TOF−SIMSを用いた混合有機化合物の組成割合の特定方法

【課題】混合有機化合物の量的情報の一つである組成組成割合をTOF-SIMS分析装置を用いて特定する方法の提供。
【解決手段】少なくとも2種類以上の有機化合物を混合してなる混合有機化合物中の各有機化合物の組成割合を特定する方法であって、該方法が、混合有機化合物をTOF-SIMSで測定して得られたスペクトルを、主成分分析して得られたデータに基づき作成した検量グラフから特定することを特徴とする混合有機化合物の組成割合の特定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合有機化合物の組成割合について、TOF−SIMSを用いた分析技術に関する。
【背景技術】
【0002】
TOF−SIMSは飛行時間型二次イオン質量分析法を意味し、パルス化された一次イオンを試料表面に照射し、試料から放出された二次イオンを検出する方法である。試料から検出器までは一定距離で、質量の軽いイオンは早く、重いイオンは遅く到達するため、到達時間(二次イオンの飛行時間)を測定することで、質量を分析することができる。
また、一般的に単位面積当たりの一次イオン照射量(ドーズ量)は1012〜1013ions/cm以下と少ないため、有機化合物から化学構造情報を有した二次イオンを検出することが出来、表面組成を定性的に知ることが出来る特徴を持っている(例えば非特許文献1)。
【0003】
ところで、TOF−SIMSで微量試料中に含まれる有機化合物種の特定をする場合、有機化合物種の特定をするために十分なピーク強度(化学構造に関する情報)を得ようとすると、ドーズ量を多くしなければならず、その結果、試料の帯電やイオン照射による分解等によって、有機化合物の化学構造情報を有した二次イオンの収率が大きく変化し、また変化の割合が組成によって異なる場合が生じることから量的情報に関する分析は一般に困難とされている。
【非特許文献1】「二次イオン質量分析法」(日本表面科学会、丸善株式会社出版、17〜20頁、55頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、試料の帯電やイオン照射による分解等に影響されることなく、混合有機化合物の量的情報の一つである混合組成割合をTOF-SIMS分析装置を用いて特定する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記課題を解決するために予め特定された組成割合を有する複数の混合有機化合物を各々TOF−SIMSで測定して得られたスペクトルデータを主成分分析し、得られた主成分分析結果から、組成割合を特定し得る検量グラフを作成し、その検量グラフに基づき、未知の組成割合を有する混合有機化合物の組成割合を特定することで本発明を完成した。
即ち、本発明は、
少なくとも2種類以上の有機化合物を混合してなる混合有機化合物中の各有機化合物の組成割合を特定する方法であって、該方法が、混合有機化合物をTOF-SIMSで測定して得られたスペクトルを、主成分分析して得られたデータに基づき作成した検量グラフから特定することを特徴とする混合有機化合物の組成割合の特定方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、これまで困難とされてきたTOF-SIMSによる有機化合物の組成割合の特定が高精度且つ簡便に行うことを可能にせしめた。しかも、TOF-SIMSは、有機化合物に含有される個々の元素の情報に加え、化学構造の情報をも得ることができるため、本発明は、有機化合物を構成する共通の元素が多い複数種の有機化合物の組成割合であっても高精度に特定することを可能にせしめた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で分析することができる混合有機化合物は、芳香族系有機化合物、複素環状系有機化合物、脂肪族系有機化合物、有機ハロゲン化合物、有機珪素化合物、エステル化合物、エーテル化合物、窒素含有化合物、アミノ酸、オレフィン系高分子、芳香族系高分子、アクリル系高分子、エステル系高分子、セルロース系高分子、フッ素系高分子、ウレタン系高分子等の混合物であり、中でも、イオン照射によって分解されやすい長鎖アルキル酸と芳香族有機化合物の混合有機化合物であっても分析できる点で優れるものである。
次に、混合有機化合物中の有機化合物の組成割合を特定する方法について詳説する。
本発明では、以下の工程1〜工程4を経て作成した検量グラフを用いて組成割合を特定するので先ず、以下に検量グラフの作成方法について説明する。
