説明

Waardenburg無眼球症候群の検出方法

【課題】遺伝子検査によるWaardenburg無眼球症候群の検出方法を提供すること。
【解決手段】Waardenburg無眼球症候群の検出方法は、ヒトから採取した細胞中のSMOC1遺伝子に、ナンセンス突然変異、フレームシフト突然変異若しくはアミノ酸の置換を伴う、若しくは複数の点突然変異が存在すること又は少なくともいずれかのイントロン領域の少なくとも一方の端部の塩基が置換した変異等の機能喪失型の変異があるかどうかを調べることを含む。
【効果】本発明により、Waardenburg無眼球症候群の遺伝子検査による確定診断が初めて可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Waardenburg無眼球症候群の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Waardenburg無眼球症候群 (OMIM % 206920、Waardenburg anophthalmia syndrome)は、四肢異常を伴う小眼球症(Microphthalmia with limb anomalies, MLA)あるいは眼肢端症候群(Ophthalmoacromelic syndrome)とも呼ばれ、眼球の無/低形成と四肢末端の異常を主徴とする、非常に稀な常染色体劣性遺伝性疾患である(以下MLAと呼ぶことがある)。1935年にWaardenbergが初めて紹介しこれまでに少なくとも 21家系 35症例 の報告がある。 MLAの多く(90%)は血族婚家系で認めら常染色体劣性遺伝性疾患であることが疑われる。MLA家系の3家系を対象にMLA責任遺伝子座マッピングを行い、10p11.23の422 kb領域が候補領域の一つとして疑われ、そこに唯一存在していたMPP7の変異の有無を確認したが変異は同定されなかった。よって10p11.23以外に責任遺伝子座が存在する可能性が想定された。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Hamanoue, H., Megarbane, A., Tohma, T., Nishimura, A., Mizuguchi, T., Saitsu, H., Sakai, H., Miura, S., Toda, T., Miyake, N., et al. 2009. A locus for ophthalmo-acromelic syndrome mapped to 10p11.23. Am J Med Genet A 149A:336-342.
【非特許文献2】Cogulu, O., Ozkinay, F., Gunduz, C., Sapmaz, G., and Ozkinay, C. 2000. Waardenburg anophthalmia syndrome: report and review. Am J Med Genet 90:173-174.
【非特許文献3】Vannahme, C., Smyth, N., Miosge, N., Gosling, S., Frie, C., Paulsson, M., Maurer, P., and Hartmann, U. 2002. Characterization of SMOC-1, a novel modular calcium-binding protein in basement membranes. J Biol Chem 277:37977-37986.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、遺伝子検査によるWaardenburg無眼球症候群の検出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明者は、下記実施例に具体的に記載する方法により、ホモ接合性マッピング及びハプロタイプマッピングを行った結果、Waardenburg無眼球症候群の責任遺伝子が染色体の14q24.1-q24.2にあるSMOC1遺伝子であることを突き止め、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、ヒトから採取した細胞中のSMOC1遺伝子に機能喪失型の変異があるかどうかを調べることを含む、Waardenburg無眼球症候群の検出方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、Waardenburg無眼球症候群の遺伝子検査による確定診断が初めて可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】14番染色体に遺伝子座がマップされた家系A,C,およびXと遺伝子座を示す図である。日本人家系A(沖縄県在住)、レバノン人家系C、トルコ人家系Xで家系CとXは近親婚を認める。14番染色体に認めた各家系の同祖性(IBD)あるいは共通ハプロタイプ(CH)領域は、マーカーAFM114Y10とCh14-STS6の間で重複しその領域にはSMOC1を含む24個の遺伝子がマップされている。
