説明

SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜の製造方法

【課題】 酸化ストロンチウムイリジウム(SrIrO3)に基づく金属酸化物、特にペロブスカイト型のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を提供する。
【解決手段】 有機ストロンチウム(Sr)化合物11と有機イリジウム(Ir)化合物12とを含有する原料ガスを用いる有機金属化学気相成長法によって、基材3の表面上に、特に立方晶系、正方晶系又は斜方晶系の(100)面又は(110)面である基材3の表面上に、SrIrO3、特にペロブスカイト型構造のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造する方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ストロンチウムイリジウム(SrIrO3)に基づく金属酸化物の薄膜、特に立方晶、正方晶又は斜方晶系であるペロブスカイト型SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ルテニウム(RuO2)、酸化ストロンチウムルテニウム(SrRuO3)及び酸化バリウム鉛(BaPbO3)のような一部の金属酸化物は、室温において金属導電性を示すことが知られている。また、これらの導電性金属酸化物は、良好な耐久性を有することから、FeRAM(Ferroelectrics Random Access Memory:強誘電体ランダムアクセスメモリ)やMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory:磁気抵抗メモリ)等の電極材料として広く研究されている。
【0003】
これら導電性金属酸化物がペロブスカイト型金属酸化物である場合、FeRAMで使用されるペロブスカイト型強誘電体材料をその上に堆積させるときに良好な適合性を示すことが知られている。
【0004】
尚、SrRuO3のような導電性金属酸化物は、スパッタリング法及びレーザーアブレーション法、CVD(化学気相成長)法といった気相法、並びにゾル−ゲル法、MOD(有機金属分解法)等により形成されている(例えば特許文献1及び2参照)。
【0005】
一般に導電性金属酸化物として考慮されているSrRuO3の他に、SrIrO3、特にペロブスカイト型のSrIrO3を導電性金属酸化物として使用することが考慮される。Ir(イリジウム)はRu(ルテニウム)よりも蒸気圧が低く、熱的に安定であるので、SrIrO3はSrRuO3よりも高い熱安定性を有することが期待される。
【0006】
しかしながら、SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を基材上に製造するための具体的な方法は未だ報告されていない。
【0007】
また特に、非特許文献1から引用している図2の相図で示すように、SrIrO3は室温及び大気圧下では単斜晶構造を有し、立方晶、正方晶又は斜方晶系であるペロブスカイト型構造は高温/高圧相である。従って、ペロブスカイト型構造のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造することは困難であると考えられていた。尚、この非特許文献1では、単斜晶系のSrIrO3がペロブスカイト型構造を取らないこと、斜方晶(疑似立方晶)系のSrIrO3がペロブスカイト型構造を取ることも示している。
【0008】
【特許文献1】特開2000−128697号公報
【特許文献2】特開平10−269842号公報
【非特許文献1】J.M.Longo,J.A.Kafalas,R.J.Amott,J.Solid State Chem.3(1971)174
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明では、SrIrO3、特にペロブスカイト型構造のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を基材上に形成する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の方法では、有機ストロンチウム化合物と有機イリジウム化合物とを含有する原料ガスを用いる有機金属化学気相成長(MOCVD:Metal−Organic Chemical Vapor Deposition)法によって、基材の表面上にSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造する。
【0011】
この本発明の方法によれば、MOCVDによってSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造することができる。
【0012】
尚、SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜は、実質的にSrIrO3から形成されていてもよいが、Sr及び/又はIrの一部が他の金属によって置換されていてもよい。従って例えば、SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜は、式(Baa,Srb,Cac)(Rux,Iry)O3(a+b+c=1、x+y=1、b>0.5、且つy>0.5)で表すことができる。ここでは、特にb>0.7及び/又はy>0.7、より特にb>0.9及び/又はy>0.9である。
