説明

logPの決定方法、および該方法に使用される二相系溶媒

【課題】フラスコ振とう法により広範囲のlogPを得ることのできる方法および二相系溶媒を提供すること。
【解決手段】極性有機溶媒、水性溶媒および疎水性有機溶媒を混合・静置して二相系溶媒を調製する工程;logPが既知である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)と、既知のlogPとから、相関式を導出する工程;logPの決定対象である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)から、前記相関式に基づいて、logPを算出する工程;を含むlogPの決定方法および該方法に使用される二相系溶媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、logPの決定方法、および該方法に使用される二相系溶媒に関する。
【背景技術】
【0002】
logPとは1−オクタノール/水二相系溶媒における化合物の分配係数(Po/w)の対数値である。logPは、化合物の疎水性または親水性の程度を示すひとつの指標値であり、薬理活性や生体内での薬物吸収・分布・代謝・排泄(ADME)等の挙動を予測する上で有用であるので、特に薬学分野でよく知られている。
【0003】
薬学の分野では一般に、薬物スクリーニングにおいて適度な疎水性を有する化合物(+4>logP>+1)が選抜されやすかったが、近年では、DDS(ドラッグデリバリーシステム)や製剤技術の進歩により、水溶性の高極性薬物(0>logP)の種類が増加している。よって、対象となる薬物のlogPの幅は大きく広がっている。
【0004】
logPの測定方法として、(1)1−オクタノール/水二相系溶媒の上下相に分配した薬物濃度からPo/w(=Coctanol/Cwater)を実測するフラスコ振とう(shake-flask)法、(2)アルキル(又はミセル)固定相に対する溶質の保持係数からPo/wを間接測定する逆相(RP)HPLC法やミセル動電クロマトグラフィー(MEKC)法、および(3)1−オクタノール/水二相系溶媒の上下相を固定相/移動相として溶質の保持時間からPo/wを実測する高速向流クロマトグラフィー(HSCCC)法などがある。
【0005】
しかしながら、いずれの方法もlogPを正確に測定できる範囲が狭く、特に水溶性(高極性)薬物の負のlogPを正確に求める事ができなかった。
【0006】
例えば、日本工業規格の公定法として指定されているフラスコ振とう法(JIS Z 7260-107, 2000)では、1−オクタノール/水二相系溶媒の上下相に被検物質を分配させてから相分離し、必要に応じて希釈した後、各相中の物質濃度を定量する必要があり、定量に用いる公知の分析法および分析機器では、定量値が感度や誤差の影響を受けた。例えば、最も一般的な濃度定量法である紫外可視吸光光度法では、精度良く測定可能な吸光度値がおよそ1〜0.01として表される範囲であるため、上下相の濃度比として正確に測定できるlogPの範囲は一般におよそ−2〜+2であった。この測定範囲を拡大するためには、二相分配の結果得られた溶液が高濃度の場合、溶液を希釈する必要があり、また低濃度の場合は測定スケールを上げて物質の絶対量を増やし、得られた溶液を更に濃縮してから測定する必要があるが、作業が煩雑になり誤差も出る。
【0007】
また例えば、C8やC18アルキルカラムを固定相とする逆相HPLC法では、被検物質はアルキル固定相と移動相溶媒(水系緩衝液またはメタノール混液)間で分配しながらカラム内を移動・溶出するため、溶出ピークの保持時間から計算した質量分布比k’とP値は強く相関することが知られている。従って、あらかじめP値が既知の標準物質を用いてk’とPの相関式を作成することにより、濃度定量することなく、被検物質のP値を実測したk’から間接的に見積もることができる。逆相HPLC法によるlogPの測定範囲は一般におよそ−1〜+6とされているが、溶質の保持が、分配以外の固定相支持体との物理化学的な相互作用の影響を受けるため、相関精度に難点があった。特に、解離基を有する親水性化合物などは固定相の残存シラノール基と相互作用するため、logPの信頼性が低下する事が知られていた。また、k’とPの相関式についても、化学構造が大きく異なる物質間では相関係数が異なるため、得られる値の精度が低下した。すなわち、上記測定範囲内であっても正確なlogPを測定できない場合があった。さらに、逆相HPLC法では、アルキル固定相にほとんど保持されない高極性化合物の負のlogP値(−1以下)は全く測定することができなかった。
