説明

RNAの解析方法

【課題】
固定液により固定された組織または細胞の遺伝子の発現情報や発現有無を解析することを課題とする。
【解決手段】
固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAの解析方法であって、該RNA全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率をA(%)、該RNA全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率をB(%)とするとき、該RNAが下式を満たすことを判定するステップを有する、RNAの解析方法。
式:B/A≦1

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAの解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、病院や研究機関等で莫大な数の検体が保管されている、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織に代表されるような、固定液によって固定された組織、細胞の遺伝子を解析する技術に対して大いに期待が高まっている。特に、FFPE組織については、過去の膨大な疾患データが蓄積されていることから、FFPE組織から遺伝子を抽出し、それらの発現を解析できる技術を確立すれば、長期間保存された組織を用いた遡及的な研究が可能となり、将来的には疾患の治療や予防に大きく貢献できる。
【0003】
しかしながら、FFPE等の固定組織や固定細胞から抽出したRNAは、一般的な固定条件、保管条件において分解、断片化が進行することから、遺伝子発現解析を行うのが難しいと考えられている。また、固定液として最も一般的に用いられているホルムアルデヒド(ホルマリン)により、RNA−RNA間、RNA−タンパク質間が架橋されることや、ホルムアルデヒドがRNAに付加、修飾されることがあり、RNAがそのような状態では、酵素反応および/または化学反応が進行しにくく、遺伝子発現解析が困難となる。よって、分解、断片化が進行したRNAサンプルや、架橋、付加、修飾がなされたRNAサンプルからの遺伝子発現解析を実施する技術が求められている。さらに、そのようなRNAサンプルの遺伝子発現解析を実施するにあたり、解析する前にRNAサンプルの分解・断片化、あるいは架橋や付加・修飾の程度を確認して品質を判断し、解析の可否を確認することは、正確な遺伝子発現解析ならびにmiRNA発現解析を実施する上で非常に有用であり、それを可能にする技術が求められている。
【0004】
特許文献1〜4には、分解したRNAを増幅して遺伝子発現解析を行う方法に関する技術が開示されている。
【0005】
特許文献1は、標的ポリヌクレオチドを増幅して、その多数のコピーを産生することに関連する方法、組成物およびキットを提供するものである。1回の増幅反応におけるmRNAの増幅倍数は、標準的に50〜100又は250倍まで、又は500〜1000倍又は500〜2000倍以上であり、ナノグラム量未満の総RNAからできるだけ多くの増幅RNAを得るものである。しかしながら、このように、少量のRNAからできるだけ多く増幅して解析する方法を用いると、遺伝子毎の増幅倍率にバラツキが生じる、いわゆる増幅バイアスが大きくなるため、遺伝子の発現量を正確に解析できないといえる。
【0006】
特許文献2は、全般的な遺伝子発現プロファイリングのために、例えば保管された固定化パラフィン包埋組織材料のようなフラグメント化RNA等を使用する方法に関し、非常に小さな、または極めてフラグメント化されたRNA試料であっても、全般的な増幅を可能にする試料の調製方法を提供するものである。しかしながら、該方法はフラグメント化されたRNAをポリアデニル化する工程が含まれ、当該工程における反応のばらつきが、結果として遺伝子発現プロファイルにも大きく影響する可能性が考えられる。また特許文献2では、新規なリニアRNA増幅法について開示されている。5’末端にアンカー配列を有し、かつ3’末端にRNAポリメラーゼプロモーター配列を有する2本鎖cRNAを合成し、当該cDNAから前記RNAポリメラーゼプロモーター配列依存的にcRNAを合成し、このcRNAから前記アンカー配列をプライミングすることによって再度cDNAを合成する方法により、レーザーキャプチャーマイクロダイセクションやセルソーターを利用して得られた少量の細胞・組織から得られる微量のRNAを増幅することで、既存の増幅法の問題点であったcDNA合成−cRNA合成サイクルを繰り返すたびに生じるcDNAおよびcRNA上のmRNA5’相当領域の欠失を抑制するものである。
【0007】
特許文献1、特許文献2ともに、増幅バイアスのない方法として記載されており、1サイクルあたりのバイアスは従来と比べて小さいと思われるが、少量のRNAからできるだけ多く増幅することに主眼を置いていることから、増幅倍率としてはかなり大きい。したがって、その分だけバイアスが積み重なり、結局大きな増幅バイアスが生じることが否めない。
【0008】
特許文献3は、全般的な遺伝子発現プロファイリングのために、例えば保管された固定化パラフィン包埋組織材料のようなフラグメント化RNA等を使用する方法に関し、非常に小さな、または極めてフラグメント化されたRNA試料であっても、全般的な増幅を可能にする試料の調製方法を提供するものである。しかしながら、該方法はフラグメント化されたRNAをポリアデニル化する工程が含まれ、当該工程における反応のばらつきが、結果として遺伝子発現プロファイルにも大きく影響する可能性が考えられる。
【0009】
特許文献4は、例えば分解度等、核酸サンプル中の核酸の品質測定方法を含む、分解核酸サンプル中のターゲットの増幅用組成物および方法、更には分解RNAサンプルから遺伝子発現プロファイルを作成するための方法について開示されている。同一遺伝子に由来する異なるサイズのアンプリコン(増幅産物)の増幅効率を尺度とし、サンプルが分解するにつれて、サイズの大きなアンプリコンの増幅効率が低下することから品質を評価するものである。本方法は10〜20数種の遺伝子について、それぞれ複数のサイズのPCRを行うものである。RNAの分解が進んでいる場合、PCRのプローブサイズが大きいものほど増幅されないことから、ある程度分解度を確認することはできると考えられるが、RNA1サンプルあたり延べ数十種の遺伝子をPCR増幅する必要があるため、本方式を実際に行うのは困難と考えられる。
【0010】
特許文献5には、分解していない状態では長鎖分画に含まれるRNAの塩基配列を元にして設計した分解指標核酸プローブを核酸アレイに搭載し、トータルRNAから短鎖を分画したRNAサンプルを該核酸アレイに対してハイブリダイズさせ、分解指標核酸プローブのシグナルの有無によって、RNAサンプルの分解度を測定する方法、ならびにRNAの分解度測定用核酸アレイに関する技術が開示されている。しかしながら、当該核酸アレイは、マイクロRNA(miRNA)などの短鎖RNAに特化したものであり、遺伝子発現解析への適用は困難であると考えられる。さらに、FFPE等の固定組織や固定細胞からRNAを抽出する場合、細胞や凍結組織から抽出する場合とは異なり、多くのRNAを得られないことがしばしばあるが、そのような状況において、RNAサンプルの品質確認のためだけに数〜数十μgという大量のサンプルを使って実験を行うのは非現実的であり、コスト面からも決して好ましい方法とはいえない。
【0011】
特許文献6には、核酸の断片化レベルを測定する方法に関する記載がある。当該特許文献の出願人は、RNAサンプルに含まれる2種のリボソームRNA(18S、28S)の量をそれぞれ測定し、28S/18Sの比から分析可能か否かを判定するキットを販売している。RNAが分解するとき、先ず28Sが分解し、次いで18Sが分解すると言われており、当該キットにおいては、28S/18Sが0.1以下の場合、RNAの品質が悪いと判定する。しかしながら、固定液により固定された組織、細胞から抽出されるRNAは、一般的に固定の際にRNAが分解し、さらに固定組織、細胞は常温保管が一般的であることから、経年につれてさらにRNAが分解する。したがって、例えばホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織から抽出したRNAは、上記2種のリボゾームRNAが検出されないことが少なからずあり、上記の基準でRNAサンプルの品質を判定した場合、大半のサンプルが解析できないとみなされてしまう。したがって、上述のような、長期間保存された固定組織、固定細胞を用いて遡及的研究を実施するにあたり、当該キットを使用するのは極めて困難である。
【0012】
特許文献7は、分解したmRNAを含む保管された組織中における、RISC(RNA誘導型サイレンシング複合体)と結合した分解されていないmiRNAを加熱処理等で遊離させ、PCRで増幅することで検出するRNAのプロファイリング方法である。RISCからmiRNAを遊離させる際、95℃という高温で処理することから、そこで分解が生じる可能性は否定できず、さらに、RNAの品質を確認する方法に関して言及していない。
【0013】
