説明

TiO2スパッタコーティング膜の作製方法

【課題】加熱せずに基板表面に結晶性のTiO膜をコーティングすることができ、特にルチル相より高い光触媒活性を有するアナターゼ相を含むTiO膜を形成させる。
【解決手段】TiOをターゲットとし、OとArの混合ガス雰囲気中で高周波マグネトロンスパッタリングを行い、非加熱基板にTiO膜をコーティングする際に、混合ガス中のOの濃度および混合ガスの全圧を制御し、アナターゼ相を含む結晶性のTiO膜を形成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板を加熱せずに、アナターゼ相を含む結晶性のTiO膜を形成させるTiOスパッタコーティング膜の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタニウム(TiO)は、その光触媒活性が注目されている。TiOは広いバンドギャップを持ち、発生するホール(H)が強い酸化能力を有し、水と反応して高反応性の水酸ラジカル(−OH)が生成する。これらのホールおよび水酸ラジカルは、多くの有機汚染物質を酸化することができるため、TiOは、水や空気の無害化に適用されている。TiOには、四面体のアナターゼ相およびルチル相、そして、斜方晶系の板チタン石の3つの結晶構造が知られている。これらのうち、光触媒活性を示す相(結晶構造)は、アナターゼ相およびルチル相に限られ、他の相やアモルファス相では全く光触媒活性を示さない。
【0003】
このようなTiOの薄膜は、イオンビーム技術、反応性スパッタリング、蒸着、高周波マグネトロンスパッタリング、化学蒸着などによって得られるが、形成するTiO膜は、調製条件に強く依存し、異なる結晶構造を示す。結晶性のTiO膜は、一般に、200℃程度に加熱された基板に形成し、基板を加熱しない場合、TiO膜はアモルファスである(非特許文献1)。
【非特許文献1】L.M. Meng, M. Andritschky and M.P. dos Santos, Thin, Solid Films 223, 242 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
基板を加熱することなく結晶性のTiO膜を形成させることができれば、ポリマーやプラスチックなどの表面にもコーティングすることができ、TiOの適用範囲が拡大される。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、加熱せずに基板表面に結晶性のTiO膜をコーティングすることができ、特にルチル相より高い光触媒活性を有するアナターゼ相を含むTiO膜を形成させることのできるTiOスパッタコーティング膜の作製方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、高周波マグネトロンスパッタリングによるTiO膜の作製を、スパッタ条件をコンビナトリアル的に変化させ、正確に制御して行ったところ、雰囲気を形成するOとArの混合ガス中のOの濃度および混合ガスの全圧を制御することにより、非加熱基板にアナターゼ相を含む結晶性のTiO膜をコーティングすることができ、Oの濃度が20%で、全圧が2〜2.5Paのときに、直径が400〜450オングストロームで、円柱状の形態の粒子から形成されるアナターゼ単相の結晶性TiO膜が形成するとの技術的知見を得た。また、アナターゼ相単相の形成はスパッタリング時間に依存するとの技術的知見も得た。
【0007】
本発明は、以上の技術的知見に基づいて完成されたものであり、第1に、TiOをターゲットとし、OとArの混合ガス雰囲気中で高周波マグネトロンスパッタリングを行い、非加熱基板にTiO膜をコーティングするTiOスパッタコーティング膜の作製方法であって、混合ガス中のOの濃度および混合ガスの全圧を制御し、アナターゼ相を
含む結晶性のTiO膜を形成させることを特徴としている。
【0008】
第2に、Oの濃度を20%とし、全圧を2〜2.5Paとしてアナターゼ単相の結晶性TiO膜を形成させることを特徴としている。
【0009】
