説明

S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの製造方法

【課題】S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンから生物学的変換によってS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを製造する方法を提供する。
【解決手段】以下の工程を含むS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを製造する方法。
(A)ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物から選ばれる菌株またはその培養菌体の調製物の存在下においてS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンをインキュベーション処理する工程、(B)インキュベーション処理液からS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを単離する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン[以下、3MH-S-GSHと略記することがある]から生物学的変換によってS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン[以下、3MH-S-Cysと略記することがある]を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインは、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとともに、ワインの重要な香気物質の一つである3−メルカプトヘキサン−1−オール[以下、3MHと略記することがある]の前駆体物質として知られている。3−メルカプトヘキサン−1−オールは、ソーヴィニヨンブラン種などのブドウを原料にして醸造されたワインに含まれることが報告されており、ワイン中に微量に存在するだけでグレープフルーツやパッションフルーツなどのニュアンスを与える重要な成分である。
【0003】
ワイン中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オールの生成経路は、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの変換まではブドウ自身の内在性酵素によって行われ、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインから3−メルカプトヘキサン−1−オールへの変換はアルコール発酵中に酵母によって行なわれていると報告されている(非特許文献1)。
【0004】
しかしながら、近年S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンが酵母に直接取り込まれ、3−メルカプトヘキサン−1−オールに変換されているという学説も発表された(非特許文献2)。酵母によるこれらの前駆体物質の変換については、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンから3−メルカプトヘキサン−1−オールへの経路、またはS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインから3−メルカプトヘキサン−1−オールへの経路のいずれが主要経路であるかについては未だ定説が確立されていない。
【0005】
一方、酵母のモデル培地を用いた試験においては、酵母によってアルコール発酵中に起こるS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンから3−メルカプトヘキサン−1−オールへの変換率はS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインから3−メルカプトヘキサン−1−オールへの変換率と比較して1/30〜1/20以下であることが報告されている(非特許文献1)。しかし、酵母がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換を行うという報告はない。
【0006】
S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換は、前述のようにブドウの内在性酵素によって行われている可能性が示唆されている。しかし、この反応は、主にブドウが樹上で成熟する過程に起こるため、人為的にコントロールすることは困難である。
【0007】
また、ブドウに含有するS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを増加させる方法として貴腐菌(Botrytix cinerea)を利用する方法がある(非特許文献3および4)。ブドウに貴腐菌を感染させると、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの量が増加するが、ブドウに貴腐菌を感染させるには、湿度の高い朝と乾燥した日照のある午後という自然条件が必要であること、さらに果皮が薄めのブドウ品種であること等の条件が必要であり、そのような自然条件を人為的にコントロールすることは困難であり、かつブドウ品種が制限されるという問題点がある。
【0008】
S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの生物学的変換については、前述の他、In vitro反応系でγ−glutamyltranspeptidase(シグマアルドリッチ社製)が変換を行うと報告されている(非特許文献5)。しかしながら、該変換能を有する微生物についての報告例はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Handbook of Enology volume2:The Chemistry of wine and Stabilization and treatments 2006,p222.
【非特許文献2】J.Agric.Food Chem.2008,56,9230−9235.
【非特許文献3】J.Agric.Food Chem.2007,55,1437−1444.
