説明

mRNA分取方法および装置

【課題】生きた細胞から損傷が少なく、かつ成熟したmRNAを採取する方法および装置を提供すること。
【解決手段】mRNAを採取すべき細胞に中空キャピラリーを刺し、前記中空キャピラリーの先端を前記細胞内の核膜に接触させ、前記中空キャピラリー内を陰圧にして、前記細胞の核膜を通過してくるmRNAを中空キャピラリー内に採取する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞内のmRNA、あるいは特に成熟mRNAを細胞を殺すこと無しに得る方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム計画の進展とともにDNAレベルで生体を理解し、病気の診断や生命現象の理解をしようとする動きが活発化してきた。生命現象の理解や遺伝子の働きを調べるには遺伝子の発現状況を調べることが有効である。この有力な方法として固体表面上に数多くのDNAプローブを種類毎に区分けして固定したDNAプローブアレーあるいはDNAチップ(実際には固定されているのはオリゴヌクレオチドの誘導体であるのでオリゴチップと呼ぶこともある)が用いられている(非特許文献1あるいは非特許文献2)。あるいは、採取した試料に含まれる特定の配列のmRNA(あるいはcDNA)をPCR増幅して得られる産物の量やPCR産物長、塩基配列を調べる方法が用いられている。
【0003】
これら分離したmRNAは単に分析目的で用いられる以外にこれをcDNAに変換し、ベクターに組み込んだりして色々の目的に利用されている。一例として言えば、採取したmRNAをベクターに組み込み、クローニングした後、ベクターを鋳型にして部分的に異なる塩基を持つプライマーで相補鎖合成し、任意の遺伝子改変を施す遺伝子組換えに用いられている。
【0004】
ところが、多くの生命は外界の状況や細胞自身の分化、加齢により、同一遺伝子から異なるmRNAが産出されることが数多く報告されている。この現象はスプライシングバリアントとかオルターナティブスプライシングと呼ばれている。これは、プレマチュアーなmRNAがゲノムより転写された後、エピジェネティックな制御(遺伝子では完全に制御されないで、酵素などの反応で成り立つ制御)により状況に応じて異なるエキソンが使われて成熟mRNAが作られるためである。あるいは免疫細胞系のT細胞やB細胞のように、免疫幹細胞からの分化の過程で、ゲノムそのものの配列が再構成されたり変異が導入されたりするためである。
【0005】
さらに、細胞のガン化においては、遺伝子の配列において、タンパク質翻訳レベルでのアミノ酸変異やタンパク質が作られなくなってしまうような変異が起きたり、LOH(loss of heterozygosity)のように1対の遺伝子のうち片方の遺伝子が消失してしまったりするケースが数多く存在する。
【0006】
このような変異は、細胞にとって普遍的なことではないので、理想的には同一細胞から連続的にmRANなりタンパク質を分離して分析できるようにする必要がある。
【0007】
【非特許文献1】Science 251, 767-773(1991)
【非特許文献2】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 4613-4918(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来技術でmRNAを分取しようとすると、試料である細胞や組織を破砕して細胞内に存在するmRNAを抽出するので、もとの細胞は死んでしまう。このため、同一細胞から異なった時点に複数回に亘ってmRNAを得ることができなくなってしまう。また、細胞や組織を破砕した全体からmRNAを抽出するのでゲノムのコンタミネーション防止に細心の注意を払って行う必要がある。さらに、ゲノムから転写されたプレマチュアーなプレカーサーmRNAと実際に細胞質で機能する成熟mRNAはその長さも配列も異なる。
【0009】
このため、細胞をすりつぶした試料からmRNAを得ようとすると解析が困難になり、あるいは、得たmRNAを利用しようとすると必ずしも希望のものが得られないケースがあり、問題となっている。
【0010】
これを解決する技術として、界面活性剤であるNP−40を利用して細胞膜にランダムに穴を開け、細胞質に含まれるmRNAを細胞の外に溶出させて回収する方法がある。確かにこの方法でプレカーサーmRNAの分取に成功する可能性が高いが、一旦、核から細胞質に移行したmRNAはRNaseの攻撃を受けやすくなる。事実、成熟mRNAのキャップ構造からポリAまでを含む完全長mRNAを得ようとすると、キャップを認識して切断、ライゲーションによる既知配列の導入、逆転写PCRと行った複雑な工程が必要で、完全長mRNAの回収率も悪い。
