SDF−1を含有した骨組織再生用組成物
【課題】低侵襲でありながら高い再生効果が期待できる、骨組織を標的とした再生医療システムを提供することを課題とする。
【解決手段】SDF-1を有効成分とした骨組織再生用組成物が提供される。好ましい一態様では、生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用される。
【解決手段】SDF-1を有効成分とした骨組織再生用組成物が提供される。好ましい一態様では、生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は骨組織の再生・再建に用いられる組成物(骨組織再生用組成物)に関する。詳しくは、SDF-1(ストローマ細胞由来因子−1)を含有する組成物及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
各種組織の修復や再生或いは疾病の治療を目的として細胞移植が行われてきた。細胞移植は、組織を構成する細胞自体又は組織の構築を補助する細胞を生体に投与するものであることから直接的な治療効果を期待できる一方、手術に伴う侵襲、移植安全性(感染や発がん)、細胞品質の安定性、細胞培養に多大な時間や費用を要することなど、様々な問題を伴う。このことから、細胞移植を伴わない或いは細胞の使用を最小限に留めた再生医療システムの提供が望まれる。
【0003】
骨組織は再生医療による再生が期待される組織の一つである。これまでにも各種増殖因子を利用した方法(例えば特許文献1を参照)や骨髄細胞等を利用した方法(例えば特許文献2を参照)など、骨組織を標的とした再生方法が提案されている。しかしながら、従来の再生方法には克服すべき課題が多い。例えば増殖因子を利用して形成される新生血管は脆弱であり、十分な骨再生効果は得られない。一方、骨髄細胞等の採取は生体侵襲を伴う。また、骨髄中の幹細胞数は加齢に伴い減少することから、必要な細胞数を確保することが困難な場合も多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−520480号公報
【特許文献2】特開2007−236450号公報
【特許文献3】国際公開第2009/060608号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上の背景の下、本願発明は、低侵襲でありながら高い再生効果が期待できる、骨組織を標的とした再生医療システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上の課題に鑑み本願発明者らは、生体内幹細胞の集積システムを制御する新しい組織再生療法の開発を目指して研究を進め、骨延長術に注目した。骨延長術は自己再生能力を最大限に応用して大型組織再生を行う外科手術である。生体内幹細胞の集積や分化が大きな役割を果たすと考えられるが、その実態やメカニズムは多くが不明なままである。本願発明者らは、延長治癒過程における様々な幹細胞の集積動態を明らかにし、組織再生との関わり合いを検討した。また、細胞集積に機能することが知られているケモカインSDF-1が骨延長の幹細胞集積と治癒過程にいかなる役割を果たすか検証することにした。SDF-1はケモカインリガンドの一つであり、血管内皮前駆細胞の虚血部位への集積、造血幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化、血管網の構築などに寄与すると報告されている。しかしながら、in vitroでの細胞遊走実験のみの報告が多く、in vivoでの機能の多くは不明である。特に、組織の再生過程におけるその機能は不明な点が多い。そこで、SDF-1の過剰発現が延長部位の組織再生を促進するか検討した。具体的な検討方法は以下の通りとした。即ち、8週齢の雌性ICRマウスを用いて脛骨骨延長モデルを作製し、経時的に組織採取し、生体内幹細胞の集積を解析した。また、マウス骨髄単核球分画の細胞を近赤外蛍光色素によってラベルし、骨延長手術時に脛骨近心骨頭骨髄内へ移植した。一方、In vivoイメージャーを用いて延長前と延長終了時で蛍光シグナルを観察した。通常の2倍の速度で骨延長を行う骨延長モデル(H-DOモデル)を作製し、当該モデルの骨延長部位にSDF-1タンパクを投与し、組織再生促進効果を検証した。最後に、2次元レーザー血流計を用いて延長部位の血流変化を解析した。
【0007】
検討の結果、骨延長をしていない骨髄と比較すると、骨延長中期ではSca1陽性細胞が約4倍増加していることが明らかとなった。また、集まったSca1陽性細胞は血管内皮前駆細胞、間葉系幹細胞の分画が大多数を占めている事が明らかとなった。In vivo イメージャーによる解析では、蛍光色素でラベルした骨髄単核球細胞が延長部へ集積していることが観察された。H-DOモデルを用いた解析では、SDF-1過剰発現によって仮骨形成の著しい促進効果が確認できるとともに、多数の成熟血管が観察された。即ち、SDF-1は血管内皮前駆細胞の集積に重要な役割を果たすとともに血管内皮−周囲平滑細胞構造の形成を促進し、さらには新生血管の安定化にも寄与することが示唆された。また、SDF-1を投与すれば骨延長速度の上昇に伴う治癒不全を回避できることが判明した。これらの解析結果を裏付けるようにSDF-1の過剰発現により血流量増加が観察された。
【0008】
以上の結果を総合すると、(1)良好な骨再生効果を得るためには標的部位への血管内皮前駆細胞と間葉系幹細胞の集積が重要であること、(2)SDF-1を局所に投与すれば骨組織の再生に適した環境が形成され、優れた組織再生効果が得られること、がわかる。また、この考察に基づけば、間葉系幹細胞等、骨組織の構築に直接関与する細胞が標的部位に供給される条件下でSDF-1を投与すれば、内在性の血管内皮前駆細胞を活用して骨組織を再生することが可能であるといえる。更には、骨延長術を適用する場合のように、局所に張力が負荷される条件下では、生体内の間葉系幹細胞が標的部位に集積してくる(即ち、生体内で間葉系幹細胞が標的部位に供給される)ことから、細胞の投与を伴わずとも、SDF-1単独の投与によって良好な骨再生を達成できるといえる。
【0009】
ところで、骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られる一方、臨床的な問題を抱えている。即ち、治癒期間が長期に及ぶことや創部感染による骨髄炎、更には、急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成につながる。本願発明者らの検討によって、SDF-1を併用すれば治療効果を維持しつつ治癒期間を短縮した骨延長術を実現可能であることが示された。即ち、骨延長術における上記の問題に対する解決策も見出された。
【0010】
以上の通り、本願発明者らの鋭意検討の結果、所定の条件の下でSDF-1を投与することで血管内皮細胞の集積を促進し、組織再生を劇的に向上させるという、新しい再生医療の開発が可能であることが示された。また、骨延長術の改良に資する重要な手段が見出された。以下に示す本発明は、主として上記成果ないし知見に基づくものである。尚、特許文献3はSDF-1に関して骨組織の再生への利用可能性に言及する。しかしながら、当該文献は実証データを伴うものではなく、しかも本願発明者らが明らかにした事実、即ちSDF-1単独では十分な骨再生効果が期待できず、所定の条件下でのSDF-1の適用が骨再生効果を飛躍的に高める上で重要であること、は示唆すらしない。
[1]生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、SDF-1を含有した骨組織再生用組成物。
[2]SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなる、骨組織再生用組成物。
[3]SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを含有することを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[4]SDF-1を含有する第1構成要素と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットであることを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[5]SDF-1を含有し、その投与の際に、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞も投与されることを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[6]生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、[2]〜[5]のいずれか一項に記載の骨組織再生用組成物。
[7]前記手技が、標的部位に張力を負荷する手技である、[1]又は[6]に記載の骨組織再生用組成物。
[8]前記手技が骨延長術である、[1]又は[6]に記載の骨組織再生用組成物。
[9]SDF-1を標的部位に投与するとともに、生体内の間葉系幹細胞を当該標的部位に集積させることを特徴とする、骨組織の再生方法。
