説明

S−アリルシステイン又はその塩を有効成分とする精子機能低下抑制剤、又は精子機能改善剤

【課題】本発明の主な目的は、精子機能低下抑制剤、又は精子機能改善剤を提供することである。
【解決手段】S−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能低下抑制剤、又はS−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精子機能低下抑制剤、又は精子機能改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、急速な高齢化や少子化が社会問題となっており、その原因のひとつとして孕妊率の低下が挙げられている。女性の場合は加齢と共に閉経し、排卵が停止することによって自然生殖能力を失ってしまい、男性の場合も加齢に伴って精子機能が低下し、それに伴って自然生殖能力が低下することが知られている。また、加齢のみならず、ジエチルスチルベストロール(DES),ビスフェノールA(BPA)等に代表される環境ホルモン、染色体異常によるクラインフェルター症候群などホルモン不均衡、停留睾丸、おたふく風邪などの感染症、精索静脈瘤、飲酒あるいは喫煙等の要因による精子機能の低下も知られている。
【0003】
システインの誘導体であるS−アリルシステインは、アリウム属の植物に含まれることが知られており(特許文献1)、生体に対して必須アミノ酸と同程度の安全性が確認されている。また、S−アリルシステインは、腫瘍発生予防剤(特許文献2)、肝疾患治療剤(特許文献3)、臓器繊維化抑制剤(特許文献4)等の有効成分として有用である技術が既に開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2004/077693号公報
【特許文献2】特許2828471号特許
【特許文献3】特公平5−60447号公報
【特許文献4】特開2007−77116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の主な目的は、男性側の不妊治療に用いることができる、精子機能の低下を抑制する剤、又は精子機能を改善する剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、S−アリルシステインを投与したラットにおいて、精子数の低下、及び精子機能の指標となる精子運動率の低下を抑制する作用を有することを見出した。
【0007】
本発明は係る知見に基づいて完成されたものであり、下記の態様の発明を含むものである。
【0008】
項1 S−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能低下抑制剤。
【0009】
項2 S−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能改善剤。
【0010】
項3 上記項1又は2に記載の剤を含む精子機能の低下に伴う不妊症用治療剤。
【0011】
項4 精子機能低下に伴う不妊症用治療剤を製造するためのS−アリルシステイン又はその塩の使用。
【0012】
以下に本発明についてより詳述に記載する。
【0013】
本発明のS−アリルシステインは、化学的に合成されたものであっても、天然に存在する動植物等から単離したものであっても良い。また、本発明のS−アリルシステインには、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のS−アリルシステイン塩も含まれる。
【0014】
本発明のS−アリルシステインを化学合成する方法は特に限定はされないが、公知の方法によって合成し、得ることができる。また、商業的には和光純薬(日本)から販売されているL−デオキシアリインを、本発明のS−アリルシステインとして使用することができる。
【0015】
本発明のS−アリルシステインは、アリウム属の植物に含まれており、特許文献1に記載された抽出法を用いて単離することができる。具体的には、アリウム属植物を低酸素又は無酸素状態で1℃〜40℃の条件下、媒体と共存させず、1週間以上放置し、その後トリクロロ酢酸にてホモジナイズして抽出して得られる。
【0016】
本発明のS−アリルシステインは、アミノ酸の一種であるシステインの誘導体であり、リジン、ヒスチジン、アルギニン等のアミノ酸と同等の安全性を有する。また、本発明のS−アリルシステインは、長期間の保存に対しても安定となる性質を有する。