【課題を解決するための手段】
【0011】
これらの問題点を解決するために、本発明では、生きた細胞から損傷が少なく、かつ成熟したmRNAを採取する方法および装置を提供することにある。細胞は使い切りではなく生かしたまま、必要に応じて複数回mRNAやタンパク質の解析ができる方法を提案することを目的とする。
【0012】
mRNAは核内ではプレカーサーmRNAの形で存在し、核膜を通過するときに成熟mRNAとなる。また、核膜を通過した後は、一方的にRNaseの攻撃を受け分解されるだけである。よって、発明者らは成熟mRNAを得るには核膜を通過した直後に、細胞質と接触しない状態で回収すれば、プレカーサーmRNAを含まないで成熟mRNAを採取できることに気づいた。具体的には、中空キャピラリーを核膜を突き破らないで核膜に密着させ、細胞質からシールドされた状態で成熟mRNAを得ることができる。中空キャピラリーを核膜に密着させる方法としては、たとえば中空キャピラリー先端を核膜に接触させた後、中空キャピラリー内を陰圧にすることで達成できる。成熟mRNAを核膜を通過させ、中空キャピラリー内に回収する方法には、中空キャピラリーを核膜に密着させた状態で一定時間インキュベーションすればよい。より積極的に、キャピラリー内部をプラス、キャピラリー外部をマイナスにすることで成熟mRNAを強制的に中空キャピラリー内に引き込んでもよい。ただし、この場合は細胞に何等かの影響を与える可能性がある。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、生きた細胞から損傷が少なく、かつ成熟したmRNAを採取する方法および装置を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(実施例1)
図1は本発明の成熟mRNA取得の実施例1の処理の流れを示す概略図である。
【0015】
工程1は準備過程を示す図であり、mRNAを採取する対象の細胞とmRNA分取装置のキャピラリーとを目視のための顕微鏡の視野の部分に配置したときの概要を示す。1は細胞(ここではヒトやマウスや植物などの核を有する細胞を想定している)。2は細胞質、3は細胞核、4は細胞質と核を仕切る核膜をあらわす。5はキャピラリーであり、細胞に与える物理的なダメージを少なくするために、先端7(細胞に挿入される部分)の直径を細胞に対して1/5以下程度とする。キャピラリー5はX、Y、X軸の移動に加え、先端角度が変えられる冶具8に取り付けられている。また、キャピラリー5の内部には、細胞の培養に使用される種類のバッファが入れられている。冶具8は水圧で駆動される駆動装置9に取り付けられている。駆動装置9から冶具8への動力伝達は水圧を利用する。さらにキャピラリー5にはマイクロシリンジポンプ10が取り付けられており、キャピラリー5の内部を自在に陰陽圧状態とすることができる。
【0016】
ここでは、図示されていないが、細胞1の損傷を防ぐためにも、細胞1とキャピラリー5の先端部は、顕微鏡の視野の部分に設けられた観察ガラス板の上に形成された細胞の培養に使用される種類のバッファの液滴の中にあるようになされ、以下の処理は、全て、液滴中で行われる。
【0017】
工程2に示すように、顕微鏡で目視しながらキャピラリー5の先端7で標的細胞1の細胞膜を突き破る。
【0018】
次に、工程3で、顕微鏡で目視しながらキャピラリー先端7を核膜4に接触させる。参照番号11で示すように、キャピラリー先端7の核膜4への接触が確認されたら、キャピラリー先端7を核膜4に密着させる。この際、核膜4を破らないように、駆動装置9の操作は、慎重に行う。次いで、マイクロシリンジポンプ10を作動させキャピラリー5の内部を陰圧とする。ここで、重要なのは、マイクロシリンジポンプでの陰圧の度合いである。核膜4が敗れない程度の圧力で、吸引するわけであるが、細胞の種類や状態により、実施者が顕微鏡で観察しながら、慎重に行う必要がある。これで、キャピラリー先端と核膜の密着が確保される。この状態で所定時間(たとえば5分間)キャピラリー先端を核膜に密着させて吸引をした後、キャピラリー5の内部を常圧に戻し、キャピラリーを静かに細胞1から引き抜く。
【0019】
次に、工程4でキャピラリーの周りを15mMのNaOHですばやく洗浄した後、水で洗浄し、キャピラリー5の周りに付着している核酸成分やタンパク質成分などを除去する。
【0020】
次に、核膜4を通過したmRNAを含むと考えられるキャピラリー5の内部溶液を384ウェルマイクロプレートのウェル12に排出する。
【0021】
以上の処理により、核膜4を通過したmRNAを得ることができる。
【0022】
