pH応答性分子集合体
【課題】
本発明は低分子量だけでなく、薬剤または遺伝子などの高分子量の分子をも担持し、かつ、その放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体を提供することを課題とする。
【解決手段】
本発明は特定構造を有する両イオン性アミノ酸型脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体を提供することにより上記課題を解決する。
本発明は低分子量だけでなく、薬剤または遺伝子などの高分子量の分子をも担持し、かつ、その放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体を提供することを課題とする。
【解決手段】
本発明は特定構造を有する両イオン性アミノ酸型脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体を提供することにより上記課題を解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH変化に応答して分子集合体に担持されている物質の放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体およびその用途などに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リポソームの内包物放出挙動を制御する方法として、pH応答性が汎用されている。特にホスファチジルエタノールアミン型リン脂質を用いたpH応答性リポソームがよく知られている。これは、ホスファチジルエタノールアミン型リン脂質の極性頭部の電荷がpHに応答して変化することによって、リポソーム二分子膜の分子充填状態が変化する原理を利用したものである。このため、放出される内包物は低分子に限られ、放出速度も低い点が課題であった。また、pH応答性リポソームとしては、アニオン性脂質とカチオン性脂質とを混合したリポソームが知られている(非特許文献1)。しかし、その物理化学的性質は不明瞭であり、さらにアニオン性脂質とカチオン性脂質とを組み合わせる必要があることからpH応答性の調整が難しいという問題があった。また、カチオン性脂質自体は血液適合性が低く、細胞毒性も高いという問題もあり、in vivoでの実用性は低い。
一方、本発明者らは先に、下記式
【化4】
で表される両イオン性脂質が、生体適合性および分子集合特性に優れており、リポソームの構成成分として有用であることを開示した(特許文献1)。
【特許文献1】特開2003-64037号公報
【非特許文献1】G. Shiら、Journal of Controlled Release 80 (2002) 309-319
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記のような状況に鑑み、低分子量だけでなく、薬剤または核酸などの高分子量の分子をも担持し、かつ、その放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体の開発が望まれている。特に生体適合性の高い安全なpH応答性分子集合体が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、上記特許文献1記載の両イオン性脂質からなるリポソームがpH応答性を示すことを見出した。その原理は、pH低下による両イオン性脂質の電荷バランスの変化によって二分子膜形態を取り得なくなり、リポソーム構造が破壊されることによる内包物の放出であるため、内包された高分子量の分子をドラスティックに放出することができるというものである。さらにこの挙動が共存する非pH応答性リポソームにも影響し、そのリポソームの内包物の放出をも促進することを見出した。そしてこれを利用すると、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性リポソームの構造がエンドソーム内の低pHによって大きく変化してエンドソームに影響を及ぼし、リポソームの内包物をエンドソームから細胞質側に放出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、以下に示したpH応答性分子集合体、pH応答性分子集合体含有薬剤、試薬、核酸導入剤、pH応答性分子集合体組成物、pH応答性放出促進剤などを提供するものである。
【0006】
(1) 式(I)
【化5】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体。
【0007】
(2) 式(I)
【化6】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すものである、pH応答性分子集合体。
【0008】
(3) pHの生理的な値が7.0〜8.0であり、酸性の値が6.5以下である、(1)または(2)記載のpH応答性分子集合体。
(4) 式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(5) 式(I)中、mが2であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(6) 式(I)中、mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(7) 式(I)中、mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0009】
(8) ステロイド類を式(I)で表される両イオン性脂質に対して20〜200モル%含むものである、(1)〜(7)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(9) 式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%含むものである、(1)〜(8)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0010】
(10) 別の分子集合体が、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、(2)〜(9)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(11)分子集合体が、二分子膜小胞体である、(1)〜(10)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(12) 分子集合体に担持されている物質が、二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているか、二分子膜内に局在するものか、あるいは二分子膜の外側表面に局在するものである、(11)記載のpH応答性分子集合体。
【0011】
