説明

SEPT11遺伝子発現抑制物質

【課題】癌、特に積極的な術後補助化学療法を必要とする予後不良乳癌の治療薬を提供する。
【解決手段】以下の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質: (a)乳癌由来の特定な塩基配列で表されるSEPT11遺伝子、 (b)乳癌由来の特定な塩基配列で表されるSEPT11遺伝子において、1個若しくは数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列を含む核酸、 (c)乳癌由来の特定な塩基配列で表されるSEPT11遺伝子と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞、特に癌細胞の増殖に関係する遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質、同物質による細胞の増殖を抑制する方法に関する。本発明はまた、同遺伝子又は核酸がコードする蛋白質の機能を抑制する物質、及び同物質による細胞の増殖を抑制する方法に関する。本発明は更に、該遺伝子、核酸又は蛋白質の機能を調節する物質のスクリーニング、更には該物質を有効成分とする医薬品、特に予後不良乳癌の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌は、世界中で一年当たり約百万件の新規症例を伴う、最も一般的な悪性疾患のうちの1つである。乳癌根治手術後の臨床経過は術後短期間で再発するものから、術後10年以上にわたって無再発で生存するものまで様々である。そのため、多数の研究者達が乳癌術後の再発を正確に予測し、術後補助療法を施行するための指針とするために、信頼性の高い予後因子を求めている。現在臨床医は、リンパ節転移の有無、腫瘍径、ステージ、ホルモンレセプターの有無、年齢を考慮して、術後補助療法の治療方針を決定している(非特許文献1、非特許文献2)。
【0003】
近年、分子生物学的手法を用いて、乳癌組織の遺伝子変化と乳癌術後予後との関連性の研究が行われ、HER2/ERBB2遺伝子やMYCC原癌遺伝子の増幅(非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、及び非特許文献7)、TP53遺伝子の変異や過剰発現(非特許文献8、非特許文献9、及び非特許文献10)、第7染色体7q31の欠失(非特許文献11)、CDKN1B遺伝子の低発現(非特許文献12)、サイクリンE遺伝子の発現レベル(非特許文献13)などが報告されている。しかしながら、乳癌根治手術後の再発を正確に予測し、それに対して最適の治療を行うことは現在においてもなお困難である。
【0004】
乳癌組織中のエストロゲン受容体の有無は術後乳癌の再発予測を考慮する上で重要な予後因子の一つである。エストロゲン受容体陽性の乳癌は術後の抗ホルモン療法に奏効し比較的予後良好であるため、抗ホルモン療法が第一選択となっている(非特許文献14)。
【0005】
一方、エストロゲン受容体陰性の乳癌は一般的には予後不良であり、術後化学療法の対象とされているが、同じくエストロゲン受容体陰性の乳癌でも術後長期間再発・転移しない症例と、術後短期間のうちに再発・転移する症例とがある。エストロゲン受容体陰性乳癌において術後短期間で再発・転移することが予測される症例に対しては、再発及び転移を回避するためにより積極的な術後補助治療が必要であるが、術後長期間再発・転移しないと予想される患者に対しては、少なからず副作用が発生する積極的な術後補助治療は必要ではない。しかし、予後良好患者と予後不良患者とを識別することは簡単ではなく、術後治療計画は様々な臨床病理学的因子と臨床医の経験とに基づいて作成されている。
【0006】
このようにエストロゲン受容体陰性乳癌の一部は術後補助療法として積極的な化学療法を必要とするが、積極的な治療を必要とする予後不良エストロゲン受容体陰性乳癌に対する特異的な治療薬は上市されていないのが現状である。
【0007】
SEPTINはヘテロ重合フィラメント形成蛋白質(heteropolymeric filament−forming protein)ファミリーに属する蛋白質であり、酵母の細胞質分裂に必須である蛋白質として発見され、植物を除く多くの真核生物で同定されている(非特許文献15、及び非特許文献16)。SEPTINファミリーは全長の25%近くが同一であり、中央部にras−related small GTPaseと類似したGTPと相互作用するモチーフを有している。SEPTIN蛋白質の中央部はよく保存されているが、ほとんどのSEPTIN蛋白質のN末側とC末側は多様性に富んでおり、蛋白質−蛋白質相互作用に関与するcoiled−coil領域を有している。SEPTIN11(以下SEPT11と言う)は仮想蛋白質FLJ10849をコードする遺伝子としてクローニングされ、その生化学的かつ細胞生物学的研究結果から最近SEPTINファミリーに属する遺伝子として同定された(非特許文献15,及び非特許文献16)。SEPT11遺伝子はクロモソーム4q21.1にマッピングされている全長88.9kbであり、5582baseのmRNAが転写される。そのオープンリーディングフレームには429個のアミノ残基をコードされている(非特許文献15)。SEPT11蛋白質は、SEPTINファミリーに特徴的なGTPaseドメインを有し、mRNAは白血球を除く各種臓器(心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、卵巣、小腸、大腸)で発現することがわかっている(非特許文献15)。SEPTIN蛋白質はCOS7細胞及びHeLa細胞において、細胞質のフィラメント構造に局在すること、そのGTPase活性はフィラメント構造形成に必要であることはわかっているが、細胞増殖機構への関与などそれ以上の詳細な機能はわかっていない。
【0008】
【非特許文献1】New Eng.J.Med.,326,p.1756−1761,1992.
【非特許文献2】Breast diseases,Lippincott,Philadelphia,p.327−346,1987
【非特許文献3】Science,235,p.177−182,1987
【非特許文献4】Oncogene,1,p.423−430,1987
【非特許文献5】Can.Res.,50,p.4332−4337,1990
【非特許文献6】Oncogene,6,p.137−143,1991
【非特許文献7】Eur.J.Cancer,28,p.697−700,1992
【非特許文献8】Br.J.Cancer,61,p.74−78,1990
【非特許文献9】Breast Cancer Res.Treat.,26,p.225−235,1993
【非特許文献10】Can.Res.,54,p.499−505,1994
【0009】
【非特許文献11】Lancet,339,p.139−143,1992
【非特許文献12】Nat.Med.,3,p.227−230,1997
【非特許文献13】Nat.Med,3,p.222−225,1997
【非特許文献14】J.Clin.Oncol.,19,p.3817−3827,2001
【非特許文献15】FEBS Letter,568,p.83−88,2004
【非特許文献16】J.Biochem,134,p.491−496,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は細胞増殖機構に関与する遺伝子又は核酸、及び該遺伝子又は核酸にコードされる蛋白質やmRNAの機能を抑制する物質を提供し、同物質による細胞増殖、特に癌細胞増殖を抑制する方法並びに該方法に用いられる新規薬剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、予後不良乳癌に特異的な抗癌剤をスクリーニングするための遺伝子の単離を目的として、鋭意研究を行った結果、予後不良乳癌において高頻度に発現が上昇している複数の遺伝子を見出した。更に研究を進めた結果、その内の一つであるSEPT11遺伝子の発現を抑制すると非癌細胞の増殖には影響を与えず、癌細胞の増殖速度が低下することを見出し、本発明のSEPT11遺伝子、そのmRNA及びポリペプチドが、癌細胞の増殖機構に関与していることを確認した。
【0012】
本発明ではSEPT11遺伝子の機能を抑制することで非癌細胞の増殖には影響を与えず、癌細胞の増殖が抑制されることを確認し、また、SEPT11遺伝子又はSEPT11蛋白質を利用したスクリーニングが細胞増殖を抑制する物質の発見に有用であることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成させた。
【0013】
本発明は、
(1) 以下の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質:
(a)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子、
(b)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子において、1個若しくは数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列を含む核酸、
(c)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸。
(2) siRNA、アンチセンス、及びリボザイムからなる群から選ばれる(1)に記載の物質。
(3) 配列番号3及び4で表されるsiRNAである(1)記載の物質。