第3に、スパッタリング時間を120分間とし、直径が400〜450オングストロームで、円柱状の形態の粒子から形成されるアナターゼ単相の結晶性TiO膜を形成させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高周波マグネトロンスパッタリングに際して、雰囲気を形成するOとArの混合ガス中のOの濃度および混合ガスの全圧を制御することにより、基板を加熱しなくとも基板上にアナターゼ相を含む結晶性のTiO膜を形成させることができる。特に、Oの濃度を20%、全圧を2〜2.5Paとすることにより、また、スパッタリング時間を120分間とすることにより、直径が400〜450オングストロームで、円柱状の形態の粒子から形成されるアナターゼ単相の結晶性TiO膜を形成させることができ、高い光触媒活性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、実施例を示し、本発明のTiOスパッタコーティング膜の作製方法について詳しく説明する。
【実施例】
【0012】
TiO膜の作製を、TiOディスクターゲット(フルウチ化学株式会社製、直径50mm、厚さ6mm、純度99.9%)を用い、高周波マグネトロンスパッタリングにより行った。チャンバ内の雰囲気は、OガスとArガスの混合ガスによって形成した。チャンバ内をロータリーポンプおよびターボ分子ポンプによって10−6Paまで排気した後、Oガス(純度99.9995%)およびArガス(純度99.999%)を導入した。ガスの供給は、質量流コントローラによって制御した。基板には、10×10×7mmのサイズのアルミナ珪酸塩ガラス1737(Corning Incorporatedから購入)を使用した。基板は、チャンバ内に取り付ける前にアセトン内で15分間超音波洗浄し、その後、55mmの固定距離でターゲットに対向して配置されたサンプルホルダ上に置いた。基板は加熱しなかった。周波数13.56MHz、出力150Wで作動する高周波発生器(Advanced Energy Industries Inc.,製、RFX600A)を使用した。スパッタリング時間は12
0分とした。
【0013】
基板表面に形成したTiO膜の厚さを、表面形状測定装置(Accretech Co.製、Surfcom 480 A)を用いて測定した。測定結果を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
また、各サンプルについてX線回折(XRD)測定を行い、構造解析を行った。なお、回折計(株式会社リガク製、RINT-2500)のパラメータは、すべてのサンプルに対して同
一とし、U=40kV、I=300mAとした。
【0016】
さらに、粒子サイズを、アナターゼ(101)およびルチル(110)の反射からシェラーの式を用いて算出した。その結果を表1に示す。また、アナターゼ相の割合(重量%(W))を次式(1)により算出した。その結果も表1に示す。
【0017】
=1/(1+1.265(I/I)) (1)
、Iは、それぞれ、アナターゼ、ルチルの最も強い反射強度である。本実施例では、IはアナターゼのA(101)のピーク強度、IはルチルのR(110)のピーク強度とした。
【0018】
また、TiO膜の表面形態を、原子力顕微鏡(AFM)(Jeol製、 JSPM 5200)を用いて観察した。
【0019】
さらに、TiO膜の光学的特性を、分光計(Jasco Corporation製、Jasco V-570)を用いて測定した。
【0020】
そして、TiO膜の光触媒特性をメチレンブルー(C1618SCl・3HO)の分解によって評価した。そのために、図1に示したような薄膜反応装置を作製した
。薄膜反応装置は、光ファイバーを通じて紫外線がTiO膜に到達するように設計した。すなわち、数本の光ファイバーを、ポリメチルメタクリレート(PMMA)の4重量%溶液を用いて基板の裏側に接着した。紫外線を5分間照射して固定し、さらに、エポキシ接着剤を貼付した。エポキシ接着剤によって、PMMAによる水の吸収を防止するとともに、機械的強度を向上させた。アルミナ珪酸塩ガラス基板は、紫外線の95%を透過するが、PMMAを介して光ファイバ−を接着することにより、透過性が87%に若干低下した。
【0021】
以上の薄膜反応装置を濃度0.05ミリモル/リットルのメチレンブルー溶液1.5ミ
リリットル中に浸漬し、紫外線ランプを用いてλ=254nm(1112μW/cm
および365nm(1274μW/cm)の紫外線を照射した。青色を示すメチレンブ
ルー溶液の透過度および吸収性を分光器(Ocean Optics Inc.,製、USB-2000-FLG)によって7日間各日24時間測定した。
(結晶構造)
/Ar混合ガスのO濃度および全圧(P)を変化させて形成したTiO膜の