【0017】
本発明の精子機能低下抑制剤は、上述のS−アリルシステイン又はその塩のうち、少なくとも1種類を有効成分とし精子機能の低下を抑制する効果を有する。
【0018】
本発明の精子機能低下抑制剤の効果は、精子の運動率(%)、頭部振幅(μm)、曲線速度(μm/秒)、直線速度(μm/秒)、直進性(s/c)等の項目を、精子運動解析装置 SMAS(株式会社ディテクト)を用いて測定した精液中の総運動精子数等から評価できる。具体的には、精子を顕微鏡にてリアルタイム観察し、顕微鏡にて得られる画像データを、コンピューターを用いた画像解析ソフトにて処理することにより評価できる。
【0019】
上述の測定値のうち、精子運動率を基に疾病を診断することも可能であり、具体的には精子運動率が通常50%程度未満であれば精子無力症と診断される。また、精子濃度が通常20×10個程度未満であれば、乏精子症と診断される。
【0020】
本発明の精子機能低下抑制剤は、例えば、老化、ジエチルスチルベストロール(DES),ビスフェノールA(BPA)等に代表される環境ホルモン、染色体異常によるクラインフェルター症候群などホルモン不均衡、停留睾丸、おたふく風邪などの感染症、精索静脈瘤、飲酒あるいは喫煙等の要因等の要因によって生じる精子機能の低下を抑制することができ、その要因は特に限定されない。
【0021】
本発明の精子機能低下抑制剤の適用対象は、精子を介して生殖を行う生物を対象とし、特に限定されることは無いが、例えば魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類等の脊椎動物に対して有効である。これらの生物種のうち、種の滅亡から強い保護が必要とされる生物種への適用が特に好ましく、例えばヒト、絶滅危惧種に当る生物種、経済的価値を獲得するために人為的な交配等によって樹立された生物種が挙げられる。
【0022】
上記生物種のうちヒトを使用対象とする場合には、精子機能の低下に伴う不妊症に対して予防又は治療を要するヒトに用いることができる。中でも、上述した要因によって生じる精子機能の低下に伴う不妊症が好ましい。特に好ましい精子機能低下の要因は、加齢又は環境ホルモンである。このような要因に基づく不妊症として、例えば乏精子症、精子無力症等が挙げられる。
【0023】
また、上記生物種のうち絶滅危惧種は、その種の保存が強く求められている。絶滅危惧種とは、国際自然保護連合(IUCN)が選定する希少生物種である。従って、本発明の精子機能低下抑制剤をその絶滅危惧種の保護の際に適用し、生殖に十分な機能を有する精子を保存すれば、種の絶滅から回避することが期待される。
【0024】
上記生物種のうち、経済的価値を獲得するために人為的な交配等によって樹立された生物種とは、例えばウシ、ウマ、ブタ、ニワトリ等の家畜;イヌ、ネコ等のペット等が挙げられる。これらの生物種に付与されたブランド等の経済的な価値を、不慮の疫病等による被害から保護すべく、これらの生物種の精子を保存することも強く求められている。従って、本発明の精子機能低下抑制剤を、上記家畜、ペット等の飼育の際に適用し、十分な機能を有する精子を保存すれば、ブランド等の経済的な価値を有する家畜、ペット等の生物種をより安全に保護することが可能となる。
【0025】
本発明の精子機能低下抑制剤は、上述のような精子機能を低下させる何らかの要因によって誘発される精子機能の低下が生じる前から生体に適用することによって、精子機能の低下を予防することができるので、精子機能低下予防剤としての作用も期待される。
【0026】
また、本発明の精子機能低下抑制剤は、精子機能を低下させる要因に逆らって、その低下を抑制する機能を有するため、低下した精子機能を向上させる効果も期待される。即ち、精子機能改善剤としての作用も期待できる。
【0027】
本発明の精子機能低下抑制剤又は精子機能改善剤は、経皮、経口、経肛門、経鼻、経肺、経由等の各形態、注射による動脈或いは静脈内への投与の形態で使用されることによって、精子機能の低下を抑制する効果又は精子機能を改善する効果を発揮するので、医薬の分野、ペット若しくは家畜の飼料等の分野で好適に適用することができる。
【0028】