【非特許文献4】J.ChromatogrA 2008,1183,150−157
【非特許文献5】J.Agric.Food Chem.2002,50,4076−4079.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の第一の目的は、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを効率的な生物学的変換によって製造する方法を提供することである。第二の目的は該方法により製造し、単離精製したS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、ブドウの果皮中に3−メルカプトヘキサン−1−オールの前駆体物質であるS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンおよびS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインが存在し、その含有量はS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンの方が上回って存在する場合が多いことを見出した。また、特定の乳酸菌がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換する能力を有していることを見出し、本発明に至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕〜〔7〕に関する。
〔1〕S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンのS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの生物学的変換方法によるS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの製造方法であって、
(A)前記生物学的変換を行いうるものであり、かつラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物から選ばれる菌株またはその培養菌体の調製物の存在下においてS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンをインキュベーション処理する工程、および
(B)インキュベーション処理液からS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを単離する工程、
を包含することを特徴とするS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの製造方法。
〔2〕工程(A)においてインキュベーション処理液のpHが3〜9の範囲、変換温度が10〜40℃の範囲、および変換時間が12〜144時間の範囲である〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕工程(A)においてインキュベーション処理液のpHが5〜9の範囲である〔1〕または〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕工程(A)においてインキュベーション処理液の温度が20〜30℃の範囲である〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の製造方法。
〔5〕工程(A)においてインキュベーション処理液の時間が48〜96時間の範囲である〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の製造方法。
〔6〕前記ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物がラクトバチルス プランタム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス マリー(Lactobacillus mali)またはラクトバチルス ヒルガルデイ(Lactobacillus hilgardii)に属する微生物である〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の製造方法。
〔7〕〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の製造方法で製造したS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法を用いると、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを効率良く生産することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の生物学的変換方法では、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物であって、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンをS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインに変換する能力を有する微生物、またはそれらの培養菌体調製物であれば、種および株の種類を問うことなく使用できる。好ましい微生物としては、上記変換能を有するラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス マリー(Lactobacillus mali)およびラクトバチルス ヒルガルデイ(Lactobacillus hilgardii)を挙げることができる。また、上記微生物の変換能に比べて、変換能が劣るものの、ラクトバチルス ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス デルブルウエスキー サブスピーシーズ デルブルウエスキー (Lactobacillus delbrueckii subsp.delbrueckii)、ラクトバチルス デルブルウエスキー サブスピーシーズ ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus)、ラクトバチルス アシドフィルス(Lactobacillus acidopHilus)、ラクトバチルス ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ラクトバチルス ケフィリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバチルス フルクトサス(Lactobacillus fructosus)、ラクトバチルス アシディピスチス(Lactobacillus acidipiscis)、ラクトバチルス ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトバチルス パラカゼイ サブスピーシーズ トレランス(Lactobacillus paracasei subsp.tolerans)、ラクトバチルス サケイ サブスピーシーズ サケイ(Lactobacillus sakei subsp.sakei)も使用することができる。接種する乳酸菌は1種類を単独で使用してもよいし、複数を混合して使用してもよい。
