説明

T型継手の貫通溶接方法及びT型継手の貫通溶接構造物

【課題】上板側に形成される開先溝やギャップを不要とし,上板表面からのアーク溶接によって下側の立板側まで溶融接合した健全な溶接金属部を得ることにある。
【解決手段】下側の立板3の上端面に上板1を配置してT型継手を形成し,さらに,前記T型継手の上板1の表面部に溶け込み促進剤4を塗布した後,非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板1裏面貫通後の立板3側の溶融プール7aの溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,一方,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,前記溶融プール7aの溶け幅wを上板厚T1以上に形成させて,所望の溶接金属部7bを有する溶け込み形状とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法及びT型継手の貫通溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から,高エネルギ密度の電子ビームやレーザビームを用いたT型継手の貫通溶接方法が提案されている。
【0003】
例えば,特許文献1に記載されたT型継手の貫通溶接方法では,下板の上板と接する面を凹状に形成し,上板表面から電子ビームを照射して上板の溶接金属を前記凹状の部分で受け止めることが開示されている。
【0004】
特許文献2に記載された溶接方法及びこれを用いて接合された構造体では,車体フレームを対象に,接合箇所となる略板状箇所を有する部材に他の部材の接合箇所を当接させ,前記他の部材が当接する面とは反対側の部材面から所定の貫通溶接手段(レーザ溶接手段,電子ビーム溶接手段)を用いて貫通溶接処理することが開示されている。
【0005】
一方,溶け込み促進剤(例えば,フラックス剤)を用いた溶け込みの溶接方法や溶接継手,酸化性ガスを用いた溶け込みの溶接方法が知られている。
【0006】
例えば,特許文献3に記載された溶接方法では,ステンレス鋼母材表面に金属酸化物の粉末と溶媒とを混合してなる溶け込み促進剤を塗布した後に,TIG溶接することが開示されている。
【0007】
特許文献4に記載されたTIG溶接方法では,金属酸化物を6質量%以上含有するフラックスを内包したフラックス入りワイヤを溶加材として使用し,溶融金属中に前記金属酸化物を0.05〜3.0g/分で供給しながらTIG溶接することが開示されている。
【0008】
特許文献5に記載されたTIG溶接装置及び方法では,不活性ガスからなる第1のシールドガスを,電極を囲むように被溶接物に向けて流し,前記第1のシールドガスの周辺側に,酸化性ガスを含む第2のシールドガスを被溶接物に向けて流しながら溶接することが開示されている。
【0009】
特許文献6に記載されたTIG溶接法では,第1部材の開先表側における第2部材の中心線上でアークを発生せしめると共に,溶接部に交番磁界を与えながら溶接することが開示されている。
【0010】
特許文献7に記載の溶接方法及びその溶接構造物は,本出願人が提案したものであり,少なくとも突き合せ継手部の表面側又は裏面側から板厚の1/2以上4/5以下の溶け込み深さまで溶融接合させた後,反対側の残り継手部の裏面側又は表面側から板厚の1/2以上4/5以下の溶け込み深さまで溶融接合させることにより,前記継手部の板厚中央部分又はその近傍で相互に重なり合わせることが開示されている。
【0011】
特許文献8には,摩擦攪拌接合によってT継手を形成することが開示されている。すなわち,特許文献8では,第1ワークの下面に溝を設け,前記溝に第2ワークを嵌合し,第1ワークの上面側から摩擦攪拌プローブを第2ワークの肉に及ぶように作用せしめ,第1ワークと第2ワークとを摩擦攪拌接合することによってT継手を形成することが開示されている。
【特許文献1】特開昭63−203286号公報(第2頁左上欄第16行〜同頁右上欄第4行,第1図)
【特許文献2】特開2003−334680号公報(段落0029,0030,図3)
【特許文献3】特開2000−102890号公報(段落0007,0008,図1)
【特許文献4】特開2001−219274号公報(段落0009,0010)
【特許文献5】特開2004−298963号公報(段落0008,0009,図1)
【特許文献6】特開昭59−13577号公報(第1頁右下欄第4〜17行,第1図)
【特許文献7】特開2006−231359号公報(段落0017〜0020,図1)
【特許文献8】特開平11−28581号公報(段落0012〜0014,図1,図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら,特許文献1に開示された技術的思想では,従来の溶接工程では困難な厚板のT型継手部材を対象に,電子ビーム溶接によって上板を溶融及び貫通して下板側まで容易に溶融接合できるが,大気を排除する真空装置や溶接する部材を収納する大きな真空チャンバ等の特殊な環境設備が必要になり,新たな設備投資に伴って製造コストが高騰するという問題がある。
【0013】
また,特許文献1では,電子ビームによる貫通溶接がキーホール型の溶け込み形状になり,溶け幅が極めて狭いため溶接断面積が小さく,部材の板厚強度より低い強度しか得られない。キーホール型の溶け込み溶接は,スパッタ(溶融金属の飛散)も発生し易いという問題がある。
【0014】
特許文献2に開示された技術的思想では,従来のアーク溶接では困難な継手構造の車体フレームを対象に,レーザ溶接,又は電子ビーム溶接による貫通溶接を施して,上側の板状部材と下側部材とを溶融接合するようにしている。特に,レーザ溶接は,アーク溶接と全く異なる溶接方法であり,光学レンズ等によって集光化及び高エネルギ密度化したレーザビームを部材に照射して溶融するため,上記貫通溶接が可能であるが,キーホール型の溶け込み形状であって溶け幅が狭いため,溶接強度に相関関係のある溶接断面積が小さくなり易い。また,溶接中にスパッタが発生し易い。さらに,レーザ溶接は,レーザ発信器等の特殊な設備が必要であり,電子ビーム溶接と同様に,安価なアーク溶接設備と比べて何れも高価である。前記特許文献2では,電子ビーム溶接でも前記レーザ溶接と同様に遂行できると明記されているが,大気を排除する真空装置や溶接する部材を収納する真空チャンバ等の特殊な環境設備が必要となるため,溶接前の準備や溶接後の搬出に時間がかかり,溶接部位の移動や回転を要する複雑形状の溶接には不向きである。
【0015】
特許文献3に開示された技術的思想では,I型突合せ継手及びU開先突合せ継手の部材を対象に,溶け込み促進剤を塗布した継手部材の表面側からのアーク溶接によって裏面側に裏ビードを形成する溶接方法が採用されている。このため,特に,突合せ継手部にギャップがあったり,又はそのギャップが変化していたりすると,アーク溶接によって形成される裏面側の裏ビードの幅が大きく変化し,又は出過ぎたりして溶接部の品質を悪化させるおそれがある。また,板厚が7mmを超えるI型突合せ継手の溶接では,溶融池(溶融プール)が保持できなくなるために裏側に溶け落ち易く(例えば,溶融池に作用する表面張力<重力),裏当て材無しでの裏ビード形成が困難である。特許文献3における溶接対象は裏ビード形成が必要なI型突合せ継手やU開先突合せ継手であり,裏ビード形成が不要な本発明とは全く異なっていると共に,特許文献3には,T型継手の貫通溶接に関して何ら開示乃至示唆されていない。
【0016】
特許文献4に開示された技術的思想では,金属酸化物を6%以上含有したフラックス入りワイヤを所定量供給しながらTIG溶接して深溶け込み部を得るようにしている。特に,板厚9mmのI型突合せ継手を溶接試験した溶け込み深さの測定結果を示している。しかしながら,フラックス入りワイヤは,ポロシティ(Porosity)等の溶接欠陥発生の大きな要因である湿気に弱いため,特殊な乾燥室等に保管して常に品質管理する必要があり,その品質管理が煩雑であると共に,管理コストがかかるという問題がある。また,フラックス入りワイヤの送給量の増減によって溶け込み深さが大きく変化すると共に,同時にビード幅やビード余盛高さも大きく変化し易いという他の問題がある。さらに,特許文献4には,表面側から片面溶け込み溶接した試験結果が開示されているが,本発明とは全く異なり,T型継手の貫通溶接に関して何ら開示乃至示唆されていない。
