説明

X線分析装置

【課題】 X線分析装置において、既知なX線をモニターする必要が無く、高エネルギー分解能を得ること。
【解決手段】 X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するTES1を有するセンサ回路部2と、これに定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源3と、TES1に流れる電流を検出する電流検出機構4と、電流検出機構4に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器5と、電流検出機構4に接続されバイアス電流によってTES1に流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構6と、ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて電流検出機構4で検出した電流又は波高分析器5で測定した波高値を補正する感度補正演算部7と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡や蛍光X線分析装置等に用いられ、発生したX線のエネルギーを弁別することにより発生源の元素種を特定するためのX線分析装置であって、特にX線のエネルギーを熱エネルギーに変換する超伝導転移端センサをX線検出器として使用したX線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
X線のエネルギーを弁別することが可能なX線分析装置として、エネルギー分散型X線検出器(Energy Dispersive Spectroscopy、以後EDSと呼ぶ)やWDS(Wavelength Dispersive Spectroscopy、以後WDSと呼ぶ)がある。
上記EDSは、検出器に取り込まれたX線のエネルギーを検出器内で電気信号に変換し、その電気信号の大きさによってエネルギーを算出するタイプのX線検出器である。また、上記WDSはX線を分光器で単色化し(エネルギー弁別)、単色化されたX線を比例計数管で検出するタイプのX線検出器である。
【0003】
EDSとしては、SiLi(シリコンリチウム)型検出器などの半導体検出器が知られている。この半導体検出器を用いることで、0〜20keV程度の広範囲のエネルギーを検出できるが、エネルギー分解能は130eV程度と狭く、WDSと比較して10倍以上劣る点がある。
【0004】
このようにX線検出器の性能を示す指標として、エネルギー分解能がある。例えば、エネルギー分解能が130eVの場合、X線検出器にX線が照射されると、130eV程度の不確かさで検出が可能であることを意味する。ここで、高エネルギー分解能とは、この不確かさを小さくすることを意味する。例えば、特性X線が隣接する2本のスペクトルの場合を考える。エネルギー分解能が小さくなると不確かさが小さくなり、2本の隣接するピークが例えば20eV程度の場合、原理的に20eV〜30eVのエネルギー分解能で2本のピークを分離することができる。
【0005】
近年、エネルギー分散型でかつWDSと同等のエネルギー分解能を有する超伝導X線検出器が注目されている。この超伝導X線検出器の中で超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、以後TESと呼ぶ)と呼ばれる検出器は、金属薄膜の超伝導−常伝導遷移時の急激な抵抗変化(ΔT〜数mKにてΔR〜0.1Ω)を利用した高感度の温度計である。なお、このTESは、マイクロカロリーメータとも呼ばれる。
【0006】
このTESでは、線源から一次X線や一次電子線などの放射線をサンプルに照射し、サンプルから発生した蛍光X線や特性X線を入射させることで、TES内の温度が可変して、それを制御することでサンプルの分析をするものである。現在では、TESのエネルギー分解能は、例えば5.9keVの特性X線において10eV以下のエネルギー分解能を得ることができる。
【0007】
なお、TESを電子発生源としてサーマル型(タングステンフィラメント型など)の走査電子顕微鏡に取り付けたとき、電子線が照射されたサンプルから発生する特性X線を取得した結果、半導体型X線検出器では分離不可能な特性X線(Si−Ka、W−Ma,b)をTESは容易に分離することが可能である。
【0008】
この超伝導X線検出器を採用したX線分析装置では、TESの極微小な電流変化を読み出すためにSQUIDアンプ(Superconducting Quantum Interference Device(超伝導量子干渉素子型)アンプ)が用いられている。そして、TESの高エネルギー分解能を実現させるためには、このSQUIDアンプに流れる電流を一定にすることが重要である。この点について、以下に詳述する。
【0009】