X線回折パターンを図2に示す。TiO膜は、アナターゼ(A)、ルチル(R)のいずれか一方または両方の相の結晶構造を示した。TiO膜中の相の割合は、O濃度および全圧に強く依存している。ルチル相が主要な相になる条件は低O濃度かつ低Pである。図2aに示されるように、R(110)配向の純粋なルチル相は、10%のO、Pt=1.4Paおよび1.7Paの条件で形成したTiO膜に見られる。Pを2.0Pa、2.3Paに増加させると、アナターゼ相の割合が増加する。主たる反射であるA(101)に加え、A(004)、A(112)、A(200)にインデックスされる小さなスペクトルが現れている。
【0022】
濃度が20%では、図2bに示されるように、低圧側(1.4Paおよび1.7Pa)でもアナターゼ相が比較的多く形成され、P=2.0Paおよび2.3Paでは純粋なアナターゼ相となっている。O濃度が30%では、図2cに示されるように、唯一P=1.4Paで純粋なルチル相になるが、Pの増加にしたがってアナターゼ相の占める割合が大きくなる。
【0023】
また、表1に示されるように、アナターゼ相の粒子のサイズが、Pの増加にともなって増加する傾向にある。Oの濃度が20%、P=2.0Paのときに、粒子サイズ450オングストローム(直径)の大きな結晶化粒子を含む純粋なアナターゼ相が得られた。アナターゼ相の格子パラメータは、バルクの値(a=3.78オングストローム、c=9.51オングストローム)の1〜2%の範囲内にある。
(光学的特性)
各O濃度、各Pにおいて形成したTiO膜の透過スペクトルを図3に示す。
【0024】
TiO膜における相の割合は透過スペクトルの形状に影響している。アナターゼ相は、ルチル相と比較して密度および屈折率が低いため、より高い透過性は、アナターゼ相の割合が多いTiO膜で期待される。
【0025】
濃度が10%および30%で、かつP=1.4Paで形成した純粋なルチル相からなるTiO膜は、それぞれ、約55%、約65%の透過度を示している(図3aおよび図3c)。一方、アナターゼ相の割合が0%から約90%に増加することにより、O濃度が10%および30%で形成したTiO膜(図3aおよび図3c)では、透過度が約80%まで増加している。TiO膜がアナターゼ相を50%を超えて含むと、透過度に大幅な変化が現れるようである。
【0026】
アナターゼ相が多く含まれている、O濃度が20%で形成したTiO膜(図3b)
では、各スペクトルに明確な差は見られない。アナターゼ相を多く含むTiO膜の平均透過度は、可視領域において80〜90%で変化している。
【0027】
TiO膜の光学的バンドギャップEは、間接的な許容移行モード優位の仮定の下に、次のTauc式にしたがって吸収係数α(λ)に関連させることができる。
【0028】
定数 ×(hν−E=α(λ)×hν (2)
ここで、hνは光子エネルギー、α(λ)は、波長λにおける吸収係数である。吸収係数は、透過度T、反射度Rおよび膜厚dの測定により決定することができる。
【0029】
α(λ)=d−1×ln((1−R)/T) (3)
形成したTiO膜について光子エネルギーの関数として示した(α(λ)×hν)1/2のTaucプロットを図4に示す。外挿したTiO膜の光学的バンドギャップEを表1に併せて示した。TiO膜内のアナターゼ相の割合が増加するにつれてEが増加している。純粋なアナターゼ相からなるTiO膜について計算されたEの値は、バルクのアナターゼ構造(3.2eV)について報告されたものに近い。
(アナターゼ単相の結晶性TiO膜)
濃度が20%、P=2.0Paで形成されるアナターゼ単相のTiO膜について成長プロセスを検討した。スパッタリング時間を30分、60分、90分、120分と変えて異なる厚さのTiO膜を形成した。XRD、AFMの測定結果を図5、図6にそれぞれ示す。
【0030】
30分後のTiO膜はアモルファスであり、結晶構造は確認されない。接触モードによるAFMによれば、TiO膜の厚さは約28〜30nmであり、表面粗さ(R)は約0.4nmと推定される。対応するAFMの画像を図6aに示す。観察した領域は2×2μmである。かなり滑らかな表面を有している。
【0031】
アナターゼ構造は、60分後、TiO膜の厚さが62〜65nmになったときに成長し始める。また、A(101)回折のピークに加えて、R(110)反射による小さな肩がXRDスペクトルに現れている(図5)。TiO膜の表面粗さ、アナターゼ相のA(101)ピーク強度およびルチル相のR(110)のピーク強度を図5の挿入図に示す。
