説明

Nrf2活性化剤

【課題】転写因子Nrf2(NF-E2 related factor 2)を活性化する物質及びその用途を提供すること。
【解決手段】下式(1)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物は、Nrf2活性化作用を有することから、Nrf2活性化剤や、虚血性心疾患、虚血再灌流障害、黄斑変性症又は白内障の予防又は治療のための医薬などに有用である。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nrf2活性化剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
Nrf2は、転写因子として、多くの抗酸化酵素を発現させるため、Nrf2を活性化する物質は、酸化ストレスによる障害を軽減できると考えられており、その開発が求められている。
一方、本発明で用いられる化合物やそれを含むラセミ体は、従来、NF-κB活性化阻害剤、腫瘍細胞に起因する症状の改善剤、動脈硬化または癌の予防・治療剤、悪疫質治療剤、インスリン抵抗性を伴う疾患、糖尿病に起因する疾患、筋ジストロフィー、感染症の予防・改善・治療剤、破骨細胞の活性化に起因する疾患などとして有用であることが報告されている(特許文献1〜5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第01/012588号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2004/002465号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2004/072056号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2005/013966号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2006/022234号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、Nrf2(NF-E2 related factor 2)を活性化する物質及びその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、下式(1)で表される化合物(以下、「化合物(1)」と称する。)が、Nrf2を活性化する作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【化1】

