説明

X線分析装置

【課題】それぞれ異なる分光結晶を搭載する複数のX線分光器を装備し各X線分光器毎に検出する波長を設定して複数の元素の同時分析を行う波長分散型のX線分析装置において、X線分光器に対する分析対象元素の割り当てを適切に行うことで測定回数を減らしながら正確な測定を行う。
【解決手段】複数の分析対象元素の中で濃度の低い順に、より高い感度での分析が可能な分光結晶と特性X線の種類の組合せを選択し(S2、S3)、選択した分光結晶が装置に装備されているか否か、既に他の分析対象元素に割り当てられているか否か、さらには選択された特性X線に他の元素の特性X線の重畳がないかどうか、をそれぞれチェックし(S4〜S7)、問題がなければ選択された分光結晶(X線分光器)に分析対象元素を登録する(S9)。これを濃度の低い順に繰り返して、全元素をX線分光器に割り当てる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線プローブ微小分析装置、走査電子顕微鏡、蛍光X線分析装置等、電子線やX線などを励起線として試料から特性X線を放出させ、これを分光結晶により波長分散して特定波長のX線を検出する波長分散型のX線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子線プローブ微小分析装置(EPMA)による元素分析では、加速した電子線を励起線として試料表面に照射し、それによって試料の含有元素の内殻電子の遷移が生じる際に外部に放出される特性X線を波長分散型のX線分光器で検出し、得られた特性X線スペクトルのピーク波長の位置から試料の含有元素の種類を特定する(定性分析)とともに、そのピークのX線強度からその元素の濃度を求める(定量分析)。波長分散型のX線分光器では、入射してくる特性X線に対して、分光結晶と該分光結晶で波長分散されたX線を検出する検出器とを所定の関係、具体的には倍角(θ,2θ)の関係を保つように同軸を中心に回動させることで波長走査を行うことができる。
【0003】
こうしたX線分析では、試料面上で微小分析位置を逐次走査しながら離散的に特性X線の強度信号を検出することにより、試料表面上での一次元又は二次元的な範囲における含有元素の分布状況を調べる、いわゆる線分析やマッピング分析がよく行われる。こうした線分析やマッピング分析を行うために、一般にEPMAは複数のX線分光器を装備しており、1つの分析対象元素に対して1つのX線分光器を該元素の特性X線波長に固定して測定を行うようにしている(例えば特許文献1など参照)。したがって、線分析やマッピング分析の際に同時に分析可能な元素数は、装置に装備されているX線分光器の数が最大となる。例えば5台のX線分光器が併設されているEPMAでは、最大5つの元素に対する同時測定が可能である。
【0004】
X線分光器に搭載される分光結晶には例えばLiF、PET(Pentaerythritol)、TAP(Thallium Acid Phthate)など様々なものがあり、それぞれ分光特性、つまり波長と分光感度との関係が相違する。そのため、或る分析対象元素を測定するために最適なX線分光器は、通常、その元素の特性X線の波長を最も感度良く検出できる分光結晶を搭載したX線分光器である。したがって、上述のように複数の元素を同時に測定する場合には、分析者は、各分析対象元素に応じて最適なX線分光器を選択するように分析条件を決める必要がある。
【0005】
ところが、複数の元素を分析する場合、最適なX線分光器は複数の元素間で重複することが多く、最適なX線分光器のみを使用しようすると同時に測定可能な元素数が限られる。そのため、1回の測定動作では全ての分析対象元素を測定できず、同一試料に対し2回以上の測定動作を繰り返す必要が生じる。その結果、測定繰り返し回数に応じて分析時間が長くなってしまうという問題がある。また、試料によっては1回目の測定動作時における電子線の照射によって試料表面に損傷を受ける場合があり、このような試料では2回目以降の測定で実質的に正確な測定が行えないおそれがある。
【0006】
