説明

Si−Si結合を有する化合物の製造方法

【解決手段】Si−H基を持つケイ素化合物を鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱することを特徴とするSi−Si結合を有する化合物の製造方法。
【効果】本発明によれば、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用なSi−Si結合を有する化合物を工業的有利に効率よく製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱を行うことで、≡Si−H基を持つケイ素化合物、特にモノヒドロシラン類を脱水素縮合させて、Si−Si結合を有する化合物、特にジシラン類を得る含ケイ素化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ジシラン類は、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用な素材であり、とりわけ、耐酸素プラズマエッチング性を有するフォトレジスト材料として有用である。
【0003】
従来、ジシラン類は、直接法によるハロシラン製造の際の副生物、あるいはその誘導体として得られる構造のものを除いては、リチウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の存在下、ハロシラン類を縮重合させるか、ハロシラン類とシリルリチウムなどのアルカリ金属シリサイドを反応させて製造する方法が一般的であった。しかし、この方法では、アルカリ金属を使用するため危険を伴う上、アルカリ金属と反応し得る置換基を有するジシラン類は、原理的に製造できなかった。
【0004】
一方、ヒドロシラン類を、貴金属触媒を用いて脱水素縮合させて、ジシラン類を製造する方法は、前述のハロシラン類を用いる方法に比べ、危険なアルカリ金属を用いる必要がないため注目されつつあり、既にロジウム触媒を用いる方法(非特許文献1)、白金触媒を用いる方法(非特許文献2)及びイリジウム触媒を用いる方法(非特許文献3)が知られているが、貴金属が高価であるため、工業的には使用しにくいものであった。また、チタン触媒を用いる方法(非特許文献4〜6)が最近開発されてきた。
【0005】
従来の貴金属触媒やチタン触媒を用いてこれらの脱水素縮合でSi−Si結合を形成する方法は、いずれもジヒドロシランないしはトリヒドロシランを出発物質として用いる方法であって、1つのケイ素原子上に、2個以上の水素原子を有するシランを原料とする必要があった。例えば、Tiの4族遷移金属錯体を触媒としてBuLiなどのリチウム反応剤との組み合わせにより1,2級シランをカップリングさせる場合には、反応点であるSi−H結合が複数存在するためにポリシランが生成してしまい、目的とするジシランのみを選択的に得ることは困難である。
【0006】
1つのケイ素原子上に1個の水素原子を有するシラン、即ちモノヒドロシランに対しては、前述の従来技術をもってしては、脱水素縮合を行わしめることができず、ジシランが少量生成する場合でも触媒として用いる貴金属量を越えず、とうてい経済的に優れた方法とは言えなかった。
【0007】
【非特許文献1】Organometallics, 6, 1590 (1987)
【非特許文献2】Bull. Chem. Soc. Jpn., 68, 403, 1995
【非特許文献3】J. Organomet. Chem., 593−594, 154, 2000
【非特許文献4】J. Organomet. Chem., 521, 145, 1996
【非特許文献5】J. Organomet. Chem., 279, C11, 1985
【非特許文献6】Organosilicon Chemistry, VCH, Weinheim, p.253, 1994
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、Si−H基を持つケイ素化合物を原料として、ジシラン化合物等のSi−Si結合を有する化合物を高収率で製造することができるSi−Si結合を有する化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を行った結果、≡Si−H基を持つケイ素化合物を原料とし、鉄錯体を触媒として有機溶媒中で光照射及び/又は加熱を行うことで、≡Si−H基を脱水素させることができ、これによって≡Si−Si≡結合が形成されて、Si−Si結合を有する化合物を安価で簡便な方法で高収率をもって製造できることを知見し、本発明をなすに至った。
【0010】
従って、本発明は、下記のSi−Si結合を有する化合物の製造方法を提供する。
請求項1:
Si−H基を持つケイ素化合物を鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱することを特徴とするSi−Si結合を有する化合物の製造方法。
請求項2:
Si−H基を持つケイ素化合物が、下記一般式(1)
123Si−H (1)
(式中、R1、R2、R3は一価の有機基を示す。)
で示されるモノヒドロシラン類から選ばれるものであり、得られるSi−Si結合を有する化合物が、下記一般式(2)
123Si−SiR123 (2)
(式中、R1、R2、R3は上記の通りである。)
で示されるジシラン化合物である請求項1記載の製造方法。
請求項3:
1、R2、R3の一価の有機基が、互いに独立に、それぞれハロゲン置換もしくは非置換のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、複素環基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルケニル基、アルキニル基、フェロセニル基、又はシロキサン残基である請求項2記載の製造方法。
