説明

Nb−Sn化合物系超電導線の前駆線材

【課題】 高いJc特性を有し、Q特性の増大を抑制し得る熱処理を施すことによりNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を提供する。
【解決手段】 Cu基金属マトリックス中にSn基金属コアおよびその周囲にNb基金属フィラメントを同心状に配置したモジュールを複数個備えた構造を有し、上記モジュールが熱処理によりSn基金属コアのSnとCu基金属マトリックスとが反応することで生成するε相ブロンズ層の境界をNb基金属フィラメントをすべて含むか、あるいは略0.05以上略0.35以下の割合を含むようにSn基金属コアの量を調整することでNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高い臨界電流密度(Jc)特性を有しながら、ヒステリシス損失(Q)特性の増大を抑制し、熱処理を施すことによりNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
核融合用大型超電導コイルの実現のためには高い臨界電流密度(Jc)特性と低いヒステリシス損失(Q)特性を有する超電導線材の開発が必要不可欠であり、特にトロイダル磁場用コイルにはNbSn系化合物超電導線材が使用される。超電導線材はその安定化のために、Cu等の抵抗率の小さな金属マトリックス中に数10μm以下の直径の超電導フィラメントが多数埋設された構造が必要で、極細多芯線と呼ばれている。NbSn超電導線の前駆線材は、Cu基金属マトリックス中にSn基金属コアとNb基金属フィラメントが多数埋設された構造をしており、伸線加工後、熱処理することによって、線材中のSn基金属コアがCu基金属マトリックス中に拡散し、さらにNb基金属フィラメント中に拡散することで、Nb基金属フィラメントのまわりあるいは全体にNbSnが生成され、NbSn超電導線となる。
【0003】
従来のNbSn超電導線の前駆線材では、上記の熱処理工程において、Sn基金属コアが周囲のCu基金属マトリックス中に拡散することでε相ブロンズ層(CuSn)を形成するが、ε相ブロンズ層の境界(外縁)領域においてNbSnフィラメントが接触し、Qが増大するという課題があった。
【0004】
この改良として、ε相ブロンズ層の境界領域で、NbSnフィラメントの間隔を他の部分のNbSnフィラメントの間隔よりも大となるように前駆線材におけるNb基金属フィラメントを配置することで、Qの増大を抑制しているものが開示されている。(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特許第3012436号公報(第3頁、第2図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
超電導線材でのQ特性の増大原因は、熱処理によって発生するNbSnフィラメント相互の接触であり、NbSnフィラメント相互の接触は、前駆線材の中央部に配置されるSn基金属コアとCu基金属マトリックスとが熱処理によって合金化し、ε相ブロンズ層を生成する領域の境界近傍で生じることが分かっている。特許文献1に示された従来のNbSn超電導線の前駆線材では、超電導線材とした時にQ特性の増大原因となる熱処理によって生成されるNbSnフィラメント相互の接触を防ぐため、ε相ブロンズ層を生成する領域の境界近傍のCu基金属マトリックス中に埋設されるNb基金属フィラメントの間隔を広く取らなければならなかった。より具体的には、ε相ブロンズ層の境界は中心から第3層目と第4層目のNb基金属フィラメントの間に形成されるので、第3層〜第5層のNb基金属フィラメントの直径を前記のようにやや細くして伸線加工後のフィラメント間隔をやや広げていた。その結果、Cu基金属マトリックス中に埋設されるNb基金属フィラメントの量は制限され、前駆線材を熱処理した超電導線材のJcは温度4.2K、磁場12Tで800A/mm程度に留まり、より高いJc特性を有する線材を得ることが不可能であるという問題点があった。
【0007】
この発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、熱処理を施すことにより、高いJc特性を有し、且つ、Q特性の増大が抑制されたNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係るNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材においては、Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールを複数個備え、上記モジュールの中心部に上記Sn基金属コアを配置し、その周囲に同心状に上記Nb基金属フィラメントを等間隔に分離して配置し、さらにその周囲に上記Nb基金属フィラメントを同心状に順次外周に向かって配置した構造をとり、上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントをすべて含むような範囲になるようにSn基金属コアの量が調整されたことを特徴とするものである。
【0009】
さらに、上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率が略0.28以上略0.34以下であり、上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.6以上略0.8以下であり、上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下であり、上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下であることを特徴とするものである。
【0010】