そこで、分析時間を短縮するため或いは正確な測定を行うために、できるだけ1回の測定動作で全ての分析対象元素の測定を完了させることが望ましく、そのために分析者は分析条件を決める上で、元素によって測定する特性X線の種類を変更する、或いはX線分光器が他の分析対象元素と重複しないようにする等の工夫を行う必要がある。また、測定する特性X線の種類を変更する場合には、他の分析対象元素の高次線などのピークが重畳しないように配慮して選択を行う必要がある。そのため、上記のような分析条件の決定作業には、各分析対象元素に関する特性X線の種類やその強度比、さらにその特性X線を測定するのに適した分光結晶の種類や異なる分光結晶間の強度比など、様々な専門的知識が必要であるとともに経験も必要であり、そうした知識や経験に乏しい者にとっては非常に困難な作業であった。また、知識や経験を有する分析者であっても、分析条件の設定ミスにより信頼性を欠く分析結果を得るというおそれがあった。
【0007】
【特許文献1】特開2002-181745号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、分析者の専門的知識や経験に依存することなく、複数の分析対象元素に対する適切な分析条件を容易に決定し、それに基づいて短時間で多元素同時測定を行うことができる波長分散型のX線分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料に励起線を照射しそれに応じて該試料から放出された特性X線を分光結晶により波長分散して特定の波長の特性X線を検出するX線分析装置であって、分光特性の相違する分光結晶を搭載したX線分光器を2つ以上併設し、それぞれのX線分光器における分析対象波長をそれぞれ所定値に設定して試料から放出された特性X線を並行的に検出する波長分散型のX線分析装置において、
a)各種元素について特性X線の種類と分光結晶の種類との組合せと検出強度との関係を示す情報を保持しておく特性X線強度情報保持手段と、
b)試料に含まれる種類及び濃度が既知である複数の分析対象元素の中で、濃度の低い順に分析対象元素を選択し、前記特性X線強度情報保持手段に保持されている情報を参照して、当該装置に装備されており且つ他の分析対象元素に割り当てられていないとの条件の下に、最も高い感度で検出が可能な特性X線の種類とX線分光器との組合せを見い出す選択処理手段と、
c)該選択処理手段により選択された特性X線の種類に対し重畳する他の分析対象元素の特性X線の有無を調べる重畳判定手段と、
d)前記重畳判定手段により重畳する特性X線が無いと判定された場合に、前記選択処理手段により選択されたX線分光器と当該分析対象元素とを対応付けて登録するとともに、重畳する特性X線が有ると判定された場合には、前記選択処理手段による選択処理の再実行を指示する登録処理手段と、
を備えることを特徴としている。
【0010】
本発明における励起線は、試料表面から特性X線を放出させることが可能なものでありさえすれば、電子線、陽子線、α線、γ線、X線など特に限定されない。また、1つのX線分光器に1つの分光結晶が搭載されているものでもよいが、1つのX線分光器に機械的に交換自在に2つ以上の分光結晶が搭載されているものでもよい。後者の場合でも、1つのX線分光器で同時に検出可能である元素は1つである。
【0011】
本発明に係るX線分析装置において、例えば線分析やマッピング分析を実行するために、複数のX線分光器と各X線分光器で測定する分析対象元素との対応関係、つまりは分析条件を決めるに際し、分析対象元素の種類(元素名)と濃度とは既知であるものとする。即ち、もともと既知の元素が既知の濃度比で含まれる試料であるか、或いは、予め当該装置や別の装置を用いた定性分析及び定量分析により含有元素の種類と濃度(概略値で構わない)とを測定しておくものとする。
【0012】
分析条件を決定するための処理が開始されると、まず選択処理手段は、複数の分析対象元素の中で、濃度が最も低い分析対象元素を選択し、特性X線強度情報保持手段に保持されている情報を参照して、最も高い感度で検出が可能な特性X線の種類とX線分光器(分光結晶)との組合せを見い出す。但し、特性X線強度情報保持手段に掲載されている各種分光結晶の中で当該装置に装備されていないものがあり得る場合には、当該装置に装備されていない分光結晶を搭載したX線分光器を含む組合せは選択から除外する。また、1つのX線分光器は同時に1つの元素しか測定できないことから、この選択以前の選択処理により、既に他の分析対象元素に割り当てられているX線分光器も選択から除外する。
【0013】