その他、キャピラリー電気泳動システム(例えば、アジレント・テクノロジー社製“バイオアナライザ”)を用いる場合に、RNA分解の指標として、アジレント・テクノロジー社が開発した測定基準であるRIN(RNA Integrity Number)が算出される。RINは、電気泳動したRNAサンプル全体のエレクトロフェログラムをベースに算定され、その値は0〜10の範囲である(非特許文献1)。アジレント・テクノロジー社のバイオアナライザは、核酸の品質を評価する際に一般的に用いられる装置となっており、当該装置を使用した場合において、RINはRNAの品質を示す一般的な指標となっている。しかしながら、固定組織、固定細胞から抽出したRNAをバイオアナライザで分析したとき、そのエレクトロフェログラムが明らかに異なり、分解挙動が様々であるRNAにおいても、RINの値は2〜3の間でほとんど変わらないことから、RINは実際のRNAの状態を必ずしも反映できていない可能性があった。さらに、固定液により固定された種々の組織、細胞から抽出されたRNAが、解析に供することができる検体であるか否かを判断する手段は乏しいのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特表2006−520603号公報
【特許文献2】特開2005−224172号公報
【特許文献3】特表2007−515964号公報
【特許文献4】特表2008−541699号公報
【特許文献5】特開2008−35779号公報
【特許文献6】特開2008−43332号公報
【特許文献7】特表2009−501531号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Schroeder A,Mueller O,Stocker S,Salowsky R,Leiber M,Gassmann M,Lightfoot S,Menzel W,Granzow M,Ragg T:The RIN:an RNA integrity number for assigning integrity values to RNA measurements;BMC Molecular Biology 7:3(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従来技術では固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAを解析するに際して、抽出されたRNAが解析に適するか否かを簡便かつ高い確率で判断する方法がなく、解析で得られたデータの妥当性を知ることは困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題に鑑みて、本発明者らは鋭意検討した結果、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAの遺伝子発現解析を行うにあたり、解析前にRNAを電気泳動して、そのパターンにより解析に適するか否かを判断し、解析に適すると判断したRNAについて解析を行うことで、もとのRNAの存在量に見合った妥当性の高いデータが得られること、また再現性の高いデータが得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
また、当該RNAを増幅するとき、その増幅倍率をもとの2〜20倍とすれば、増幅によるバイアスを抑えられ、もとのRNAの存在量に見合った妥当性の高いデータが得られることを見出し、またデータの再現性が高いことを見出し、本発明を完成させた。
【0019】
すなわち、本発明は次の(1)〜(7)で構成される。
【0020】
(1)固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAの解析方法であって、該RNA全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率をA(%)、該RNA全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率をB(%)とするとき、該RNAが下式を満たすことを判定するステップを有する、RNAの解析方法。
式:B/A≦1。
【0021】
(2)さらに前記比率A(%)が25%以上であることを判定するステップを有する、(1)に記載のRNAの解析方法。
【0022】
(3)前記判定されたRNAを増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析する、(1)または(2)に記載のRNAの解析方法。
【0023】
(4)前記判定されたRNAを非増幅により解析する、(1)または(2)に記載のRNAの解析方法。
【0024】
(5)RNAがmiRNAである、(4)に記載のRNAの解析方法。
【0025】
(6)前記固定液がホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒドを含む、(1)〜(5)のいずれかに記載のRNAの解析方法。
【0026】
(7)前記固定液により固定された組織または細胞が、パラフィン包埋またはOCTコンパウンド包埋されてなる、(1)〜(6)のいずれかに記載のRNAの解析方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明のRNAの解析方法により、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAについて、もとの遺伝子の存在量を正確に反映した解析が可能となり、特にマイクロアレイ解析において好ましい効果が得られる。また、本発明のRNAの解析方法により、固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAが解析に適するか否かを、解析前に判定することができ、試薬等を無駄に使用することを未然に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】バイオアナライザによる各種RNAの1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率をA(%)、4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率をB(%)としたとき、横軸をA、縦軸をB/Aとして各種RNAの数値をプロットした図を示す。
【図2】各種RNAのRINと増幅量についてプロットした図を示す。
【図3】マウス小脳、肝臓のFFPE組織からのマイクロアレイによる発現解析を2回行い、1回目、2回目それぞれの解析で得られた各遺伝子のシグナル強度について、両者の小脳/肝臓の比をプロットした散布図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明をさらに具体的に説明する。
【0030】
本発明の「固定液により固定された組織または細胞」とは、固定液とよばれる溶液に組織、あるいは細胞を浸漬することで、生物試料をできるだけ自然の状態で維持するための処理、すなわち固定処理を施すことをいう。ここで用いられる固定液は、ホルムアルデヒド溶液、パラホルムアルデヒド溶液、エタノール、メタノール等のアルコール類、アセトン、クロロホルム等を含む溶液や、ピクリン酸、重クロム酸カリウム等の酸を含む固定液(例えば、ブアン固定液、ザンボニ固定液、オルト固定液)、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛等の金属を含む溶液等が好適に使用される。また、エタノール、クロロホルム、酢酸からなるカルノア固定液や、メタノール、クロロホルム、酢酸からなるメタカン固定液など、前述の溶液を二種類以上混合して用いることも好ましい。
【0031】
本発明においては、前記固定液としてホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒドを含む溶液がより好ましく用いられる。ホルムアルデヒド溶液は、市販のホルマリン(ホルムアルデヒド濃度37%)を水で希釈したものを使用してもよいし、水で希釈した溶液のpHを炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等で中性に調整したものや、リン酸緩衝液で希釈してpHを中性に調整したものを使用することも好ましい。また、悪臭、刺激臭を取り除き、濃度を調製したホルマリン溶液(商品名:マスクドホルム)を使用してもよい。なお、ホルムアルデヒド溶液中のホルムアルデヒド含量は、1〜30%が好ましく、2〜20%がより好ましい。パラホルムアルデヒド溶液は、パラホルムアルデヒドの粉末を水またはリン酸緩衝液などで溶解させたものや、水と少量の水酸化ナトリウムで溶解後、リン酸緩衝液等でpHを中性に調整したものを使用してもよいし、市販のパラホルムアルデヒド溶液を使用してもよい。その濃度は、1〜10%が好ましく、2〜8%がより好ましい。
【0032】