例えば、医薬品の分野であれば、本発明の精子機能低下抑制剤又は精子機能改善剤のうち、1種又は2種以上を有効成分として、そのまま、或いは薬学的に許容される成分と共に混合して製剤化し、通常の製造方法に従って、医薬組成物とすることができる。薬学的に許容される成分とは、賦形剤、結合剤、添加剤、崩壊剤、被覆剤、甘味剤、滑沢剤等などを挙げることができる。
【0029】
また、上述の医薬組成物の剤形については、特に限定はされないが、例えばトローチ剤、カプセル剤、錠剤、丸剤、シロップ剤、液剤、散剤、顆粒剤、注射剤等が挙げられる。
【0030】
これらの医薬組成物は、経口投与されることが好ましい。経口投与の場合の投与量については、服用する患者の症状の度合い、年齢、体重等によって異なるが、通常、成人一日あたりS−アリルシステインの量に換算して10〜3000mg/kg程度とすればよく、これを1日1回〜数回に分けて投与すればよい。
【0031】
例えば、飼料の分野であれば、本発明の精子機能抑制剤又は精子機能改善剤のうち、1種又は2種以上を有効成分として、そのまま、或いは通常の飼料に混合して飼料組成物とすることができる。また、必要に応じて通常の飼料に配合可能な成分と共に混合して飼料組成物としても良い。
【0032】
飼料組成物の摂取量は、特に限定されず、飼料組成物の種類、飼料を摂取する動物の種類や、目的とする改善効果やその度合い、並びにその他の諸条件などに応じて広範囲より適宜選択される。通常は、1日あたりS−アリルシステインの量に換算して、10〜3000mg/kg程度とすればよく、これを1日1回〜数回に分けて摂取すればよい。
【発明の効果】
【0033】
本発明のS−アリルシステイン又はその塩を有効成分とする精子機能低下抑制剤、若しくは精子機能改善剤は、精子機能低下抑制効果、若しくは精子機能改善効果が期待できるので、特に不妊治療などの問題を抱える患者に関連する疾病等の医薬の分野にて有用に用いることができる。さらに、絶滅危惧種の保護、ペット、畜産における種の保存等においても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】睾丸の精巣上体尾部における精子数を示す実験結果。図中の*はS−アリルシステイン非投与の75週齢ラットの結果に対してp<0.05を表し、#はS−アリルシステイン非投与の25週齢ラットの結果に対してp<0.05を表す。
【図2】睾丸の精巣上体尾部における精子の運動率を示す実験結果。図中の*はS−アリルシステイン非投与の75週齢ラットの結果に対してp<0.05を表し、#はS−アリルシステイン非投与の25週齢ラットの結果に対してp<0.05を表す。
【図3】睾丸における分裂細胞を染色した組織免疫染色像。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0035】
実施例1(精子機能の測定)
Fisher344ラット(オリエンタル酵母)を5匹飼育した。6週齢目から、S−アリルシステイン(和光純薬)を0.45重量%含有するMF飼料(オリエンタル酵母)を与え、そのまま75週齢まで飼育した。飼育後のラットに対して脱血懽流処理を施し、精巣上体尾部を採取した。
【0036】
採取した各精巣上体尾部を、予め37℃に温めた3mLのTYH培地(三菱化学メディエンス)にいれ、ハサミで100回切り細かくし、70μmのセルストレイナー(REF352350、BDFalcon)を用いて不純物を濾過した。濾過物をTYH培地で100倍に希釈した後に、37℃で5分間インキュベートして本発明のサンプルとして作製した。
【0037】
なお、対照実験として、通常の飼料を与えて飼育した25週齢、及び75週齢のラットを用意し、同様の処理を行って対象実験用のサンプルを作製した。
【0038】
サンプルをプレート(SC20−01−02−B;Leja)に、上述のそれぞれのサンプル8μL入れ、精子運動解析装置SMAS(株式会社ディテクト)を用いて、精子運動数(%)を測定した。測定は、5つ視野における顕微鏡下にて行い、その平均値を算出した。また、サンプル中の精子数も計測した。図1に精子数、図2に精子運動数の結果を示す。
【0039】
図1に示す結果から、通常の飼料を75週齢まで与えて飼育したラット(以下、図中にて(75W)Oldで示される)での精子数は、同じく通常の飼料を25週齢まで与えた飼育したラット(以下、図中にて(25W)Adultで示される)と比べて4割近くにまで減少した。一方で、S−アリルシステインを含有する飼料を75週齢まで与えて飼育したラット(以下、図中にて(75W)Sacで示される)の精子数は、6割程度の減少に止まりS−アリルシステインを含有する飼料の摂取によって、加齢に伴う精子数の減少を有意に抑制する効果が確認された。