【0015】
本発明によれば、これらのいずれかの菌株またはその培養菌体の存在下で出発原料(または基質)であるS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンがインキュベーション処理される。この処理は、前記菌株を培養する際に、その培養液中に基質を添加して行うかあるいは、場合により前記菌株の培養菌体を、例えばそのままもしくはホモジェナイズ等の処理をした培養菌体調製物の懸濁液中に基質を添加し、インキュベーションして行うこともできる。培養液への基質の添加は、培養前または培養後一定期間経過したときのいずれで行ってもよい。上記菌体は、上記いずれかの菌株を栄養源含有培地に接種し、培養することにより製造することができる。
【0016】
このような培養菌体の調製物を用意するための菌株の培養または基質が添加された状態で行われる菌株の培養は、原則的には通性嫌気性菌の培養方法に準じて行うことができる。培養に用いられる培地としては、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物が利用できる栄養源を含有する培地であればよく、各種の合成、半合成培地、天然培地、などいずれも利用可能である。培地組成としては、炭素源としてのグルコース、果糖などの単糖類、ショ糖、麦芽糖などのオリゴ糖類、多糖類、糖アルコール、グリセロール、クエン酸、リンゴ酸などの有機酸、トウモロコシ澱粉、ジャガイモ澱粉、モルト等の炭水化物を単独または組み合わせて用いることができる。窒素源としては、アミノ酸、たんぱく質、尿素、大豆、大豆フレーク、ピーナッツミール、綿花ミール、カゼイン水解物、ペプトン、肉エキス、コーン・スチープリカー、魚粉、乾燥酵母、酵母エキス等の有機窒素源、アンモニウム塩、硝酸塩等の無機窒素源を、単独または組み合わせて用いることができる。その他、例えばパントテン酸カルシウム、ビオチン、ビタミンB1等のビタミン類、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、炭酸カルシウム、塩化コバルト、硫酸銅、塩化鉄、塩化マンガン、モリブデン酸ナトリウム、硫酸亜鉛等の塩類、重金属塩類も必要に応じ添加使用することができる。また、緩衝作用を持たせるためにリン酸塩等を添加してもよい。天然培地としては、例えばS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンを含むブドウ果皮抽出液が挙げられる。ブドウ果皮抽出液は、そのまま培地として用いてもよいし、さらに前記炭素源、窒素源等を添加してもよい。
【0017】
培養条件は、前記乳酸菌が良好に生育し得る範囲内で適宜選択することができる。通常、pH3〜9、10℃〜40℃で12〜144時間程度培養する。上述した各種の培養条件は、使用微生物の種類や特性、外部条件等に応じて適宜変更でき、当業者であれば容易に最適条件を選択できるであろう。
【0018】
培養液の初発pHは、例えば、pH3〜9の範囲が適当であり、好ましくはpH4〜9、さらに好ましくはpH5〜9の範囲が望ましい。pHが3を下回った場合、またはpHが9を上回った場合には乳酸菌の生育が極端に遅くなるためである。pH調整にはpH調整剤を用いることができ、pH調整剤は特に限定されず、公知のpH調整剤を使用することができる。
【0019】
培養温度は、乳酸菌の増殖に適した温度であればよく、例えば、10℃〜40℃の範囲が適当であり、好ましくは15℃〜35℃の範囲、さらに好ましくは20℃〜30℃の範囲が望ましい。培養温度が10℃を下回った場合、または培養温度が40℃を上回った場合には乳酸菌の生育が極端に遅くなるためである。
【0020】
培養期間は、培養液の初発pH、培養温度等の条件にもよるが、乳酸菌を接種後12〜144時間の範囲が適当であり、好ましくは24〜120時間の範囲、より好ましくは48〜96時間の範囲である。また、培養方法としては、静置培養、振とう培養、深部通気攪拌培養などが挙げられる。
【0021】
また、培養菌体調製物は、培養終了後、遠心分離または濾過により分離した菌体または予めホモジェナイズ等した菌体を適当な溶液に懸濁して調製する。菌体の懸濁に使用できる溶液は、前記した培地であるか、あるいは水、Good緩衝液(例えば、MOPS緩衝液等)、グリシン‐塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸‐リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス‐塩酸緩衝液、グリシン‐水酸化ナトリウム緩衝液などの緩衝液を単独または混合したものである。緩衝液のpHは、好ましくはpH3〜9、さらに好ましくはpH4〜9を挙げることができる。
【0022】
本発明の出発原料(または基質)とは、天然原料由来のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンを含有する天然原料抽出液、天然原料から単離精製されたS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンまたは有機合成で得たS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンのいずれでも良い。天然原料抽出液としては、例えば、ブドウ果皮由来のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンを含有するブドウ果皮抽出液が挙げられる。
【0023】
こうして生成した目的のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを反応混合物から単離するには、種々の既知精製手段を選択、組み合わせて行うことができる。例えば、遠心分離により固形物を除いた後、反応液上清をイオン交換吸着樹脂へ吸着、溶出、シリカゲル等によるカラム法あるいは薄層クロマトグラフィー、逆相カラムを用いた分取用高速液体クロマトグラフィー等を、単独あるいは適宜組み合わせ、場合により反復使用することにより分離精製することができる。
【0024】
試料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンおよびS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの量は以下の分析法を用いて測定することができる。
【0025】
(分析法)
試料を0.1%(v/v)蟻酸を含む10%(v/v)メタノール水溶液を用いて適当な倍率で希釈し、0.45μmのフィルターでろ過したものをLC/MS/MSシステムを用いて定量する。検量線を引くために用いた標品については、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンはC.P.des Gachons、T.Tminagaらの方法(J.Agric.Food Chem.2002,50,4076−4079.)に従い、またS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインはC.Thibon、S.Shinkarukらの方法(J.ChromatogrA2008,1183,150−157.)に従い、有機合成することで得た。
【0026】
[使用機器]