【0008】
また例えば、液々分配クロマトグラフィーであるHSCCC法では、1−オクタノール/水二相系溶媒の一方の液相を固定相、他方の液相を移動相とすることができるので、特別な相関式を用いることなく、被検物質のP値を溶出ピークの保持時間から実測することができる。HSCCC法もまた、濃度定量の必要がないlogP測定法であるが、極端に分配比が偏る物質のP値は、保持時間の差に表れにくいため、実質的なlogPの測定範囲はおよそ−2〜+4程度の範囲に留まっていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、フラスコ振とう法により広範囲のlogPを得ることのできる方法および該方法に使用される二相系溶媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
極性有機溶媒、水性溶媒および疎水性有機溶媒を混合・静置して二相系溶媒を調製する工程;
logPが既知である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)と、既知のlogPとから、相関式を導出する工程;
logPの決定対象である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)から、前記相関式に基づいて、logPを算出する工程;
を含むlogPの決定方法に関する。
【0011】
本発明はまた、上記logPの決定方法で使用される二相系溶媒に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、フラスコ振とう法により、従来フラスコ振とう法では測定できなかったlogPを広範囲(−8〜+8)で決定できる。
本発明に従うと、logPの決定対象である化合物を少量で用いても、上記logPを決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】logKとlogPとの相関関係を示すグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るlogPの決定方法は特定の二相系溶媒を使用することを特徴とするものであり、少なくとも二相系溶媒の調製工程、logPが既知である化合物のlogK−logP相関式導出工程、およびlogPの決定対象である化合物のlogP算出工程を含むものである。
【0015】
本明細書中、logPは、薬学の分野で従来からよく知られている疎水性または親水性の程度を示すひとつの指標値であって、「1−オクタノール/水」二相系溶媒における化合物の分配係数(P)の対数値を意味するものである。
logKは、後で詳述する「極性有機溶媒/水性溶媒/疎水性有機溶媒」二相系溶媒における化合物の分配係数(K)の対数値を意味するものとする。
【0016】
(二相系溶媒)
本発明に使用する二相系溶媒は、極性有機溶媒、水性溶媒および疎水性有機溶媒からなる混合溶媒である。本発明においては極性有機溶媒および水性溶媒を含む混合溶媒に疎水性有機溶媒を添加混合し、十分に混合した後、常温(25℃)において静置して二相分離を行い、上相と下相とに分離した溶媒をそれぞれ分取し、二相系溶媒として使用するものである。分取に際しての二相分離は、溶媒耐性のある容器中で、極性有機溶媒、水性溶媒および疎水性有機溶媒を混合・撹拌してから、30分間以上静置することにより充分相分離が確認されたことを確認してから行うようにする。本明細書中、本発明で使用する二相系溶媒を「極性有機溶媒/水性溶媒/疎水性有機溶媒」二相系溶媒と標記することがある。
【0017】
本発明で使用される「極性有機溶媒/水性溶媒/疎水性有機溶媒」二相系溶媒は、従来の「1−オクタノール/水」二相系溶媒と比較して、対象化合物を上相と下相との間で顕著な濃度差を生じさせることなく分配・溶解させることができる。そのため、本発明の二相系溶媒における化合物の分配係数(K)を適度な大きさの正確な値で求めることができ、結果として、十分に正確なlogPを極めて広範囲で測定できる。
【0018】
極性有機溶媒は、誘電率が疎水性有機溶媒よりも高く、常温常圧で水と相溶して均一系を形成する有機溶媒が使用される。極性有機溶媒は二相系溶媒において主に上相を構成する。二相系溶媒に極性有機溶媒が含まれず、水性溶媒と疎水性有機溶媒のみで構成されると、上相と下相の極性差が大きくなり、最終的に広範囲のlogP値が得られない。