TESでは、超伝導体が有する超伝導転移を利用しており、常伝導と超伝導の中間状態に動作点は保持される。このため、X線1個がTESに吸収された場合、超伝導転移中に動作点を保持された状態において、例えば100mKの温度変動に対して数mWの抵抗変化が得られ、マイクロアンペアオーダーのX線パルスを得ることができる。
【0010】
予めパルス波高値とX線のエネルギーとの関係を求めておくことにより、未知エネルギーを有するX線がTESに照射されてもパルス波高値から入射したX線のエネルギーを検出することができる。
TESを超伝導転移中の動作点に保持させるために、TESの動作点はTESに流れる電流(以下、TES電流と称す)とTES内に設けられた熱槽への熱リンクとの熱バランスにより決定される。TESのエネルギー分解能は温度の関数であるため、可能な限り温度を低くした方がよい。一般的に熱槽温度は50mK〜400mK程度である。TES電流Itは、以下の式(1)で決定される。
【0011】
【数1】

【0012】
ここで、RtはTESの動作抵抗、GはTES内に設けられた温度計と熱槽とを熱的に接続させるための熱リンクの熱伝導度、Tは温度計の温度、Tbは熱槽の温度である。
さらに、TES電流Itとパルス波高値との関係は、以下の式(2)で与えられる。理想的にはTES電流が一定であれば、常に一定のパルス波高値ΔIが得られる。
【0013】
【数2】

【0014】
ここで、αはTESの感度、Cは熱容量、Eは照射されるX線のエネルギーである。
この式(2)からわかるようにTES電流が変化すると、同じエネルギーのX線がTESに照射されてもパルス波高値が異なる。
【0015】
次に、TESに加えるバイアス電流を280mA〜320mAまで変化させたときのパルス波高値に対するフィルター後の出力値とSQUIDアンプに流れる電流(TES電流Itと同じ)との関係を、図7に示す。この図のように、上記式(2)に従ってパルス波高値の増加と共にTES電流が大きくなる(右軸)。パルス波高値としては、例えばバンドフィルターとコンボリューションさせた数値(以後、数値1と呼ぶ)がパーソナルコンピュータに出力される。
【0016】
この際、パーソナルコンピュータのディスプレイにおけるスペクトル表示画面は、横軸:数値1、縦軸:カウントで表示される。例えば、数値1が100のとき、100の箇所に1個カウントされる。これを繰り返して、X線スペクトルが形成される。
これは、同じエネルギーにも関わらずフィルター後の出力値が変化すると、数値1がばらつくことを意味する。このばらつき度合いが上述したエネルギー分解能に相当する。すなわち、高エネルギー分解能を実現させるためには、同じエネルギーに対して数値1のばらつきが小さくなるようにしなくてはならない。
【0017】
上記数値1のばらつきは、パルス波高値のばらつき、すなわちSQUIDアンプに流れる電流変化に起因する。すなわち、高エネルギー分解能を実現させるためには、上述したように、SQUIDアンプに流れる電流を一定にすることが重要である。
このSQUIDアンプの出力を一定にする方法として、例えば、従来、特許文献1に記載の技術がある。この技術では、TES電流がTESの動作抵抗に依存するため、TESの抵抗値を回復させるための回復機構として熱付加装置が設けられており、TESの動作抵抗に変化が生じた場合、抵抗値を回復させ、常にパルス波高値を一定にして高エネルギー分解能を実現させるものである。すなわち、TESは一定電圧で駆動されているためTESの抵抗値を一定に保ことは、SQUIDに流れる電流を一定に保つことと同じ意味である。
【0018】
【特許文献1】特開2008−14775号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
上記従来のX線分析装置では、常にエネルギーが既知なX線をモニターしておき、その波高値の変化からTES抵抗を回復させている。しかしながら、一定のX線を常にTESに照射させておけばよいが、次のような不都合がある。例えば、X線励起源に電子線を使い電子線をサンプルに照射させ、そこから発生する特性X線を使って組成分析を行う場合、電子線の照射場所によって特性X線のエネルギーが異なると、モニターする特性X線を照射場所毎に調整する必要がある。例えば、分析時間が30secで多点の分析を行う場合、各場所で30sec調整時間がかかると分析のスルーレートが半分となってしまう。この点を回避するためにX線源を設けておき、一定のエネルギーのX線を照射させることも可能であるが、システム内に空間的に配置するスペースが必要であると共に、X線源から常にX線源が有する固有のX線が検出されるため、X線源と同じエネルギーのX線を正確に分析できない不都合があった。
