説明

WC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス及びその製造方法

【課題】高硬度、高ヤング率、高導電性、高熱伝導性という特性を持ち、難焼結性を改善し、他の特性も同時に向上させる、WC基W−Mo−SiC系複合セラミックス及びその製造方法。
【解決手段】W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体及び5〜30mol%のSiCからなる相を備え、高ヤング率、高硬度の特性を有することを特徴とするWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。WCの持つ特性すなわち、高硬度、高ヤング率、高導電性、高熱伝導性という特性を十分に活用し、さらに難焼結性を著しく改善すると共に、その他の特性も同時に向上させることのできるWC基W−Mo−SiC系複合セラミックスを製造出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高ヤング率、高硬度、さらには電気伝導性、耐酸化性等の特性を有するWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
WCは、高硬度、軽量、高導電性、高熱伝導性であり、さらに化学的に安定であるという優れた特性を備えている。このような硬質材料は、切削工具、研磨材など、耐摩耗性、耐溶着性が要求される部材などに使用される。
このWCは、上記のような優れた特性を有する反面、難焼結性であるという欠点を持っている。このようなことから、Coなどの鉄系金属を焼結助剤として添加し、液相焼結をすることで、上記の難焼結性という欠点を改善し、超硬合金として主に切削工具あるいは耐摩耗性部材に利用されている。
【0003】
しかしながら、一般的にCoなどの金属添加は、WCの硬度、ヤング率及び高温耐酸化性の低下を生じさせるという欠点があり、これらの欠点を十分に改善できるに至っていないのが現状である。このようなことから、Co等の金属の欠点を改善できる代替の焼結助剤が求められている。
【0004】
このための研究がすでに行なわれ、Coを用いない場合のWCの焼結には、助剤としてSiCが有効であることが明らかになっている(非特許文献3、非特許文献4、特許文献5、特許文献6)。
【0005】
Coの削減だけでなく、WCは中国等に偏在していることにより資源的制約が大きいため、WC使用量の削減も強く求められている。
WCの削減に関しては、WCに、WCと同じ結晶構造のMoCを固溶させることでWCの性質を低下させずにWCの使用量を減らすことができる。このための研究はすでに行なわれ、MoCを固溶させたW1−xMoCからなる組成の物質そのものの製造方法は知られている(非特許文献2、特許文献3、特許文献4参照)。
【0006】
しかし、W1−xMoCからなる組成の物質は焼結して固化し難いため、溶解による以外は、これまでの技術では金属焼結助剤を必ず添加して焼結する必要があった(非特許文献1、特許文献1、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】鈴木 寿,林宏爾:粉体及び粉末冶金,28,(1981),179
【非特許文献2】M. Aribib, E. Silberberg, F. Reniers, and C. Buess-Herma: On the synthesis and characterization of mixed (Mo,W) carbides, J. Euro. Ceram. Soc., 18, (1998), 1503-1511
【非特許文献3】Shigeaki Sugiyama, Daiki Kudo, and Hitoshi Taimatsu, Preparation of WC-SiC Whisker Composites by Hot Pressing and their Mechanical Properties, Materials Transactions, Vol. 49, No. 7, (2008), 1644-1649
【非特許文献4】Hitoshi Taimatsu, Shigeaki Sugiyama and Masanori Komatsu: Effect of Cr3C2 and V8C7 on the Microstructure and Mechanical Properties of WC-SiC Whisker Ceramics, Materials Transactions, Vol. 50, No. 10, (2009), 2435-2440
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭53−104617号公報「焼結炭化物合金」
【特許文献2】特開昭51−146306号公報「金属炭化物合金組成物及びその組成物の製造方法」
【特許文献3】特開昭54−26300号公報「モリブデンを含む硬質固溶体の製造方法」
【特許文献4】特開昭54−29900号公報「超硬材料及びその製造方法」
【特許文献5】特開2006−089351号公報「高硬度,高ヤング率,高破壊靭性値を有するWC−SiC系複合体及びその製造方法」
【特許文献6】特開2009−209022号公報「WC−SiC−Mo2C系焼結体及びその製造方法」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、WCの持つ特性すなわち、高硬度、高ヤング率、高導電性、高熱伝導性という特性を十分に活用し、さらに難焼結性を著しく改善すると共に、その他の特性も同時に向上させることのできるWC基W−Mo−SiC系複合セラミックス及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上から、次の発明を提供するものである。
1)W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体及びSiCからなる相を備えることを特徴とするWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