【0019】
極性有機溶媒として、例えば、アセトニトリル、アセトンまたはそれらの混合物等が使用可能である。好ましい極性有機溶媒はアセトニトリルである。
【0020】
水性溶媒は、例えば、純水、イオン交換水および水道水等の水、またはこれらの水にpH緩衝剤を溶解してなる水性緩衝液が使用される。水性溶媒は二相系溶媒において主に下相を構成する。
【0021】
水性溶媒は水性緩衝液を使用することが好ましい。水性緩衝液のpHを、生体内の体液のpHに近似させておくことによって、生体内での薬物吸収・分布・代謝・排泄(ADME)等の挙動をよく予測するlogPを求めることができるためである。
【0022】
水性緩衝液は、水性のいわゆるpH緩衝液が使用される。水性緩衝液としては、後述するlogKの測定時においても、下相のpHを目的に応じて一定値に保持できるものが望ましい。保持するpHの値は、生体内における被検薬物の作用部位や吸収部位により様々であるが、血液内環境や一般的な細胞内環境を想定する場合は、下相のpHを7.0〜8.0、特に7.4に保持できる緩衝液が有用であり、例えば、リン酸系緩衝液、酢酸系緩衝液、炭酸系緩衝液またはトリス緩衝液等が使用可能である。
【0023】
リン酸系緩衝液はリン酸もしくはその塩を含む水溶液である。リン酸塩として、例えば、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等が使用可能である。
【0024】
リン酸系緩衝液は、二種類の共役なリン酸塩水溶液またはリン酸水溶液を添加・混合することによって調製され得る。各水溶液の濃度は500mmol/L以下、特に20〜200mmol/Lが好ましい。
【0025】
酢酸系緩衝液は酢酸塩とその共役な酸または塩基を含む水溶液である。酢酸塩として、例えば、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸アンモニウム等が使用可能である。共役な酸や塩基としては、酢酸、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、アンモニア等が使用可能である。
【0026】
酢酸系緩衝液は、酢酸塩水溶液に共役な酸または塩基を添加・混合することによって調製され得る。酢酸塩水溶液の濃度は500mmol/L以下、特に20〜200mmol/Lが好ましい。
【0027】
炭酸系緩衝液は炭酸もしくはその塩を含む水溶液である。炭酸塩として、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム等が使用可能である。
【0028】
炭酸系緩衝液は、二種類の共役な炭酸塩水溶液または炭酸水溶液を添加・混合することによって調製され得る。各水溶液の濃度は500mmol/L以下、特に20〜200mmol/Lが好ましい。
【0029】
トリス(Tris)緩衝液は2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオールと酸を含む水溶液である。酸として、例えば、塩酸や硫酸等が使用可能である。
【0030】
トリス緩衝液は、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール水溶液に酸もしくはその水溶液を添加・混合することによって調製され得る。2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール水溶液の濃度は500mmol/L以下、特に20〜200mmol/Lが好ましい。
【0031】
水性溶媒の使用量は、本発明の目的が達成される限り特に制限されず、通常は極性有機溶媒100体積部に対して60〜130体積部、好ましくは90〜110体積部である。
【0032】
疎水性有機溶媒は、誘電率が極性有機溶媒よりも低く、常温常圧において水と非相溶で均一系を形成しないが、極性有機溶媒と相溶して均一系を形成する有機溶媒が使用される。疎水性有機溶媒は二相系溶媒において、極性有機溶媒と共に上相を構成する。二相系溶媒に疎水性有機溶媒が含まれないと、溶媒は二相に分離しない。
【0033】
そのような疎水性有機溶媒として、例えば、飽和脂肪族モノアルコールが挙げられる。
疎水性飽和脂肪族モノアルコールとしては炭素数4以上、特に4〜10、好ましくは7〜9のものが使用でき、より好ましくは直鎖状のものが使用される。そのような好ましい疎水性の直鎖状飽和脂肪族モノアルコールの具体例として、1−ブタノール、1−アミルアルコール、1−ヘキサノール、1−ヘプタノール、1−オクタノール、1−ノニルアルコールおよび1−デシルアルコール等が挙げられる。