(4) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質を用いることを特徴とする細胞増殖抑制方法。
(5) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子若しくは核酸、又はそれらが移入された細胞を用いることを特徴とする、該遺伝子若しくは核酸の発現を抑制することにより細胞の増殖を抑制する物質のスクリーニング方法。
(6) 細胞の増殖を抑制する物質を同定するための方法であって:
(a)候補化合物を用意し、
(b)(1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸を有する細胞に該候補化合物を接触させ、
(c)該候補化合物が該遺伝子又は核酸の発現を抑制するか否かを判定することを含む方法であり、該候補化合物が該遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質である、上記方法。
(7) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の機能を抑制する物質による細胞増殖抑制方法。
(8) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の発現を調節する物質。
(9) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質を認識する抗体。
(10) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質を用いることを特徴とする該蛋白質の機能を抑制する物質のスクリーニング方法。
(11) (1)に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の機能を抑制する物質を同定するための方法であって:
(a)候補化合物を用意し、
(b)該蛋白質又は該蛋白質を発現する細胞に該候補化合物を接触させ、
(c)該候補化合物が該蛋白質の機能を抑制するか否かを判定することを含む方法であり、該候補化合物が該蛋白質の機能を抑制する物質である、上記方法。
(12) (1)〜(3)及び(8)のいずれか一項に記載の物質を有効成分として含む医薬品。
(13) (3)に記載の物質を含む医薬品。
に関する。
(14) 予後不良乳癌の治療薬である(13)に記載の医薬品。
【発明の効果】
【0014】
本発明の抑制物質によれば、SEPT11遺伝子又はSEPT11遺伝子と同等の機能を有する核酸の発現又は機能が抑制され、癌細胞の増殖が抑制される。また、このSEPT11遺伝子の機能を利用して、細胞増殖抑制物質のスクリーニングや同定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明で使用される用語につき以下に説明する。
【0016】
本発明中、遺伝子又は核酸の発現を調節する方法において遺伝子又は核酸(以下「標的核酸」という。)とは、癌細胞の増殖機構に関与していることが本発明者らにより発見された配列番号2記載の塩基配列で表されるSEPT11遺伝子であるか、又は配列表の配列番号2に示される塩基配列を含む核酸において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列を含む核酸、若しくは配列表の配列番号2に示す塩基配列を含む核酸と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸であって、配列番号1記載のアミノ酸配列で示される蛋白質、又は該蛋白質と同じ機能を有する蛋白質をコードする塩基配列を有する核酸であれば、何れでもよい。好ましくは、配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子である。
【0017】
本発明においてmRNAとは、標的核酸によりコードされるmRNA、又は標的核酸によりコードされる蛋白質をコードするものであればいずれでもよい。好ましくはSEPT11遺伝子でコードされるmRNAである。
【0018】
標的核酸によりコードされる蛋白質の機能を抑制することにより癌細胞の増殖を抑制する方法において蛋白質(以下「標的蛋白質」という。)とは、標的核酸によりコードされるアミノ酸配列を有する蛋白質であって、配列番号1記載のアミノ酸配列を有する蛋白質、並びに該アミノ酸配列において1〜10個、好ましくは1〜7個、更に好ましくは1〜5個のアミノ酸が置換、欠失又は挿入されているアミノ酸配列を有し、かつ、配列番号1記載のアミノ酸配列で表されるSEPT11蛋白質と同じく、癌細胞の増殖機構に関与しているか、少なくともその存在が癌細胞の増殖機構に関与している蛋白質である。
【0019】
標的核酸の製造
本発明の細胞増殖抑制方法において標的核酸は、以下のようにして得ることができる。まず、SEPT11蛋白質を産生するヒト細胞又は組織、例えばヒト乳癌組織から既知の方法によりmRNAを抽出する。SEPT11蛋白質の産生能力を有する細胞又は組織は、SEPT11蛋白質をコードする塩基配列を有する核酸又はその一部を用いたノーザンブロッティング法、SEPT11蛋白質に特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング法などにより特定することができる。本発明において抽出法としては、グアニジン・チオシアネート・ホット・フェノール法、グアニジン・チオシアネート−グアニジン・塩酸法等が使用可能であるが、好ましくはグアニジン・チオシアネート塩化セシウム法が挙げられる。
【0020】
本発明においてmRNAの精製は常法に従えばよく、SEPT11蛋白質を産生するヒト細胞又は組織、例えばヒト乳癌組織から既知の方法により抽出したmRNAを、例えば、オリゴ(dT)セルロースカラムに吸着、溶出させ、精製する方法、又はショ糖密度勾配遠心法等によりmRNAを分画する方法等が使用可能である。また、mRNAを抽出せずに市販されている抽出済mRNAを用いてもよい。
【0021】
得られたmRNAを鋳型として利用し、ランダムプライマー又はオリゴdTプライマー、及びSEPT11遺伝子のmRNA又は一部のmRNA領域をはさんだ2種類のプライマーを用いる逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(以下RT−PCRという)を行うことにより、目的の遺伝子又は核酸を増幅することができる。本発明において遺伝子又は核酸の精製はアガロースゲル電気泳動等による分画により行うことが可能である。所望により、上記遺伝子又は核酸を制限酸素等で切断し、接続することによって標的核酸を得ることもできる。
【0022】
標的核酸は上記の方法の他に、常法の遺伝子工学的手法を用いて製造することもできる。例えば精製mRNAを鋳型として逆転写酵素を用いて1本鎖cDNAを合成した後、この1本鎖cDNAから2本鎖DNAを合成するS1ヌクレアーゼ法(Cell,7,p.279−288,1976)、Land法(Nucleic Acids Res.,9,p.2251−2266,1981)、O.Joon Yoo法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,79,p.1049−1053,1983)、Okayama−Berg法(Mol.Cell.Biol.,2,p.161−170,1982)などが挙げられる。
【0023】
標的核酸は、化学合成法によって製造したDNA断片を結合することによっても製造できる。各DNAは、DNA合成機、例えば、Oligo 1000M DNA Synthesizer(商品名、Beckman社)、あるいは、394 DNA/RNA Synthesizer(商品名、Applied Biosystems社)などを用いて合成することができる。
【0024】
標的核酸は、標的蛋白質の情報に基づいて、例えばホスファイト・トリエステル法(Nature,10,p.105−111,1984)等の常法に従い、核酸の化学合成により製造することもできる。なお、所望のアミノ酸に対するコドンはそれ自体公知であり、その選択も任意でよく、例えば利用する宿主のコドン使用頻度を考慮して常法に従い決定できる(Nucleic acids Res.,9 p.r43−r74,1981)。更に、これら塩基配列のコドンの一部改変は、常法に従い、所望の改変をコードする合成オリゴヌクレオチドからなるプライマーを利用した部位特異的突然変異(site specific muitagenesis)(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,81,p.5662−5666,1984)等に従って行うことができる。
【0025】
上記の方法で合成したDNAの配列決定は、例えばマキサム−ギルバートの化学修飾法(“Methods in Enzymolozy”65,p.499−559,1980)やM13を用いるジデオキシヌクレオチド鎖終結法(Gene,19,p.269−276,1982)等により行うことができる。
【0026】
