説明

Ni−Ti系合金およびその製造方法

【課題】落下衝撃時に対する耐久性が高く、ヤング率および固有振動数の温度依存性が低いNi−Ti系合金を提供すること。
【解決手段】本発明にかかるNi−Ti系合金は、温度200〜300℃、保持時間0.5〜150分の熱処理を行うことによって、使用環境温度範囲内でのヤング率の変動幅が35%以下、かつ、弾性ひずみを超えて少なくとも2%のひずみを付加した後に除荷した場合の残留ひずみが0.25%以下とするNi−Ti系合金が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
少なくともNiおよびTiを含むNi−Ti系合金は、所定の応力で大きな変形を加え、この応力を解除した後であっても、元の形状に戻る特性、いわゆる超弾性特性を備えている(特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開昭62−211338号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のNi−Ti系合金は、温度環境によっては残留歪が発生し、残留歪みの温度依存性が高いという問題があった。このため、Ni−Ti系合金によって形成された部材は、衝撃を受けた際に塑性変形しやすかった。特に、情報媒体を光学的または磁気的に読み取る情報装置の走査部材に用いられる弾性部材として、Ni−Ti系合金によって形成された板ばねを用いた場合、装置本体の落下衝撃によって板ばねの形状が変形し、板ばねが当初の設計どおりに走査部材を動作制御できず、情報装置では読み取り精度の低下が発生していた。
【0005】
また、従来のNi−Ti系合金は、ヤング率および固有振動数の温度依存性が高いという問題があった。情報媒体を光学的または磁気的に読み取る情報装置の走査部材として、Ni−Ti系合金によって形成された板ばねを用いた場合、周辺温度の変化によって板ばねのヤング率が変動することにより、板ばねの撓み状態が変化し走査制御が正確に行えず、情報装置では読み取り精度の低下が発生していた。
【0006】
この発明は、上記した従来技術の欠点に鑑みてなされたものであり、落下衝撃時に対する耐久性が高く、さらに、ヤング率の温度依存性が低いNi−Ti系合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、この発明にかかるNi−Ti系合金は、少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金であって、使用環境温度範囲内でのヤング率の変動幅が35%以下であることを特徴とする。
【0008】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金は、上記の発明において、当該Ni−Ti系合金は、前記使用環境温度範囲における応力−ひずみの特性関係にプラトー域を示さないことを特徴とする。
【0009】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金は、上記の発明において、少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金であって、使用環境温度範囲内でのヤング率の変動幅が35%以下、かつ、弾性ひずみを超えて少なくとも2%のひずみを付加した後に除荷した場合の残留ひずみが0.25%以下であることを特徴とする。
【0010】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金は、上記の発明において、当該Ni−Ti系合金は、前記使用環境温度範囲における応力−ひずみの特性関係にプラトー域を示さないことを特徴とする。
【0011】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金は、上記の発明において、当該Ni−Ti系合金は、50.7〜52.0at%のNiと残りat%のTiと不可避不純物とからなるNi−Ti系合金あるいは、Niおよび/またはTiの一部を5at%以下の範囲内でFe、Cr、Co、V、Al、Mo、W、Zr、Nbのいずれかの一種または二種以上の元素で置換したことを特徴とする。
【0012】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金は、上記の発明において、前記使用環境温度範囲が、−30℃〜80℃であることを特徴とする。
【0013】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金の製造方法は、請求項1〜6のいずれかに記載したNi−Ti系合金を製造するNi−Ti系合金の製造方法であって、少なくともNiとTiとを含む金属を溶解鋳造した後、熱間加工し、その後焼鈍と冷間圧延とを繰り返す熱間冷間加工工程と、前記熱間冷間加工工程によって冷間圧延された合金を、温度200〜300℃、保持時間0.5〜150分の熱処理を施す熱処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
また、この発明にかかるNi−Ti系合金の製造方法は、上記の発明において、前記熱間冷間加工工程は、最終的に加工率15〜50%の冷間圧延を行う仕上げ工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金が、使用環境温度範囲内において、ヤング率の変動幅が35%以下となり、さらには、2%の歪みを付加して除荷した場合の残留歪みが0.25%以下となるようにしているので、落下衝撃時に対する高い耐性をもたせることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を参照して、この発明の実施の形態であるNi−Ti系合金について説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。また、図面の記載において、同一部分には同一の符号を付している。