図2は、図1の工程1から工程5までで得られるmRNAの内、ほぼ完全長のものだけをcDNAに変換する工程の概要を説明する図である。この工程で採用された反応はY.Suzuki, K.Y.Nakagawa, K. Murayama, A. Suyama, and S. Sugano, Gene 200, 146-156 (1997)記載の方法を改変して用いた。すなわち、実施例1では、採取されるmRNA量がサブピコグラム以下と想定されるので、通常のマイクログラムスケールのmRNAを扱うプロトコールでは対処できない。そこで、反応体積を極限までに少なくするのが有効であり、この考え方で処理される。
【0023】
まず、ステップAは、工程5で得られマイクロプレートのウェル12に入れられたキャピラリー5の内液のmRNA14の構造を示す。キャピラリー5の内液に、直ちに0.1ユニットのtobacco acid pyrophospataseを反応させる(ステップB)。反応は、1mMのEDTAと5mMの2−メルカプトエタノールとRNaseインヒビターである1ユニットのRNasinを含む50mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)中で30分間行う。反応容積は0.5μlである。この処理で、mRNA14のキャップ構造15が除去され、5’末端がリン酸化(16)されたmRNA17を得る。
【0024】
次に、mRNA17に対して、RNAリガーゼ(10ユニット)を用いて、アダプター配列18を導入した改変mRNA19を得る(ステップC)。アダプター配列は、例えば、
5’−AGCAUCGAGUCGGCCUUGUUGGCCUACUGG−3’ (配列番号1)
である。反応は、5mMのMgClと2−メルカプトエタノール、2mMのATP、25%PRG8000と1ユニットのRNasinを含む5mMの50mMトリス塩酸(Tris−HCl)緩衝液(pH7.5)を16時間作用させる。反応体積は5μlである。次に26塩基長のポリT(T26)の3’末端に5塩基長のランダム配列が結合したオリゴDNAプライマー付磁気ビーズ(粒径2.1μm、実行プライマー量2pml)と逆転写酵素を添加し42℃2時間で逆転写を行い、1st strand cDNAを合成する(ステップD)。ここで、ランダム配列付ポリTを使う理由は、ポリTだけではmRNAのハイブリダイゼーションの安定性が十分確保できないためである。
【0025】
次に15mMのNaOHで洗浄し、さらに15mMのNaOH中で65℃10分間反応させることで、RNAを分解除去する。以上で1st strand cDNA20が得られる。必要に応じてアダプター配列とランダム配列付ポリT(T26)各々2pmolを加え10μlスケールでPCRし、2本鎖cDNAを得る。ランダム配列付ポリT(T26)を磁気ビーズのついていないものを使えば溶液中に多量のcDNA増幅生成物が得られる。このようにして得られるcDNAのほとんどはキャップ構造からポリA配列までの完全長cDNAである。
【0026】
実施例1で、具体的に、大腸がん細胞の核膜を通過するmRNAを得る例を具体的に検証すると以下のようである。
【0027】
実施例1で得られる、実質的に完全長と思われる1本鎖cDNAの混合物に、アダプター配列の一部
5’−AGCATCGAGTCGGCCTTGTTG−3’(Tm=69℃) (配列番号2)
と、Homo sapiens tumor-associated calcium signal transducer 1(TACSTD1)に特異的な配列
5’−AAGCCACATCAGCTATGTCCACA−3’(Tm=66℃) (配列番号3)
をプライマーとしてPCR増幅を試みる。TACSTD1由来の完全長のmRNAが含まれる場合は、配列から予想して850bp程度のPCR産物が得られるはずである。
【0028】
ここでTmはBreslauer et al., Proc. Nat. Acad. Sci. 83, 3746-50(1986)記載の方法にしたがってプログラムされたインターネットサイト:Tm Determination, Virtual Genome Center, 7 Aug 1995作成、http://alces.med.umn.edu/rawtm.htmlを使用して、プライマー濃度200nM、塩濃度50mMとして計算した。TACSTD1に関する配列情報は、TACSTD1に関するmRNAコード名NM_002354を用いて、National Institute of Helth作成のNational Center for Biotechnology Informationホームページ(Revised: July 16, 2004.)、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/を用いて検索した。実際のPCRに関しては、前記した用に最初10μlスケールで、プライマー濃度200nM、94℃変性30秒間、アニール60℃30秒間、ポリメラーゼ反応72℃2分間で15回行う。