また、前記固定された組織あるいは細胞は、パラフィンで包埋されていてもよい。固定された組織あるいは細胞をパラフィン包理する場合、当業者に公知である一般的な手法で操作すればよい。すなわち、固定組織または細胞をアルコールで置換して脱水し、次いでキシレン、ベンゼン等で置換した後、熱して液化したパラフィンを流し入れた型枠に組織、細胞を入れて包埋し、パラフィンブロックとする。なお、パラフィン包埋した組織、細胞からRNAを抽出する際は、回転式ミクロトーム、滑走式ミクロトーム等のミクロトームを用いて薄切したものを使用する。そのとき、薄切片の厚さは特に限定されないが、1〜100μmが好ましく、2〜50μmがより好ましい。その他、パラフィンの代わりに、主に凍結組織切片作製に用いられるOCT(Optical Cutting Temperature)コンパウンドを用いてもよい。また、パラフィンブロックを薄切したものをスライドガラス等に貼り付け、一部をレーザーキャプチャーマイクロダイセクション(LCM)やメス等を用いて解析対象となる組織を採取するマクロダイセクション等により取り出した組織からRNAを抽出する方法も、好ましく用いられる。LCMを実施する場合、視認性を高めて、解析対象とする組織、細胞を確実に取り出すために、組織、細胞を染色してもよい。その際、色素として例えばクレシルバイオレット、ヘマトキシリン・エオシン(HE)、ニュークリア・ファスト・レッド(NFR)等が利用できる。
【0033】
本発明の「固定液により固定された組織または細胞から抽出したRNA」とは、上述の固定液を用いて固定された組織あるいは細胞から、酵素により組織、細胞のタンパク質を消化させることで抽出されるRNAであり、該RNAとして、mRNA、rRNA、tRNA、miRNAが挙げられるが、好ましくはmRNAまたはmiRNAであり、より好ましくはmiRNAである。抽出液にはDNA、タンパク質等の不純物が混入している場合があり、抽出後に精製操作を行うことが好ましい。ここで用いられる精製方法としては特に限定されないが、例えばシリカメンブレンや陰イオン交換樹脂等を搭載したカラムを用いる方法、逆相クロマトグラフィーなど、液体クロマトグラフィーを用いる方法、有機溶媒を用いてRNAを沈殿させる方法、濃度の高い酢酸アンモニウム溶液をRNAが含まれる溶液に添加し、RNAを選択的に沈殿させる方法、磁気ビーズを用いる方法などが挙げられる。上述の抽出、精製においては、例えば、“RecoverAll(トレードマーク) Total Nucleic Acid Isolation Kit for FFPE”(Ambion社)、“RNeasy FFPE Kit”(Qiagen社)、“ISOGEN PB Kit”(ニッポンジーン株式会社)、“FFPE RNA Purification Kit”(Norgen社)、“PureLink(商標)FFPE RNA Isolation Kit”(インビトロジェン社)、“High Pure FFPE RNA Micro”(Roche Applied Science社)、“Agencourt FormaPure(商標)Kit”(Beckman Coulter社)、“QuickExtract(商標)FFPE Extraction Kit”(Epicentre社)等のホルマリン固定パラフィン包埋組織用RNA抽出キットを好適に用いることができる。
【0034】
前述の固定液により固定された組織または細胞から抽出したRNAは、固定液成分によって分解されたり、架橋・修飾されたりするために、該RNAを該RNAと直接的または間接的に選択的に結合しうる物質(以下、選択結合性物質ともいう)との分子間相互作用を利用した解析に供することが困難なサンプルが数多く、解析適否を事前に判定することが技術課題となっていたが、本発明者は、後述の実施例等において示されるとおり、固定組織または細胞から抽出されたRNAにおいて、該RNAの全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率、および該RNAの全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率を確認する工程により、RNAの分解や断片化の指標となる分子量の小さいRNA、および架橋や付加・修飾等の指標となる分子量の大きなRNAの比率が多いRNAサンプルを予め排除し、該RNAが前記マイクロアレイ解析に適するかどうかを判断可能であることを見いだした。ここでいう「解析に適する」とは、RNAと選択結合性物質との分子間相互作用を利用したRNAの解析を実施した場合、当該サンプルが保有する情報を正確に測定しうる状態のことをいう。上述の通り、RNAを解析に供する場合、分解、断片化の程度が大きかったり、架橋あるいは付加・修飾物が多く存在したりすると、選択結合性物質との分子間相互作用が阻害されたり、また、増幅する際に十分な増幅量が得られなかったり、バイアスが生じたりすることがあり、結果として正確な解析ができない可能性が極めて高い。
【0035】
固定された組織あるいは細胞から抽出したRNAにおいて、該RNA全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率、および該RNAの全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率を確認する方法としては、該RNAを分子量の大きさで分別して、各分子量範囲におけるRNAの存在割合を定量する方法が挙げられる。固定された組織、細胞等から抽出したRNAサンプルを分子量の大きさで分別して分子量分布を確認する手段である電気泳動の具体例としては、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動、チップ電気泳動が挙げられるが、特定のヌクレオチド範囲におけるRNAの存在割合を定量する手段として、例えばゲル電気泳動の場合、当業者に公知である各種デンシトメーターや“Typhoon”(GEヘルスケア社)等のイメージャーを使用してバンド強度を数値化する方法が挙げられ、またチップ電気泳動の場合、“Agilent2100バイオアナライザ”(アジレント・テクノロジー社)のような電気泳動システムを用いて実施する場合は、専用ソフトウェアに備えられたSmear解析を行うことにより、好適に特定の分子量範囲におけるRNAの存在割合を求めることができる。なお、分解が生じていないRNA(インタクトなRNA)を電気泳動で分析した場合、約4700ヌクレオチドといわれているリボソームRNAの28Sは4000ヌクレオチドよりやや小さい分子量をピークとしたバンドを示すことがある。これは、28Sの分子に2本鎖領域が多く含まれており、構造がコンパクトになっているため、電気泳動においては実際の分子量より泳動速度が速くなるためと考えられる。この現象に関して、アジレント・テクノロジー社ホームページのFAQにおいても、同様の記載がみられる。したがって、本発明においては、リボソームRNAの28Sは、電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲に実質上含まれるものとする。また、18Sの分子量は1874ヌクレオチドであり、電気泳動においても1000〜4000ヌクレオチドの範囲にバンドが見られることから、当該範囲に含まれる。
【0036】
本発明において、固定された組織あるいは細胞から抽出したRNAが解析に適するかどうかを判断する具体的手法は、該RNAの全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率A(%)に対して、該RNAの全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超えるRNAの重量の比率B(%)が小さいまたは同じ、すなわちB/A≦1であることを確認することにより、解析の適否を判定する方法である。4000ヌクレオチドを超えるRNAが含まれる画分には、架橋が生じているRNAが含まれていると考えられ、それらはプローブにハイブリダイゼーションできないことがあるため、比率Bが比率Aよりも大きいRNAサンプルを解析した場合、実際に存在するmRNA量あるいはmiRNA量より定量値が小さくなる傾向にあり、さらには、本来発現しているにもかかわらず検出できないmRNAあるいはmiRNAが見られることすらある。したがって、固定組織または細胞から抽出されたRNAの解析を実施する前に、当該RNAのB/Aが1以下であるか否かを確認することにより、該RNAの解析の適否を速やかに判断することができる。
【0037】
B/A≦1に該当するRNAの場合、同一組織または細胞から抽出された分解のない(インタクトな)RNAのマイクロアレイ解析結果と比較すると、高い相関関係が得られる。ここで、相関係数とは、2つのデータの相互関係の強さを定量的に表す指標であって、−1から1の間をとり、正の値であれば正の相関、負の値であれば負の相関、ゼロの時は無相関という。一般に、絶対値が0.5以上なら相関がある、0.5未満なら相関がないと判断することができ、2つのデータの相関の度合いが強いほど、その絶対値は1に近づく。なお、相関係数を“Microsoft Office Excel”(マイクロソフト社)で求める場合は、「correl」という関数を使用すればよい。本発明においては、両者で共通に発現が認められた遺伝子について、シグナル強度の相関係数を求めた場合、0.7以上であることが好ましく、0.8以上であることがより好ましく、0.9以上であることがさらに好ましい。
【0038】
さらに、固定された組織あるいは細胞から抽出したRNAの全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率A(%)が大きいほど、当該RNAが分解のないインタクトな状態に近いことを示し、その場合、インタクトなRNAに近似した遺伝子あるいはmiRNAの発現挙動が得られる傾向が高い。具体的には、Aの割合は好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは25%以上であれば、インタクトな状態に近いRNAであるかどうかをより速やかに判断することができる。