標的核酸又は標的蛋白質は、レポーター蛋白質遺伝子と標的核酸を融合させることによって、その発現の確認又は細胞内局在の確認をすることができる。レポーター蛋白質としては、例えば、ホタルルシフェラーゼ(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,82,p.7870−7873,1985)、ベータガラクトシダーゼ(Biochem.Biophys.Res.Commun.,157,p.238−244,1988)、ウミシイタケルシフェラーゼ(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,88,p.4438−4442,1991)、GFP(Gene,111,p.229−233,1991)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ等が挙げられる。これらをコードする塩基配列と標的核酸とをインフレームで融合させたものを組み込んだベクター、又はレポーターアッセイ用の市販ベクターに標的核酸を組み込んだ形質転換細胞は、標的核酸又は標的蛋白質の発現又は機能を調節する物質のスクリーニングに用いることができる。
【0027】
ベクター及び形質転換細胞
単離された標的核酸は、適当なベクターに組込むことにより、真核生物及び原核生物の宿主細胞を形質転換させることができる。更に、これらのベクターに適当なプロモーター及び形質発現にかかわる配列を導入することにより、それぞれの宿主細胞において標的核酸がコードするmRNA又は蛋白質を発現させることが可能である。
【0028】
本発明においてベクターとしてはプラスミドやラムダ系などのファージベクターを使用することができ、標的核酸を挿入させたものである。なお、プラスミドとしては、自己複製可能で転写プロモーター領域を含むプラスミド又は動物細胞の染色体に組み込まれるようなプラスミドのいずれでもよい。本発明で使用可能な脊椎動物細胞の発現ベクターとしては、通常発現しようとする遺伝子の上流に位置するプロモーター、RNAのスプライス部位、ポリアデニル化部位及び転写終結配列等を有するものを使用でき、これは更に必要により複製起点を有してもよい。該発現ベクターの例としては、SV40の初期プロモーターを有するpSV2dhfr(Mol.Cell.Biol.,1,p.854−864,1981)、ヒトの延長因子プロモーターを有するpEF−BOS(Nucleic Acids Res.,18,p.5322,1990)、サイトメガロウイルスプロモーターを有するpCEP4(Invitrogen社)等を例示できるが、これに限定されない。例えば、真核生物の宿主細胞には、脊椎動物、昆虫、酵母等の細胞が含まれ、脊椎動物細胞としては、例えばサルの細胞であるCOS細胞(Cell,23,p.175−182,1981)やチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞(CHO)のジヒドロ葉酸レダクターゼ欠損株(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,77,p.4216−4220,1980)、ヒト胎児腎臓由来HEK293細胞及び同細胞にエプスタイン・バーウイルス(Epstein−Barr virus)のEBNA−1遺伝子を導入した293−EBNA細胞(Invitrogen社)等が挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0029】
本発明において形質転換細胞とは、本発明におけるベクターを宿主細胞にトランスフェクトしたものである。宿主細胞として、COS細胞を用いる場合を例に挙げると、発現ベクターとしては、SV40複製起点を有し、COS細胞において自律増殖が可能であり、更に転写プロモーター、転写終結シグナル及びRNAスプライス部位を備えたものを用いることができる。例えば、pME18S(Med.Immunol.,20,p.27−32,1990)、pEF−BOS(Nucleic Acids Res.,18,p.5322,1990)、pCDM8(Nature,329,p.842,1987)等が挙げられる。該発現ベクターはDEAE−デキストラン法(Nucleic Acids Res.,11,p.1295−1308,1983)、リン酸カルシウム−DNA共沈殿法(Virology,52,p.456−457,1973)、FuGENE6(Boeringer Mannheim社)を用いた方法、及び電気パルス穿孔法(EMBO J.,1,p.841−845,1982)等によりCOS細胞に取り込ませることができ、かくして所望の形質転換細胞を得ることができる。また、宿主細胞としてCHO細胞を用いる場合には、発現ベクターと共に、G418耐性マーカーとして機能するneo遺伝子を発現し得るベクター、例えばpRSVneo(“Molecular Cloning−A Laboratory Manual”Cold Spring Harbor Laboratory,NY,1989)やpSV2−neo(J.Mol.Appl.Genet.,1,p.327−341,1982))等をコ・トランスフェクトし、G418耐性のコロニーを選択することにより標的核酸又は標的蛋白質を安定に発現又は産生する形質転換細胞を得ることができる。また、宿主細胞として293−EBMA細胞を用いる場合には、エプスタイン・バーウイルスの複製起点を有し、293−EBNA細胞で自己増殖が可能なpCEP4(Invitrogen社)などの発現ベクターを用いて形質転換細胞を得ることができる。
【0030】
宿主細胞が大腸菌、例えばDHα株の場合、Hanahanの方法(J.Mol.Biol.,166,p.557−580,1983)、即ちCaCl、MgCl又はRbClを共存させて調製した宿主細胞に該組換えプラスミドを加える方法により組換えプラスミドを導入して形質転換させ、テトラサイクリン耐性又はアンピシリン耐性を指標として形質転換細胞が得られる。
【0031】
上記により得られる形質転換細胞の内から、標的核酸がトランスフェクトされた株を選択する方法としては、以下に示す各種方法を採用することができる。即ち直接核酸の存在を確認する方法、mRNA又は蛋白質を発現する株として選択する方法などがある。
【0032】
合成オリゴヌクレオチドプローブを用いるスクリーニング法
標的核酸に対応するオリゴヌクレオチドを合成する。この場合コドン使用頻度を用いて導いたヌクレオチド配列、又は考えられるヌクレオチド配列を組合せた複数個のヌクレオチド配列のどちらでもよく、また後者の場合、イノシンを含ませてその種類を減らすこともできる。これをプローブ(32P又は33Pで標識する)として、形質転換体のDNAを変性固定したニトロセルロースフィルターとハイブリダイズさせ、得られたポジティブ株を検索して、これを選択する。
【0033】
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により作製したプローブを用いるスクリーニング法
標的核酸の一部に対応するセンスプライマーとアンチセンスプライマーのオリゴヌクレオチドを合成し、これらを組合せてPCR(Science,239,p.487−491,1988)を行い、標的核酸を増幅する。ここで用いる鋳型DNAとしては、創薬標的分子を産生する細胞のmRNAより逆転写反応にて合成したcDNA、又はゲノムDNAを用いることができる。このようにして調製したDNA断片を32P又は33Pで標識し、これをプローブとして用いてコロニーハイブリダイゼーション又はプラークハイブリダイゼーションを行うことにより目的の標的核酸を有する株を選択する。
【0034】
他の動物細胞で蛋白質を産生させてスクリーニングする方法
標的核酸を組み込んだベクターを動物細胞にトランスフェクトし、標的蛋白質を細胞に産生させる。蛋白質に対する抗体を用いて該蛋白質の発現を検出することにより、目的の標的核酸を有する株を選択する。
【0035】
セレクティブ・ハイブリダイゼーション・トランスレーションの系を用いる方法
形質転換体から得られるcDNAを、ニトロセルロースフィルター等にブロットし標的蛋白質を産生する細胞から抽出したmRNAをハイブリダイズさせる。ハイブリダイズしないmRNAを除き、ハイブリダイズしたもののみとした後、cDNAからmRNAを解離させ、回収する。回収されたmRNAを蛋白質翻訳系、例えばアフリカツメガエルの卵母細胞への注入や、ウサギ網状赤血球ライゼートや小麦胚芽等の無細胞系で蛋白質に翻訳させる。本発明の抗体を用いて標的蛋白質の発現を確認し、目的の株を選択する。得られた目的の形質転換体から標的核酸を採取することも、公知の方法(“Molecular Cloning−A Laboratory Manual”Cold Spring Harbor Laboratory,NY,1982)に従い実施できる。例えば細胞からプラスミドDNAに相当する画分を分離し、該プラスミドDNAよりcDNA領域を切り出すことができる。
【0036】
上記の形質転換細胞は常法に従って培養することができる。該培養に用いられる培地としては、採用した宿主細胞に応じて慣用される各種のものを適宜選択できる。例えば上記COS細胞であれば、RPMI1640培地やダルベッコ修正イーグル最小必須培地(DMEM)等の培地に、必要に応じ牛胎児血清(FBS)等の血清成分を添加したものを使用できる。また、上記293−EBNA細胞であれば、牛胎児血清(FBS)等の血清成分を添加したダルベッコ修正イーグル最小必須培地(DMEM)等の培地にG418を加えたものを使用できる。標的蛋白質を産生する細胞又は本発明における形質転換細胞(以下発現細胞と言う)において発現される標的蛋白質は、該蛋白質の物理的性質や化学的性質等を利用した各種の公知の分離操作法により、分離・精製することができる。具体的には例えば蛋白質を含む細胞分画を可溶化した後に、あるいは蛋白質が分泌された培地を回収後に、通常の蛋白質沈殿剤による処理、限外濾過、分子ふるいクロマトグラフィー(ゲル濾過)、吸着クロマトグラフィー、イオン交換体クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の各種液体クロマトグラフィー、透析法、これらの組合せ等を使用することができる。なお、細胞分画は常法に従って得ることができる。例えば発現細胞を培養し、これらをバッファーに懸濁後、ホモジナイズし遠心分離することにより細胞分画を得ることができる。また、できるだけ緩和な可溶化剤(CHAPS、Triton X−100、ジギトニン等)で蛋白質を可溶化することにより、可溶化後も蛋白質の特性を保持することができる。