【0017】
特許文献5に開示された技術的思想では,酸化性ガス(OガスやCOガス)と不活性ガス(Arガス)との混合ガスをアーク溶接部分に流して溶け込み深さを増加するようにしている。その際,溶け込み促進剤は使用されていない。また,特許文献5には,溶け込み深さと酸素濃度,二酸化炭素濃度との関係が開示されているが,継手部材と異なる平板上での溶け込み結果であり,本発明とは全く異なるものであると共に,T型継手の貫通溶接に関して何ら開示乃至示唆されていない。
【0018】
特許文献6に開示された技術的思想では,アーク溶接中に交番磁界を与えてながら溶融部を攪拌してT型継手の左右裏面部に裏ビードを形成するようにしているが,上板表面には溝状の開先が設けられており,開先上部まで積層するために複数パスの溶接工程が必要となり煩雑である。また,特許文献6では,交番磁界を与えるために特殊な交番磁界装置を使用する必要があり,新たな設備投資に伴って製造コストが高騰するという問題がある。
【0019】
特許文献7に開示された技術的思想では,I型突き合せ継手を対象に,溶け込み促進剤を塗布した表側及び裏側の両面からの溶け込み溶接の遂行によって,接合不足のない深い溶け込み接合部が得られるが,T型継手をその溶接対象とする点について具体的に明記されていないと共に,T型継手の貫通溶接に関して何ら開示乃至示唆されていない。
【0020】
特許文献8に開示された技術的思想では,T型継手の形成を摩擦攪拌接合方法によって達成しているが,この摩擦攪拌接合方法は,材料を溶融させることがなく軟化状態で一方のワークと他方のワークとを接合するものであるのに対し,本発明におけるアーク溶接では,材料を溶融させた溶融状態で一方のワークと他方のワークとを接合する点で基本的に相違している。
【0021】
すなわち,摩擦攪拌接合方法は,摩擦攪拌用のプローブを挿入してアルミニウム継手材料を摩擦攪拌接合するものであって,前記プローブを用いて前記アルミニウム継手材料を固相接合(融点以下の状態で接合)するものであるのに対し,本発明におけるアーク溶接は,アークの熱エネルギを用いてステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなる継手材料を溶融接合(融点以上の状態で接合)するものである点で,その接合方法及び接合状態が全く異なるものである。
【0022】
ところで,特許性を判断する際,特許文献8に開示されたT型継手を形成する技術的思想と,特許文献2又は特許文献3に開示された貫通溶接する技術的思想とを併せ鑑みることにより,当業者が本発明を容易に想到することができるとの考えが想定されるが,この組み合わせの考えは妥当ではない。
【0023】
特許文献8において採用されている摩擦攪拌接合方法では,その継手材料としてアルミニウム又はアルミニウム合金等が用いられているが,このアルミニウム又はアルミニウム合金からなる継手材料を,TIG溶接,MIG溶接等でアーク溶接した場合,その熱膨張係数が大きいことから大きな歪が発生し,前記歪が溶接された完成製品に内在すると共に,アークによる溶融金属が大気中の酸素と反応して発生する酸化皮膜が強固となりやすいという問題がある。そこで,従来では,例えば,シールドガスとして不活性ガスを使用し,又は発生した酸化皮膜を機械的手段で除去することによって,このような問題を解消している。
【0024】
摩擦攪拌接合の技術分野とアーク溶接の技術分野では,ある程度の関連性が認められるが,前述したように,アルミニウム継手材料をアーク溶接した場合に種々の問題が発生することから,当業者が他の技術分野に属する技術を転用することは困難であり,容易に着想することができるものではない。換言すると,摩擦攪拌接合の技術とアーク溶接の技術とを結びつけるためには,上記の問題が妨げとなるため,当業者にとって,摩擦攪拌接合の技術をアーク溶接の技術に容易に転用することができるものではない。
【0025】
また,摩擦攪拌接合方法では,アーク溶接において用いられる溶加材やシールドガス,開先加工等が不要となると共に,接合部及びその周辺部位における組織変化が少なく,低歪であり,ワークを接合する接合方法として上位概念では共通するが,アーク溶接とは全く異なる特徴を有している。
【0026】
このように,アーク溶接と全く異なる摩擦攪拌接合方法が開示された特許文献8と,レーザ溶接,電子ビーム溶接,アーク溶接等の溶接方法が開示された特許文献2又は特許文献3とを組み合わせることは,当業者にとって容易に想到することができるものではなく,また,当業者にとって自明でもない。
【0027】
さらに,特許文献8には,問題の所在及び当業者の知識等,その全体を精査しても,アーク溶接等の他の溶接方法と組み合わせて適用するための動機付けについて,何ら開示乃至示唆されていない。すなわち,特許文献8に開示された技術的思想と他の特許文献又は一般文献に開示された技術的思想とを組み合わせて特許性を判断する場合には,前記特許文献8にその技術的思想を組み合わせるための動機付け乃至示唆されていることが必要であり,そのような動機付け乃至示唆がなされていないのに拘らず他の技術的思想とを組み合わせることは妥当でないからである。
【0028】
また,前記の通り,特許文献8は,摩擦溶接攪拌接合の技術的思想が開示されたものであり,一方,特許文献2及び特許文献3は,一般の溶接に関する技術的思想が開示されたものである。この結果,特許文献8と特許文献2又は特許文献3とを組み合わせて本発明を完成させることは,当業者にとって容易想到ではない。
【0029】
本発明は,前記の種々の点を考慮してなされたものであり,下側の立板面に配置する上板側に開先溝やギャップを形成する必要がなく,上板表面からのアーク溶接によって下側の立板側まで溶融接合した健全な溶接金属部を得るのに有効なT型継手の貫通溶接方法及びT型継手の貫通溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
上記目的を達成するために,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,前記上板表面部に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とする。
【0031】
また,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,前記上板表面に溶け込み促進剤を溶接線方向に塗布する塗布工程と,前記溶け込み促進剤が塗布された上板表面から非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させる溶接工程と,を有することを特徴とする。
【0032】
さらに,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とする。
【0033】
立板側の全面接合が可能な立板厚T2を使用する場合は,上板裏面と接触又は接近する下側の立板厚T2の両端面部分まで溶融し,上板裏面と立板継手との両角部(コーナ部)に溶融接合部を有する溶け込み形状にするとよい。
【0034】
さらにまた,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面から,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とする。
【0035】
またさらに,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とする。
【0036】
前記上板厚T1の範囲は,2≦T1≦7mmに設定されるとよい。前記上板厚T1が2mmより薄いと,上板側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易い。反対に,前記上板厚T1が7mmより厚いと,上板の表面から裏面貫通して下側の立板側まで溶融し難く,立板側の溶け幅wを十分な大きさに確保することが難しくなる。強制的に溶融するには大出力のアーク溶接装置が必要になると共に,上板側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易いので好ましくない。また,少なくとも上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さhは,1mm以上形成されるとよい。上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さhが1mm以上形成されていることにより,溶接強度に関係する立板側の溶け幅w及び溶接断面積を十分な大きさに確保することができる。所定の溶け幅wからなる前記溶融金属は,1パスで形成されることにより,溶接時間が短縮されて効率的にアーク溶接を遂行することができる。