【0039】
さらに、固定された組織あるいは細胞から抽出したRNAの全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率A(%)と、該RNAの全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超えるRNAの重量の比率B(%)の和(A+B)の値(0≦(A+B)≦100)が小さいほど、1000ヌクレオチドより小さいRNAの重量の比率が大きいこと、すなわち分解したRNAが多いことを示すが、分解したRNAが多いと、特に短鎖のmiRNAのマイクロアレイ解析を実施する場合、本来ハイブリダイゼーションすべきRNA以外のRNAがプローブに結合してしまう、いわゆるクロスハイブリダイゼーションと呼ばれる現象が起こる可能性が高くなることがある。その場合、RNAが実際に存在する量より強く発現したかのような結果が得られたり、発現したRNAの数が実際より多い結果が得られたりすることがある。本発明において、A+Bの値は、(A+B)≧15であることが好ましく、(A+B)≧20であることがより好ましく、(A+B)≧25であることがさらに好ましい。
【0040】
その他、固定された組織あるいは細胞から抽出したRNAに含まれる特定遺伝子の存在有無を検出することで、該RNAが解析可能か否かを詳細に判定することも好ましい。この操作を行うことで、より高率で解析の可否を判定することができる可能性がある。この場合、RNAの逆転写酵素反応によりcDNAを合成し、該cDNAを鋳型として特定遺伝子をPCRによって増幅し、その増幅産物を電気泳動で評価した際に、その存在が認められた場合に解析可能と判定する。なお、ここでいう特定遺伝子としては、ハウスキーピング遺伝子あるいはインターナルコントロールと呼ばれる、サンプル間で発現の変動が理論上殆どないと考えられる遺伝子を選ぶのが好ましく、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、β−アクチン、β2−マイクログロブリン、ヒポキサンチンリボシル転移酵素、ポルフォビリノーゲンデアミナーゼ、ホスホグリセリン酸キナーゼ、サイクロフィリンA、β−グルクロニダーゼ等が挙げられる。
【0041】
本発明は、RNAと選択結合性物質との分子間相互作用を利用した解析であれば特に限定されないが、好ましい解析ツールとしてマイクロアレイが挙げられる。
【0042】
マイクロアレイは、ガラス、セラミックス、シリコンなどの無機材料、ステンレス、金(めっき)などの金属類、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、シリコンゴムなどの高分子材料からなる基板に、複数種類の選択結合性物質が固定化されてなるものであり、固定化された複数種類の選択結合性物質と被験物質との結合の有無や被験物質の結合量を一度に検出する解析ツールとして有用である。マイクロアレイに固定化される選択結合性物質として、核酸または他の抗原性化合物が挙げられる。核酸は、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、ペプチド核酸(PNA)、相補的DNA(cDNA)、相補的RNA(cRNA)などを含む。他の抗原性化合物としては、低分子化合物を含む。特に好ましい選択結合性物質は核酸である。このような選択結合性物質は、市販のものでもよいし、あるいは、合成したもの、生体組織または細胞などの天然源から調製したものでもよい。
【0043】
マイクロアレイには特に制限はないが、好ましい例として、基板表面に凹凸部を具備していてもよく、さらに凸部の上面にカバーが設けられていてもよい。このとき、カバーには、空隙に連通する1つ以上の貫通孔を備えることが好ましい。この孔は、核酸溶液、結合用バッファーなどの液体を注入するためのものであり、また同時に、基板内部の圧力を大気圧に保持するためのものでもある。貫通孔は、一つの空隙に対して複数あることが好ましく、中でも3〜6個とすることにより、検体溶液の充填が容易となるので特に好ましい。なお、上記のようなカバーの製造方法は特に限定されず、例えば、樹脂の場合は射出成形法、ホットエンボス法、削り出しの方法等、ガラスやセラミックの場合はサンドブラスト法、シリコンの場合は公知の半導体プロセスで使用される方法等が好ましく用いられる。さらに、マイクロアレイとカバーの間の空隙に微粒子を封入することで、空隙に検体溶液をアプライし検体溶液に振動を伝播させた際に、封入した微粒子が液中で激しく動き回る。その結果、攪拌効率が著しく高くなり、ハイブリダイゼーションの反応促進効果がもたらされるため好ましい。ここで、微粒子の材質は特に限定されないが、例えばガラス、セラミックス(例えばイットリア安定化ジルコニア)、金属類(例えばステンレス)、ポリマー(例えばナイロン、ポリスチレン)、磁性体などが好適に用いられる。中でも、物理的、化学的に安定であり、かつ比重が大きいことから、セラミックスの微粒子が好ましく用いられる。さらに、基板を回転させて重力方向に微粒子を落下させる方法や、基板を振盪させる方法、磁性微粒子を用いて磁力により微粒子を移動させる方法などを併用することで、より一層攪拌効率が向上する。
【0044】
本発明において、前記固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNA(以下、被験物質ともいう)は、増幅せずに(非増幅産物)解析に供しても、増幅産物を解析に供してもよく、被験物質の種類によって適宜選択される。例えばmiRNAを解析する場合は非増幅の解析が好ましい。また、mRNAの解析の場合、被験物質は非増幅産物であっても増幅産物であってもよいが、増幅バイアスを防ぐ必要のある被験物質を解析する場合は非増幅産物または後述の通り増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物の解析が好ましい。
【0045】
増幅産物を解析する場合、RNAを増幅する方法としては特に制限はないが、各社から上市されているFFPEに対応する増幅用キットを用いることができる。市販のキットを用いる場合は、例えば“ExpressArt FFPE RNA Amplification Kit”(AmpTec社)、“WT−Ovation FFPE System V2”(NuGen社)、“Arcturus Paradise Plus Reagent System”(MDS Analytical Technologies社)等が好ましく利用される。また、“SenseAMP Plus”、“RumpUp”、“RumpUp Plus”(Genisphere社)を用いてセンス鎖RNAを合成し、それから当業者に公知の方法でアンチセンス鎖RNAを合成することも好ましい。
【0046】
また、前述の通り増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析することが好ましい。増幅倍率が2倍に満たない増幅産物しか得られないようなRNAは、RNAの分解、断片化が激しく、RNA鎖長が非常に短くなっているため、あるいはRNA分子間あるいはRNAとタンパク質間で生じる架橋や、固定の際にホルムアルデヒド等の固定液由来物質がRNAに結合することで生じる付加・修飾物の影響で、増幅反応が阻害されるため、増幅しない、あるいは増幅反応が不十分となることが考えられ、その結果として正確な解析ができない場合がある。また、増幅産物が20倍を超える増幅倍率である場合、分解等の影響が少ないRNAは増幅しやすい一方、分解がかなり進行したRNAはほとんど増幅しないといった、いわゆる増幅バイアスが顕著に現れる可能性が高くなる場合がある。
【0047】
増幅産物としては、RT−PCR等によって得られるDNAであってもRNAポリメラーゼ等によって合成されたRNAであってもよいが、本発明においてはRNAであることが好ましい。また、増幅産物をRNAとする場合、センス鎖RNAでも、アンチセンス鎖RNAでもよく、特に限定されないが、既存のマイクロアレイの大半は、搭載されているプローブがアンチセンス鎖RNAに対応しているため、既存のマイクロアレイを用いる場合、アンチセンス鎖RNAとして増幅するのが好ましい。
【0048】
増幅倍率を2〜20倍とする方法としては、RNAの増幅に使用する酵素やプライマー、基質等の濃度を増減させることで、試薬の組成を最適化する方法が挙げられる。また、反応時間を調整することで、増幅倍率を2〜20倍にする方法もある。例えば、比較的増幅倍率の大きい試薬を用いて固定組織または細胞から抽出したRNAサンプルを増幅する場合、反応時間を定められた時間より短くするとよい。また、増幅回数は1回とすることが好ましい。増幅反応を2回以上繰り返すと、1回目の増幅により増幅産物にわずかでもバイアスが生じた場合、2回目以降そのバイアスが際立つことになる場合がある。ここで、溶液中のRNA重量を求めるには、例えばRNA溶液を光路長10mmのセルを用いて分光光度計で測定したときの260nmの値および溶液量から、下式Aで計算することができる。
【0049】
式A:(260nmの値)×40(ng/μL)×溶液量(μL)。
【0050】
なお、RNAを増幅した結果、増幅倍率が2〜20倍であるかどうかを確認するには、光路長10mmのセルを用いて分光光度計で測定したときの260nmの値および溶液量から、上式Aより増幅後の溶液のRNA重量を求め、下式Bより増幅倍率を算出すればよい。
【0051】