また、この発明の別の前駆線材は、上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントの存在領域の略0.05以上略0.35以下の割合を含むような範囲になるようにSn基金属コアの量が調整されたことを特徴とするものである。
【0011】
さらに、上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率が略0.23以上略0.27以下であり、上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.4以上略0.55以下であり、上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下であり、上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールを複数個備え、上記モジュールの中心部に上記Sn基金属コアを配置し、その周囲に同心状に上記Nb基金属フィラメントを等間隔に分離して配置し、さらにその周囲に上記Nb基金属フィラメントを同心状に順次外周に向かって配置した構造をとり、熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントをすべて含むような範囲になるように上記Sn基金属コアの量が調整されたので、上記ε相ブロンズ層領域の境界は上記Nb基金属フィラメントの存在領域の外側となり、Q特性の増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触を防ぐことができ、Q特性の増大を抑制したNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。また、この発明によれば、同じ理由から、Q特性の増大を抑制するために上記Nb基金属フィラメントの間隔を広く取る必要が無くなること、すなわち、上記Nb基金属フィラメントの量は制限されることがなくなり、前駆線材を熱処理した超電導線材においてNbSnフィラメントの量が確保されることになり、高いJc特性を有するNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【0013】
上記の発明においては、上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率を略0.28以上略0.34以下、上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.6以上0.8以下、上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下、上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下とすることにより、上記ε相ブロンズ層の境界が上記Nb基金属フィラメントの存在領域の外側となり、NbSnフィラメント同士の結合がなく、NbSnフィラメントとなるNbの量が高い割合で確保されるため、高いJc特性と低いQ特性を有するNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【0014】
また、この発明の別の発明によれば、上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成する上記ε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントの存在領域の略0.05以上略0.35以下の割合を含むような範囲になるように上記Sn基金属コアの量が調整されたので、前駆線材を熱処理した超電導線材において、NbSnフィラメント相互の接触領域を小さく制限することができ、Q特性の増大を抑制したNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。また同じ理由から、Q特性の増大を抑制するために上記Nb基金属フィラメントの間隔を広く取る必要が無くなること、すなわち、上記Nb基金属フィラメントの量は制限されることがなくなり、前駆線材を熱処理した超電導線材においてNbSnフィラメントの量が確保されることになり、高いJc特性を有するNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【0015】
上記の発明においては、上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率を略0.23以上略0.27以下、上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.4以上0.55以下、上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下、上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下とすることにより、上記ε相ブロンズ層の境界が上記Nb基金属フィラメントのうち0.05から0.35の割合を含むことになり、NbSnフィラメント同士の結合が最小限に抑えられ、かつNbSnフィラメントとなるNbの量が高い割合で確保されるため、高いJc特性と低いQ特性を有するNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1によるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材の断面図を示しており、図2は実施の形態1による上記前駆線材のモジュール1を製造するための複合ビレットの断面図を示したものである。
【0017】