(13) 式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、(1)〜(12)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(14) 式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、(1)〜(12)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(15) pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、(1)〜(14)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0012】
(16) 薬物を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む薬剤。
(17) プローブを担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む試薬。
(18) 核酸を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤。
(19) タンパク質を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む酵素補充治療用タンパク質製剤。
【0013】
(20) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むことを特徴とするpH応答性分子集合体組成物。
(21) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と別の分子集合体とを含むpH応答性分子集合体組成物であって、前記別の分子集合体は目的物質を担持していてもよく、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に担持されており、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものである、pH応答性分子集合体組成物。
(22) pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、(20)または(21)記載のpH応答性分子集合体組成物。
【0014】
(23) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含み、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すものであるpH応答性放出促進剤。
(24) 別の分子集合体が細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、(23)記載のpH応答性放出促進剤。
【0015】
(25) 式(II)
【化7】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]
で表される両イオン性脂質。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生理条件よりも低pHになると分子集合体に担持されていた目的物質を放出する放出制御機能を分子集合体に付与することができる。これにより、例えば、分子集合体が細胞内に取り込まれた際にのみ効率良く薬物や蛋白質、核酸などを細胞質側に放出させることが可能となる。
また、本発明のpH応答性分子集合体は、安全性が高く、単独でpH応答性を示すことができる両イオン性脂質を用いるものであるので、生体適合性に優れており、目的に応じたpH応答性の調整も容易であることから、in vivoでの実用性にも優れている。この両イオン性脂質はアミノ酸と長鎖アルコールのみから簡便で大量に合成することができるので、pH応答性分子集合体の調製を低コストかつ簡便な方法で行うことができるといった利点もある。
本発明を利用することにより、高機能の薬物運搬体、核酸運搬体の創製に道筋を付けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
[1]pH応答性分子集合体
本発明のpH応答性分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に分子集合体に担持されている物質を放出することができるものである。本発明のpH応答性分子集合体は、自己の分子集合体が担持している目的物質を放出する第1の態様と、別の分子集合体が担持している目的物質の放出を促す第2の態様に分けられる。以下、各態様について述べる。
【0018】
(第1の態様)
まず、第1の態様について説明する。第1の態様のpH応答性分子集合体は、
式(I)
【化8】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記分子集合体に担持されている物質を放出することができるものである。第1の態様におけるこのような目的物質の放出挙動は、分散水性媒体のpHに応答して上記式(I)で表される両イオン性脂質の極性頭部の電荷バランスが変化し、それが分子集合体の分子充填状態に影響して分子集合体の構造が破壊されることによって生じるものと考えられる。これによりpH応答性分子集合体が担持している物質を目的患部に効率良く送達することができる。
【0019】
以下、図13を参照しながら第1の態様のpH応答性分子集合体についてより具体的に説明する。図13は、第1の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。まず、目的物質を担持したpH応答性分子集合体は、細胞膜内に取り込まれる前は、pH応答性分子集合体が分散している分散水性媒体の生理的なpH環境下で分子集合体の形状を安定に保持することができる(図中(a))。このpH応答性分子集合体は、生体内を循環しながら細胞膜に近づき、そこでエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる(図中(b))。こうしてエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性分子集合体は、エンドソーム内の酸性pH環境下で分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化することによって分子集合体の形状が変化し、分子集合体構造が保持されなくなる。これによって担持していた目的物質を放出することができる(図中(c))。本発明の好ましい態様によれば、この放出挙動はエンドソームにも作用することができ、それによってエンドソーム膜を崩壊させ、目的物質を細胞質側に放出させることができる。そしてその結果目的物質を核内に効率良く送達することができる。