【0017】
まず、実施の形態にかかるNi−Ti系合金が、情報装置の光ヘッドにおける板ばねとして用いられる場合について説明する。図1は、本実施の形態における光ヘッドの分解斜視図である。図1に示す光ヘッド100は、情報媒体に対して収束光を照射する装置である。光ヘッド100は、レンズ101の位置を変化させることによって、情報媒体に対する収束光の照射位置および焦点位置を変える。
【0018】
レンズ101が装着された支持部材102には、基板103に電気的に接続されたフォーカシングコイル115およびトラッキングコイル117、フォーカシング用板ばね106,107、トラッキング用板ばね109,110、中継ぎ部材108が一体として組み立てられている。磁石119が装着されたヨーク118は、下端が基礎部材(図示せず)に固定された状態で、支持部材102内部に組み込まれる。
【0019】
フォーカシングコイル115に基板103を介して電流が流れると、磁石119に引力または斥力が生じる。支持部材102が、この引力または斥力によるフォーカス方向の力を受けることによって、フォーカシング用板ばね106,107は、フォーカス方向に沿って上または下に撓む。フォーカシング用板ばね106,107が撓むことによって、フォーカシング用板ばね106,107と一体として組み立てられた支持部材102全体がフォーカス方向に沿って上または下に移動し、レンズ101の焦点位置が決定する。また、トラッキング用コイル117に基板103を介して電流が流れると、磁石119に引力または斥力が生じる。支持部材102が、この引力または斥力によるトラッキング方向の力を受けることによって、トラッキング用板ばね109,110は、トラッキング方向に沿って左または右に撓む。トラッキング用板ばね109,110が撓むことによって、トラッキング用板ばね109,110と一体として組み立てられた支持部材102全体がトラッキング方向に沿って左または右に移動し、レンズ101のトラッキング方向上の位置が決定し、レンズ101を介した収束光の照射位置が決定する。制御部120は、フォーカシングコイル115およびトラッキングコイル117に流す電流の極性および電流の振幅を調整し、磁石119に発生する引力または斥力の大きさを制御することによって、フォーカシング用板ばね106,107、トラッキング用板ばね109,119の撓み変形度を調整し、レンズ101を介する収束光の照射位置および焦点位置を制御している。
【0020】
ここで、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110は、Ni−Ti系合金によって形成される。このNi−Ti系合金は、所定温度で熱処理工程を行なわれており、装置本体の落下衝撃時における塑性変形の防止とヤング率の温度依存性の低減とが図られている。
【0021】
まず、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110に用いられるNi−Ti系合金の製造方法について説明する。図2は、実施の形態にかかるNi−Ti系合金の製造方法の各工程を示すフローチャートである。図2に示すように、少なくともNiおよびTi、さらには必要に応じて5at%以下の範囲内でFe、Cr、Co、V、Al、Mo、W、Zr、Nbのいずれかの一種または二種以上の元素を溶製して、Ni−Ti系合金を所定形状に鋳造する合金鋳造工程を行なう(ステップS102)。たとえば、Ni−Ti系合金は、50.5at%のNiと49.1のat%のTiとを含み、さらに0.4at%のFeを含む。
【0022】
この合金鋳造工程後、再結晶温度以上の所定温度、たとえば600〜900℃のもとで、得られた鋳塊に対して熱間圧延と、焼鈍および冷間圧延とを繰り返し行う熱間・冷間加工工程を施す(ステップS104)。さらに、熱間・冷間加工工程における最終工程として位置づけられる成形加工工程を行う(ステップS106)。この成形加工工程では、ステップS104の熱間・冷間加工工程が施されたNi−Ti系合金に対して、表面にできた酸化皮膜を取り除く酸洗処理、再結晶温度未満の温度で行う仕上げ冷間圧延を行い、所望の板ばねの製品形状への成形を行う。この仕上げ冷間圧延では、加工率が15〜50%となるように成形加工する。なお、加工率とは、冷間加工率または減面率とも言うが、(加工前の断面面積−加工後の断面面積)/加工前の断面面積×100で定義される。
【0023】
その後、Ni−Ti系合金を所定温度で一定時間加熱し、成形によるひずみを除去する熱処理工程を行なう(ステップS108)。後述するように、熱処理工程における熱処理温度は、板ばねの落下衝撃時の変形防止を達成するため、400℃以下に設定されている。さらに、ヤング率の温度依存性を低減するため、熱処理工程における熱処理温度は、250℃以下が好ましい。具体的な熱処理は、アルゴンガス雰囲気中で、昇温速度500℃/hr、降温温度500℃/hr、処理温度200〜300℃、処理時間0.5〜150minで行われる。
【0024】
本実施の形態では、Ni−Ti系合金の製造工程における熱処理工程の熱処理温度を400℃以下と設定することによって、Ni−Ti系合金の残留歪の温度依存性の低減を図ることができ、さらに、熱処理工程の熱処理温度を250℃以下とすることによって、Ni−Ti系合金のヤング率の温度依存性の低減を達成することができる。以下、種々の熱処理温度で熱処理工程を行なったNi−Ti系合金について、特性評価を行なった結果について述べる。なお、以下の特性評価では、使用環境温度範囲である―30℃から80℃の温度範囲において評価を行っている。また、本実施の形態のNi−Ti系合金は、使用環境温度範囲内における応力−ひずみの関係がプラトー域(応力ステージ部)を示さない合金である。