【0029】
次にこの増幅産物を含むサンプル1μlをPCR反応液50μlに加え、同じ条件で35回行う2段階PCRで増幅する。PCR増幅によって得られた溶液を日立ハイテクノロジーズ販売のi−チップ(マイクロ電気泳動チップ)とコスモ−iチップ電気泳動装置で解析する。
【0030】
その結果、複数のバンドが検出されるが、そのうち一本は850bpの位置に電気泳動分離バンドが得られる。これは、データベースから予想されるmRNA産物の塩基長とほぼ一致する。上記プライマーの配列上の位置は、完全長mRNAの5’末端に導入したアダプター配列と、コード名NM_002354記載のmRNA配列の796〜818番目に相補である。この配列部分はエキソン6の中にある。上記NCBIのデータベースによればTACSTD1のmRNAは1528塩基長であるので、mRNAの5’末端側の半分以上の部分をカバーしていることになる。逆転写のときにポリエテールを含むものを調製するプロトコールを使用しているので、実施例1のように5’末端近傍の配列が増幅できれば、実質完全長cDNAが得られていると考えて良い。
【0031】
また、核内のプレカーサーmRNAやゲノムがコンタミしている場合は、イントロン部分に対応するプライマーでPCRを行ってみることで判断することができる。上記配列番号3のプライマーとエキソン5とエキソン6の間に位置するイントロン配列
AAGGAACAGTGATGCATGTAGATT (Tm=61℃)(配列番号4)
で増幅を試みる。上記PCR条件と同じ条件で2段階増幅を行ったが、データベースより予想される211bp前後にピークは検出されない。
【0032】
以上の結果より、実施例1の方法で、核膜4を通過するmRNAを直接回収することで、完全長mRNAを効率よく得ることができる。細胞全体をすりつぶすと、核に含まれるプレカーサーmRNAも同時に回収されてしまうが、実施例1を用いるとそのような問題を回避することができる。また、キャピラリー5の先端7は核膜4に接触(密着)しているだけなので、細胞をそのままの状態で生かしておくことができる。あるいは、一旦、キャピラリー5を抜いて、所要の時間後に再度キャピラリー5をさしてmRNAを得ることもできる。このように細胞を殺さずにmRNAを得ることができるメリットがある。
【0033】
(実施例2)
図3は、実施例2の成熟mRNA取得の処理の流れの最初の段階(工程1)を示す概略図である。図3は、図1の工程1に対応する図であり、両者を対比して明らかなように、細胞1とキャピラリー5が、観察ガラス板39の上におかれ、これらが液滴40内におかれるものであることを模式的示す。さらに、キャピラリー5内には電極41が配置され、これに接続されている導線42が引き出されるとともに、細胞1の細胞質2の部分に電極43が配置され、これに接続されている導線44が引き出される状態を示す。導線44は、バッファの液滴40とは電気的に絶縁されている。実施例2における、実施例1に対応する他の工程は、図3において説明した電極と導線が加わっているだけなので、図示は省略する。
【0034】
実施例2においては、新たに導入された電極と導線とが、実施例1で説明した工程3で威力を発する。すなわち、実施例1では、顕微鏡で目視しながらキャピラリー先端7を核膜4に接触させるのみであったが、実施例2では、電極41と電極43との間の電気伝導度を利用することができるので、キャピラリー先端7を核膜4に接触させ、密着させる過程を電気伝導度で監視できる。すなわち、キャピラリー5の先端7が細胞質2にあるうちは、電極41と電極43との間の電気伝導度はきわめて大きい(短絡状態)が、キャピラリー5の先端7が細胞1の核膜4へ接触すると、電極41と電極43との間の電気伝導度は大きくなる。しかも、ある程度密着させることで電気伝導度はより大きくなる。
【0035】
従って、実施例2においては、目視によりキャピラリー5の先端7が細胞1の核膜4への接触を制御するとともに、電極41と電極43との間の電気伝導度をチェックすることにより、より容易にキャピラリー5の先端7が細胞1の核膜4への接触および密着を管理することができる。
【0036】
さらに、電極41と43を設けることは、成熟mRNAをキャピラリー5の中に引き込む上で利用することができる。すなわち、電極41を正極、電極43を負極とし、両者の間に10V/cm程度の電圧をかけることで、本来負電荷をもつmRNAをキャピラリー内に電気泳動的に引き込むことができる。このとき細胞には数十mVの電界がかかるので、細胞によっては影響を受けるものがあるが、mRNAを短時間で回収できるメリットがある。
【0037】
(実施例3)
図4(a)−(c)は、実施例1あるいは実施例2で使用できるキャピラリー5の先端部の構成例を説明する図である。