[10]待機期間の開始時から硬化期間の終了時までの間にSDF-1を標的部位に投与するステップを含む、骨延長術。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】マウス骨延長(Distraction Osteogenesis:DO)モデルの概要。処置方法(上)、延長スケジュール(左下)、及び延長終了時と延長後14日のサンプルのX線像(右下)を示す。
【図2】Sca1(Stem Cell common antigen)陽性細胞の延長間隙(ギャップ)への集積。延長間隙の状態を模式的に示した(上)。また、DOモデルの組織サンプルに対する免疫染色の結果を示す(下)。
【図3】延長間隙(ギャップ)に集積した骨髄幹細胞の種類。マーカーを利用して延長間隙に集積した細胞を同定した。各マーカーによる蛍光染色の結果(左下)と各細胞の比率のグラフ(右下)を示す。EPCs:血管内皮前駆細胞、HSCs:造血幹細胞、MSCs:間葉系幹細胞。
【図4】骨延長による骨髄細胞の集積。in vivo イメージャーを用い、骨髄内での細胞の動きを経時的に解析した。解析方法(左)、イメージ像(右上)、蛍光強度の経時的変化(右下)を示した。
【図5】ハイスピードDOモデル(H-DO)の概要。H-DOモデルとコントロールDO(C-DO)モデルの組織像の比較(上)と各モデルの延長スケジュール(下)を示す。HE:ヘマトキシリンエオジン染色
【図6】血管内皮前駆細胞の集積についてのH-DOモデルとC-DOモデルの比較。
【図7】SDF-1による骨延長の治癒促進効果を調べるためのSDF-1の投与スケジュール。
【図8】SDF-1による骨延長の治癒促進効果。C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で組織染色像を比較した。HE:ヘマトキシリンエオジン染色
【図9】SDF-1の血管新生促進効果。C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で延長中期のギャップの蛍光染色像(CD31)を比較した。右下はCD31+細胞数を比較したグラフ。
【図10】SDF-1の血管新生促進効果。SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で蛍光染色像(CD31、αSMA)を比較した。αSMAは周皮細胞のマーカーであり、CD31は内皮細胞のマーカーである(左下)。
【図11】SDF-1による血流の回復効果。2次元レーザー血流計を用い、C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で血流量を比較した。右下は血流量を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の局面は骨組織再生用組成物に関する。本明細書における用語「骨組織」は広義の意味で使用され、様々な部位(例えば長管骨、下顎骨、上顎骨、中顔面骨、頭蓋顔面骨、頭蓋骨、顎関節、歯槽骨)の骨組織を包含する。本明細書において「骨組織再生用組成物」とは、骨組織の再生(再建)に利用される組成物をいう。本発明の骨組織再生用組成物は、それが適用される生体の局所(標的部位)において骨組織再生能を示し、骨組織の修復・再建を促す。本発明の組成物は必須成分としてSDF-1を含有する。SDF-1はケモカインリガンドの一つであり、CXCL-12又はPBSFとも呼称される。SDF-1はCXCR4及びCXCR7と特異的に結合し、その生理活性を発揮する。SDF-1には複数のアイソフォーム(SDF-1α、SDF-1β、SDF-1γ、SDF-1δ、SDF-1ε等)の存在が確認されている。SDF-1として任意のアイソフォームを用いることができる。また、二以上のアイソフォームを併用してもよい。
【0013】
期待される効果、即ち骨再生効果を発揮できる限りにおいて、SDF-1の動物種は問わない。従って、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(サル、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ラット、マウス、ウサギ等)由来のSDF-1を用いることが可能であり、本発明の組成物を適用する対象を考慮して適切なものを採用すればよい。ヒトに適用する場合には、好ましくはヒト由来のSDF-1を用いる。
【0014】
天然の又は遺伝子工学的手法で調製した(即ちリコンビナント)SDF-1を使用することができる。天然のSDF-1は、例えば、SDF-1の発現を認める各種臓器(脾臓、骨髄など)から抽出、精製すればよい。一方、リコンビナントSDF-1であれば、それをコードする遺伝子を用い、常法(発現コンストラクトの調製、形質転換体の作製、形質転換体による産生、産生された組換えタンパク質の精製など)に従って調製すればよい。リコンビナントSDF-1を用いる場合には、その活性を維持する限度において(活性の変動は許容される)、各種の改変(例えばアミノ酸の欠失、置換、挿入、付加や糖鎖の付加など)が可能である。尚、ヒトのSDF-1の詳細については公共のデータベースを参照することができる。例えばNCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベースには、ヒトSDF-1αの情報(ACCESSION: NP_954637、DEFINITION: stromal cell-derived factor 1 isoform alpha [Homo sapiens].)やヒトSDF-1βの情報(ACCESSION: NP_000600、DEFINITION: stromal cell-derived factor 1 isoform beta [Homo sapiens].)が登録されている。
【0015】
期待される効果の発揮に支障のない限り、SDF-1の精製度は特に問わない。但し、特にヒトへの適用を想定した場合には、医薬品に要求されるレベルの精製度のSDF-1を使用することが望まれる。
【0016】
一態様において本発明の組成物は、生体内の間葉系幹細胞(以下、「MSC」とも呼ぶ)を標的部位に集積させる手技(以下、当該手技のことを「MSC集積手技」と呼ぶ)と併用されることを特徴とする。この態様の組成物を適用した場合、MSC集積手技によって生体内(内在性)のMSCが標的部位に集積するとともに、SDF-1による血管内皮前駆細胞の集積、新生血管の安定化などが生じ、標的部位での骨形成が促される。このように当該態様によれば、外部から細胞を供給(移植)する必要のない治療法を実現できる。従って、細胞移植に伴う各種問題(侵襲性、移植安全性、細胞品質の安定性、時間及び費用)を解消しつつ、高い治療効果が得られることになる。
【0017】
例えば、標的部位に張力を負荷することによって標的部位にMSCを集積することが可能である。このような手技の典型例は骨延長術である。骨延長術では固定装置(内固定型又は外固定型)又は骨延長器などと呼ばれる専用の装置が用いられる。骨延長術の方法は通常、骨切り、待機期間、骨延長期間及び骨硬化期間の工程からなる。骨延長速度は施術を施す部位を考慮して設定されるが、通常は0.5mm/日〜2mm/日である。骨延長術については、例えば、ADVANCE SERIES II-9 骨延長術:最近の進歩(克誠堂出版、波利井清紀 監修、杉原平樹 編著)に詳しい。
【0018】
骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られるという利点がある一方、治癒期間が長期に及ぶことや創部感染による骨髄炎、更には急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成につながるといった臨床的な問題を抱える。SDF-1を有効成分とした本発明の組成物を併用した場合には効率的且つ効果的な骨再生が促され、治癒期間を短縮できる。特筆すべきは、動物モデルによって実証されたように(後述の実施例の欄)、本発明の組成物を併用すれば治療効果を維持しつつ延長速度を大幅に高めることが可能になる点である。本発明の組成物によれば延長速度を通常の1.5倍(通常が1mm/日であれば1.5mm/日)〜2.0倍(通常が1mm/日であれば2mm/日)の骨延長術も実現可能といえる。
【0019】
本発明の骨組織組成物を骨延長術と併用する場合、通常は、待機期間の開始時〜骨延長期間の終了時までの間に本発明の組成物を局所投与する。投与回数は特に限定されない。例えば、1回〜10回の投与を行う。
【0020】
本発明の組成物の他の一態様は、SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなるという特徴を有する。即ち、SDF-1と特定の細胞を併用する。この態様の場合、外部から供給した細胞による作用とSDF-1による作用によって標的部位での骨形成が促されることになる。この態様においても生体内の細胞、即ち、施術を受ける者の自己の細胞が活用されることになることから、その分、細胞の採取や移植の問題などを回避ないし低減できる。尚、この態様の組成物についても、標的部位に張力を負荷する手技(典型的には骨延長術)との併用が可能である。
【0021】
