説明

p60エンドペプチダーゼ阻害剤

【課題】p60エンドペプチダーゼの酵素活性を効果的に抑制するp60エンドペプチダーゼ阻害剤を提供する。
【解決手段】p60エンドペプチダーゼ阻害剤は、枯草菌由来のYoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分としている。YoeBタンパク質としては、上記枯草菌由来のYoeB遺伝子を使用して、大腸菌を形質転換し、組み換え蛋白質を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p60エンドペプチダーゼ、特に、Listeria属細菌に由来するp60エンドペプチダーゼ酵素を阻害することができるp60エンドペプチダーゼ阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
Listeria monocytogenesは、Listeria属に属するグラム陽性桿菌の一種であり、Listeria属に属する菌種のうち、唯一ヒトに対して病原性である。この細菌は、主に免疫力が低下した新生児や妊婦等で、敗血症、髄膜炎及び脳炎などの症状を伴う重篤な感染症の原因となる。L. monocytogenesは細胞内増殖することができ、細胞内ではactA遺伝子産物によりActin tailを作りながら細胞質内を動き、隣接する細胞に感染を広げる。
【0003】
L. monocytogenesの病原性への関与が示唆されている酵素として、p60エンドペプチダーゼが報告されている(非特許文献1)。この酵素は、iap遺伝子によりコードされる60kDaタンパク質で、L. monocyotogenesにおけるiap遺伝子の過剰発現が細胞壁溶解活性をもたらすことから、細胞分裂の際に機能する細胞壁溶解酵素であることが示唆されている(非特許文献2)。
【0004】
また、S. Pilgrimらは、p60エンドペプチダーゼのコード遺伝子を完全に欠くL. monocytogenesのiap欠失変異体の作製に成功し、その中で、該変異体は、異常な細胞分裂を生じ、その病原性が様々な宿主細胞において著しく低減されること、並びにこの病原性の低減が細胞間移動能の低減による可能性を示した(非特許文献3)。
【0005】
【非特許文献1】Kuhn, M. et al., Infect. Immune. 57: 55-61
【非特許文献2】Wuenscher, M et al., J. Bacteriol. 175: 3491-3501
【非特許文献3】Pilgrim S. et al., Infection and immunity, June 2003, p.3473-3484
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、p60エンドペプチダーゼは、細菌の細胞分裂、及びその病原性に重要な役割を担っていると考えられる。したがって、p60エンドペプチダーゼを効果的に阻害することができれば、L. monocytogenesをはじめとした細菌による感染拡大の防止、及び病原性の低減に有効であると考えられる。
【0007】
そこで、本発明は、p60エンドペプチダーゼの酵素活性を効果的に抑制するp60エンドペプチダーゼ阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、機能未知の特定の遺伝子産物がp60エンドペプチダーゼの活性を効果的に抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、枯草菌由来のYoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分としている。
【0010】
ここで、YoeBタンパク質としては、以下の(a)〜(c)いずれかに記載のタンパク質と定義することができる。
(a) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
(c) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
【0011】
また、本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤が阻害対象とするp60エンドペプチダーゼは、以下の(a)〜(c)いずれかに記載のタンパク質と定義することができる。
(a) 配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号4に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質
(c) 配列番号4に示すアミノ酸配列に対して90%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質
【0012】
本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、Listeria属細菌、特に、L. monocytogenes由来のp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、p60エンドペプチダーゼ、例えばListeria属細菌由来のp60エンドペプチダーゼの活性を効果的に抑制することができる新規なp60エンドペプチダーゼ阻害剤を提供される。すなわち、本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、Listeria属細菌由来のp60エンドペプチダーゼをはじめとした各種p60エンドペプチダーゼの活性を阻害することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明のp60エンドペプチダーゼ阻害剤を詳細に説明する。