【0038】
図4−a)ではキャピラリー5の内側に仕切り21が、キャピラリー5の先端近くまで形成されている例である。これによれば、キャピラリー5内に、仕切り21で区分された流路22−1と22−2が形成される。したがって、工程3でマイクロシリンジポンプ10を作動させキャピラリー5の内部を陰圧として密着させ、核3内のmRNAを採取する時に、キャピラリー内の液を23のように片方の流路から他方の流路に流して採取することができる。
【0039】
図4−b)はキャピラリー5の先端近くまでに第2のキャピラリー26を挿入した構造で流路27−1と27−2を形成している。工程3でマイクロシリンジポンプ10を作動させキャピラリー5の内部を陰圧として、核3内のmRNAを採取する。その後、キャピラリー内の液を先端部の隙間を使って28のように外側の流路から内側の流路に流して採取することができる。第2のキャピラリー26はキャピラリー5の中に差し込まれておればよく、別段固定しなくても上記機能を発揮する。
【0040】
図4−c)は図4−b)と同様であるが、キャピラリー5の中に設ける内側のキャピラリー32が32−1から32−5までの5本とされた例である。この例では、たとえば、5分間の吸引の時間のうち、1分間ずつ32−2から32−4の各1本のみを所定の陰圧として吸引を行い、32−1からバッファを供給する。他のキャピラリーは弱い陰圧としておき、実質、液の移動がないようにしておく。そうすると、4本のキャピラリーにそれぞれ異なった時点のmRNAが吸引されることになる。
【0041】
さらに、図5はキャピラリー5を細胞に挿入する操作により細胞が受ける損傷を低減するための工夫について説明する図である。
【0042】
図5(A)は、キャピラリー5の先端部に、酸化チタンTが固定された領域50を設けた例である。こうすると、キャピラリー5の先端部を細胞1に刺すときに、335nmの紫外線を照射すると、コートされた酸化チタンの有機物分解作用により容易に細胞1に刺さり、細胞1の損傷も少ない。具体的には、細胞膜にキャピラリー5の先端に上記紫外線を照射しながら細胞膜を通過させる。先端が細胞膜を通過し、細胞質に達したところで紫外線照射を停止する。続けてキャピラリー先端を核膜に接触させる。核膜に接触させるときは核膜の損傷を防ぐために紫外線を照射しない。先端が核膜に達したところで、実施例1と同様に慎重に吸引し、核膜とキャピラリー先端を密着させる。5分間放置し、核膜を通過してくるmRNAをキャピラリー内部に拡散させ回収する。
【0043】
図5(B)は、キャピラリー5の先端部に、酸化チタンTが固定された領域50を設けるのに加えて、アルギニン48が固定されている例である。固定するアルギニンはアミノ酸1個でも良いし、オクタマーまでの長さでも良い。固定法はPNA(ペプチドヌクレイックアシド)を固定する溶液に1/40モル比で加えておいて、キャピラリー5の先端部全体に満遍なく固定するのが良い。この例でも、先端部のTが固定された先端部が細胞膜を通過するときに335nmの紫外線を照射する。その後は紫外線照射を停止し、引き続き先端が核膜に達するまでキャピラリーを細胞に差し込む。アルギニン48と細胞膜の脂質二重層のリン酸基部分との相互作用によりスムーズにキャピラリーを差し込むことができる。
【0044】
ここで、図5で説明したキャピラリー5の先端部は、図4(a)−(c)で説明した構造であっても良いことは言うまでも無い。
[配列表]
SEQUENCE LISTING
<110> Onchip Cellomics Consortium
<120> A method of Preparation of mRNA and its preparation device
<130> NT04P0968
<160> 4
<210> 1
<211> 30
<212> RNA
<213> Artificial Sequence
<400> 1
agcaucgagu cggccuuguu ggccuacugg 30
<210> 2
<211> 21
<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<400> 2
agcatcgagt cggccttgtt g 21
<210> 3
<211> 23
<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<400> 3
aagccacatc agctatgtcc aca 23
<210> 4
<211> 24
<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<400> 4
aaggaacagt gatgcatgta gatt 24
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の成熟mRNA取得の実施例1の処理の流れを示す概略図。
