説明

S−アデノシルメチオニンの保存方法

【課題】極めて安定性の低いS-アデノシルメチオニンを安定に保存するための手段を提供する。
【解決手段】例えば硫酸塩やp-トルエンスルホン酸塩などのS-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁状態で含む組成物、及びS-アデノシルメチオニン塩の保存方法であって、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁して保存する工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極めて不安定な生理活性物質であるS-アデノシルメチオニンの保存手段に関する。
【背景技術】
【0002】
S-アデノシルメチオニンは生体内においてメチル基転移酵素の基質として働く重要な生理活性物質であることが知られている。しかしながら、S-アデノシルメチオニンは分子内にスルホニウム基を有しているため室温においても極めて不安定な化合物であり、その安定化には多大な努力が払われてきた。その結果、安定性が改善された塩化合物としてS-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート及びS-アデノシルメチオニン 1,4-ブタンジスルホネートが開発され、医薬品や食品に応用されている(特許文献1及び特許文献2)。
【0003】
特許文献1には、残存水分量の低減と、塩を形成させるための酸の当量がS-アデノシルメチオニンの安定化に重要であること述べられ、残存水分量は1%程度であってもS-アデノシルメチオニンの分解に影響を与えることが知られている。上記の塩化合物はサッカロマイセス属に属する酒酵母から抽出精製される過程において対応する酸を添加して製造されているが、このようにして製造されたS-アデノシルメチオニンの塩は単独では極めて吸湿性が高い。吸湿による分解を回避し、さらに保管や輸送に際しての分解を避けるために0℃以下、好ましくは-20℃以下の低温での保存が必要になるが、大型の冷凍設備や特殊な輸送コンテナを用いることで保管や輸送にコストがかかるという問題がある。なお、吸湿を避けるために水を含まない非プロトン性の溶媒に懸濁又は分散させる方法によりS-アデノシルメチオニンを安定化できることが知られている(特許文献3)。
【特許文献1】米国特許4,465,672号明細書
【特許文献2】米国特許5,102,791号明細書
【特許文献3】特開2002-145783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、極めて安定性の低いS-アデノシルメチオニンを安定に保存するための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、S-アデノシルメチオニンの塩をアルコール系溶媒に懸濁することにより、極めて安定にS-アデノシルメチオニンを保存できることを見出した。
【0006】
すなわち、本発明により、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁状態で含む組成物が提供される。この組成物に含まれるS-アデノシルメチオニン塩は長期にわたり安定に存在できるという特徴がある。
上記の発明の好ましい態様によれば、S-アデノシルメチオニン塩が硫酸、p-トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、1,4-ブタンジスルホン酸、1,5-ペンタンスルホン酸、塩化水素、臭化水素、沃化水素、及び燐酸から選ばれる酸の陰イオン部を少なくとも1種類以上含む塩である上記の組成物;アルコール溶媒の含水率が1%以下である上記の組成物;アルコール溶媒が無水エタノールである上記の組成物が提供される。
【0007】
別の観点からは、本発明により、S-アデノシルメチオニン塩の保存方法であって、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁して保存する工程を含む方法が提供される。上記発明の好ましい態様によれば、保存を0℃以上30℃以下で行う上記の方法が提供される。
さらに別の観点からは、S-アデノシルメチオニン塩の安定化方法であって、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁する工程を含む方法が本発明により提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の組成物を用いるとS-アデノシルメチオニン塩を長期間にわたり安定に維持することができる。また、本発明の保存方法は簡便であり、特別な設備やコストが不要であることからS-アデノシルメチオニン塩の保存方法として極めて有用である。本発明の保存方法によれば、従来は0℃以下の温度で保存する必要があったS-アデノシルメチオニン塩を室温から一般的な冷蔵設備を用いた冷蔵温度で安定に保存できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
S-アデノシルメチオニン塩としては、S-アデノシルメチオニンヒドロキシドの他、当業者が利用可能な各種塩化合物を用いることが可能である。例えば、S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート、S-アデノシルメチオニンスルフェート、S-アデノシルメチオニンスルフェートトシレート、S-アデノシルメチオニン1,4-ブタンジスルホネート、S-アデノシルメチオニン1,5-ペンタンジスルホネート、S-アデノシルメチオニンクロリド、S−アデノシルメチオニンブロミド、S-アデノシルメチオニンヨージド、又はS-アデノシルメチオニンフォスフェートなどを例示できる。これらのうちS-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート又はS-アデノシルメチオニン1,4-ブタンジスルホネートを用いることが好ましい。
【0010】