【図2】各家系で認められたSMOC1変異を示す図である。変異の各エレクトロフェログラムと遺伝子上の位置をしめす。機能的ドメインであるFS(follistatin-like), TY (thyroglobulin type-1), SMOC (SMOC1特異的ドメイン), EC(extracellular calcium-binding)の遺伝子上の位置を示す。
【図3】マウス胎仔におけるSMOC1の発現を示す図である。E10.5〜E11.5に眼組織に(E10.5では眼胞と眼茎、E11.5では眼杯腹側)、E10.5-E10.5に前肢芽の背腹側に、E12.5-E13.5に手指に相当する部位に特徴的は発現パターンを認め、MLAの病変部位と発現が合致していた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
下記実施例に具体的に記載する方法により、ホモ接合性マッピング及びハプロタイプマッピングを行った結果、Waardenburg無眼球症候群(以下、単に「無眼球症候群」)の責任遺伝子が染色体の14q24.1-q24.2にあるSMOC1遺伝子であり、無眼球症候群患者では、SMOC1遺伝子に機能喪失型の変異が生じていることが明らかになった。
【0010】
ヒトSMOC1遺伝子のゲノムDNAの塩基配列及びこれがコードするアミノ酸配列は公知であり、例えば、NC_000014 REGION: 69415896..69568836のaccession No.でGenBankに登録されている。ヒトSMOC1遺伝子のゲノムDNAの全長の塩基配列を配列表に記載すると長大なものになるので、本発明の実施に有用な部分のみ、すなわち、各エクソン及びそれらの前後の領域を取り出して配列番号1〜5に示す。配列番号1は、NC_000014 REGION: 69415896..69568836の5'末端から1番目〜1000番目(以下、これを「1-1000nt」のように示す。他の領域も同様)、配列番号2は72001〜75000nt、配列番号3は960001-99000nt、配列番号4は112001〜116000nt、配列番号5は、131001〜152941nt(3'末端)を示す。NC_000014 REGION: 69415896..69568836中、エクソン1は1-352nt、エクソン2は72713-72877nt、エクソン3は73995-74107nt、エクソン4は96290-96389nt、エクソン5は98493-98540nt、エクソン6は112992-113048nt、エクソン7は114975-115055nt、エクソン8は131329-131521nt、エクソン9は132060-132142、エクソン10は133961-134066、エクソン11は133778-144022nt、エクソン12は150817(150820)-152941nt(括弧内はバリアント2)にある。従って、エクソン1は、配列番号1の1-352nt、エクソン2は配列番号2の713-878nt、エクソン3は配列番号2の1995-2107nt、エクソン4は配列番号3の290-389nt、エクソン5は配列番号3の2493-2540nt、エクソン6は配列番号4の992-1048nt、エクソン7は配列番号4の2975-3055nt、エクソン8は配列番号5の329-521nt、エクソン9は配列番号5の1060-1142nt、エクソン10は配列番号5の2961-3066nt、エクソン11は配列番号5の12778-13022nt、エクソン12は配列番号5の19817 (19820)-21941nt(括弧内はバリアント2)にある。また、ヒトSMOC1遺伝子のcDNAの塩基配列及び該cDNAによりコードされるアミノ酸配列を配列番号6に示す。本発明の方法では、このSMOC1遺伝子に機能喪失型の変異が生じているか否かを調べる。ここで、機能喪失型の変異とは、少なくともいずれかのエクソン領域中にナンセンス突然変異、フレームシフト突然変異若しくはアミノ酸の置換を伴う、若しくは複数の点突然変異が存在すること又は少なくともいずれかのイントロン領域の少なくとも一方の端部の塩基が置換した変異を意味する。イントロン領域の少なくとも一方の端部の塩基が置換している場合、スプライシングに異常が生じ、正常な遺伝子産物が生産されない可能性がある。実施例で具体的に確認された変異は、c.718C>T(p.Gln240X)、c.664+1g>a及びc.378+1g>aである。ここで、c.718C>Tは、配列番号6中のコード領域の第718番目(すなわち、配列番号6の971ntのcがtに置換する点突然変異(すなわち、配列番号5の382ntのcがtに置換する点突然変異)であり、これにより、エクソン8中のGlnをコードするCAGが停止コドンTAGとなるナンセンス突然変異である。c.664+1g>aは、配列番号6中のコード領域の664番目の次の塩基(エクソン7の3'末端に隣接するイントロン中の塩基)、すなわち、配列番号4の3056ntのgがaに置換する点突然変異であり、これにより、エクソン7の下流に隣接するイントロンの3'末端のgがaに変異する。c.378+1g>aは、配列番号6中のコード領域の378番目の次の塩基のgがaに置換する点突然変異であり、これにより、エクソン3の下流に隣接するイントロンの3'末端のgがaに変異する。なお、上記のとおり、SMOC1遺伝子には、エクソン12中の1つのコドン(配列番号6中の1544-1546ntのgta、すなわち、配列番号5中の19817-19819ntのtag)が欠失したバリアント2が知られているが、いずれのバリアントであっても本発明の方法に供することが可能である。なお、バリアント2のcDNAの塩基配列及びそのコード領域のアミノ酸配列を配列番号8及び9にそれぞれ示す。