【0037】
またさらに,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,前記した貫通溶接方法のいずれかで遂行されており,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成した溶接金属部を備え,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときには,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とする。
【0038】
本発明では,上板裏面貫通部分又は立板側の溶け幅部分の溶接断面積が上板側の板厚断面積以上に形成され,又は立板側の板厚断面積以上に形成されることにより,結合部位における強度を増大させることができる。
【0039】
またさらに,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とする。
【0040】
またさらに,本発明は,下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面から,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とする。
【0041】
前記上板厚T1の範囲は,2≦T1≦7mmに設定されるとよい。少なくとも上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さは,1mm以上形成されているとよい。また,前記溶接金属部は,少なくとも原子力機器又は火力機器に適用されるT型継手に形成されるとよい。
【0042】
すなわち,本発明の貫通溶接方法では,前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させることにより,開先加工を施していない平板のT型継手であっても,上板と下側の立板とを確実に溶融接合できると共に,前記立板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確保でき,立板材料強度と同等以上の引張強度を得ることができる。一方,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることにより,上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確保でき,上板材料強度と同等以上の引張強度を得ることができる。
【0043】
また,前記上板表面部に溶け込み促進剤を溶接線方向に塗布する塗布工程により,溶接線左右方向の膜厚を均等に塗布することができる。溶け込み促進剤による膜厚形成により,アーク溶接時に片寄りのない左右対称の深い溶け込み形状を得ることができる。
【0044】
前記溶け込み促進剤が塗布された上板表面から非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることにより,上述したように,開先加工を施していない平板のT型継手であっても,上板と下側の立板とを確実に溶融接合できると共に,前記立板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積,又は上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積の何れかが確保でき,立板材料強度又は上板材料強度と同等以上の引張強度を得ることができる。また,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成させることができ,上述したように,上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確実に確保することができる。
【0045】
本発明に係るアーク溶接は,対流型(及び熱伝導型)の溶け込み形状であり,スパッタ(溶融金属の飛散)の発生が全くない。裏当て材の設置が不要であり,溶け落ちも生じない。さらに,従来のTIG溶接と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。特に,前記溶け込み促進剤に含有している金属酸化物の加熱反応(例えば,金属酸化物から酸素が解離し,その解離した酸素の多くが溶融金属内に溶解する化学反応)によってアーク直下の溶融金属(溶融プール)の対流が深さ方向に変化して溶融促進する結果,溶け込み深さhが深くなる。この溶け込み深さhは,溶接電流や溶接速度等の溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり,継手部材の板厚や溶接姿勢に対応した所定範囲の溶け込み深さhや溶け幅wになるように適正な溶接入熱条件を事前に設定するとよい。なお,前記溶け込み促進剤は,例えばTiO2,SiO2,Cr2O3等の金属酸化物の粉末と溶媒を混合したフラックス溶剤からなり,周知の市販品を使用することができる。
【0046】
一方,前記溶け込み促進剤を使用しない場合には,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを同時に流出する二重シールド構造のシールドガス供給手段(例えば,溶接トーチ)を使用して非消耗電極方式のアーク溶接を遂行するとよい。二重シールドのアーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,一方,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることにより,上述したように,開先加工を施していない平板のT型継手であっても,上板と下側の立板とを確実に溶融接合できると共に,前記立板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積,又は上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積の何れかが確保でき,立板材料強度又は上板材料強度と同等以上の引張強度を得ることができる。また,上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面から前記二重シールドのアーク溶接を遂行し,前記溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成させることができ,上述したように,上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確実に確保することができる。
【0047】
また,本発明に係るアーク溶接は,対流型(及び熱伝導型)の溶け込み形状であり,スパッタの発生が全くない。しかも,裏当て材の設置が不要であり,溶け落ちも生じない。さらに,従来のTIG溶接と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。例えば,数パーセントの酸化性ガス(O2やCO2)と不活性ガス(ArやHe)との混合ガスをアーク溶接部分に流しながらアーク溶接すると,アーク直下の溶融金属(溶融プール)の対流が深さ方向に変化して溶け込み深さhが深くなり,上板表面から下側の立板側まで溶融接合することができる。なお,前記酸化性ガスと不活性ガスとの混合ガスは,周知の市販品を使用することができる。
【0048】
また,立板側の全面接合が可能な立板厚T2を使用する場合は,上板裏面と接触又は接近する下側の立板厚T2の両端面部分まで溶融し,上板裏面と立板継手との両角部(コーナ部)に溶融接合部を有する溶け込み形状にすることにより,立板側に未接合部がなくなり,溶接断面積を増大させることができると共に,目視検査によって上板表面側の溶接ビード外観及び裏面側の両角部に露呈した接合部外観の良否を簡便に評価することができる。
【0049】