【0006】
すなわち、本発明に係るNrf2活性化剤は、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する。該Nrf2活性化剤は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物を対象としてもよいし、細胞のみ(哺乳動物を除く)を対象としてもよい。
本発明に係るNrf2活性化方法は、Nrf2発現細胞において、Nrf2を活性化させる方法であって、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物をインビトロで前記細胞に作用させる工程を含む。
本発明に係る虚血性心疾患又は虚血再灌流障害の予防又は治療のための医薬は、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する。
本発明に係る黄斑変性症又は白内障の予防又は治療のための医薬は、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する。該医薬の投与形態としては、点眼投与であることが好ましい。また、該医薬は点眼剤であることが好ましい。
【0007】
また、本発明の一実施態様は、Nrf2活性化剤を製造するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用である。
本発明は、虚血性心疾患又は虚血再灌流障害の予防又は治療のための医薬を製造するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用である。
本発明の一実施態様は、黄斑変性症又は白内障の予防又は治療のための医薬を製造するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用である。
本発明の一実施態様は、Nrf2を活性化するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物である。
本発明は、虚血性心疾患又は虚血再灌流障害を予防又は治療するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物である。
本発明の一実施態様は、黄斑変性症又は白内障を予防又は治療するための、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物である。
【0008】
また、本発明に係るNrf2活性化方法は、Nrf2発現細胞において該Nrf2を活性化させる方法であって、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を前記細胞に作用させる工程を含む。該工程は、インビトロで行ってもよいし、インビボで行ってもよい。
本発明に係る虚血性心疾患又は虚血再灌流障害の予防又は治療の方法は、該疾患を患った哺乳動物に化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を投与する工程を含む。
本発明に係る黄斑変性症又は白内障の予防又は治療の方法は、該疾患を患った哺乳動物に化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を投与する工程を含む。該投与の形態としては、点眼投与であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、Nrf2(NF-E2 related factor 2)を活性化する物質及びその用途を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施例において、化合物(1)によるNrf2の活性化の変化を調べた結果を示す図である。
【図2】本発明の一実施例において、化合物(1)によるHO-1遺伝子の発現の変化を調べた結果を示す図である。
【図3】本発明の一実施例において、化合物(1)又は化合物(2)によるNrf2の活性化の変化を調べた結果を示す図である。
【図4】本発明の一実施例において、化合物(1)又は化合物(2)によるNrf2の発現の変化を調べた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施例において特に説明がない場合には、市販の試薬キットや測定装置はそれらに添付のプロトコールを用いる。
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0012】
==本発明に係る化合物の薬理作用==
化合物(1)は、Nrf2を活性化する作用を有することから、化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物は、Nrf2活性化剤だけでなく、酸化ストレスによる障害、例えば、虚血性心疾患、虚血再灌流障害、網膜症、黄斑変性症、白内障、神経変性疾患、アルツハイマー病、パーキンソン病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、ARDS(急性呼吸促迫症候群)、炎症性疾患、糖尿病、腫瘍、ぜんそく、肺繊維症、慢性肺疾患などの予防又は治療にも有用である。
【0013】
==本発明に係る薬剤==
化合物(1)若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する薬剤は、Nrf2活性化剤や、虚血性心疾患、虚血再灌流障害、黄斑変性症、白内障の予防又は治療のための医薬などとして利用でき、ヒト、ヒト以外(例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ等)の哺乳動物に医薬品として投与してもよい。また、上記薬剤は、試薬として実験(例えばインビトロ実験)に用いてもよい。上記薬剤は、点眼剤、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、注射剤、坐剤、液剤、散布剤、スプレー剤、塗布剤、噴霧剤などの剤形にしてもよい。また、これらの薬剤は、固形、液状、ゲル状、粉末状、ゼリー状、油状、ペースト状、泡状、クリーム状などの形状にしてもよい。本発明に係る薬剤の製剤化は、従来使用されている製剤添加物を用いて、常法で行うことができる。前記製剤添加物としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、矯味矯臭剤、溶剤、安定剤、基剤、湿潤剤、保存剤などの既存の添加物を用いることができる。なお、これらの薬剤を哺乳動物に投与する場合には、経口投与してもよいし、点眼、腹腔内や静脈内への注射や点滴、あるいは、口腔咽頭領域へのスプレーや塗布により非経口投与してもよい。
【0014】
本発明に係る化合物(1)は、国際公開第2004/072056号パンフレットや国際公開第2005/013966号パンフレットに記載の方法に準じて製造することができ、化合物(1)で表される化合物の塩、又は化合物(1)若しくはその塩の水和物又は溶媒和物は、常法に従って製造することができる。化合物(1)の塩としては、アルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)、アルカリ土類金属塩(マグネシウム塩、カルシウム塩など)、その他の金属塩(アルミニウム塩など)、無機塩(塩酸塩、アンモニウム塩、アミン類など)、有機塩(グルコサミン塩など)等を挙げることができる。なお、上述の薬剤に化合物(1)の塩を用いる場合には、安全性の面から薬理学的に許容される塩を用いることが好ましい。
【実施例】
【0015】
以下、本発明を実施例及び図を用いてより具体的に説明する。
<実施例1>化合物(1)によるNrf2活性化作用
Nrf2の転写活性に対する化合物(1)の影響を調べるため、pGL4.17(promega製)をレポーターとして用い、このプラスミドDNAをLipofectamineLTX(invitrogen製)を用いてヒト神経芽腫細胞株SK-N-SH細胞にトランスフェクションした。なお、培養液としては、10% 非働化牛胎児血清、30g/lのグルタミン、5g/lのカナマイシン、3.1g/lのペニシリンを含むα-MEM(minimum essential medium alpha medium;Invitrogen製)を用いた。24時間後に、10μg/mlの化合物(1)を添加して18時間処理し、細胞を回収してNrf2の転写活性をルシフェラーゼの酵素活性として評価した。また、ポジティブコントロールとして、Nrf2活性化剤として知られているtBHQ(tert-ブチルヒドロキノン;100μM)で細胞を処理した場合のルシフェラーゼ活性を評価した。なお、化合物(1)又はtBHQで処理した場合のルシフェラーゼ活性の評価は、化合物(1)及びtBHQで処理していない細胞株におけるルシフェラーゼ活性(コントロール)を「1」として、相対活性を算出することにより行った。その結果、図1に示すように、化合物(1)はtBHQに比べ、約1.5倍の優れたNrf2活性化作用を有していた。
【0016】
<実施例2>化合物(1)によるHO-1遺伝子の発現促進作用
Nrf2の活性化によりHO-1(ヘムオキシゲナーゼ-1)遺伝子の発現が増加することが知られている。そこで、化合物(1)によりHO-1遺伝子の発現が増加するかどうかを調べた。
6×105個のSK-N-SH細胞を60mm dishに播種し、10μg/mlの化合物(1)又は100μMのtBHQの存在下において37℃、5%CO2の条件にて4時間培養した。なお、コントロールとして、化合物(1)及びtBHQを添加していない培養液にて培養したものを準備した。なお、培養液としては、10% 非働化牛胎児血清、30g/lのグルタミン、5g/lのカナマイシン、3.1g/lのペニシリンを含むα-MEMを用いた。培養後、TRIzol(invitrogen製)を用いてtotal RNAを抽出し、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(Applied Biosystems製)を用いてcDNAを合成した。その後、以下のプライマーを用いてPCRを行い、増幅したHO-1及びβ−アクチン(コントロールとして使用)をアガロースゲル電気泳動にて分離した。その結果、図2に示すように、化合物(1)はtBHQと同様に、HO-1遺伝子の発現を増強させた。
5’-ATGACACCAAGGACCAGAGC-3’(HO-1 forward primer:配列番号1)
5’-GTGTAAGGACCCATCGGAGA-3’(HO-1 reverse primer:配列番号2)
5’-TTCTACAATGAGCTGCGTGT-3’(beta-actin forward primer:配列番号3)
5’-GTCAGGTCCCGGCCAGCCAG-3’(beta-actin reverse primer:配列番号4)
【0017】
<実施例3>化合物(1)又は化合物(2)によるNrf2の活性化作用
化合物(2)(下記の化合物参照)は、化合物(1)に比べ、NF-κB活性化阻害作用が10倍強いことが知られている(Tetrahedron 2004, 60, 7061-6.)。そこで、化合物(2)のNrf2活性化作用が、化合物(1)に比べ、10倍以上強いかどうかを確認するため、最終濃度が1、3又は10μg/mlの化合物(1)又は化合物(2)で処理する他は、実施例1に記載の方法と同様にルシフェラーゼの酵素活性を調べた。その結果、図3に示すように、化合物(2)は、化合物(1)に比べて10倍以上のNrf2活性作用を有するわけではなく、その差は2倍以下であることがわかった。このことから、Nrf2活性化作用はNF-κB活性化阻害作用だけに起因するものではないと考えられた。この結果から、化合物(1)は、化合物(2)に比べ、NF-κB活性化抑制作用を生じにくく、医薬として用いる際、NF-κB活性化抑制作用による副作用を受けにくいと考えられた。従って、Nrf2活性作用を利用して疾患の治療をする際には、化合物(1)は、化合物(2)より有用であることがわかる。
【化2】