【0025】
まず、Ni−Ti系合金の残留歪みについて検討した。図3は、各処理温度で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金の残留歪みの温度依存性を示す図である。残留歪みとして、厚さ0.034mm材に成形したNi−Ti系合金に対して、2%歪みを生ずる応力を所定時間加え、この応力を解除した後にNi−Ti系合金に残留する歪みの割合を計測している。この残留歪みが少ないほど、衝撃が加えられた際の塑性変形が少ない。
【0026】
図3に示すように、540℃および750℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金は、高温域における残留歪が、0.5%以上と非常に高く、衝撃が加えられた際に塑性変形が発生する場合が多い。これに対し、250℃、350℃、400℃で熱処理が行われたNi−Ti系合金は、高温域および低温域に関わらず、残留歪は、0.25%以下である。
【0027】
さらに、図4に、各温度で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金の残留歪み差を示す。図4は、縦軸に、−30℃において計測された残留歪と80℃において計測された残留歪との差を示し、横軸に、図2に示す熱処理工程における処理温度を示す。ここで、光ヘッド100のフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として用いられるNi−Ti系合金には、残留歪の温度依存性が低いことが求められ、この場合、0.25%以下の残留歪差であることが好ましい。
【0028】
図4に示すように、540℃および750℃で熱処理工程が行われた場合、0.5%以上の残留歪差を示し、使用温度域によって残留歪の程度が大きく異なる。この結果、540℃および750℃で熱処理工程が行われたNi−Ti系合金は、使用温度域によって生じる残留歪が大きく変動し、安定した装置本体の使用ができない場合がある。
【0029】
これに対し、250℃、350℃、400℃で熱処理が行われた場合、0.25%以下の残留歪差を示すため、250℃、350℃、400℃で熱処理が行われたNi−Ti系合金は、残留歪の発生が少ないうえに、残留歪差の温度依存性も少ない結果が得られた。
【0030】
光ヘッドのフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねの材料として従来用いられていた超弾性合金は、衝撃に弱く塑性変形が多く発生した。この結果、この超弾性合金によって形成されたフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねを有する情報装置は、落下衝撃などによる板ばねの変形によってレンズの正確な移動制御が行なえず、読み取り処理などの精度の低下を招いていた。
【0031】
これに対し、250℃、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金では、残留歪みが温度域によらず非常に低く、残留歪差も0.25%以下と小さい。このため、250℃、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金によって形成された板ばねは、本体落下などによる衝撃が加えられた場合であっても塑性変形の発生は少ない。したがって、本実施の形態における光ヘッド100では、落下衝撃などによるフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110の変形が生じにくく、本体落下後もレンズの移動制御を正確に行うことができ、精度の高い読み取り処理などを行なうことができる。
【0032】
つぎに、図3および図4において残留歪の発生が低減された250℃、350℃、400℃で熱処理工程を行なったNi−Ti系合金のヤング率の温度依存性について検討する。図5は、250℃、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金のヤング率の温度依存性を示す図である。ヤング率は、縦弾性係数ともいい、ヤング率が大きいほど同じ荷重に対する試料の伸びが小さくなり、試料が硬化することとなる。
【0033】
図5に示すように、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金では、温度変化に対するヤング率の変動があり、特に、低温域におけるヤング率の低下が認められる。
【0034】
これに対し、250℃で熱処理工程が行なわれた場合、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれた場合と比較し、温度変化に対するヤング率の変動が35%以内に低減されている。このため、250℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金は、ヤング率の温度依存性が少ない。したがって、250℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金を光ヘッド100のフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として用いた場合、低温域の使用時におけるフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110のヤング率の変動が小さいので好ましい。
【0035】
