説明

TNFアンタゴニスト及びそれを有効成分とするTNF阻害剤

【課題】 この発明は、腫瘍壊死因子変異体蛋白質、とりわけ、TNF−R1又はTNF−R2特異的な腫瘍壊死因子変異体蛋白質を提供することを課題とするものである。
【解決手段】 配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列を有する腫瘍壊死因子の変異体蛋白質であって、配列表における配列番号9乃至22で表されるアミノ酸配列のいずれかを有する、腫瘍壊死因子変異体蛋白質を提供することにより前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は腫瘍壊死因子(以下、本明細書において「TNF」と略記する)変異体蛋白質、とりわけ、TNF受容体TNF−R1又はTNF−R2に特異的なTNFアンタゴニスト又はTNFアゴニスト、及び、それらを有効成分とするTNF阻害剤又はTNF製剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
TNFは、多くの腫瘍細胞に対して、極めて強力な抗腫瘍作用を発揮することから、抗癌剤としての活用が嘱望されてきた。しかしながら、TNFは、細胞障害活性による生体への副作用が大きすぎるため、医薬品としてまだ利用されるには至っていない。また、TNFは、癌や感染症などの疾病時に患者の生体内で産生され、炎症反応を引き起こし、場合によっては症状を重篤化する因子ともなり得る。このため、TNFの作用を調節する方法の開発が望まれている。TNFの作用を調節する方法としては、TNFと結合する抗体を生体に投与し、TNFの活性を中和する方法があり、当該抗体を有効成分とする医薬品がすでに開発されている。しかしながら、この方法は、TNFによる有益な生体防御能のすべてを喪失させる恐れがある。
【0003】
ところで、TNF受容体として、分子量55キロダルトンのTNF受容体(以下、「TNF−R1」と呼称する。)及び分子量75キロダルトンのTNF受容体(以下、「TNF−R2」と呼称する。)が存在することが知られている。ヴァン・オスターデ・エックス(Van Ostade X)、タベアニアー・ジェイ(Tavernier J)、プランジェ・ティー(Prange T)、フィアーズ・ダブル(Fiers W)、ローカリゼーション・オブ・ジ・アクティブ・サイト・オブ・ヒューマン・ツモア・ネクロシス・ファクター(hTNF)・バイ・ミューテーショナル・アナリシス(Localization of the active site of human tumour necrosis factor (hTNF) by mutational analysis)、ザ・エンボ・ジャーナル(The ENBO Journal)、1991年、第10巻、第4号、827乃至836頁には、マウスTNF−R2に結合しないヒト由来のα型TNF(以下、「TNF−α」と呼称する)は、両方の受容体と結合するマウスTNF−αとは異なった生物作用を発揮することが報告されている。したがって、TNF−R1又はTNF−R2のどちらか一方にのみに選択的に結合するTNF変異体蛋白質は、従来のTNFの持つ生物作用とは異なった作用を発揮することが期待される。
【0004】
TNF−R1又はTNF−R2のどちらか一方にのみ選択的に結合する、すなわち、受容体特異的なTNF変異体蛋白質を作製するにあたり、ヴァン・オスターデ・エックス(Van Ostade X)等は、上記文献において、TNF−αにおけるTNF−R1又はTNF−R2との結合部位を変異導入法によりそれぞれ調べ、その結果、TNF−αにおけるN末端から29乃至34番目、86番目及び146番目のアミノ酸残基への変異導入は、TNF−R2への結合力を、また、143乃至145番目のアミノ酸残基への変異導入はTNF−R1への結合力を低減させることが開示されている。とりわけ、N末端から32番目のアルギニン(R)がトリプトファン(W)に、N末端から86番目のセリン(S)がトレオニン(T)に変異されたTNF−α変異体蛋白質は、TNF−R1への結合力を保持したまま、TNF−R2との結合力を著しく低減することを開示されている。さらに、特開平6−256395号公報、特開平7−285997号公報、ツアング・エックスエム(Zhang XM)、ウエーバー・アイ(Weber I)、チェン・エムジェイ(Chen MJ)、サイト−ディレクテッド・ミューテーショナル・アナリシス・オブ・ヒューマン・ネクロシス・ファクター−アルファ・レセプター・バインディング・サイト・アンド・ストラクチャー−ファンクショナル・リレーションシップ(Site−directed mutational analysis of human tumor necrosis factor−alpha receptor binding site and structure−functional relationship)、ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(Journal of Biological Chemistry)、1992年、第267巻、第33号、24069乃至24075頁、及び、ローチャー・エイチ(Loetscher H)、スチューバー・ディー(Stueber D)、バンナー・ディー(Banner D)、マッケイ・エフ(Mackay F)、レスロイアー・ダブル(Lesslauer W)、ヒューマン・ツモア・ネクロシス・ファクター・アルファー(ティー・エヌ・エフ・アルファ)・ミュータンツ・ウイズ・エクスクルーシブ・スペシフィシティ・フォー・ザ・55−kDa・オア・75−kDa・TNF・レセプターズ(Human tumor necrosis factor alpha (TNF alpha) mutants with exclusive specificity for the 55−kDa or 75−kDa TNF receptors)、ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)、1993年、第268巻、第35号、26350乃至26357頁を参照すると、受容体特異性をTNF変異体蛋白質に付与するためには、TNF−αのN末端から29乃至34、81乃至89、又は、143乃至147番目のアミノ酸残基に変異導入することが有望であると考えられる。なお、上記文献において、受容体特異的なTNF‐α変異体蛋白質が作成されており、それらはTNFとしての活性を保持するいわゆるアゴニストである。これらは、TNFの薬効を期待してのTNF製剤としての利用が期待できる。
【0005】