必要な細胞(間葉系幹細胞、骨芽細胞、骨細胞)は常法で調製すればよい。例えば間葉系幹細胞であれば骨髄や脂肪などから分離、精製可能である。また、骨芽細胞や骨細胞は、例えば、間葉系幹細胞を骨系細胞へと分化誘導することによって得ることができる。典型的な手法では、培養液中に3種類の添加剤、即ちデキサメタゾン(Dex)、β−グリセロリン酸ナトリウム(β−GP)、及びL−アスコルビン酸二リン酸塩(AsAP)を添加することによって(又はこれらの添加剤を含有する培地(骨誘導培地)に交換することによって)、骨系細胞への分化を促す。これらの添加剤の添加量は例えば、デキサメタゾンについては約10-7M、β−グリセロリン酸ナトリウムについては約10mM、L−アスコルビン酸二リン酸塩については約0.2mMとする。好ましくは、骨形成タンパク質2(Bone Morphogenetic Protein 2; BMP-2)も併用し、骨系細胞への分化を促進させる。BMP-2の添加濃度は好ましくは50 ng/ml〜100 ng/mlとする。分化誘導中は適宜培地交換を行う。例えば3日に一度の頻度で培地交換を行う。分化誘導のための培養は例えば1日間〜14日間継続する。
【0022】
この態様の組成物は、典型的には、調製した細胞とSDF-1を混合した配合剤として提供される。例えば、使用する細胞を生理食塩水や適当な緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁させて得た細胞懸濁液にSDF-1を混合すればよい(併用可能なその他の成分については後述する)。一方、例えば、SDF-1を含有する第1構成要素と、所定の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットの形態で本発明の組成物を提供することもできる。この場合、標的部位に同時又は所定の時間的間隔を置いて両要素が投与されることになる。好ましくは、両要素を同時に投与することにする。ここでの「同時」は厳密な同時性を要求するものではない。従って、両要素を混合した後に投与する等、両要素の投与が時間差のない条件下で実施される場合は勿論のこと、片方の投与後、速やかに他方を投与する等、両要素の投与が実質的な時間差のない条件下で実施される場合もここでの「同時」の概念に含まれる。一方、片方の投与後、所定の時間差で他方を投与する場合は、時間差を短く設定することが好ましい。例えば、片方の投与後15分以内、好ましくは10分以内、更に好ましくは5分以内に他方を投与する。
【0023】
SDF-1を含有する組成物とし、その投与時に所定の細胞が併用投与されるようにしてもよい。この場合の組成物と所定の細胞の投与のタイミングは、上記のキットの形態の場合と同様である。即ち、好ましくは同時に両者が投与されることになるが、所定の時間差で両者を投与することにしてもよい。尚、所望の再生効果が発揮されるように、1回分の細胞の投与量を例えば1x107個〜5x107個にするとよい。
【0024】
本発明の組成物には、期待される治療効果を得るために必要な量(即ち治療上有効量)のSDF-1が含有される。本発明の組成物の有効成分量は治療対象、併用成分、剤型などによって異なるが、所望の投与量を達成できるようにSDF-1量を例えば約0.001重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0025】
本発明の組成物に期待される治療効果が維持されることを条件として、他の成分を追加的に使用することを妨げない。ゲル状に調製するための材料を含め、本発明において追加的に使用され得る成分を以下に列挙する。
(1)無機系生体吸収性材料及び有機系生体吸収性材料
無機系生体吸収性材料の種類は特に限定されないが、β−リン酸三カルシウム(「β-TCP)、α−リン酸三カルシウム(α-TCP)、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、及び非結晶質リン酸カルシウムからなる群から選択される材料を用いることができる。これらの材料は単独で用いることができることはもちろんのこと、任意に選択した2種以上を組み合わせて用いても良い。好ましくは、β-TCP又はα-TCPのいずれか、又はこれらを任意の割合で組み合わせて用いる。さらに好ましくはβ-TCPを無機系生体吸収性材料として用いる。
【0026】
無機系生体吸収性材料は公知の方法により得ることができる。また、市販される無機系生体吸収性材料を用いることもできる。β-TCPとしては、例えば、オリンパス光学工業株式会社製のものを利用できる。
【0027】
無機系生体吸収性材料は、本発明の組成物が使用時において流動性となるような粒子径を有する粉末状であることが好ましい。粉末状の無機系生体吸収性材料は、適当な大きさに加工された無機系生体吸収性材料を、所望の粒子径となるまで破砕、粉砕することにより調製することができる。無機系生体吸収性材料の平均粒子径を、0.5μm〜50μmとすることが好ましい。さらに好ましくは、平均粒子径0.5μm〜10μmの無機系生体吸収性材料を用いる。さらにさらに好ましくは、平均粒子径1μm〜5μmの無機系生体吸収性材料を用いる。粒子径の異なる複数種類の無機系生体吸収性材料を組み合わせて用いることも可能である。無機系生体吸収性材料は本発明の組成物全体に対して30重量%〜75重量%含有することが好ましい。
【0028】
尚、本発明の組成物の流動性は、無機系生体吸収性材料の粒子径、及び含有率で調製することができ、両者を適宜調整することにより所望の流動性を得ることができる。また、後述の増粘剤を添加する場合には、増粘剤の添加量によっても流動性の調整を行うことができる。
【0029】
有機系生体吸収性材料としては、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブリノーゲン(例えばボルヒール(登録商標))等を使用することができる。
【0030】
(2)ゲル化材料
ゲル化材料は、生体親和性が高いものを用いることが好ましく、ヒアルロン酸、コラーゲン又はフィブリン糊等を用いることができる。ヒアルロン酸、コラーゲンとしては種々のものを選択して用いることができるが、本発明の組成物の適用目的(標的部位)に適したものを採用することが好ましい。用いるコラーゲンは可溶性(酸可溶性コラーゲン、アルカリ可溶性コラーゲン、酵素可溶性コラーゲン等)であることが好ましい。
【0031】
(3)溶媒
本発明の組成物は、水系の溶媒を含むものであってもよい。水系の溶媒としては、滅菌水、生理食塩水、リン酸塩溶液等の緩衝液等を用いることができる。尚、調製した細胞を生理食塩水やPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁するとともにSDF-1を添加して本発明の組成物とし、標的部位に適用することもできる。
【0032】
(4)その他
本発明の組成物は、上記の成分の他、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、細胞保護剤(例えばジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン)、抗生物質、pH調整剤、細胞の活性化や増殖又は分化誘導などを目的とした各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド、骨誘導因子(BMP)等)を含んでいても良い。
【0033】
本発明の組成物の最終的な形態は特に限定されない。形態の例は液体状(液状、ゲル状など)及び固体状(粉状、細粒、顆粒状など)である。好ましくは、本発明の組成物は、操作性の向上や治療効果の向上等を理由として、ゲル状に調製される。本明細書での「ゲル状」とは、医療用に使用されるフィブリンゲル又はフィブリン糊のように、適度な粘性を有し、標的部位での保持性の高い状態をいう。例えば、ゲル化剤や増粘剤の添加、或いはフィブリノーゲンとトロンビンの添加によって、ゲル状の組成物が形成される。
【0034】
本発明の組成物は、骨組織の修復、再建に利用される。例えば、外傷性骨折、疲労骨折、骨変形、骨粗鬆症、唇顎口蓋裂、小下顎症、Treacher Collins症候群、Crouzon症候群、鎖骨頭蓋異骨症、小下顎症、下顎後退症、Hemifacial microsomia(半側小顔症)、骨軟化症、先天性骨形成不全等の治療、骨増生(例えば人工歯根の植立を行うためのもの)、歯槽骨の再生等に本発明の組成物を適用することができる。
【0035】
本発明の組成物が投与される対象はヒト、又はヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ等)である。好ましくは、本発明の組成物はヒトに対して使用される。
【0036】
本発明の組成物は、例えば、組織欠損部に注入、埋入、填入、又は塗布によって標的部位に投与される。適度な流動性を有するゲル状に調製すれば、填入、注入、又は塗布等、簡便な手法で適用することができる。また、ゲル状であれば注射針等を用いて適用部位に容易に填入でき(創部を開放することなく適用することも可能である)、また、組織欠損部の形状に合わせて予め成型することを要せず、その汎用性が高い。
【0037】
当業者であれば、治療対象、標的部位などを考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として1回当たりのSDF-1量が約0.01μg〜50mg、好ましくは約1mg〜10mgとなるよう投与量を設定することができる。
【実施例】
【0038】
生体内幹細胞の集積システムを制御する新しい組織再生療法の開発を目指し、以下の検討を行った。
【0039】