【0020】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、既知なX線をモニターする必要が無く、高エネルギー分解能を得ることができるX線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、本発明のX線分析装置は、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサを有するセンサ回路部と、該センサ回路部に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源と、前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、該電流検出機構に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器と、前記電流検出機構に接続され前記バイアス電流によって前記超伝導転移端センサに流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構と、該ベースラインモニター機構で検出した前記ベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて前記電流検出機構で検出した電流又は前記波高分析器で測定した波高値を補正する感度補正演算部と、を備えていることを特徴とする。
【0022】
このX線分析装置では、感度補正演算部が、ベースラインモニター機構で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて電流検出機構で検出した電流(TES電流)又は波高分析器で測定した波高値を補正するので、感度補正によってTES電流又は波高値出力が補正され、常に同じエネルギーの特性X線に対して一定のパルス波高値を得ることができ、長期に安定して高いエネルギー分解能を得ることができる。
【0023】
また、本発明のX線分析装置は、前記感度補正演算部が、予め前記ベースライン電流が既定値の際に測定された前記波高値をPh1とすると共に前記ベースライン電流が変動している際に測定された前記波高値をPh2としたとき、補正係数をPh1/Ph2に設定し、X線の検出時において、前記電流検出機構で検出した電流又は前記波高分析器で測定した波高値に前記補正係数を掛けて補正することを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、X線の検出時において、TES電流又は測定した波高値に上記補正係数を掛けて補正するので、常にベースライン電流の変動に応じた補正を簡易な演算処理で行うことができる。
【0024】
また、本発明のX線分析装置は、前記ベースラインモニター機構による前記ベースライン電流のサンプリング周波数が、50Hz以下に設定されていることが好ましい。すなわち、このX線分析装置では、ベースライン電流の変動がTESの応答周波数(100Hz以上)より遅いため、ベースラインモニター機構によるベースライン電流のサンプリング周波数(検出周波数)を電源商用周波数50Hz以下に設定することで、ベースライン電流の時間的変化に対応したサンプリング周波数で効率的に調整が可能になる。
【0025】
また、本発明のX線分析装置は、前記感度補正演算部が、前記ベースラインモニター機構で複数回検出した前記ベースライン電流の平均値に基づいて前記補正を行うことを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、感度補正演算部が、ベースラインモニター機構で複数回検出したベースライン電流の平均値に基づいて補正を行うので、統計的なゆらぎをもっているサンプリングされたTES電流を平均化し、信頼性の高い補正が可能になる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係るX線分析装置によれば、感度補正演算部が、ベースラインモニター機構で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて電流検出機構で検出した電流(TES電流)又は波高分析器で測定した波高値を補正するので、感度補正によってTES電流又は波高値出力が補正され、常に同じエネルギーの特性X線に対して一定のパルス波高値を得ることができ、長期に安定して高いエネルギー分解能を得ることができる。したがって、既知のX線をモニターする必要が無く、高いエネルギー分解能を長時間にわたり安定して得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係るX線分析装置の一実施形態を、図1から図5を参照しながら説明する。
【0028】
