説明

TIG溶接方法およびその装置

【課題】より高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができ、更に溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱することを防止できるTIG溶接方法およびその装置を提供する。
【解決手段】被接合物5と溶接トーチ3の電極4との間にアーク放電させて溶接アーク8を発生させ、永久磁石7により溶接アーク8の周囲に磁界を発生させ、磁界と電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、被接合物5の溶融部17に作用させ、接合するTIG溶接方法において、永久磁石7を溶接トーチ3の電極4の周囲に配列し、永久磁石7を移動して磁界を変動させることにより溶融部17にかかる対流駆動力を変化させて溶接することを特徴とするTIG溶接方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG溶接方法およびその装置に関する。より詳細には、被接合物と溶接トーチの電極との間にアーク放電させて溶接アークを発生させ、永久磁石により溶接アークの周囲に磁界を発生させ、磁界と電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、被接合物の溶融部に作用させ、接合するTIG溶接方法およびその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
被接合物と溶接トーチの電極との間にアーク放電させて溶接アークを発生させ、永久磁石により溶接アークの周囲に磁界を発生させ、該磁界と前記溶接アークに流れるアーク電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、前記溶接アークに作用させ、被接合物を溶接アークにより溶融して接合するTIG溶接方法およびその装置として、特許文献1に記載の方法等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−105056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の溶接方法を使用した場合には、より高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができない。アスペクト比とは、溶け込み深さHと平均溶融幅Wとの比を言う。また、特許文献1の実施例2(図2)に示されたように、永久磁石を溶接トーチの電極の周囲に配列した場合、溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱する場合があるという不具合もある。
【0005】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、より高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができ、更に溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱することを防止できるTIG溶接方法およびその装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1形態によれば、TIG溶接方法は、
被接合物(5)と溶接トーチ(3)の電極(4)との間にアーク放電させて溶接アーク(8)を発生させ、永久磁石(7)により前記溶接アーク(8)の周囲に磁界を発生させ、該磁界と電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、被接合物(5)の溶融部(17)に作用させ接合するTIG溶接方法において、
前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の周囲に配列し、前記永久磁石(7)を移動して前記磁界を変動させることにより溶接することを特徴とする。
【0007】
永久磁石を溶接トーチの電極の周囲に配列し、永久磁石を移動して磁界を変動させることにより、起電力が生じ渦電流が発生する。この渦電流発生によって溶融部のローレンツ力が増加し内向きの対流駆動力が増加する。このような作用により、高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができる。更に、永久磁石が移動することにより、周囲の空気と永久磁石との間で熱伝達が加速されて、溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱することを防止できる。
【0008】
本発明の第2形態によれば、TIG溶接方法は、前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の軸方向に周期的に往復動させることにより、前記磁界を変動させることを特徴とする。永久磁石の移動形態の一つを示したものである。
【0009】
本発明の第3形態によれば、TIG溶接装置は、
被接合物(5)と溶接トーチ(3)の電極(4)との間にアーク放電させて溶接アーク(8)を発生させ、前記被接合物(5)を前記溶接アーク(8)により溶融して接合するTIG溶接装置(100)において、
前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)と、
前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の周囲に配置された永久磁石(7)と、
該永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)に対して移動させる永久磁石移動手段(11〜15)と、
を備えることを特徴とする。
【0010】