1.生体内の幹細胞/前駆細胞が集積する組織再生モデルの同定
(1)マウス脛骨骨延長モデル(DOモデル)の作製
骨延長術が幹細胞/前駆細胞の集積を応用した治療法であることを検証した。マウス脛骨骨延長モデル(DOモデル)を作製した(図1)。脛骨を明示した後、27G針を上下2カ所ずつ貫通させ、その後、即時重合レジンにて延長装置と連結、固定した。レジン硬化後に、骨切りを行い、閉創した。延長スケジュールは骨切り後待機期間を5日間、延長期間を8日間、硬化期間を14日間とし、延長速度は0.2mm/12時間とした。図1右下に示す通り、27日目のサンプルではX線写真で骨の再生を確認できた。
【0040】
(2)Sca1(Stem Cell common antigen)陽性細胞の延長間隙(ギャップ)への集積
DOモデルの組織サンプルを作製し、幹細胞共通抗原Sca1を標的とした免疫染色を行った。延長中期である9日目の延長間隙ではSca1陽性細胞がコントロール(手術をしていない骨髄)と比較して約4倍増加していることが明らかとなった(図2)。
【0041】
(3)延長間隙(ギャップ)に集積した骨髄幹細胞の種類
ギャップに集積した幹細胞の種類を同定することにした。血管内皮細胞と血管内皮前駆細胞(EPC)の共通マーカーであるCD31、血球系細胞のマーカーであるCD45、幹細胞のマーカーであるSca1で多重染色を行ったところ、血管内皮前駆細胞(EPC)と間葉系幹細胞(MSC)の分画が大多数を占めていることが明らかとなった(図3)。
【0042】
(4)in vivo イメージャーによる解析
in vivo イメージャーを用い、骨髄内での細胞の動きを経時的に解析した。まず、マウス骨髄単核球分画を採取し、近赤外蛍光色素DiRにてラベルした。この細胞を骨延長手術時に脛骨近心骨頭部の骨髄内に移植した。延長開始前の5日目のサンプルと、延長終了時の13日目のサンプルについて蛍光を検出した。5日目のサンプルでは移植した部分に限局した蛍光シグナルが検出されたが、13日目では移植部と延長部の2つのピークが形成されていた(図4)。即ち、移植した細胞が延長期間中に延長部に向かって移動したことが明らかとなった。
【0043】
以上の検討(1)〜(4)によって、骨延長術は幹細胞/前駆細胞の集積を応用した再生現象であり、生体内幹細胞集積による組織再生の解析に適したモデルであることが示された。
【0044】
2.ハイスピードDOモデルによる検討
上記の通り、骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られる一方で、臨床的な問題(治癒期間が長期に及ぶこと等)を抱えている。治療期間の短縮のためには延長速度を高めることが望まれるが、急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成を招く。骨延長術における治療期間の短縮化を目指し、通常の2倍の速度で骨延長を行うハイスピードDOモデル(H-DO)(図5下)を作製し、様々な検討を行うことにした。
【0045】
まず、延長部位における仮骨の形成を、通常の速度で延長した場合(コントロールDO(C-DO))と比較した。C-DO群では硬化期間終了時には延長部位に仮骨が形成され、軟骨組織はほとんど観察されなかった。対照的に、硬化期間終了時のH-DO群では仮骨は全く形成されず、軟組織、及び骨膜由来と考えられる軟骨組織が広範に観察された(図5上)。
【0046】
次に、免疫染色で解析したところH-DO群ではCD31/Sca1陽性の細胞、即ち血管内皮前駆細胞の割合が1/3〜1/4に減少していることが判明した(図6)。この結果は、H-DO群では血管再生に障害が起き、治癒不全を起こしていることを示唆する。
【0047】
3.SDF-1による骨格系組織再生効果の検討
H-DOモデルを用いた解析結果を踏まえ、血管内皮前駆細胞の集積に必須であると考えられているSDF-1に着目した。SDF-1は約50種類あるケモカインリガンドの一つであり、CXCR4及びCXCR7と特異的に結合する。血管内皮前駆細胞の集積や分化にSDF-1が関与することが報告されているが、組織再生モデルでの機能はほとんど不明である。SDF-1タンパクの投与によってH-DOに起きた障害を回避(レスキュー)できると考え、以下の検証を行った。
【0048】
SDF-1タンパク(R&D Systems社) 200ngをI型コラーゲンスキャフォールド(新田ゼラチン株式会社)に混和し、H-DOモデルに対して延長1日前(4日目)から一日おきに局所投与した(図7)。免疫組織染色による解析の結果、SDF-1投与群では硬化期間終了時に仮骨形成が起こっており、軟骨組織もほとんど観察されなかった(図8)。また、免疫染色で延長中期のギャップを観察したところ、H-DO群で減少したCD31陽性細胞数が、SDF-1の投与によって有意に上昇していることが明らかとなった(図9)。また、H-DO群(H-DO+ビークル)では血管構造が検出できなかったが、SDF-1投与群(H-DO+SDF-1)ではCD31陽性血管内皮およびaSMA陽性血管平滑筋細胞で構成される多数の成熟血管を観察することができた(図10)。更に、2次元レーザー血流計を用いて血流量を測定したところ、これまでの結果を裏付けるように、H-DOモデルでは延長部で血流量が低下し、SDF-1投与によって血流が回復していることが明らかとなった(図11)。以上の結果より、SDF-1の局所投与は血管内皮前駆細胞の集積、新生血管の成熟、再構成を促進し、早期の骨延長治癒を可能にできるといえる。
【0049】
本検討によって明らかとなった事実・知見を以下にまとめる。
(1)骨延長過程では内在性の骨髄幹細胞が患部に集積する。これらの集積細胞は組織再生に重要な役割を果たしていると考えられる。
(2)骨延長で集積する幹細胞の主体は血管内皮前駆細胞と間葉系幹細胞である。骨延長はこれらの細胞の集積メカニズムの解析に適したモデルである。
(3)SDF-1は血管内皮前駆細胞の集積を促進する。また、SDF-1は血管内皮及び血管平滑筋細胞から構成される成熟血管網の迅速な構築を促す。造血幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化、血管内皮前駆細胞の虚血部位への集積、血管網の構築などにSDF-1が関与することが知られているが、本検討の結果は、SDF-1が血管内皮−周囲平滑筋細胞構造の形成を促進し、新生血管の安定化にも寄与していることを示す。
(4)骨延長術における急速な延長は極度の虚血状態を引き起こす。虚血に特有な酸性環境は骨再生を阻害する。SDF-1は急速な延長に伴うこれらの問題を解消する。SDF-1の投与によって局所での血流が回復し、骨の分化や成熟に必要な酸素、栄養、液性因子、様々な細胞などの供給が促された結果として骨延長治癒効果が高められたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の組成物は標的部位での骨組織の再生を促す。本発明の組成物は、各種骨折の治療や、その他の骨疾患(骨変形、骨粗鬆症、唇顎口蓋裂、小下顎症、Treacher Collins症候群、Hemifacial microsomia(半側小願症)、骨軟化症、先天性骨形成不全等)の治療、或いは骨増生や歯槽骨の再生等に利用される。また、骨延長術に適用した場合には治療期間の短縮化が可能である。
【0051】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【技術分野】
【0001】
本発明は骨組織の再生・再建に用いられる組成物(骨組織再生用組成物)に関する。詳しくは、SDF-1(ストローマ細胞由来因子−1)を含有する組成物及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
各種組織の修復や再生或いは疾病の治療を目的として細胞移植が行われてきた。細胞移植は、組織を構成する細胞自体又は組織の構築を補助する細胞を生体に投与するものであることから直接的な治療効果を期待できる一方、手術に伴う侵襲、移植安全性(感染や発がん)、細胞品質の安定性、細胞培養に多大な時間や費用を要することなど、様々な問題を伴う。このことから、細胞移植を伴わない或いは細胞の使用を最小限に留めた再生医療システムの提供が望まれる。
【0003】
骨組織は再生医療による再生が期待される組織の一つである。これまでにも各種増殖因子を利用した方法(例えば特許文献1を参照)や骨髄細胞等を利用した方法(例えば特許文献2を参照)など、骨組織を標的とした再生方法が提案されている。しかしながら、従来の再生方法には克服すべき課題が多い。例えば増殖因子を利用して形成される新生血管は脆弱であり、十分な骨再生効果は得られない。一方、骨髄細胞等の採取は生体侵襲を伴う。また、骨髄中の幹細胞数は加齢に伴い減少することから、必要な細胞数を確保することが困難な場合も多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−520480号公報
【特許文献2】特開2007−236450号公報