このように、第1の態様においては、pH応答性分子集合体の分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化する際にpH応答性分子集合体に担持されている目的物質を放出することができる。一般に異物は、通常細胞内にエンドサイトーシスという経路を通って導入される際、ライソゾームという分解酵素を含むライソソームと融合して消化されてしまう。これに対し、本発明においては、目的物質を分子集合体に担持させてライソゾームによる分解を回避しながら、目的物質を細胞内、ないしは核内に効率良く送達することができるのである。なお、図13は本発明の第1の態様の一例を示したものであり、pH応答性分子集合体の形状、目的物質の担持方法、目的物質の放出挙動などは、図13に何ら制限されない。
【0020】
本発明のpH応答性分子集合体において、「分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる」とは、pH応答性分子集合体が分散している水性媒体のpHが生理条件よりも低pHになることをいう。pHの生理的な値は、好ましくはpH 7.0〜8.0であり、より好ましくは7.2〜7.6であり、さらに好ましくは7.3〜7.5である。また、pHの酸性の値は、好ましくはpH 6.5以下であり、より好ましくは6.0以下であり、さらに好ましくは5.5以下である。
【0021】
本発明のpH応答性分子集合体に用いられる両イオン性脂質は、式(I)
【化9】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]で表される。
【0022】
式(I)中、m、nはそれぞれ独立して2または3であることが好ましい。また、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であるが、末端カルボキシル基から数えて3番目または4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaが水素原子であることが好ましい。より具体的には、式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが2あり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体が好ましく挙げられる。
【0023】
RbおよびRcは、それぞれ独立して、炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である。「鎖状炭化水素基」は共有結合にて導入できる疎水性の基であれば特に限定されない。鎖状炭化水素基は、直鎖または分岐鎖のいずれであってもよく、直鎖であることが好ましい。また、鎖状炭化水素基は、アルキル鎖、アルケニル鎖、アルキニル鎖、イソプレノイド鎖、ビニル基、カルボキシル基、水酸基、アミノ基、およびメルカプト基からなる群から選択される置換基を有していてもよい。鎖状炭化水素基の炭素数は、好ましくは12〜20であり、より好ましくは14〜18である。また、鎖状炭化水素基は二重結合や三重結合などの不飽和結合を有していても良く、その場合にその数は1〜4であることが好ましい。これらの中でも、RbおよびRcとしては、直鎖または分岐鎖の炭素数12〜20のアルキル基であることが好ましく、直鎖の炭素数14〜18のアルキル基であることが特に好ましい。
【0024】
また、本発明のpH応答性分子集合体に用いられる両イオン性脂質として、式(I)で表される両イオン性脂質の中でも特に式(II)
【化10】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]で表される両イオン性脂質を使用することもできる。ここで、m'、n'の好ましい範囲は式(I)中のm、nと同じであり、Ra'、Rb'、Rc'の好ましい範囲は式(I)中のRa、Rb、Rcと同じである。但し、Rb'とRc'は異なる鎖状炭化水素基である。式(II)で表される両イオン性脂質は、Rb'とRc'が異なることによって、分子集合体の構成成分として使用した場合に、pH応答性に影響を及ぼす分子集合体(例えば二分子膜)の相転移温度をより厳密にそして効果的に制御することが可能となり、脂質二分子膜構造などの分子集合体構造の柔軟性を調節する効果を奏することができる。
【0025】
このような式(I)または(II)で表される化合物は、特開2003-64037号公報に記載の方法またはそれに準じる方法に従って製造することができる。例えば、次のように製造することができる。
【化11】
[式(A)〜(D)中、m、n、Ra、Rb、Rcは式(I)で定義したものと同じである]
【0026】
まず、式(A)で表されるアミノ酸と長鎖アルコール(Rb-OH、Rc-OH)とを反応させて式(B)で表されるアミノ酸の長鎖アルキルエステルを合成する。この反応は、酸触媒による脱水縮合、活性エステル法、酸無水物法、混合酸無水物法等を用いて行うことができる。中でも、酸触媒による脱水縮合が最も簡便であり、精製も容易であるので好ましい。脱水縮合反応は常法に従い行うことができる。但し、酸触媒による脱水縮合では加熱を必要とするため、原料が加熱に対して不安定な場合は、他の方法を選択することが望ましい。
【0027】
次に、式(C)で表されるアミノ酸のアミノ基と一方のカルボキシル基を常法により保護し、これを式(B)で表されるアミノ酸の長鎖アルキルエステルと反応(アミド結合生成反応)させる。そして、得られた化合物のアミノ基およびカルボキシル基の保護基を除去することによって、式(I)で示される両イオン性脂質を得ることができる。この反応は、活性エステル法、酸無水物法、混合酸無水物法等を用いて行うことができる。また、通常のペプチド合成と同様の方法で固相合成を行うこともできる。
【0028】
なお、RbとRcが異なる鎖状炭化水素である場合は、アミノ酸の側鎖のカルボキシル基をt-ブチルエステル基で保護した化合物(E)と長鎖アルコール(Rb-OH)とを反応させ脱水縮合反応により化合物(F)を得ることができる。この化合物をTFA(トリフルオロ酢酸)に溶解させ、化合物(G)を得る。化合物(G)と長鎖アルコール(Rc-OH)を脱水縮合反応により結合し、アルキル鎖長の異なる化合物(H)を得ることができる。次に化合物(H)からは、RbとRcが同じである場合と同様に化合物(C)を結合し、脱保護後に、RbとRcが異なる式(I)で表される化合物(すなわち、式(II)で表される化合物)を得ることができる。
【化12】
[式(E)〜(G)中、n、Rb、Rcは式(I)で定義したものと同じである]
【0029】
なお、合成された両イオン性脂質の精製方法は特に限定されない。本発明においては溶媒に対する溶解度の差を利用して行うことができるが、さらに必要に応じてカラム精製を行ってもよい。
【0030】
本発明のpH応答性分子集合体に含有される式(I)で表される両イオン性脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量は、pH応答性分子集合体の構成成分の合計モル数に対して、10〜100モル%であることが好ましく、より好ましくは20〜80%、さらに好ましくは30〜60%である。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量が高いほど、pH応答性分子集合体が担持している物質の放出速度および放出率を高めることができる。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量は、薬物などの目的物質を導入したい部位や所望の放出率または放出速度などに応じて適宜調整することができる。