【0011】
これら3種類の変異は、居住地が大きく異なる無関係な3つの家系で独立に見出されたもので、それぞれの家系において偶発的に発生した変異であると考えられる。これらの3種の無関係なSMOC1中の機能喪失型変異により無眼球症候群が生じるので、SMOC1遺伝子中の天然に生じる他の機能喪失型変異であっても無眼球症候群を生じると考えられる。従って、本発明の方法は、上記した3種の変異の検出に限定されず、SMOC1遺伝子中の天然に生じる他の機能喪失型変異を検出することも本発明の範囲に包含される。
【0012】
本発明の方法では、ヒトから採取した細胞中のSMOC1遺伝子に機能喪失型の変異があるかどうかを調べる。これらの変異は、ゲノムDNA中の変異であるので、被検試料となる細胞は、染色体を含む細胞であればいずれの細胞であってもよく、採取の容易性から末梢血白血球等の末梢血中の細胞が好都合であるがこれらに限定されるものではない。また、羊水や絨毛を検体とすることもでき、この場合には胎児の無眼球症候群を検出することができる。なお、細胞からのゲノムDNAの抽出は、そのための市販のキットを用いて周知の常法により行うことができる。
【0013】
ゲノムDNAにおける、SMOC1遺伝子中の機能喪失型変異の検出は、SMOC1遺伝子の各エクソン及びその隣接領域をPCR等の核酸増幅法により増幅し、ダイレクトシーケンス法により増幅産物の塩基配列を決定することにより行うことができる。SMOC1遺伝子の各エクソン及びその隣接領域の塩基配列は上記のとおり公知であるので、これらの配列を元に、核酸増幅に用いるプライマーを適宜設定することができる。なお、利用可能なプライマーの具体的な塩基配列は、下記実施例にも記載されている。ダイレクトシークエンス法は、市販の装置及びキットを用いた周知の常法により行うことができる。
【0014】
また、実施例で具体的に検出された、特定の1又は複数の変異を検出する場合には、上記したダイレクトシークエンス法の他に、変異部分を含むプローブを用いて被検DNAがハイブリダイズするか否かを調べる方法や、変異部分を含むプライマーを用いた核酸増幅法により増幅が起きるか否かを調べる方法等を採用することもできる。前者の方法では、変異した点を含む領域をプローブとして基板上に固定化したDNAチップを用いることができる。これらの手法はいずれも周知であり、検出すべき変異及びその周辺の塩基配列がわかっていれば容易に実施可能である。
【0015】
無眼球症候群は、機能喪失型変異を有するSMOC1遺伝子がホモ接合になった場合に生じるので、上記方法により、機能喪失型変異を有するSMOC1遺伝子がホモ接合になっているかどうかを調べることにより無眼球症候群を検出することができる。上記した方法により、機能喪失型変異を有するSMOC1遺伝子が両アリルに検出された場合にはホモ接合(あるいは複合へテロ接合)、機能喪失型変異を有するSMOC1遺伝子と正常型遺伝子の両者が検出された場合にはヘテロ接合である。
【0016】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。
【実施例】
【0017】
1.材料と方法
(1)症例
臨床的にMLAと診断された症例を有する4家系を対象にした(日本人沖縄県家系1、レバノン人家系2、トルコ人家系1)。合計で5名のMLA症例と14名の非罹患者より末梢血白血球からQuickGene 610-L (FUJIFILM)を用いてゲノムDNAを抽出し解析に用いた。
【0018】
(2) ホモ接合性マッピングおよびハプロタイプ解析
GeneChip Human Mapping 50K Array Xbal (商品名、Affymetrix社)を用いて全ゲノムSNPタイピングを施行した。Affymetrix社推奨プロトコールに従いタイピングを行った。50K Arrayの結果を元にA家系では症例に於いてホモ接合性領域をほとんど認めず複合ヘテロ接合性変異により発症していることが疑われた。A家系では罹患者2例で共通で認められ非罹患者では認めないハプロタイプを有する領域(共通ハプロタイプ領域)と家系B、CおよびXで認めた同祖性領域(IBD region)の共通領域を探索するも全家系で共通する領域は認めなかったためA,B,CとXの中であらゆる3家系の組み合わせでの共通領域を探索し、Bを除く3家系で共通の14q24.1-q24.2の領域に注目、追加マイクロサテライトマーカー(表1)にてタイピング、そして共通責任領域3.0 Mbに絞り込んだ。
【0019】
【表1】

【0020】
(3) 変異解析