【特許文献3】国際公開第2009/060608号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上の背景の下、本願発明は、低侵襲でありながら高い再生効果が期待できる、骨組織を標的とした再生医療システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上の課題に鑑み本願発明者らは、生体内幹細胞の集積システムを制御する新しい組織再生療法の開発を目指して研究を進め、骨延長術に注目した。骨延長術は自己再生能力を最大限に応用して大型組織再生を行う外科手術である。生体内幹細胞の集積や分化が大きな役割を果たすと考えられるが、その実態やメカニズムは多くが不明なままである。本願発明者らは、延長治癒過程における様々な幹細胞の集積動態を明らかにし、組織再生との関わり合いを検討した。また、細胞集積に機能することが知られているケモカインSDF-1が骨延長の幹細胞集積と治癒過程にいかなる役割を果たすか検証することにした。SDF-1はケモカインリガンドの一つであり、血管内皮前駆細胞の虚血部位への集積、造血幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化、血管網の構築などに寄与すると報告されている。しかしながら、in vitroでの細胞遊走実験のみの報告が多く、in vivoでの機能の多くは不明である。特に、組織の再生過程におけるその機能は不明な点が多い。そこで、SDF-1の過剰発現が延長部位の組織再生を促進するか検討した。具体的な検討方法は以下の通りとした。即ち、8週齢の雌性ICRマウスを用いて脛骨骨延長モデルを作製し、経時的に組織採取し、生体内幹細胞の集積を解析した。また、マウス骨髄単核球分画の細胞を近赤外蛍光色素によってラベルし、骨延長手術時に脛骨近心骨頭骨髄内へ移植した。一方、In vivoイメージャーを用いて延長前と延長終了時で蛍光シグナルを観察した。通常の2倍の速度で骨延長を行う骨延長モデル(H-DOモデル)を作製し、当該モデルの骨延長部位にSDF-1タンパクを投与し、組織再生促進効果を検証した。最後に、2次元レーザー血流計を用いて延長部位の血流変化を解析した。
【0007】
検討の結果、骨延長をしていない骨髄と比較すると、骨延長中期ではSca1陽性細胞が約4倍増加していることが明らかとなった。また、集まったSca1陽性細胞は血管内皮前駆細胞、間葉系幹細胞の分画が大多数を占めている事が明らかとなった。In vivo イメージャーによる解析では、蛍光色素でラベルした骨髄単核球細胞が延長部へ集積していることが観察された。H-DOモデルを用いた解析では、SDF-1過剰発現によって仮骨形成の著しい促進効果が確認できるとともに、多数の成熟血管が観察された。即ち、SDF-1は血管内皮前駆細胞の集積に重要な役割を果たすとともに血管内皮−周囲平滑細胞構造の形成を促進し、さらには新生血管の安定化にも寄与することが示唆された。また、SDF-1を投与すれば骨延長速度の上昇に伴う治癒不全を回避できることが判明した。これらの解析結果を裏付けるようにSDF-1の過剰発現により血流量増加が観察された。
【0008】
以上の結果を総合すると、(1)良好な骨再生効果を得るためには標的部位への血管内皮前駆細胞と間葉系幹細胞の集積が重要であること、(2)SDF-1を局所に投与すれば骨組織の再生に適した環境が形成され、優れた組織再生効果が得られること、がわかる。また、この考察に基づけば、間葉系幹細胞等、骨組織の構築に直接関与する細胞が標的部位に供給される条件下でSDF-1を投与すれば、内在性の血管内皮前駆細胞を活用して骨組織を再生することが可能であるといえる。更には、骨延長術を適用する場合のように、局所に張力が負荷される条件下では、生体内の間葉系幹細胞が標的部位に集積してくる(即ち、生体内で間葉系幹細胞が標的部位に供給される)ことから、細胞の投与を伴わずとも、SDF-1単独の投与によって良好な骨再生を達成できるといえる。
【0009】
ところで、骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られる一方、臨床的な問題を抱えている。即ち、治癒期間が長期に及ぶことや創部感染による骨髄炎、更には、急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成につながる。本願発明者らの検討によって、SDF-1を併用すれば治療効果を維持しつつ治癒期間を短縮した骨延長術を実現可能であることが示された。即ち、骨延長術における上記の問題に対する解決策も見出された。
【0010】
以上の通り、本願発明者らの鋭意検討の結果、所定の条件の下でSDF-1を投与することで血管内皮細胞の集積を促進し、組織再生を劇的に向上させるという、新しい再生医療の開発が可能であることが示された。また、骨延長術の改良に資する重要な手段が見出された。以下に示す本発明は、主として上記成果ないし知見に基づくものである。尚、特許文献3はSDF-1に関して骨組織の再生への利用可能性に言及する。しかしながら、当該文献は実証データを伴うものではなく、しかも本願発明者らが明らかにした事実、即ちSDF-1単独では十分な骨再生効果が期待できず、所定の条件下でのSDF-1の適用が骨再生効果を飛躍的に高める上で重要であること、は示唆すらしない。
[1]生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、SDF-1を含有した骨組織再生用組成物。
[2]SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなる、骨組織再生用組成物。
[3]SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを含有することを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[4]SDF-1を含有する第1構成要素と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットであることを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[5]SDF-1を含有し、その投与の際に、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞も投与されることを特徴とする、[2]に記載の骨組織再生用組成物。
[6]生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、[2]〜[5]のいずれか一項に記載の骨組織再生用組成物。
[7]前記手技が、標的部位に張力を負荷する手技である、[1]又は[6]に記載の骨組織再生用組成物。
[8]前記手技が骨延長術である、[1]又は[6]に記載の骨組織再生用組成物。
[9]SDF-1を標的部位に投与するとともに、生体内の間葉系幹細胞を当該標的部位に集積させることを特徴とする、骨組織の再生方法。
[10]待機期間の開始時から硬化期間の終了時までの間にSDF-1を標的部位に投与するステップを含む、骨延長術。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】マウス骨延長(Distraction Osteogenesis:DO)モデルの概要。処置方法(上)、延長スケジュール(左下)、及び延長終了時と延長後14日のサンプルのX線像(右下)を示す。
【図2】Sca1(Stem Cell common antigen)陽性細胞の延長間隙(ギャップ)への集積。延長間隙の状態を模式的に示した(上)。また、DOモデルの組織サンプルに対する免疫染色の結果を示す(下)。
【図3】延長間隙(ギャップ)に集積した骨髄幹細胞の種類。マーカーを利用して延長間隙に集積した細胞を同定した。各マーカーによる蛍光染色の結果(左下)と各細胞の比率のグラフ(右下)を示す。EPCs:血管内皮前駆細胞、HSCs:造血幹細胞、MSCs:間葉系幹細胞。
【図4】骨延長による骨髄細胞の集積。in vivo イメージャーを用い、骨髄内での細胞の動きを経時的に解析した。解析方法(左)、イメージ像(右上)、蛍光強度の経時的変化(右下)を示した。
【図5】ハイスピードDOモデル(H-DO)の概要。H-DOモデルとコントロールDO(C-DO)モデルの組織像の比較(上)と各モデルの延長スケジュール(下)を示す。HE:ヘマトキシリンエオジン染色
【図6】血管内皮前駆細胞の集積についてのH-DOモデルとC-DOモデルの比較。
【図7】SDF-1による骨延長の治癒促進効果を調べるためのSDF-1の投与スケジュール。
【図8】SDF-1による骨延長の治癒促進効果。C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で組織染色像を比較した。HE:ヘマトキシリンエオジン染色
【図9】SDF-1の血管新生促進効果。C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で延長中期のギャップの蛍光染色像(CD31)を比較した。右下はCD31+細胞数を比較したグラフ。
【図10】SDF-1の血管新生促進効果。SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で蛍光染色像(CD31、αSMA)を比較した。αSMAは周皮細胞のマーカーであり、CD31は内皮細胞のマーカーである(左下)。