本実施形態のX線分析装置は、例えば電子顕微鏡、イオン顕微鏡、X線顕微鏡、蛍光X線分析装置等の組成分析装置として利用可能な装置であって、図1に示すように、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するTES(超伝導転移端センサ)1を有するセンサ回路部2と、該センサ回路部2に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源3と、TES1に流れる電流を検出する電流検出機構4と、電流検出機構4に感度補正演算部7を介して接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器5と、該電流検出機構4に接続されバイアス電流によってTES1に流れるベースライン電流(X線の入力がない場合の電流)を検出するベースラインモニター機構6と、該ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて電流検出機構4で検出した電流を補正する感度補正演算部7と、を備えている。
【0029】
上記センサ回路部2は、TES1よりも小さい抵抗値でありTES1と並列に接続されたシャント抵抗8と、TES1に直列に接続されたインプット(入力)コイル9と、を備えている。
上記TES1、シャント抵抗8及びSQUIDアンプ10は、図2に示すように、冷凍機により50mK〜400mKまで冷却されるコールドヘッド11の先端に設けられている。なお、TES1及びSQUIDアンプ10は、超伝導配線12で接続されている。別の例としては、図3に示すように、TES1を、コールドヘッド11の先端に設け、SQUIDアンプ10を9K以下まで冷却されるコールドブロック13の先端に設けたものでも構わない。なお、シャント抵抗8は、図2及び図3において図示を省略している。
【0030】
このセンサ回路部2では、バイアス電流源3からバイアス電流が流されると、シャント抵抗8の抵抗値とTES1の抵抗値との抵抗比で電流が分岐される。すなわち、シャント抵抗8に流れる電流とシャント抵抗8の抵抗値で決まる電圧とにより、TES1の電圧値が決定される。
【0031】
上記電流検出機構4は、インプットコイル9を介してTES電流を電気信号として検出する低温初段増幅器であるSQUIDアンプ10と、該SQUIDアンプ10から出力された電気信号を増幅・整形処理するための室温アンプ14と、該室温アンプ14からの出力信号を電圧の波高値に対応して選別する波高分析器5と、を備えている。なお、電流検出機構4として、インプットコイル9を利用したSQUIDアンプ10と室温アンプ14とを用いているが、TES1に流れる電流の変位を検出可能であれば他の構成を採用しても構わない。
【0032】
上記室温アンプ14は、X線パルス信号とベースライン信号とを出力する機能を有する。
上記波高分析器5は、室温アンプ14から送られたX線パルス信号から電圧パルスの波高を得てエネルギースペクトルを生成するマルチチャンネルパルスハイトアナライザーである。この波高分析器5は、X線パルスのみモニターし、X線パルスの波高値を読み取り、縦軸をカウント、横軸を波高値としたヒストグラムのグラフにおいて、その波高値の箇所にカウントを1個追加する。そして、波高分析器5は、複数のX線パルスに対して同じ作業を繰り返し、ヒストグラムを作成してディスプレイ装置等に表示する機能を有している。
【0033】
上記ベースラインモニター機構6は、室温アンプ14からの出力信号のうち、X線パルスを含まないベースライン信号のみモニターするものである。このベースラインモニター機構6は、ベースライン電流の変動をモニターしており、感度補正演算部7に対してベースライン電流の変動に応じたバイアス電流の変化量を信号として送る機能を有している。
【0034】
上記感度補正演算部7は、室温アンプ14及びベースラインモニター機構6に接続され室温アンプ14からの出力信号及びベースラインモニター機構6からバイアス電流の変化量の信号を受け取り、室温アンプ14からの出力信号を後述する演算処理で補正する機能を有している。この感度補正演算部7は、上記演算処理を行うための演算回路及びメモリ等を備えており、例えばパーソナルコンピュータ等のプログラム処理により実現するものや専用のハードウェアで実現されるものである。また、この感度補正演算部7を、ベースラインモニター機構6又は波高分析器5に組み込んで一体化しても構わない。
なお、具体的な演算処理については後述する。
【0035】
上記TES1は、図4に示すように、X線を吸収するための金属帯、半金属、超伝導体等の吸収体15と、該吸収体15で発生した熱を温度変化として検知する超伝導体からなる温度計16と、温度計16とコールドヘッド11との間を熱的に緩く接続し、熱槽(図示略)に逃げる熱流量を制御するメンブレン17と、から構成される。例えば、吸収体15としてアルミニウム、温度計16としてチタンと金との2層からなる材料、メンブレン17と熱槽としてはシリコンがそれぞれ採用可能である。
なお、TES1の抵抗値を常伝導と超伝導との中間状態に保持するために、温度計16で発生するジュール熱はメンブレン17を通して温度計16(または吸収体15)からコールドヘッド11に流れる熱流との熱的にバランスされる。
【0036】
ジュール熱とメンブレンを伝わる熱流との熱的なバランスは、式(1)で与えられる。しかし、実際には式(1)でTES電流は決まらず、TES1外部からの熱変動によりTES電流は影響される。TES1外部からの熱変動をPexとすると、式(1)は式(3)で書き換えられる。