【0031】
また本発明のpH応答性分子集合体は、構成成分としてステロイド類を含むことができる。ステロイド類としては、ステロール、胆汁酸、プロビタミンD、ステロイドホルモンなど、ペルヒドロシクロペンタノフェナントレンを有する全てのステロイドが挙げられる。中でもステロール類を用いることが好ましい。ステロール類としては、例えば、エルゴステロール、コレステロール等が挙げられる。中でもコレステロールを用いることが好ましい。
ステロイド類の含有量に制限はないが、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で20〜200モル%であることが好ましく、より好ましくは40〜100モル%である。ステロイド類は、分子集合体の安定化剤として作用することができ、目的の放出速度および放出率などに応じて適宜調整することができる。これらのステロイド類は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0032】
さらに本発明のpH応答性分子集合体は、構成成分として式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことができる。これらの脂質成分の含有量は特に制限されるものではないが、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%であることが好ましく、より好ましくは10〜100モル%である。
式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質としては、両親媒性のブロック共重合体または多糖類などの親水性の主鎖に疎水性の置換基を持つくし型高分子、あるいは両親媒性の膜タンパク質などが挙げられる。両イオン性脂質を含有させることにより、脂質二分子膜などの分子集合体構造を安定に保たせ、生理pH下でこの集合体の表面電荷を中性にすることができる。
また、カチオン性脂質としては、DOTAP、DMRIEなどが挙げられる。カチオン性脂質を含有させることにより、核酸(任意のDNAおよびRNA)などの目的物質の核内への送達能、つまり核酸導入能を付与することができる。例えば遺伝子などの目的物質を担持している場合には、遺伝子導入能を付与することができる。
アニオン性脂質としては、ジアシルホスファチジルグリセロール、ジアシルホスファチジン酸、ジアシルホスファチジルイノシトール、ジアシルホスファチジルセリン、脂肪酸、カルボン酸型脂質、アニオン性アミノ酸型脂質などが挙げられる。アニオン性脂質を含有させることにより分子集合体の凝集が抑制され、目的物質の内包効率を増大させることができる。
これらの脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0033】
さらに本発明のpH応答性分子集合体には、ポリエチレングリコール型脂質を含有することもできる。ポリエチレングリコール型脂質を構成成分として用いることにより、分子集合体の凝集が抑制され、生体内に投与された後の血中滞留時間を増大させることができる。ポリエチレングリコール型脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
その他、本発明のpH応答性分子集合体は、卵黄レシチン、大豆レシチン、水添卵黄レシチン、水添大豆レシチン、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、多種の糖脂質など分子集合体の構成成分として知られているリン脂質を1種または2種以上含有することができる。
【0034】
第1の態様において、pH応答性分子集合体は目的物質を担持している。ここで「分子集合体が目的物質を担持している」とは、分子集合体内部の親水領域あるいは脂質二分子膜内または分子膜の外側表面に目的物質が相互作用している状態のことをいう。例えば、(i)水溶性の目的物質、(ii)水溶性もしくは疎水性の目的物質が親水性分子により包括されている分子集合体、または (iii) 水溶性もしくは疎水性の目的物質が親水性高分子により包括されている複合体が二分子膜内部にある内水相に局在する場合、あるいは疎水性の目的物質が二分子膜内の疎水領域に局在する場合または二分子膜の外側表面に局在する場合などが挙げられる。
目的物質としては、本発明のpH応答性分子集合体に担持することができるものであれば特に限定されないが、少なくとも標的となる臓器または組織の一つに作用するものであることが好ましい。例えば、薬物、プローブ、核酸(任意のDNA、RNA、siRNA などを含む)、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。本態様においてpH応答性分子集合体に担持されていたこれらの物質は、細胞内のエンドソーム内に放出され、さらには細胞質内に放出され、これにより、目的物質を効率良く細胞内に送達することができる。本発明のpH応答性分子集合体に担持させる目的物質の分子量は、通常100〜1,000,000であり、200〜500,000が好ましく、300〜100,000がより好ましい。
【0035】
本発明のpH応答性分子集合体に担持することができる物質としては、例えば、酵素、ペプチドまたはタンパク質、各種抗生物質、各種ペプチド性ホルモン、DNA、RNA、siRNA、プラスミド、プローブ、各種抗がん剤、中枢神経系用薬、末梢神経用剤、感覚器官用薬、循環器官用薬、呼吸器官用薬、消化器官用薬、ホルモン剤、泌尿生殖器官および肛門用薬、外皮用薬、歯科口腔用剤、ビタミン剤、滋養強壮薬、血液および体液用薬、人工透析用薬、その他の代謝性医薬品、細胞賦活用剤、腫瘍用薬、放射性医薬品、アレルギー用薬、生薬および漢方処方に基づく医薬品、抗生物質製剤、化学療法剤、生物学的製剤、診断用薬などがある。ペプチドまたはタンパク質の一例としては、インターロイキン等の各種サイトカイン、細胞伝達因子、細胞成長因子、フィブリノーゲン、コラーゲン、ケラチン、プロテオグルカン等細胞外マトリックス剤としてのポリペプチドまたはその構造の一部としてのオリゴ体、あるいはオキシトシン、ブラジキニン、チロトロビン放出因子、エンケファリン等の機能性ポリペプチドが挙げられる。酵素としては、カタラーゼ、キモトリプシン、チトクローム、アミラーゼなどが挙げられるが、これらに何ら限定されるものではない。プローブの一例としては、抗体、抗原、色素、あるいは蛍光色素など諸種の標識体や活性物質が挙げられる。これらの物質は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0036】