【0013】
本発明の方法では、基材の表面が、立方晶系、正方晶系又は斜方晶系の(100)面又は(110)面、特にペロブスカイト構造、岩塩構造又は面心立方構造の(100)面又は(110)面、より特にSrTiO3、MgO、LaAlO3又はPtの(100)面又は(110)面であってよい。
【0014】
これによれば、基材の表面に四角形、特に正方形の結晶格子が露出されるようにして、立方晶系、正方晶系又は斜方晶系のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜、すなわちペロブスカイト型のSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を形成することができる。
【0015】
また、本発明の方法では、基材の温度が650℃超、特に650℃超〜750℃であってよい。
【0016】
これによれば、比較的広い有機金属原料の供給比で、SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を得ることができる。
【0017】
本発明の方法で使用できる有機ストロンチウム化合物としては、下記のものを挙げることができる:
略称 化合物名
Sr(DPM)2・tetraenx: ビス(ジピバロイルメタナト)ストロンチウ ム・テトラエンx(x=0.5〜2.2)
Sr(METHD)2: ビス(メトキシエトキシテトラメチルペプタ ンジオナート)ストロンチウム
Sr(OEt)2: ジエトキシストロンチウム
Sr(OPr)2: ジイソプロポキシストロンチウム
Sr(HFA)2・リガンド: ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナート )ストロンチウム・リガンド
ここで特に、有機ストロンチウム化合物としては、Sr(DPM)2・tetraenx(x=0.5〜2.2)を用いることができる。
【0018】
また、本発明の方法で使用できる有機イリジウム化合物としては、下記のものを挙げることができる:
略称 化合物名
Ir(EtCp)(CHD) (エチルシクロペンタジエニル)(1,3− シクロヘキサジエン)イリジウム
Ir(acac)3: トリス(アセチルアセトナート)イリジウム
Ir(EtCp)(COD): (エチルシクロペンタジエニル)(1,5− シクロオクタジエン)イリジウム
Ir(EtCp)(C242: (エチルシクロペンタジエニル)ビス(エチ レン)イリジウム
ここで特に、有機イリジウム化合物としては、Ir(EtCp)(CHD)を用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下では、図1に示すMOCVD装置を用いてSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造する本発明の方法を説明する。但し、本発明は当然に他の様式の装置によって実施することもできる。
【0020】
図1で示すMOCVD装置の使用においては、反応容器1内の加熱可能な支持体2上に基材3を配置し、この基材3の表面にSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を堆積させる。有機ストロンチウム化合物、有機イリジウム化合物、酸素及び窒素は、それぞれ原料タンク11、12、13及び14から質量流量計21を経由させて、反応容器1に供給する。
【0021】
尚、有機ストロンチウム化合物及び有機イリジウム化合物のための原料タンク11及び12は共に、オイルバス20によって加熱されており、また窒素タンク15から供給される窒素によるバブリング法によって、有機ストロンチウム化合物及び有機イリジウム化合物を反応容器1に供給するようにされている。また反応後の供給ガスは、ロータリーポンプ22によって排気して、反応容器1内の減圧を維持している。この反応容器1内の圧力は例えば、1.3×102Pa〜大気圧にすることができる。
【0022】
SrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を堆積させる基材の温度は、使用するストロンチウム及びイリジウムの原料、圧力等に依存して任意に決定することができ、例えば350℃超にすることができる。図3では、同じ原料ガス組成を用いて形成される薄膜中の金属のモル比を、異なる基材温度に関して示している。この図3から理解されるように、同じ原料ガス組成を用いた場合であっても、基材温度が600℃のときにはストロンチウム(Sr)とイリジウム(Ir)との比が約0.25:0.75となっているのに対して、基材温度が650℃以上のときにはストロンチウムとイリジウムとの比が1:1に近い値となっている。
【0023】
SrIrO3が形成されている場合にはこの比が1:1となるはずであるので、基材温度が600℃のときのようにストロンチウムよりもイリジウムが明らかに多いことは、SrIrO3が形成されていないこと、又はSrIrO3に加えてイリジウム又は酸化イリジウムが形成されていることを意味する。
