説明

PC緊張材の腐食抑制方法

【課題】PC緊張材の腐食抑制方法に関し、さらに詳しくは、ポストテンション方式の既設PC構造物に検知されたシース内グラウト材の充填不良個所におけるPC緊張材や、ポストテンション方式の新設PC構造物のシース内へのグラウト材の注入前に発錆しているPC緊張材の腐食抑制方法に関し、PC緊張材の発錆の進行を止めてPC構造物の性能劣化の進行を防止するPC緊張材の腐食抑制方法を提供する。
【解決手段】ポストテンション方式のPC構造物のPC緊張材の腐食を抑制するに当り、シース内のグラウト材未充填空間に水を供給してシース内や錆層内に存在する塩化物イオンを除去または減少させ、次いで上記水を除去し、この水を除去した空間にグラウト材を充填する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はPC緊張材の腐食抑制方法に関し、さらに詳しくは、ポストテンション方式の既設PC構造物に検知されたシース内グラウト材の充填不良個所におけるPC緊張材や、ポストテンション方式の新設PC構造物のシース内へのグラウト材の注入前に発錆しているPC緊張材の腐食抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にプレストレストコンクリート構造物(以下PC構造物とする)において、ポストテンション方式のPC緊張材は、シースとPC緊張材との間の空隙に注入されたセメント系のグラウト材により、高アルカリ性雰囲気の中で防食保護されると共に、シースを介して躯体コンクリートと一体化されている。
【0003】
ポストテンション方式のグラウト材の注入はシース内に空所を生じないように慎重に行なわれるが、場合によっては、シースの途中における閉塞、グラウト材の材料分離、グラウト材の粘性不足による先流れなどにより、シース内に空隙が残留している場合がある。このような場合に、海洋からの塩分飛来や凍結防止剤の散布等により発生する塩化物イオンがその空隙に侵入してPC緊張材が発錆し、PC緊張材の損傷による応力状態の悪化、PC緊張材の発錆による膨張圧に起因する躯体コンクリートのひび割れというような、PC構造物の性能劣化が生じることがある。
【0004】
また、ポストテンション方式の新設PC構造物の施工中にPC緊張材がグラウト材で保護されないまま腐食環境等に長期間放置されて発錆し、後日、グラウト材を注入しても、PC緊張材の腐食が進行してPC構造物の性能劣化が生ずる場合も考えられる。
【0005】
既設PC構造物におけるグラウト材未充填の状況やPC緊張材の発錆・劣化の状況は、PC構造物の外部からの観察によって判断することが困難であり、錆汁やひび割れといった外部の変状が顕在化するまでは、グラウト材未充填部の存在を確認できないことが多い。そのため、グラウト材未充填の状況が確認できたときには、既にPC緊張材の発錆・劣化がかなり進行していることが多い。
【0006】
PC構造物の外部の変状が顕在化すれば、躯体コンクリートを修復すると同時にグラウト材未充填の空間にグラウト材を再注入して修復することが行われている。また、グラウト材未充填空間が存在することが発見されたとき、その空間にグラウト材の再注入を行うことは処理対策の常套手段であった。既設PC構造物へのグラウト材の再注入技術について、注入経路の確保と注入方法に関する技術は公知である(例えば、引用文献1参照。)。
【0007】
しかし、本来、グラウト材が充填されないような条件下のグラウト材未充填空間に、後日のグラウト材再注入で、グラウト材が完全に充填されることを保証することは極めて困難であり、種々の手段を講じても、100%確実ということは言えない。若し万一、グラウト材未充填空間が再び残置すれば、さらに腐食が進行するおそれがある。
【0008】
また、コンクリート中の鋼材の腐食予測や腐食検知に照合電極等を用いる電気化学的手段も知られている(例えば特許文献2,3,4参照。)。
【0009】
本発明者らは、ポストテンション方式の既設PC構造物におけるシース内のグラウト材未充填空間でPC緊張材に腐食が発生した場合や、ポストテンション方式の新設PC構造物のシース内へのグラウト材の注入前にPC緊張材が発錆している場合に、PC緊張材の保護について研究を重ね、本発明を創作するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−023567号公報
【特許文献2】特開2007−163324号公報
【特許文献3】特許第3847300号公報
【特許文献4】特許第3205291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ポストテンション方式の既設PC構造物において、シース内へのグラウト材の充填が完全でなく、シースとPC緊張材との間にグラウト材未充填空間が残留し、腐食劣化因子が侵入してPC緊張材が発錆して劣化が進行した場合、グラウト材を再注入してもPC緊張材の発錆の進行を止めてPC構造物の性能劣化の進行を防止することは容易ではなかった。また、PC緊張材の素線間や微少なグラウト材未充填空間にはグラウト材を充填することは困難である。