本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、枯草菌YoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分としている。
【0015】
枯草菌YoeB遺伝子の塩基配列の一例を配列番号1に示し、配列番号1に示す塩基配列によってコードされるYoeBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。なお、枯草菌YoeB遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質としては、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドに限定されず、配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、p60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するポリペプチド、或いは配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の相同性、好ましくは80%以上の相同性、より好ましくは90%以上の相同性、最も好ましくは95%以上の相同性を有するポリペプチドからなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するポリペプチド(以下、これらを「変異型ポリペプチド」と称する)であってもよい。ここで、置換、欠失、付加又は挿入するアミノ酸は、例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個とすることができる。相同性の値は、複数のアミノ酸配列間の相同性を演算するソフトウェア(例えば、FASTA、DANASYS、BLAST)を用いてデフォルトの設定で算出した値を意味する。
【0016】
また、枯草菌YoeB遺伝子としては、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに限定されず、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、p60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(以下、変異型ポリヌクレオチドと称する)も含まれる。変異型ポリヌクレオチドは、配列番号2に示すアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、p60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するポリペプチド(以下、変異型ポリペプチドと称する)をコードすることとなる。
【0017】
ここでストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。ストリンジェントな条件下としては、例えば、相同性が高いDNA同士(例えば50%以上の相同性を有するDNA同士)がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件を挙げることができる。具体的に、ストリンジェントな条件としては、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1%SDS、好ましくは0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。変異型ポリヌクレオチドは、枯草菌に由来する野生型のYoeB遺伝子に対して所定の突然変異を導入することによって取得することができる。突然変異を導入する手法は、特に限定されないが、いわゆる部位特異的突然変異導入方法を適用することができる。
【0018】
また、上述した各種の変異型ポリペプチドがp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するか否かは、以下のようにして判別することができる。すなわち、微生物(Listeria属細菌を含む)の細胞壁画分を含む基質溶液に、活性の抑制対象となるp60エンドペプチダーゼと変異型ポリペプチドとを混合する。変異型ポリペプチドがp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有する場合には、p60エンドペプチダーゼによる基質溶液の濁度減少が抑制される。一方、変異型ポリペプチドがp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性に対する抑制活性を有しない場合には、p60エンドペプチダーゼによる基質溶液の著しい濁度減少が生じる。このように、p60エンドペプチダーゼによる細胞壁溶解活性を、変異型ポリペプチド、細胞壁画分及びp60エンドペプチダーゼの存在下で直接測定することによって、変異型ポリペプチドがp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するか否か判別することができる。
【0019】
一方、本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、枯草菌由来のYoeB遺伝子がコードするタンパク質に限定されず、枯草菌とは異なる微生物から単離された、枯草菌YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分とするものであってもよい。枯草菌以外の微生物としては、例えば、Bacillus licheniformis等の微生物を挙げることができる。
【0020】
以下、これら枯草菌以外の微生物からYoeB遺伝子の相同遺伝子を単離する一手法を説明する。しかしながら、当業者は、以下の手法に限定されず、定法に従って目的とする相同遺伝子を単離することができる。