請求項4:
鉄錯体が、
(C55)Fe(CO)2CH3
(C55)Fe(CO)2Si(CH33
又は
[C5(CH35]Fe(CO)2CH3
である請求項1〜3のいずれか1項記載の製造方法。
請求項5:
有機溶媒が、含窒素有機化合物である請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。
請求項6:
光照射として可視光線より短波長の電磁波を照射するか、50〜150℃の温度に加熱するか、又は該電磁波照射と加熱とを併用して、Si−H基を持つケイ素化合物を反応させる請求項1〜5のいずれか1項記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用なSi−Si結合を有する化合物を工業的有利に効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、≡Si−H基を持つケイ素化合物、特にモノヒドロシラン類を、安価な鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱を行うことで、Si−Si結合を有する化合物、特にジシラン類を得る含ケイ素化合物の製造方法を提供するものである。ここで、本発明の方法に用いる≡Si−H基を持つケイ素化合物は、モノヒドロシラン類が望ましく、特に≡Si−H基を持つケイ素化合物として下記一般式(1)で表されるモノヒドロシラン類を用いることが望ましい。
123Si−H (1)
(式中、R1、R2、R3は一価の有機基を示す。)
【0013】
この場合、R1、R2、R3としては、互いに独立に、それぞれ塩素、フッ素等のハロゲン置換又は非置換のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、複素環基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルケニル基、アルキニル基等が挙げられ、これらは炭素数1〜12、特に1〜8の範囲のものが好ましい。また、シロキシ基やフェロセニル基でもよい。
【0014】
これらの基を例示すれば、アルキル基としてはメチル基、エチル基、イソプロピル基、t−ブチル基、シクロアルキル基としてはシクロヘキシル基、アリール基としてはフェニル基、ナフチル基、ハロゲン置換基を持つアリール基としてはペンタフルオロフェニル基、アラルキル基としてはベンジル基、アルコキシ基としてはエトキシ基、イソプロポキシ基、アリールオキシ基としてはフェノキシ基、シロキシ基としてはトリメチルシロキシ基などが挙げられる。
【0015】
本発明で用いる触媒は鉄錯体である。鉄錯体とは、配位子が鉄に対して少なくともl当量分子内に含む化合物で、炭素、窒素、リン、ケイ素又はヒ素が電子供与配位子として作用している鉄錯体である。
【0016】
これらの配位子は、あらかじめ鉄と錯体形成していなくても、鉄成分と配位子成分を、配位子成分が鉄に対して少なくとも1当量以上であるように、反応系中に共存させる方法によっても、有効に触媒として作用させ得る。
【0017】
本反応に用いられる鉄成分の添加時の形態は特に制限的ではなく、各種の有機又は無機塩、錯体のいずれの形態で仕込んでもよい。また、本発明の反応に好適な配位子は、炭素、窒素、リン、ケイ素又はヒ素化合物であり、シクロペンタジエニル類、アルキル類、カルボニル類、ホスフィン類、ホスファイト類、トリアルキルシリル類、アルシン類が包含され、特に好適な配位子としては、メチル、カルボニル、(置換)シクロペンタジエニル、トリメチルシリルなどが例示される。従って、本発明の反応に好適な錯体触媒としては、シクロペンタジエニル−ジカルボニル(メチル)鉄((C55)Fe(CO)2CH3)、シクロペンタジエニル−ジカルボニル(トリメチルシリル)鉄((C55)Fe(CO)2Si(CH33)、[C5(CH35]Fe(CO)2CH3などが例示される。これらの触媒の使用量は、いわゆる触媒量でよく、一般的には有機ケイ素化合物に対するモル比で0.5〜0.0001の範囲で選択される。
【0018】
本反応は、有機溶媒中で行うが、この場合、有機溶媒としては、ケトンなどヒドロシリル化を受けるもの、及びアルコールなど活性水素を含むものを除いて、通常用いられる溶媒の中から選ばれる。中でも、DMF、アセトニトリルのような含窒素有機溶媒が最も望ましい。なお、有機溶媒の使用量は適宜選定されるが、Si−H基を持つケイ素化合物の該有機溶媒中の濃度が1〜50質量%、特に5〜20質量%となるように使用することが好ましい。
【0019】
反応条件は、0℃以上、好ましくは25〜150℃の反応温度で実施される。室温においては、光照射、とりわけ可視光線よりも波長の短い紫外線などの電磁波を照射することにより、反応は良好に進行し、又は50〜150℃までの温度に加熱することでも反応を行うことができる。また、この光照射と50〜150℃の加熱を併用するようにしてもよい。
【0020】
具体的には、この反応は、50℃以上150℃以下の温度で、より好ましくは60℃以上120℃以下の温度で加熱するか、可視光線よりも波長の短い紫外線を照射することで反応させることがよい。紫外線を照射する場合は、365nmの波長を照射できる高圧水銀灯を用いることができる。
反応時間は、通常0.1〜500時間、特に0.5〜100時間である。
【0021】
また、反応混合物からの生成物の分離精製は、一般的には、蒸留、クロマトグラフィーなど有機化学的に通常用いられる手段により、容易に達せられる。
【0022】
上記の反応により、Si−H基を有するケイ素化合物は、その≡Si−H基が脱水素され、≡Si−Si≡結合が形成され、例えば式(1)
123Si−H (1)
で示されるモノヒドロシラン類を用いた場合は、式(2)
123Si−SiR123 (2)
(式中、R1、R2、R3は上記の通りである。)
で示されるジシラン化合物が得られるものである。