【0012】
また、ポストテンション方式の新設PC構造物において、シース内へのグラウト材の注入前にPC緊張材が発錆している場合、グラウト材を注入してもPC緊張材の発錆の進行を止めてPC構造物の性能劣化の進行を防止することは容易ではなかった。
【0013】
本発明はこれらの課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、ポストテンション方式のPC構造物のPC緊張材の腐食を抑制するに当り、シース内のグラウト材未充填空間に水を供給してシース内や錆層内に存在する塩化物イオンを除去または減少させ、次いで上記水を除去し、この水を除去した空間にグラウト材を充填することを特徴とするPC緊張材の腐食抑制方法である。
【0015】
上記方法において、上記グラウト材として、防錆剤を混入したグラウト材を用いることとすれば、さらに確実にPC緊張材の腐食抑制効果を確実にすることができる。また、この防錆剤としては、グラウト材の施工性、耐久性に著しく悪影響を及ぼさないものであれば、どのような防錆剤を用いても良く、例えば亜硝酸リチウムや亜硝酸カルシウムなどといった亜硝酸塩などを使用することができる。
【0016】
尚、本発明にいうグラウト材未充填空間とは、ポストテンション方式の既設PC構造物におけるシースとPC緊張材との間に残留した空間や、ポストテンション方式の新設PC構造物におけるグラウト材充填前のシースとPC緊張材との間の空間をいう。
【0017】
防錆効果の面では、充填するグラウト材に混入する防錆剤は多い方が望ましい。その理由は、不動態化したPC緊張材の腐食が予測できない原因により再度進行した場合に、硬化したグラウト材から供給される防錆剤によりPC緊張材の腐食の進行を抑制することができるからである。
【0018】
以上のように、グラウト材中に混入する防錆剤の量は、グラウト材の可使時間や粘性などの施工性能、あるいは発現強度などを考慮して決定すればよい。
【0019】
防錆剤として利用できるものとしては、例えば、
陽極型防錆剤:クロム酸塩、亜硝酸塩
陰極型防錆剤:炭酸塩、リン酸塩、けい酸塩、ポリリン酸塩
吸着型防錆剤:有機高分子化合物
などがある。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ポストテンション方式のPC構造物のPC緊張材の腐食を抑制する場合に、シース内のグラウト材未充填空間に水を先に充填することにより、グラウト材が充填されにくいPC鋼より線の素線間や微少なグラウト材未充填空間にも水が供給され、シース内や錆層内に存在する塩化物イオンを除去または減少させ、確実な腐食抑制効果を見込むことができる。
【0021】
また、グラウト材の充填後、何等かの原因で鋼材腐食因子が侵入したとしても、防錆剤を混入したグラウト材を用いることによってPC緊張材は腐食に対して保護される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法における削孔工程を説明する模式図である。
【図2】本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法における水溶液注入工程を説明する模式図である。
【図3】図2に示すグラウト材未充填空間を有するシースの縦断面図である。
【図4】図2に示すA部拡大図である。
【図5】本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法におけるグラウト材注入工程を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0024】
ここでは、既設のポストテンション方式PC構造物に本技術を実施するための形態を説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法における削孔工程を説明する模式図である。
【0026】
図1には、既設PC構造物100におけるグラウト材未充填空間110が示されている。このグラウト材未充填空間110は、例えばシース10の途中における閉塞や、グラウト材30の材料分離や、グラウト材30の粘性不足による先流れなどに起因した、シース10内に残留している空隙である。また、ここで用いられているシース10は、帯状の鋼板を螺旋状に隙間なく巻いてなるシースである。
【0027】
まず、一般的な非破壊検査技術を用いて、既設PC構造物100におけるシース10の位置検知やシース10内のグラウト材未充填空間110の検知を行う。
【0028】
次に、図1に示すように、グラウト材未充填空間110に向けて既設PC構造物100の躯体コンクリートを削孔し、削孔した孔120とグラウト材未充填空間110との間のシース10を削除する。その後、PC鋼材20やシース10の腐食状態を確認し、腐食しているようであれば、削孔した孔120から水を注入する。この水が、本発明にいう水の実施例である。
【0029】