【0021】
先ず、塩基配列情報を格納したデータベースを用いて、配列番号1に示す塩基配列をクエリー配列として相同性の高い遺伝子を特定する。次に、特定した遺伝子を特異的に増幅するためのプライマーを設計するとともに化学的に合成する。次に、対象の微生物から定法に従ってゲノムDNAを抽出する。抽出したゲノムDNAを鋳型として上記プライマーを用いてPCRによって、目的とするYoeB遺伝子の相同遺伝子を増幅し、単離することができる。
【0022】
単離したYoeB遺伝子の相同遺伝子がYoeBタンパク質と同様な機能を有するか否かは、単離したYoeB遺伝子の相同遺伝子を組み込んだ発現ベクターを調製し、対象の微生物に形質転換し、該相同遺伝子が発現する条件下で形質転換微生物を培養し、該相同遺伝子がコードする標的タンパク質を得て、該標的タンパク質の細胞壁溶解活性を上記変異型ポリペプチドと同様にして測定することにより、判別することができる。
【0023】
上述した枯草菌YoeB遺伝子及び当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子を用いることによって、本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤の有効成分となるYoeBタンパク質を調製することができる。上述した枯草菌YoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子を用いたYoeBタンパク質の生産は、宿主菌体内で複製維持が可能であり、該酵素を安定に発現させることができ、該遺伝子を安定に保持できるベクターに当該遺伝子を組込み、得られた組換えベクターを用いて宿主菌を形質転換することにより行えばよい。
【0024】
ベクターとしては大腸菌を宿主とする場合、特に限定されないが、pUC18、pBR322、pHY300PLK(ヤクルト本社)等を使用することができる。また、枯草菌を宿主にする場合、特に限定されないが、pUB110、pHSP64(Sumitomoら、Biosci. Biotechnol,Biocem., 59,2172-2175, 1995)あるいはpHY300PLK等を使用することができる。
【0025】
宿主菌を形質転換するにはプロトプラスト法、コンピテントセル法、エレクトロポレーション法等を用いて行うことができる。宿主菌としては特に制限されないがバチルス属(枯草菌)等のグラム陽性菌、大腸菌等のグラム陰性菌、ストレプトマイセス属等の放線菌、サッカロマイセス属等の酵母あるいはアスペルギルス属等のカビが挙げられる。
【0026】
得られた形質転換体は、資化しうる炭素源、窒素源、金属塩、ビタミン等を含む培地を用いて適当な条件下で培養すればよい。かくして得られた培養液から、一般的な方法によって酵素の分取や精製を行い、限外ろ過濃縮、凍結乾燥、噴霧乾燥、結晶化等によって、p60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するかたちでYoeBタンパク質を得ることができる。
【0027】
本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、微生物を培養している培地又は微生物を懸濁した緩衝液に添加されると、当該微生物が発現したp60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性を低下させることができる。本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤が阻害するp60エンドペプチダーゼとして、これに限定されるものではないが、例えばL. monocytogenes由来のp60エンドペプチダーゼ又はこれと機能的に等価なタンパク質を挙げることができる。
【0028】
L. monocytogenesのp60エンドペプチダーゼをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号3に示し、p60エンドペプチダーゼのアミノ酸配列を配列番号4に示す。L. monocytogenes由来のp60エンドペプチダーゼと機能的に等価なタンパク質とは、配列番号4に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質、及び配列番号4に示すアミノ酸配列に対して80%、好ましくは85%、より好ましくは90、より好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質を指す。具体的に、これらp60エンドペプチダーゼと機能的に等価なタンパク質は、L. monocytogenes由来のパラログを含む意味である。また、これらp60エンドペプチダーゼと機能的に等価なタンパク質は、L. monocytogenes以外の微生物、例えばListeria属細菌由来のp60エンドペプチダーゼを含む意味である。本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、これらのいずれのタンパク質に対しても作用することができる。
【0029】
ここで、置換、欠失、付加又は挿入するアミノ酸は、例えば1〜40個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個とすることができる。
【0030】
また、L. monocytogenesのp60エンドペプチダーゼと機能的に等価な、他の微生物由来のp60エンドペプチダーゼの具体例としては、配列番号5に示すアミノ酸配列を含むL. innocua由来のp60エンドペプチダーゼが挙げられる。L. innocua由来のp60エンドペプチダーゼは、L. monocytogenes由来のものとアミノ酸レベルで86.335%の相同性を有し、また、L. monocytogenesのp60エンドペプチダーゼのC-末端活性ドメインと、L. innocuaのこれに相当する領域は、94.167%の同一性を共有しているため(図1参照)、L. innocuaのp60エンドペプチダーゼは、L. monocytogenesのものと同様の活性を有することが予想される。