【0023】
本発明の方法により、≡Si−H基を持つケイ素化合物を、触媒的に脱水素縮合することにより、工業的に有利にSi−Si結合を有する化合物を得ることができる。この反応により、広範なモノヒドロシラン類から、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用なジシラン類を、工業的有利に効率よく製造することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の態様を実施例に基づき、更に詳細に説明する。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。なお、下記例で、Cpはシクロペンタジエニル基、Meはメチル基、Phはフェニル基、Etはエチル基、iPrはイソプロピル基を示す。
【0025】
[実施例1](表2 entry1):光照射条件
窒素で置換したシュレンク管に鉄錯体CpFe(CO)2Me38mg(0.2mmol,4モル%)、ジメチルフェニルシラン681mg(5mmol)及びジメチルホルムアミド(DMFと略記)4.6mLを加え、高圧水銀ランプ(理工科学産業(株)製高圧水銀ランプ:型式UVL−400HA、400W、主照射波長365nm)により紫外線照射を室温で1時間行った。
減圧下に溶媒を留去した後、生成物をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル,ジクロロメタン:ヘキサン=1:3)で精製し、テトラメチルジフェニルジシランを得た。
【0026】
GC(ガスクロマトグラフィー)により分析した結果、ジメチルフェニルシランの転化率は100%で、1,1,2,2−テトラメチル−1,2−ジフェニルジシラン(PhMe2Si−SiMe2Phと略記)676mg(2.5mmol)が得られた。
【0027】
[実施例2](表1)加熱(光未照射)条件
ジメチルフェニルシラン(PhMe2SiHと略記)について、CpFe(CO)2Meを触媒(4モル%)としてDMF中、下記表1の温度で12時間加熱して、ジシラン(PhMe2Si−SiMe2Ph)の生成収率を求めた。
【0028】
結果を表1に示す。生成収率と反応温度の関係は、反応温度が低すぎる(50℃)と反応がうまく進行せずに収率が低下し、また高すぎる(120℃やDMFの沸点の153℃)と鉄錯体が分解するようで、生成物の収率が低くなる。
【0029】
【表1】

【0030】
[実施例3〜13](表2 entry2〜12)
表2に示したように、ジメチルフェニルシラン以外の11種類のモノヒドロシランを鉄錯体触媒CpFe(CO)2Me(4モル%)の存在下に、DMF中で高圧水銀ランプによる紫外線照射を行った。原料のヒドロシランとしてトリフェニルシランの場合だけ触媒の鉄錯体の量を0.5mmolに代え、種々の時間で、その他の条件は実施例1の条件で反応を行い、表2に示す結果を得た。なお、表2には実施例1の結果を併記する。
表2の結果に示されているように、50%から100%という高収率でそれぞれ対応するジシランを得た。
【0031】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si−H基を持つケイ素化合物を鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱することを特徴とするSi−Si結合を有する化合物の製造方法。
【請求項2】
Si−H基を持つケイ素化合物が、下記一般式(1)
123Si−H (1)
(式中、R1、R2、R3は一価の有機基を示す。)
で示されるモノヒドロシラン類から選ばれるものであり、得られるSi−Si結合を有する化合物が、下記一般式(2)
123Si−SiR123 (2)
(式中、R1、R2、R3は上記の通りである。)
で示されるジシラン化合物である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
1、R2、R3の一価の有機基が、互いに独立に、それぞれハロゲン置換もしくは非置換のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、複素環基、アラルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルケニル基、アルキニル基、フェロセニル基、又はシロキサン残基である請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
鉄錯体が、
(C55)Fe(CO)2CH3
(C55)Fe(CO)2Si(CH33
又は
[C5(CH35]Fe(CO)2CH3
である請求項1〜3のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項5】
有機溶媒が、含窒素有機化合物である請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項6】
光照射として可視光線より短波長の電磁波を照射するか、50〜150℃の温度に加熱するか、又は該電磁波照射と加熱とを併用して、Si−H基を持つケイ素化合物を反応させる請求項1〜5のいずれか1項記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−107982(P2009−107982A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−282965(P2007−282965)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【出願人】(506122327)公立大学法人大阪市立大学 (122)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】