また,前記上板厚T1の範囲を2≦T1≦7mmに設定することにより,上板表面から裏面貫通して下側の立板側まで溶融接合することができ,健全な溶け込み形状を有する溶接金属部を得ることができる。なお,前記上板厚T1が2mmより薄いと,上板側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易い。反対に,前記上板厚T1が7mmより厚いと,上板表面から裏面貫通して下側の立板側まで溶融し難く,また,立板側の溶け幅wを十分な大きさに確保することも難しくなる。強制的に溶融するには大出力のアーク溶接装置が必要になると共に,上板側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易いので好ましくない。
【0050】
また,少なくとも上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さhが1mm以上形成されていることにより,溶接強度に関係する立板側の溶け幅及び溶接断面積を十分な大きさに確保することができる。
【0051】
本発明の貫通溶接構造物では,前記した貫通溶接方法のいずれかで遂行されており,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成した溶接金属部を備えることにより,立板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有する溶接構造物を得ることができる。一方,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,立板側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることにより,上板側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有する溶接構造物を得ることができる。また,上板裏面貫通部分又は立板側の溶け幅部分の溶接断面積(溶け幅と溶接長さとの積)が上板側の板厚断面積以上に形成され,又は立板側の板厚断面積以上に形成されることにより,上板材料強度又は立板材料強度と同等以上の溶接強度を有する溶接金属部及び溶接構造物を得ることができる。さらに,前記上板厚T1の範囲を2≦T1≦7mmに設定することにより,上述したように,上板表面から裏面貫通して下側の立板側まで溶融接合することができ,健全な溶け込み形状を有する溶接金属部及び溶接構造物を得ることができる。この場合,原子力機器や他の機器(例えば,火力機器)に組み込まれるT型継手の溶接構造物に適用されることにより,従来の溶接物と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【発明の効果】
【0052】
以上述べたように,本発明のT型継手の貫通溶接方法及びT型継手の貫通溶接構造物によれば,上板側に開先溝やギャップを形成する必要がなく,溶け込みの深い1パス溶接が可能であり,上板表面から下側の立板側まで溶融されて上板と下側の立板とを確実に接合した溶接金属部,及び上板断面積又は立板断面積と同等以上の溶接断面積の確保に対応した溶接強度を得ることができる。しかも,裏当て材の設置が不要であり,溶け落ちも生じない。この結果,従来の溶接方法及び溶接物と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0053】
以下,本発明の内容について,図1〜図6に示される実施形態を用いて具体的に説明する。
【0054】
図1は,本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状の一実施形態を示す説明図である。図1(1)に示すように,溶接対象の継手は,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなり,上板1と下板3とによってT字状のT型継手を形成する(T型継手形成20)。
【0055】
すなわち,鉛直方向に沿った下側の立板3の上端面に水平方向に沿った上板1を重ね配置してT字状に構成し,上板1と下側の立板3とを溶融接合する。上板1の板厚T1(以下,上板厚T1という)の範囲は2≦T1≦7mmからなり,上板厚T1が水平方向に沿って略均一に形成されている。また,下側の立板3の板厚T2(以下,立板厚T2という)は,鉛直方向に沿って略均一に形成されている。
【0056】
なお,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いT型継手の場合(T2≦T1)と,立板厚T2が上板厚T1より厚いT型継手の場合(T2>T1)とを大別して以下説明する。
【0057】
次の塗布工程21では,図1(2)に示すように,溶接すべき上板1の表面部に溶け込み促進剤4(金属酸化物入りのフラックス溶剤)を図示しない塗布手段を用いて塗布する。この溶け込み促進剤4は,例えば,TiO2,SiO2,Cr23等の金属酸化物の粉末と溶媒を混合したフラックス溶剤であり,周知の市販品を使用して塗布すればよい。
【0058】
前記塗布手段としては,例えば,刷毛,ローラ,ブラシ,筆等が含まれ,好適には刷毛を用いるとよい。
【0059】
溶け込み促進剤4を塗布する場合は,上板1表面の溶接線方向に塗布して溶接線左右方向の塗布膜厚を均等な厚み(例えば20μm以上)に形成するとよい。刷毛を使用して溶け込み促進剤4を溶接線方向に往復塗布すると,所望の膜厚を溶接線左右方向に形成することができる。
【0060】
この場合,溶け込み促進剤4による塗布膜厚を,例えば,20μm以上形成することにより,アーク溶接の遂行時に片寄りや曲りのない略左右対称の深い溶け込み形状を得ることができ,特に,上板1表面からの溶け込み深さ(T1+h)を7mm以上形成するときに好適である。なお,7mm未満の溶け込み深さが許容される薄板溶接の場合には,前記塗布膜厚が20μmより薄くてもよい。なお,hは,立板3側の溶け込み深さである。
【0061】
なお,前記溶け込み促進剤4の塗布によって溶接線(溶接位置)が不明瞭となり視認することが困難となる場合には,溶接すべき溶接線から少し離れた位置に溶接線と平行な目視線(けがき線)を予めけがいておくとよい。このけがき線を目印に,溶接時のトーチ位置決めや溶接線位置の倣い調整を容易に行うことができる。
【0062】
次の溶接工程22では,図1(3)に示すように,塗布後の上板1の表面から非消耗電極方式のアーク溶接による溶融接合を遂行する。非消耗性のタングステンを電極5に使用するアーク溶接である。このアーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いT型継手の場合(T2≦T1)は,上板1裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成(w≧T2)させるように溶融接合する。また,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合(T2>T1)には,立板3側の前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成(w≧T1)させるように溶融接合する。なお,参照符号16は,後述する露呈接合部である。
【0063】
このように溶融接合することにより,溶け込み促進剤4に含有している金属酸化物の加熱反応(例えば,金属酸化物から酸素が解離し,その解離した酸素の多くが溶融金属内に溶解する化学反応)によってアーク6直下の溶融プール7aの対流が内向き方向及び深さ方向に変化して溶融を促進する。その結果,図1(4)に示すように,上板1裏面を貫通して立板3側まで深く溶け込んだ溶接金属部7bを得ることができる。また,溶接金属部7bに片寄りや曲りのない略左右対称の深い溶け込み形状23とポロシティのない健全な品質を得ることができる。
【0064】
なお,溶接線方向に塗布する溶け込み促進剤4の膜厚が極端に薄いと,溶け込み深さが浅くなり易い。また,溶接線左右方向の塗布膜厚が大きく変化していると,溶接幅方向(外向き方向)の対流が生じて深さ方向(内向き方向)の対流を乱し,溶融プール7aが左右アンバランスな状態に至り,膜厚の薄い側に広がって片寄り,溶け込みが歪で浅い形状になり易い。このため,溶接線左右方向の塗布膜厚を均等な厚みに形成することにより,アーク溶接時に溶融プール7aの対流が深さ方向に作用し,片寄りや曲りのない略左右対称の深い溶け込み形状23を得ることができる。
【0065】