本発明のpH応答性分子集合体に担持される目的物質の含有量は、目的物質の種類または目的等に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。
【0037】
本発明のpH応答性分子集合体の形状は、例えば、高分子集合体、高分子ミセル、エマルジョン、リピドマイクロフィア、二分子膜小胞体(リポソーム)、その他の分子集合体(チューブ、ファイバー、リボン、シート等)などが挙げられる。中でも、二分子膜小胞体であることが好ましい。
本発明のpH応答性分子集合体が二分子膜小胞体である場合、二分子膜小胞体を水性媒体中に分散させると、二分子膜小胞体は内水相を含むことができる。このとき、分子集合体に担持されている物質は二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているものであることが好ましい。あるいは、二分子膜の疎水性領域内に目的物質を担持させるなど、担持されている物質が二分子膜内に局在したものであることが好ましい。
なお、pH応答性分子集合体の構成成分の含有量を規定する場合、内水相は考慮しないこととする。
【0038】
本発明のpH応答性分子集合体の粒径は、50〜1000 nmが好ましく、100〜500 nmがより好ましく、150〜300 nmがさらに好ましい。
【0039】
分子集合体の製造方法は特に限定されるものではなく、公知の方法に準じて製造することができる。例えば、リポソームの製造の手法としては、単独または混合脂質の粉末もしくは薄膜を水和させ分散させた後、高圧押出し(エクストルージョン)法、超音波照射法、撹拌(ボルテックスミキシング、ホモジナイザー)法、高速攪拌法、フレンチプレス法、凍結融解法、マイクロフルイダイザー法などで製造する方法、単独または混合脂質を有機溶媒に溶解させた溶液を水相に注入した後、エタノールまたはエーテルなどの有機溶媒を減圧または透析で除去して形成する方法、あるいは、単独または混合脂質をコール酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、Triton X、オクチルグリコシドまたはラウリルエーテルなどの非イオン性界面活性剤と共に水相に分散させてエマルジョンを形成させ、透析によって除去して形成する方法、その他、逆相蒸発法、インキュベーション法などを採用することができる。
【0040】
分子集合体に目的物質を担持させる方法は、担持させようとする物質の種類等に応じて適宜選択すればよい。例えば目的物質が水溶性薬物の場合には、分子集合体製造時に薬物を水相に溶解させて調製することができる。内包されなかった水溶性薬物はゲルろ過、超遠心分離または限外ろ過膜処理などにより内包小胞体と分離できる。脂溶性薬物の場合には、単独または混合脂質が有機溶媒に溶けている状態で薬物を混合して、上述した方法で分子集合体を形成させることにより、例えば二分子膜小胞体の疎水部に目的物質を担持させることができる。プローブ、核酸、タンパク質などの場合は同様の方法で分子集合体に目的物質を担持させるか、あるいは二分子膜小胞体の外側表面上に目的物質を局在させることができる。
【0041】
第1の態様の好ましい例によれば、pH応答性分子集合体は、細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すことができる。
【0042】
なお、第1の態様のpH応答性分子集合体は、自己の放出挙動によって別の分子集合体が担持している物質の放出を促すこともできる。「別の分子集合体」については、後述する第2の態様において詳しく述べる。
【0043】
(第2の態様)
次に、第2の態様のpH応答性分子集合体について述べる。
第2の態様のpH応答性分子集合体は、
式(I)
【化13】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すことができるものである。
【0044】
第2の態様のpH応答性分子集合体について図14を参照しながらより具体的に説明する。図14は、第2の態様のpH応答性分子集合体が細胞内に取り込まれる際に、別の分子集合体が担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。まず、第2の態様において、本発明のpH応答性分子集合体は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に生体内に投与される(図中(a))。pH応答性分子集合体は細胞内に取り込まれる前は分散水性媒体の生理的なpH環境下で分子集合体の形状を安定に保持することができる。次に、pH応答性分子集合体と目的物質を担持している別の分子集合体は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる(図中(b))。エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性分子集合体は、次にエンドソーム内の酸性pH環境下で分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化することによって、分子集合体の形状が変化する。そしてpH応答性分子集合体のこの挙動が別の分子集合体に作用し、別の分子集合体に担持されていた目的物質がエンドソーム内に放出される(図中(c))。本発明の好ましい態様によれば、このpH応答性分子集合体の挙動はエンドソームにも作用することができ、それによってエンドソーム膜を崩壊させ目的物質を細胞質側に放出させることができる。そしてその結果、目的物質を核内に効率良く送達することができる。
このように、第2の態様においては、pH応答性分子集合体が分散している分散水性媒体のpH変化に応答して分子集合体の形状が変化し、それによって別の分子集合体に作用し、別の分子集合体が担持している物質の放出を促すことができる。
なお、図14は本発明の第2の態様の一例を示したものであり、pH応答性分子集合体の形状、目的物質の担持方法、目的物質の放出挙動などは、図14に何ら制限されない。例えば、本態様に用いられるpH応答性分子集合体は、物質を担持していても、担持していなくてもよい。また、本態様において、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に作用できる程度に別の分子集合体と共存していればよく、例えば、pH応答性分子集合体が別の分子集合体に担持されていてもよい。例えば、別の分子集合体が小胞体構造を有する場合に、pH応答性分子集合体は、別の分子集合体に内包されていてもよい。別の分子集合体に内包されたpH応答性分子集合体は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、エンドソーム内の酸性pH環境下においてその形状が変化する。そしてその挙動が別の分子集合体に作用し、別の分子集合体に担持されていた目的物質の放出を促すことができる。さらにpH応答性分子集合体はエンドソームにも作用することができ、エンドソームの形状が変化することによって、目的物質を細胞質側に放出することを促すこともできる。
【0045】