【図11】SDF-1による血流の回復効果。2次元レーザー血流計を用い、C-DOモデル(C-DO)、SDF-1を投与しないH-DOモデル(H-DO+ビークル)及びSDF-1を投与したH-DOモデル(H-DO+SDF-1)の間で血流量を比較した。右下は血流量を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の局面は骨組織再生用組成物に関する。本明細書における用語「骨組織」は広義の意味で使用され、様々な部位(例えば長管骨、下顎骨、上顎骨、中顔面骨、頭蓋顔面骨、頭蓋骨、顎関節、歯槽骨)の骨組織を包含する。本明細書において「骨組織再生用組成物」とは、骨組織の再生(再建)に利用される組成物をいう。本発明の骨組織再生用組成物は、それが適用される生体の局所(標的部位)において骨組織再生能を示し、骨組織の修復・再建を促す。本発明の組成物は必須成分としてSDF-1を含有する。SDF-1はケモカインリガンドの一つであり、CXCL-12又はPBSFとも呼称される。SDF-1はCXCR4及びCXCR7と特異的に結合し、その生理活性を発揮する。SDF-1には複数のアイソフォーム(SDF-1α、SDF-1β、SDF-1γ、SDF-1δ、SDF-1ε等)の存在が確認されている。SDF-1として任意のアイソフォームを用いることができる。また、二以上のアイソフォームを併用してもよい。
【0013】
期待される効果、即ち骨再生効果を発揮できる限りにおいて、SDF-1の動物種は問わない。従って、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(サル、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ラット、マウス、ウサギ等)由来のSDF-1を用いることが可能であり、本発明の組成物を適用する対象を考慮して適切なものを採用すればよい。ヒトに適用する場合には、好ましくはヒト由来のSDF-1を用いる。
【0014】
天然の又は遺伝子工学的手法で調製した(即ちリコンビナント)SDF-1を使用することができる。天然のSDF-1は、例えば、SDF-1の発現を認める各種臓器(脾臓、骨髄など)から抽出、精製すればよい。一方、リコンビナントSDF-1であれば、それをコードする遺伝子を用い、常法(発現コンストラクトの調製、形質転換体の作製、形質転換体による産生、産生された組換えタンパク質の精製など)に従って調製すればよい。リコンビナントSDF-1を用いる場合には、その活性を維持する限度において(活性の変動は許容される)、各種の改変(例えばアミノ酸の欠失、置換、挿入、付加や糖鎖の付加など)が可能である。尚、ヒトのSDF-1の詳細については公共のデータベースを参照することができる。例えばNCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベースには、ヒトSDF-1αの情報(ACCESSION: NP_954637、DEFINITION: stromal cell-derived factor 1 isoform alpha [Homo sapiens].)やヒトSDF-1βの情報(ACCESSION: NP_000600、DEFINITION: stromal cell-derived factor 1 isoform beta [Homo sapiens].)が登録されている。
【0015】
期待される効果の発揮に支障のない限り、SDF-1の精製度は特に問わない。但し、特にヒトへの適用を想定した場合には、医薬品に要求されるレベルの精製度のSDF-1を使用することが望まれる。
【0016】
一態様において本発明の組成物は、生体内の間葉系幹細胞(以下、「MSC」とも呼ぶ)を標的部位に集積させる手技(以下、当該手技のことを「MSC集積手技」と呼ぶ)と併用されることを特徴とする。この態様の組成物を適用した場合、MSC集積手技によって生体内(内在性)のMSCが標的部位に集積するとともに、SDF-1による血管内皮前駆細胞の集積、新生血管の安定化などが生じ、標的部位での骨形成が促される。このように当該態様によれば、外部から細胞を供給(移植)する必要のない治療法を実現できる。従って、細胞移植に伴う各種問題(侵襲性、移植安全性、細胞品質の安定性、時間及び費用)を解消しつつ、高い治療効果が得られることになる。
【0017】
例えば、標的部位に張力を負荷することによって標的部位にMSCを集積することが可能である。このような手技の典型例は骨延長術である。骨延長術では固定装置(内固定型又は外固定型)又は骨延長器などと呼ばれる専用の装置が用いられる。骨延長術の方法は通常、骨切り、待機期間、骨延長期間及び骨硬化期間の工程からなる。骨延長速度は施術を施す部位を考慮して設定されるが、通常は0.5mm/日〜2mm/日である。骨延長術については、例えば、ADVANCE SERIES II-9 骨延長術:最近の進歩(克誠堂出版、波利井清紀 監修、杉原平樹 編著)に詳しい。
【0018】
骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られるという利点がある一方、治癒期間が長期に及ぶことや創部感染による骨髄炎、更には急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成につながるといった臨床的な問題を抱える。SDF-1を有効成分とした本発明の組成物を併用した場合には効率的且つ効果的な骨再生が促され、治癒期間を短縮できる。特筆すべきは、動物モデルによって実証されたように(後述の実施例の欄)、本発明の組成物を併用すれば治療効果を維持しつつ延長速度を大幅に高めることが可能になる点である。本発明の組成物によれば延長速度を通常の1.5倍(通常が1mm/日であれば1.5mm/日)〜2.0倍(通常が1mm/日であれば2mm/日)の骨延長術も実現可能といえる。
【0019】
本発明の骨組織組成物を骨延長術と併用する場合、通常は、待機期間の開始時〜骨延長期間の終了時までの間に本発明の組成物を局所投与する。投与回数は特に限定されない。例えば、1回〜10回の投与を行う。
【0020】
本発明の組成物の他の一態様は、SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなるという特徴を有する。即ち、SDF-1と特定の細胞を併用する。この態様の場合、外部から供給した細胞による作用とSDF-1による作用によって標的部位での骨形成が促されることになる。この態様においても生体内の細胞、即ち、施術を受ける者の自己の細胞が活用されることになることから、その分、細胞の採取や移植の問題などを回避ないし低減できる。尚、この態様の組成物についても、標的部位に張力を負荷する手技(典型的には骨延長術)との併用が可能である。
【0021】
必要な細胞(間葉系幹細胞、骨芽細胞、骨細胞)は常法で調製すればよい。例えば間葉系幹細胞であれば骨髄や脂肪などから分離、精製可能である。また、骨芽細胞や骨細胞は、例えば、間葉系幹細胞を骨系細胞へと分化誘導することによって得ることができる。典型的な手法では、培養液中に3種類の添加剤、即ちデキサメタゾン(Dex)、β−グリセロリン酸ナトリウム(β−GP)、及びL−アスコルビン酸二リン酸塩(AsAP)を添加することによって(又はこれらの添加剤を含有する培地(骨誘導培地)に交換することによって)、骨系細胞への分化を促す。これらの添加剤の添加量は例えば、デキサメタゾンについては約10-7M、β−グリセロリン酸ナトリウムについては約10mM、L−アスコルビン酸二リン酸塩については約0.2mMとする。好ましくは、骨形成タンパク質2(Bone Morphogenetic Protein 2; BMP-2)も併用し、骨系細胞への分化を促進させる。BMP-2の添加濃度は好ましくは50 ng/ml〜100 ng/mlとする。分化誘導中は適宜培地交換を行う。例えば3日に一度の頻度で培地交換を行う。分化誘導のための培養は例えば1日間〜14日間継続する。
【0022】
この態様の組成物は、典型的には、調製した細胞とSDF-1を混合した配合剤として提供される。例えば、使用する細胞を生理食塩水や適当な緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁させて得た細胞懸濁液にSDF-1を混合すればよい(併用可能なその他の成分については後述する)。一方、例えば、SDF-1を含有する第1構成要素と、所定の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットの形態で本発明の組成物を提供することもできる。この場合、標的部位に同時又は所定の時間的間隔を置いて両要素が投与されることになる。好ましくは、両要素を同時に投与することにする。ここでの「同時」は厳密な同時性を要求するものではない。従って、両要素を混合した後に投与する等、両要素の投与が時間差のない条件下で実施される場合は勿論のこと、片方の投与後、速やかに他方を投与する等、両要素の投与が実質的な時間差のない条件下で実施される場合もここでの「同時」の概念に含まれる。一方、片方の投与後、所定の時間差で他方を投与する場合は、時間差を短く設定することが好ましい。例えば、片方の投与後15分以内、好ましくは10分以内、更に好ましくは5分以内に他方を投与する。
【0023】
SDF-1を含有する組成物とし、その投与時に所定の細胞が併用投与されるようにしてもよい。この場合の組成物と所定の細胞の投与のタイミングは、上記のキットの形態の場合と同様である。即ち、好ましくは同時に両者が投与されることになるが、所定の時間差で両者を投与することにしてもよい。尚、所望の再生効果が発揮されるように、1回分の細胞の投与量を例えば1x107個〜5x107個にするとよい。
