説明

PC鋼より線

【課題】JIS規格3536SWPR7BLに対し最大試験力において20%以上高い強度、SWPR19Lに対し最大試験力において15%以上高い強度を有し、曲げ引張特性・疲労特性は、それぞれ、FIP推奨引張試験 (September 1996)、ISO6934−4の規格を満足するPC鋼より線を提供する。
【解決手段】PC鋼より線は、炭素(C)を0.92〜0.94重量%、ケイ素(Si)を1.15〜1.30重量%、マンガン(Mn)を0.20〜0.29重量%、リン(P)を0.025重量%以下、硫黄(S)を0.025重量%以下、クロム(Cr)を0.15〜0.25重量%、アルミニウム(Al)を0.051〜0.70重量%を含み、残部が鉄(Fe)および不可避不純物の線径が7.5mm以上である原料線材を使用して製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PC鋼より線の化学成分に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンクリートの高強度化に伴うコンクリート構造物の大型化、長スパン化、および軽量化等が進む中で、コンクリートを補強するPC鋼より線に対しても高強度化の要求が強くなっている。高強度化の方法については多くの研究、開発が行なわれている。例えば、特許文献1では炭素(C),マンガン(Mn),ケイ素(Si),クロム(Cr)の添加量を規定し、さらにニッケル(Ni),バナジウム(V),ニオブ(Nb),モリブデン(Mo)の添加量を制限することにより、PC鋼より線の高強度化を図っている。
【0003】
また、PC鋼より線は耐食性の観点から、樹脂被覆されて使用される場合がある。樹脂被覆されたPC鋼より線は、樹脂被覆工程で熱履歴を受け、リラクセーション特性が悪くなる。そこで、例えば、特許文献2ではケイ素およびクロムの含有量を相互に関連する特定の範囲とすることによりリラクセーション特性の劣化を抑制している。
しかしながら、クロムおよびマンガンのような添加元素量を増やす方法を用いることにより焼入れ性が良く(深部まで硬さが大きく)なる。焼入れ性が良くなると、パテンティングによりベイナイト組織およびマルテンサイト組織といった過冷組織が発生しやすくなり、靭性や延性に富むPC鋼より線を得にくいという問題がある。特許文献3ではこれらの過冷組織の周囲に伸線加工に伴い発生するミクロクラックに基づく断線が発生することを指摘している。
【0004】
極細線用線材における断線低減を目的として、特許文献3に開示の技術では、マンガンの量を0.30%未満に制限することにより、また、炭素,ケイ素,クロム等の元素量を制限することによって、特に撚り線時の断線が少なく、更に高強度及び高靭延性のスチールコードを与える線材を得ることに成功したとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−113585号公報
【特許文献2】特開平11−50597号公報
【特許文献3】特開昭60−204865号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献3に開示された技術は、直径0.5mm以下であって、素線強度250kg/mm2以上のスチールコード用極細線を製造するために用いられる極細線用高炭素線材に関するものである。
コンクリートにプレストレスを与えるためのPC鋼より線の素線径は、通常およそ3mm以上であり、最も良く使用されている素線径は5mm程度のものである。PC鋼より線に使用される原料線材は、特許文献3の技術が対象としている直径0.5mm以下の素線に使用される線材径の4.0〜6.4mmよりも太く7.5mmから14mmのものが使用される。
【0007】
線材の線径が太くなると、質量効果によりパテンティング(加熱後急冷)時の線材中心付近と表層付近の冷却速度の違いが顕著になり、必要な強度を得るために冷却速度を速めると表層部に過冷組織が出やすくなる。特許文献1,2に開示されているように、高強度化やリラクセーション値の劣化防止のために、焼入れ性を向上する元素を添加すると、更に過冷組織が出やすくなり、十分な靭延性を備えたPC鋼より線が得られにくいという問題があった。
【0008】
本発明は、JIS規格3536SWPR7BLに対し最大試験力において20%以上高い強度、SWPR19Lに対し最大試験力において15%以上高い強度を有し、曲げ引張特性・疲労特性は、それぞれ、FIP recommendations Deflected tensile test (September 1996)、ISO6934−4の規格を満足し、応力腐食特性においては、fib bulletin 30の推奨値(最小破断時間2時間以上、中央値5時間以上)を満足し、かつ、JIS強度品と比較して遜色ないPC鋼より線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るPC鋼より線は、炭素(C)を0.92〜0.94重量%、ケイ素(Si)を1.15〜1.30重量%、マンガン(Mn)を0.20〜0.29重量%、リン(P)を0.025重量%以下、硫黄(S)を0.025重量%以下、クロム(Cr)を0.15〜0.25重量%、およびアルミニウム(Al)を0.051〜0.70重量%を含有し、残部が鉄(Fe)および不可避不純物からなり線径が7.5mm以上である原料線材を使用して製造される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、JIS規格3536SWPR7BLに対し最大試験力において20%以上高い強度、SWPR19Lに対し最大試験力において15%以上高い強度を有し、曲げ引張特性・疲労特性は、それぞれ、FIP recommendations Deflected tensile test (September 1996)、ISO6934−4の規格を満足し、応力腐食特性においては、fib bulletin 30の推奨値(最小破断時間2時間以上、中央値5時間以上)を満足し、かつ、JIS強度品と比較して遜色ないPC鋼より線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1はPC鋼より線の製造工程フローチャートである。
【図2】図2はパテンティング工程後の線材表面組織の顕微鏡写真である。
【図3】図3は破断促進試験装置の概略図である。
【図4】図4はPC鋼より線の芯線についての破断促進試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1はPC鋼より線の製造工程フローチャートである。
PC鋼より線は、表1に示される元素を含む線材を原料として、パテンティング(P1)、酸洗(P2)、リン酸亜鉛被膜コーティング(P3)、伸線(P4)、より線(P5)およびホットストレッチ(P6)の各工程により製造される。
【0013】
【表1】