なお、本明細書でいう「別の分子集合体」とは、式(I)で表される両イオン性脂質を含まない分子集合体のことをいい、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官であってもよい。すなわち、本態様において、pH応答性分子集合体は、あらかじめ細胞内に存在する別の分子集合体に作用することもできる。細胞小器官としては、小胞体、ミトコンドリア、ゴルジ体、分泌顆粒、分泌小胞、リソソーム、ファゴソーム、エンドソーム、ペルオキシソームなどが挙げられる。別の分子集合体に担持されている物質は、第1の態様においてpH応答性分子集合体に担持されている物質として例示したものと同じものが挙げられる。分子集合体に目的物質を担持させる方法も、第1の態様のpH応答性分子集合体において述べたものと同様である。
【0046】
第2の態様に用いられる式(I)で表される両イオン性脂質は、第1の態様で述べたとおりであり、その他の構成成分や各成分の含有量も第1の態様で述べたものと同じである。また、第2の態様のpH応答性分子集合体がpH応答性を示すことができる分散水性媒体のpHの生理的な値、酸性の値も第1の態様で述べたものと同じ範囲であり、目的患部または所望の放出率、放出速度などに応じて適宜調整することができる。
【0047】
第2の態様の好ましい例によれば、pH応答性分子集合体は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すことができる。
【0048】
[2]pH応答性分子集合体組成物
次に本発明のpH応答性分子集合体組成物について説明する。
本発明のpH応答性分子集合体組成物は、前述したpH応答性分子集合体を含むものであれば特に限定されない。
例えば、本発明のpH応答性分子集合体組成物は、本発明のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むものであることが好ましい。ここで、本発明のpH応答性分子集合体は、薬物等の物質を担持していてもよく、担持していなくてもよい。また、別の分子集合体とは、式(I)で表される両イオン性脂質を含まない分子集合体であって、この分子集合体に薬物などの物質を担持したものであれば特に限定されない。
このようなpH応答性分子集合体組成物は、例えば生体内に投与された場合に、目的患部に到達するまでは別の分子集合体によって薬物などの目的物質が安定に保持されている。そして、目的患部に到達した際に組成物はエンドサイトーシスによって細胞内のエンドソーム内に取り込まれる。取り込まれた組成物はエンドソーム内の酸性pH環境下で組成物中のpH応答性分子集合体の形状が変化する。そして、それが別の分子集合体に作用し、別の分子集合体が担持している物質を放出させることができる。こうして本発明の組成物は、薬物等の目的物質を目的の患部に効率的に送達することができる。
【0049】
さらに、本発明のpH応答性分子集合体が別の分子集合体に担持されており、pH応答性分子集合体の分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものであることも好ましい。例えばpH応答性分子集合体が別の分子集合体である二分子膜小胞体の内水相に内包されたものであり、当該内水相には目的物質も内包されており、当該内水相のpHが低下した際にpH応答性分子集合体がそれを包み込んでいる小胞体の二分子膜に作用し、内水相に内包されていた目的物質を放出させることができる。これにより、当該物質を目的患部まで効率良く送達することができる。
【0050】
本発明のpH応答性分子集合体組成物において、本発明のpH応答性分子集合体の含有量は、特に制限されるものではないが、別の分子集合体の全重量に対し、5〜500重量%が好ましく、20〜300重量%がより好ましく、50〜150重量%がさらに好ましい。
本発明のpH応答性分子集合体組成物は、さらに水性媒体を含有させて分子集合体の分散液とすることもできる。分散液中のpH応答性分子集合体および別の分子集合体の濃度は、これらの分子集合体の構成脂質成分の合計含有量が、分散液の全重量に対し、0.01〜20重量%の範囲であることが好ましく、0.05〜15重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。分散液中のpH応答性分子集合体と別の分子集合体の含有量比は、pH応答性分子集合体の含有量が、別の分子集合体の含有量に対し、5〜500重量%の範囲になるように調整されることが好ましく、20〜300重量%がより好ましく、50〜150重量%がさらに好ましい。なお、この分散液は凍結乾燥状態にして保存することもできる。
【0051】
その他、本発明の組成物は、ホスファチジルコリン類、ホスファチジルグリセロール類、ホスファチジルエタノールアミン類、ステロイド類、PEG脂質類を含むことができる。ホスファチジルコリン類、ホスファチジルグリセロール類、ホスファチジルエタノールアミン類、ステロイド類、PEG脂質類の含有量は特に制限されるものではないが、pH応答性分子集合体に対し、0〜90重量%が好ましく、0〜70重量%がより好ましく、0〜50重量%がさらに好ましい。
【0052】
[3]pH応答性分子集合体の用途
本発明のpH応答性分子集合体は、低毒性とされるアミノ酸型脂質を膜構成成分としているので生体適合性が高く、生体内の目的患部に目的物質を効率良く送達することができる。
【0053】
例えば、本発明のpH応答性分子集合体に薬物を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は薬剤として使用することができる。薬物の含有量は薬物の種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。本発明の薬剤の投与方法は特に限定されない。本発明の薬剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接投与することができる。薬剤の投与量は、有効量の範囲内であれば良く、対象疾患、投与対象、投与方法、症状などによっても異なるが、通常、体重1 kg当たり、1日につき、約0.001〜約1400 mg(脂質重量)である。
【0054】
また、本発明のpH応答性分子集合体にプローブを担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は試薬として使用することができる。プローブの一例としては、諸種の標識体または活性物質が挙げられる。このうち、生理活性物質(生体に対して作用する物質)は、例えば核酸、タンパク質、その他小分子も含む。例えば、プローブとして蛍光色素を担持させた場合、本発明の試薬は生体内でのリポソームの局在部位を検出する際などに使用することができる。本発明の試薬は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
プローブの含有量は種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。例えば、本発明のpH応答性分子集合体を含む試薬は、siRNAによる特定遺伝子のノックダウンを促すRNA干渉用試薬等に有用である。