【0034】
疎水性有機溶媒の使用量は、本発明の目的が達成される限り特に制限されず、通常は極性有機溶媒100体積部に対して4〜40体積部であり、二相系溶媒の製造時における二相分離のための静置時間の短縮の観点から好ましくは10〜20体積部である。疎水性有機溶媒の使用量が小さすぎると、二相への分離が困難になる。疎水性有機溶媒の使用量が大きすぎると、上相と下相との間で、化合物に対する溶解力の差が大きくなるので、化合物を上相と下相との間で分配させたとき、顕著な濃度差が生じる。そのため、実測するlogK値が、実際のlogPの値に近似しすぎてしまうため、広い範囲のlogPを測定することができない。
【0035】
本発明の二相系溶媒の調製に際し、混合時間は、十分な混合が達成されれば特に制限されず、通常は1分間以上であればよく、1〜60分間が好ましい。
静置時間は、1分間以上であればよく、通常は1〜60分間が好適である。
【0036】
(logPが既知である化合物のlogK−logP相関式導出工程)
本工程では、まず、logPが既知である化合物の、前記「極性有機溶媒/水性溶媒/疎水性有機溶媒」二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)を求める。
【0037】
logPが既知である化合物とは、文献や測定によって正確な値と考えられるlogPを知ることができる化合物であり、従来からの1−オクタノール/水二相系溶媒を用いたフラスコ振とう法によって測定したときlogPがおよそ−2〜+2の範囲内になった化合物、1−オクタノール/水二相系溶媒を用いたHSCCC法によって測定したときlogPがおよそ−2〜+4の範囲内になった化合物、および逆相HPLC法によって測定したときlogPがおよそ−1〜+6の範囲内になった化合物が挙げられる。特に逆相HPLC法によって測定したときlogPがおよそ−1〜+6の範囲内になった化合物については、固定相支持体から物理化学的な相互作用の影響を受けない化合物を使用するようにする。
【0038】
logPが既知である化合物の具体例としては、正確なlogPが既知である限り特に制限されず、例えば、実施例で使用した表1および表2に記載の化合物等が挙げられるが、これらの化合物に制限されるものではない。
【0039】
より正確なlogPを得る相関式を導出する観点から、logKを測定する化合物の数は多いほど好ましく、通常は3個以上、好ましくは20個以上、より好ましくは30〜50個が適当である。相関式導出のための化合物として、表1および表2に記載の化合物を選択することはさらに好ましい。
【0040】
logKの測定方法としては、二相系溶媒に所定の化合物を分配させる。詳しくは、例えば、試料(化合物)1mgに上相液および下相液各1mLを加えて、試験管中で十分に攪拌混合溶解させた後、静置して二相分離を行う。logKの測定に際して、化合物および二相系溶媒を上記のように小量スケールで使用しても、結果として正確なlogPを求めることができる。化合物濃度は、化合物が二相溶媒中に完全に溶解するような濃度範囲内で無ければならない。
【0041】
次いで、分離後の上相液および下相液の試料濃度を測定する。上相液の試料液、および下相液の試料液について、試料濃度を定量する。濃度定量は、試料化合物の化学構造や物理化学的性質や化学反応性に応じて、適切な手法を選択することができるが、様々な化合物に対する汎用性や測定の簡便性の観点から、紫外可視分光光度法が好ましい。この方法では、精度良く測定できる試料溶液の吸光度範囲が狭いため(0.01〜1.0程度)、例えばメタノールで7種類程度の希釈倍率(例えば、1倍、2倍、5倍、10倍、20倍、50倍、100倍)の試料希釈液を調製してから、試料化合物が光吸収する波長を選択して吸光度測定するとよい。
【0042】
次いで、定量された濃度定量値から、下記算出式により、分配係数(K)を求め、その対数値(logK)を算出する。
K=CUP/CLP=(吸光度UP×希釈倍率UP)/(吸光度LP×希釈倍率LP
【0043】
上記式中、CUPは上相液を用いた試料液の希釈前の濃度定量値である。
LPは下相液を用いた試料液の希釈前の濃度定量値である。濃度はどの様な単位で表しても良いが、CUPとCLPの単位は同一にする必要がある。