式B:(増幅後のRNA重量)/(増幅前のRNA重量)。
【0052】
被験物質は当業者に公知の核酸の標識物質で標識されることが好ましく、蛍光標識されることがより好ましい。被験物質を蛍光標識する場合、蛍光標識は被験物質と選択結合性物質との結合の前に行ってもよいし、結合の後に行ってもよい。被験物質が非増幅産物の場合、直接標識することが好ましく、ここで用いられる直接標識試薬としては、例えば“PlatinumBright Nucleic Acid Labeling Kit”(Kreatech社;蛍光色素はDyomicsシリーズ(Dyomics社))、“ULS(商標)microRNA Labeling Kit”(Kreatech社;蛍光色素はCy3、Cy5)、“miRCURY LNA(商標)miRNA Power Labeling Kit”(Exiqon社;蛍光色素はHy3、Hy5)、“FlashTag RNA Labeling Kit”(Genesphere社;蛍光色素はOyster−550、Oyster−650)などが挙げられる。一方、増幅産物を解析する場合、増幅反応の際に用いるヌクレオチド3リン酸(NTP)(アデノシン3リン酸(ATP)、グアニジン3リン酸(GTP)、シチジン3リン酸(CTP)、ウリジン3リン酸(UTP))の一部、例えばUTPの一部にアミノアリル基やビオチンを付加させたものを用いて、増幅産物にアミノアリル基やビオチンといった反応基を導入することで、増幅産物を容易に蛍光標識できるため好ましい。アミノアリル基を導入した場合、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)基を末端に持つ蛍光色素と容易にカップリング反応する。ここで用いられる蛍光色素としては、Cy3、Cy5、Hyper5(GEヘルスケア社)、“Alexa Fluor”(登録商標)シリーズ(Molecular Probes社)等が挙げられる。また、アミノアリル基などの反応基を導入せず、非増幅産物と同様に、増幅したRNAを直接蛍光標識する試薬を使用してもよく、その場合は上記の直接標識試薬を好ましく用いることができる。
【0053】
蛍光標識された被験物質は、マイクロアレイなどの担体に固定化された選択結合性物質との結合反応に供される。被験物質と担体に固定化された選択結合性物質を結合させる方法としては、当業者に公知の方法が採用され、特に選択結合性物質が核酸である場合、当業者に公知のハイブリダイゼーション方法によって結合させることができる。また、核酸と選択結合性物質を結合させる場合の反応液についても、当業者に公知の組成が採用され、特に選択結合性物質が核酸である場合、当業者に公知のハイブリダイゼーション緩衝液を使用することができる。また、担体に固定化された選択結合性物質と結合した被験物質の結合の有無や、結合した被験物質量を検出する方法としては、当業者に公知の蛍光スキャナ装置により、核酸に標識した蛍光の強度を読み取ることで検出・測定することができる。
【実施例】
【0054】
本発明を以下の参考例、実施例によってさらに詳細に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0055】
参考例1
(RNAの蛍光標識操作における収量確認)
“3D−Gene(登録商標) Human 25k chip”(東レ株式会社)を使用してマイクロアレイ解析を行う場合、蛍光標識されたアンチセンス鎖RNA(aRNA)を1μg準備できることが好ましい。そこで、1μg以上の蛍光標識aRNAを得るための条件について検討した。ヒト胃凍結組織から抽出したRNAを逆転写酵素(“SuperScript(登録商標) III”(インビトロジェン社))を用いてFirst strand cDNAを合成し、次にDNA合成酵素を添加してFirst strand DNAに相補的なSecond strand cDNA合成を行った。シリカベースのカラムを用いて合成したcDNAを精製した後、T7RNAポリメラーゼを用いたin vitro transcription(IVT)を42℃、8時間行うことで、aRNAの増幅反応を行った。この反応を5回実施し、aRNAを計50μg合成した。なお、IVT反応の際に用いるNTP混合物(ATP、GTP、CTP、UTP)に、アミノアリル(AA)基を付加したUTP(AA−UTP)を添加することで、合成aRNAにAA基を導入した。合成したAA−aRNA1μg、2μg、3μg、4μgにCy5(GEヘルスケア社)を標識する操作を各3回行った。各サンプルにおける標識後の回収量を表1に示す。マイクロアレイにより網羅的な遺伝子解析を行う際に1μgの蛍光標識aRNAを得るには、未標識の増幅aRNAが2μg以上あればよいことが示された。
【0056】
【表1】

【0057】
実施例1
(固定組織からのRNA抽出)
ヒト胃組織のFFPE標本32検体から、それぞれ10μm厚の薄切片を採取し、それぞれ1.5mLのチューブに入れた。そこにキシレン1mLを加えて攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないようにキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないようにエタノールを十分に除去する操作を2回行った。チューブの蓋を開けた状態にして約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により測定した結果、ならびに“Agilent2100バイオアナライザ”(アジレント・テクノロジー社)(以下、バイオアナライザと略す。)により1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)をそれぞれ算定した結果、さらに、各サンプルのA、Bの値から、B/Aを求めたものを表2および3に、横軸にA、縦軸にB/Aをとってプロットし、B/A≦1のサンプルを“○”、B/A>1のサンプルを“×”として示したものを図1にそれぞれ示す。
【0058】
(RNAの増幅)
B/A≦1である18サンプルについて、それぞれ1μgから、逆転写酵素(“SuperScript(登録商標) III”(インビトロジェン社))を用いてFirst strand cDNAを合成し、次にDNA合成酵素を添加してFirst strand DNAに相補的なSecond strand cDNA合成を行った。シリカベースのカラムを用いて合成したcDNAを精製した後、T7RNAポリメラーゼを用いたin vitro transcription(IVT)を42℃、8時間行い、aRNAの増幅反応を行った。なお、本反応の際、参考例1と同様にして、AA−UTPを用いて増幅aRNAにアミノアリル基を導入した。シリカベースのカラムを用いて、増幅したaRNAを精製した。増幅後の収量より算定した増幅倍率は表2に示すとおりすべてのサンプルで2倍以上であり、B/A≦1を満足するサンプルは、本発明のRNAの解析方法に適したサンプルであることがわかった。
【0059】
(増幅RNAの蛍光標識、フラグメンテーション)
遠心濃縮機(株式会社トミー精工、MV−100)を用いて各増幅aRNA溶液を濃縮し、約1μLとした。そこに“3D−Gene(登録商標) Hybridization Buffer”(東レ株式会社)のキットに添付のSodium Bicarbonate Bufferを5μL添加してピペッティングにより攪拌し、さらにDMSOに溶解させたCy5−NHS(GEヘルスケア社)を5μL加えてピペッティングにより攪拌して、40℃で1時間インキュベートすることでカップリング反応させた。各反応溶液をゲルろ過スピンカラム(バイオラッド社)を用いて未反応のCy5を除去、精製した後、ヌクレアーゼフリーの水で32μLにメスアップした。そこに“3D−Gene(登録商標) Hybridization Buffer”(東レ株式会社)のキットに添付の“5×Fragmentation Buffer”をそれぞれ8μL加え、軽くピペッティングして攪拌し、94℃で15分間処理した。各サンプルをクラッシュアイスで3分間急冷し、“マイクロコンYM−10”(ミリポア社)で精製した。
【0060】
(ハイブリダイゼーション)
B/A≦1である18サンプルについて、標識、精製後のaRNAを、以下の操作によりマイクロアレイ解析を行った。各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene”(登録商標)Hybridization Buffer(東レ株式会社)の“Hybridization Buffer A”を2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、“Hybridization Buffer B”を232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene(登録商標)マウス全遺伝子型DNAチップ”(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社、MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社、TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0061】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後のチップを洗浄した後、スキャナ(3D−Gene(登録商標) Scanner(東レ株式会社))で蛍光シグナル値を測定することにより、有効スポット数を計数した。その結果、表2に示すとおり、有効スポット数は一様に高い結果であった。さらに、同一組織の凍結サンプルから抽出したRNAについて同様の実験を行い、各FFPE標本由来RNAと共通の有効スポットについて、相関係数を算出した。ここで、相関係数とは、2つのデータの相互関係の強さを定量的に表す指標であって、−1から1の間をとり、正の値であれば正の相関、負の値であれば負の相関、ゼロの時は無相関という。一般に、絶対値が0.5以上なら相関がある、0.5未満なら相関がないと判断することができ、2つのデータの相関の度合いが強いほど、その絶対値は1に近づく。なお、相関係数を“Microsoft Office Excel”(マイクロソフト)で求める場合は、「correl」という関数を使用すればよく、本実施例においても当該ソフトウェアを用いた。各サンプルにおける相関係数は表2に示すとおりであり、すべてのサンプルにおいて、凍結組織由来RNAとの高い正の相関関係が確認された。