実施の形態1の複合ビレット4の製造においては、まず直径140mmの無酸素銅の円柱2に、円柱の中心から半径35mmから51mmにかけて、同心円状に3列の孔を合計106個穿孔する。穿孔した孔には直径6mmのNb基金属棒3を充填し複合ビレット4とした。上記Nb基金属棒は最終的に得られるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材においてNb基金属フィラメント6となる。得られた複合ビレット4を50mmの径に押出し加工し、外周の不要な銅材を切削加工する。さらに中央部の銅の部分に孔を明けて、Sn基金属コア5となるSn基金属棒を挿入する。
【0018】
Sn基金属棒の直径は最終的に得られる前駆線材を熱処理した際に生成されるε相ブロンズ層の境界位置を決めるものであるが、Cu基金属マトリックス中に生成される上記εブロンズ層領域の体積割合xは、下記の(1)式から求められる。

x=(ε相ブロンズ層領域の体積)÷(Cu基金属マトリックスの体積)
=(Snのモル数)×3÷(Cuのモル数)
=3×(Snの密度)×(モジュール中のSn占有体積比率)÷(Snの原子量)÷
{(Cuの密度)×(モジュール中のCu占有体積比率)÷(Cuの原子量)} (1)

実施の形態1では、Sn基金属棒の直径をそれぞれ、(ア)16.9mm、(イ)19.1mm、(ウ)19.8mm、(エ)20.5mm、(オ)20.9mm、(カ)21.2mm、(キ)21.9mm、(ク)23.4mmとした。これによりε相ブロンズ層のCu基金属マトリックスに対する割合は、それぞれ(ア)0.34、(イ)0.47、(ウ)0.51、(エ)0.58、(オ)0.62、(カ)0.67、(キ)0.71、(ク)0.80となる。
【0019】
Sn基金属棒が挿入された押出し加工後の複合ビレット4は、引抜き加工により縮径加工し、さらに対辺4mmの六角棒に加工することで、モジュール用Cu/Nb/Sn複合棒とした。このCu/Nb/Sn複合棒を切断して37本に束ね、束ねた複合棒はSn拡散バリヤ7となるTaチューブで囲い、上記Taチューブ7の外側を超電導電流の安定化のための安定化銅8となる厚さ7.5mmの無酸素銅チューブで囲う。組み合わされたTaチューブと無酸素銅チューブおよびCu/Nb/Sn複合棒は、0.5mmの径まで引抜き加工を行ってNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材9とした。
【0020】
得られた前駆線材から測定用サンプルを切り出し、不活性ガス雰囲気中、650℃で10日間の熱処理を行うことでNbSn超電導線材とした。得られた超電導線材の臨界電流密度を液体ヘリウム中、12Tの磁場中で、またヒステリシス損失を液体ヘリウム中、±3Tの変動磁場中で測定すると、上記Sn基金属棒のサイズに依存して、図3に示すような値となった。ここで、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.6以上においては、ε相ブロンズ層の境界領域がNb基金属フィラメント6の存在する領域よりも外側となる。換言すれば、Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメント6とSn基金属コア5が埋設されたモジュール1において、Nb基金属フィラメント6がε相ブロンズ層領域内のみに存在することとなる。図3から明らかなとおり、ε相ブロンズ層領域の割合xが略0.6以上略0.8以下、好ましくは、略0.62以上略0.78以下とすれば、高いJc特性と低いQ特性を有するNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【0021】
一方、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.6より小さい場合、すなわち、前駆線材を300〜600℃で熱処理している際にCu基金属マトリックス中に生成されるε相ブロンズ層の境界領域がNb基金属フィラメント6が存在する領域内に入ってしまう場合は、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、上記実施の形態1のようにQ特性の増大を抑制することはできない。また、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.3程度、すなわち、ε相ブロンズ層の境界領域がNb基金属フィラメント6が存在する領域より内側になると、Q特性は減少してくるが、Sn基金属コア5の占める体積比率が低くなりすぎて最終的に熱処理によって生成されるNbSn量が減るため高Jc特性は得られない。逆に、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.8より大きい場合は複合ビレット4におけるSn基金属棒のサイズがNb基金属フィラメント6が存在する領域に重なるため前駆線材は成り立たない。
【0022】
実施の形態1における複合ビレット4のNb基金属棒3の直径を6mm、孔の数を106個としたが、最終的な前駆線材でのNb基金属フィラメント6の直径は3μm、Nb基金属フィラメント6同士の間隔は0.9μm、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率は0.32となる。上記Nb基金属棒3のサイズや本数については、要求されるJc特性やQ特性によってその設計の範囲内で変更することが可能であるが、本発明における核融合用大型超電導コイルに要求される高Jc/低Q特性の超電導線材では、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率が略0.28以上略0.34以下、好ましくは、略0.30以上略0.33以下であり、Nb基金属フィラメント6の直径が略1μm以上略5μm以下、好ましくは、略2.0μm以上略3.5μm以下であり、Nb基金属フィラメント6同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下、好ましくは、略0.8μm以上略1.2μm以下であることが望ましい。
【0023】
モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積率が0.28より少ない場合は、最終的に熱処理によってNb基金属フィラメント6とSn基金属コア5が反応することで生成されるNbSn量が減り、高Jc特性が得られないばかりでなく、前駆線材を300〜600℃で熱処理している際にマトリックスに生成されるε相ブロンズ層の境界領域がNb基金属フィラメント6が存在する領域内に入ってしまい、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、上記実施の形態1のようにQ特性の増大を抑制することはできない。逆に、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積率が0.34より多い場合は、Nb基金属フィラメント6同士の間隔を十分確保することができなくなるため、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、上記実施の形態1のようにQ特性の増大を抑制することはできない。
【0024】
また、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の直径が1μmより細い場合は、フィラメントの一部に断線を生じる可能性が高くなり、上記実施の形態1のような高Jc特性は得られない。逆に、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の直径が5μmより太い場合は、最終的に熱処理によってフィラメント全体が反応することができず生成されるNbSn量が減り、上記実施の形態1のような高Jc特性は得られない。
【0025】
また、モジュール1内のNb基金属フィラメント6同士の間隔が0.7μmより狭い場合は、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、Q特性の増大を抑制することはできない。逆に、Nb基金属フィラメント6同士の間隔が1.5μmより広い場合は、Nb基金属フィラメント6の量が減り、最終的に熱処理によって生成されるNbSn量が減り、高Jc特性は得られない。
【0026】
実施の形態1では、Snの拡散バリヤ材としてTaチューブを用いたが、バリヤ材として例えばTa板を管状に加工したものでも実施の形態1と同様の効果を実現することができる。また、Snの拡散バリヤ材の材質としてTaを用いたが、Nb基金属等、Snの拡散を防ぐ効果のある金属であれば、実施の形態1と同様の効果を実現することができる。
【0027】
実施の形態2.
図4は実施の形態2による前駆線材のモジュール1を製造するための複合ビレット4の断面図を示したものである。図4において、図2と同一の符号を付したものは、同一またはこれに相当するものである。
【0028】
実施の形態2の複合ビレット4の製造においては、まず直径140mmの無酸素銅の円柱2に、円柱の中心から半径37mmから52mmにかけて、同心円状に4列の孔を合計224個穿孔する。穿孔した孔に直径3.7mmのNb基金属棒3を充填し複合ビレット4とした。得られた複合ビレット4を実施の形態1と同様に50mmの径に押出し加工し、外周の不要な銅材を切削加工する。さらに中央部の銅の部分に、孔を明けて、Sn基金属コア5となるSn基金属棒を挿入する。
【0029】
Sn基金属棒の直径は最終的に得られる前駆線材を熱処理した際に生成されるε相ブロンズ層の境界位置を決めるものであるが、Cu基金属マトリックス中に生成される上記εブロンズ層領域の体積割合xは実施の形態1と同様に決められる。実施の形態2では、Sn基金属棒の直径をそれぞれ、(ア)16.4mm、(イ)18.4mm、(ウ)19.4mm、(エ)20.0mm、(オ)20.5mm、(カ)21.2mm、(キ)21.9mm、(ク)22.6mmとした。これによりε相ブロンズ層のCu基金属マトリックスに対する割合は、それぞれ(ア)0.28、(イ)0.37、(ウ)0.42、(エ)0.47、(オ)0.51、(カ)0.52、(キ)0.56、(ク)0.60となる。
【0030】
Sn基金属棒が挿入された押出し加工後の複合ビレット4は、実施の形態1と同様に引抜き加工により縮径加工し、さらに対辺5.4mmの六角棒に加工することで、モジュール用Cu/Nb/Sn複合棒とした。このCu/Nb/Sn複合棒を切断して19本に束ね、束ねた複合棒は実施の形態1と同様にSn拡散バリヤ7となるTaチューブで囲い、上記Taチューブ7の外側を超電導電流の安定化のための安定化銅8となる厚さ7.5mmの無酸素銅チューブで囲う。組み合わされたTaチューブと無酸素銅チューブおよびCu/Nb/Sn複合棒は、0.5mmの径まで引抜き加工を行ってNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材9とした。
【0031】
得られた前駆線材から測定用サンプルを切り出し、実施の形態1と同様に不活性ガス雰囲気中、650℃で10日間の熱処理を行うことでNbSn超電導線材とした。得られた超電導線材の臨界電流密度を液体ヘリウム中、12Tの磁場中で、またヒステリシス損失を液体ヘリウム中、±3Tの変動磁場中で測定すると、上記Sn基金属棒のサイズに依存して、図5に示すような値となった。ここで、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.4の場合、ε相ブロンズ層の境界領域にあるNb基金属フィラメント6の割合が0.08となる。また、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.55の場合、ε相ブロンズ層の境界領域内にあるNb基金属フィラメント6の存在割合が0.32となる。図5から明らかなとおり、ε相ブロンズ層領域の割合xが略0.4以上略0.55以下、好ましくは、略0.45以上略0.52以下とすれば、低いQ特性を有し、かつJcの低減が抑えられたNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を得ることができる。