(工程1) 任意の特定された組成割合を有する混合有機化合物からなる複数のサンプルをTOF−SIMSで各々測定し、化学構造に由来する複数の質量数に対応するピークからなるスペクトルを取得する工程。
(工程2) 取得したスペクトルから各サンプルごとに、各ピークのピーク強度を求める工程。
(工程3) 該ピーク強度を変量とし、主成分分析を行う工程。
(工程4) 各サンプルごとに主成分分析結果から得られた主成分の主成分得点を求め、二次元平面上にプロットした際に、各サンプルごとの主成分得点の集合に重なりが生じない一つの主成分、或いは二つの主成分の組合せを選ぶ工程。
を上記記載の工程順に従って実施して検量グラフとする。
【0008】
以下に、各工程についてより具体的に説明する。
尚、サンプル中に含有される有機化合物の種類は、予め定性分析して特定しておくことが必要となるが、定性分析には一般の分析方法を用いることができる。中でも、TOF-SIMSによる定性分析を行えば、得られたデータを本発明の組成比の特定の分析にも活用することができるので好ましい。
(工程1) 任意の特定された組成割合を有する混合有機化合物からなる複数のサンプルをTOF−SIMSで各々測定し、化学構造に由来する複数の質量数に対応するピークからなるスペクトルを取得する工程について以下に具体的に説明する。
この工程1では、予め特定された組成割合を有する混合有機化合物のサンプルを作成する。これは、組成割合を変えた混合有機化合物の溶液を作成し、清浄なシリコンウエハ上にスピンコートして作成することが出来る。尚、溶液化に用いる溶媒は、サンプル中に含有される有機化合物を溶解せしめる溶媒であれば構わない。
得られたサンプルは、引き続き、TOF-SIMSで測定する。
TOF−SIMSによる測定条件は一般的な条件であれば構わず、一次イオン種は、Ga、Cs、Au、Bi、C60、及びそのクラスターイオン等が通常用いられる。一次イオンの加速エネルギーや照射面積も通常の条件であれば構わず、例えば加速エネルギーは1KeV〜80KeVで、照射面積は1μm角〜1000μm角の範囲が好ましい。一次イオンのドーズ量も同様に通常の条件であれば構わず、例えば10〜1015ions/cmが好ましく、1010〜1013ions/cmがより好ましい。
【0009】
(工程2) 取得したスペクトルから各サンプルごとに、各ピークのピーク強度を求める工程について以下に具体的に説明する。
工程1によって得られた各サンプルのスペクトルは、含有される有機化合物に由来する質量数に対応するピーク以外に、測定上含有されるフッ素や塩素、ナトリウムといったコンタミや、サンプル中に不純物として最初から含有される対象とする有機化合物以外の物も含まれている可能性が高い。
そのため、検出された全ピークから、コンタミに関するピークは排除し、かつ、ピーク強度も一定強度以上のピークを選び不純物は排除することが好ましい。
次に、選択したピークの各々についてピーク強度を求める。尚、帯電や試料形状、装置のイオン透過率や検出器の劣化等によって、全検出ピークの総和強度が異なる場合には、総和強度もしくは、得られたピークの内、含有される有機化合物に特有のピークを基準にピーク強度を規格化することも可能である。
【0010】
(工程3) 該ピーク強度を変量とし、主成分分析を行う工程について。
工程2で選択した各サンプルの様々な質量数に対応する各ピークのピーク強度は引き続き主成分分析に用いられる。
ここに主成分分析とは、各ピークに含まれる化学構造の情報や、試料の帯電やイオン照射による分解等測定による変化に関する情報等から、新しい主成分を導き出す多変量解析の一つの方法である。
このような、多変量解析に用いるソフトは、一般に市販されている物を用いることが可能で、MATLAB、STATISTICA或いはEXCEL上で計算できる物のいずれも用いることができ、例えば、EXCEL上で計算できるソフトとして株式会社エスミ製のEXCEL多変量解析のソフトがある。
尚、工程2で選択したピークにおいてピーク間の強度差が大きい場合、ピーク強度が強くてもあまり重要な情報を持たないピークの重みを軽減し、ピーク強度が弱くても化学構造情報等重要な情報を持つピークの重みを増加するために、主成分分析を行う前のデータ処理として、全体の平均値と標準偏差を求め、平均値0、分散1の分布になるようにオートスケーリングを行ってもよい。また、主成分分析を行う前のデータ処理として、バイアスの除去を行うミーンセンタリング、強度の低いピークの貢献度を高めるlog変換、optimal−scaling(M.R.Keenan,P.G.Kotula,Appl.Surf.Sci.231−232(2004)240)等を行ってもよい。