吸光度UPは上相液を用いた試料希釈液の吸光度(無単位)であり、当該試料希釈液の希釈倍率が希釈倍率UPである。
吸光度LPは下相液を用いた試料希釈液の吸光度(無単位)であり、当該試料希釈液の希釈倍率が希釈倍率LPである。
なお、吸光度UPおよび吸光度LPはいずれも補正値を用いることが好ましい。所定の試料希釈液の吸光度の値から、試料が含有されていない希釈液の吸光度の値を差し引いて得られた値を用いる。
【0044】
上記算出式に用いられる吸光度UPおよび希釈倍率UPは、吸光度値が0.1〜1.0の範囲にある希釈試料液の吸光度および希釈倍率である。上記算出式に用いられる吸光度LPおよび希釈倍率LPは、吸光度値が0.1〜1.0の範囲にある希釈試料液の吸光度および希釈倍率である。
【0045】
本明細書中、吸光度はマイクロプレートリーダー(TECAN製;XSafire Mini Version)によって測定された値を用いているが、当該装置によって測定されなければならないというわけではなく、当該装置と同様の原理・原則によって吸光度測定できる装置であれば、いかなる装置によって測定されてもよい。
【0046】
logPが既知の化合物についてlogKを求めた後は、当該logKと、既知のlogPとから、相関式を導出する。詳しくは、logPが既知の化合物のlogKとlogPとを、例えば図1に示すように、横軸;logK−縦軸;logPの座標にプロットし、最小二乗法により線形回帰することにより、相関式を導き出す。
【0047】
相関式は以下に示す一次関数の形態で導出される。
logP=A×logK+B
[式中、Aは傾きを示し、Bは切片を示す]。
【0048】
相関式の相関係数Rの2乗値は、相関式導出のために選択される化合物や参考にする文献値、化合物の数により変わるが、本発明において通常は0.9000以上を達成する。例えば、表1および表2に記載の化合物を選択した場合、本法では相関式の相関係数Rの2乗値は0.9300以上を達成する。
【0049】
相関係数Rの2乗値とは、統計学の分野で知られる値であり、1に近いほど、正の相関が強いことを示す。本発明において相関係数Rの2乗値は、具体的には、上記グラフ上、相関式の導出に用いた全ての化合物のlogK−logPプロットの相関式からのズレの程度を表す平均の指標値であり、1に近いほど、当該ズレは小さく、当該相関式に基づく計算値が正確と考えられる値(参照値)に近いことを意味する。
よって、本発明で導出された相関式は既知のlogPとよく相関しており、当該相関式に基づいて算出されたlogPは十分に有意であることが明らかである。
【0050】
(logPの決定対象である化合物のlogP算出工程)
本工程では、まず、logPの決定対象である化合物の、前記「極性有機溶媒/水性溶媒/疎水性有機溶媒」二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)を求める。
【0051】
「logPの決定対象である化合物」とは、logPを知りたい化合物のことであり、例えば、logPが未知の化合物であってもよいし、またはlogPは既知であるが、既知の値が不正確と考えられるために、正確なlogPが知りたい化合物であってもよい。
【0052】
logPが未知の化合物としては、親水性が極めて高い化合物や疎水性が極めて高い化合物が挙げられる。
親水性が極めて高い化合物の具体例として、例えば、ヌクレオチド類、ヌクレオシド類、多糖系やペプチド系抗生物質、多糖類、ペプチド類、薬物抱合体類等が挙げられる。
疎水性が極めて高い化合物の具体例として、例えば、脂溶性ビタミン類、脂肪酸類、多感芳香族化合物類、環状ペプチド類、ステロイド類、テルペン類等が挙げられる。
【0053】
logPは既知であるが、正確なlogPが知りたい化合物としては、従来からの1−オクタノール/水二相系溶媒を用いたフラスコ振とう法によって測定したときlogPが−2未満または+2を超える値になった化合物、1−オクタノール/水二相系溶媒を用いたHSCCC法によって測定したときlogPが−2未満または+4を超える値になった化合物、ならびに逆相HPLC法やミセル動電クロマトグラフィー(MEKC)法によって測定したときlogPが測定限界付近(−1もしくは+6付近)または−1未満もしくは+6を超える値になった化合物および逆相HPLC法やミセル動電クロマトグラフィー(MEKC)法によるlogPが−1〜+6の範囲内であっても、固定相支持体から物理化学的な相互作用の影響を受ける化合物等が挙げられる。
【0054】