【0032】
120分後、TiO膜の厚さが185nmとなった時点で、ルチル相は消滅した。TiO膜の表面粗さRは、スパッタリング時間の経過とともにほぼ線型的に0.4nmから0.8nmに増加する。対応するAFMパターンから、アナターゼ粒子による粗い表面が確認される(図6b〜図6c)。
【0033】
図7にサンプルの断面のSEM顕微鏡写真を示す。アナターゼ相は、円柱状の形態を有している。円柱間に確認される空洞は、光をより容易に転送することがあり、その結果、アナターゼ型のTiO膜の透過度を向上させるという報告がある。
(光触媒特性)
薄膜反応装置には、4種類のTiO膜を用いた。1つは、アナターゼ相が100%のもの、3つは、異なるサイズのアナターゼ粒子をもつアナターゼ相が約50%のものである。メチレンブルーの透過スペクトルを紫外線放射時間の関数として図8に示す。100%の透過度は、メチレンブルーの完全な分解に対応する。
【0034】
最も高い光触媒活性は、アナターゼ粒子が最も大きい直径45nmの純粋なアナターゼ相からなるTiO膜に認められる。メチレンブルーの分解は、より大きなアナターゼ粒子を有するTiO膜によって速く進行する。アナターゼ相の円柱状の形態を考慮すると、大きな表面積が高い光触媒活性に関係していると考えられる。図8a、図8bの対比か
ら、TiOを光触媒として用いる清浄技術では、254nmの紫外線の照射が365nmの紫外線の照射より有効であることが分かる。これは、254nmの紫外線を照射する紫外線ランプから放出される光子が、365nmの紫外線を照射する紫外線ランプから放出される光子より高いエネルギーを有しているためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】光触媒活性の評価に用いた薄膜反応装置の概略図である。
【図2】各O濃度、各Pにおいて形成したTiO膜のXRDパターンである。
【図3】各O濃度、各Pにおいて形成したTiO膜の透過スペクトルである。
【図4】各O濃度、各Pにおいて形成したTiO膜について光子エネルギーの関数として示した(αhν)1/2のTaucプロットである。
【図5】O濃度20%、P=2.0Paとしてスパッタリング時間を30分、60分、90分、120分に変えて形成したTiO膜のXRDパターンである。挿入図は、TiO膜の表面粗さ、アナターゼ相のA(101)ピーク強度およびルチル相のR(110)のピーク強度の変化を示す。
【図6】O濃度20%、P=2.0Paとしてスパッタリング時間をa)30分、b)60分、c)90分、d)120分に変えて形成したTiO膜のAFM画像である。
【図7】O濃度20%、P=2.0Paで形成したアナターゼ相単相のTiO膜の断面を示したSEM画像である。
【図8】アナターゼ相が100%のTiO膜およびアナターゼ相が約50%のTiO膜についてメチレンブルー溶液の透過性の時間依存性を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiOをターゲットとし、OとArの混合ガス雰囲気中で高周波マグネトロンスパッタリングを行い、非加熱基板にTiO膜をコーティングするTiOスパッタコーティング膜の作製方法であって、混合ガス中のOの濃度および混合ガスの全圧を制御し、アナターゼ相を含む結晶性のTiO膜を形成させることを特徴とするTiOスパッタコーティング膜の作製方法。
【請求項2】
の濃度を20%とし、全圧を2〜2.5Paとしてアナターゼ単相の結晶性TiO膜を形成させる請求項1記載のTiOスパッタコーティング膜の作製方法。
【請求項3】
スパッタリング時間を120分間とし、直径が400〜450オングストロームで、円柱状の形態の粒子から形成されるアナターゼ単相の結晶性TiO膜を形成させる請求項2記載のTiOスパッタコーティング膜の作製方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図8】
image rotate

【図1】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2007−224370(P2007−224370A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−47603(P2006−47603)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】