【0011】
(工程4) 各サンプルごとに主成分分析結果から得られた主成分の主成分得点を求め、二次元平面上にプロットした際に、各サンプルごとの主成分得点の集合に重なりが生じない一つの主成分、或いは二つの主成分の組合せを選ぶ工程について。
工程3で求めた各質量数に対応するピーク強度を変量として上記ソフトを用いて多変量解析して得られた主成分分析結果には、幾つかの固有ベクトルが含まれるが、本発明では、それらの固有ベクトルのうち、サンプル中に混合して含まれている有機化合物に関する情報をもっとも反映している固有ベクトルを選択する。
本発明では、サンプル中に混合されている有機化合物種類ごとに特有の質量数のピークがそれぞれプラス、或いはマイナスのいずれかにまとまっている固有ベクトルを見出しこれを主成分1とする。
この主成分1については、あらかじめ複数の組成比で調整したサンプルを(例えばサンプルA、サンプルB等)、さらに、そのサンプルごとにTOF−SIMSの一次イオンの照射時間ごとに分けたサンプル(例えば、サンプルAについて言えばサンプルAt0〜t1(照射時間がt0時間からt1時間のサンプル)、サンプルAt1〜t2(照射時間がt1時間からt2時間のサンプル等))のそれぞれについて主成分1の主成分得点を求めることも出来る。
【0012】
次に、その得点をプロットした上で、同一の組成比のサンプルごとにプロットした主成分得点のプロットの集合が、各サンプル間で重なりあいがあるかどうかを判断し、重なりあいがなければこの主成分得点のプロットのグラフをもって検量グラフとする。
尚、上記主成分1だけのプロットでは同一の組成比ごとの主成分得点のプロットの集合どうしに重なり合いが生じてしまう場合には、主成分分析結果から新たに主成分を任意に選択し、選択した主成分の主成分得点を主成分1と同様に求めて主成分2とし、主成分1と主成分2との関係を表す二次元グラフを作成し、それぞれの、同一組成比ごとのプロットの集合の重なりあいが生じるかどうかを確認し、重なり合いが生じなければこのグラフをもって検量グラフとする。
もし、主成分2を用いても重なりあいが生じる場合には、さらに主成分分析結果から新たな主成分を選択し、上記と同様な作業を繰り返し、主成分1と新たな主成分との関係において主成分得点をプロットした集合が、各サンプルごとに重なり合いが生じない組合せが得られるまで繰り返す。
【0013】
以上、工程1〜工程4の作業を経て検量グラフを得ることができる。
尚、主成分を組み合わせる場合、検量グラフを二次元グラフで作成する場合には選択する主成分は1〜2個でよいが、例えば、検量グラフを三次元グラフにする場合には、選択する主成分を3個とすれば作成できる。
本発明では、上記の検量グラフを用いて未知の組成の混合有機化合物(対象サンプルと称する)の定量を実施するのであるが、対象サンプルのTOF−SIMSの測定条件は、検量グラフを作成する際に用いた測定条件と同様に行えばよく、その後のデータ解析も同様に実施する。
そして、得られたデータから、検量グラフの作成に用いた主成分1或いは主成分1とその他の主成分の主成分得点を求め、検量グラフ上にプロットして、対応する組成割合を読み出すことで組成割合を特定することができる。
以上、本発明の混合有機化合物の組成割合の特定方法を説明した。
【実施例】
【0014】
以下に、具体的な例として、混合有機化合物にポリスチレンとステアリン酸を用いた場合を例にあげて説明する。
[実施例1]
(1)検量グラフの作成
(工程1) 最初にポリスチレンに対するステアリン酸の割合が0、50、100%のサンプル(以下ポリスチレンのみ=サンプルA、ポリスチレン50%・ステアリン酸50%=サンプルB、ステアリン酸のみ=サンプルC と称する)のそれぞれをクロロホルム溶液とし、清浄なシリコンウエハ上にスピンコートして、検量グラフ作成の為のTOF−SIMS測定用のサンプルとした。
次に、上記作成したサンプルをPhysical Electronics社製TRIFT IIIで測定した。その測定条件は、一次イオン種:Ga+、一次イオンの加速エネルギー:15KeV、一次イオン電流:600pA(DC換算)、照射面積:200μm角で、一次イオンのドーズ量を3×1012ions/cmまで0から60分の間で変化させた。尚、各サンプルの一次イオンのドーズ量を1分ごとに積算したスペクトルを作成した。
(工程2)上記操作によって得られた各サンプルのTOF−SIMS測定により得られたデータは、装置搭載ソフトであるWincadenceにより以下のデータ処理を実施した。