【0031】
以上説明したように、本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤によれば、YoeBタンパク質が、例えばListeria属細菌、好ましくはL. monocyotogenes由来のp60エンドペプチダーゼの活性ドメインに結合することによって、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制することができる。本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤が対象とする微生物は、p60エンドペプチダーゼ又はこれと機能的に等価なタンパク質を発現している微生物であれば、野生型の微生物に限定されず、例えば種々の突然変異を有する変異株を対象とすることもできる。
【0032】
本発明に係るp60エンドペプチダーゼ阻害剤の添加量は、特に限定されず、p60エンドペプチダーゼの活性ドメインに結合しうる範囲で適宜規定することができる。
【0033】
また、L. monocytogenesにおいて、p60エンドペプチダーゼの細胞壁溶解活性は、細胞分裂の際に機能すると考えられるため(上記非特許文献2)、本発明のp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、L. monocytogenesを含む種々のListeria属細菌の溶菌抑制剤としても有用である。
【0034】
さらに、本発明のp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、L. monocytogenesによる感染症を治療、予防又は改善するための医薬としても有用であると考えられる。L. monocytogenesにおいて、Act Aタンパク質は細胞分裂時に細胞の極で発現され、L. monocytogenesの細胞内運動性及び感染の拡大に関与するタンパク質として知られている。すなわち、本発明のp60エンドペプチダーゼ阻害剤は、p60エンドペプチダーゼの活性を阻害することでL. monocytogenesの細胞分裂を抑制し、Act Aの機能を阻害することをもって、L. monocytogenesの感染力を著しく低減させることができると考えられる。
【0035】
本発明のp60エンドペプチダーゼを医薬として提供する場合には、薬学的に許容される担体と共に製剤化することができる。薬学的に許容される担体としては、これに限定されるものではないが、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロースなどの結合剤;カルボキシメチルセルロースカルシウム、澱粉グリコール酸ナトリウムなどの崩壊剤;トウモロコシ澱粉、乳糖、大豆油、結晶セルロース、マンニトールなどの希釈剤;ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤;白糖、果糖、ソルビトールなどの甘味剤;カルボキシメチルセルロースナトリウム、α又はβシクロデキストリン、ビタミンC、クエン酸などの安定化剤;パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、安息香酸ナトリウムなどの保存料;エチルバニリン、マスキングフラボール、メントルフラボノなどの香料などを挙げることができる。
【0036】
本発明の医薬品は、経口投与又は非経口投与(例えば、静注、筋注、皮下投与、腹腔内投与、直腸投与、経粘膜投与など)で、投与することができる。また、投与経路に応じて適当な剤形とすることができる。具体的には顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、静注、筋注用の注射剤、点滴剤、外用剤、坐剤などの各種製剤形態に調製することができる。
【0037】
本発明の医薬を適用する対象は特に限定されず、L. monocytogenesの感染に起因する特定の疾患(例えばリステリア症、敗血症、髄膜炎、脳炎、食中毒症状など)を患う患者、該疾患を治療している患者、L. monocytogenesの感染の予防を検討している健常者等のいずれであってもよい。またその対象はヒトに限らず、ヒト以外の動物に適用してもよい。
【0038】
本発明の医薬の投与量は、動物を用いた試験、臨床試験の実施により適宜決定されるが、投与対象の患者の病状若しくは重篤度、年齢、体重、性別などが考慮されるべきである。
【0039】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
本実施例では、L. monocytogenes由来のp60エンドペプチダーゼ遺伝子(配列番号3)によりコードされるp60エンドペプチダーゼ(配列番号4)のもつ細胞壁溶解活性に対して、YoeB遺伝子(配列番号1)によりコードされるYoeBタンパク質(配列番号2)どのように作用するかを、液体中における活性測定により調べた。
【0041】
1.YoeBタンパク質の調製
先ず、YoeBタンパク質をIPTGによる誘導によって発現するpQEYoeB株を構築した。B.subtilis 168株から抽出した染色体を鋳型として、YoeB-PBgf (5'-GCCGCTGCAGATCTAAAAATACATCAGGCGATTTA; PstI, BglII:配列番号6) 及びYoeB-SEr (5'-CGCGAATTCCCGGGTTCTTATATAACTGCGTCAAA; EcoRI, SmaI:配列番号7) プライマーを用いて、シグナル配列を除いたYoeBに対応する480 bpのDNA断片をPCR増幅した。PstIおよびEcoRIで制限酵素処理したあと、pUC118の対応するサイト(PstIおよびEcoRI)にサブクローニングし、pU8YoeBを構築した。さらにpU8YoeBをBglIIおよびSmaIで制限酵素処理したあと、pQE30の対応するBamHIおよびSmaIサイトにクローニングした。そして、得られたプラスミドpQEYoeBの塩基配列が正しいことを確認した。