【0040】
図2に示す結果から、通常の飼料を75週齢まで与えて飼育したラットでの精子運動率は、同じく通常の飼料を25週齢まで与えた飼育したラットと比べて約6割にまで減少した。一方で、S−アリルシステインを含有する飼料を75週齢まで与えて飼育したラットの精子運動率は、約9割程度までの減少に止まりS−アリルシステインを含有する飼料の摂取によって、加齢に伴う精子機能の低下を有意に抑制する効果が確認された。
【0041】
実施例2(睾丸の組織免疫染色像)
上述した精子機能の測定と同様にS−アリルシステインを含有する飼料を与えた75週齢のラットを用意した。また、対照実験として用いるラットも同様に用意した。
【0042】
それぞれのラットに対して、体重1kg当り、50mgの割合でBrdU(Sigma)を尾静脈投与し、投与後1時間で睾丸をサンプルとして取り出した。取り出したそれぞれのラットの睾丸を中央部で半分に切断し、10%ホルマリン液(和光純薬)を用いて固定した。固定したそれぞれの睾丸組織の切片を作製し、抗BrdU抗体(Sigma)を用いて組織免疫染色を行った。発色にはペルオキシダーゼ−DABの系を採用した。染色後のサンプルの顕微鏡写真像を、図3に示す。なお、写真中のバーは0.1mmを表す。
【0043】
図3に示した睾丸の組織免疫染色像では、精細管の辺縁部の細胞が抗BrdU抗体によって染色されていることを示しているので、細胞分裂期にある精母細胞等が存在していることが示されている。そこで、通常の飼料を75週齢まで与えて飼育したラット睾丸と、同じく通常の飼料を25週齢まで与えた飼育したラット睾丸の組織免疫染色像を比較すると、後者は辺縁部に抗BrdU抗体によって染色される細胞が少ないことから、加齢に伴って精母細胞等から精子の成熟能が低下していることが示されている。
【0044】
一方で、S−アリルシステインを含有する飼料を75週齢まで与えて飼育したラット睾丸の組織免疫染色像は、通常の飼料を25週齢まで与えた飼育したラット睾丸の組織免疫染色像とほぼ同等に染色されており、活発な造精現象が生じていることが確認される。従って、S−アリルシステインには、加齢に伴う成熟精子数の減少を有意に抑制する効果を有することが明らかである。
【0045】
実施例3(各種医薬組成物の調製)
以下に、本発明の医薬組成物の処方例を示す。
【0046】
(1)S−アリルシステインを、1錠中に25mg、賦形剤(乳糖)を100mg、崩壊剤(デンプン)を20mg、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム)2.5mgとなるように配合し、混合することで錠剤が得られる。
【0047】
(2)S−アリルシステインを、1カプセル中に200mg、賦形剤(トレハロース)を150mg、崩壊剤(結晶セルロース)を200mg含むように配合し、混合後、結合剤(メチルセルロース)を10mg、粉末重量の5%の精製水を添加し、撹拌造粒を行う。ここで得られる造粒物を流動層乾燥機で乾燥して顆粒とし、その後ゼラチン硬カプセルに充填することで、カプセル剤を調整する。
【0048】
(3)S−アリルシステイン300mgに、生理食塩水100ml加えて溶解した後に濾過する。硬質瓶に入れ、115℃、10分間滅菌して注射剤を調整する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
S−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能低下抑制剤。
【請求項2】
S−アリルシステイン、又はその塩を有効成分とする精子機能改善剤。
【請求項3】
上記項1又は2に記載の剤を含む精子機能の低下に伴う不妊症用治療剤。
【請求項4】
精子機能の低下に伴う不妊症用治療剤を製造するためのS−アリルシステイン又はその塩の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−17295(P2012−17295A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156114(P2010−156114)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】