3200QTRAP LC/MS/MSシステム (Apllied Biosystems社)
[LC/MS/MS条件]
インターフェース:Turbo V source
イオン化モード:ESI(positiveモード)
イオン源パラメーター:curtain gas 15psi、collision gas 3psi、inospray voltage 5500V、temperature700℃、ion source gas1 70psi、ion source gas2 70psi、interface heater ON
測定モード:MRMモード
選択イオン:S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン m/z 408.2→162.1(collision energy 27V)、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン m/z 222.2→83.2 (collision energy 19V)
【0027】
[LC条件]
カラム:アトランティス(Atlantis) T3、3μm、2.1×150 mm(Waters社)
カラム温度:40℃
注入量:10μl
移動相A:0.1%(v/v)蟻酸を含む水
移動相B:0.1%(v/v)蟻酸を含むアセトニトリル
流速:0.2ml/min
グラジェント:移動相Aと移動相Bの混合率を移動相A:移動相B=90:10から移動相A:移動相B=0:100まで10分かけて上げ、その後移動相A:移動相B=90:10に戻し、5分間キープした。
【実施例】
【0028】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0029】
実施例1 各種ブドウの果汁および果皮(果汁搾汁粕)中の3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質の含有量の測定
表1に記載した各種ブドウを手動の圧搾式ジューサーで搾汁し、果汁と果皮(果汁搾汁粕)を得た。果皮からの3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質の抽出は、果皮20gに対して2.5倍量の水(50g)を加え、10℃で24時間浸漬することにより行った。各種ブドウの果汁、果皮100g当たりに含有する3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質の含有量(μg)を上記分析方法で測定した。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
実施例2 MRS培地を用いた各種乳酸菌のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力の評価(1)
Difco社製Lactobacilli MRS Brothを1Lのイオン交換水に55g混合し、オートクレーブにより滅菌することでMRS培地(pH6.5)を作成し、クリーンベンチ内でC.P.des Gachons、T.Tminagaらの方法で調製したS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンを1250nMとなるように混合した。これを滅菌済15ml ファルコンチューブに約10mlずつ分注し、そこに各種乳酸菌を最終濃度106〜109 cfu/mlの範囲で接種し、30℃で72時間培養後、培養混合物中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを測定した。結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
結果、ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントサス(Lactobacillus pentosus)、ロイコノストック メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)、ぺディオコッカス ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力を有していた。なかでもラクトバチルス ペントサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)が高い変換能力を有していた。
【0034】
実施例3 MRS培地を用いた各種乳酸菌のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力の評価(2)
実施例2と同様にMRS培地(pH6.5)を作成し、有機合成により調製したS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンを1000nMになるように溶解させ、次いで滅菌済15mlファルコンチューブに約10mlずつ分注した。これに表3記載の各種乳酸菌を最終濃度1.0×106cfu/mlで接種し、30℃で72時間静置培養した後、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1と同様の分析方法で測定した。結果を表3に示す。
【0035】
【表3】

【0036】
結果、表3に記載の全てのラクトバチルス(Lactobacillus)属乳酸菌がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力を有していた。なかでもラクトバチルス デルブルウエスキー サブスピーシーズ デルブルウエスキー (Lactobacillus delbrueckii subsp.delbrueckii)、ラクトバチルス デルブルウエスキー サブスピーシーズ ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus)、ラクトバチルス マリー(Lactobacillus mali)、ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)が高い変換能力を有していた。
【0037】
実施例4 果皮抽出液を用いた各種乳酸菌のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力の評価(1)
ブドウ(シャルドネ種)をメンブランプレス(ブーハー・バスラン社製)で搾汁して得た水分含量66.8%(w/w)のブドウ果皮を1ヶ月間冷凍保存した。冷凍状態のブドウ果皮1.5kgに対して、3.0kg(2倍量)の水を加え、20℃で24時間浸漬後、手動の圧搾式ジューサーで圧搾し、Brix5%のブドウ果皮抽出液を得た。得られたブドウ果皮抽出液にベントナイトを500ppm添加後30分攪拌し、5℃で24時間静置した。上澄みを珪藻土濾過した後、フラッシュエバポレーターにて品温60℃で減圧濃縮し、Brix50%まで濃縮した。ブドウ果皮抽出液の3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度を測定し、Brix20%換算で算出したところ、ブドウ果皮抽出液中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は、9014.2nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:2895.8nM、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:6118.4nM}であった。