【0024】
本発明の組成物には、期待される治療効果を得るために必要な量(即ち治療上有効量)のSDF-1が含有される。本発明の組成物の有効成分量は治療対象、併用成分、剤型などによって異なるが、所望の投与量を達成できるようにSDF-1量を例えば約0.001重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0025】
本発明の組成物に期待される治療効果が維持されることを条件として、他の成分を追加的に使用することを妨げない。ゲル状に調製するための材料を含め、本発明において追加的に使用され得る成分を以下に列挙する。
(1)無機系生体吸収性材料及び有機系生体吸収性材料
無機系生体吸収性材料の種類は特に限定されないが、β−リン酸三カルシウム(「β-TCP)、α−リン酸三カルシウム(α-TCP)、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、及び非結晶質リン酸カルシウムからなる群から選択される材料を用いることができる。これらの材料は単独で用いることができることはもちろんのこと、任意に選択した2種以上を組み合わせて用いても良い。好ましくは、β-TCP又はα-TCPのいずれか、又はこれらを任意の割合で組み合わせて用いる。さらに好ましくはβ-TCPを無機系生体吸収性材料として用いる。
【0026】
無機系生体吸収性材料は公知の方法により得ることができる。また、市販される無機系生体吸収性材料を用いることもできる。β-TCPとしては、例えば、オリンパス光学工業株式会社製のものを利用できる。
【0027】
無機系生体吸収性材料は、本発明の組成物が使用時において流動性となるような粒子径を有する粉末状であることが好ましい。粉末状の無機系生体吸収性材料は、適当な大きさに加工された無機系生体吸収性材料を、所望の粒子径となるまで破砕、粉砕することにより調製することができる。無機系生体吸収性材料の平均粒子径を、0.5μm〜50μmとすることが好ましい。さらに好ましくは、平均粒子径0.5μm〜10μmの無機系生体吸収性材料を用いる。さらにさらに好ましくは、平均粒子径1μm〜5μmの無機系生体吸収性材料を用いる。粒子径の異なる複数種類の無機系生体吸収性材料を組み合わせて用いることも可能である。無機系生体吸収性材料は本発明の組成物全体に対して30重量%〜75重量%含有することが好ましい。
【0028】
尚、本発明の組成物の流動性は、無機系生体吸収性材料の粒子径、及び含有率で調製することができ、両者を適宜調整することにより所望の流動性を得ることができる。また、後述の増粘剤を添加する場合には、増粘剤の添加量によっても流動性の調整を行うことができる。
【0029】
有機系生体吸収性材料としては、ヒアルロン酸、コラーゲン、フィブリノーゲン(例えばボルヒール(登録商標))等を使用することができる。
【0030】
(2)ゲル化材料
ゲル化材料は、生体親和性が高いものを用いることが好ましく、ヒアルロン酸、コラーゲン又はフィブリン糊等を用いることができる。ヒアルロン酸、コラーゲンとしては種々のものを選択して用いることができるが、本発明の組成物の適用目的(標的部位)に適したものを採用することが好ましい。用いるコラーゲンは可溶性(酸可溶性コラーゲン、アルカリ可溶性コラーゲン、酵素可溶性コラーゲン等)であることが好ましい。
【0031】
(3)溶媒
本発明の組成物は、水系の溶媒を含むものであってもよい。水系の溶媒としては、滅菌水、生理食塩水、リン酸塩溶液等の緩衝液等を用いることができる。尚、調製した細胞を生理食塩水やPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁するとともにSDF-1を添加して本発明の組成物とし、標的部位に適用することもできる。
【0032】
(4)その他
本発明の組成物は、上記の成分の他、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、細胞保護剤(例えばジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン)、抗生物質、pH調整剤、細胞の活性化や増殖又は分化誘導などを目的とした各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド、骨誘導因子(BMP)等)を含んでいても良い。
【0033】
本発明の組成物の最終的な形態は特に限定されない。形態の例は液体状(液状、ゲル状など)及び固体状(粉状、細粒、顆粒状など)である。好ましくは、本発明の組成物は、操作性の向上や治療効果の向上等を理由として、ゲル状に調製される。本明細書での「ゲル状」とは、医療用に使用されるフィブリンゲル又はフィブリン糊のように、適度な粘性を有し、標的部位での保持性の高い状態をいう。例えば、ゲル化剤や増粘剤の添加、或いはフィブリノーゲンとトロンビンの添加によって、ゲル状の組成物が形成される。
【0034】
本発明の組成物は、骨組織の修復、再建に利用される。例えば、外傷性骨折、疲労骨折、骨変形、骨粗鬆症、唇顎口蓋裂、小下顎症、Treacher Collins症候群、Crouzon症候群、鎖骨頭蓋異骨症、小下顎症、下顎後退症、Hemifacial microsomia(半側小顔症)、骨軟化症、先天性骨形成不全等の治療、骨増生(例えば人工歯根の植立を行うためのもの)、歯槽骨の再生等に本発明の組成物を適用することができる。
【0035】
本発明の組成物が投与される対象はヒト、又はヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ等)である。好ましくは、本発明の組成物はヒトに対して使用される。
【0036】
本発明の組成物は、例えば、組織欠損部に注入、埋入、填入、又は塗布によって標的部位に投与される。適度な流動性を有するゲル状に調製すれば、填入、注入、又は塗布等、簡便な手法で適用することができる。また、ゲル状であれば注射針等を用いて適用部位に容易に填入でき(創部を開放することなく適用することも可能である)、また、組織欠損部の形状に合わせて予め成型することを要せず、その汎用性が高い。
【0037】
当業者であれば、治療対象、標的部位などを考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として1回当たりのSDF-1量が約0.01μg〜50mg、好ましくは約1mg〜10mgとなるよう投与量を設定することができる。
【実施例】
【0038】
生体内幹細胞の集積システムを制御する新しい組織再生療法の開発を目指し、以下の検討を行った。
【0039】
1.生体内の幹細胞/前駆細胞が集積する組織再生モデルの同定
(1)マウス脛骨骨延長モデル(DOモデル)の作製
骨延長術が幹細胞/前駆細胞の集積を応用した治療法であることを検証した。マウス脛骨骨延長モデル(DOモデル)を作製した(図1)。脛骨を明示した後、27G針を上下2カ所ずつ貫通させ、その後、即時重合レジンにて延長装置と連結、固定した。レジン硬化後に、骨切りを行い、閉創した。延長スケジュールは骨切り後待機期間を5日間、延長期間を8日間、硬化期間を14日間とし、延長速度は0.2mm/12時間とした。図1右下に示す通り、27日目のサンプルではX線写真で骨の再生を確認できた。
【0040】
(2)Sca1(Stem Cell common antigen)陽性細胞の延長間隙(ギャップ)への集積
DOモデルの組織サンプルを作製し、幹細胞共通抗原Sca1を標的とした免疫染色を行った。延長中期である9日目の延長間隙ではSca1陽性細胞がコントロール(手術をしていない骨髄)と比較して約4倍増加していることが明らかとなった(図2)。
【0041】
(3)延長間隙(ギャップ)に集積した骨髄幹細胞の種類
ギャップに集積した幹細胞の種類を同定することにした。血管内皮細胞と血管内皮前駆細胞(EPC)の共通マーカーであるCD31、血球系細胞のマーカーであるCD45、幹細胞のマーカーであるSca1で多重染色を行ったところ、血管内皮前駆細胞(EPC)と間葉系幹細胞(MSC)の分画が大多数を占めていることが明らかとなった(図3)。
【0042】
(4)in vivo イメージャーによる解析
in vivo イメージャーを用い、骨髄内での細胞の動きを経時的に解析した。まず、マウス骨髄単核球分画を採取し、近赤外蛍光色素DiRにてラベルした。この細胞を骨延長手術時に脛骨近心骨頭部の骨髄内に移植した。延長開始前の5日目のサンプルと、延長終了時の13日目のサンプルについて蛍光を検出した。5日目のサンプルでは移植した部分に限局した蛍光シグナルが検出されたが、13日目では移植部と延長部の2つのピークが形成されていた(図4)。即ち、移植した細胞が延長期間中に延長部に向かって移動したことが明らかとなった。
【0043】
以上の検討(1)〜(4)によって、骨延長術は幹細胞/前駆細胞の集積を応用した再生現象であり、生体内幹細胞集積による組織再生の解析に適したモデルであることが示された。
【0044】
2.ハイスピードDOモデルによる検討
上記の通り、骨延長術は細胞移植なしで大型の組織再生を得られる一方で、臨床的な問題(治癒期間が長期に及ぶこと等)を抱えている。治療期間の短縮のためには延長速度を高めることが望まれるが、急速な延長操作では極端な虚血状態を誘発し延長部位の萎縮、瘢痕形成を招く。骨延長術における治療期間の短縮化を目指し、通常の2倍の速度で骨延長を行うハイスピードDOモデル(H-DO)(図5下)を作製し、様々な検討を行うことにした。