また,立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成(w≧T2)又は上板厚T1以上に形成(w≧T1)させることにより,立板3側の板厚断面積又は上板1側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積(溶け幅と溶接長さとの積)が確保でき,立板材料強度又は上板材料強度と同等以上の引張強度を得ることができる。
【0066】
前記アーク溶接は,対流型(及び熱伝導型)の溶け込み形状であり,スパッタ(溶融金属の飛散)の発生が全くない。上板1側に開先加工を施す必要がなく,また,裏当て材の設置が不要であり,溶け落ちも生じない。さらに,従来のTIG溶接と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。前記立板3側の溶け幅wは,溶接電流や溶接速度等溶接入熱条件の大きさによって調整可能であり,上板1の板厚T1と立板3の板厚T2の大きさに対応して,上板厚T1以上(w≧T1)に形成又は立板厚T2以上(w≧T2)に形成するように適正な溶接条件を設定して,アーク溶接による溶融接合を遂行するとよい。
【0067】
さらに,立板3側の全面接合が可能な立板厚T2を使用(例えば,T2≦T1)する場合は,上板1裏面と接触又は接近する下側の立板厚T2の両端面部分まで溶融し,上板1裏面と立板3との両角部(コーナ部)に露呈させた露呈接合部16を含む溶融接合部(溶接金属部7b)を有する溶け込み形状23とすることにより,立板3側に未接合部がなくなり,溶接断面積を増大させることができると共に,目視検査によって上板1表面側の溶接ビード外観及び裏面側の両角部(コーナ部)に露呈した接合部外観の良否を簡便に判断することができる。
【0068】
特に,上板1裏面と立板3との両角部に露呈させた溶融接合部を形成する場合には,図1(3)に示したアーク溶接部分に図示しないワイヤを送給しながらアーク溶接するとよい。ワイヤ送りのアーク溶接を遂行することにより,溶融金属量の不足分が補充され,溶接表面に凹みやアンダカットのない良好な溶接ビードを得ることができる。
【0069】
また,上板1裏面貫通部分又は立板3側の溶け幅部分の溶接断面積(溶け幅と溶接長さとの積)が上板1側の板厚断面積以上に形成され,又は立板3側の板厚断面積以上に形成されることにより,上述したように,上板材料強度又は立板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7bを得ることができる。前記上板厚T1の範囲は2≦T1≦7mmに設定されるとよく,上板1の表面から裏面貫通して下側の立板3側まで溶融接合することにより,所望の溶け込み形状23を有する溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0070】
なお,上記した上板厚T1が2mmより薄いと,上板1側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易い。反対に,前記上板厚T1が7mmより厚いと,上板1の表面から裏面貫通して下側の立板3側まで溶融し難く,立板3側の溶け幅wを十分な大きさに確保することが難しくなる。強制的に溶融するには大出力のアーク溶接装置が必要になると共に,上板1側の溶け過ぎによる溶接変形が増大し易いので好ましくない。
【0071】
また,上板1表面から貫通溶接した立板3側の溶け込み深さh(図1(3)参照)が1mm以上形成されていることにより,溶接強度に関係する立板3側の溶け幅w及び溶接断面積を十分な大きさに確保することができる。
【0072】
次に,図2は,本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状の他の実施形態を示す説明図である。図1との主な相違点は,下側の立板3の上端面に上板1a,1bを2枚並列に突合せ配置してT型継手を形成したことと,前記T型継手における立板厚T2が上板厚T1より厚い(T2>T1)ことである。
【0073】
溶接対象の継手は,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手であり,下側の立板3の上端面に上板1a,1bを2枚並列に突合せ配置しており,上板1a,1bと下側の立板3とを溶融接合する。上板1a,1bの上板厚T1の範囲は,2≦T1≦7mmである。
【0074】
塗布工程21では,上述したように,溶接すべき上板1a,1bの表面部に溶け込み促進剤4(金属酸化物入りのフラックス溶剤)を刷毛等の塗布手段によって塗布する。溶け込み促進剤4を塗布する場合は,上板1a,1bの表面の溶接線方向に塗布して溶接線左右方向の塗布膜厚を均等な厚みに形成するとよい。アーク溶接の遂行時に片寄りや曲りのない略左右対称の深い溶け込み形状23を得ることができる。
【0075】
次の溶接工程22では,図2(3)に示すように,塗布後の上板1a,1bの表面から非消耗電極方式のアーク溶接による溶融接合を遂行する。アーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合(T2>T1)は,上板1a,1b裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成(w≧T1)させるように溶融接合する。
【0076】
このように溶融接合することにより,上述したように,開先加工を施していない平板のT型継手であっても,上板1a,1bと下側の立板3とを確実に溶融接合できると共に,上板1a,1b側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積が確保でき,上板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7bを得ることができる(図2(4)参照)。
【0077】
また,図2(1)に示される上板1a,1b同士の突合せ部にギャップ(図示せず)が有る場合は,図2(3)に示されるアーク溶接部分に図示しないワイヤを送給しながらアーク溶接するとよい。ワイヤ送りのアーク溶接を遂行することにより,溶融金属量の不足分が補充され,溶接表面に凹みやアンダーカットのない良好な溶接ビードを得ることができる。
【0078】
また,前記溶接工程22では,上板厚T1より厚肉の立板3の上端面に配置した前記上板の1a,1b表面部に溶け込み促進剤4を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板1a,1b裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることができる。このように立板3側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることにより,上述したように,上板1a,1b側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積が確保でき,上板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7bを得ることができる。
【0079】
下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合(T2≦T1)には,図1(3),(4)に示すように,立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成(w≧T2)させることにより,立板3側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積が確保でき,立板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7bを得ることができる。
【0080】
また,本発明の貫通溶接構造物では,図1,図2に示した貫通溶接方法によって遂行され,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板1(1a,1b)裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成した溶接金属部7bを備え,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部7bを備える。これによって前記上板1(1a,1b)と下側の立板3とを確実に接合できると共に,上板1(1a,1b)側の板厚断面積又は立板3側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有した健全な溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0081】