そのような化合物のlogKの測定方法としては、前工程で説明したlogKの測定方法と同様の方法が採用できる。
【0055】
logPの決定対象である化合物についてlogKを求めた後は、当該logKから、前記相関式に基づいて、logPを算出する。詳しくは、前記相関式に、logKを代入することにより、logPを求めることができる。
【0056】
本発明のlogPの決定方法、そこに使用する二相系溶媒は、フラスコ振とう法だけでなく、HSCCC法にも採用することができる。例えば、HSCCC法では、本発明の二相系溶媒の一方の相を固定相、他方の相を移動相としてクロマトグラフィーを行い、被検化合物の保持時間から−2〜+2の範囲のlogKを求めることができる。より具体的には、二相溶媒系の上相を固定相とし、下相を移動相とする逆相分配モードのHSCCCにより、極性の高い親水性化合物のlogKを、濃度定量することなく短時間で求めることができる。また、二相溶媒系の下相を固定相とし、上相を移動相とする順相分配モードのHSCCCにより、疎水性化合物のlogKを、同様に短時間で求めることができる。logKを求めた後は、当該logKから、前記相関式に基づいて、logPを算出する。詳しくは、前記相関式に、logKを代入することにより、logPを求めることができる。
【実施例】
【0057】
<実験例A>
(二相系溶媒の調製工程)
まず、50mMの酢酸アンモニウム水溶液に10%アンモニア水を添加・混合して、pHを7.4に調整し、酢酸系緩衝液を調製した。
次いで、1L容量のガラス製分液ロートに、HPLC用アセトニトリルとアンモニア系緩衝液とをそれぞれ500mLずつ加えて、さらに1−オクタノールを80mL加えた後、5分間振とう・撹拌して混合を行った。混合液を常温(25℃)において30分間静置後、溶液が二相に完全に分離したのを確認し、二相系溶媒Aを得た。二相系溶媒Aにおける上相液(溶液)と下相液(溶液)とを別々の容器に分別して貯留した。
【0058】
(logPが既知である化合物のlogK−logP相関式導出工程)
表1および表2に記載の、logPが既知である化合物を、シグマアルドリッチジャパン(株)、和光純薬工業(株)より入手した。これらの化合物は正確なlogPが知られている化合物であり、例えば、フラスコ振とう法やHSCCC法により1−オクタノール/水二相系溶媒で直接的に正確なlogPを測定できた化合物、および文献によって正確なlogPが明らかにされた化合物である。当該文献では、logPは、逆相HPLC法により測定されている。
【0059】
各化合物について、二相系溶媒Aにおける分配係数(K)をフラスコ振とう法により測定し、該分配係数の対数値(logK)を求めた。求めたlogKと、既知のlogPとを表1および表2に示した。logKは、以下に示す測定を3回実施したときの平均値であり、SDは標準偏差である。
【0060】
詳しくは、以下の方法を実施した。
logKの測定方法;
試料(化合物)1mgに上相液および下相液各1mLを加えてボルテックスミキサーにより十分に撹拌した後、5分間静置して二相分離を行った。分離後の上相液および下相液をそれぞれ、メタノールで7種類の希釈倍率(1倍、2倍、5倍、10倍、20倍、50倍、100倍)で96穴プレートに200μLずつ入れ、マイクロプレートリーダー(TECAN製 XSafire Mini Version)を用い、260nmおよび230nmの検出波長で吸光度を測定した。同様に、試料を入れていない上相液および下相液の吸光度を測定した。試料含有液の吸光度から試料フリー液の吸光度を引いて補正した後、前記Kの算出式に基づいて、上下相の吸光度比(分配係数K)を求め、その対数値を求めた。前記算出式に用いた吸光度UPおよび希釈倍率UPは、吸光度値が0.1〜1.0の範囲にある希釈試料液の吸光度および希釈倍率であった。吸光度LPおよび希釈倍率LPは、吸光度値が0.1〜1.0の範囲にある希釈試料液の吸光度および希釈倍率であった。
【0061】
相関式の導出方法;
次いで、前記各種化合物のlogKと、既知のlogPとを、図1に示すように、横軸;logK−縦軸;logPの座標にプロットし、最小二乗法により線形回帰することにより、以下に示す相関式を導出した。
logP=4.0358×logK+0.1617
【0062】
上記相関式の相関係数Rの2乗値は0.9399であった。
【0063】
上記相関式の傾きと切片より、比較的広範囲のlogP値(−8〜+8)を、比較的狭範囲のlogK値(−2〜+2)で実測可能であることが判った。そのようなlogK範囲は、本発明の溶媒を用いたこと以外、従来のフラスコ振とう法やHSCCC法と同様の方法により、小量スケールで正確に測定可能である。