一方、TNFとしての活性が弱いか全くないTNF変異体蛋白質、つまりTNFアンタゴニストは、どちらか一方のTNF受容体に選択的に結合するので、生体内で産生されるTNFを残る一方のTNF受容体のみに選択的に結合させることができる。しかしながら、上記文献にはどちらか一方のTNF受容体に特異的なアンタゴニスト活性を有するTNF変異体蛋白質は開示されておらず、受容体特異的なTNFアンタゴニストの開発が望まれる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
斯かる状況に鑑み、この発明は、TNF変異体蛋白質、とりわけ、TNF−R1又はTNF−R2特異的なTNFアンタゴニスト、並びにそれを有効成分とするTNF阻害剤を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、TNF受容体の一種であるTNF−R1又はTNF−R2特異的なTNFアンタゴニストを得るべく、網羅的にTNF変異体蛋白質を作製し、スクリーニングした結果、TNF−R1との結合力のみが野性型TNFと比べて著しく弱いTNF変異体蛋白質、又は、TNF−R2との結合力のみが野性型TNFと比べて著しく弱いTNF変異体蛋白質を得ることに成功した。これらのTNF変異体蛋白質は、TNFといずれか一方のTNF受容体のみとの結合を拮抗阻害することが可能なTNFアンタゴニスト、又は、いずれか一方のTNF受容体にのみに選択的に結合して、TNF様の作用を示すTNFアゴニストであることを確認し、この発明を完成するにいたった。
【0008】
すなわち、この発明は、TNF−R1又はTNF−R2に特異的なTNFアンタゴニスト又はTNFアゴニスト、及び当該蛋白質を有効成分とするTNF阻害剤を提供することによって前記課題を解決するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
この発明でいうTNF−R1特異的とは、TNF−R2との結合力が著しく弱く、その結果、主にTNF−R1と結合する能力が顕著であることを意味し、TNF−R2特異的とは、TNF−R1との結合力が著しく弱く、その結果、主にTNF−R2と結合する能力が顕著であることを意味する。この発明でいうTNFアンタゴニストとは、TNF受容体と結合するが野性型TNFよりも活性が弱いか全く示さない蛋白質を意味する。この発明のTNFアンタゴニストは、TNF−R1又はTNF−R2のどちらか一方の受容体との結合力が強ければ強いほど、残る一方の受容体への結合が弱ければ弱いほど好ましい。
【0010】
この発明のTNF−R1又はTNF−R2に特異的なTNFアンタゴニストは、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するTNF−αをコードするDNAに、所望の位置にNNS配列(Nは塩基がA、T、G又はCを、Sは塩基がG又はCを示す)を常法のPCR技術などにより導入し、ファージディスプレー法により、所期の特性を有するクローンを選出することによって得ることができる。また、TNF−αの代わりに、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端から11、65、90、98、112、128番目のリジン残基のうち1又は2以上が欠失、又は他のアミノ酸残基に置換した、好ましくは、配列表における配列番号2乃至4の塩基配列に併記されるアミノ酸配列を有するTNFリジン変換体(以下、単に「リジン変換体」という)を基にすることもできる。具体的にいえば、まず、TNF−R1又はTNF−R2への結合力を変化させるために、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列、又は配列表における配列番号2乃至4の塩基配列に併記されるアミノ酸配列において、それらのN末端から29、31、32、145、146及び147番目のアミノ酸残基をランダムなアミノ酸に置換(配列表における配列番号5)するか、また、それらのN末端から84、85、86、87、88及び89番目のアミノ酸残基をランダムなアミノ酸に置換(配列表における配列番号7)するために、常法のオリゴDNA合成技術、PCR技術、DNAライゲーション技術などを駆使して、上記位置のアミノ酸残基のコドンをNNSに置換したTNF変異体蛋白質をコードするDNA(配列表における配列番号6又は8)を作製する。得られたDNAはファージライブラリーを作製するために、ファージミドベクターに組み込み、蛋白質を発現させた後、TNF−R1(GENBANK M58286に開示されるアミノ酸配列を有する蛋白質)又はTNF−R2蛋白質(GENBANK M55994に開示されるアミノ酸配列を有する蛋白質)と結合するファージクローンを、表面プラズモン共鳴原理を利用した機器などを用いてパニング法を行うことにより選択する。得られたクローンは、さらに、残る一方の受容体(TNF−R2又はTNF−R1)との結合性を調べ、2つの受容体に対する結合力に差を生じたクローンを選択し、基になったTNF−αあるいはTNFリジン変換体の2分の1、好ましくは10分の1、さらに好ましくは1,000分の1、最も好ましくは、検出可能レベル以下までに片方の受容体への結合力が消失したクローンを選択する。選択されたクローンを、ヒト喉頭癌由来の細胞株HEp−2細胞(ATCC CCL−23)又はマウス結合組織由来の細胞株L−M細胞(ATCC CCL−1.2)などのTNF標的細胞を用いる公知のバイオアッセイによってその生物活性を測定する。その結果、活性が低いもの、例えば、TNF−αの2分の1、好ましくは、10分の1、さらに好ましくは1,000分の1、最も好ましくは、検出可能レベル以下までに細胞障害活性が消失したファージクローンを選別する。
【0011】
斯くして得られるこの発明のTNFアンタゴニストは、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するTNF−α、又は、配列表における配列番号2乃至4の塩基配列に併記されるアミノ酸配列を有するTNFリジン変換体におけるN末端から、29、31、32、145、146及び147番目のアミノ酸残基、又は、84乃至89番目のアミノ酸残基の一部又は全てが他のアミノ酸又は終止コドンに置換されている。これらのTNF変異体蛋白質は、TNF−R1又はTNF−R2のいずれかに特異的に結合するが、野性型TNFよりも活性が低いか全く示さない、いわゆる、TNF−R1又はTNF−R2特異的なTNFアンタゴニストであることから、生体に投与された場合、TNF−R1又はTNF−R2のどちらか一方と選択的に結合するので、生体内で産生されたTNFが選択された方のTNF受容体に結合することを阻害する。したがって、生体内で産生されたTNFに対して過剰量のこの発明のTNFアンタゴニストを投与することにより、生体内で産生されたTNFの作用をどちらか一方のTNF受容体を介してのTNF活性のみに制御することができる。