なお、上述した成形加工工程(ステップS106)において加工率を15〜50%とする範囲としたのは、この範囲未満の加工率とすると、使用環境温度範囲内においてヤング率の変動が35%を越えてしまい、この範囲を超える加工率とすると、圧延割れが発生してしまうからである。図6は、種々のNi−Ti系合金に対して加工率を変化させた場合のヤング率の温度依存性結果を示す図である。図6では、20個のサンプル結果を示し、サンプル番号「1」〜「15」が本発明のNi−Ti系合金であり、サンプル番号「16」〜「20」が従来のNi−Ti系合金である。Ni−Ti系合金の組成は、「A」〜「D」の4種を用いている。組成「A」は、50.85at%のNi、残り49.15at%のTiであり、組成「B」は、50.50at%のNi、0.40at%のFe、残り49.10at%のTiであり、組成「C」は、48.90at%のNi、2.00at%のCr、残り49.10at%のTiであり、組成「D」は、50.50at%のNi、残り49.50at%のTiである。
【0036】
サンプル番号「1」〜「15」では、組成「A」、「B」、「C」のNi−Ti系合金に対して加工率15〜50%を施し、熱処理温度を200〜300℃としたものであり、この場合、すべて使用環境温度範囲内におけるヤング率の変動が35%以下となっている。なお、図6では使用環境温度範囲内におけるヤング率の変動が35%以下である場合には○印を示し、35%を越える場合には×印を示している。これに対し、サンプル番号「16」、「17」、「20」では、加工率がそれぞれ、10%、55%、10%であり、サンプル番号「16」、「20」の合金は、使用環境温度範囲内におけるヤング率の変動が35%を越えてしまい、またサンプル番号「17」の合金は、圧延割れが発生している。一方、サンプル番号「18」、「19」の合金は、加工率が30%であるが、熱処理温度がそれぞれ150℃、350℃であり、この結果、使用環境温度範囲内におけるヤング率の変動が35%を越えてしまっている。これらの結果から、成形加工工程における加工率を、上述したように15〜50%とすることによって、使用環境温度範囲内におけるヤング率の変動を35%以下に抑えることができる。なお、サンプル番号「3」、「6」、「9」、「12」、「15」では、熱処理時間を150分としているが、熱処理時間が150分を越えると合金製造効率が低下するので150分以下の熱処理時間とするのが好ましい。
【0037】
本実施の形態における光ヘッドでは、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として、ヤング率の温度依存性が少ない250℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金を用いることによって、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110は、低温域においてもヤング率の変動が小さい。したがって、光ヘッド100を備えた情報装置は、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110のヤング率の上昇による消費電力の浪費がなく、バッテリーの消費電池量の急激な減少を低減することができ、使用温度環境に関わらず読み取り処理などを安定に行なうことが可能となる。
【0038】
また、ヤング率は固有振動数に比例する関係を有することから、ヤング率の温度依存性が低いNi−Ti系合金は、固有振動数の温度依存性も低い。図6に、250℃、350℃および400℃で熱処理工程を行なったNi−Ti系合金の各温度における固有振動数の値を示す。なお、各試料は、有効長さ2.6mm、幅2.7mm、厚さ0.03mmの板形状である。
【0039】
図7に示すように、350℃、400℃で熱処理工程を行なった各Ni−Ti系合金は、固有振動数の変化率がそれぞれ22%である。情報装置における読み取り処理などの精度保持のため、光ヘッドのフォーカシング板ばねおよびトラッキング用板ばねにおける固有振動数の変化率は10%以下であることが望ましい。したがって、350℃、400℃で熱処理工程を行なった各Ni−Ti系合金を用いた場合には、固有振動数の温度依存性が高く、情報装置の読み取り精度を高く保持することができない場合がある。
【0040】
これに対し、図7に示すように、250℃で熱処理工程を行なったNi−Ti系合金は、固有振動数の温度依存性が図7に示す他の試料と比較し低く、固有振動数の変化率が10%以下である。このため、本実施の形態では、250℃で熱処理工程を行なったNi−Ti系合金によってフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,100を形成することによって、情報装置の読み取り精度を保持することが可能である。
【0041】
近年、特に携帯型の情報装置、車載用の情報装置の需要が高く、携帯時の落下と車載搭載時との衝撃に対する耐久性の向上が要求されている。250℃、350℃、400℃で熱処理工程が行なわれたNi−Ti系合金は、落下衝撃時における塑性変形の発生が低い。このNi−Ti系合金をフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として用いることによって、装置本体の落下等によるフォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110の使用環境温度下における塑性変形を低減することができる。このため、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110の携帯時の落下衝撃および車載時の衝撃に対する耐久性の向上を図ることができ、光ヘッド100は、使用環境温度に左右されず、レンズ101の移動制御を正確にかつ効率よく行うことができる。この結果、光ヘッド100を備えた情報装置は、使用環境によらず、読み取り処理を安定して行うことが可能となる。
【0042】