【0037】
【数3】

【0038】
ここで、Rsはシャント抵抗8の抵抗値である。
上記式(3)の左辺第1項と右辺とは熱的に釣り合っている。そのため、Pexが増加すると、式(3)を満足するように、左辺第2項のδItが減少する。なお、外部からの熱変動の例としては、TES1を冷却するコールドヘッド11の温度変動、コールドヘッド11を取り囲む熱シールド18の温度変動による熱輻射の変動、または冷凍機内に存在する残留ガスを通して熱シールド18からTES1への熱伝導による熱シールド18の温度変動等がある。
【0039】
また、コールドヘッド11の温度変動は、コールドヘッド11内に設けられたヒータと温度計16に内蔵されたフィードバック制御であるPID制御システムで一定の温度になるように制御される。なお、コールドヘッド11を取り囲む熱シールド18は温度制御ができないため、最も温度が下がるように冷却される。さらに、残留ガスを通した熱伝導による温度変動は、冷却前に残留ガスをできるだけ排気することでPexを小さくするように工夫される。しかし、上記対策を施してもPexは変動し、式(3)に従いTES1に流れる電流が変動する。
【0040】
このTES電流の変動と、X線パルスの変動との関係を予め求めておけば、TES1に流れる電流の変化をベースラインモニター機構6で監視し、その値に応じて検出したX線パルスに対して補正を加えることで、外乱の影響により、同じエネルギーのX線が入射したときにパルス波高値が異なる問題を回避することができる。
【0041】
すなわち、本実施形態では、TES1に流れる電流変化をベースラインモニター機構6が監視しており、上記メカニズムに基づきベースラインモニター機構6から感度補正演算部7に対しバイアス電流の変化量を信号として送信する。さらに、感度補正演算部7は、バイアス電流の変化量に応じて室温アンプ14からの出力信号を補正し、波高分析器5へ送る。
【0042】
この際、ベースラインモニター機構6には室温アンプ14からの信号に対して上限値と下限値が設定できるようになっており、その範囲内に入っている信号をベースラインとして認識する。
【0043】
例えば、上限値と下限値とを+100mV、−100mVとした場合、この範囲に入っている室温アンプ14からの信号は常にベースライン信号として認識される。ベースライン電流の変動は、TES1の応答周波数(100Hz以上)より遅いため、SQUIDアンプ10での電流、すなわちTES電流のサンプリング周波数は電源商用周波数50Hz以下であることが望ましい。また、サンプリングされたTES電流は統計的なゆらぎをもっているため、例えばN個のサンプリングデータを平均化し、その平均化されたデータをモニターすることが好ましい。
【0044】
上記感度補正演算部7は、例えば図7のようなTES電流の変動とX線パルスの変動との関係や、より精度を上げる目的でTES電流の変動とX線パルスの変動とX線のエネルギーとの関係を、予めデータベースや近似式としてメモリに記憶しており、ベースラインモニター機構6で得られるTES電流の変動から感度の適切な補正量(補正係数)を求めるように設定されている。
【0045】
この感度補正演算部7による補正方法について、図5に示すフローチャートを参照して説明する。
まず、感度補正演算部7において、予め記憶されているデータベース又は近似式から、適正なTES電流がTES1に流れているときのX線パルスの波高値をPh1として求める(ステップS1)。
次に、ベースラインモニター機構6が、TES電流の変動を検出する(ステップS2)。
【0046】
さらに、感度補正演算部7は、ベースラインモニター機構6からTES電流の変動量を受け、上記データベース又は近似式から、TES電流の変動量に応じたX線パルスの波高値をPh2として求める(ステップS3)。次に、感度補正演算部7が、感度の補正係数としてPh1/Ph2を算出する(ステップS4)。
そして、感度補正演算部7は、分析時に実際にX線が入射されて室温アンプ14から出力された信号に、上記補正係数を掛けて感度補正する(ステップS5)。この補正した信号を波高分析器5に送ることで、波高分析器5で感度補正された波高値を得ることができる。
以上のサイクルを、分析が終了するまで繰り返し行うことで(ステップS6)、分析中のパルス波高値の変動を抑え、高エネルギー分解能な分析が実現される。
【0047】
このように本実施形態のX線分析装置では、感度補正演算部7が、ベースラインモニター機構6で検出したベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じてTES電流又は波高分析器5で測定した波高値を補正するので、感度補正によってTES電流又は波高値出力が補正され、常に同じエネルギーの特性X線に対して一定のパルス波高値を得ることができ、長期に安定して高いエネルギー分解能を得ることができる。
【0048】