目的とする分析対象元素について或る特性X線の種類とX線分光器とが選択された場合に、重畳判定手段は、その特性X線に対し重畳するような他の分析対象元素の特性X線が存在するか否かを調べる。具体的な一態様として、例えば、分光結晶の種類毎に、測定可能な各元素について、測定可能な特性X線の種類、波長、及び検出強度に関わる情報を保持しておく特性X線波長情報保持手段を備え、重畳判定手段は、各分析対象元素の濃度と前記特性X線波長情報保持手段に保持されている情報とに基づいて、目的元素の特性X線に対し重畳する他の分析対象元素の重畳の有無を判断する構成とすることができる。
【0014】
即ち、目的とする分析対象元素の特性X線の波長位置に別の分析対象元素の特性X線が存在するか否かは特性X線波長情報保持手段における波長情報から分かり、さらに実際にその特性X線が測定上影響を及ぼすものであるか否かについては、分析対象元素の濃度と特性X線波長情報保持手段における検出強度情報から分かる。つまり、同一波長位置に他の元素の特性X線があるとしても、その強度が目的元素の特性X線の強度に比べて十分に低ければ、実質的に影響がないため重畳がないと判定される。
【0015】
登録処理手段は、重畳判定手段により重畳する特性X線が無いと判定されると、選択処理手段により選択されたX線分光器、特性X線の種類、当該分析対象元素を対応付けて登録する。一方、重畳する特性X線が有ると判定された場合には、選択処理手段による選択処理の再実行を指示する。これにより、選択処理手段は上記分析対象元素についての特性X線の種類とX線分光器との組合せの選択をやり直す。そうして、例えば全ての分析対象元素についてX線分光器、特性X線の種類、分析対象元素を登録し終えるまで上記処理を繰り返す。但し、分析対象元素の数、X線分光器の数、などによっては、必ずしも1回の測定に対し全ての分析対象元素を登録できるとは限らず、それができない場合には、1回目の測定に対する登録処理で登録できなかった分析対象元素について2回目以降の測定に対する登録処理を実行すればよい。
【発明の効果】
【0016】
以上のように本発明に係るX線分析装置によれば、複数の分析対象元素を測定するために選択可能な範囲で最適なX線分光器がそれぞれ自動的に設定される。したがって、分析対象元素に関する特性X線の種類やその強度比、さらにその特性X線を測定するのに適した分光結晶の種類や分光結晶間の感度比などの知識や経験を有していない分析者(オペレータ)であっても、できるだけ少ない測定回数で以て複数の分析対象元素の測定を良好に行うための分析条件を容易に設定することができ、操作性が向上するとともに分析条件の設定ミスにより不適切な測定を実行するような無駄も防止できる。また、複数の分析対象元素に対する測定回数が1回又は少ない回数で済むことにより分析時間を短縮化できるとともに、特に複数の分析対象元素に対する測定回数を1回で済ますことにより、励起線の照射により試料表面が損傷するような場合でも全ての分析対象元素について正確な測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係るX線分析装置の一実施例である電子線プローブ微小分析装置(EPMA)について図面を参照して説明する。図1は本実施例によるEPMAの要部の構成図である。
【0018】
図1において、電子銃1から放出された励起線としての電子線Eは、偏向コイル2により形成される磁場を通り対物レンズ3で微小径に収束されて、試料ステージ4上に載置された試料Sに照射される。これにより、試料Sの表面から特性X線が周囲に放出される。試料Sの上方には、複数のX線分光器が互いに干渉しないように配設されている。この図では2つのX線分光器6a、6bのみを描いているが、試料Sを取り囲むように全部で5つのX線分光器が配設されいる。
【0019】
図示しないX線分光器を含めて各X線分光器6a、6bはそれぞれ、分光結晶61a、61bと、X線検出器63a、63bと、スリット64a、64bとを備え、試料Sから放出された特性X線は分光結晶61a、61bで波長分散され、特定の波長の回折X線がスリット64a、64bを通過してX線検出器63a、63bで検出される。例えばX線分光器6aにおいて、試料S上の電子線照射位置と分光結晶61aとX線検出器63aとは常に図示しないローランド円上に位置しており、図示しない駆動機構により分光結晶61aは結晶移動直線62a上を移動しつつ傾斜され、この移動に連動してX線検出器63aは図示するように回動されるようになっている。これにより、ブラックの回折条件を満たすように、つまり分光結晶61a、61bに対する特性X線の入射角と回折X線の出射角とが等しい状態が維持されながら分析対象のX線の波長走査が達成される。なお、X線分光器の構成はこれに限るものではなく、従来知られている各種の構成を採ることができる。