また、従来、フォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねのヤング率が使用環境温度によって変動した場合、制御部は、フォーカスコイルおよびトラッキングコイルに流す電流値を、ヤング率の変動状態に応じて補正する必要があった。制御部が変動したヤング率に対応させてフォーカスコイルおよびトラッキングコイルに流す電流値を補正しない場合、フォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねが設定どおりに撓まず、レンズの照射処理を正確に行うことができないためである。
【0043】
これに対し、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金は、250℃で熱処理工程が行なわれることによって、ヤング率の変動は35%以下まで低減されている。このため、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を用いることによって、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110のヤング率の温度依存性を低減することが可能となる。この結果、本実施の形態における光ヘッド100では、制御部120において、ヤング率の変動に起因するフォーカスコイル115およびトラッキングコイル117に流す電流値の補正処理を行う必要がなく、レンズ101の移動制御の簡略化および迅速化を図ることが可能となる。
【0044】
なお、本実施の形態では、熱間加工工程後に、Ni−Ti系合金の製品形状への成形などを行なう製造方法について説明したが、製品形状の成形を行なう場合、板ばね単体をそれぞれ成形するほか、Ni−Ti系合金を金型に挿入した状態で樹脂を注入し射出成形することによって、他の部材と一体的に成形してもよい。
【0045】
また、フォーカシング用板ばね106,107およびトラッキング用板ばね109,110として本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を用いた光ヘッド100について説明したが、この光ヘッド100を備えた情報装置は、情報媒体の情報を光学的に読み取るほか、情報媒体の情報の書き換えおよび情報媒体に対する情報の書き込みを光学的に行ってもよい。
【0046】
また、情報媒体内の情報の読み取り、再生あるいは記録を磁気的に行うハードディスクドライブ装置に用いられるジンバルバネとして、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を用いてもよい。図8に示すように、ハードディスクドライブ装置は、磁気ヘッド202が装着されたスライダー203と、このスライダー203に固着部204aで固着された板ばねであるジンバルバネ204と、ジンバルバネ204に固着部204bを介して一端が取り付けられているスィングアーム205とを備え、磁気ディスク210内の情報の読み取り、再生あるいは記録時には、磁気ディスク210の高速回転時に磁気ディスク210の表面に発生する空気流によってスライダー203を磁気ディスク210面より微小間隔Dで浮上走行させている。板ばねであるジンバルバネ204は、バネ力と自重によって下向きの力をスライダー203に与えており、このジンバルバネ204の下向きの力と空気流による揚力とのバランスによって、スライダー203の浮上距離Dが決定される。
【0047】
本実施の形態にかかるNi−Ti系合金は、ヤング率の温度依存性が低減されており使用環境温度によらず硬化が発生しない。このため、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金をジンバルバネ204として用いた場合、使用温度環境によらずスライダー203の浮上距離Dを安定して保持することができる。また、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金は、残留歪の発生および残留歪が低減されている。したがって、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金をジンバルバネ204として用いた場合、装置本体の落下等によるジンバルバネ204の塑性変形を低減することができ、装置本体の落下等が合った場合であってもスライダー203の浮上距離Dを安定して保持することができる。この結果、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金をジンバルバネ204として用いることによって、ハードディスクドライブ装置は、磁気ディスク210の情報の読み取り、再生あるいは記録を迅速かつ安定して行うことができる。
【0048】
また、光偏向装置におけるミラーの偏向状態を制御するばねとして本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を用いてもよい。図9は、光偏向装置の縦断面図である。図9に示すように、光偏向装置300は、一端がコイルホルダ321に固定され、他端が磁石ホルダ322に固定されたばね323と、コイルホルダ321に装着されたコイル326と、磁石ホルダに322に装着された磁石341と、コイルホルダ321に一体として組み立てられたミラー311とを備える。
【0049】
コイル326に電流が流れると、磁石341に引力または斥力が生じ、この引力または斥力を受けてばね323が撓む。この結果、ばね323の一端が固定されているコイルホルダ321がOx軸を中心として傾き、コイルホルダ321に一体として組み立てられているミラー311もOx軸を中心として傾く。外部装置から照射された光は、このミラー311に反射されることによって、所定の方向へ偏向される。
【0050】