また、ベースライン電流の変動がTESの応答周波数(100Hz以上)より遅いため、ベースラインモニター機構6によるベースライン電流のサンプリング周波数(検出周波数)を電源商用周波数50Hz以下に設定することで、ベースライン電流の時間的変化に対応したサンプリング周波数で効率的に調整が可能になる。
【0049】
また、感度補正演算部7が、ベースラインモニター機構6で複数回検出したベースライン電流の平均値に基づいて補正を行うので、統計的なゆらぎをもっているサンプリングされたTES電流を平均化して信頼性の高い補正が可能になる。
【0050】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0051】
例えば、上記実施形態では、感度補正演算部7により室温アンプ14から出力された信号に補正係数を掛けて感度補正しているが、他の例として、図6に示すように、室温アンプ14と波高分析器5とを直接接続すると共に、波高分析器5からの出力を受けるように感度補正演算部27を接続して波高値自体を感度補正しても構わない。すなわち、室温アンプ14からの信号をそのまま波高分析器5に送り、補正前のTES電流に基づいて波高分析器5から出力される波高値自体に感度補正演算部27により上記補正係数を掛け、表示することで、補正された波高値を得ても構わない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明に係るX線分析装置の一実施形態を示す概略的な全体構成図である。
【図2】本実施形態において、TES及びSQUIDアンプの実装例を示す要部の概略的な拡大側面図である。
【図3】本実施形態において、TES及びSQUIDアンプの他の実装例を示す要部の概略的な拡大側面図である。
【図4】本実施形態において、TESの構造を概略的に示す説明図である。
【図5】本実施形態において、感度補正演算部による感度補正方法を示すフローチャートである。
【図6】本実施形態の他の例を示すX線分析装置の概略的な全体構成図である。
【図7】本実施形態において、パルス波高値に対するフィルター後の出力値(縦軸:パルス波高値と表示)とSQUIDアンプに流れる電流(横軸:TESに流れる電流と表示)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0053】
1…TES(超伝導転移端センサ)、2…センサ回路部、3…バイアス電流源、4…電流検出機構、5…波高分析器、6…ベースラインモニター機構、7,27…感度補正演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサを有するセンサ回路部と、
該センサ回路部に定電圧を印加してバイアス電流を流すバイアス電流源と、
前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、
該電流検出機構に接続され検出された電流に基づいて波高値を測定する波高分析器と、
前記電流検出機構に接続され前記バイアス電流によって前記超伝導転移端センサに流れるベースライン電流を検出するベースラインモニター機構と、
該ベースラインモニター機構で検出した前記ベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて前記電流検出機構で検出した電流又は前記波高分析器で測定した波高値を補正する感度補正演算部と、を備えていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のX線分析装置において、
前記感度補正演算部が、予め前記ベースライン電流が既定値の際に測定された前記波高値をPh1とすると共に前記ベースライン電流が変動している際に測定された前記波高値をPh2としたとき、補正係数をPh1/Ph2に設定し、
X線の検出時において、前記電流検出機構で検出した電流又は前記波高分析器で測定した波高値に前記補正係数を掛けて補正することを特徴とするX線分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のX線分析装置において、
前記ベースラインモニター機構による前記ベースライン電流のサンプリング周波数が、50Hz以下に設定されていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のX線分析装置において、
前記感度補正演算部が、前記ベースラインモニター機構で複数回検出した前記ベースライン電流の平均値に基づいて前記補正を行うことを特徴とするX線分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−271016(P2009−271016A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124056(P2008−124056)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】