それらの結果より、logPの決定対象である化合物を小量スケールで用いても、十分に正確なlogPを極めて広範囲で測定できることが明らかである。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【0066】
表1および表2中、aからfで示すlogPの既知の値は以下に示す値である。
aは、1−オクタノール/水二相系溶媒を用いたこと以外、前記logKの測定方法と同様の方法により3回測定されたlogPの平均値である。
bは、Lombardo, F. ; Shalaeva,M.Y. ; Tupper, K.A. ; Gao, F. ; Abraham, M.H. J.Med. Chem. 2000, 43, 2922-2928で記載されていたlogPである。
cは、Lombardo, F. ; Shalaeva, M.Y. ; Tupper, K.A. ; Gao, F. J.Med. Chem. 2001, 44, 2490-2497で記載されていたlogPである。
dはTakacs-Novak, K. ; Avdeef, A. J.Pharm. Biomed. Anal. 1994, 12, 1369-1377で記載されていたlogPである。
eは、Avdeef,A. Absorption and Drug Development: Solubility, Permeability, and Charge State; John Wiley & Sons, Inc.: Hoboken, NJ,2003; pp42-66で記載されていたlogPである。
fは、Sugano, K. ; Hamada, H ; Machida, M. ;Ushio, H. J.Biomol. Screening 2001, 6, 189-196で記載されていたlogPである。
【0067】
<実験例B>
(logPの決定対象である化合物のlogP算出工程)
表3に記載の、logPが未知である化合物を、シグマアルドリッチジャパン(株)、和光純薬工業(株)より入手した。
これらの化合物は、ヌクレオチド類またはヌクレオシド類に分類されるもので、水溶性(親水性)が非常に高いために従来フラスコ振とう法によりlogPを測定できなかった化合物であり、また文献値も存在しなかった化合物である。
【0068】
各化合物について、二相系溶媒Aにおける分配係数(K)をフラスコ振とう法により測定し、該分配係数の対数値(logK)を求めた。logKの測定は、実験例Aにおける方法と同様の方法により実施した。logKは、logKの測定を3回実施したときの平均値である。
【0069】
logKから、前記相関式に基づいて、logPを算出した。求めたlogKおよびlogPを表3に示した。
【0070】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
極性有機溶媒、水性溶媒および疎水性有機溶媒を混合・静置して二相系溶媒を調製する工程;
logPが既知である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)と、既知のlogPとから、相関式を導出する工程;
logPの決定対象である化合物の、前記二相系溶媒における分配係数(K)を測定し、該分配係数の対数値(logK)から、前記相関式に基づいて、logPを算出する工程;
を含むlogPの決定方法。
【請求項2】
極性有機溶媒がアセトニトリル、アセトンまたはそれらの混合物であり、
水性溶媒が水性緩衝液であり、
疎水性有機溶媒が炭素数4〜10の飽和脂肪族モノアルコールであることを特徴とする請求項1に記載のlogPの決定方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のlogPの決定方法で使用される二相系溶媒。

【図1】
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【公開番号】特開2010−190837(P2010−190837A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37865(P2009−37865)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【Fターム(参考)】