【0012】
この発明のTNF−R1特異的なTNFアンタゴニストとしては、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端から29番目のアミノ酸残基がアルギニン、ヒスチジン又はセリン、31番目がアルギニン、アスパラギン、グルタミン酸、プロリン又はセリン、32番目がヒスチジン、メチオニン、トレオニン又はチロシン、145番目がアラニン、アスパラギン、アスパラギン酸又はセリン、146番目がアスパラギン、グリシン、メチオニン又はセリン、及び、147番目がアラニン、アスパラギン、プロリン、トレオニン又は終止コドンで置換されるか、又は84番目がアラニン、トレオニン、セリン又はグリシン、85番目がプロリン、トレオニン又はグリシン、86番目がアラニン、グリシン、トレオニン又はプロリン、87番目がチロシン、イソロイシン又はヒスチジン、88番目がグルタミン、アスパラギン又はセリン、及び、89番目がアルギニン、ヒスチジン又はグルタミンで置換されたTNF変異体蛋白質が挙げられ、例えば、配列表における配列番号9乃至13又は配列番号19乃至22で表されるアミノ酸配列を有するTNF変異体蛋白質が好適であり、この発明のTNF−R2特異的なTNFアンタゴニストとしては、145番目がアラニン、リジン又はアルギニン、146番目がグルタミン酸、アスパラギン、アスパラギン酸又はトレオニン、及び、147番目がトレオニン又はアスパラギン酸で置換されたTNF変異体蛋白質が挙げられ、例えば、配列表における配列番号14乃至18で表されるアミノ酸配列を有するTNF変異体蛋白質が好適である。
【0013】
一方、本発明のTNFアンタゴニストを検索するにあたり、TNF−R1と特異的に結合するも、活性を保持しているか、活性の低下が少ないTNF変異体蛋白質が得られた。これらの蛋白質は、TNF−R2への結合能を欠いており、野性型TNFとは異なった生物活性を発揮することが期待されるものである。このような蛋白質はTNFアゴニストとして作用すると考えられ、配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端から29番目がロイシン、グルタミン、トレオニン又はリジン、31番目がアルギニン、グリシン、セリン又はアラニン、32番目がトリプトファン、チロシン、アスパラギン酸又はグリシン、146番目がグルタミン酸、アラニン又はセリン、及び、147番目がセリン、アルギニン又はトレオニンで置換されているか、又は、84番目がトレオニン、セリン又はアスパラギン、85番目がセリン、リジン、プロリン、チロシン、アルギニン、トレオニン、ヒスチジン、グルタミン酸、アスパラギン酸又はアラニン、86番目がヒスチジン、トレオニン、ロイシン、アスパラギン、アラニン、バリン、リジン、セリン、グルタミン、グリシン、アルギニン又はアスパラギン酸、88番目がセリン、プロリン、トレオニン、アスパラギン、アラニン、グリシン、アルギニン又はグルタミン、及び、89番目がアスパラギン酸、ヒスチジン、リジン、グリシン、セリン、プロリン、アラニン、グルタミン、フェニルアラニン又はアルギニンで置換されたTNF変異体蛋白質が挙げられ、例えば、配列表における配列番号37乃至59で表されるアミノ酸配列を有するTNF変異体蛋白質が好適である。
【0014】
この発明でいうTNFリジン変換体とは、本発明者らによって、TNF−αの生物活性を低減させないように水溶性の高分子に結合させるために、TNF−αのアミノ酸配列のN末端から11、65、90、98、112及び128番目のアミノ酸残基の1又は2以上のリジン残基を他のアミノ酸残基に置換又は欠失したものである(欧州公開特許EP1354893号明細書参照)。配列表における配列番号2乃至4の塩基配列に併記されるアミノ酸配列を有するTNFリジン変換体は、TNF−αと比較して、同等又は同等以上の活性を有しており、実質的にTNF−R1及びTNF−R2への結合力についても同等である。したがって、この発明のTNF−R1又はTNF−R2特異的なTNFアンタゴニストを水溶性の高分子に結合せしめて複合体として医薬品として利用する場合、蛋白部分にリジン残基を有しないか、リジン残基数を低減させたTNFリジン変換体が有利である。配列表における配列番号9乃至22で表される上記のこの発明のTNFアンタゴニスト、又は配列表における配列番号37乃至59で表される上記のこの発明のTNFアゴニストは、TNFリジン変換体を基にして作製されており、全くリジン残基を有していないか又は1つしかリジン残基を有していないので、水溶性の高分子と複合体を作製するうえで好適な例であるといえる。なお、この発明のTNF変異体蛋白質を水溶性の高分子と結合することを意図しないならば、配列表における配列番号9乃至22又は37乃至59で表されるアミノ酸配列におけるN末端から11、65、90、98、112及び128番目のアミノ酸残基の1又は2以上が野性型TNFと同様にリジン残基であってもよく、それらの全てがリジン残基であってもかまわない。
【0015】
この発明のTNF変異体蛋白質は、それらをコードするDNA、例えば、配列表における配列番号23乃至36又は60乃至82で表される塩基配列のいずれかを有するDNAを用いて、常法の遺伝子工学技術により製造することができる。すなわち、必要に応じて、この発明のTNF変異体蛋白質をコードするDNAのいずれかをPCR反応によって増幅した後、蛋白質発現用のプラスミドベクターに組み込んで大腸菌などの宿主へ導入して形質転換し、得られる形質転換体から目的とする蛋白質を産生するクローンを選択し、それを培養することによって所望量得ることができる。形質転換体の培養物から蛋白質を採取するには、例えば、透析、塩析、濾過、濃縮、遠心分離、分別沈澱、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、クロマトフォーカシング、ゲル電気泳動、等電点電気泳動などの蛋白質を精製するための汎用の方法を適用すればよく、必要に応じて、これらの方法は適宜組み合わせて用いられる。
【0016】