永久磁石を溶接トーチの電極の周囲に配列し、永久磁石を移動して磁界を変動させることにより、起電力が生じ渦電流が発生する。この渦電流発生によって溶融部のローレンツ力が増加し内向きの対流駆動力が増加する。このような作用により、高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができる。更に、永久磁石が移動することにより、周囲の空気と永久磁石との間で熱伝達が加速されて、溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱することを防止できる。
【0011】
本発明の第4形態によれば、TIG溶接装置は、前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の軸方向に周期的に往復動させることにより、前記磁界を変動させることを特徴とする。永久磁石の移動形態の一つを示したものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るTIG溶接装置の概観図である。
【図2】図1の溶接アーク発生部の模式図である。
【図3】図2の溶接アーク発生部のA−A断面図である。
【図4】永久磁石により溶接アークが変形した状態を示す図である。
【図5】(a)は、永久磁石に上側から印加される空気圧であり、(b)は、永久磁石に下側から印加される空気圧である。
【図6】本発明に係るTIG溶接方法による溶接断面部の写真である。
【図7】従来のTIG溶接方法による溶接断面部の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(第1実施形態)
図1は、電極4と被接合物5との間に磁界を発生させる永久磁石7を設けた本発明のTIG溶接装置100の概観図を示す。図1に示すように、TIG溶接装置100は、溶接機本体1に設置されてTIG溶接電源2の負極が接続される溶接トーチ3の電極4と、被接合物(ワーク)5に接続され正極である電極6が配設されている。イナート(不活性)ガスは、シールドガス容器9から電極4の外周部16(図2参照)へ供給される。そして、図示しないイナートガスが後述する磁石ハウジング11と電極4との間から噴出され、溶接アーク8の表面を覆って溶接部が酸化するのを防ぐ。また、溶接トーチ3の電極4の中心軸と被接合物5の被接合部(溶接線部)10は一致させる。そして、溶接実行中に、ワーク5を、Y方向(溶接線方向)に例えば10mm/sの速度で移動させる。これにより、溶接線部10に溶接ビード部が形成される。
【0014】
図2に図1の溶接アーク発生部の模式図を示し、図3に図2の溶接アーク発生部のA−A断面図を示す。電極4の先端と被接合物5との間の距離xは例えば1mmであり、後述する磁石ハウジング11の下端面と電極4の先端との間の距離yは例えば0.5mmである。図2に示すように、電極4と被接合物5との間に生じる溶接アーク8に影響を及ぼすように、電極4の中心軸から所定の距離だけ離れた位置に永久磁石7が配置されている。
【0015】
永久磁石7は、図2及び図3に示すように、長方形の断面を有する柱状の(直方体の)単一磁石であり、第1実施形態では4個の永久磁石7が電極4の周囲に等間隔にかつ、電極4の中心軸から等しい距離を置いた位置に、磁石ハウジング11内に配列されている。そして、永久磁石7の磁極(S磁極とN磁極)は柱の両端面に設けられており、図3に示すように平面視において、4個の永久磁石7は、相互に同一磁極が対向するように配置されている。そして、一つの永久磁石7の隣には、一つの永久磁石7の磁極と逆磁極を有する別の永久磁石7が配置されている。なお、磁界の磁力線を溶接アーク8に大量に通過させることが所望の効果を得る上で重要であり、このため、永久磁石7は磁束密度の大きい希土類磁石が好適に採用される。これにより、コンパクトにして強力な磁界が得られる。
【0016】
TIG溶接方法は、被接合物5を溶接アーク8により溶融して接合する方法である。溶接アーク8は、電極4と電極6と導通する被接合部10との間を流れるアーク放電であり、高温のプラズマ状となった荷電粒子の流れである。アーク放電は基本的には電極4と被接合部10との最短距離の空間に生じ、電極4の中心軸上に発生し釣鐘状の形状を有する。アーク放電自体はプラズマ状となった荷電粒子の流れであり、つまり電流が流れることにより、アーク放電の周りにはこの電流、つまりアーク電流により(永久磁石7により引き起こされる磁界とは別の)磁界が生じる。
【0017】
永久磁石で発生する磁界は溶融部に作用する。溶接アークと同様に溶融部も電流が流れており、磁力が発生しているのでローレンツ力が作用する。それは溶融部の対流駆動力の1つとして電磁気力と言われており、溶融部断面で見た場合に外から内向きに働く力で、これが大きくなると深い溶け込み形状を得ることができる。その溶け込みを増幅する方法が磁石を動かすことである。すなわち、磁石を動かすことで起電力が生じ渦電流が発生する。永久磁石による磁力線に加え渦電流発生によってローレンツ力は磁石を動かさない場合と比べて増加する。これにより、溶融部において内向きの対流が増加して高いアスペクト比の溶融部断面形状を得ることが可能となる。
なお、図3に示す永久磁石7の配置により、図4に示すように、磁界が発生して、永久磁石7a、7b、7c、7d相互の間に磁力線21が生じる。そして、溶接アーク8は、磁界とアーク電流(電極4とワーク5との間に発生)の電磁気的相互作用により生じるローレンツ力によって偏向される。この溶接アーク8の偏向方向を溶接線方向Yに一致させる。これにより、溶接アーク8は、偏向方向つまり溶接線方向Yにアーク放電が有するエネルギの溶接線方向成分を大きく発生させることが可能となる。この作用が、平均溶融幅が狭くかつ溶接部の溶け込みが深くなることを助長し、さらに溶接アーク8の断面形状の周期的変動と相まって、高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることが可能となる。