【0014】
表1に示される線材の化学成分は、ピアノ線材に関するJISG3502(2004)の表1化学成分と比較すると、炭素(C)およびケイ素(Si)の含有量が多く、マンガン(Mn)の含有量が少なくなっている。
これは、この線材を原料として製造するPC鋼より線の強度アップを炭素含有量の増加により、PC鋼より線をエポキシ樹脂で被覆する際のリラクセーション低下の抑制をケイ素含有量の増加により、および線材のパテンティング時の焼き入れ性向上の緩和をマンガン含有量の減少により実現するためである。
【0015】
パテンティング工程(P1)では、原料である線材を900℃以上に加熱した後に、550℃の鉛中で急冷する処理が行われる。
酸洗工程(P2)では、塩酸水溶液の温浴に線材を浸し線材の酸化被膜等を除去する処理が行われる。
リン酸亜鉛被膜コーティング工程(P3)では、線材を50℃以上に加熱したリン酸亜鉛処理液(Zn2+,PO43-を含む)に浸漬し、後の伸線(P4)のために線材の表面を円滑化する処理が行われる。
【0016】
伸線工程(P4)では、線材を超硬材で形成されたダイスから引き抜き、線材の径を絞って目的とする径の鋼線を得る処理が行われる。伸線工程(P4)では、例えば線径13.5mmの線材を原料とした場合、連続伸線機によって径が徐々に小さくなる8つのダイスに線材を通過させ、最終の引き抜き速度100m/分で線径5.30mmの素線を得る。
【0017】
より線工程(P5)では、より線機により複数の素線がよりあわされる処理が行われる。
ホットストレッチ工程(P6)では、より線に引張力を加え引っ張り歪みを生じさせた状態で380℃に短時間維持する処理が行われる。
図2はパテンティング工程(P1)後の線材表面組織の顕微鏡写真である。図2から、線材の表層には若干の脱炭(写真の白い部分)が認められるが、脱炭層の内部はパーライト組織となっており、ベイナイトおよびマルテンサイト等の過冷組織は認められない。図2から、表1の化学成分を有する線材は、パテンティング工程(P1)において焼き入れ効果を受けにくいことが分かる。
【0018】
パテンティング工程(P1)において焼き入れ効果を受けにくい線材とするには、その微量化学成分を、炭素(C)が0.92〜0.94重量%、ケイ素(Si)が1.15〜1.30重量%、マンガン(Mn)が0.20〜0.29重量%、リン(P)が0.025重量%以下、硫黄(S)が0.025重量%以下、クロム(Cr)が0.15〜0.25重量%、およびアルミニウム(Al)が0.051〜0.070重量%とするのが好ましい。
【0019】
表2に、線径が13.5mmおよび7.5mmの線材におけるパテンティング工程(P1)後の特性(引張強さ、絞り)を示す。
【0020】
【表2】