【0062】
比較例1
B/A>1である14サンプルについて、それぞれ1μgから、上記と同様にして、アミノアリル化aRNA(AA−aRNA)として増幅した。増幅後の収量より算定した増幅倍率は表3に示すとおり2倍未満のサンプルがほとんどであり、RNAの標識化に支障をきたした。すなわち、B/A>1のサンプルは高い確率でRNAの解析に供するのが困難であることがわかった。
【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
実施例2
(FFPEからのRNA抽出)
作成条件、保存期間の異なるマウス(7週齢、雄、Slc:ICR)小脳、肝臓のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックを表5のとおり準備した。各FFPEブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ10枚採取し、1.5mLのチューブに5枚ずつ入れた。そこにキシレン1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないよう注意深くキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて10秒間ボルテックスミキサーで攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないよう注意深くエタノールを除去する操作を繰り返した。チューブの蓋を開けて約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を沈殿させて除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により測定した結果、ならびにバイオアナライザによる1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)を算出した結果、ならびにB/Aの値をそれぞれ表4の(a)および(b)に示す。
【0066】
(RNAの増幅)
各RNAサンプル1μgを、実施例1と同様にして、アミノアリル化aRNA(AA−aRNA)として増幅した。このとき、マウス小脳、肝臓の凍結組織からそれぞれ抽出したRNAも同様にして増幅した。増幅後の収量より算定した増幅倍率を表4に示す。B/A≦1のサンプルはすべて増幅倍率が2倍以上であったのに対し、B/A>1のサンプルの増幅倍率は2倍未満であった。
【0067】
(蛍光標識、フラグメンテーション)
上記で2倍以上増幅して得られたaRNAについて、実施例1と同様にして蛍光標識、フラグメンテーションを行った。標識、精製後のaRNAの収量を表4に示す。
【0068】
(マイクロアレイ解析)
各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene(登録商標) Hybridization Buffer”(東レ株式会社)の“Hybridization Buffer A”を2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、“Hybridization Buffer B plus”を232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene(登録商標)マウス全遺伝子型DNAチップ”(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社、MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社、TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0069】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、分析用チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナ(Axon Instruments社、“GenePix(登録商標) 4000B”)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち、1750個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。その結果、表4の(a)および(b)に示すとおり、有効スポット数は各サンプル間で概ね同等であった。
【0070】
【表4】

【0071】
参考例2
マウス小脳、肝臓、腎臓およびラット小脳、肝臓のFFPEから、実施例1と同様にしてそれぞれ抽出したRNAを、バイオアナライザで電気泳動した際に算定されたRINと、各RNAサンプル1μgから増幅したときの収量の関係について、図2ならびに表5の(a)〜(c)にまとめた。その結果、RINと収量の関係には相関関係がみられなかった。さらに、一部のサンプルについては、RINを算定できなかったものもあった(表5において“N/A”と表記)。よって、FFPEをはじめとする固定組織や固定細胞から抽出したRNAの場合、それらがRNAの解析に適したサンプルであるかどうかをRINで判定するのは困難であることが示された。
【0072】
【表5】

【0073】
実施例3
(固定組織からのRNA抽出)
作成条件、保存期間の異なるマウス(7週齢、雄、Slc:ICR)について、10%中性緩衝ホルマリンにより肝臓のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックを表6のとおり準備した(サンプル(A)〜(D))。各ブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ2枚採取し、1.5mLのチューブに入れた。キシレン1mLを加えて攪拌し、パラフィンを溶解させた。16,000×gで5分間遠心した後、ピペットを用いて組織を吸わないようにキシレンを除いた。次いで、エタノール1mLを加えて攪拌し、16,000×gで2分間遠心した後、ピペットで組織を吸わないようにエタノールを十分に除去する操作を2回行った。チューブの蓋を開けた状態にして約10分間風乾させ、組織に含まれるエタノールを除いた。プロテイナーゼK溶液(500μg/mL)100μLを添加して組織を懸濁させ、37℃で16時間静置した。16,000×gで2分間遠心して残渣を除いた後、シリカカラムを用いてRNAを精製した。RNAの収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により測定した結果、ならびにバイオアナライザによる1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)を算出した結果、ならびにB/A、A+Bの値を表7に示す。なお、コントロールとして、マウス(7週齢、雄、Slc:ICR)肝臓の新鮮凍結組織から抽出したRNAを用いた。
【0074】
(RNAの蛍光標識)
実施例1と同様のマウス肝臓FFPEから、同様の手法で抽出したRNAを、“miRCURY LNA microRNA Array Power Labeling kit”(EXIQON社)を用いて、キットのプロトコールに従い、各RNA500ngをCIP処理した後、酵素反応によりHy5色素を標識した。
【0075】
(マイクロアレイ解析)
各500ng分の標識RNAを含む溶液にヌクレアーゼフリー水を加えて、15.4μLに調製し、“3D−Gene(登録商標) miRNA Hybridization Buffer”(東レ株式会社)のBlock Reagentを0.6μL、miRNA Hybridization Bufferを105μLそれぞれ加えて混合し、減圧下で脱気した後、“3D−Gene(登録商標)マウスmiRNAチップ”(東レ株式会社)に110μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社、MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社、TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を32℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0076】