【0038】
このブドウ果皮抽出液をBrix20%に調整し、出発原料とした。このとき、出発原料中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は、9014.2nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:2895.8nM、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:6118.4nM}であった。これに発酵助成剤FermaidK(Lallemand社)100mg/l、リン酸二水素アンモニウム1g/lを加え、100mlずつ180ml容のガラス容器に分注した。このとき、pHは4.4であった。表4記載の乳酸菌をそれぞれ最終濃度1.0×107cfu/mlで接種し、20℃で24時間静置培養した。培養した後、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1と同様の分析方法で測定した。また、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン生成量は培養後の培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度から培養前の出発原料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度を引くことで求めた。結果を表4に示す。
【0039】
【表4】

【0040】
結果、表4に記載の全てのラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力を有していた。
【0041】
実施例5 果皮抽出液を用いた各種乳酸菌のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力の評価(2)
ブドウ(シャルドネ種)をメンブランプレス(ブーハー・バスラン社製)で搾汁して得た水分含量66.8%(w/w)のブドウ果皮を30〜50日間冷凍保存した。冷凍状態のブドウ果皮8tに対して16t(2倍量)の水を加え、15〜20℃でメンブランプレス(ブーハー・バスラン社製)内で回転させながら3時間浸漬した後、圧搾し、Brix4.6%のブドウ果皮抽出液を得た。得られたブドウ果皮抽出液に混濁成分の沈降促進のため、ポリビニルポリピロリドン(PVPP)1000ppmとベントナイト500ppm添加後30分攪拌し、5℃で24時間静置した。上澄みを遠心(4000rpm)し、95℃で加熱殺菌した後、真空薄膜式循環濃縮機にて品温30〜40℃で減圧濃縮し、Brix50%まで濃縮した。ブドウ果皮抽出液の3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度を測定し、Brix20%換算で算出したところ、ブドウ果皮抽出液中に含まれるS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンが1960.8nM(800ppb)(A)、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインが5203.6nM(1150ppb)(B)であり、3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度{(A)+(B)}は7164.4nM(1950ppb)であった。
【0042】
このブドウ果皮抽出液をおよそBrix20%(pH4.2)に調整し、これを出発原料とした。このとき、出発原料中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は7165nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:5204nM、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:1961nM}であった。この出発原料を300mlずつ360ml容のガラス容器に分注し、表5記載の乳酸菌を最終濃度1.0×107cfu/mlで接種し、30℃で48時間静置培養した。培養した後、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1と同様の分析方法で測定した。また、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン生成量は培養後の培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度から培養前の出発原料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度を引くことで求めた。結果を表5に示す。
【0043】
【表5】

【0044】
結果、表5に記載の全てのラクトバチルス(Lactobacillus)属乳酸菌がS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換能力を有していた。なかでもラクトバチルス ヒルガルデイ(Lactobacillus hilgardii)、ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス マリー(Lactobacillus mali)が高い変換能力を有していた。
【0045】
実施例6 S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換(反応時間の変動が及ぼす影響)
実施例4と同様に、ブドウ果皮を水で抽出し、濃縮することで得たブドウ果皮抽出液をおよそBrix22%(pH4.2)に調整し、これを出発原料とした。このとき、出発原料中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は8028.1nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:6244.3nM、 S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:1783.8nM}であった。出発原料500mlを750ml容のガラス容器に分注し、乳酸菌(ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum):viniflora plantarum(クリスチャンハンセン社製)を最終濃度3.5×106cfu/mlで接種し、20℃で144時間静置培養した。経時的にサンプリングを行い、乳酸菌によるS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換推移を調べた。サンプリングした培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1と同様の方法で分析した。また、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン生成量は培養後の培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度から培養前の出発原料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度を引くことで求めた。結果を表6に示す。