2)SiC:5〜30mol%、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のMoC:5〜25mol%、残余W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のWCからなる相を備えていることを特徴とする上記1)記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
3)Cr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下を含有することを特徴とする上記1)又は2)記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
4)ヤング率E:590GPa以上、ビッカース硬度Hv:20GPa以上を備えていることを特徴とする上記1)〜3)のいずれか一項に記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックスを提供する。
【0011】
また、本願は、次の発明を提供する。
5)WC粉末とSiC粉末とMoC粉末とC粉末からなる混合粉末であって、焼結中にMoCとCの反応によってMoCが生成するようにMoCとCを等モル比に混合した混合粉末を予備成型し、この予備成型体を加熱焼結し、焼結中に反応を起こさせることによって、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体相と5〜30mol%のSiC相を備えた焼結体を得ることを特徴とするWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体の製造方法。
6)上記混合粉末に、Cr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下添加することを特徴とする上記5)記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
以上から、本願発明は、SiCをCoの代替とし、SiCによりW1−xMoC固溶体の生成を促進することによってWCが本来持つ性質を低下させずにWC量を削減するもので、同時に、予備的なW1−xMoC固溶体粉末を合成するという工程の省略によって製造過程を省エネルギー化するという優れた効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の高ヤング率、高硬度の特性を有するWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックスは、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体及びSiCからなる相を有する。
さらに、この相は、SiC:5〜30mol%、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のMoC:5〜25mol%、残余W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のWCからなる相からなる。前記固溶体W1−xMoCにおけるxの、より好ましい範囲は、x=0.05〜0.2である。
【0014】
本発明の高ヤング率、高硬度の特性を有するWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックスは、さらにCr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下を含有させることができる。
本発明のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックスは、ヤング率E:590GPa以上、ビッカース硬度Hv:20GPa以上を有する。
【0015】
本発明のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体の製造に際しては、WC粉末とSiC粉末とMoC粉末とC粉末からなる混合粉末を使用すると共に、焼結中にMoCとCの反応によってMoCが生成するようにMoCとCを等モル比に混合する。そして、これらの混合粉末を予備成型した後、加熱焼結する。
この焼結中にW1−xMoC固溶体を生じる反応を効果的に起こさせることによって、(x=0.05〜0.25)固溶体相と5〜30mol%のSiC相を備えた焼結体を得る。
【0016】
また、上記粉末に、Cr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下添加することにより、これらを含有するWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体を製造することができる。
【実施例】
【0017】
次に、実施例及び比較例に基づいて本発明を説明する。なお、本実施例は下記の試験等に基づいて、より好適な実施の一例を提示するものであり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。したがって、本発明の技術思想に含まれる変形、他の実施例又は態様は、全て本発明に含まれる。
【0018】
高温で
(1−x)WC+(x/2)MoC+(x/2)C→W1−xMoC(x=0.05〜0.25)・・・・・・・・式1
の反応を生じさせると、理想的に反応が進めば、W1−xMoC固溶体が合成される。
【0019】
(比較例1)
まず、表1に示す比較例1について説明する。この比較例1は、SiCを添加しない場合で、WC粉末とMoCとCを等モル比にしたMoC粉末とC粉末を混合し、1700°Cで通電加圧焼結したときに得られたセラミックスの生成物の分析結果である。理想通りに反応が進めばx=0.05〜0.3のW1−xMoC固溶体が合成されるが、MoCが残留し、完全な固溶体は得られなかった。1800°Cに温度を上げても、MoCが残留し、完全な固溶体は得られなかった。このように,SiCを添加しない場合,式1の反応が完全に進行することはなかった
【0020】
【表1】