この発明のTNF変異体蛋白質は、生体内への安定性を向上させるために、適宜の水溶性の高分子を人為的に結合せしめることができる。この発明で用いる水溶性の高分子は、実質的に水溶性であって、とりわけ、生体にとって無害かつ抗原となり難い非蛋白質性のものが好ましい。具体的には、例えば、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコールなどの単独重合体、エチレングリコールとビニルアルコール、プロピレングリコールなどとの共重合体又はそれらの誘導体などの合成高分子や、エルシナン、デキストラン、ヒドロキシエチルセルロース、プルラン、メチルセルロースなどの天然高分子が挙げられ、このうち、分子量が揃った調製物を入手し易い点で、ポリエチレングリコールの単独重合体、ポリエチレングリコールと他の水溶性の高分子との共重合体及びそれらの誘導体が好ましい。なお、水溶性の高分子の分子量は、平均分子量として、通常、500乃至100,000ダルトン、好ましくは、1,000乃至50,000ダルトンの範囲内から選択すればよい。分子量が均一化された水溶性の高分子を用いたい場合には、蛋白質への結合反応に先だって、例えば、分別沈澱、ゲル濾過クロマトグラフィーなどの汎用の方法によって分子量分画することも随意である。また、水溶性の高分子の形状は、直鎖構造及び分岐構造のもののいずれも用いることができるが、立体障害性の観点から分岐構造のものが好ましく用いられる。水溶性の高分子の種類や複合体の最終用途にもよるけれども、水溶性の高分子の分子量が上記範囲を下回ると体内動態を改善し難くなり、逆に、上記範囲を上回ると、複合体の生理活性が低下しすぎて、医薬品として使用できなくなることがある。
【0017】
TNF変異体蛋白質へ斯かる水溶性の高分子を結合せしめるには、遊離のアミノ基へ特異的に反応して共有結合を形成する試薬により別途活性化させておいた水溶性の高分子を蛋白質に反応させるか、あるいは、遊離のアミノ基へ特異的に反応する官能基を有する多官能試薬により、蛋白質と水溶性の高分子とを架橋すればよい。反応方法としては、欧州公開特許EP1354893号明細書に記載されている方法に準じて行うことができる。また、斯界において汎用される方法、例えば、特開昭62−289522号公報などに記載されたエステル結合法、アミド結合法などを用いてもよい。蛋白質部分と水溶性の高分子との間に形成される結合は、安定な共有結合が形成されるアミド結合法によるものが好ましい。
【0018】
反応方法にもよるけれども、反応開始時における蛋白質と水溶性の高分子との割合は、モル比で1:0.1乃至1:100、好ましくは、1:0.5乃至1:50、最も好ましくは、1:1乃至1:10の範囲で加減する。一般に、この範囲を下回ると蛋白質同士の結合が顕著となり、反対に、この範囲を上回ると水溶性の高分子同士の結合が顕著となる。いずれにしても、反応と反応後の精製の効率を低下させることとなり、通常、上記の範囲で加減するのが望ましい。反応の際の温度、pH及び反応時間は、蛋白質が失活又は分解し難く、かつ、望ましくない副反応が最小になるように設定され、具体的には、反応温度を0乃至100℃、好ましくは、20乃至40℃、pHを0.1乃至12、好ましくは、pH5乃至9とし、0.1乃至50時間、好ましくは、10時間以内に反応が完結するように設定する。斯くして得られたTNF変異体蛋白質と水溶性の高分子との複合体は、TNF変異体蛋白質を精製する場合と同様の方法によって精製することができ、最終使用形態に応じて、例えば、濃縮、塩析、遠心分離、凍結乾燥などの方法により液状又は固状とする。
【0019】
この発明のTNF変異体蛋白質、又はそれらと水溶性の高分子との複合体は、感受性疾患を治療及び/又は予防するための、又は、炎症などの症状を緩和するためのTNF阻害剤又はTNF製剤として極めて有用である。この発明でいう感受性疾患とは、この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤を単独で投与するか、あるいは、他の薬剤とともに投与することによって治療、予防、又は症状を緩和し得る疾患全般を意味し、具体的には、生体内でのTNFの過剰発現あるいは過剰投与により引き起こされる各種疾病、TNFの過剰発現を引き起こす各種疾病、又はTNFの腫瘍壊死作用により治療効果が認められる各種疾病であり、個々の疾患としては、例えば、結腸癌、直腸癌、胃癌、甲状腺癌、舌癌、膀胱癌、絨毛癌、肝癌、子宮癌、咽頭癌、肺癌、乳癌、悪性黒色腫、神経芽細胞腫、卵巣腫瘍、睾丸腫瘍、骨肉腫、膵臓癌、副腎腫、甲状腺腫、脳腫瘍、悪性黒色腫、菌状息肉症などの固形腫瘍、白血病、リンパ腫などの血液系腫瘍、潰瘍性大腸炎、クローン病、慢性関節リュウマチ、アレルギー、乾癬などの自己免疫疾患、悪液質、慢性及び急性炎症、関節炎、敗血症、播種性血管内凝固症候群、移植拒絶反応、対宿主移植片疾患、感染、卒中、虚血、急性呼吸困難症候群、再狭窄、脳障害、AIDS、SARS、骨疾患、アテローム性動脈硬化、川崎病、ベーチェット病、全身性紅斑性狼瘡、多臓器不全、マラリア、髄膜炎、劇症肝炎、ボウル病、アルツハイマー病などが挙げられる。したがって、この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤は、斯かる疾患を治療及び/又は予防するための、又は炎症などの症状を緩和するための、医薬品として多種多様な用途を有することとなる。
【0020】
この発明のTNFアンタゴニストとともにTNFを併用することにより、この発明のTNFアゴニストと同様の作用、すなわち、TNF−R1又はTNF−R2を介してのTNF活性を選択的に発揮させることが可能である。TNFとしては、TNF−α又はTNF−β、それらの変異体蛋白質、又は、それらと水溶性の高分子との複合体であってもよい。この発明のTNFアンタゴニストとTNFの配合量は、患者の症状に合わせて適宜設定すればよいが、片方の受容体を介してのTNF活性を実質的に発揮させないようにするためには、この発明のTNF−R1又はTNF−R2特異的なTNFアンタゴニストをTNFに比べてモル比で100,000倍以上、好ましくは500,000倍以上配合すればよい。また、上記モル比未満であっても、片方の受容体を介してのTNF活性は部分的に抑制されるので、通常と異なったTNFの作用が発揮されることやTNFの副作用の軽減化が期待できる。したがって、TNFアンタゴニストとTNFの比率は、モル比で1乃至1,000,000倍、好ましくは、10乃至1,000,000倍、さらに好ましくは100乃至1,000,000倍から選ばれる。
【0021】
適用対象となる感受性疾患の種類や症状にもよるけれども、この発明によるTNF変異体蛋白質を含んでなるTNF阻害剤又はTNF製剤は、投与経路に応じて、1回当たりの用量として、その有効成分を0.25ng/kg体重以上、好ましくは、2.5ng乃至400mg/kg体重を投与し、用途に応じて、エキス剤、エリキシル剤、下気道吸入剤、カプセル剤、顆粒剤、眼科用徐放剤、丸剤、眼軟膏剤、口腔粘膜貼付剤、懸濁剤、乳剤、硬膏剤、座剤、散剤、錠剤、シロップ剤、浸漬剤、煎剤、注射剤、点滴剤、チンキ剤、点眼剤、点耳剤、点鼻剤、トローチ剤、軟膏剤、パップ剤、芳香水剤、鼻用噴霧剤、リニメント剤、リモナーデ剤、流エキス剤、ローション剤などの形態のものに調製することができる。