【0037】
標的蛋白質はマーカー蛋白質とインフレームで融合して発現させることで、発現の確認、細胞内局在の確認、精製等が可能になる。マーカー蛋白質としては、例えば、FLAG エピトープ、ヘキサヒスチジンタグ(Hexa−Histidine tag)、ヘマグルチニンタグ、myc エピトープ等がある。また、マーカー蛋白質と標的蛋白質のアミノ酸配列の間にエンテロキナーゼ、ファクターXa、トロンビンなどの、プロテアーゼが認識する特異的なアミノ酸配列を挿入することにより、マーカー蛋白質部分をこれらのプロテアーゼにより切断除去することが可能である。例えば、ムスカリンアセチルコリン受容体とヘキサヒスチジンタグとをトロンビン認識配列で連結した報告がある(J.Biochem.,120,p.1232−1238,1996)。これらマーカー蛋白質をコードする塩基配列と標的核酸とをインフレームで融合させたものをベクターに組み込んだ形質転換細胞は、標的核酸又は標的蛋白質の機能を調節する物質のスクリーニングに用いることができる。
【0038】
本発明の抗体とは、標的蛋白質を認識する抗体であって、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体等を指すが、これら抗体は各種動物に該蛋白質やその断片を直接投与することで得ることができる。また、標的核酸を導入したプラスミドを用いてDNAワクチン法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,91,p.9519−9523,1994;J.Infect.Dis.,173,p.314−320,1996)によっても得ることができる。
【0039】
ポリクローナル抗体は該蛋白質又はその断片をフロイント完全アジュバントなどの適当なアジュバントに乳濁させ、腹腔、皮下又は静脈等に免疫して感作した動物、例えばウサギ、ラット、ヤギ、又はニワトリ等の血清又は卵から製造される。このように製造された血清又は卵からポリクローナル抗体は常法の蛋白質単離精製法により分離精製することができる。常法の蛋白質単離精製法としては、例えば、遠心分離、透析、硫酸アンモニウムによる塩析、DEAE−セルロース、ヒドロキシアパタイト、プロテインAアガロース等によるクロマトグラフィー法が挙げられる。
【0040】
モノクローナル抗体は、ケーラーとミルスタインの細胞融合法(Nature,256,p.495−497,1975)により当業者が容易に製造することが可能である。すなわち、標的蛋白質又はその断片をフロイント完全アジュバントなどの適当なアジュバントに乳濁させた乳濁液を数週間おきにマウスの腹腔、皮下又は静脈に数回繰り返し接種することにより免疫する。最終免疫後、脾臓細胞を取り出し、ミエローマ細胞と融合してハイブリドーマを作製する。ハイブリドーマを得るためのミエローマ細胞としては、ヒポキサンチン−グアニン−ホスホリボシルトランスフェラーゼ欠損やチミジンキナーゼ欠損のようなマーカーを持つミエローマ細胞、例えば、マウスミエローマ細胞株P3X63Ag8.U1を利用する。また、融合剤としてはポリエチレングリコールを利用する。更にはハイブリドーマ作製における培地として、イーグル氏最小必須培地、ダルベッコ氏変法最小必須培地、RPMI1640などの通常よく用いられているものに、適宜10〜30%の牛胎児血清を加えて用いる。融合株はHAT選択法により選択する。ハイブリドーマのスクリーニングは培養上清を用い、ELISA法、免疫組織染色法などの周知の方法又は前記のスクリーニング法により行い、目的の抗体を分泌しているハイブリドーマのクローンを選択する。また、限界希釈法によって、サブクローニングを繰り返すことによりハイブリドーマの単クローン性を保証する。このようにして得られるハイブリドーマは培地中で2〜4日間、あるいはプリスタンで前処理したBALB/c系マウスの腹腔内で10〜20日間培養することにより、精製可能な量の抗体が産生される。このように製造されたモノクローナル抗体は培養上清又は腹水から常法の蛋白質単離精製法により分離精製することができる。また、モノクローナル抗体又はその一部分を含む抗体断片は該抗体をコードする遺伝子の全部又は一部を発現ベクターに組み込み、大腸菌、酵母又は動物細胞に導入して生産させることもできる。
【0041】
以上のように分離精製された抗体につき、常法により、ペプシン、パパイン等の蛋白質分解酵素によって消化を行い、引き続き常法の蛋白質単離精製法により分離精製することにより、活性のある抗体の一部分を含む抗体断片、例えば、F(ab’)、Fab、Fab’、Fvを得ることができる。更には、本発明の標的蛋白質に反応する抗体を、クラクソンらやゼベデらの方法(Nature,352,p.624−628,1991;Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89,p.3175−3179,1992)により一本鎖(single chain)FvやFabとして得ることも可能である。また、マウスの抗体遺伝子をヒト抗体遺伝子に置き換えたトランスジェニックマウス(Nature,368,p.856−859,1994)に免疫することでヒト抗体を得ることも可能である。
【0042】
上記に従って得た本発明の抗体は、標的蛋白質の発現確認、該蛋白質の精製又は機能調節、標的核酸又は標的蛋白質の機能を調節する物質のスクリーニング等の用途に使用できる。また、本発明の抗体のうち、標的蛋白質の機能を調節するものは標的蛋白質の発現を調節する物質として、細胞の増殖抑制剤、ひいては癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として利用可能である。
【0043】
本発明においては標的核酸の発現を抑制する物質が提供される。例えばリボザイム、siRNA、アンチセンスなどが挙げられる。本発明のリボザイムとはDNA制限エンドヌクレアーゼと類似の機構により他の一本鎖RNA分子を特異的に切断するRNA分子のことを指す。既知の手法によりRNAの核酸配列を適宜修飾することにより、RNA一本鎖中の特定の塩基配列を認識し切断するリボザイムを作製することができる(Science,239,p.1412−1416,1988)。本発明においてはテトラヒメナ型及びハンマーヘッド型(Biochemistry,27,p.8924−31,1988;Gene,82,p.43−52,1989)のいずれのリボザイムも含まれる。
【0044】
本発明のリボザイムは標的核酸の発現を抑制することから、標的核酸の発現を調節する物質として、細胞の増殖抑制剤、ひいては癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として利用可能である。
【0045】
本発明のsiRNAとは標的核酸の発現を抑制する二本鎖RNAを指し、RNAのみからなるものであってもよいし、DNAとRNAとの融合体であってもよい。例えば、配列番号3及び4で示されるsiRNAはDNAとRNAとの融合体になっている。該siRNAは標的核酸及びNCBIデータベースの検索により得られた情報から常法に従い作製することができる。siRNAオリゴヌクレオチドの設計においては、標的核酸がコードするmRNAのコーディング領域のうち、できるだけGC含有率が50%に近い配列を選択する。GC含有率は45%から55%の間が理想的である。AUGスタートコドン付近の50から100ヌクレオチド又はターミネーションコドン付近の50から100ヌクレオチドの領域は避け、AA(アデニン・アデニン)に続く19ヌクレオチドを選択し、このセンス鎖19ヌクレオチドの3’末端にはdTdT(デオキシチミン・デオキシチミン)を付加する。該ヌクレオチドの塩基配列中には3個以上のグアノシン又はシトシンが連続している配列は避けるべきであり、他のどの遺伝子とも相同性がないことを確認する必要がある。アンチセンス鎖はセンス19ヌクレオチドの相補鎖とし、3’末端にはdTdTを付加する。こうして設計された塩基配列に基づき、センス鎖、アンチセンス鎖をDNA/RNA合成機で合成する。合成されたセンス鎖及びアンチセンス鎖は、NAP−10カラムなどによって精製後、濃縮乾燥し、再度バッファーに溶解して加熱し、アニーリングさせて二本鎖のsiRNAとする。DNA/RNA合成機によるsiRNAの調製法以外に、本発明のsiRNA標的配列をループ配列とともに発現ベクターに組み込み、細胞内で発現させて標的核酸の発現を抑制することも可能である。また、本発明のsiRNA標的配列のセンス鎖、アンチセンス鎖を別々に細胞内で発現させて、細胞内でハイブリダイズさせてsiRNAとし標的核酸の発現を抑制することも可能である。更には本発明のsiRNA標的配列を含む長いdsRNAを細胞内に導入して、細胞内で切断してsiRNAとし、標的核酸の発現を抑制することも可能である。
【0046】
本発明のsiRNAは標的核酸(SEPT11遺伝子)の発現を抑制することから、標的核酸の発現を調節する物質として、細胞の増殖抑制剤、ひいては癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として利用可能である。かかるsiRNAは配列番号3及び4に示されている。