アルコール溶媒としては室温で液体状態のアルコール溶媒を用いることができ、例えば、炭素数が1以上8以下の直鎖状又は分枝鎖状アルコールを用いることができる。好ましくはメタノール、エタノール、1-プロピルアルコール、2-プロパノール、1-ブチルアルコール、2-ブチルアルコール、2-メチル-2-プロパノール、ネオペンチルアルコール、シクロヘキシルアルコール、1-ヘキシルアルコール、1-オクチルアルコール、2-エチル-1-ヘキシルアルコール、又は2,4,4-トリメチル-2-ペンタノールであり、さらに好ましくはメタノール、エタノール、又は2-プロパノールであり、特に好ましくはエタノール又は2-プロパノールである。
【0011】
アルコール溶媒としては含水率の低いものを用いることが好ましく、好ましくは含水率が1%以下のアルコール溶媒を用いることができる。より好ましくは含水率は0.5%以下である。例えば、エタノールについては一般に入手可能な99.5%のエタノールを用いることが好ましく、無水エタノールを用いることがより好ましい。
【0012】
S-アデノシルメチオニン塩に対するアルコール溶媒の使用量は特に限定されないが、S-アデノシルメチオニン1質量部に対して、好ましくはアルコール化合物1質量部以上100質量部以下、より好ましくは1質量部以上50質量部以下、さらに好ましくは、1質量部以上10質量部以下、特に好ましくは2質量部以上5質量部以下である。S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒に懸濁する方法は特に限定されず、適宜の攪拌などを行いながらアルコール溶媒中にS-アデノシルメチオニン塩を添加すればよい。懸濁を行う場合の温度は、例えば30℃以下であり、より好ましくは10℃以下である。
【0013】
得られたS-アデノシルメチオニン塩のアルコール溶媒懸濁物は、例えば30℃以下の温度にて長期にわたり安定に保存することができる。長期間の保存に際しては保存温度を低温にすることが好ましく、一般的な冷蔵設備で対応が可能な0℃〜10℃程度の温度で保存することが好ましい。本発明の懸濁組成物は錠剤や顆粒形態の健康食品の製造に用いることができる。例えば、懸濁組成物をそのまま加工食品などの製造工程に用いるか、あるいは使用の直前に溶媒を除去して固体状態のS-アデノシルメチオニン塩を単離した後、造粒物の調製や錠剤の打錠などの工程に用いることができる。もっとも、本発明の組成物の使用方法は上記の特定の態様に限定されることはない。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート 410 mgに 99.5%エタノール1 mLを加えて、暗所で25℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLC(カラム:Waters社製XterraRP8, 4.6 x 250 mm、溶出液A; 25mM NaH2PO4, 2.3 mM n-C8H17SO3Na、B; アセトニトリル、Bconc.=10%iso、流速:1 mL/min、温度:25℃、検出波長254 nm)を用いて測定した。
【0015】
例2
S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート 410 mgに2-プロパノール 1 mLを加えて、暗所で25℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLCを用いて測定した。
例3
S-アデノシルメチオニン1,4-ブタンジスルホネート 120 mgにエタノール 0.5 mLを加えて、暗所で25℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLCを用いて測定した。
【0016】
例4(比較例)
S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート408 mgを密栓して暗所で25℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLCを用いて測定した。
例5(比較例)
S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート410 mgを栓をせず暗所で25℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLCを用いて測定した。
例6(比較例)
S-アデノシルメチオニンジスルフェートトシレート52 mgを密栓して暗所、-30℃にて保存した。経時サンプリングを行いS-アデノシルメチオニンの残存量をHPLCを用いて測定した。
【0017】
上記の試験結果を表1に示す。室温では分解しやすいS-アデノシルメチオニンを本発明の方法により安定に保存することができた。本発明の方法によれば、室温下での保存でも塩自体を−30℃で保存する場合と同等の安定保存が可能であった。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁状態で含む組成物。
【請求項2】
S-アデノシルメチオニン塩が硫酸、p-トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、1,4-ブタンジスルホン酸、1,5-ペンタンスルホン酸、塩化水素、臭化水素、沃化水素、及び燐酸から選ばれる酸の陰イオン部を少なくとも1種類以上含む塩である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
アルコール溶媒の含水率が1%以下である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
アルコール溶媒がエタノールである請求項1ないし3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
S-アデノシルメチオニン塩の保存方法であって、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁して保存する工程を含む方法。
【請求項6】
S-アデノシルメチオニン塩の安定化方法であって、S-アデノシルメチオニン塩をアルコール溶媒中に懸濁する工程を含む方法。

【公開番号】特開2008−13509(P2008−13509A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−187612(P2006−187612)
【出願日】平成18年7月7日(2006.7.7)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】