凍結乾燥製剤を溶解液に溶解した際の安定性を測定した。実施例2で製造した凍結乾燥製剤に、0.06N水酸化ナトリウム水溶液(10ml)を加えて溶解した。化合物(I)は速やかに溶解し、澄明な溶液を得た。その調製時におけるpH値は8.0であり、また化合物(I)の残存率は98.5%以上であることから、十分に安定であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)

で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物のみからなるか、あるいは式(I)の化合物と賦形剤とのみからなる凍結乾燥製剤。
【請求項2】
式(I)の化合物のみ、あるいは式(I)の化合物と賦形剤とを水およびエタノールの混合溶媒に溶解させた後、その溶液を凍結乾燥して得られる請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
賦形剤が乳糖、ブドウ糖、マルトース、マンニトールおよび塩化ナトリウムから選ばれるものである請求項1または2に記載の製剤。
【請求項4】
式(I)

で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を有効成分とする凍結乾燥製剤(ただし、製剤中に水酸化アルカリ金属、リン酸アルカリ金属塩、炭酸アルカリ金属塩、または炭酸水素アルカリ金属塩は含まない)。
【請求項5】
式(I)

で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を水およびエタノールの混合溶媒に溶解させた後、その溶液(ただし、pH調整のためのアルカリ化合物は含まない)を凍結乾燥して得られる凍結乾燥製剤。
【請求項6】
式(I)

で示されるN−[o−(p−ピバロイルオキシベンゼンスルホニルアミノ)ベンゾイル]グリシン・モノナトリウム塩・4水和物を水およびエタノールの混合溶媒に溶解させた後、その溶液(ただし、水酸化アルカリ金属、リン酸アルカリ金属塩、炭酸アルカリ金属塩、または炭酸水素アルカリ金属塩は含まない)を凍結乾燥して得られる凍結乾燥製剤。
【請求項7】
賦形剤をさらに含む請求項4〜6のいずれか1項に記載の製剤。
【請求項8】
賦形剤が乳糖、ブドウ糖、マルトース、マンニトールおよび塩化ナトリウムから選ばれるものである請求項7に記載の製剤。
【請求項9】
エタノール/水=3.0/7.0〜4.0/6.0(v/v)である混合溶媒を用いる請求項2、5または6に記載の製剤。
【請求項10】
エタノール/水=3.0/7.0〜3.5/6.5(v/v)である混合溶媒を用いる請求項9に記載の製剤。

【公開番号】特開2012−167132(P2012−167132A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−136075(P2012−136075)
【出願日】平成24年6月15日(2012.6.15)
【分割の表示】特願2002−513459(P2002−513459)の分割
【原出願日】平成13年7月23日(2001.7.23)
【出願人】(000185983)小野薬品工業株式会社 (180)
【Fターム(参考)】