【0047】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸とは、標的核酸の発現を抑制する塩基配列を有する核酸であり、常法に従って作製される。まず、標的核酸がコードするmRNAの標的候補部位を選択するが、この選択方法としては、エネルギー計算に基づくmRNA高次構造予測法(Methods in Enzymol.,180,p.262,1989;Ann.Rev.Biophys.Biophys.Chem.,17,p.167,1988)、ランダムオリゴ/RNase H法(Nucleic Acid Res.,25,p.5010,1997)、逆転写酵素法Nature Biotech,15,p.537,1997)、蛍光核酸プローブ法(Nucleic Acid Res.,27,p.2387,1999)、FRET法(Biochemistry,31,p.12055,1992)などが使用できる。次に選択したmRNAの候補領域からアンチセンスオリゴヌクレオチドの配列を決定する。このとき、アンチセンスオリゴヌクレオチドの鎖長は15〜30量体が一般的であり、アンチセンスオリゴヌクレオチド自体が自ら二重鎖や自己ステム−ループ構造を形成しないようにし、Gが4個以上連続して並ぶ配列は蛋白質と相互作用する可能性が高いので避け、アンチセンスオリゴヌクレオチド中の「CpG」配列はB細胞のレセプターに結合するので避けて設計する。アンチセンスオリゴヌクレオチドの構造としては、リン酸結合型(天然型、ホスホロチオエート型、メチルホスホネート型、ホスホロアミデート型、2’−O−メチル型)や非リン酸型(モルフォリデート型、ポリアミド核酸)などの選択肢がある。また、細胞透過性を高めるためにペプチドやコレステロールを導入したり、アルキル化剤や光架橋剤を導入して架橋性能を持たせることも可能である。このように設計したアンチセンスオリゴヌクレオチドはDNA合成機などによって調製し、逆相HPLC、イオン交換HPLC、ゲル電気泳動法、エタノール沈殿などによって精製する。
【0048】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸は標的核酸の発現を抑制することから、標的核酸の発現を調節する物質として、細胞の増殖抑制剤、ひいては癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として利用可能である。
【0049】
以下に本発明の標的核酸又は標的蛋白質(合わせて以下「標的分子」という。)の発現を抑制する物質のスクリーニング方法を記載するが、いずれも本発明はこれらに限定されるものではない。本発明のスクリーニング方法における被験物質はDNA/RNA合成機により合成したリボザイム、siRNA若しくはアンチセンス、試験管内での転写反応により作製したリボザイム、siRNA若しくはアンチセンス、siRNA標的配列単独又はsiRNA標識配列をループ配列とともに発現ベクターに組み込んだプラスミドベクター、細胞内でハイブリダイズして標的配列のsiRNAとなるように設計されたセンス鎖及びアンチセンス鎖を別々に細胞内で発現させる発現ベクター、更には細胞内で切断されて目的とするsiRNAとなるように設計された長いdsRNA等の種々のsiRNA又はsiRNA前駆体、微生物代謝産物、ペプチド、標的蛋白質を認識する本発明の抗体(ポリクローナル抗体若しくはモノクローナル抗体、標的蛋白質を認識する抗体の活性のある断片)、ケミカルファイルに登録されているが種々のリガンド活性については不明の公知化合物、合成化合物、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Tetrahedron,51,p.8135−8173,1995)によって得られた化合物群やファージ・ディスプレイ法(J.Mol.Biol.,222,p.301−310,1991)などを応用して作製されたランダム・ペプチド群を用いることができる。また、微生物の培養上清や、植物、海洋生物由来の天然成分、動物組織抽出物などもスクリーニングの対象となる。あるいは本発明のスクリーニング法により選択された化合物又はペプチドを化学的又は生物学的に修飾した化合物又はペプチドも含まれる。本発明のスクリーニング方法により選択された物質のうち、標的分子の発現又は機能を抑制する物質は、例えば、癌細胞の増殖を抑制し、新規制癌剤となることが期待される。
【0050】
本発明では標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞を用いた標的分子の発現を抑制する物質のスクリーニング方法が提供される。例えば、標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞を用い、標的分子の発現を抑制する物質をスクリーニングすることによって癌細胞の増殖を抑制する物質を発見することができる。スクリーニング系の構築にあたっては、例えば、標的分子を発現する細胞又は標的拡散を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞又は、標的核酸とレポーター遺伝子の融合塩基配列を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞を選択する。組換えベクターを導入する細胞としては実施例中で用いたHEK293細胞をはじめ、継代培養可能ないかなる培養細胞株も使用可能である。組換えベクターとしてはpSV2dhfrをはじめとしてあらゆるベクターが可能である。これらの形質転換細胞は選択薬剤によりクローニングして単一の細胞株として調製してスクリーニングに使用しても、クローニングせずに使用してもいずれでもよい。これらの細胞に被験物質を接触させ(被験物質がリボザイム、siRNA又はアンチセンスの場合はリポフェクション法などを用いて導入し)、標的核酸のmRNAの発現量、又はレポーター蛋白質の活性を測定することによって、標的分子の発現を抑制する物質を探索することができる。
【0051】
上記のスクリーニング方法において標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞に接触させるか又は導入する被験物質の濃度は、通常、約1nM〜約100μMであればよく、0.1μM〜10μMが好ましい。当該形質転換細胞と被験物質とを接触させる時間は、通常、1時間以上72時間程度であり、好ましくは24時間〜72時間である。形質転換細胞に被験物質を接触させ、経時的若しくは一定時間後に、標的核酸のmRNAの発現量、又はレポーター蛋白質の活性を測定し、被験物質の非存在下における標的核酸のmRNA発現量又はレポーター蛋白質の活性と被験物質存在下における標的核酸のmRNA発現量又はレポーター蛋白質の活性とを比較して被験物質存在下における発現量又は活性が減少した場合、該被験物質を標的核酸の発現を抑制する物質とする。標的核酸のmRNAの発現量を測定する方法としては、ノーザンブロッティング、RT−PCR等、公知の方法により検出することができる。レポーター蛋白質の活性を測定する方法としては、例えば、上記形質転換細胞におけるレポーターの活性を、市販の測定試薬(レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子の場合、プロメガ社より入手可能である)を使用し、測定する方法が挙げられる。
【0052】
本発明では標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞を用いた細胞増殖抑制する物質を指標にしたものが提供される。例えば、標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞を用い、細胞増殖を抑制する物質をスクリーニングすることによって癌細胞の増殖を抑制する物質を発見することができる。スクリーニング系の構築にあたっては、例えば、上記の標的分子を発現する細胞又は標的核酸を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞又は、標的核酸とレポーター遺伝子の融合塩基配列を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞を選択する。これらの細胞に被験物質を接触させ(被験物質がリボザイム、siRNA又はアンチセンスの場合はリポフェクション法などを用いて導入し)、被験物質を接触させていない細胞の増殖度と被験物質を接触させた細胞の増殖度を比較することによって、標的分子の発現を調節する物質を探索することができる。
【0053】
上記のスクリーニング方法において標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞に接触させる若しくは導入する被験物質の濃度は、通常、約1nM〜約100μMであればよく、0.1μM〜10μMが好ましい。当該形質転換細胞と被験物質とを接触させる時間は、通常、1時間以上144時間程度であり、好ましくは24時間〜72時間である。形質転換細胞に被験物質を接触させ、経時的若しくは一定時間後に、細胞数を測定し、被験物質の非存在下における細胞数と被験物質存在下における細胞数とを比較して被験物質存在下における細胞数が減少した場合、該被験物質を細胞増殖を抑制する物質とする。細胞数を測定する方法としては、メチレンブルー染色法、酸化還元系発色試薬を用いた測定法、細胞計数分析装置を用いた測定方法等、公知の方法により測定することができる。
【0054】