また,図1と同様に,上板厚T1より厚肉の立板3の上端面に並列に配置した前記上板1a,1bの表面部に溶け込み促進剤4を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板1a,1b裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部7bを備える。これによって上板1a,1b側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有した健全な溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0082】
さらに,前記貫通溶接構造物において,上板1(1a,1b)裏面貫通部分又は立板3側の溶け幅w部分の溶接断面積(溶け幅と溶接長さとの積)が上板1(1a,1b)側の板厚断面積以上に形成され,又は立板3側の板厚断面積以上に形成される。上述したように,上板材料強度又は立板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。特に,原子力機器や他の機器(例えば,火力機器等)に組み込まれるT型継手の溶接構造物に適用されることにより,従来の溶接方法及び溶接物と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【0083】
次に,図3は,本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状のさらに他の実施形態を示す説明図である。図1及び図2との主な相違点は,前記溶け込み促進剤4を使用せずに,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出する二重シールド構造の溶接トーチ(シールドガス供給手段)を使用して非消耗電極方式のアーク溶接を遂行するようにしたことである。T型継手の形状や溶接部分の溶け込み形状は図1と略同じである。
【0084】
すなわち,図3(2),(3)に示すように,内管と外管とが同軸状に配設された二重シールド構造の溶接トーチ8を使用し,外側ノズル9aのノズル孔から酸化性ガス(O2やCO2)と不活性ガス(ArやHe)との混合ガス9bを流出させ,同時に,内側ノズル10aのノズル孔から不活性ガス10b(ArやHe)を流出させながらアーク溶接による溶融接合を遂行する。
【0085】
二重シールドのアーク溶接を遂行する際に,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合(T2≦T1)は,上板1裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成(w≧T2)させ,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合(T2>T1)には,立板3側の溶け幅wを上板厚T1以上に形成(w≧T1)させることにより,上述したように,開先加工を施していない平板のT型継手であっても,上板1と下側の立板3とを確実に溶融接合できると共に,前記立板3側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積,又は上板1側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積の何れかが確保でき,立板材料強度又は上板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0086】
立板3側の全面接合が可能な立板厚T2を使用(例えば,T2≦T1)する場合は,上述したように,上板1裏面と接触又は接近する下側の立板厚T2の両端面部分まで溶融し,上板1裏面と立板3との両角部(コーナ部)に露呈させた溶融接合部を有する溶け込み形状23とすることにより,立板3側に未接合部がなくなり,溶接断面積を増大させることができると共に,目視検査によって上板1表面側の溶接ビード外観及び裏面側の両角部に露呈した接合部外観の良否を判断することができる。また,上述したように,上板1の板厚T1の範囲は2≦T1≦7mmに設定されるとよく,上板1表面から裏面貫通して下側の立板3側まで溶融接合することにより,所望の溶け込み形状23を有する溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0087】
また,図3に示すように,上板厚T1より厚肉の立板3の上端面に配置した上板1の表面部から前記二重シールドのアーク溶接を遂行し,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることができ,上述したように,上板1側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確実に確保することができる。
【0088】
この場合,数パーセントの酸化性ガス(O2やCO2)と不活性ガス(ArやHe)との混合ガス9bをアーク溶接部分に流しながらアーク溶接を遂行すると,アーク6直下の溶融プール7aの対流が深さ方向に変化して溶け込みが深くなり,上板1の表面から下側の立板3側まで溶融接合することができる。なお,前記酸化性ガスと不活性ガスとの混合ガス9bは,周知の市販品を使用すればよい。
【0089】
アーク6を形成するための電極5部分をガスシールドし,内側ノズル10aのノズル孔から不活性ガス10b(ArやHe)を流出させることにより,前記酸化性ガスによる電極5先端の酸化及び消耗を防止することができる。また,前記不活性ガス10bに電位傾度の高いHeガスを使用すると,Arガス使用時と比べて,アーク電圧及び入熱量が上昇して溶け込み量が増加するので,例えば,溶接電流の減少によって溶け込み状態を適正に調整するとよい。さらに,立板3側の溶け幅wは,溶接電流や溶接速度等の溶接入熱条件の設定によって調整可能であり,上板厚T1以上(w≧T1)に形成又は立板厚T2以上(w≧T2)に形成するように適正な溶接条件を事前に設定して,アーク溶接による溶融接合を遂行するとよい。
【0090】
このようにしてアーク溶接を遂行することにより,上板1の表面から下側の立板3側まで溶融されて上板1と下側の立板3とを確実に接合することができる。また,上述したように,上板1の板厚断面積又は立板3の板厚断面積と同等以上の溶接断面積が確保でき,上板材料強度又は立板材料強度と同等以上の引張強度を有する溶接金属部7bを得ることができる。前記二重シールドのアーク溶接は,対流型(及び熱伝導型)の溶け込み形状であり,スパッタの発生が全くない。しかも,上板1側に開先加工を施す必要がなく,また,裏当て材の設置が不要であり,溶け落ちも生じない。従来のTIG溶接と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【0091】
また,本発明の貫通溶接構造物では,図3に示した貫通溶接方法によって遂行され,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄い場合は,上板1裏面貫通後の立板3側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成した溶接金属部7bを備え,一方,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚い場合には,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部7bを備える構造とすることができる。上述したように,これによって前記上板1と下側の立板3とを確実に接合できると共に,上板1側の板厚断面積又は立板3側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有した健全な溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。
【0092】