【0020】
各X線検出器63a、63bによるX線強度の検出信号はデータ処理部11に入力され、データ処理部11は例えば波長走査に応じたX線スペクトルを作成して、これに基づく定性分析や定量分析を行うほか、後述のように位置走査に応じて試料S上の元素の含有量分布(マッピング)画像を作成する。試料ステージ4は試料ステージ駆動部5により水平面内で移動可能となっており、これにより試料S上で電子線Eの照射位置が走査可能となっている。また、偏向コイル2により形成される磁場は偏向コイル制御部12から供給される駆動電流により変化し、それにより電子線Eは曲げられて試料S上での照射位置がずれるようになっている。このように、試料ステージ4の駆動、偏向コイル2の駆動のいずれでも試料S上における電子線照射位置(つまりは微小分析位置)は2次元的に走査可能であるが、通常、走査範囲が狭い場合には電子線Eによる走査、走査範囲が広い場合には試料ステージ4の移動による走査を行う。
【0021】
制御部10は各部を統括的に制御する機能を有し、分析者が指示を与える操作部13と分析者に情報を提供する表示部14とが接続されている。そして、制御部10は本実施例によるEPMAの特徴的な処理動作を担う分析条件決定処理部20を機能として含む。なお、制御部10やデータ処理部11は汎用のパーソナルコンピュータを用いて、該コンピュータにインストールした専用の制御/処理ソフトウエアを実行することにより制御部10やデータ処理部11としての機能を遂行するものとすることができる。したがって、分析条件決定処理部20の基本的な動作も、ソフトウエアを実行することにより達成することができる。
【0022】
次に、分析条件決定処理部20を中心に実行される分析条件決定処理動作について、図2〜図4、図6〜図8を参照して説明する。この分析条件決定処理動作は、本装置においてマッピング分析(又は線分析)を実行する際にその分析の条件を決定するべく実行されるものである。
【0023】
図2は分析条件決定処理部20を中心とする必要な情報の流れを示す概念図である。図2において定性分析データはマッピング分析対象の試料Sについて事前の定性分析及び定量分析により得られたデータであり、試料Sに含まれる元素の種類(元素名)と各元素の濃度の情報を少なくとも含む。特性X線強度比表21及び特性X線波長表22はいずれも予め作成され、記憶装置に保持されるものである。また、分析元素リスト23はこの処理の過程で順次登録作業が進められ、最終的にこの処理の結果、つまり分析条件として提示されるものである。
【0024】
図6は分析元素リスト23の一例、図7は特性X線波長表22の一例、図8は特性X線強度比表21の一例を示す図である。分析元素リスト23には、5個のX線分光器(上記X線分光器6a、6bを含む)のチャンネル(CH)番号と各X線分光器に搭載されている分光結晶(例えば61a、61b)の種類とが列記され、これに分析元素と特性X線の種類とが対応付けて登録できるようになっている。特性X線波長表22には、各分光結晶について測定可能な元素毎に、少なくとも測定可能な特性X線の種類(X線名)、波長、及び強度比(その結晶の中で最も検出強度の強い特性X線の強度を1.0として規格化したもの)が登録されている。また、特性X線強度比表21には、或る加速電圧(ここでは15kV)の条件の下で全ての元素について検出感度の強い順に特性X線名が並べられ、それぞれに関して分光結晶の種類と強度比とが対応付けて登録されている。
【0025】
図3のフローチャートに従って、分析者が行う操作とそれに応じて順次実行される処理動作について説明する。或る試料Sを定性/定量分析した結果、5つの元素が検出され、濃度の大きな順にFe、Cu、Co、Ni、Crであったものとする。これら情報が図2で示した定性分析データに相当する。なお、定性/定量分析を行わなくても含有元素の種類と濃度とが既知である場合には、それらの情報を分析者は操作部13より入力することにより、定性分析データの代わりに処理に利用するようにすることができる。
【0026】
上記5つの元素を最も高感度で分析するためには全ての元素をLiF結晶を分光結晶として測定する必要があり、その場合、ここで説明するEPMAに搭載されている分光結晶の組合せからすると、図6中の分光器番号CH3、CH4のみを使用するため、試料S上の同じ微小分析位置を3回に亘って測定する必要がある。これに対し、本実施例によるEPMAでは後述のような処理により、同じ微小分析位置を1回だけ測定すれば済むようにすることができる。