本発明の抗体は上記スクリーニングにおける候補物質である他、本発明では本発明の抗体は標的分子の発現を抑制する物質又は細胞増殖を抑制する物質のスクリーニングに使用することができる。例えば、本発明の抗体と標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞を用い、標的分子の発現又は細胞増殖を抑制する物質をスクリーニングすることによって標的分子の発現又は細胞増殖を抑制する物質を発見することができる。スクリーニング系の構築にあたっては、例えば、上記の標的分子を発現する細胞又は標的核酸を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞又は、標的核酸とレポーター遺伝子の融合塩基配列を組み込んだスクリーニング用組換えベクターをトランスフェクトした形質転換細胞を選択する。これらの細胞に被験物質を接触させ(被験物質がリボザイム、siRNA又はアンチセンスの場合はリポフェクション法などを用いて導入し)、被験物質を接触させていない細胞における標的分子の発現と被験物質を接触させた細胞における標的蛋白質の発現量を比較することによって、標的分子の発現を抑制する物質又は細胞増殖を抑制する物質を探索することができる。
【0055】
上記のスクリーニング方法において標的分子を発現する細胞又は本発明に係る形質転換細胞に接触させる若しくは導入する被験物質の濃度は、通常、約1nM〜約100μMであればよく、0.1μM〜10μMが好ましい。当該形質転換細胞と被験物質とを接触させる時間は、通常、1時間以上72時間程度であり、好ましくは24時間〜72時間である。形質転換細胞に被験物質を接触させ、経時的若しくは一定時間後に、細胞の培養上清、細胞分画中、又は、細胞膜上の標的蛋白質の発現量を測定し、被験物質の非存在下における標的蛋白質量と被験物質存在下における標的蛋白質量とを比較して被験物質存在下における標的蛋白質量が減少した場合、該被験物質を標的分子の発現を抑制する物質又は細胞増殖を抑制する物質とする。標的蛋白質量を測定する方法としては、ウェスタンブロッティング、ELISA法等、公知の方法により測定することができる。
【0056】
上記のスクリーニング方法で得られた候補化合物は上記のスクリーニング方法のうち、異なる方法を用いて再度検討することにより、又は、下記のスクリーニング方法を用いることでその機能を同定することができる。
【0057】
本発明では更に、標的蛋白質を用いたスクリーニング法も提供される。該スクリーニング方法は蛋白質の生理学的な変化を直接的・間接的に測定するための、蛋白質の活性、機能変化又は修飾の指標を測定する系に被験物質又は上記スクリーニングで得られた候補物質を添加し、該指標を測定する手段を含む。以下のスクリーニング方法の例を挙げるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
a)GTPase活性を利用したスクリーニング方法
標的蛋白質はGTPase活性を有する蛋白質であるので、GTP加水分解法によりスクリーニングを行うことが可能である(J.Biol.Chem.267,p.19600−19606,1992)。精製した標的蛋白質2pmolを25mM Tris−HCl(pH 7.5),0.0965mM MgSO,0.1mM EDTA,1mMDTT溶液中で、1μMの[γ−32P]GTP(4000−5000cpm/pmol)と混合する。被験物質存在下または非存在下、30℃で30分間インキュベーションした後、MgSO4とGTPをそれぞれの最終濃度が10及び0.4mMになるように添加し、加水分解反応を開始する。適当な時間インキュベーションした後に、25mM MgCl及び100mM NaClを含む氷冷20mM Tris−HCl(pH 7.5)をニトロセロースフィルター等で濾過し、フィルターを同バッファーで5回洗浄し、乾燥させた後、液体シンチレーションカウンター等で測定する。被験物質存在下における遊離32P放射活性の上昇又は抑制を指標に、標的蛋白質に対するアゴニスト又はアンタゴニストをスクリーニングすることができる。
【0059】
b)GTPγS結合法を利用したスクリーニング方法
標的蛋白質はGTP結合蛋白質であるので、GTPγS結合法によりスクリーニングを行うことが可能である(Br.J.Pharmacol.109,p.1120−1127,1993)。標的蛋白質を発現させた細胞から標的蛋白質を粗抽出し、20mM HEPES(pH 7.4),100mM NaCl,10mM MgCl,50mM GDP溶液中で、35Sで標識されたGTPγS 400pMと混合する。被験物質存在下と非存在下でインキュベーション後、ガラスフィルター等で濾過し、結合したGTPγSの放射活性を液体シンチレーションカウンター等で測定する。被験物質存在下における特異的なGTPγS結合の上昇又は抑制を指標に、標的蛋白質のアゴニスト又はアンタゴニストをスクリーニングすることができる。
【0060】
次に本発明を実施例により更に具体的に説明する。
【実施例】
【0061】
実施例1:標的核酸の選択
乳癌組織及び正常乳腺組織
1995年から1997年に原発性乳癌と診断された乳癌症例で、乳癌手術時に乳癌組織の一部を取り、速やかに凍結して−80℃で保存した検体を使用した。正常組織については、乳癌患者の手術時に腫瘍付近の正常乳腺組織の一部を取り、速やかに凍結して−80℃で保存した検体を使用した。検体の一部について、ラジオイムノアッセイによりエストロゲンレセプター量を測定し、1mgタンパク当たり5fmol以上のエストロゲンレセプターを含まない検体をエストロゲンレセプター陰性乳癌として使用した。手術された患者の転帰は手術後5年以上追跡され、乳癌再発の有無、死亡・生存を記録した。ER陰性5年以内死亡乳癌(以下5yD)10症例、ER陰性5年以上生存乳癌(以下5yS)10症例を選択し、cDNAマイクロアレイ実験に供した。
【0062】
cDNAマイクロアレイ
NCBI(the National Center for Biotechnology Information)のUniGene databaseから選択した25,344種の遺伝子に対応するcDNAのPCR産物をアマシャムバイオサイエンス社のArray Spotter Generation IIIを用いてアマシャムバイオサイエンス社のタイプ7スライドガラスにスポットしてcDNAマイクロアレイを作製した。
【0063】
RNA抽出・ハイブリダイゼーション・データ集積
約50mgの組織検体からトリゾール試薬を用いて全RNAを抽出した。抽出したRNAはRNeasyミニキット(キアゲン社)を用いて精製し、2μgの精製したRNAを出発材料としてAmpliscribe T7トランスレーションキット(Epicentre Technologies社)を用いてT7−based RNA増幅を2回行った。ハイブリダイゼーションに用いた蛍光標識cDNAプローブは、5〜10μgの増幅したRNA(aRNA)を用いて作製した。正常乳腺組織由来のaRNAは蛍光色素結合ヌクレオチドCy3−dCTPで、乳癌組織由来のaRNAは蛍光色素結合ヌクレオチドCy5−dCTPで標識して用いた。標識したcDNAプローブ溶液はマイクロアレイハイブリダイゼーション溶液version 2(アマシャムバイオサイエンス社)及びホルムアミドと混合(容量比、1:1:2)し、自動スライドプロセッサー(アマシャムバイオサイエンス社)を用いてハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼーションは40℃で15時間行い、洗浄は1×SSC−0.2% SDSを用いて55℃で10分間、次いで0.1×SSC−0.2% SDSを用いて室温で1分間、更に0.1×SSCを用いて室温で1分間洗浄した。洗浄の終了したスライドガラス上の蛍光シグナルはGenePix 4000Aスキャナーで取り込み、ソフトウエアGenePix Pro 3.0で数値化した。
【0064】
マイクロアレイデータの解析
各アレイ上のハイブリダイゼーションシグナルはシグナル・ノイズ(S/N)比3.0をカットオフ値として、S/N比3.0以下のデータは以下の解析には使用しなかった。乳癌組織と正常組織のmRNA量の補正は、各アレイブロック上に配置した27種類のハウスキーピング遺伝子に対するCy3とCy5のハイブリダイゼーションシグナルが等量となるように補正して行った。5yD群と5ySとの間で発現量に差のある遺伝子を選び出すため、以下のようにデータ解析を行った。まず、アレイ上の各遺伝子に対するハイブリダイゼーションシグナル比の対数(Log(Cy5/Cy3))を計算し、各遺伝子について5yD群と5yS群についてMann−Whitneyテストを行い、p<0.05である遺伝子を選び出した。更に、5yD群のシグナル比の平均と5yS群のシグナル比の平均との差が2倍以上である遺伝子を選び出した。その結果、5yD群での発現が5yS群での発現よりも高い遺伝子90種、5yS群での発現が5yD群での発現よりも高い遺伝子20種、計110種の遺伝子の発現が5yD群と5yS群とで有意に差があることがわかった。Mann−Whitneyテストで有意であると判定された110種の遺伝子については更にRandom permutationテストを行った。10,000回のpermutationの結果、危険率p<0.05である遺伝子を選び出し、5yD群での発現が5yS群での発現よりも高い遺伝子71種、5yS群での発現が5yD群での発現よりも高い遺伝子15種、計86種の遺伝子の発現が5yD群と5yS群とで有意に差があることがわかった。
【0065】
半定量的RT−PCRによる正常組織と比較して乳癌組織において高頻度に発現上昇を示す遺伝子の選択