【0022】
この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤の適用及び好適な投与量を決定するために、患者の血液中のTNF及び可溶性TNF受容体(TNF−R1及びTNF−R2)濃度、患部組織における細胞表面のTNF受容体の発現数などを、常法のエンザイムイムノアッセイ、フローサイトメトリー法又は結合アッセイ法などにより計測することは有意義である。
【0023】
この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤は、いわゆる、投薬単位形態の薬剤をも包含するものとし、その投薬単位形態の薬剤とは、この発明のTNF変異体蛋白質を、例えば、1回当たりの用量又はその整数倍(4倍まで)若しくは約数(1/40まで)に相当する量を含んでなり、投薬に適する物理的に分離した一体の剤型にある薬剤を意味する。このような投薬単位形態の薬剤としては、例えば、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、座剤、散剤、錠剤、注射剤、点滴剤、パップ剤などが挙げられる。
【0024】
この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤は、有効成分としてのこの発明のTNF変異体蛋白質以外の、例えば、賦形剤、軟膏基剤、溶解剤、矯味剤、矯臭剤、着色剤、乳化剤などの薬剤一般に汎用される適宜の調剤用薬を配合することを妨げない。また、この発明の目的を逸脱しない範囲で、TNF変異体蛋白質とともに、他の有効成分として、例えば、外皮用殺菌消毒剤、創傷保護剤、消炎剤などの外皮用薬、ビタミンA剤、ビタミンB剤、ビタミンC剤、ビタミンD剤、ビタミンE剤、ビタミンK剤などのビタミン剤、カルシウム剤、無機質製剤、糖類剤、有機酸製剤、蛋白アミノ酸製剤、臓器製剤などの滋養強壮薬、クロロフィル製剤、色素製剤などの細胞賦活用薬、アルキル化剤、代謝拮抗剤、抗腫瘍性抗生物質製剤、抗腫瘍性植物成分製剤などの抗腫瘍薬、抗ヒスタミン剤などのアレルギー用薬、抗結核剤、合成抗菌剤、抗ウイルス剤などの化学療法剤、さらには、ホルモン剤、抗生物質製剤、生物学的製剤などのこの発明のTNF変異体蛋白質以外の薬剤を1又は複数配合してもよい。
【0025】
さらに、この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤は、免疫助成剤として、例えば、アクチノマイシンD、アセグラトン、イホスファミド、ウベニメクス、エトポシド、エノシタビン、塩酸アクラルビシン、塩酸イダルビシン、塩酸イリノテカン、塩酸エピルビシン、塩酸ゲムシタビン、塩酸ダウノルビシン、塩酸ドキソルビシン、塩酸ナイトロジェンマスタード−N−オキシド、塩酸ニムスチン、塩酸ピラルビシン、塩酸ファドゾール水和物、塩酸ブレオマイシン、塩酸ブロカルバジン、塩酸ミトキサントロン、カルボコン、カルボプラチン、カルモフール、クエン酸タモキシフェン、クエン酸トレミフェン、クレスチン、酢酸メドロキシプロゲストロン、シクロホスファミド、シスプラチン、シゾフィラン、シタラビン、シタラビンオクホスファート、ジノスタンチンスチマラマー、酒石酸ビノレルビン、ソブゾキサン、ダカルバジン、チオテパ、テガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメスタット・オタスタットカリウム、ドキシフルリジン、ドセタキセル水和物、トレチノイン、ネオカルチノスタチン、ネダプラチン、バクリタキセル、ビカルタミド、ピシバニール、ヒドロキシカルバミド、ブスルファン、フルオロウラシル、フルタミド、ベントスタチン、ポルフィマーナトリウム、マイトマイシンC、ミトブリニトール、メトトレキセート、メルカプトプリン、6−メルカプトプリンリボシド、硫酸ブレオマイシン、硫酸ビンクリスチン、硫酸ビンデシン、硫酸ビンブラスチン、硫酸ペプロマイシン、レンチナンなどの抗腫瘍薬などと組み合わせて用いることができる。また、インターフェロン、インターロイキンなどのサイトカイン、インシュリンなどのホルモン、及びそれらに対する抗体、結合蛋白質、アゴニスト、アンタゴニスト、阻害剤又は可溶性受容体とともに用いれば、いずれか一方のみでは容易に達成できない、相乗的に高い効果が得られる。
【0026】
この発明のTNF阻害剤又はTNF製剤は、経口経路で適用しても非経口経路で適用しても感受性疾患の治療・予防に効果を発揮する。感受性疾患の種類や症状にもよるけれども、具体的には、例えば、患者の症状や適用後の経過を観察しながら、体重1kg当たり0.01乃至1,000mg/日、好ましくは、0.1乃至100mg/日のこの発明のTNFアンタゴニスト又はTNFアゴニストを、必要に応じて、複数回に分けて1乃至7回/週の頻度で1週間乃至1年間に亙って経口経路で適用するか、あるいは、皮内、皮下、筋肉内、静脈内、鼻腔内、直腸内、腹腔内などの非経口経路により、注射又は点滴により適用する。この発明のTNF変異蛋白質と水溶性の高分子との複合体は、安定であって、血液中のプロテアーゼなどによって分解され難く、しかも、生体における滞留時間が、TNF−αやTNF変異体蛋白質よりも有意に長く、投与経路によっては10倍以上にも達することから、同一の感受性疾患に対して同一の経路で適用する場合、投与量を有意に少なくすることができる実益がある。
【0027】
以下、この発明の詳細につき、実験例に基づいて説明する。
【0028】
実験例1:TNF変異体蛋白質をコードするDNAライブラリーの作製及びスクリーニング