【図2】図1の工程1から工程5までで得られるmRNAの内、ほぼ完全長のものだけをcDNAに変換する工程の概要を説明する図。
【図3】実施例2の成熟mRNA取得の処理の流れの最初の段階(工程1)を示す概略図。
【図4】(a)−(c)は実施例1あるいは実施例2で使用できるキャピラリー5の先端部の構成例を説明する図。
【図5】(A)、(B)はキャピラリー5を細胞に挿入する操作により細胞が受ける損傷を低減するための工夫について説明する図。
【符号の説明】
【0046】
1…細胞、2…細胞質、3…細胞核、4…細胞質と核を仕切る核膜、5…キャピラリー、7…キャピラリーの先端、8…冶具、9…駆動装置、10…マイクロシリンジポンプ、12…マイクロプレートのウェル、14…mRNA、15…mRNAのキャップ構造、17…5’末端がリン酸化されたmRNA、18…アダプター配列、19…アダプター配列を導入した改変mRNA、20…1st strand cDNA、21…仕切り、22−1,22−2…流路、23…液の流れ、26…第2のキャピラリー、27−1,27−2…流路、28…液の流れ、32−1〜32−5…内側のキャピラリー、41,43…電極、42,44…導線、39…観察ガラス板、48…アルギニン、50…酸化チタンTが固定された領域。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端部が細胞の核膜に接触させられる中空キャピラリー構造のチップ先端部と、
前記チップの内部を陰圧にするための手段と、
前記細胞の核膜と前記中空キャピラリー構造のチップ先端部との接触状態を目視するための手段と、
前記細胞の核膜と前記中空キャピラリー構造のチップ先端部との接触状態を目視による管理の下で中空キャピラリー構造のチップ先端部の位置を制御するための手段と、
を備えたことを特徴とする細胞の成熟mRNAを採取するためのmRNA分取装置。
【請求項2】
前記中空キャピラリー構造のチップ先端部内に保持されたバッファと前記細胞の一部との間の電気伝導度を計測する手段が付加された請求項1記載の細胞の成熟mRNAを採取するためのmRNA分取装置。
【請求項3】
mRNAを採取すべき細胞に中空キャピラリーを刺すこと、
前記中空キャピラリーの先端を前記細胞内の核膜に密着させること、
により、前記細胞の核膜を通過してくるmRNAを中空キャピラリー内に採取するmRNA分取方法。
【請求項4】
前記mRNAを採取すべき細胞に中空キャピラリーを刺す前に、中空キャピラリー内をバッファで充填する請求項3記載の細胞の成熟mRNAを採取するためのmRNA分取方法。
【請求項5】
mRNAを採取すべき細胞に中空キャピラリーを刺し、該中空キャピラリーの先端を前記細胞内の核膜に密着させ、前記細胞の核膜を通過してくるmRNAを中空キャピラリー内に採取するmRNA分取方法に使用される中空キャピラリーであって、該中空キャピラリーの先端部は(Arg)(n:1〜8)が外壁に固定されていることを特徴とする中空キャピラリー。
【請求項6】
前記(Arg)(n:1〜8)に代え、先端部にTiOを固定した請求項5記載の中空キャピラリー。
【請求項7】
前記(Arg)(n:1〜8)とともに先端部にTiOを固定した請求項5記載の中空キャピラリー。
【請求項8】
前記中空キャピラリーは、内部が同軸ないし仕切りにより独立した少なくとも2系統の空洞を有する構造のチップ先端部を有し、仕切りにより独立した少なくとも2系統の空洞のひとつないし複数からバッファを流し、他の空洞から連続的にmRNAを採取する請求項5ないし7のいずれかに記載の中空キャピラリー。
【請求項9】
前記採取されたmRNAをPCRで増幅して特定遺伝子のcDNAを得る請求項3または4記載のmRNA分取方法。
【請求項10】
mRNAを採取すべき細胞に中空キャピラリーを刺すこと、
前記中空キャピラリーの先端を前記細胞内の核膜に密着させること、
中空キャピラリー内に設けた電極に正電圧をかけ、キャピラリー外部で細胞核に設置した電極に負電圧をかけることでmRNAを移動させること、
により、前記細胞の核膜を通過してくるmRNAを中空キャピラリー内に採取するmRNA分取方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−75035(P2006−75035A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−260501(P2004−260501)
【出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(504296024)有限責任中間法人 オンチップ・セロミクス・コンソーシアム (39)
【Fターム(参考)】