【0042】
次に、構築したpQEYoeB株からYoeBタンパク質を精製した。具体的には、E. coli M15 (pREP4)のコンピテント細胞を、pQEyoeBを用いて形質転換し、LB寒天プレート(100 μg/mlアンピシリン、25 μg/ml カナマイシン)で一晩、37℃で培養した。得られた形質転換体を1 mlのLB液体培地(100 μg/mlアンピシリン、25 μg/ml カナマイシン)を用いて懸濁し、200 mlのLB液体培地にOD600の値が0.05になるように植菌した。37℃で振とう培養し、OD600の値が1.0付近に到達したとき、終濃度が0.1 mMになるようにIPTGを添加し、さらに2時間培養した。培養後、菌体を集菌し、8 mlの10 mM imidazole開始bufferに懸濁した。氷上で菌体が完全に破砕されるまで超音波破砕し、遠心分離(12000 rpm、4℃、5分)して上清を0.45μmフィルターで濾過した。
【0043】
この濾液をHiTrapTMChilating column(1ml)に通し、60、100、300、500 mMのimidazole溶出Bufferで溶出した。それぞれのフラクションをSDS-PAGEサンプルとして泳動し、目的タンパク質を確認した。300 mM imidazole溶出画分を精製タンパク質溶液とした。
【0044】
2.p60蛋白質のC-末端D,L-エンドペプチダーゼドメインのクローニング
L. monocytogenes EDGe株から抽出した染色体を鋳型として、h-p60LMBf(5'-GCCGGATCCAGCAATTCAAGTGCAAGTG; BamHI(配列番号8))及びh-p60LMSEr(5'-GCGAATTCCCGGGATTATACGCGACCGAAGC; SmaI(配列番号9))プライマーを用いて、C-末端D,L-エンドペプチダーゼドメインに対応する364 bpのDNA断片をPCR増幅した。BamHIおよびSmaIで制限酵素処理したあと、pQE30の対応するサイト(BamHIおよびSmaI)にクローニングした。得られたプラスミドpQEp60の塩基配列が正しいことを確認した。
【0045】
3.p60CTDの大量発現および精製
E. coli M15 (pREP4)のコンピテント細胞を、pQEp60を用いて形質転換し、LB寒天プレート(100 μg/mlアンピシリン、25 μg/ml カナマイシン、2% グルコース)で一晩、37℃で培養した。得られた形質転換体を5 mlのLB液体培地(100 μg/mlアンピシリン、25 μg/ml カナマイシン、2% グルコース)を用いて懸濁し、200 mlのLB液体培地にOD600の値が0.05になるように植菌した。37℃で振とう培養し、OD600の値が0.8付近に到達したとき、終濃度が1 mMになるようにIPTGを添加し、さらに1時間培養した。培養後、菌体を集菌し、10 mlの10 mM imidazole開始bufferに懸濁した。氷上で菌体が完全に破砕されるまで超音波破砕し、遠心分離(12000 rpm、4℃、10分)して上清を0.45μmフィルターで濾過した。
【0046】
この濾液をHiTrapTMChilating column(1ml)に通し、60、100、200、250、300、500 mMのimidazole溶出Bufferで溶出した。それぞれのフラクションをSDS-PAGEサンプルとして泳動し、目的タンパク質を確認した。200 mM imidazole溶出画分を精製タンパク質溶液とした。
【0047】
4.細胞壁成分の調製
細胞壁成分は以下のように調製した。すなわち、先ず、L. monocytogenes EGDe株を4Lの系で培養して集菌した後、菌体を4M LiCl溶液に懸濁し、15分間煮沸した。室温まで冷却した後、溶液にガラスビーズ(φ0.1mm)を加え、ホモジェナイザーを用いて1時間破砕し、続いて超音波を用いて30分間破砕した。得られた破砕液を静置して上清のみを回収した。3000rmpで5分間遠心分離した後の上清を回収することで、ガラスビーズを完全に除去した。次に、13000rpmで10分間遠心分離することで沈殿画分に細胞壁成分を回収した。次に、4%(w/v)のSDS溶液に沈殿画分を懸濁し、15分間煮沸した。室温まで冷却した後、SDSを完全に除去できるまでイオン交換水で洗浄した。得られた溶液を細胞壁成分溶液とした。なお、細胞壁成分溶液の濃度は、細胞壁成分溶液の540nmにおけるODを測定し、OD540の値が1.0のとき1.1mg/mlとして算出した。
【0048】
5.p60エンドペプチダーゼに対するYoeBタンパク質の抑制作用
本実施例では、p60エンドペプチダーゼのもつ細胞壁溶解活性に対してYoeBタンパク質どのように作用するかを、液体中における活性測定により調べた。本実施例では、上記のようにして調製した細胞壁成分を基質として、YoeBタンパク質の存在下又は非存在下でp60エンドペプチダーゼのC末端側活性ドメイン(His-P60)の細胞壁溶解活性を測定した。
【0049】
本実施例において、細胞壁溶解活性測定には、全て20mM MES buffer(pH6.5)を用いた。この測定用bufferで、OD540=0.6に相当する量の細胞壁成分を洗浄し、遠心分離して細胞壁を沈澱させた。上清を取り除き、沈澱に2mlの測定用bufferを加えて懸濁し、最終的にOD540=0.3となるように細胞壁成分を調整し、基質溶液とした。
【0050】