さらに,上板厚T1より厚肉の立板3の上端面に配置した上板1の表面部から前記二重シールドのアーク溶接を遂行し,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部7bを備える構造とすることができる。これによって上板1側の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を有した健全な溶接金属部7b及び溶接構造物を得ることができる。特に,原子力機器や他の機器(例えば,火力機器等)に組み込まれるT型継手の溶接構造物に適用されることにより,従来の溶接方法及び溶接物と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【実施例】
【0093】
図4は,図1及び図2に示される溶接方法を適用したときの板厚別の溶接電流Iと立板側の溶け幅w及び溶け込み深さhの関係を示す実施例である。図4中の上部側には,溶接電流Iを変化させて溶接した板厚別の代表的な断面写真を開示している。なお、図4中の枠内の説明では、溶け込み深さhを「溶け深さh」と簡略化して記載する。
【0094】
上板厚T1が3,4,6mmからなる3種類(T1=3,4,6)の上板1を用意し,立板3の立板厚T2が11.8mmで一定(T2=11.8)とし,何れもステンレス鋼材(SUS304L)を使用した。また,溶接速度(毎分当たりの溶接ビードの長さ)を一定(65mm/min)にして,上板1の板厚別に溶接電流Iを変化させて溶接した。
【0095】
図4から諒解されるように,立板3側の溶け幅w及び溶け込み深さhは,溶接電流Iの増加に伴って増加し,立板3側の溶け込み深さhが1mm以上の形成領域では,溶け幅wが何れも上板厚T1以上の大きさに形成された。例えば,立板3側の溶け幅wが上板厚T1以上に形成される溶接電流Iは,上板厚3mmの場合で約125A以上,上板厚4mmの場合で約185A以上,上板厚6mmの場合で約270Aであった。また,図4中に示された板厚別の断面写真は,立板3側の溶け込み深さhが約1.5〜2.1mmある部分の溶け込み形状であり,何れの断面も溶け幅wが上板厚T1を上回る大きさに形成された。
【0096】
このように,本実施例では,各種板厚に対応した適正な溶接電流等の溶接条件を設定してアーク溶接を遂行することにより,上板厚T1以上の溶け幅wが形成され,上板1と下側の立板3とを確実に溶融接合した溶接金属部7b,及び上板1の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確保することができた。
【0097】
図5は,図1及び図2に示される溶接方法を適用したときの溶接速度別の溶接電流Iと立板3側の溶け幅w及び溶け込み深さhの関係を示す他の実施例である。図5中の上部側には,溶接速度を変化(50,65,80mm/minの3種類)させて溶接した代表的な断面写真を開示している。なお、図5中の枠内の説明では、溶け込み深さhを「溶け深さh」と簡略化して記載する。
【0098】
他の実施例では,上板1の上板厚T1が3mm(T1=3mm),立板3の立板厚T2が11.8mm(T2=11.8mm)でそれぞれ一定であり,溶接速度と溶接電流を変化させて溶接した。
【0099】
図5から諒解されるように,立板3側の溶け幅w及び溶け込み深さhは,溶接電流Iの増加又は溶接速度の減少に伴って増加した。立板3側の溶け込み深さhが1mm以上の形成領域では,溶け幅wが何れも上板厚T1以上の大きさに形成された。
【0100】
この場合,上板厚T1(T1=3mm)と比べて,立板3側の立板厚T2(T2=11.8mm)が厚いT型継手(T2>T1)の溶接結果を示しているが,半分程度の板厚を使用する場合は,溶接電流を減少又は溶接速度を増加して溶接すれば良好な溶け込み形状を得ることができる。
【0101】
このように適正な溶接条件を設定してアーク溶接を遂行することにより,上述したように,上板厚T1以上の溶け幅wが形成され,上板1と下側の立板3とを確実に溶融接合した溶接金属部7b,及び上板1の板厚断面積と同等以上の溶接断面積を確保することができた。
【0102】
図6は,図1に示される溶接方法を適用したときのT型継手の板厚(T1=T2)と溶接電流I,溶け幅w及び溶け込み深さhの関係を示すさらに他の実施例である。
【0103】
図6中には,上板厚T1と立板厚T2とが同一であって(T1=T2),それぞれ異なる3種類の板厚(T1=T2=3mm,T1=T2=4mm,T1=T2=6mm)を溶接した代表的な断面写真を開示している。なお、図6中の枠内の説明では、溶け込み深さhを「溶け深さh」と簡略化して記載する。
【0104】
T型継手の板厚に対応した適正な溶接電流等の溶接条件を設定して上板1表面からアーク溶接を遂行することにより,上板1裏面と立板3との両角部に露呈させた溶融接合部を有する溶け込み形状の溶接断面を得ることができた。また,上板1裏面の溶け幅wは,何れの板厚のT型継手も上板厚T1及び立板厚T2より大きく形成されており,各板厚断面積より大きな溶接断面積を確保することができた。
【0105】
なお,図6に示されるさらに他の実施例では,ワイヤ送りなしのアーク溶接を遂行しているため,上板1の溶接表面に小さな凹みが生じているが,ワイヤ送りのアーク溶接を遂行することにより,溶接表面に凹みやアンダカットのない溶接部を得ることが可能である。
【0106】
このように,上板1裏面と立板3とT型継手の両角部に露呈させた溶融接合部を有する溶け込み形状にすることにより,立板3側に未接合部がなくなり,溶接断面積を増大させることができると共に,目視検査によって上板1表面側の溶接ビード外観及び裏面側の両角部に露呈した接合部外観の良否を簡便に判断することができる。
【0107】
図7は,従来のTIG溶接方法による開先溝付きT型継手の多パス溶接形状を示す比較例の断面図である。また,図8は,従来のTIG溶接方法による他のギャップ付きT型継手の多パス溶接形状を示す他の比較例の断面図である。
【0108】
従来のTIG溶接方法では,溶け込みが浅いため,図7(1)に示すように,上板1及び立板3を溶け易くするために,上板1の表面部に開先溝12を形成して薄肉化している。図7(2)に示すように,最初に,開先溝12の薄肉部を溶接して立板3側まで溶け込ませて初層溶接部14を形成し,その後に,上板1上部まで複数の積層溶接部15を順次積層する多パス溶接を遂行している。
【0109】
また,比較例に係る他の方法として,図8(1),(2)に示すように,上板1,2を2枚並列に配置した継ぎ目部に数ミリの大きなギャップ13を設け,このギャップ13の底部及び下側立板3の空間部を溶接して立板3側まで溶け込ませて初層溶接部14を形成した後,開先上部まで複数の積層溶接部15を順次積層する多パス溶接を遂行している。
【0110】
このように,比較例に係る従来のTIG溶接では,工数増加の多パス溶接が必要であり,また,熱変形も増加する結果に成り易い。
【0111】
これに対して,本発明のT型継手の貫通溶接方法では,上述したように,上板1側に開先溝や継手ギャップを形成する必要がなく,溶け込みの深い1パス溶接が可能であり,上板1表面から下側の立板3側まで溶融されて上板1と下側の立板3とを確実に接合した溶接金属部7b,及び上板厚断面積又は立板厚断面積と同等以上の溶接断面積の確保に対応した溶接強度を得ることができる。また,従来の溶接方法及び溶接物と比べて溶接変形の低減や工数低減及びコスト低減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状の実施形態を示す説明図である。
【図2】本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状の他の実施形態を示す説明図である。
【図3】本発明のT型継手の貫通溶接方法に係る溶接手順及び溶け込み形状のさらに他の実施形態を示す説明図である。
【図4】図1及び図2に示した溶接方法を適用したときの板厚別の溶接電流と立板側の溶け幅及び溶け込み深さの関係を示す実施例である。なお,図中には,溶接電流を変化させて溶接した板厚別(上板厚T1=3,4,6mm)の代表的な断面写真を開示している。
【図5】図1及び図2に示した溶接方法を適用したときの溶接電流と立板側の溶け幅及び溶け込み深さの関係を示す他の実施例である。なお,図中には,溶接速度(50,65,80mm/min)を変化させて溶接した代表的な断面写真を開示している。
【図6】図1に示した溶接方法を適用したときのT型継手の板厚と溶接電流,溶け幅及び溶け込み深さの関係を示すさらに他の実施例である。なお,図中には,3種類の板厚(3,4,6mm)を溶接した代表的な断面写真を開示している。