【0027】
処理動作の開始の指示を受けると分析条件決定処理部20はまず、マッピング分析や線分析の対象分析元素として、定性/定量分析の結果得られた検出元素から所定濃度以上の元素を分析対象元素として抽出する(ステップS1)。換言すれば、濃度が極端に低い元素はマッピング分析してもあまり意味がないので、ここで除外する。いま、この例では上記5元素全てが分析対象元素であるものとする。
【0028】
次いで、ステップS1で抽出された分析対象元素の中で最も低濃度の元素を選択する(ステップS2)。この例では、まず最も濃度の低い元素Crが選択される。そして、その元素について、特性X線強度比表21を参照して、その元素を最も高感度で分析できる分光結晶の種類と特性X線の種類との組合せを選択する(ステップS3)。この例では、図8中の元素Crについて検出感度が最も強い、特性X線:Kα、分光結晶:LiFが選択される。
【0029】
次に、選択された分光結晶(この例ではLiF)が本装置に搭載されているか否かを判定し(ステップS4)、装置に搭載されている場合には、選択された分光結晶が搭載されているX線分光器が既に別の分析対象元素に割り当てられているか否かを判定する(ステップS5)。未だ割り当てられていないと判定されると、当該分析対象元素の特性X線(ここではKα線)と重畳する特性X線が他の分析対象元素の特性X線の中にあるか否かを検索する(ステップS6)。この検索方法については後で詳述する。
【0030】
重畳するX線があるというのは、単に重畳する特性X線が他の分析対象元素の特性X線の中に存在するというのみならず、その重畳したX線が目的とする分析対象元素の特性X線の分析に影響を与えるレベルであるということを意味する。そして、重畳する特性X線があるか否かを判定し(ステップS7)、重畳する特性X線が無いと判定された場合には当該分析対象元素を選択した分光結晶(X線分光器)に登録する(ステップS9)。即ち、図6(a)に示すように、LiFを分光結晶とする分光器番号CH3に対応して分析対象元素Crを登録し、上記選択された特性X線の線種(ここではKα)も登録する。
【0031】
その後に、全ての分析対象元素を登録したか否かを判定し(ステップS10)、未だ登録されていない分析対象元素がある場合には次に濃度の低い分析元素を選択した上で(ステップS11)ステップS3に戻る。したがって、上述のように元素Crの登録を終了したならば、ステップS3に戻って次に濃度の低い元素Niについて、先の元素Crと同様に処理を繰り返す。但し、この場合には、既に分光器番号CH3に分析対象元素が登録されているため、ステップS3で分光結晶LiFが選択されたとしても、ステップS5で分光器番号CH3を選択することはできず、未だ割り当てられていない分光器番号CH4を選択することになる。
【0032】
ステップS3で選択された分光結晶がいずれのX線分光器にも搭載されていないものである場合、ステップS4からステップS8に進む。また、ステップS3で選択された分光結晶が搭載されているX線分光器が既に他の分析対象元素に割り当てられてしまっていて残っていない場合、ステップS5からステップS8に進む。例えば、上述したように2番目に濃度の低い元素NiがLiF結晶を搭載する分光器番号CH4のX線分光器に割り当てられてしまうと、LiF結晶を搭載するX線分光器は残っていない。したがって、必然的にステップS5からステップS8に進むことになる。また、ステップS7で重畳する特性X線があると判定された場合にもステップS8に進む。
【0033】
ステップS8の処理は上記ステップS3で選択された分光結晶と特性X線との組合せの選択を断念することを意味し、感度が最高ではないものの次に感度が良い組合せを特性X線強度比表21を参照して選択し、ステップS4に戻る。したがって、ステップS4→S8、ステップS4→S5→S8又はステップS4→S5→S6→S7→S8の繰り返しにより、選択された分光結晶が装置に搭載されていて、その搭載されているX線分光器が未だ他の分析対象元素に割り当てられておらず、さらに選択された特性X線に重畳する他の分析対象元素の特性X線が無いとの制約の下で、最も検出感度が良好であるような分光結晶と特性X線との組合せが選択されることになる。
【0034】