【0024】
理論に限定されるものではないが、基材温度が650℃以上のときにストロンチウムとイリジウムの比が1:1に近い値となっているのは、この温度では比較的蒸気圧が高いイリジウム又は酸化イリジウムが蒸発し、比較的蒸気圧が低いSrIrO3のみが基材表面に残ることによると考えられる。従ってSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を得るためには、650℃以上の基材温度を用いることが一般に好ましい。
【0025】
また、有機ストロンチウム化合物、有機イリジウム化合物、酸素及び窒素といった原料ガスの供給比は、実験に基づいて決定することができる。これに関して、基材温度700℃及びストロンチウム原料の流量一定で、イリジウム原料の流量を変化させたときに形成される薄膜の組成を図4に示している。この図から理解されるように、700℃の基材温度では、イリジウム原料の供給量を1〜2.5倍までの範囲で変動させたときに、形成される薄膜中のストロンチウム及びイリジウムの組成比が維持される。上述のように、これは、700℃の基材温度では、比較的蒸気圧が高いイリジウム又は酸化イリジウムが蒸発し、比較的蒸気圧が低いSrIrO3のみが基材表面に残ることによると考えられる。
【0026】
本発明の方法においてSrIrO3に基づく薄膜を堆積させる基材はシリコンウェハー、ガラス基材のような任意の基材であってよいが、特に立方晶系、正方晶系又は斜方晶系の(100)面又は(110)面を表面に有する基材である。この基材は全体が均一な材料で形成されていてもよいが、表面に基材の本体とは異なる層を堆積させ、特に表面が立方晶系、正方晶系又は斜方晶系の(100)面又は(110)面を有するようにすることができる。すなわち、例えば基材の本体としてシリコンウェハーを用い、このシリコンウェハー上に、ペロブスカイト型の酸化ストロンチウムチタン(SrTiO3)のような層を形成し、表面が正方晶系の(100)を有するようにすることもできる。
【0027】
尚、本発明によって形成されるSrIrO3のSr及び/又はIrの一部を他の金属によって置換する場合、他の原料タンクを更に用いて、この原料タンクから、他の金属の化合物を供給することができる。
【実施例】
【0028】
MOCVD法によるSrIrO3薄膜の形成
下記の実験条件を用いて、図1の装置でSrIrO3薄膜を形成した:
有機ストロンチウム化合物:
Sr(DPM)2(tetraen)2.0 (trichemical社)
有機イリジウム化合物:
Ir(EtCp)(CHD)
有機ストロンチウム化合物タンク温度及びキャリア窒素流量:
135℃、100sccm
有機イリジウム化合物タンク温度及びキャリア窒素流量:
80℃、40sccm
窒素(キャリア窒素を除く)流量:160sccm
酸素流量: 300sccm
容器圧力: 1.3×103Pa
基材温度: 700℃
基材表面:
実施例1:ペロブスカイト型SrTiO3の(100)面
実施例2:ペロブスカイト型LaAlO3の(100)面
実施例3:岩塩型MgOの(100)面
実施例4:ペロブスカイト型SrTiO3の(110)面
実施例5:ペロブスカイト型SrTiO3の(111)面
実施例6:Pt(面心立方構造)の(111)面
【0029】
尚、ここで用いたIr(EtCp)(CHD)、すなわち(エチルシクロペンタジエニル)(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウムは、下記のようにして得た。
G.Winkhaus and H.Singer,Chem.Ber.99,3610(1966)を参考に、クロロビス(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウムを合成した。すなわち、エタノール30ml、水20mlに塩化イリジウム2.0g及びシクロヘキサジエン4.3mlを加え、リフラックス条件下23時間反応させた。冷却後析出物をろ過及び乾燥し、クロロビス(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウム1.6gを得た。その後、得られたクロロビス(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウム0.5gをTHF10ml中に加え、反応フラスコを−78℃に冷却し、リチウムエチルシクロペンタジエニド0.18gのTHF溶液20mlを添加した。−78℃で30分撹拌後、徐々に室温まで昇温し、17.5時間反応させ、濃縮して泥状混合物を得た。その泥状混合物からヘキサンを用いて抽出を行い、目的物であるIr(EtCp)(CHD)を145mg得た。
【0030】
[x線回折分析]
得られたSrIrO3薄膜をx線回折分析によって評価した。結果を図5〜10に示す。この結果から、実施例1〜4では疑似立方晶型のSrIrO3、すなわちペロブスカイト型SrIrO3が形成されており、実施例5及び6では斜方晶型のSrIrO3が形成されていることが分かる。尚、これらの図において「(c)」は立方晶(cubic system)、「(m)」は単斜晶(monoclinic system)を意味している。また「//」は、その右側に記載されている層の上に、その左側に記載されている層がエピタキシャル成長していることを意味する。
