説明

TRPV3活性化剤

【課題】化粧料、医薬品又は口腔用組成物に対して温感を付与するためのTRPV3活性化剤、及びそれを用いた温感付与方法の提供。
【解決手段】下記式(1)で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とするTRPV3活性化剤。
【化1】


〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TRPV3活性化剤及び温感剤に関する。
【背景技術】
【0002】
感覚は、外部から受けた刺激が電気信号に変換され、神経細胞を通じて脳に伝達されることで生じる。外部刺激を電子信号に変換するには、その外部刺激を感知する受容体の存在が必要である。かかる受容体のうち、温度感覚を感知する受容体としてカプサイシン受容体(TRPV1)が、1997年に同定された(非特許文献1)。TRPV1は、カプサイシンのほかに43℃以上の熱刺激で活性化されることから、温度感覚の受容体であると予想されていた。更に、TRPV1欠損マウスが熱刺激に対して鈍い反応しか示さないことから、TRPV1が熱受容体として機能することが確認されている(非特許文献2)。
【0003】
しかしながら、TRPV1の活性化温度である43℃は生体に痛みを生じさせる温度であること、更に化学リガンドであるカプサイシンは温感物質であると同時に発痛物質であることから、TRPV1は痛みの受容体として機能すると考えられている(非特許文献3)。
【0004】
TRPV3は、TRPV1と同じTRP(Transient Receptor Potential)ファミリーに属するイオンチャネルであり、2002年に同定された温度受容体である(非特許文献4)。この受容体は活性化閾値が30℃台であることから、痛みではなく温かい温度の受容体であると予想されている。更に、TRPV3欠損マウスを用いた解析から、TRPV3が皮膚での温度受容に関与することが確認されている(非特許文献5)。
【0005】
TRPV3は、ヒノキの樹精の含有成分であるカンファーや、タイムやオレガノの含有成分であるチモールやカルバクロールなどの植物由来成分により活性化されることが知られている(非特許文献6)。
【0006】
過去において、TRPV3を活性化する化合物の探索が行われ(非特許文献7)、カルバクロール等のテルペン類がTRPV3活性化能を示すことが開示されている。しかしながら、そのTRPV3活性化能は十分なものとはいえず、TRPV3を活性化する更なる物質の探索が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nature 389,816−824,1997
【非特許文献2】Science 288,306−313,2000
【非特許文献3】総研大ジャーナル 10,40−45,2006
【非特許文献4】Science 296,2046−2049,2002
【非特許文献5】Science 307,1468−1472,2005
【非特許文献6】British Journal of pharmacology 151,530−540,2007
【非特許文献7】British.J.Pharmacol.,151,530−540,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、温感を付与できるTRPV3活性化剤、及びそれを用いた温感付与方法の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、下記式で表される2−アルキルフェノール誘導体が、TRPV3を活性化する結果、その使用者に温感として感じさせる、すなわち温感を付与するための素材として有用であることを見出した。
【0010】
すなわち本発明は、以下の(1)から(3)に係るものである。
(1) 下記式(1):
【0011】
【化1】

【0012】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とするTRPV3活性化剤。
(2) 下記式(1):
【0013】
【化2】

【0014】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とする温感剤。
(3) 下記式(1):
【0015】
【化3】