以上のような処理により、上記5つの分析対象元素の全てについて図7、図8に示したような特性X線波長表22、特性X線強度比表21を参照して登録作業を行った結果得られた分析元素リストが図6(b)に示すように完成する。即ち、低濃度の元素Cr及びNiはKα線を用いてLiF結晶(CH3、CH4使用)で測定し、元素Co及びCuはLα線を用いてRAP結晶(CH1、CH5使用)で測定し、最も高濃度である主元素のFeはLαの2次線を用いてLSA結晶(CH2使用)で測定を行うことになる。この例では、全ての分析対象元素がX線分光器に割り当てられているので、1回の測定で全元素のマッピング分析が可能である。
【0035】
但し、分析対象元素の数がX線分光器の数よりも多いときには、もともと一部の分析対象元素の割り当てを行うことはできず、またそうでなくとも搭載されている分光結晶の種類などの条件によっては一部の分析対象元素の割り当てができない場合がある。その場合には、図3に示した処理を繰り返して最終的に割り当てのできなかった分析対象元素について、2回目の測定における分析条件決定処理を実行すればよい。
【0036】
続いて、図3のフローチャート中のステップS6における処理の詳細の一例を図4のフローチャートに従って説明する。まず、他の分析対象元素(例えば目的とする分析対象元素がCrである場合にはFe、Cu、Co、Ni)の1つについて特性X線波長表22を参照して目的とする分析対象元素の特性X線波長に近いピークがあるか否か、つまり実質的に重畳しているピークがあるか否かを検索する(ステップS21)。そして、重畳ピークが無い場合には、全ての他の分析対象元素の元素をチェックしたか否かを判定し(ステップS30)、未だチェックしていない分析対象元素があれば次の分析対象元素を選択して(ステップS33)ステップS21に戻る。もし、全ての他の分析対象元素の元素をチェックし終えたならば、他の元素の重畳はないと判定する(ステップS32)。即ち、ステップS32の処理が為された場合には、上記ステップS7の判定処理ではNoとなる。
【0037】
ステップS22で重畳ピークがあると判定されると、次に、特性X線強度比表21を参照して、重畳ピークを有するその元素について最も検出感度が強い特性X線の種類を求める(ステップS23)。そして、今度は定性分析データからステップS23で求めた特性X線におけるメインピークのピーク強度Iを算出する(ステップS24)。さらに特性X線強度比表21から、重畳ピークと上記メインピークの強度比rを求める(ステップS25)。そして、重畳ピークのピーク強度I
=I ×r
により算出する(ステップS26)。
【0038】
次に、目的とする分析対象元素の特性X線のピーク強度Iを定性分析データから求め(ステップS27)、この特性X線のピーク強度Iと先に求めた重畳ピークのピーク強度Iとの比Rを
R=I/I
により求める(ステップS28)。つまり、このRが分析対象元素の特性X線ピークに対する重畳ピークの影響の程度を判定する指標値である。したがって、このRが一定比率以上であるか否かを判定し(ステップS29)、Rが一定比率以上であれば他の元素の特性X線が重畳していると判断する(ステップS31)。即ち、ステップS31の処理が為された場合には、上記ステップS7の判定処理ではYesとなる。Rが一定比率未満であれば、少なくともこの重畳ピークを持つ元素については重畳していないとみなせるから、次に上述したステップS30に進む。
【0039】
以上のようにして重畳している可能性のあるピークについて順次評価を行うことにより、重畳ピークの有無を確実に漏れなく判断することができる。
【0040】
なお、図4に示した処理ではステップS24において定性分析データを利用しているが、上述したように予め試料Sの含有元素と濃度とが既知である場合には定性/定量分析を実行する必要はなく、その場合には定性分析データが存在しない。そこで、そうした場合には、標準感度データベースを用いることができる。標準感度データベースは例えば加速電圧毎、分光結晶毎、及び特性X線の種類毎に、濃度100%時の標準的な感度をまとめたものであり、この標準感度にその元素の濃度を乗じることで特性X線のピーク強度Iを算出することができる。即ち、図5にフローチャートで示すように、図4中のステップS24の処理のみがステップS44に変更され、それ以外は図4と全く同じ処理を遂行すればよい。
【0041】
上記実施例は本発明に係るX線分析装置をEPMAに適用した例であるが、本発明に係るX線分析装置は他の形態のX線分析装置にも適用することができる。具体的には、特性X線を試料から放出させるための励起線は電子線に限らず、一次X線、α線、陽子線、イオン線、高速分子線など何でもよい。
【0042】