【0031】
[電極性能評価]
実施例1及び5のSrIrO3薄膜上にチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)をエピタキシャル堆積させて、SrIrO3薄膜の電極として性能を評価した。尚、上側電極としては白金を用いた。その結果、実施例1及び5のSrIrO3薄膜はいずれも、電極として良好な性能を有することが分かった。
【0032】
[表面平滑性評価]
SII社のSPI3800N+SPA400を用いて、実施例1及び5のSrIrO3薄膜の表面平滑性を評価した。これによれば、実施例1の薄膜では、粗さRaが0.105nm、最大高低差P−Vが1.244nm、2乗平均粗さRSMが0.128nmであった。また実施例5の薄膜では、粗さRaが0.697nm、最大高低差P−Vが14.42nm、2乗平均粗さRSMが1.075nmであった。これは同様な条件で成膜したSrRuO3と同等又はこれよりも優れた表面平滑性を意味する。
【0033】
[抵抗率評価]
実施例1及び5のSrIrO3薄膜の抵抗率を評価した。これによれば、実施例1の薄膜では、室温における<100>方向の抵抗率が740μΩ・cm、<110>方向の抵抗率が590μΩ・cmであった。また実施例5の薄膜では、室温における抵抗率が1300μΩ・cmであった。また室温付近での抵抗率の傾きがプラスであり、良好な金属導電性を示すことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明を実施するために使用できるMOCVD装置の概略図である。
【図2】温度及び圧力に関するSrIrO3の相図である。
【図3】MOCVDによって形成される薄膜の組成の、温度依存性を示す図である。
【図4】MOCVDによって形成される薄膜の組成の、原料ガス流量依存性を示す図である。
【図5】実施例1のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【図6】実施例2のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【図7】実施例3のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【図8】実施例4のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【図9】実施例5のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【図10】実施例6のSrIrO3薄膜のx線回折分析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 反応容器
2 基材支持体
3 基材
11 有機ストロンチウム化合物タンク
12 有機イリジウム化合物タンク
13 酸素タンク
14、15 窒素タンク
21 質量流量計
22 ロータリーポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ストロンチウム化合物と有機イリジウム化合物とを含有する原料ガスを用いる有機金属化学気相成長法によって、基材の表面上にSrIrO3に基づく金属酸化物の薄膜を製造する方法。
【請求項2】
前記基材の表面が、立方晶系、正方晶系又は斜方晶系の(100)面又は(110)面である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基材の表面が、ペロブスカイト構造、岩塩構造又は面心立方構造の(100)面又は(110)面である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記基材の表面が、SrTiO3、MgO、LaAlO3又はPtの(100)面又は(110)面である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記基材の温度が650℃超である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記有機ストロンチウム化合物がビス(ジピバロイルメタナト)ストロンチウム・テトラエンx(x=0.5〜2.2)である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記有機イリジウム化合物が(エチルシクロペンタジエニル)(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウムである、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−70310(P2006−70310A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−253356(P2004−253356)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】