常法にしたがって、欧州公開特許EP1354893号明細書に記載の実施例2に開示されているヒトTNFリジン変換体、すなわち、TNF−αの11番目、65番目、90番目、98番目、112番目及び128番目のリジン残基が、それぞれ、メチオニン、セリン、プロリン、アルギニン、アスパラギン、プロリン残基に置換された蛋白質をコードするDNA(配列表における配列番号2)を鋳型として、配列表における配列番号83及び84で表されるオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、常法にしたがってPCRを行い、さらに、得られたPCR産物を鋳型にして、配列表における配列番号85及び86で表されるオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、常法にしたがってPCRを行い、N末端から29、31、32、145、146、147番目のアミノ酸残基がランダムなアミノ酸残基に置換された配列表における配列番号5で表されるTNF変異体蛋白質をコードするDNA(配列表における配列番号6)を得た。また、同様にして、ヒトTNFリジン変換体DNA(配列表における配列番号2)を鋳型にして、配列表における配列番号85及び87で表されるオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、常法にしたがってPCRを行い、さらに、得られたPCR産物と配列表における配列番号88で表されるオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、常法にしたがってPCRを行い、N末端から84乃至89番のアミノ酸がランダムなアミノ酸に置換された配列表における配列番号7で表される蛋白質をコードするDNA(配列表における配列番号8)を得た。
【0029】
これらのDNAを常法にしたがって、ファージミドベクターpCANTAB 5E(アマシャムバイオサイエンシーズ社製)へ導入し、N末端から29、31、32、145、146、147番目のアミノ酸残基の全てがランダムなアミノ酸残基に置換されたTNF変異体蛋白質、又は、84乃至89番のアミノ酸残基の全てがランダムなアミノ酸残基に置換されたTNF変異体蛋白質を発現したファージミドライブラリーを得た。このライブラリーに対して、TNF−R1(GENBANK M58286に開示されるアミノ酸配列を有する蛋白質)をセンサーチップに固定化した市販の表面プラズモン共鳴を利用した検出機器(商品名『BIACORE 2000』、ビアコア株式会社販売)を用いるパニング法を3回繰り返し適用することによって、TNF−R1に結合するファージクローン、また、同様にして、TNF−R2(GENBANK M55994に開示されるアミノ酸配列を有する蛋白質)を固定化したセンサーチップにより、TNF−R2に結合するファージクローンを得た。
【0030】
かくして得られたTNF−R1に結合するクローンに対してはTNF−R2を固定化したセンサーチップを、TNF−R2に結合するクローンに対してはTNF−R1を固定化したセンサーチップを用いた上記表面プラズモン共鳴を利用した検出機器により、受容体への結合力を測定し、受容体への結合力に差を有するクローンを選別した。さらに、得られたファージクローンのDNAを鋳型として、配列表における配列番号89(制限酵素NdeI切断部位、開始コドン、及びTNF変異体蛋白質の5´末端付近の塩基配列を有する)及び配列番号90(制限酵素BamHI切断部位、終止コドン、TNF変異体蛋白質の3´末端付近の塩基配列を有する)で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーとして、常法のPCR法により、プライマー配列に特異的なDNAを増幅した後、制限酵素NdeI及びBamHIにより消化してDNA断片とした。得られたDNA断片を、T7プロモーター領域、T7ターミネーター領域、アンピシリン耐性遺伝子領域及びColE1・Ori領域を有するプラスミドベクター(商品名『pET−3a』、ノバジェン社製)へ、常法にしたがって、その上記制限酵素部位に導入した。さらに、得られたプラスミドを大腸菌BL21DE3株へ導入し、TNF変異体蛋白質産生用の大腸菌を得た。常法により、得られた大腸菌を培養した後、遠心分離により菌体を回収し、TES緩衝液(pH8.0)(20mMトリス塩酸、10mMエチレンジアミン4酢酸、及び0.5M塩化ナトリウム)にて2回洗浄後、0.2mg/mlリゾチームを含むTES緩衝液(pH8.0)に加え、常法にしたがい超音波処理し、遠心分離し、産生されたTNF変異体蛋白質を含む残さを回収した。これを1(w/v)%トリトンエックス−100を含むTES緩衝液に加え、攪拌後に遠心分離して上清を除く操作を3回行い、得られた沈澱物を、8Mグアニジン塩酸塩及び50mMジチオスレイトールを含む50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.0)に加え、室温遮光下で16時間攪拌し、遠心分離して上清を回収した。これに100倍量の1Mトリス、0.9(w/v)%塩化ナトリウム、0.4ML−アルギニン塩酸塩、2.5mM還元型グルタチオン、0.5mM酸化型グルタチオン、0.05(w/v)%ツイーン20を含む水溶液に少量ずつ徐々に攪拌しつつ加えた後、4℃で16時間置した。これを4倍量の0.1(w/v)%ウシ血清アルブミンを含むリン酸食塩緩衝液(pH7.2)に加え、pHを6.5乃至7.5に調整した後、常法にしたがって、Q−セファロース(ファルマシア社製)、MonoQ HR5/5(ファルマシア社製)、スーパーロース12 HR 10/30(ファルマシア社製)及び/又は抗TNF−α抗体カラムクロマトグラフィーにより、それぞれのTNF変異体蛋白質を順次精製した。
【0031】
得られたTNF変異体蛋白質は、常法のHEp−2細胞又はL−M細胞を標的細胞として用いたバイオアッセイを適用することによって細胞障害活性を調べた。また、常法のDNAシークエンス法によって、それぞれのクローンのDNAの変異導入箇所の塩基配列を解読し、どのアミノ酸残基又は終止コドンに置換されているか調べた。また、細胞障害性及び受容体への結合力についての評価方法は、上記と同様の方法により大腸菌で産生させた組換え型TNF−αを対照にして、次のように設定した。
【0032】
「4」:組換え型TNF−αよりも結合力若しくは細胞障害活性が2倍以上向上
「3」:組換え型TNF−αよりも結合力若しくは細胞障害活性がほぼ同等(0.5乃至2倍)
「2」:組換え型TNF−αよりも結合力若しくは細胞障害活性が0.5乃至0.1倍に低下
「1」:組換え型TNF−αよりも結合力若しくは細胞障害活性が0.001乃至0.1倍に低下
「0」:組換え型TNF−αよりも結合力若しくは細胞障害活性が0.001倍以下に低下
「−」:測定せず
【0033】
結果を表1(29、31、32、145、146及び147番目のアミノ酸残基が置換されているTNF変異体)及び表2(84乃至89番目のアミノ酸残基が置換されているTNF変異体)に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