【0032】
一方、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.4より小さい場合、すなわち、前駆線材を300〜600℃で熱処理している際にCu基金属マトリックス中に生成されるε相ブロンズ層の境界領域が、Nb基金属フィラメント6が存在する領域よりも内側に入ってしまう場合は、Q特性は小さくなるが、Sn基金属コア5の占める体積比率が低くなりすぎてしまい、熱処理によって生成するNbSnの量が小さく、高Jc特性は得られない。また、ε相ブロンズ層領域の割合xが0.55より大きい場合は、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が広範囲に生じ、Q特性の増大を防ぐことはできない。
【0033】
実施の形態2における複合ビレット4のNb基金属棒3の直径を3.7mm、孔の数を224個としたが、最終的な前駆線材でのNb基金属フィラメント6の直径は2.6μm、Nb基金属フィラメント6同士の間隔は0.9μm、モジュール内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率は0.25となる。上記Nb基金属棒3のサイズや本数については、要求されるJc特性やQ特性によってその設計の範囲内で変更することが可能であるが、本発明における核融合用大型超電導コイルに要求される高Jc/低Q特性の超電導線材では、モジュール内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率が略0.23以上略0.27以下、好ましくは、略0.24以上略0.26以下であり、Nb基金属フィラメント6の直径が略1μm以上略5μm以下、好ましくは、略2.0μm以上略3.5μm以下であり、Nb基金属フィラメント6同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下、好ましくは、略0.8μm以上略1.2μm以下であることが望ましい。
【0034】
モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率が0.23より少ない場合は、最終的に熱処理によってNb基金属フィラメント6とSn基金属コア5が反応することで生成されるNbSn量が減り、高Jc特性が得られない。逆に、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の占める体積比率が0.27より多い場合は、熱処理により生成されるε相ブロンズ層の境界領域がNb基金属フィラメント6の存在領域内に入る割合の増大を抑えられず、またNb基金属フィラメント6同士の間隔を十分に確保することができなくなるため、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、上記実施の形態2のようにQ特性の増大を抑制することはできない。
【0035】
また、モジュール1内のNb基金属フィラメント6の直径が1μmより細い場合は、フィラメントの一部に断線を生じる可能性が高くなり、上記実施の形態2のような高Jc特性は得られない。逆に、モジュール内のNb基金属フィラメント6の直径が5μmより太い場合は、最終的に熱処理によってフィラメント全体が反応することができず生成されるNbSn量が減り、上記実施の形態2のような高Jc特性は得られない。
【0036】
また、モジュール1内のNb基金属フィラメント6同士の間隔が0.7μmより狭い場合は、Qの増大原因であるNbSnフィラメント相互の接触が生じ、Q特性の増大を抑制することはできない。逆に、Nb基金属フィラメント6同士の間隔が1.5μmより広い場合は、Nb基金属フィラメント6の量が減り、最終的に熱処理によって生成されるNbSn量が減り、高Jc特性は得られない。
【0037】
実施の形態2では、Snの拡散バリヤ材としてTaチューブを用いたが、バリヤ材として例えばTa板を管状に加工したものでも上記実施の形態2と同様の効果を実現することができる。また、Snの拡散バリヤ材の材質としてTaを用いたが、Nb基金属等、Snの拡散を防ぐ効果のある金属であれば、実施の形態2と同様の効果を実現することができる。
【0038】
なお、本発明において、Cu基金属とは、純Cu、または約2重量%以下のSnを含むCuをいう。
【0039】
また、Nb基金属とは、純Nb、または約10重量%以下のTa、約5重量%以下のTiのうち少なくとも何れか一種を含むNbをいう。
【0040】
さらにまた、Sn基金属とは、純Sn、または約5重量%以下のTi、約2重量%以下のCu、約2重量%以下のInのうち少なくとも何れか一種を含むSnをいう。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施の形態1によるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材の断面図である。
【図2】本発明の実施の形態1による複合ビレットの断面図を示したものである。
【図3】本発明の実施の形態1によるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を熱処理しNbSn超電導線材とした際のε相ブロンズ層の境界領域の割合に対する液体ヘリウム中、12Tの磁場中で測定したJc特性と液体ヘリウム中、±3Tの変動磁場中で測定したQ特性を説明するための図である。
【図4】本発明の実施の形態2による複合ビレットの断面図を示したものである。
【図5】本発明の実施の形態2によるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材を熱処理しNbSn超電導線材とした際のε相ブロンズ層の境界領域の割合に対する液体ヘリウム中、12Tの磁場中で測定したJc特性と液体ヘリウム中、±3Tの変動磁場中で測定したQ特性を説明するための図である。