活性測定に際しては、His-tagを融合させたP60のC末端側活性ドメイン(His-P60)を基質溶液に作用させ、基質溶液の濁度を測定した。すなわち、His-P60による細胞壁溶解活性を濁度の減少率として評価した。基質溶液の濁度は、V-560型紫外可視分光光度計(日本分光社製)を用いて測定した。濁度の減少率は、測定開始後0分のOD540値を100%とし、5、10、20及び30分後のOD540値から算出した。
【0051】
本実施例では、基質溶液に2nmolのHis-P60を加えたサンプル並びに基質溶液に2nmolのP60及び4nmolのHis-YoeBを加えたサンプルについて測定した。
【0052】
反応時間と濁度の減少率との関係を図1に示す。図1から判るように、基質溶液にHis-p60を加えたサンプルでは、測定開始直後からOD540値が著しく減少したことから、His-p60が細胞壁に対して強い溶解活性を持つことが分かった。これに対して、基質溶液に等モル量でHis-p60及びHis-YoeBを加えたサンプルでは、測定開始直後からOD540値の減少はみられるが、His-p60のみを加えたサンプルと比べて緩やかな曲線が得られたことから、等モル量のHis-YoeBを加えたことによりHis-p60の活性が抑制されたといえる。さらに、His-p60とHis-YoeBとを1:2のモル比で加えたサンプルの場合、測定開始直後からOD540値の減少はほとんどみられず、ほぼ一定であった。このことから、His-p60に対して2倍のモル量のHis-YoeBを加えることにより、His-p60の活性はほぼ100%阻害されることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】L. monocytogenesのp60エンドペプチダーゼのC-末端活性ドメインをqueryとした、L. innocuaの全タンパク質のFASTA検索結果である。配列アライメントから、L. monocytogenesのp60エンドペプチダーゼのC-末端活性ドメインと、L. innocuaのこれに相当する領域とは、94.167%の同一性を有することが分かる。
【図2】L. monocytogenes由来の細胞壁成分を基質としたときの、His-p60を加えたサンプル、His-p60及びHis-YoeBを1;1で加えたサンプル、His-p60及びHis-YoeBを1:2で加えたサンプルにおける反応時間と濁度の減少率との関係を示す特性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌由来のYoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分とする、p60エンドペプチダーゼ阻害剤。
【請求項2】
前記YoeBタンパク質は以下の(a)〜(c)いずれか記載のタンパク質であることを特徴とする請求項1記載のp60エンドペプチダーゼ阻害剤。
(a) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
(c) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
【請求項3】
前記p60エンドペプチダーゼが以下の(a)〜(c)いずれか記載のタンパク質であることを特徴とする請求項1又は2記載のp60エンドペプチダーゼ阻害剤。
(a) 配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号4に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質
(c) 配列番号4に示すアミノ酸配列に対して80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、細胞壁を溶解する活性を有するタンパク質
【請求項4】
前記p60エンドペプチダーゼがListeria属細菌由来のp60エンドペプチダーゼタンパク質又は該タンパク質と機能的に等価なタンパク質であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のp60エンドペプチダーゼ阻害剤。
【請求項5】
前記Listeria属細菌がL. monocytogenesであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のp60エンドペプチダーゼ阻害剤。
【請求項6】
枯草菌由来のYoeB遺伝子又は当該YoeB遺伝子に対応する相同遺伝子によりコードされるYoeBタンパク質を有効成分とする、Listeria属細菌の溶菌抑制剤。
【請求項7】
前記YoeBタンパク質は以下の(a)〜(c)いずれか記載のタンパク質であることを特徴とする請求項6記載の溶菌抑制剤。
(a) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、付加或いは挿入されたアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
(c) 配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、p60エンドペプチダーゼに結合し、該酵素の細胞壁溶解活性を抑制する活性を有するタンパク質
【請求項8】
前記Listeria属細菌が、L. monocytogenesであることを特徴とする請求項6又は7記載の溶菌抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−227648(P2009−227648A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−78828(P2008−78828)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】