【0021】
表2における絞り(%)は、下記(1)式で定義される。
絞り={1−(引張試験後の破断部最小断面積)÷(引張試験前の断面積)}×100
・・・・・ (1)
表3〜表5は、表1に示される化学成分を有する線材を図1に示される各工程で処理したPC鋼より線の特性である。
【0022】
【表3】

【0023】
【表4】

【0024】
【表5】

【0025】
表3における各値は、JISG3536の表3における機械的性質を得たのと同じJISG3536の10.1,10.2および10.3に記載された試験方法により求めた。表3、表4および表5における呼び名15.2mmは、径が13.5mmの原料線材を使用して製造したJISG3536におけるSWPR7BLと同等の7本よりのPC鋼より線である。表3における呼び名21.8mmは、径が13.5mmおよび7.5mmの原料線材を使用して製造したJISG3536におけるSWPR19Lと同等の19本よりのPC鋼より線である。
【0026】
表4における曲げ引張特性は、FIP recommendations Deflected tensile test (September 1996)に準じて測定した。
表5における引張疲労特性は、ISO6934−4に準じて測定した。
表3から、0.2%永久伸びに対する荷重が、呼び名15.2mmの7本よりPC鋼より線ではJISG3536のSWPR7BLにおける引張荷重の下限値261kNよりも略25%大きく、呼び名21.8mmの19本よりPC鋼より線ではJISG3536のSWPR19Lにおける引張荷重の下限値573kNよりも略19%大きいことが認められる。
【0027】
また、表3から、表1の化学成分を有する線材を使用して製造されたPC鋼より線は、JISG3536に規定された伸びおよびリラクセーション値(ローリラクセーション)を満足すること、およびJIS規格3536SWPR7BL(引張荷重261kN以上)に対し最大試験力において20%以上高い強度、SWPR19L(引張荷重573kN以上)に対し最大試験力において15%以上高い強度を有することが分かる。
【0028】
表4から、表1の線材を用いて製造されたPC鋼より線は、FIP recommendations Deflected tensile test (September 1996)で推奨される低下率28%をクリアする。
表5から、表1の線材を用いて製造されたPC鋼より線は、ISO6934−4に規定されている引張疲労試験で繰り返し回数2百万回まで破断が生じない。
以上のことから、表1の線材を用いて製造されたPC鋼より線における曲げ引張特性・疲労特性は、それぞれ、FIP recommendations Deflected tensile test (September 1996)、ISO6934−4の規格を満足し、応力腐食特性においては、fib bulletin 30の推奨値(最小破断時間2時間以上、中央値5時間以上)を満足し、かつ、JIS強度品と比較して遜色ないものであった。
【0029】
図3は破断促進試験装置11の概略図、図4はPC鋼より線の芯線についての破断促進試験結果である。
破断促進試験装置11は、水平方向に長いレバー12、レバー12の長手方向の一方の端近傍で揺動可能にレバー12を支持する直立したフレーム13、レバー12の揺動支点よりも一方の端側に設けられた供試体保持装置14、レバー12の他方の端に吊り下げられた錘保持部15、および破断センサ16で形成されている。
【0030】
供試体保持装置14は、レバー12に対して揺動可能に連結された上部チャック21、上部チャック21の直下に配された下部チャック22、および上部チャック21と下部チャック22との管に配された腐食促進部23からなる。腐食促進部23は、腐食促進剤である20重量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液が入れられて周囲にリボンヒーターが巻かれたガラス容器である。ガラス容器は、内容液(腐食促進剤内容液)の温度が調整可能である。
【0031】
錘保持部15は、供試体Sに引張力を加えるための錘を保持するためのものである。破断センサ16は、供試体Sが破断したときを知るセンサであり、錘保持部15の直下に配されている。
破断促進試験の供試体Sは、図1に示された各工程により製造された15.2mm7本よりPC鋼より線(以下「実施例」という)、およびJISB種PC鋼より線(JISG3536のSWPR7BL、以下「比較例」という)からそれぞれ分離された芯線である。
【0032】
破断促進試験は次のように行われる。
供試体Sは、適度な長さに切断され、腐食促進部23の内容液に一部が浸されてその両端が上部チャック21および下部チャック22に固定される。錘保持部15に所定の重さの錘24が載せられ、タイマーが起動される。以後供試体Sには一定の引張力が作用する。
【0033】
ここで、「所定の重さ」とは、予め引張試験により求めたそれぞれの供試体Sが破断する荷重の80%となる重さである。
試験時間が経過し供試体Sが破断すると、錘保持部15は錘の重さによって下降し、破断センサ16に当たってタイマーを停止させ、供試体Sの破断までの時間を確定させる。
破断促進試験は、実施例および比較例についていずれも複数回行った。図4は、それぞれの経過時間と供試体Sの累積破断率とをワイブル確率紙にプロットしたものである。
【0034】
図4から、表1の線材を用いて製造されたPC鋼線は、FIP bulletin 30で推奨されている最小破断時間が3時間以上および中央値が5時間以上を満足する。
また、図4から、実施例は比較例に比べて同一破断率の場合に時間軸(横軸)の右側に位置し、破断までの時間が長いことが分かる。また、図4から、実施例と比較例との累積破断率の25%以上における時間軸に対する傾きが略同じであることから、これら(実施例および比較例)は、遅れ破壊の分布(遅れ破壊特性)が略同じ傾向を示すといえる。
【0035】
【表6】