図2は、本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法における水注入工程を説明する模式図である。また、図3は、図2に示すグラウト材未充填空間110を有するシース10の縦断面図であり、図4は、図2に示すA部拡大図である。
【0030】
削孔した孔120からグラウト材未充填空間110に注入された水200は、図3に示すように、PC鋼材20の素線間111や微少なグラウト材未充填空間112にまで浸みて、グラウト材未充填空間110全体に行き渡る。
【0031】
ここで、PC鋼材20やシース10の腐食は、主として、海洋からの塩分飛来や凍結防止剤の散布等により発生する塩化物イオン40がグラウト材未充填空間110に侵入することに起因する。
【0032】
水200がグラウト材未充填空間110に侵入することでその空間110に存在している塩化物イオン40は、図4に示すように、注入された水200に溶解する。
【0033】
次に、水200を除去する。このとき、水200に溶解している、グラウト材未充填空間110に存在していた塩化物イオン40も除去または減少されることとなる。
【0034】
図5は、本発明の一実施形態であるPC緊張材の腐食抑制方法におけるグラウト材注入工程を説明する模式図である。
【0035】
水200を除去した後、図5に示すように亜硝酸塩を含むグラウト材400をグラウト材未充填空間110に注入する。亜硝酸塩を含むグラウト材400を注入する方法は、既往の手法で十分であるため、ここでの詳細な説明は省略する。
【0036】
また、グラウト材400に添加する亜硝酸塩の濃度は、PC鋼材20やシース10の腐食程度やグラウト材400の性能や施工性を考慮して定めると良い。より詳細には、例えば、PC鋼材20やシース10が大きく腐食してる場合には、より高濃度の亜硝酸塩を含むグラウト材400を用いる。但し、亜硝酸塩が添加されたグラウト材400では、高濃度の亜硝酸塩を含むグラウト材400である程、経時的な流動性低下が早くなる傾向があることが知られている。そのため、高濃度の亜硝酸塩を含むグラウト材400を用いる場合は、そのグラウト材400の可使時間や粘性を十分に考慮して施工する。
【0037】
以上説明したように、本実施形態によれば、ポストテンション方式のPC構造物のPC鋼材20の腐食を抑制する場合に、シース10内のグラウト材未充填空間110に水200を先に充填することにより、グラウト材が充填されにくいPC鋼より線の素線間111や微少なグラウト材未充填空間112にも水200が供給され、シース10内や錆層内に存在する塩化物イオンを除去または減少させ、確実な腐食抑制効果を見込むことができる。
【0038】
また、グラウト材400の充填後、何等かの原因で鋼材腐食因子が侵入したとしても、防錆剤を混入したグラウト材400を用いているため、PC鋼材20は腐食に対して保護される。
【0039】
尚、上述した各実施形態では、本発明にいうPC構造物が、既設PC構造物である例を挙げて説明したが、本発明にいうPC構造物は、これに限られるものではなく、新設PC構造物であってもよい。
【0040】
また、上述した各実施形態では、本発明にいうグラウト材が、亜硝酸塩を含むグラウト材である例を挙げて説明したが、本発明にいうグラウト材は、これに限られるものではなく、亜硝酸塩を含まないグラウト材であってもよい。
【0041】
また、上述した各実施形態では、本発明にいう防錆剤が、亜硝酸塩である例を挙げて説明したが、本発明にいう防錆剤は、これに限られるものではなく、例えば、クロム酸塩や炭酸塩やリン酸塩やけい酸塩やポリリン酸塩や有機高分子化合物等であってもよい。
【符号の説明】
【0042】
100 既設PC構造物
110 グラウト材未充填空間
111 素線間
112 微少なグラウト材未充填空間
120 孔
10 シース
20 PC鋼材
30 グラウト材
40 塩化物イオン
200 水
400 亜硝酸塩を含むグラウト材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポストテンション方式のPC構造物のPC緊張材の腐食を抑制するに当り、シース内のグラウト材未充填空間に水を供給して該シース内や錆層内に存在する塩化物イオンを除去または減少させ、次いで前記水を除去し、該水を除去した空間にグラウト材を充填することを特徴とするPC緊張材の腐食抑制方法。
【請求項2】
前記グラウト材として、防錆剤を混入したグラウト材を用いることを特徴とする請求項1に記載のPC緊張材の腐食抑制方法。
【請求項3】
前記防錆剤として亜硝酸リチウムを用いることを特徴とする請求項2に記載のPC緊張材の腐食抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−2056(P2013−2056A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131507(P2011−131507)
【出願日】平成23年6月13日(2011.6.13)
【出願人】(000112196)株式会社ピーエス三菱 (181)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)