【0055】
さらに本発明のpH応答性分子集合体に任意の核酸(DNA、RNAなど)を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は核酸導入剤として使用することができる。核酸の含有量は、目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。本発明のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤は、ライソソームによって消化されることなく、細胞内に効率良く目的遺伝子を送達することができるので、例えば遺伝子治療等に有用である。本発明の核酸導入剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
【0056】
また、本発明のpH応答性分子集合体にタンパク質を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は酵素補充治療用製剤として使用することができる。タンパク質としては、α-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼなどが挙げられる。本発明の酵素補充治療用製剤は、例えば、特定酵素の発現が全くあるいは十分に行われない患者に対して用いることができる。タンパク質の含有量は、種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。本製剤の投与方法は、特に限定されない。本製剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由で投与することができる。製剤の使用量は、有効量の範囲内であれば良く、対象疾患、投与対象、投与方法、症状などによっても異なるが、通常、体重1 kg当たり、1日につき、約0.001〜約1400 mg(脂質重量)である。
【0057】
さらに、本発明のpH応答性分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すpH応答性放出促進剤として用いることもできる。この場合、別の分子集合体は、本発明のpH応答性分子集合体以外の分子集合体であればよく、例えば、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官であってもよい。
例えば、本発明のpH応答性放出促進剤は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に生体内に投与することによって、あるいは、目的物質を担持している細胞膜または膜構造を有する細胞小器官に投与することによって、分散水性媒体のpH変化によって別の集合体に作用し、その集合体が担持している物質の放出を促すことができる。
本発明のpH応答性放出促進剤の使用量は、目的物質を担持している別の分子集合体の合計量に対して、0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。本発明のpH応答性放出促進剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
pH応答性脂質の物理化学的性質
【0060】
(参考例)
両イオン性脂質(1)の合成
【化14】
【0061】
L-グルタミン酸(280 mg、1.9 mmol)、p-トルエンスルホン酸一水和物(430 mg、2.4 mmol)を溶媒ベンゼン40 mLに溶解させ、Dean-Stark装置を用いて105℃で生成水を除去しながら1時間還流した。ヘキサデシルアルコール(1.01 g、4.2 mmol)を加え、105℃で生成水を除去しながらさらに14時間還流させた。溶媒を減圧除去した後、残分をクロロホルム30 mLに溶解させ炭酸ナトリウム飽和水溶液30 mLで2回、水30 mLで2回洗浄した。クロロホルム層を回収し、硫酸ナトリウム3 gで脱水後、溶媒を減圧除去した。残分を60℃でメタノール40 mLに溶解させ不溶成分があれば濾過し、4℃で再結晶、濾過後乾燥して白色粉末Glu2C16(A')(674 mg、収率55%)として得た。
さらにアミノ基をブトキシカルボニル(Boc)基にてカルボキシル基をブチルエステル(OBut)基で保護したグルタミン酸Boc-Glu(OtBu)-OH(200 mg、0.66 mmol)をジクロロメタンに溶解し、トリエチルアミン(80.7 mg、0.79 mmol)とジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)(162 mg、0.79 mg)を溶解し、4℃で1時間撹拌した後、(A')を470 mg(0.79 mmol)混合し12時間撹拌し、メタノールにて再結晶し(B')を得た。次に(B')をトリフルオロ酢酸30 mLに溶解させ脱保護(4℃、2時間撹拌)後、クロロホルム100 mLを加え炭酸ナトリウム飽和水溶液100 mLで2回、水100 mLで1回洗浄した。クロロホルム層を回収し、硫酸ナトリウム3 gで脱水後、溶媒を減圧除去した。残分を60℃でメタノール40 mLに溶解させ不溶成分があれば濾過し、4℃で再結晶、濾過後乾燥して白色粉末(1)(352 mg、収率72%)として得た。
【0062】
[1] 分子集合体のpH測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1)10 mgを純水1 mLで2 時間水和し、高圧押出法にて粒径約250 nmの分子集合体を調製した。その小胞体分散液に0.1N-HClで滴下し分散液のpHを測定した。測定結果を図1に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)は、pH 9以上で親水部のアミノ基が脱プロトン化(-NH3+→ -NH2)しカルボキシイオンだけが残りアニオン性脂質になった。一方、約pH 4.5以下で親水部のカルボキシル基がプロトン化(COO- → COOH)するためカチオン性の分子集合体になった。
【0063】
[2] 分子集合体のζ電位測定
(1) 実験方法
調製した両イオン性脂質分散液(脂質濃度1 mg/mL)のζ電位測定を行った。測定結果を図2に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)単独での分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値となる際に、その集合体のζ電位が変化した。pH応答性リポソームは、親水部の電荷の変化により小胞体表面の電位も同様に変化していることが確認できた。pH 7.4で電位がマイナスであるのは、親水部のγ位グルタミン酸がアミノ基よりも表面に突出しているためと思われる。
【0064】