反応後、チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナ(Axon Instruments、“GenePix(登録商標)4000B”)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち24個をバックグラウンド(BG)シグナル値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からBGシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。その結果、表7に示すとおり、B/A≦1の検体ではコントロールとほぼ同等ないしやや多かった。一方、B/A>1の検体は有効スポット数がコントロールより少なく、検出できないmiRNAがあることが示唆された。したがって、B/Aの値より、解析可否を判断できることが示された。
【0077】
(凍結組織から抽出したRNAとのデータ比較)
さらに、同一組織の凍結サンプルから抽出したRNAについて同様の実験を行い、各FFPE標本由来RNAと共通の有効スポットについて、相関係数を算出した結果を表7に示す。B/A≦1のとき、凍結組織由来RNAとの高い正の相関関係が確認された。さらに、B/A≦1かつAが25%以上であるサンプル(C)は、同一組織の新鮮凍結サンプルとの相関が0.9以上であり、非常に相関が高いことが示された。したがって、B/Aの値より、解析の可否を事前に判断できることが示された。
【0078】
【表6】

【0079】
【表7】

【0080】
実施例4
(マイクロアレイの作製)
公知の方法であるLIGA(Lithographie Galvanoformung Abformung)プロセスを用いて、射出成形用の型を作製し、射出成型法により後述するような形状を有するPMMA製の基板を得た。なお、この実施例で用いたPMMAの平均分子量は5万であり、PMMA中には1重量%の割合で、カーボンブラック(三菱化学株式会社、#3050B)を含有させており、基板は黒色である。この黒色基板の分光反射率と分光透過率を測定したところ、分光反射率は、可視光領域(波長が400nmから800nm)のいずれの波長でも5%以下であり、また、同範囲の波長で、透過率は0.5%以下であった。分光反射率、分光透過率とも、可視光領域において特定のスペクトルパターン(ピークなど)はなく、スペクトルは一様にフラットであった。なお、分光反射率は、JIS Z 8722の条件Cに適合した照明・受光光学系を搭載した装置(ミノルタカメラ、CM−2002)を用いて、基板からの正反射光を取り込んだ場合の分光反射率を測定した。
【0081】
基板として、外形が縦76mm、横26mm、厚み1mmであり、基板の中央部に縦39.4mm、横19.0mm、深さ0.15mmの凹部を設け、この凹部の中に、直径0.1mm、高さ0.15mmの凸部を9248箇所設けたポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂製基板(以下「基板A」とする)を用いた。この基板Aにおいて、凸部上面と平坦部上面との高さの差(凸部は高さの平均値)は、3μm以下であった。また、凸部上面の高さのばらつき(最も高い凸部上面の高さと最も低い凸部上面との高さの差)は、3μm以下であった。また、凸部のピッチ(凸部中央部から隣接した凸部中央部までの距離)を0.5mmとした。
【0082】
上記の基板Aを、10Nの水酸化ナトリウム水溶液に70℃の温度で12時間浸漬した。この基板Aを、純水、0.1NのHCl水溶液、純水の順で洗浄し、基板表面にカルボキシル基を生成させた。
【0083】
上記のようにして準備した基板Aに対し、次の条件で、選択結合性物質(プローブDNA)としてセンス鎖オリゴヌクレオチドを固定化した。オリゴヌクレオチドとして、オペロン社製DNAマイクロアレイ用オリゴヌクレオチドセット“Homo sapiens(Human)AROS V4.0(各60塩基)”を用いた。このオリゴヌクレオチドを、純水に0.3nmol/μLの濃度となるよう溶解させて、ストック溶液とした。このストック溶液を基板にスポット(点着)する際は、PBS(8gのNaCl、2.9gのNaHPO・12HO、0.2gのKCl、および0.2gのKHPOを合わせて純水に溶かし、1Lにメスアップしたものに、塩酸を加えてpH5.5に調製したもの)で10倍希釈して、プローブDNAの終濃度を0.03nmol/μLとし、かつ、PMMA製基板表面に生成させたカルボキシル基とプローブDNAの末端アミノ基とを縮合させるため、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)を加え、この終濃度を50mg/mLとした。この溶液を、アレイヤー(スポッター)(日本レーザー電子、Gene Stamp−II)を用いて、基板Aの全ての凸部上面にスポットした。次いで、溶液をスポットした基板を、密閉したプラスチック容器に入れて、温度37℃、湿度100%の条件で20時間程度インキュベートした。最後に、純水で基板を洗浄し、スピンドライヤーで遠心して乾燥した。
【0084】
選択結合性物質を固定化した上記の基板Aに対し、次のようにカバー部材を貼付した。カバー部材としては、縦41.4mm、横21mm、厚さ1mmのPMMA平板を切削加工により作製してカバー部材とした。作製したカバー部材には、貫通孔および液面駐止用チャンバーを設けた。貫通孔の直径は0.8mmとし、液面駐止用チャンバーの直径は2.0mmとし、カバー部材の四隅に設置した。接着部材として縦41.4mm、横21mm、幅1mm、厚さ25μmの両面テープを、カバー部材を縁取るようなサイズにカットし、厚さ(クリアランス)が50μmとなるように積層させて貼り付けた後、そのカバー部材を基板Aに貼付した。
【0085】
上記のようにしてカバー部材を貼付した基板Aに、直径180μmのジルコニア製微粒子120mgを、基板Aとカバー部材とで形成される空間部(基板A表面の凹凸構造の凹部)に封入した。微粒子の封入は、カバー部材の貫通孔から行った。以上のようにして得られた分析用チップを、以下の検討に用いた。
【0086】
(固定組織からのRNA抽出)
実施例3と同様にして、作成条件、保存期間の異なるマウス(7週齢、雄、Slc:ICR)肝臓のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックから薄切片を作製し、RNAを抽出した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により測定した結果、ならびにバイオアナライザによる1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)を算出した結果、ならびにB/A、A+Bの値を表8に示す。なお、コントロールとして、マウス(7週齢、雄、Slc:ICR)肝臓の新鮮凍結組織から抽出したRNAを用いた。
【0087】
(RNAの蛍光標識)
実施例3と同様にして抽出したRNAを、“PlatinumBright(登録商標)Nucleic Acid Labeling Kit”(KREATECH)を用いて蛍光標識した。各RNA1μgをNuclease Free Waterで16μLにメスアップし、ULS試薬および10×labeling solution各2μLを加えて、85℃で30分反応させ、PlatinmBright647色素をmRNAに標識した。付属の“KREApure columns”を用いて、未反応の色素を除去した。
【0088】
(マイクロアレイ解析)
各固定組織に含まれるmRNAについて、以下の手順によりマイクロアレイで解析した。各1μg分の標識RNAを含む溶液にヌクレアーゼフリー水を加えて、16μLに調製し、“3D−Gene(登録商標)Hybridization Buffer”(東レ株式会社)のHybridization Buffer Aを2μL、Hybridization Buffer Bを232μLそれぞれ加えて混合し、減圧下で脱気した後、上記で作製した分析用チップに210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社;MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社;TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0089】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナ(Axon Instruments社、“GenePix(登録商標)4000B”)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち32個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて、各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。その結果、表8に示すとおり、B/A≦1の検体は、新鮮凍結マウス肝臓組織から抽出したリファレンスRNAと有効スポット数の差異が小さく、また両社の共通有効スポットにおける相関が高い傾向が確認された。さらに、Aの値が大きいほど、その傾向は顕著であった。一方、B/A>1の検体は有効スポット数がリファレンスRNAより少なく、検出できないmRNAが存在することが示唆された。