【符号の説明】
【0042】
1 モジュール、2 無酸素銅の円柱、3 Nb基金属棒、4 複合ビレット、5 Sn基金属コア、6 Nb基金属フィラメント、7 Sn拡散バリヤ、8 安定化銅、9 Nb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールを複数個備え、熱処理を施すことによりNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材において、
上記モジュールは、その中心部に上記Sn基金属コアを配置し、その周囲に同心状に上記Nb基金属フィラメントを等間隔に分離して配置し、さらにその周囲に上記Nb基金属フィラメントを同心状に順次外周に向かって配置した構造をとり、
上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントをすべて含むような範囲になるように、上記Sn基金属コアの量が調整されたことを特徴とするNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。
【請求項2】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールが、
上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率が略0.28以上略0.34以下であり、
上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.6以上略0.8以下であり、
上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下であり、
上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。
【請求項3】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールを複数個備え、熱処理を施すことによりNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材において、
上記モジュールは、その中心部に上記Sn基金属コアを配置し、その周囲に同心状に上記Nb基金属フィラメントを等間隔に分離して配置し、さらにその周囲に上記Nb基金属フィラメントを同心状に順次外周に向かって配置した構造をとり、
上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントの存在領域の略0.08以上略0.32以下の割合を含むような範囲になるように、上記Sn基金属コアの量が調整されたことを特徴とするNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。
【請求項4】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールが、
上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率が略0.23以上略0.27以下であり、
上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.4以上略0.55以下であり、
上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下であり、
上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下であることを特徴とする、請求項3に記載のNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールを複数個備え、熱処理を施すことによりNbSn超電導線材となるNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材において、
上記モジュールは、その中心部に上記Sn基金属コアを配置し、その周囲に同心状に上記Nb基金属フィラメントを等間隔に分離して配置し、さらにその周囲に上記Nb基金属フィラメントを同心状に順次外周に向かって配置した構造をとり、
上記熱処理によって上記Sn基金属コアと上記Cu基金属マトリックスとが反応することにより上記モジュール中に生成するε相ブロンズ層の境界が、上記Nb基金属フィラメントの存在領域の略0.0以上略0.3以下の割合を含むような範囲になるように、上記Sn基金属コアの量が調整されたことを特徴とするNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。
【請求項2】
Cu基金属マトリックス中にNb基金属フィラメントとSn基金属コアを埋設したモジュールが、
上記モジュール中の上記Nb基金属フィラメントが占める体積比率が略0.23以上略0.27以下であり、
上記モジュール中の上記Cu基金属マトリックスに対する上記ε相ブロンズ層が占める割合が略0.4以上略0.55以下であり、
上記Nb基金属フィラメントの直径が略1μm以上略5μm以下であり、
上記Nb基金属フィラメント同士の間隔が略0.7μm以上略1.5μm以下であることを特徴とする、請求項3に記載のNb−Sn化合物系超電導線の前駆線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−66274(P2006−66274A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−248614(P2004−248614)
【出願日】平成16年8月27日(2004.8.27)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】