表1に示すとおり、対照のTNF−αとTNFリジン変換体は同じ程度の細胞障害活性及びTNF受容体への結合力を示した。また、TNFリジン変換体を基にして作製されたTNF変異体蛋白質においては、クローン番号1乃至4のTNF変異体蛋白質は、TNF−R1への結合力は同等、TNF−R2への結合力は弱く、HEp−2細胞及びL−M細胞を用いたバイオアッセイでは細胞障害活性を示した。一方、クローン番号5乃至9のTNF変異体蛋白質は、TNF−R1への結合力は同等または同等以下、TNF−R2への結合力は極めて弱く、HEp−2細胞及びL−M細胞を用いたバイオアッセイでは細胞障害活性が極めて減弱されていた。この結果から、これらのクローンはすべてTNF−R1特異性のTNF変異体蛋白質であるものの、クローン番号1乃至4のTNF変異体蛋白質はTNF−R1特異的なTNFアゴニスト、クローン番号5乃至9のTNF変異体蛋白質はTNF−R1特異的なTNFアンタゴニストであることが判明した。また、クローン番号10乃至14のTNF変異体蛋白質は、TNF−R2への結合力は対照の組換え型TNF−αと同等又は同等以上、TNF−R1への結合力は極めて弱く、HEp−2細胞及びL−M細胞を用いたバイオアッセイでは細胞障害活性が極めて減弱されていた。この結果から、クローン番号10乃至14のTNF変異体蛋白質は、TNF−R2特異的なTNFアンタゴニストであることが判明した。
【0037】
また、表2に示すとおり、対照のTNFリジン変換体と比較して、クローン番号16乃至34のTNF変異体蛋白質は、TNF−R1への結合力は同等又は同等以上、TNF−R2への結合力は同等又は同等以下であり、HEp−2細胞及びL−M細胞を用いたバイオアッセイではほぼ同等の細胞障害活性を示した。一方、クローン番号35乃至38のTNF変異体蛋白質は、TNF−R1への結合力は同等であり、TNF−R2への結合力は極めて弱く、バイオアッセイでは細胞障害活性が極めて減弱していた。この結果から、これらのクローンはTNF−R1特異的なTNF変異体蛋白質であるものの、クローン番号16乃至34のTNF変異体蛋白質はTNF−R1特異的なTNFアゴニスト、クローン番号35乃至38のTNF変異体蛋白質はTNF−R1特異的なTNFアンタゴニストであることが判明した。
【0038】
実験例2:TNF拮抗阻害活性
上記クローン番号35乃至38のTNFアンタゴニストについて、拮抗阻害活性をさらに詳細に調べた。10ng/mlの常法の遺伝子工学技術を用いて製造した組換え型ヒトTNF−αと下記表3の濃度のTNFアンタゴニストを含む培養培地を用いて、TNF−R1のみを多量に細胞膜表面に発現しているHEp−2細胞、または、TNF−R1及びTNF−R2を発現しているL−M細胞(TNF−R1の発現量はHEp−2よりも少ない)の生存率(値が小ほどTNFの細胞障害活性が強い)を測定した。結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3に示すとおり、強い細胞障害活性を示す10ng/mlの組換え型ヒトTNF−α存在下、HEp−2細胞の生存率は、100,000ng/ml以上の濃度のTNFアンタゴニストの添加により、生存率9%から、実験に供した各クローンにおいて、それぞれ86%、38%、43%又は72%に増加し、組換え型ヒトTNF−αの細胞障害作用が部分的に打ち消されていた。さらに、TNFアンタゴニスト500,000ng/mlの濃度では、生存率はそれぞれ103%、74%、75%、95%となり、ほぼTNF−αの細胞障害作用が打ち消された。一方、TNFアンタゴニストの添加により、L−M細胞では、生存率17%から、1,000ng/mlの濃度で生存率がそれぞれ43%、43%、51%、47%となったが、500,000ng/mlの濃度でも生存率が64%、59%、72%、70%にまでしか回復しなかった。この結果は、クローン番号35乃至38のTNFアンタゴニストは、TNF−R1のみを豊富に発現するHEp−2細胞に対しては、TNFの作用を打ち消すために比較的高濃度のTNF変異体蛋白質を必要とするものの、HEp−2細胞はTNF−R2を発現していないゆえに、高濃度のTNFアンタゴニストによって、TNFの作用を完全に打ち消すことが可能であり、これに対して、TNF−R1及びTNF−R2の両方を発現するL−M細胞に対しては、TNF−R1を介してのTNFの作用はTNF−R1の発現数が少ないために容易に打ち消すことができるものの、TNF−R2によって介してのTNFの作用を打ち消すことができないので、高濃度のTNFアンタゴニストによってもTNF−αの細胞障害作用を打ち消すことができないと考えられた。したがって、この結果は、この発明のTNFアンタゴニストは、TNF−R1特異性を有していることを物語っている。
【0041】
実験例3:TNF変異体蛋白質と水溶性の高分子との複合体の調製
実験例1の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)又は23種類のTNFアゴニスト(クローン番号1乃至4、16乃至34)を燐酸緩衝生理食塩水(pH7.2)に濃度0.1乃至1mg/mlになるように溶解した後、水溶性の高分子としてモノメトキシN−サクシンイミジルプロピオネートにより活性化させたポリエチレングリコール(m−PAG−SPA、平均分子量5,000ダルトン)をモル比で蛋白質の3倍になるように加え、37℃で30分間反応させた。次いで、反応混合物へε−アミノカプロン酸をモル比で水溶性の高分子の10倍量加え、暫時静置して反応を停止させた後、反応混合物を陰イオン交換クロマトカラム(商品名『Mono S』、アマシャムバイオサイエンス社製)によりHPLC分画して蛋白質に結合していないポリエチレングリコールを除去して、この発明のTNF変異体蛋白質を水溶性の高分子に結合した複合体を得た。これらのうちのTNFアンタゴニスト14種を、HEp−2細胞を用いた実験例2に記載の競合試験に供し、同様にしてTNF拮抗阻害活性を測定したところ、ポリエチレングリコールを結合していないそれぞれのTNFアンタゴニストの約70%のTNF拮抗阻害活性を有していることが判明した。
【0042】
実験例4:急性毒性試験
常法にしたがって、8週齢の雄性マウス(体重20乃至25g)に実験例1で得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)又は23種類のTNFアゴニスト(クローン番号1乃至4、16乃至34)、又は、実験例3の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト又は23種類のTNFアゴニストとポリエチレングリコールが結合した複合体のいずれかを、経皮、経口又は腹腔経路で注射投与したところ、TNFアンタゴニスト及びそれとポリエチレングリコールが結合した複合体のLD50は、いずれの投与経路においても100mg/kg体重以上であった。このことは、この発明のTNF変異体蛋白質及びそれとポリエチレングリコールが結合した複合体がヒトやウシなどの家畜への投与を前提とする医薬品として、又は医薬品に配合して用いることが安全であることを物語っている。