cDNAマイクロアレイ解析に用いた症例とは別の乳癌25症例から抽出した2μgの全RNAを出発材料としてオリゴ(dT)12-18プライマーを用いて逆転写酵素Reverscript II(和光純薬)により逆転写し、cDNAを合成した。合成された各症例のcDNAはハウスキーピング遺伝子としてGAPD(グリセルアルデヒドリン酸脱水素酵素)遺伝子を用いてその発現量が等量になるように希釈してcDNA濃度を揃えた。30μLの反応系にcDNA溶液1μL、フォワードプライマー0.7μM、リバースプライマー0.7μM、デオキシヌクレオチド(dATP,dGTP,dCTP,dTTP)200μM、Tapポリメラーゼ1unit、1×PCR bufferを含ませ、94℃で5分間変性を行った後、94℃30秒、60℃30秒、72℃30秒のサイクルを25〜35サイクル繰り返してPCR増幅を行った。PCR装置はGeneAmp PCR system 9700 (Applied Biosystems,Foster City,CA,USA)を使用した。RT−PCRに使用したプライマーの配列は配列表の配列番号5及び6に示す。PCR後のPCR産物は2%アガロースゲルを用いて電気泳動後、エチジウムブロミド染色を行い、デジタル画像処理システムAlphaImager 3300 (Alpha Innotech,San Leandro,CA,USA)を用いて記録した。5yD群での発現が5yS群での発現よりも有意に高い71遺伝子に関し、cDNAマイクロアレイ実験に用いた症例とは別の乳癌患者25症例について、同一症例の正常乳腺組織と乳癌組織における遺伝子の発現を検討した。その結果、25症例中8症例以上で正常乳腺よりも乳癌組織での発現が高く(高発現症例)、かつ、正常乳腺よりも乳癌組織において発現が低い症例(低発現症例)が少ない遺伝子、すなわち(高発現症例数)−(低発現症例数)>(2症例)であることを示した遺伝子を同定した。これらの遺伝子は予後不良乳癌での発現量が高く、更に正常乳腺よりも乳癌組織で高頻度に発現が高いため、細胞増殖機構に関与している可能性があると考えられた。
【0066】
定量的RT−PCRによる予後良好乳癌よりも予後不良乳癌での発現が高いことの確認
上記の半定量的RT−PCRによって、SEPT11は25症例中17症例の乳癌組織において、対応する正常乳腺組織よりも発現が高いことが示された。さらに、SEPT11は予後良好乳癌(5yS群)における発現よりも予後不良乳癌(5yD群)における発現が高いことを確認するため、より定量性の高いTaqMan法により、定量的RT−PCRを行った。マイクロアレイ解析に用いた増幅前の全RNAを出発材料として、オリゴ(dT)12-18プライマーを用いて逆転写酵素Reverscript II(和光純薬)により逆転写し、cDNAを合成した。GAPDに対するTaqMan試薬(製品番号:Hs99999905_m1)及びSEPT11に対するTaqMan試薬(製品番号:Hs00217342_m1)はアプライド・バイオシステムズ社より購入した。TaqMan反応は、cDNAを1μL、TaqMan試薬1.25μL、Master mix(アプライドバイオシステムズ社)12.5μLを含む25μLの反応系で、ABI PRISM7700を用いた標準プロトコールによってリアルタイム検出を行った。定量方法は、標準サンプルを4段階の濃度で増幅し、蛍光強度の増幅率から検量線を作成して試料の濃度を計算した。各サンプルについてSEPT11とGAPDの濃度を算出し、SEPT11/GAPDの比(補正後SEPT11濃度)を計算した。その結果、予後不良群におけるSEPT11濃度は6.34±6.9(平均±標準偏差)、予後良好群におけるSEPT11濃度は1.06±0.73であり、両群間におけるSEPT11の発現量には統計学的な有意差があった(Mann Whitney test、p=0.0039)。
【0067】
実施例2:標的核酸を抑制するsiRNAのスクリーニングと同定
siRNAの設計と合成
予後不良乳癌での発現量が高く、更に正常乳腺よりも乳癌組織で高頻度に発現が高い遺伝子の内、配列表の配列番号2の塩基配列で表されるSEPT11遺伝子及びNCBIデータベースの検索により得られた情報から、SEPT11遺伝子の発現を抑制するsiRNAを作製した。すなわち、(1)SEPT11のmRNAのコーディング領域にある塩基配列からGC含有率が50%近くであり、(2)スタートコドン付近の50から100ヌクレオチド又はターミネーションコドン付近の50から100ヌクレオチドは除き、(3)AA(アデニン・アデニン)で始まる21ヌクレオチドを探し、3’末端にTT(チミン・チミン)を付加したヌクレオチドを設計した。更に、これらの設計されたヌクレオチドの塩基配列中に3個以上のグアノシン又はシトシンが連続している配列を有するものは除外し、合成した。
【0068】
siRNAのトランスフェクション(リポフェクション法)
上記の合成されたsiRNAをsiRNA懸濁緩衝液(100mM 酢酸カリウム、30mM HEPES−水酸化カリウム、2mM 酢酸マグネシウム、pH7.4)に溶解して90℃で1分間加熱した液、37℃で1時間インキュベーションし、siRNA溶液とした。10%ウマ血清含有最少必須培地(MEM、インビトロジェン)を用いてヒト胎児腎臓由来のHEK293細胞を1穴あたり5×10個になるように6穴プレートにまき、24時間後siRNAをトランスフェクションした。陰性コントロールとしてはノンサイレンシングコントロール(non−silencing control)(キアゲン社)siRNAを用い、同様のトランスフェクション操作を行った。トランスフェクションはTransMessenger kit(キアゲン社)を用いて、添付のプロトコールに従って行った。トランスフェクションの3時間後、細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS、pH7.4)で洗浄し、10%ウマ血清含有MEMを1穴あたり2mL添加して37℃の炭酸ガスインキュベーター内で48時間培養した。
【0069】
siRNAのトランスフェクション(エレクトロポレーション法)
3×10個の乳癌細胞(MCF7細胞またはT47D細胞)を80μLのヌクレオフェクターV溶液(Amaxa社)に懸濁し、上記のsiRNA溶液を20μL加えて混合し、Amaxa社の遺伝子導入システムNucleofector装置を用いて、エレクトロポレーションを行った。siRNA導入後、MCF7細胞に対しては10%ウシ胎児血清含有RPMI1640培地、T47D細胞に対してはGIT培地(日本製薬株式会社)3mLを加えて混合し、あらかじめ1穴当り1mLの培地を入れて37℃の炭酸ガスインキュベーター内で暖めておいた6穴培養容器に、1穴当り1mLずつ添加して、37℃の炭酸ガスインキュベーター内で48時間培養した。陰性コントロールとしてはノンサイレンシングコントロール(non−silencing control)(キアゲン社)siRNAを用い、同様の操作を行った。
【0070】
RNA抽出、cDNA合成、半定量的RT−PCR及び定量的RT−PCR
トランスフェクションまたはエレクトロポレーションの48時間後にRNeasyミニキットを用いて全RNAを抽出した。抽出した2μgの全RNAを出発材料としてオリゴ(dT)12-18プライマーを用いて逆転写酵素Reverscript II(和光純薬)により逆転写し、cDNAを合成した。合成されたcDNAはハウスキーピング遺伝子としてGAPD(グリセルアルデヒドリン酸脱水素酵素)遺伝子を用いてその発現量が等量になるように希釈してcDNA濃度を揃え、半定量的RT−PCRを行った。RT−PCRに使用したプライマーの配列は配列表の配列番号5及び6に示す。PCR後のPCR産物は2%アガロースゲルを用いて電気泳動後、エチジウムブロミド染色を行い、デジタル画像処理システムAlphaImager 3300を用いて記録した。定量的RT−PCRは、GAPDに対するTaqMan試薬(製品番号:Hs99999905_m1)及びSEPT11に対するTaqMan試薬(製品番号:Hs00217342_m1)はアプライド・バイオシステムズ社より購入し、TaqMan法で行った。TaqMan反応は、cDNAを1μL、TaqMan試薬1.25μL、Master mix(アプライドバイオシステムズ社)12.5μLを含む25μLの反応系で、ABI PRISM7700を用いた標準プロトコールによってリアルタイム検出を行った。定量方法は、標準サンプルを4段階の濃度で増幅し、蛍光強度の増幅率から検量線を作成して試料の濃度を計算した。各サンプルについてSEPT11とGAPDの濃度を算出し、SEPT11/GAPDの比(補正後SEPT11濃度)を計算した。
【0071】
標的核酸を抑制するsiRNAの選択
半定量的RT−PCRの結果、トランスフェクションした合成siRNAの内、配列番号3及び4に示すsiRNAをトランスフェクトしたHEK293細胞においてSEPT11のmRNA量が抑制されていた。配列番号3及び4に示すsiRNAをトランスフェクトした細胞における半定量的RT−PCR後の電気泳動の結果を図1に示す。SEPT11のmRNAの発現は、siRNAのトランスフェクションによって48時間後に強く抑制された。AlphaImager 3300によって、バンドのシグナル強度を算出し、本siRNAによる遺伝子発現の抑制率を計算したところ、SEPT11 mRNAの発現は、ノンサイレンスsiRNAをトランスフェクションした場合と比較して92%抑制されていた。
【0072】
HEK293細胞の増殖を抑制せず、乳癌細胞の増殖を抑制するsiRNAの同定
配列番号3及び4に示すsiRNAを上記同様にヒト胎児腎臓由来のHEK293細胞にトランスフェクションし、37℃の炭酸ガスインキュベーター内で培養した。トランスフェクションの1日後、5日後、7日後に細胞数をカウントした結果(n=3)を図2のグラフに示す。この結果から明らかなように、配列番号3及び4に示すsiRNAを用いてHEK293細胞におけるSEPT11遺伝子の発現を抑制しても、陰性コントロールであるノンサイレンシングコントロールsiRNAをトランスフェクションしたHEK293細胞の細胞数と比較して差は認められなかった。