【0016】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を用いることを特徴とする温感付与方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の2−アルキルフェノール誘導体を、例えば化粧品、医薬品又は医薬部外品に配合することにより、それを使用者が服用、塗布した場合に、痛みを伴うことなく、安全かつ簡便に温感を感受しうる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のTRPV3活性化とは、受容体であるTRPV3を活性化すること、すなわちTRPV3受容体に対してアゴニスト活性を示すことを云う。当該TRPV3受容体アゴニスト活性によりTRPV3受容体が活性化され、それを使用者が温感として感受する。
したがって、本発明のTRPV3活性化剤及び温感剤は、例えば化粧品、食品、医薬品又は医薬部外品等に配合されることにより、それを使用者が服用、塗布した場合に、痛みを伴うことなく温感を感受することができる。
【0019】
本発明の式(1)で表される2−アルキルフェノール誘導体のうち、Rで示される炭素数1〜4のアルキル基としては、直鎖状又は分岐状の何れであってもよく、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基等が挙げられ、好ましくはメチル基又はエチル基である。
【0020】
本発明の式(1)で表される2−アルキルフェノール誘導体のうち、Rで示される炭素数2〜4のアルケニル基としては、直鎖状又は分岐状の何れであってもよく、例えばビニル基、アリル基、2−ブテニル基、2−メチル−2−プロペニル基等が挙げられる。本発明における好適な2−アルキルフェノール誘導体としては、o−t−ブチルフェノール、2−t−ブチル−p−クレゾール、2−t−ブチル−4−エチルフェノールが挙げられ、TRPV3活性の点から、2−t−ブチル−p−クレゾール又は2−t−ブチル−4−エチルフェノールがより好ましい。
【0021】
本発明の式(1)で表される2−アルキルフェノール誘導体は、公知の方法又はこれに準じる方法に従い化学合成することができる。例えば、2−t−ブチル−p−クレゾールはL.Luciaら、J.Org.Chem.,1999,64,8812−8815の方法に従い合成でき、o−t−ブチルフェノールはR.M.Jonesら、J.Org.Chem.,2001,66,3435−3441の方法に従い合成でき、2,4−ジ−t−ブチルフェノールはM.Yamamotoら、特開平5−294865号の方法に従い合成でき、2−t−ブチル−4−エチルフェノールはA.Takeshitaら、特開昭63−130543号の方法に従い合成できる。
【0022】
上記のようにして得られた2−アルキルフェノール誘導体は、更に必要に応じて再結晶法、カラムクロマトグラフィーなどの通常の精製手段を用いて精製することができる。
【0023】
本発明に係る2−アルキルフェノール誘導体は、後記実施例に示すように、TRPV3活性化作用を有することから、使用者がそれらを適用した際に温感を感受することができる。すなわち、本発明のアルキルフェノール誘導体は、TRPV3活性化剤又は温感剤となり得、また、TRPV3活性化剤又は温感剤を製造するために使用することができる。
【0024】
当該TRPV3活性化剤又は温感剤は、それ自体、TRPV3の活性化又は温感付与のための、医薬品、食品、化粧品、医薬品部外品等であってもよく、又は当該医薬品、食品、化粧品、医薬部外品等に配合して使用される素材又は製剤であってもよい。当該TRPV3活性化剤又は温感剤は、本発明のアルキルフェノール誘導体を単独で用いたものであってもよく、あるいは澱粉質、タンパク質、繊維質、糖質、脂質、脂肪酸、ビタミン、ミネラル、香料、着色料、甘味料、調味料、防腐剤、保存料、酸化防止剤などの、医薬品、医薬部外品、化粧品、食品に用いられる添加剤や賦形剤等と組み合わせた組成物であってもよい。またそれらの形態も特に限定されず、例えば溶液、懸濁液、シロップ、粉末、顆粒、粒子など、任意の形態に調製しうる。
【0025】
ここで、医薬品及び医薬部外品の剤形は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、静脈内注射、筋肉注射剤、坐剤、吸入剤、経皮吸収剤、点眼剤、点鼻剤、湿布剤、パップ剤、軟膏、ローション、クリーム、口腔用製剤(歯磨剤、液状歯磨剤、洗口液、歯肉マッサージクリーム、口腔用軟膏、うがい用錠剤、トローチ、のど飴等)等の何れでもよく、投与形態も、経口投与(内用)、非経口投与(外用、注射)の何れであってもよい。
【0026】
食品としては、キャンディ、ガム、タブレット、カプセル、各種飲料等の何れであってもよい。
【0027】
化粧品としては、皮膚外用剤、洗浄剤、メイクアップ化粧料、頭皮頭髪用化粧料、入浴剤等の何れであってもよく、それらは使用方法に応じて、ローション、乳液、ゲル、クリーム、軟膏剤、粉末、顆粒等の種々の剤型で提供できる。
【0028】
上記医薬品、食品、化粧品、医薬部外品に本発明のTRPV3活性化剤又は温感剤を配合して用いる場合の製剤中の配合量は、十分な温感付与効果を有する限り特に限定されないが、内用製剤(経口医薬品、食品、口腔用組成物等)では0.01ppm以上、好ましくは1ppm以上、そして500000ppm以下、好ましくは100000ppm以下とするのがよい。また、外用製剤(非経口医薬品、化粧料等)では0.01質量%以上、好ましくは0.1質量%以上、そして20質量%以下、好ましくは10質量%以下とするのがよい。
【0029】
本発明の2−アルキルフェノール誘導体を用いて温感を付与する方法は、当該化合物をヒト(使用者)に適用(服用・塗布)することによりTRPV3受容体が活性化され、それにより使用者が温感を感受することを特徴とする。当該温感付与方法は、2−アルキルフェノール誘導体によって使用者が温感を感受しうる態様であれば特に限定されず、例えば当該化合物又は温感剤を直接適用する形態であってもよく、あるいは他の医薬品、化粧品、食品又は医薬部外品等に含有させた形で適用する形態であってもよい。
【0030】
上述した実施形態に関し、本発明においては以下の態様が開示される。
<1> 下記式(1):
【0031】
【化4】

【0032】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とするTRPV3活性化剤。
<2> 下記式(1):
【0033】
【化5】

【0034】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とする温感剤。
<3> 下記式(1):
【0035】
【化6】