また、上記実施例の記載に限定されず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正或いは追加を行っても本願請求の範囲に包含されることは当然である。例えば、装備するX線分光器の数は複数であれば特に問わない。但し、上述したようにX線分光器の数が同時に分析可能な元素数の最大値になるから、測定回数が複数になることを回避したい場合には、分析対象元素の数をX線分光器の数以下に抑えるような制約を加えるとよい。また、1つのX線分光器に自動的に交換可能に複数種の分光結晶を搭載可能である場合には、1つのX線分光器の中でも、分析対象元素に応じて検出感度がより良好になるような分光結晶が選択されるようにするとよい。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施例による電子線プローブ微小分析装置(EPMA)の要部の構成図。
【図2】図1中の分析条件決定処理部を中心とする必要な情報の流れを示す概念図。
【図3】本実施例のEPMAにおける分析条件決定処理のフローチャート。
【図4】図3のフローチャート中のステップS6における処理の詳細の一例を示すフローチャート。
【図5】図4の変形例を示すフローチャート。
【図6】分析元素リストの一例を示す図。
【図7】特性X線波長表の一例を示す図。
【図8】特性X線強度比表の一例を示す図。
【符号の説明】
【0044】
1…電子銃
2…偏向コイル
3…対物レンズ
4…試料ステージ
5…試料ステージ駆動部
6a、6b…X線分光器
61a、61b…分光結晶
62a、62b…結晶移動直線
63a、63b…X線検出器
64a、64b…スリット
10…制御部
11…データ処理部
12…偏向コイル制御部
13…操作部
14…表示部
20…分析条件決定処理部
21…特性X線強度比表
22…特性X線波長表
23…分析元素リスト
E…電子線
S…試料


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に励起線を照射しそれに応じて該試料から放出された特性X線を分光結晶により波長分散して特定の波長の特性X線を検出するX線分析装置であって、分光特性の相違する分光結晶を搭載したX線分光器を2つ以上併設し、それぞれのX線分光器における分析対象波長をそれぞれ所定値に設定して試料から放出された特性X線を並行的に検出する波長分散型のX線分析装置において、
a)各種元素について特性X線の種類と分光結晶の種類との組合せと検出強度との関係を示す情報を保持しておく特性X線強度情報保持手段と、
b)試料に含まれる種類及び濃度が既知である複数の分析対象元素の中で、濃度の低い順に分析対象元素を選択し、前記特性X線強度情報保持手段に保持されている情報を参照して、当該装置に装備されており且つ他の分析対象元素に割り当てられていないとの条件の下に、最も高い感度で検出が可能な特性X線の種類とX線分光器との組合せを見い出す選択処理手段と、
c)該選択処理手段により選択された特性X線の種類に対し重畳する他の分析対象元素の特性X線の有無を調べる重畳判定手段と、
d)前記重畳判定手段により重畳する特性X線が無いと判定された場合に、前記選択処理手段により選択されたX線分光器と当該分析対象元素とを対応付けて登録するとともに、重畳する特性X線が有ると判定された場合には、前記選択処理手段による選択処理の再実行を指示する登録処理手段と、
を備えることを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
分光結晶の種類毎に、測定可能な各元素について、測定可能な特性X線の種類、波長、及び検出強度に関わる情報を保持しておく特性X線波長情報保持手段を備え、前記重畳判定手段は、各分析対象元素の濃度と前記特性X線波長情報保持手段に保持されている情報とに基づいて、目的元素の特性X線に対し重畳する他の分析対象元素の重畳の有無を判断することを特徴とする請求項1に記載のX線分析装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−26251(P2008−26251A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−201727(P2006−201727)
【出願日】平成18年7月25日(2006.7.25)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】