【図7】従来のTIG溶接による開先溝付きT型継手の多パス溶接形状を示す比較例の断面図である。
【図8】従来のTIG溶接によるギャップ付きT型継手の多パス溶接形状を示す他の比較例の断面図である。
【符号の説明】
【0113】
1,1a,1b…T型継手の上板,3…T型継手の立板,4…溶け込み促進剤,5…非消耗性電極,6…アーク,7a…溶融プール,7b…溶接金属部,8…溶接トーチ,9a…外側ノズル,9b…酸化性ガス入り混合ガス,10a…内側ノズル,10b…不活性ガス,12…開先溝,13…ギャップ,14…初層溶接部,15…積層溶接部,16…露呈接合部,T1…上板の板厚,T2…立板の板厚,w…立板の溶け幅,h…立板の溶け込み深さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,
前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶融金属の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶融金属の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項2】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,
前記上板表面に溶け込み促進剤を溶接線方向に塗布する塗布工程と,
前記溶け込み促進剤が塗布された上板表面から非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶融金属の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶融金属の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させる溶接工程と,
を有することを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項3】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,
不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行する際,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶融金属の溶け幅wを立板厚T2以上に形成させ,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶融金属の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接方法において,
立板側の全面接合が可能な立板厚T2に設定され,上板裏面と接触又は接近する下側の立板厚T2の両端面部分まで溶融させ,上板裏面と立板との間に溶融接合部を有する溶け込み形状が形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項5】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,
上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面から,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶融金属の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成させることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項6】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合する,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接方法において,
上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶融金属の溶け幅wを上板厚T1以上に形成させることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接方法において,
前記上板厚T1の範囲は,2≦T1≦7mmに設定されることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接方法において,
少なくとも上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さhは,1mm以上形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接方法において,
所定の溶け幅wからなる前記溶融金属は,1パスで形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接方法。
【請求項10】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,
前記請求項1〜3のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接方法で遂行され,下側の立板厚T2が上板厚T1と同一の厚み又は上板厚T1より薄いときは,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを立板厚T2以上に形成した溶接金属部を備え,若しくは,前記下側の立板厚T2が上板厚T1より厚いときは,前記溶け幅wを上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。
【請求項11】
請求項10に記載のT型継手の貫通溶接構造物において,
上板裏面貫通部分又は立板側の溶け幅部分の溶接断面積は,上板側の板厚断面積以上に形成され,又は立板側の板厚断面積以上に形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。
【請求項12】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,
上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面に溶け込み促進剤を塗布した後に非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。
【請求項13】
下側の立板面に1枚重ね配置した上板表面又は2枚並列に突合せ配置した上板表面から下側の立板まで溶融接合した,ステンレス鋼材又は低炭素鋼材からなるT型継手の貫通溶接構造物において,
上板厚T1より厚肉の立板面に配置した前記上板表面から,不活性ガスのシールドガスと酸化性ガス入りのシールドガスとを流出するシールドガス供給手段を用いて非消耗電極方式のアーク溶接を遂行し,上板裏面貫通後の立板側の溶け幅wを前記上板厚T1以上に形成した溶接金属部を備えることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。
【請求項14】
請求項10〜13のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接構造物において,
前記上板厚T1の範囲は2≦T1≦7mmに設定され,少なくとも上板表面から貫通溶接した立板側の溶け込み深さhが1mm以上形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。
【請求項15】
請求項10〜13のいずれか1項に記載のT型継手の貫通溶接構造物において,
前記溶接金属部は,少なくとも原子力機器又は火力機器に適用されるT型継手に形成されることを特徴とするT型継手の貫通溶接構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−238265(P2008−238265A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−136285(P2007−136285)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【出願人】(507250427)日立GEニュークリア・エナジー株式会社 (858)
【Fターム(参考)】