3.0 Mbの領域内には少なくとも24個の遺伝子がマップされていた。この内RAD51L1, ACTN1, ERH, SFRS5, WDR22, COX16, EXDL2, GALNTL1, SLC39A9, KIAA0247, MED6, TTC9, MAP3K9, SMOC1の変異解析を3家系で行った。全ての遺伝子のタンパク質翻訳領域のエクソンとエクソンイントロン境界領域をPCR法にて増幅し、精製後ダイレクトシーケンス法で塩基配列を決定した。PCR反応液は、1×ExTaq buffer, 0.2 mM each dNTP, 0.2 μM each primer, 0.25 U Ex TaqHS polymerase (TAKARA) もしくは1×GC buffer II, 0.2 mM each dNTP, 0.2 μM each primer, 0.25 U LA Taq polymerase (TAKARA)もしくは1x Buffer for KOD plus, 0.2 mM each dNTP, 1.0 mM MgSO4, 0.30 μM each primer, 0.4U KOD -plus- (商品名、TOYOBO) の組成である。反応条件と用いたプライマーのシーケンスを表2に示す。PCR産物をExoSAP-IT (GE healthcare)で精製後、BigDye Terminator chemistry version 3 (商品名、Applied Biosystems) を用いてサイクルシーケンス反応を行った。反応物はSephadex G-50 (商品名、GE healthcare) とMultiscreen-96 (商品名、Millipore)によるゲル濾過にて精製し、ABI Genetic Analyzer 3100 (商品名、Applied Biosystems) でシーケンスを得た。得られたシーケンスは、Seqscape software ver. 2.1 (商品名、Applied Biosystems)を用いて変異の有無について解析を行った。
【0021】
【表2】

【0022】
2.結果
日本人家系1例(A)、レバノン人家系2例(B, C)、トルコ人家系1例(X)(2)を対象に、ホモ接合性マッピング(あるいは共通ハプロタイプによるマッピング)を行った。マッピングにはGeneChip Human Mapping 50 K Array Xba I (Affymetrix社)を用いた。対象4家系で共通の責任遺伝子座候補領域は存在しなかったため、解析対象の家系で遺伝的異質性が存在する可能性があると考え、4家系中3家系の様々な組み合わせで共通の責任遺伝子座を探索したところ14q24.1-q24.2が、家系A, C, Xに共通責任遺伝子座である可能性が示唆された。さらに蛍光ラベルしたサテライトマーカーを追加し(表1)、詳細なマッピングを行い、AFM114YH10〜ch14-STS6 (UCSC coordinates, GRCh37: chromosome 14: 71347694-71347908 bp)の3.0 Mbを候補領域として絞り込んだ(図1)。この3.0 Mbの領域内には少なくとも24個の遺伝子がマップされていた。この内RAD51L1, ACTN1, ERH, SFRS5, WDR22, COX16, EXDL2, GALNTL1, SLC39A9, KIAA0247, MED6, TTC9, MAP3K9の変異解析を3家系で行うも変異は同定されなかったが、SMOC1において全家系にホモ接合性変異を認めた:c.718C>T (p.Gln240X) (日本人家系 A), c.664+1g>a (レバノン人家系C), c.378+1g>a (トルコ人家系X)(図2)。C.718C>T変異は沖縄県人100例を含む日本人289人の正常対照では認めなかった(578アリル)。他の2つの変異は同じ民族背景を持つ正常対照での確認は行っていないが、スプライシングドナーサイトの1番目の塩基異常であり、病的意義は明らかである。他の家系AではSMOC1変異の周辺のハプロタイプは父方アリルと母方アリルで完全に異なるため同祖性(同じ祖先から伝わること)は考えにくく偶然同じ変異が別々に生じた可能性が高い。
【0023】
SMOC1の遺伝子発現を観察するためマウス胎仔whole mount in situ hybridizationを行い、E10.5〜E11.5に眼組織に(E10.5では眼胞と眼茎、E11.5では眼杯腹側)、E10.5-E13.5に肢芽~手に極めて特徴的は発現パターンを認め(図3)、ヒトに於いてもMLAの罹患部位(眼と四肢末端)に同様に発現している可能性が高いためSMOC1遺伝子の変異によりMLAが発症することが支持される。
【0024】
以上の結果からSMOC1遺伝子変異により無眼球症候群が発症していると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトから採取した細胞中のSMOC1遺伝子に機能喪失型の変異があるかどうかを調べることを含む、Waardenburg無眼球症候群の検出方法。
【請求項2】
前記変異がc.718C>T、c.664+1g>a及びc.378+1g>aから成る群より選ばれる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記変異を有するSMOC1遺伝子がホモ接合であるか否かを検出する請求項1又は2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−234641(P2011−234641A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106974(P2010−106974)
【出願日】平成22年5月7日(2010.5.7)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】