【0043】
以下、この発明の実施の形態につき、実施例に基づいて説明する。
【0044】
実施例1:液剤
安定剤として1%(w/w)人血清アルブミンを含む生理食塩水に実験例1の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)、23種類のTNFアゴニスト(クローン番号1乃至4、16乃至34)又は実験例3の方法により得た14種類のTNFアンタゴニストとポリエチレングリコールとの複合体のいずれかを100mg/mlになるように溶解し、常法にしたがって精密濾過して滅菌して液剤を得た。
【0045】
本品は、悪性腫瘍、ウイルス性疾患、細菌感染症、炎症性疾患及び免疫疾患をはじめとする感受性疾患を治療又は予防、及び症状を緩和するための注射剤、点眼剤及び点鼻剤などとして有用である。
【0046】
実施例2:液剤
安定剤として1%(w/w)人血清アルブミンを含む生理食塩水に実験例1の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)、23種類のTNFアゴニスト(クローン番号1乃至4、16乃至34)又は実験例3の方法により得た14種類のTNFアンタゴニストとポリエチレングリコールを結合した複合体のいずれかを10mg/ml、組換え型ヒトTNF−αを1μg/mlになるように溶解し、常法にしたがって精密濾過して滅菌して液剤を得た。
【0047】
本品は、悪性腫瘍、ウイルス性疾患、細菌感染症、炎症性疾患及び免疫疾患をはじめとする感受性疾患を治療又は予防、及び症状を緩和するための注射剤、点眼剤及び点鼻剤などとして有用である。
【0048】
実施例3:乾燥注射剤
安定剤として1%(w/w)精製ゼラチンを含む生理食塩水100mlに、実験例3の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)とポリエチレングリコールとの複合体のうちのいずれかを1g、欧州公開特許EP1354893号明細書の実施例2で得た生理活性複合体(本出願明細書の配列表における配列番号2で表される塩基配列に併記されるアミノ酸配列を有するTNFリジン変換体とポリエチレングリコールとの複合体)を0.1mg溶解し、常法にしたがって精密濾過により滅菌し、バイアル瓶に1mlずつ分注し、凍結乾燥させた後、密栓して乾燥注射剤を得た。
【0049】
本品は、悪性腫瘍、ウイルス性疾患、細菌感染症、炎症性疾患及び免疫疾患をはじめとする感受性疾患を治療又は予防、及び症状を緩和するための注射剤、点眼剤及び点鼻剤などとして有用である。
【0050】
実施例4:軟膏剤
滅菌蒸留水にカルボキシビニルポリマー(商品名『ハイビスワコー』、株式会社和光純薬工業製造)とパイロジェンを除去した高純度トレハロース(商品名『トレハ』、株式会社林原製造)とをそれぞれ濃度1.4%(w/w)及び2.0%(w/w)になるように溶解した後、実験例1の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)又は23種類のTNFアゴニスト(クローン番号1乃至4、16乃至34)のいずれかの適量を均一に混合し、pH7.2に調製して、1g当りTNFアンタゴニスト又はTNFアゴニストを約10μg含むペースト状物を得た。
【0051】
延展性と安定性に優れた本品は、悪性腫瘍、ウイルス性感染、又は、細菌感染症や、TNFに起因する炎症、アレルギーなどの疾患の治療・予防するための軟膏剤として有用である。
【0052】
実施例5:錠剤
無水結晶性α−マルトース粉末(商品名『ファイントース』、株式会社林原製造)に実験例3の方法により得た14種類のTNFアンタゴニスト(クローン番号5乃至14、35乃至38)とポリエチレングリコールとの複合体のいずれかの適量を、それに対してモル比で10,000分の1量の欧州公開特許EP1354893号明細書の実施例2の方法により得られたTNF活性を有する生理活性複合体(本出願明細書の配列表における配列番号2で表される塩基配列に併記されるアミノ酸配列を有するTNFリジン変換体とポリエチレングリコールとの複合体)を均一に混合し、得られた混合物を常法により打錠して製品1錠(約200mg)当りTNFアンタゴニスト活性を有する生理活性複合体を約10mg、TNF活性を有する生理活性複合体を約1μg含む錠剤を得た。
【0053】
摂取性、安定性に優れた本品は、悪性腫瘍、ウイルス性感染、細菌感染症、炎症性疾患及び免疫疾患をはじめとする感受性疾患を治療・予防するための錠剤として有用である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上説明したとおり、この発明のTNFアンタゴニスト又はそれを有効成分とするTNF阻害剤は、TNF−R1又はTNF−R2を介してのTNFの作用を抑制することができるので、医薬品の分野において、例えば、抗腫瘍剤、抗ウイルス疾患剤、抗感染症剤、炎症性疾患剤、免疫疾患剤などとして多種多様の用途を有する。また、TNF−R1に対して特異的に結合するTNFアゴニストは、野性型TNFとは異なった生物作用が発揮されることが期待される。さらに、この発明のTNF変異体蛋白質は、ポリエチレングリコールなどの水溶性の高分子と結合させることにより、生体内の安定性を高めることが可能であるので、医薬品への利用に極めて有利である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表における配列番号1で表されるアミノ酸配列を有する腫瘍壊死因子の変異体蛋白質であって、配列表における配列番号9乃至22で表されるアミノ酸配列のいずれかを有する、腫瘍壊死因子変異体蛋白質。

【公開番号】特開2012−21015(P2012−21015A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196780(P2011−196780)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【分割の表示】特願2010−227635(P2010−227635)の分割
【原出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【出願人】(502340701)
【出願人】(502339864)
【出願人】(502339875)
【Fターム(参考)】