即ち、各一次イオンのドーズ量におけるスペクトルから、コンタミ等に関するピークを除いた、ピークを選択した。本実施例で除かれたピークは、質量数19、35のピークである。これらのピークは、F(質量数19)、塩素(質量数35)に対応するため除外した。
さらに、選択したピークのうち10カウント以上の強度を示すピークだけを選択し、微量不純物のピークを除外した。
【0015】
(工程3)次に、上記ピークのピーク強度を変量として、株式会社エスミ製EXCEL多変量解析を用いて主成分分析を実施した。尚、株式会社エスミ製EXCEL多変量解析は、オートスケーリング機能を選択することが出来るので、別途オートスケーリングは行わなかった。
(工程4)主成分分析の結果を分析した結果、主成分1の固有ベクトルはステアリン酸に関連したピーク(例えば質量数16、17、45、283等)が正に、ポリスチレンに関連したピーク(例えば質量数37、49、73等)が負に示され、主成分1はステアリン酸とポリスチレンの割合に関連する主成分であることを見出した(図1)。
そこで、得られた主成分1の主成分得点を求め、二次元グラフにプロットしたが、サンプルA、サンプルB、サンプルCの主成分得点のプロットは、各サンプルごとに分離されなかったため(サンプルBとサンプルCは主成分得点0〜8付近で重複している)、主成分1のみを用いた検量グラフは利用できないと判断した(図4、尚、図4では縦軸は主成分得点、横軸はステアリン酸とポリスチレンの混合サンプル中のステアリン酸の組成割合である。)。
そこで、新たな主成分分析結果を選択し、主成分2とした。この主成分2の固有ベクトルは、イオン照射による分解で増加する低分子量のピーク(例えば質量数14、16、17等)が負に示されることが分かった(図2)。
次に、一次イオンのドーズ量における各スペクトルごとの主成分1と主成分2の主成分得点を求めて各サンプルごとにプロットした(図3、尚、図3で縦軸は主成分1の主成分得点、横軸は主成分2の主成分得点を表し、サンプルAを「○」、サンプルBを「×」、サンプルCを「□」で表した。)。
その結果、得られたグラフは、組成割合の異なる各サンプルごとに異なる直線に帰属する傾向があることがわかり、本グラフをもって検量グラフとした。
【0016】
(2)未知組成の混合有機化合物の組成比の測定
次に、ポリスチレンと、ステアリン酸とからなる未知組成のサンプルを、検量グラフ作成の為に作成し測定した方法と同条件で作成測定した。該測定スペクトルから、検量グラフ作成の為に選択したピークのピーク強度を求め、オートスケーリングを行った後、検量グラフ作成の為に選択した主成分1と主成分2の固有ベクトルを用いて未知組成の主成分1と主成分2の主成分得点を求めた。この主成分1と主成分2の主成分得点を、図3の検量グラフ上に対象サンプルと表記してプロット(主成分1の主成分得点=6.4、主成分2の主成分得点=2.3)して定量を行った結果、ステアリン酸の割合は50%であることを求めることが出来た。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明のTOF−SIMSを用いた組成割合の特定方法は、これまで困難とされてきた有機化合物の定量分析の分野で好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例の主成分分析の結果、ステアリン酸に関連したピークが正に、ポリスチレンに関連したピークが負に示された主成分1の固有ベクトルを示す図である。
【図2】実施例の主成分分析の結果、イオン照射による分解で増加する低分子量のピークが負に示された主成分2の固有ベクトルを示す図である。
【図3】実施例で得られた検量グラフ、及び未知組成の主成分得点をプロットしたものである。
【図4】実施例の主成分分析の結果、主成分1のみの主成分得点をプロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2種類以上の有機化合物を混合してなる混合有機化合物中の各有機化合物の組成割合を特定する方法であって、該方法が、混合有機化合物をTOF−SIMSで測定して得られたスペクトルを、主成分分析して得られたデータに基づき作成した検量グラフから特定することを特徴とする混合有機化合物の組成割合の特定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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