【0036】
表6は、呼び名15.2mmの7本よりPC鋼より線をエポキシ樹脂で被覆した後の特性である。エポキシ樹脂の被覆は250〜300℃で行われ、一般にはPC鋼より線はこのとき熱履歴を受けてリラクセーション値が上昇すると言われている。しかし、表6から、表1の線材を用いて製造された呼び名15.2mmの7本よりPC鋼より線は、リラクセーション値が2.5%以下であり、JISG3536の表3に示されるSWPR7BLのローリラクセーション値を満足し、その他の特性もSWPR7BLと同等以上である。
【0037】
上述の実施形態において、線材の化学成分は、本発明の趣旨に沿って適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、PC鋼より線の製造に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C)を0.92〜0.94重量%、
ケイ素(Si)を1.15〜1.30重量%、
マンガン(Mn)を0.20〜0.29重量%、
リン(P)を0.025重量%以下、
硫黄(S)を0.025重量%以下、
クロム(Cr)を0.15〜0.25重量%、
およびアルミニウム(Al)を0.051〜0.70重量%
を含有し、
残部が鉄(Fe)および不可避不純物からなり線径が7.5mm以上である原料線材を使用して製造された
ことを特徴とするPC鋼より線。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−82487(P2012−82487A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−230855(P2010−230855)
【出願日】平成22年10月13日(2010.10.13)
【出願人】(000192626)神鋼鋼線工業株式会社 (44)