【0090】
(凍結組織から抽出したRNAとのデータ比較)
さらに、同一組織の凍結サンプルから抽出したRNAについて同様の実験を行い、各FFPE標本由来RNAと共通のmRNA有効スポットについて、相関係数を算出した。各サンプルにおける相関係数は表8に示すとおりであり、B/A≦1のとき、凍結組織由来RNAとの高い正の相関関係が確認された。さらに、B/A≦1かつAが25%以上であるサンプル(C)は、同一組織の新鮮凍結サンプルとの相関が0.9以上であり、非常に相関が高いことが示された。したがって、B/Aの値より、解析可否を判断できることが示された。
【0091】
【表8】

【0092】
実施例5
マウス小脳および肝臓組織のFFPE標本から、それぞれ10μm厚の切片を作成し、実施例1と同様の手法でRNAを抽出した。実施例2と同様に、マウス小脳および肝臓の凍結組織から抽出したRNAとともに、RNA1μgから増幅反応を行い、aRNAを得た。RNAの収量、純度、バイオアナライザによる1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)、ならびに増幅倍率を表9に示す。aRNAをCy3(GEヘルスケア社)で標識し、“Gene Expression Hybridization Kit”(アジレント・テクノロジー社)のハイブリダイゼーションバッファーと混合し、“Whole Mouse Genome Oligo Microarray(4×44k)”(アジレント・テクノロジー社)上で40時間ハイブリダイズした。洗浄後、“Agilent Microarray Scanner”(アジレント・テクノロジー社)でDNAマイクロアレイのイメージを読み取り、“Feature Extraction Software(v.9.5.3.1)”にて各スポットの蛍光シグナルを数値化した。その結果、表13の通り、相関係数は小脳:0.88、肝臓:0.85と高いことが示された。
【0093】
【表9】

【0094】
実施例6
実施例5で抽出したマウス小脳、肝臓のFFPE由来RNA、凍結組織由来RNAを用いて、実施例1と同様にして各RNA5μgから増幅反応を行い、aRNAを得た。このとき、アミノアリル基の代わりにビオチン基を導入した。増幅倍率を表10に示す。ビオチン化aRNAと所定量のControl Oligonucleotide、20×Eukaryotic Hybridization Controls、2×Hybridization Mix、DMSO、Nuclease−free Waterを混合し、99℃で5分間処理後、45℃で5分間処理した。さらに、16,000×gで5分間遠心した後、“Affymetrix(登録商標)Mouse Genome 430 2.0 Array”(アフィメトリクス社)にアプライして16時間ハイブリダイゼーション反応させた。所定の方法で洗浄、染色した後、“GeneChip(登録商標)Scanner 3000 7G System”(アフィメトリクス社)にて各スポットの蛍光シグナルを数値化した。その結果、表15の通り、凍結組織と比較してFFPEの有効スポット数は少ない傾向にあったものの、両者の相関係数は小脳:0.84、肝臓:0.82であり、高い相関関係が確認された。
【0095】
【表10】

【0096】
実施例7
(固定組織からのRNA抽出)
マウス(7週齢、雄、Slc:ICR)小脳および肝臓を摘出し、10%リン酸緩衝ホルマリン溶液(ホルムアルデヒド4%)に2日間、室温で浸漬して固定後、パラフィン包埋してFFPEブロックを作製した。各FFPEブロックから、ミクロトームを用いて10μm厚の薄切片をそれぞれ採取し、実施例1と同様にしてRNAを抽出した。収量および純度(260nmと280nmの比)を分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により測定した結果、ならびにバイオアナライザによる1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量比率A(%)および4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量比率B(%)を算出した結果、ならびにB/Aの値を表11に示す。すべてのサンプルでB/A≦1であった。
【0097】
(RNAの増幅)
抽出したマウス小脳、肝臓のRNA1μgから、実施例1と同様に増幅し、アミノアリル基を導入したaRNAを得た。分光光度計(サーモサイエンティフィック社、“Nano Drop”(登録商標))により収量を求め、増幅倍率を算定した結果を表11に示す。すべてのサンプルで増幅倍率は2〜20倍の範囲内であった。
【0098】
(増幅RNAの蛍光標識、フラグメンテーション、マイクロアレイ解析)
増幅した各aRNAについて、実施例1と同様にして蛍光標識、フラグメンテーションを行った後、以下の操作によりマイクロアレイ解析を行った。各1000ng分のRNAを含む溶液をヌクレアーゼフリー水で16μLに調製し、“3D−Gene”(登録商標)Hybridization Buffer(東レ株式会社)の“Hybridization Buffer A”を2μL加えて、95℃で5分間熱処理した。クラッシュアイスで3分間急冷した後、“Hybridization Buffer B”を232μL加えて、穏やかにピペッティングで攪拌して、250μLの検体溶液を調製した。検体溶液を減圧下で脱気した後、“3D−Gene(登録商標)マウス全遺伝子型DNAチップ”(東レ株式会社)に210μLアプライした。カバーの孔4箇所をシールして塞ぎ、バイオシェーカー(東京理化器械株式会社、MMS−210)の天板に固定したハイブリダイゼーションチャンバー(タカラバイオ株式会社、TX711)にセットした。チャンバー庫内の温度を37℃とし、250rpmで旋回回転させて攪拌しながら、16時間反応させた。
【0099】
(蛍光シグナル値の測定)
反応後、分析用チップのカバー部材を脱離させ、基板を洗浄、乾燥した。DNAチップ用のスキャナ(Axon Instruments社、“GenePix(登録商標)4000B”)に上記基板をセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態で、ハイブリダイゼーション反応した蛍光標識RNAのシグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全スポットのうち、1750個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。ここで、真のシグナル値が正の場合を「有効スポット」とした。有効スポット数を表11に示す。同一組織における有効スポット数のバラつきが小さいことが示された。さらに小脳、肝臓の各遺伝子のシグナルの比(小脳/肝臓)より作成した散布図を図3に示す。この結果より、2回の実験の相関が高いことが示された。
【0100】
【表11】

【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のRNAの解析方法を用いることで、ホルマリン固定パラフィン包埋組織等、病院や研究機関に莫大な数量が保存されている固定組織または細胞の遺伝子の発現増減や発現有無に関する正確な情報を得ることができ、それらの情報は、医薬品開発や遺伝子検査、遺伝子診断技術等に幅広く活用できる。さらに、解析が困難なサンプルを事前に見極め、解析対象から除外することにより、試薬等のコスト削減にも結びつくため、産業上非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定液により固定された組織または細胞から抽出されたRNAの解析方法であって、該RNA全重量に対する電気泳動における1000〜4000ヌクレオチドの範囲のRNAの重量の比率をA(%)、該RNA全重量に対する電気泳動における4000ヌクレオチドを超える範囲のRNAの重量の比率をB(%)とするとき、該RNAが下式を満たすことを判定するステップを有する、RNAの解析方法。
式:B/A≦1
【請求項2】
さらに前記比率A(%)が25%以上であることを判定するステップを有する、請求項1に記載のRNAの解析方法。
【請求項3】
前記判定されたRNAを増幅倍率2〜20倍で増幅した増幅産物を解析する、請求項1または2に記載のRNAの解析方法。
【請求項4】
前記判定されたRNAを非増幅により解析する、請求項1または2に記載のRNAの解析方法。
【請求項5】
前記RNAがmiRNAである、請求項4に記載のRNAの解析方法。
【請求項6】
前記固定液がホルムアルデヒドまたはパラホルムアルデヒドを含む、請求項1〜5のいずれかに記載のRNAの解析方法。
【請求項7】
前記固定液により固定された組織または細胞がパラフィン包埋またはOCTコンパウンド包埋されてなる、請求項1〜6のいずれかに記載のRNAの解析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−200220(P2011−200220A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−239513(P2010−239513)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】