【0046】
【表6】

【0047】
実施例7 S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換(培養時のpHが及ぼす影響)
実施例4と同様に、ブドウ果皮を水で抽出し、濃縮することで得たブドウ果皮抽出液をおよそBrix20%に調整し、これを出発原料とした。このとき、出発原料中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は5669.4nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:4416.3nM、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:1253.1nM}であった。この出発原料各500mlを水酸化ナトリウム、塩酸を用いて初発pHをpH2〜9のいずれかに調整した後、750ml容のガラス容器に分注し、培養温度20℃で乳酸菌ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum):viniflora plantarum(クリスチャンハンセン社製)を最終濃度6.0×107cfu/mlで接種し、48時間静置培養した。培養した後、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1と同様の方法で分析した。また、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン生成量は培養後の培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度から培養前の出発原料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度を引くことで求めた。結果を表7に示す。
【0048】
【表7】

【0049】
実施例8 S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンからS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの変換(培養温度の変動が及ぼす影響)
実施例4と同様に、ブドウ果皮を水で抽出し、濃縮することで得たブドウ果皮抽出液をおよそBrix22%(pH4.2)に調整し、これを出発原料とした。このとき、出発原料中に含まれる3−メルカプトヘキサン−1−オール前駆体物質濃度は6216.5nM{S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン:4796.4nM、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオン:1420.1nM}であった。この出発原料各500mlを750ml容のガラス容器に分注し、10〜40℃の各培養温度で乳酸菌ラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum):viniflora plantarum(クリスチャンハンセン社製)を最終濃度6.0×107cfu/mlで接種し、48時間静置培養した。培養後、S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンとS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの濃度を実施例1に記載した方法で分析した。また、S−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン生成量は培養後の培養液中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度から培養前の出発原料中のS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン濃度を引くことで求めた。結果を表8に示す。
【0050】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
S−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンのS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインへの生物学的変換方法によるS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの製造方法であって、
(A) 前記生物学的変換を行いうるものであり、かつラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物から選ばれる菌株またはその培養菌体の調製物の存在下においてS−3−(ヘキサン−1−オール)−グルタチオンをインキュベーション処理する工程、および
(B) インキュベーション処理液からS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインを単離する工程、
を包含することを特徴とするS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システインの製造方法。
【請求項2】
工程(A)においてインキュベーション処理液のpHが3〜9の範囲、変換温度が10〜40℃の範囲、および変換時間が12〜144時間の範囲である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程(A)においてインキュベーション処理液のpHが5〜9の範囲である請求項1または請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
工程(A)においてインキュベーション処理液の温度が20〜30℃の範囲である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
工程(A)においてインキュベーション処理液の時間が48〜96時間の範囲である請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物がラクトバチルス プランタム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス マリー(Lactobacillus mali)またはラクトバチルス ヒルガルデイ(Lactobacillus hilgardii)に属する微生物である請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法で製造したS−3−(ヘキサン−1−オール)−L−システイン。

【公開番号】特開2011−125256(P2011−125256A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−285979(P2009−285979)
【出願日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【出願人】(000001915)メルシャン株式会社 (48)
【Fターム(参考)】