本実施の形態にかかるNi−Ti系合金は、残留歪およびヤング率の温度依存性が低減されているため、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金をばね323として用いた場合も、装置の落下および装置の使用温度環境によらず、ばね323は制御どおり撓み、光偏向装置300に入射した光を正確に偏向することができる。
【0051】
このように、情報媒体に対して光学的あるいは磁気的に走査する部材として、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を用いることによって、情報媒体内の情報を読み取り、再生あるいは書込みを行う情報装置は、装置本体の落下および装置使用時の環境温度によらず、正確な読み取り、再生あるいは書込みを行うことができる。
【0052】
また、本実施の形態にかかるNi−Ti系合金を板状である板ばねとして用いた場合について説明したが、これに限らず、メガネのフレームや携帯電話のアンテナに使用されるような線状でもよく、また、コイルスプリングのようなコイル状としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】実施の形態における光ヘッドの分解斜視図である。
【図2】図1に示すフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねとして用いられたNi−Ti系合金の製造方法を示す図である。
【図3】図1に示すフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねとして用いられるNi−Ti系合金の残留歪の温度依存性を示す図である。
【図4】図1に示すフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねとして用いられるNi−Ti系合金の残留歪差の熱処理温度依存性を示す図である。
【図5】図1に示すフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねとして用いられるNi−Ti系合金のヤング率の温度依存性を示す図である。
【図6】ヤング率の温度依存性と加工率との関係を示す図である。
【図7】図1に示すフォーカシング用板ばねおよびトラッキング用板ばねとして用いられるNi−Ti系合金の各温度における固有振動数を示す図である。
【図8】実施の形態における磁気ヘッドの構成を示す側面図である。
【図9】実施の形態における光偏向装置の縦断面図である。
【符号の説明】
【0054】
100 光ヘッド
101 レンズ
102 支持部材
103 基板
106,107 フォーカシング用板ばね
108 中継部材
109,110 トラッキング用板ばね
115 フォーカシングコイル
117 トラッキングコイル
118 ヨーク
119 磁石
120 制御部
202 磁気ヘッド
203 スライダー
204 ジンバルバネ
204a,204b 固着部
205 スイングアーム
210 磁気ディスク
300 光偏向装置
311 ミラー
321 コイルホルダ
322 磁石ホルダ
323 ばね
326 コイル
341 磁石
342 ヨーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金であって、
使用環境温度範囲内でのヤング率の変動幅が35%以下であることを特徴とするNi−Ti系合金。
【請求項2】
前記Ni−Ti系合金は、前記使用環境温度範囲における応力−ひずみの特性関係にプラトー域を示さないことを特徴とする請求項1に記載のNi−Ti系合金。
【請求項3】
少なくともNiとTiとを含むNi−Ti系合金であって、
使用環境温度範囲内でのヤング率の変動幅が35%以下、かつ、弾性ひずみを超えて少なくとも2%のひずみを付加した後に除荷した場合の残留ひずみが0.25%以下であることを特徴とするNi−Ti系合金。
【請求項4】
前記Ni−Ti系合金は、前記使用環境温度範囲における応力−ひずみの特性関係にプラトー域を示さないことを特徴とする請求項3に記載のNi−Ti系合金。
【請求項5】
前記Ni−Ti系合金は、50.7〜52.0at%のNiと残りat%のTiと不可避不純物とからなるNi−Ti系合金あるいは、Niおよび/またはTiの一部を5at%以下の範囲内でFe、Cr、Co、V、Al、Mo、W、Zr、Nbのいずれかの一種または二種以上の元素で置換したことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載のNi−Ti系合金。
【請求項6】
前記使用環境温度範囲が、−30℃〜80℃であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一つに記載のNi−Ti系合金。
【請求項7】
少なくともNiとTiとを含む金属を溶解鋳造した後、熱間加工し、その後焼鈍と冷間圧延とを繰り返す熱間冷間加工工程と、
前記熱間冷間加工工程において冷間圧延された合金に、温度200〜300℃、保持時間0.5〜150分の熱処理を施す熱処理工程と、
を含むことを特徴とするNi−Ti系合金の製造方法。
【請求項8】
前記熱間冷間加工工程は、最終的に加工率15〜50%の冷間圧延を行う仕上げ工程を含むことを特徴とする請求項7に記載のNi−Ti系合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−51339(P2007−51339A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−237668(P2005−237668)
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(000165996)株式会社古河テクノマテリアル (23)