【0073】
配列番号3及び4に示すsiRNAを上記同様にヒト乳癌細胞由来のMCF7細胞にエレクトロポレーションし、37℃の炭酸ガスインキュベーター内で培養した。トランスフェクションの2日後、6日後、8日後に細胞数をカウントした結果(n=2)を図3のグラフに示す。この結果から明らかなように、配列番号3及び4に示すsiRNAを用いてMCF7乳癌細胞におけるSEPT11遺伝子の発現を抑制すると、陰性コントロールであるノンサイレンシングコントロールsiRNAをトランスフェクションしたMCF7乳癌細胞と比較して細胞増殖が強く阻害された。上記siRNAをMCF7細胞にエレクトロポレーションした後、48時間後にRNAを抽出し、cDNAを合成し、定量的RT−PCR法にてSEPT11 mRNAの発現量を測定したところ、ノンサイレンシングコントロールsiRNAをエレクトロポレーションしたMCF7細胞と比較して、SEPT11 mRNAの発現量は73%阻害されていた。
【0074】
配列番号3及び4に示すsiRNAを上記同様にヒト乳癌細胞由来のT47D細胞にエレクトロポレーションし、37℃の炭酸ガスインキュベーター内で培養した。トランスフェクションの1日後、4日後、7日後に細胞数をカウントした結果(n=3)を図4のグラフに示す。この結果から明らかなように、配列番号3及び4に示すsiRNAを用いてT47D乳癌細胞におけるSEPT11遺伝子の発現を抑制すると、陰性コントロールであるノンサイレンシングコントロールsiRNAをトランスフェクションしたT47D乳癌細胞と比較して細胞増殖が非常に強く阻害された。上記siRNAをT47D細胞にエレクトロポレーションした後、48時間後にRNAを抽出し、cDNAを合成し、定量的RT−PCR法にてSEPT11 mRNAの発現量を測定したところ、ノンサイレンシングコントロールsiRNAをエレクトロポレーションしたT47D細胞と比較して、SEPT11 mRNAの発現量は94%阻害されていた。また、上記siRNAをT47D細胞にエレクトロポレーションした後、11日間培養し、中性ホルマリンで細胞を固定し、ギムザ染色をしたところ、ノンサイレンシングコントロールsiRNAをエレクトロポレーションしたT47D細胞と比較して明らかに細胞増殖は低下していた(図5)。
【0075】
考察
乳癌組織でその発現が高頻度に上昇しているSEPT11遺伝子の発現を抑制すると、非癌細胞であるHEK293細胞の増殖には影響がなく、乳癌細胞であるMCF7細胞及びT47D細胞の増殖が抑制されることから、SEPT11遺伝子及びSEPT11遺伝子のコードするmRNAや蛋白質は、乳癌細胞の細胞増殖機構に関与していることが推測され、制癌剤の標的分子として非常に有用であるといえる。また、該siRNAはSEPT11遺伝子の発現を強く抑制し、非癌細胞の増殖には影響を与えないが、乳癌細胞の増殖を強く抑制したことから、非癌細胞への影響の少ない乳癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として有用であり、更にはsiRNAと同様に核酸であって、SEPT11遺伝子の発現を抑制する機能が有るアンチセンスや、リボザイムも細胞の増殖抑制剤、ひいては癌細胞の増殖を抑制する制癌剤として有用であると言える。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】siRNAによるmRNA発現抑制実験における半定量的RT−PCR後の電気泳動の結果を示す。Non−silencing siRNAは陰性コントロールであるsiRNAを、SEPT11 siRNAは配列表の配列番号3及び4に対応するsiRNAをHEK293細胞にトランスフェクションした後、48時間後にHEK293細胞から抽出したRNAを鋳型とした半定量的RT−PCR後のバンドである。
【図2】siRNAのHEK293非癌細胞に対する細胞増殖への影響を検討した実験の結果を示す。Non−silencing controlは陰性コントロールであるsiRNAを、SEPT11 siRNAは配列表の配列番号3及び4に対応するsiRNAをHEK293細胞にトランスフェクションした後、1日後、5日後及び7日後に細胞数をカウントした。
【図3】siRNAのMCF7乳癌細胞に対する細胞増殖への影響を検討した実験の結果を示す。Non−silencing controlは陰性コントロールであるsiRNAを、SEPT11 siRNAは配列表の配列番号3及び4に対応するsiRNAをMCF7乳癌細胞にエレクトロポレーションした後、2日後、6日後及び8日後に細胞数をカウントした。
【図4】siRNAのT47D乳癌細胞に対する細胞増殖への影響を検討した実験の結果を示す。Non−silencing controlは陰性コントロールであるsiRNAを、SEPT11 siRNAは配列表の配列番号3及び4に対応するsiRNAをT47D乳癌細胞にエレクトロポレーションした後、1日後、4日後及び7日後に細胞数をカウントした。
【図5】siRNAのT47D乳癌細胞に対する細胞増殖への影響を検討した実験の結果を示す。Non−silencing controlは陰性コントロールであるsiRNAを、SEPT11 siRNAは配列表の配列番号3及び4に対応するsiRNAをT47D乳癌細胞にエレクトロポレーションした後、11日後に中性ホルマリンで細胞を固定し、ギムザ染色を行った。
【配列表フリーテキスト】
【0077】
配列番号1:SEPT11アミノ酸配列
配列番号2:SEPT11塩基配列
配列番号3:siRNAセンス
配列番号4:siRNAアンチセンス
配列番号5:フォワードプライマー
配列番号6:リバースプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質:
(a)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子、
(b)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子において、1個若しくは数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列を含む核酸、
(c)配列表の配列番号2で表されるSEPT11遺伝子と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸。
【請求項2】
siRNA、アンチセンス、及びリボザイムからなる群から選ばれる請求項1に記載の物質。
【請求項3】
配列番号3及び4で表されるsiRNAである請求項1記載の物質。
【請求項4】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質を用いることを特徴とする細胞増殖抑制方法。
【請求項5】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子若しくは核酸、又はそれらが移入された細胞を用いることを特徴とする、該遺伝子若しくは核酸の発現を抑制することにより細胞の増殖を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
細胞の増殖を抑制する物質を同定するための方法であって:
(a)候補化合物を用意し、
(b)請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸を有する細胞に該候補化合物を接触させ、
(c)該候補化合物が該遺伝子又は核酸の発現を抑制するか否かを判定することを含む方法であり、該候補化合物が該遺伝子又は核酸の発現を抑制する物質である、上記方法。
【請求項7】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の機能を抑制する物質による細胞増殖抑制方法。
【請求項8】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の発現を調節する物質。
【請求項9】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質を認識する抗体。
【請求項10】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質を用いることを特徴とする該蛋白質の機能を抑制する物質のスクリーニング方法。
【請求項11】
請求項1に記載の(a)〜(c)のいずれかに示される遺伝子又は核酸によりコードされる蛋白質の機能を抑制する物質を同定するための方法であって:
(a)候補化合物を用意し、
(b)該蛋白質又は該蛋白質を発現する細胞に該候補化合物を接触させ、
(c)該候補化合物が該蛋白質の機能を抑制するか否かを判定することを含む方法であり、該候補化合物が該蛋白質の機能を抑制する物質である、上記方法。
【請求項12】
請求項1〜3及び8のいずれか一項に記載の物質を有効成分として含む医薬品。
【請求項13】
請求項3に記載の物質を含む医薬品。
【請求項14】
予後不良乳癌の治療薬である請求項13記載の医薬品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−254830(P2006−254830A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−78739(P2005−78739)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】