【0036】
〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を用いることを特徴とする温感付与方法。
<4> <1>のTRPV3活性化剤又は<2>の温感剤を含む内用製剤であって、アルキルフェノール誘導体を1ppm以上100000ppm以下含有する製剤。
<5> <1>のTRPV3活性化剤又は<2>の温感剤を含む外用製剤であって、アルキルフェノール誘導体を0.1質量%以上10質量%以下含有する製剤。
【実施例】
【0037】
実施例1:試験サンプル調製例
2−t−ブチル−p−クレゾール:
2−t−ブチル−p−クレゾール(東京化成工業株式会社製、B0910)をエタノールに溶解させ、供試サンプルとした。
【0038】
o−t−ブチルフェノール:
o−t−ブチルフェノール(和光純薬工業株式会社製、021−04552)をエタノールに溶解させ、供試サンプルとした。
【0039】
2,4−ジ−t−ブチルフェノール:
2,4−ジ−t−ブチルフェノール(東京化成工業株式会社製、D0229)をエタノールに溶解させ、供試サンプルとした。
【0040】
2−t−ブチル−4−エチルフェノール:
2−t−ブチル−4−エチルフェノール(東京化成工業株式会社製、B1810)をエタノールに溶解させ、供試サンプルとした。
【0041】
実施例2:TRPV3活性の評価
(1)ヒトTRPV3安定発現株の作製:
ヒトTRPV3安定発現HEK293細胞株を作製するため、ヒトTRPV3遺伝子のクローニングを行った。全長ヒトTRPV3遺伝子は、ヒト表皮角化細胞(クラボウ社製)より抽出した全RNAを鋳型とし、RT−PCR法を用いて増幅した。
【0042】
得られたPCR産物をエントリーベクターpENTR−D/TOPO(インビトロジェン社製)へクローニングした後、pcDNA3.2−V5/DEST(インビトロジェン社製)へサブクローニングし、リポフェクトアミン2000(インビトロジェン社製)によりHEK293細胞へ形質導入した。形質導入された細胞を、450μg/mlのG−418(プロメガ社製)を含有するDMEM培地中で増殖させることにより選抜した。HEK293細胞は、内在性TRPV3を発現しないため、TRPV3形質導入株に対する対照(コントロール)として使用できる。
【0043】
(2)カルシウムイメージング:
蛍光カルシウムイメージング法を用いて、HEK293細胞へ形質導入したTRPV3活性の測定を行った。まず、培養したTRPV3発現細胞をポリ−D−リジンコートされた96ウェルプレート(BDファルコン社製)へ播種(30,000細胞/ウェル)し、37℃で一晩インキュベートした後、培養液を除去し、リンガー液に溶解させたFluo4−AM(2μg/ml;同仁化学社製)を添加し、37℃で30〜60分間インキュベートした。その後、96ウェルプレートを蛍光プレートリーダー(FDSS3000;浜松ホトニクス社製)にセットし、装置庫内温度を25℃にした状態で、励起波長480nmで励起させたときのFluo4による蛍光イメージを、検出波長520nmにてCCDカメラで検出した。測定は1秒毎に4分間行い、測定開始15秒後に、FDSS3000内蔵の分注器により、上記で調製した試験サンプル(終濃度100μM)を添加し、蛍光強度の変化によりTRPV3の活性を評価した。
【0044】
(3)TRPV3活性化の評価:
TRPV3活性は、試験サンプルによる自家蛍光の影響を排除するため、下記の式で自家蛍光分を差し引いた。自家蛍光を差し引いた蛍光強度(Fsub)=TRPV3発現細胞の蛍光強度(FV3)−HEK293細胞の蛍光強度(FHEK)また、2−アルキルフェノール及びその誘導体によるTRPV3活性化作用は、試験サンプル添加後の蛍光強度比のピークを用いて評価した。下記の式を用いて蛍光強度比を算出した。蛍光強度比=各時点のFsub/測定開始時のFsub各処理群あたり2ウェルで評価を行い、その平均値を用いた。
【0045】
(4)2−アルキルフェノール及びその誘導体のTRPV3活性化作用:
上記実施例1で得られた各試験サンプルを100μMの濃度で用い、実施例2に記載の評価方法により測定したTRPV3活性化強度を、表1に示す。なお、表の数値は、コントロールであるカルバクロールによる活性化強度を1とした場合の相対値である。
【0046】
【表1】

【0047】
以上より、2−t−ブチル−p−クレゾール、o−t−ブチルフェノール、及び2−t−ブチル−4−エチルフェノールは、公知のTRPV3活性化剤であるカルバクロールと比較し、顕著に高いTRPV3活性化作用を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】

〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とするTRPV3活性化剤。
【請求項2】
下記式(1):
【化2】

〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を有効成分とする温感剤。
【請求項3】
下記式(1):
【化3】

〔式中、Rは水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数2〜4のアルケニル基を示す〕
で表される2−アルキルフェノール誘導体を用いることを特徴とする温感付与方法。

【公開番号】特開2013−14580(P2013−14580A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−129068(P2012−129068)
【出願日】平成24年6月6日(2012.6.6)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】