【0018】
磁石ハウジング11は、図2、3に示すように、円筒形をしており、4個の永久磁石7を摺動自在に収容する4つの穴11a、11b、11c、11dを有する。1つの永久磁石7aは、磁石ハウジング11の収容穴11a内に上下に摺動自在に収容されている。収容穴11aは、永久磁石7aによりその空間を分離されて、永久磁石7aの上側に空間11aaをその下側に空間11abを有する。収容穴11b、11c、11dも収容穴11aと同様な構造になっている。そして、4個の永久磁石7の上側空間11aa、11ba、11ca、11daは、所定の通路(図示せず)により接続されており、その下側空間11ab、11bb、11cb、11dbも、別な通路(図示せず)により接続されている。そして、下側空間、例えば11abの下端には空気通路12が、上側空間、例えば11aaの上端には空気通路13が接続されている。この構造により、4個の永久磁石7a、7b、7c、7dが同期して上下に移動することが可能となる。
【0019】
空気通路13には、図5(a)に示すような、大気圧と1MPaとの間を周期的に変動する脈動空気圧(パルス空気圧)15が空圧制御手段(図示せず)により印加され、空気通路12には、図5(b)に示すような大気圧より高く1MPaより低い一定の空気圧14が印加される。上記脈動空気圧の周期は例えば15Hzである。この脈動空気圧により、1つの永久磁石7aは、溶接トーチ3の電極4の軸方向に周期的に往復動することとなる。そして、磁石ハウジング11の4つの穴11a、11b、11c、11dが上記のような構造となっているため、他の永久磁石7b、7c、7dも、永久磁石7aの動きと同期する動きをすることとなる。なお、永久磁石7が往復動する距離は例えば0.5mmである。
【0020】
この永久磁石7の周期的な往復動により、溶融部17に起電力が生じ渦電流が発生する。この渦電流発生によって溶融部のローレンツ力が増加し内向きの対流駆動力が増加する。さらに、溶接部に加えられるアーク放電によるプラズマが周期的に変動して、溶接部に非定常な熱流れが発生して、溶け込みの十分深い良好な溶接部が得られ高いアスペクト比の溶接部断面形状を得ることができる。更に、永久磁石が移動することにより、周囲の空気と永久磁石との間で熱伝達が加速されて、溶接アークの放射熱により永久磁石が過熱することを防止できる。
【0021】
図6は、本発明に係るTIG溶接方法による溶接断面部の写真であり、図7は従来の(永久磁石固定式の)TIG溶接方法による溶接断面部の写真である。本発明に係るTIG溶接方法による溶接断面部は、従来のものより明らかに溶融部が深くなっていることが分かる。
【0022】
(他の実施形態)
第1実施形態では、永久磁石7の周期的な往復動を空気圧制御により実施したが、空気圧制御ではなく、例えばモーターを使用したカム駆動により周期的な往復動を実施しても良い。すなわち、永久磁石7の周期的な往復動を達成するために、空圧、油圧、機械駆動等いずれの手段を用いても良いことは、当業者が容易に想到することである。
また、第1実施形態では、永久磁石7の周期的な往復動を用いたが、周期的ではなくランダムに(不規則に)往復動させても良く、また、往復動ではなく例えば磁石ハウジング11を電極4を中心として回転させることにより永久磁石を回転(公転)させても良い。
また、第1実施形態では4個の永久磁石7を等間隔に規則的に配置したが不規則に配置しても良い。
【符号の説明】
【0023】
100 本発明のTIG溶接装置
3 溶接トーチ
4 溶接トーチの電極
5 ワーク(被接合物)
7 永久磁石
8 溶接アーク
11 磁石ハウジング
17 溶融部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被接合物(5)と溶接トーチ(3)の電極(4)との間にアーク放電させて溶接アーク(8)を発生させ、永久磁石(7)により前記溶接アーク(8)の周囲に磁界を発生させ、該磁界と電流との電磁気的相互作用により生じる電磁力を、前記被接合物(5)の溶融部(17)に作用させ、接合するTIG溶接方法において、
前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の周囲に配列し、前記永久磁石(7)を移動して前記磁界を変動させることにより溶融部(17)に付与されるローレンツ力を変化させて溶接することを特徴とするTIG溶接方法。
【請求項2】
前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の軸方向に周期的に往復動させることにより、前記磁界を変動させることを特徴とする請求項1に記載のTIG溶接方法。
【請求項3】
被接合物(5)と溶接トーチ(3)の電極(4)との間にアーク放電させて溶接アーク(8)を発生させ、前記被接合物(5)を前記溶接アーク(8)により溶融して接合するTIG溶接装置(100)において、
前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)と、
前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の周囲に配置された永久磁石(7)と、
該永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)に対して移動させる永久磁石移動手段(11〜15)と、
を備えることを特徴とするTIG溶接装置(100)。
【請求項4】
前記永久磁石(7)を前記溶接トーチ(3)の前記電極(4)の軸方向に周期的に往復動させることにより、前記磁界を変動させることを特徴とする請求項3に記載のTIG溶接装置(100)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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