【0018】
<実施例4>化合物(1)又は化合物(2)によるNrf2の発現促進作用
次に、Nrf2活性化作用が、化合物(1)又は化合物(2)によってNrf2の発現が促進されたことによるものかどうかを確認するため、以下の実験を行った。
1.5×106個のSK-N-SH細胞を100mm dishに播種し、1、3若しくは10μg/mlの化合物(1)又は10μg/mlの化合物(2)の存在下において37℃、5%CO2の条件にて培養した。なお、コントロールとして、化合物(1)及び化合物(2)を添加していない培養液にて細胞を培養したものを準備した。4時間の培養後、細胞を回収して核抽出液及び全細胞溶解物を調製し、SDS-PAGEを行った。その後、PVDF膜を用いてウェスタン・ブロッティングを行った。一次抗体としては、抗Nrf2抗体(Santa Cruz製:1000倍希釈)、抗lamin a/c抗体(Cell Signaling製:3000倍希釈)又は抗tubulin抗体(Sigma Aldrich製:8000倍希釈)を用い、二次抗体としては、Nrf2とラミンは、ECL Anti-Rabbit IgG抗体(GE Healthcare製:3000倍希釈)を、チューブリンはECL Anti-mouse IgG 抗体(GE Healthcare製:3000倍希釈)をそれぞれ用い、検出はWESTERN LIGHTNING-ECL(ParkinElmer製)およびRXUフィルム(富士フィルム製)により行った。その結果を図4に示す。
図4に示すように、化合物(1)又は化合物(2)の添加により核内のNrf2の量が増加していることから、化合物(1)又は化合物(2)によりNrf2の発現が促進された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式(1)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有するNrf2活性化剤。
【化1】

【請求項2】
Nrf2発現細胞において、前記Nrf2を活性化させる方法であって、
下式(1)で表される化合物若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物をインビトロで前記細胞に作用させる工程を含むNrf2活性化方法。
【化2】

【請求項3】
請求項1に記載の化合物若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する虚血性心疾患又は虚血再灌流障害の予防又は治療のための医薬。
【請求項4】
請求項1に記載の化合物若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含有する黄斑変性症又は白内障の予防又は治療のための医薬。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−82173(P2012−82173A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−230930(P2010−230930)
【出願日】平成22年10月13日(2010.10.13)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】