【0045】
まず、延長部位における仮骨の形成を、通常の速度で延長した場合(コントロールDO(C-DO))と比較した。C-DO群では硬化期間終了時には延長部位に仮骨が形成され、軟骨組織はほとんど観察されなかった。対照的に、硬化期間終了時のH-DO群では仮骨は全く形成されず、軟組織、及び骨膜由来と考えられる軟骨組織が広範に観察された(図5上)。
【0046】
次に、免疫染色で解析したところH-DO群ではCD31/Sca1陽性の細胞、即ち血管内皮前駆細胞の割合が1/3〜1/4に減少していることが判明した(図6)。この結果は、H-DO群では血管再生に障害が起き、治癒不全を起こしていることを示唆する。
【0047】
3.SDF-1による骨格系組織再生効果の検討
H-DOモデルを用いた解析結果を踏まえ、血管内皮前駆細胞の集積に必須であると考えられているSDF-1に着目した。SDF-1は約50種類あるケモカインリガンドの一つであり、CXCR4及びCXCR7と特異的に結合する。血管内皮前駆細胞の集積や分化にSDF-1が関与することが報告されているが、組織再生モデルでの機能はほとんど不明である。SDF-1タンパクの投与によってH-DOに起きた障害を回避(レスキュー)できると考え、以下の検証を行った。
【0048】
SDF-1タンパク(R&D Systems社) 200ngをI型コラーゲンスキャフォールド(新田ゼラチン株式会社)に混和し、H-DOモデルに対して延長1日前(4日目)から一日おきに局所投与した(図7)。免疫組織染色による解析の結果、SDF-1投与群では硬化期間終了時に仮骨形成が起こっており、軟骨組織もほとんど観察されなかった(図8)。また、免疫染色で延長中期のギャップを観察したところ、H-DO群で減少したCD31陽性細胞数が、SDF-1の投与によって有意に上昇していることが明らかとなった(図9)。また、H-DO群(H-DO+ビークル)では血管構造が検出できなかったが、SDF-1投与群(H-DO+SDF-1)ではCD31陽性血管内皮およびaSMA陽性血管平滑筋細胞で構成される多数の成熟血管を観察することができた(図10)。更に、2次元レーザー血流計を用いて血流量を測定したところ、これまでの結果を裏付けるように、H-DOモデルでは延長部で血流量が低下し、SDF-1投与によって血流が回復していることが明らかとなった(図11)。以上の結果より、SDF-1の局所投与は血管内皮前駆細胞の集積、新生血管の成熟、再構成を促進し、早期の骨延長治癒を可能にできるといえる。
【0049】
本検討によって明らかとなった事実・知見を以下にまとめる。
(1)骨延長過程では内在性の骨髄幹細胞が患部に集積する。これらの集積細胞は組織再生に重要な役割を果たしていると考えられる。
(2)骨延長で集積する幹細胞の主体は血管内皮前駆細胞と間葉系幹細胞である。骨延長はこれらの細胞の集積メカニズムの解析に適したモデルである。
(3)SDF-1は血管内皮前駆細胞の集積を促進する。また、SDF-1は血管内皮及び血管平滑筋細胞から構成される成熟血管網の迅速な構築を促す。造血幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化、血管内皮前駆細胞の虚血部位への集積、血管網の構築などにSDF-1が関与することが知られているが、本検討の結果は、SDF-1が血管内皮−周囲平滑筋細胞構造の形成を促進し、新生血管の安定化にも寄与していることを示す。
(4)骨延長術における急速な延長は極度の虚血状態を引き起こす。虚血に特有な酸性環境は骨再生を阻害する。SDF-1は急速な延長に伴うこれらの問題を解消する。SDF-1の投与によって局所での血流が回復し、骨の分化や成熟に必要な酸素、栄養、液性因子、様々な細胞などの供給が促された結果として骨延長治癒効果が高められたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の組成物は標的部位での骨組織の再生を促す。本発明の組成物は、各種骨折の治療や、その他の骨疾患(骨変形、骨粗鬆症、唇顎口蓋裂、小下顎症、Treacher Collins症候群、Hemifacial microsomia(半側小願症)、骨軟化症、先天性骨形成不全等)の治療、或いは骨増生や歯槽骨の再生等に利用される。また、骨延長術に適用した場合には治療期間の短縮化が可能である。
【0051】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、SDF-1を含有した骨組織再生用組成物。
【請求項2】
SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなる、骨組織再生用組成物。
【請求項3】
SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを含有することを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項4】
SDF-1を含有する第1構成要素と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットであることを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項5】
SDF-1を含有し、その投与の際に、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞も投与されることを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項6】
生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、請求項2〜5のいずれか一項に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項7】
前記手技が、標的部位に張力を負荷する手技である、請求項1又は6に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項8】
前記手技が骨延長術である、請求項1又は6に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項9】
SDF-1を標的部位に投与するとともに、生体内の間葉系幹細胞を当該標的部位に集積させることを特徴とする、骨組織の再生方法。
【請求項10】
待機期間の開始時から硬化期間の終了時までの間にSDF-1を標的部位に投与するステップを含む、骨延長術。
【請求項1】
生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、SDF-1を含有した骨組織再生用組成物。
【請求項2】
SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを組み合わせてなる、骨組織再生用組成物。
【請求項3】
SDF-1と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞とを含有することを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項4】
SDF-1を含有する第1構成要素と、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞を含有する第2構成要素とからなるキットであることを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項5】
SDF-1を含有し、その投与の際に、間葉系幹細胞、骨芽細胞及び骨細胞からなる群より選択される一以上の細胞も投与されることを特徴とする、請求項2に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項6】
生体内の間葉系幹細胞を標的部位に集積させる手技と併用されることを特徴とする、請求項2〜5のいずれか一項に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項7】
前記手技が、標的部位に張力を負荷する手技である、請求項1又は6に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項8】
前記手技が骨延長術である、請求項1又は6に記載の骨組織再生用組成物。
【請求項9】
SDF-1を標的部位に投与するとともに、生体内の間葉系幹細胞を当該標的部位に集積させることを特徴とする、骨組織の再生方法。
【請求項10】
待機期間の開始時から硬化期間の終了時までの間にSDF-1を標的部位に投与するステップを含む、骨延長術。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−193114(P2012−193114A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56070(P2011−56070)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】
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