【0021】
(実施例1)
表2の試料No.1−No.4に示す実施例1は、SiCを添加した場合で、WC粉末とMoCとCを等モル比にしたMoC粉末とC粉末とSiC粉末を混合し、比較例1より100℃低い1600°Cで通電加圧焼結したときに得られたセラミックスの生成物および機械的性質の結果である。
x=0.2でSiCを5〜20mol%変化させて焼結すると、式1の反応が完全に起こり、いずれもMoCが残留せずに、W1−xMoC固溶体が生成して緻密化しており、ヤング率は620 GPa以上、硬さは23 GPa以上であった。
【0022】
【表2】

【0023】
(比較例2)
表2の試料No.5に比較例2を示すが、x=0.3でSiCを5〜20mol%変化させて焼結すると、体積率で3.6vol%の少量のMoCが残留した。このことからx=0.3では、表2に示すようにヤング率及びビッカース硬さが低下する結果となり、本願発明の目的を達成することができなかった。
【0024】
(実施例2)
表3の試料No.6−No.11に示す実施例2は、SiCを添加した場合で、WC粉末とMoCとCを等モル比にしたMoC粉末とC粉末とSiC粉末を混合し、1700°Cで通電加圧焼結したときに得られたセラミックスの生成物および機械的性質の結果である。
x=0.05〜0.2、SiC含有量が5〜30mol%では、いずれも、MoCが残留せずに、W1−xMoC固溶体が生成して緻密化しており、ヤング率は590GPa以上、硬さは20GPa以上であった。
【0025】
(比較例3)
表3の試料No.12に比較例3示す。この比較例3はx=0.4としたものであるが、MoCが残留し、完全な固溶体化は起こらなかった。そして、表3に示すようにヤング率及びビッカース硬さが低下する結果となり、本願発明の目的を達成することができなかった。これは、上記比較例2と同様の結果であった。
【0026】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、WC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス及びその製造方法に関するもので、硬度とヤング率の低下を引き起こすCoを添加する必要がなく、低温での焼結が可能であり、さらに高硬度、高ヤング率を有するという優れた効果を有するので、WC超硬合金に替わる材料として、高硬度、高ヤング率を必要とする、例えば切削工具、ターゲット材、引抜きダイス、粉末冶金用金型、ノズル、メカニカルシール、軸受部品、射出成型用金型、ボールペン用ボール、電極、自動車部品などに適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体及びSiCからなる相を備えることを特徴とするWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
【請求項2】
SiC:5〜30mol%、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のMoC:5〜25mol%、残余W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体中のWCからなる相を備えていることを特徴とする請求項1記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
【請求項3】
Cr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下を含有することを特徴とする請求項1又は2記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
【請求項4】
ヤング率E:590GPa以上、ビッカース硬度Hv:20GPa以上を備えていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス。
【請求項5】
WC粉末とSiC粉末とMoC粉末とC粉末からなる混合粉末であって、焼結中にMoCとCの反応によってMoCが生成するようにMoCとCを等モル比に混合した混合粉末を予備成型し、この予備成型体を加熱焼結し、焼結中に反応を起こさせることによって、W1−xMoC(x=0.05〜0.25)固溶体相と5〜30mol%のSiC相を備えた焼結体を得ることを特徴とするWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体の製造方法。
【請求項6】
上記混合粉末に、Cr、VC、TaC、ZrC、NbCの中から選択した1種以上を合計で5mol%以下を添加することを特徴とする請求項5記載のWC基W−Mo−Si−C系複合セラミックス焼結体の製造方法。

【公開番号】特開2012−201536(P2012−201536A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−66045(P2011−66045)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】