[3] 分子集合体の粒径測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質分散液のpHによる分子集合体の粒径測定を行った。結果を図3に示す。さらには電子顕微鏡よりその分子集合形態の観察を行った。透過型電子顕微鏡は、脂質分散液を銅メッシュグリッドに滴下(脂質濃度1 mg/mL)し、2分静置後に余分な水滴をろ紙で吸い取り、さらにリンタングステン酸ナトリウム水溶液(pH 7.4)を滴下、2分静置後水滴をろ紙で吸い取り、デシケーター中で12時間乾燥させ観察した。走査型電子顕微鏡は、脂質分散液(脂質濃度1 mg/mL)をニトロセルロースフィルター上に滴下後、凍結乾燥し、スパッタコーティングし観察した。図4に分子集合体の電顕写真を示す。
(2) 結果
調製した両イオン性脂質(1)単独の分子集合体(粒径約250 nm)をpHの異なるリン酸緩衝液に添加すると、pHの低下に伴いその粒子径が増大した。
電子顕微鏡観察により両イオン性脂質(1)単独では、図4 (a)のように二分子膜小胞体構造をとっているがpHの低下に伴い図4 (b)のような凝集体が観察された。両イオン性脂質(1)単独の分子集合体は、pH変化に伴う集合形態変化が観察された。
【実施例2】
【0065】
両イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームの特性
[1] カルセイン内包リポソームの調製
両イオン性脂質(1) (126 mg、0.173 mmol)、Cholesterol (67 mg、0.173 mmol)、PEG-Glu2C18 (6 mg、1μmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン(Mw:622)溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径259±96 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。
両イオン性脂質(1)単独では内水相に低分子化合物を内包することが困難であったが、コレステロール等と混合することで可能となった。但し、高分子量化合物では、両イオン性脂質(1)単独でも内水相に内包させることができる。
【0066】
[2] カルセイン放出挙動および放出率
(1) 実験方法
上記[1]で調製したカルセイン内包リポソームをpHの異なる酢酸バッファーに添加しカルセインの放出を測定した。調製したリポソームをpH 3.5、4.5、5.5、6.5、7.4の酢酸緩衝液に添加し、10分後にそれぞれpH 7.4に戻し蛍光測定を行った。リポソームからカルセインの放出率は以下の式を用いて算出した。リポソームからの測定結果を図5に示す。
【数1】
【0067】
(2) 結果
リポソーム膜成分として両イオン性脂質(1)の他にステロイド類が50 mol%含まれても両イオン性脂質のpH応答性は維持され、低pHにおいて内包物を放出することができた。生理的pH 7.4では内包カルセインのリポソームからの放出はないが、酸性pHではカルセイン放出がドラスチックに起こることが示された。
【0068】
[3] コレステロールを含む小胞体の調製および小胞体のζ電位測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1) (126 mg、0.173 mmol)、cholesterol (67 mg、0.173 mmol)、PEG-Glu2C18 (6 mg、1μmol)の混合脂質を酢酸緩衝液(pH7.4)で2時間水和し、その後高圧押出法にて粒径249±87 nmの小胞体を調製した。調製した小胞体(脂質濃度1 mg/mL)の各pHにおけるζ電位を測定した。測定結果を図6に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質単独の電位変化は膜成分にコレステロールを混合した小胞体の形態にしても維持されていた。このことによりこの小胞体は両イオン性脂質のpH応答性を保持したまま内水相に薬物等を内包し、低pHで内包物を放出することが可能な運搬体であることが明らかとなった。
【0069】
[4] カルセイン内包リポソームの調製およびカルセイン放出挙動
両イオン性脂質(1)(178 mg、0.245 mmol)、DPPC(180 mg、0.245 mmol)、Cholesterol(127 mg、0.328 mmol)、PEG-Glu2C18(14 mg、2.4μmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径305±134 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。調製したカルセイン内包リポソームをpHの異なる酢酸バッファーに添加しカルセインの放出を測定した。結果を図7に示す。
DPPCなどのリン脂質を混合しても両イオン性脂質(1)のpH応答性は維持され、pHの低下に伴い分子集合体の粒径が大きくなると共に、リポソームに内包されたカルセインの放出量が増大した。
【実施例3】
【0070】
両イオン性脂質(1)の別の集合体の担持物質放出の促進
(1) 実験方法
DPPC (69 mg、0.094 mmol)、DOPC (74 mg、0.094 mmol)、Cholesterol (36 mg、0.094 mmol)、DPPG (20 mg、0.028 mmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径426±174 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。調製したカルセイン内包リポソーム分散液(脂質濃度1 mg/mL)に両イオン性脂質単独の分散液(脂質濃度1 mg/mL)を混合し、各pHにおけるカルセインの放出挙動を測定した。その結果を図8に示す。
【0071】
(2) 結果
両イオン性脂質(1)の分子集合体を混合した系でのみカルセインを内包したリポソームからの内包物の放出が見られた。これは、低pHでは両イオン性脂質(1)からなる分子集合体がカチオン性となるために、カルセイン内包アニオン性リポソームと静電的な相互作用を及ぼし、その際にカルセインがリポソームから放出されたものと考察される。よって両イオン性脂質(1)を含むpH応答性分子集合体は、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促す作用を持つことが認められた。
さらにこのことは、エンドソーム内の低pH環境下でカチオン化したリポソームが、エンドソーム膜に何らかの影響を及ぼし、その際にリポソームの内包物がエンドソーム内から細胞質へ放出されたことを示している。
【実施例4】
【0072】
高分子量内包物(タンパク質)の放出挙動
(1) 実験方法
FITC-rHSA(FITC:rHSA=20:1) 10 g/dL 2 mLにDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の2種類の混合脂質をそれぞれ20 mgを混合し6時間水和後、高圧押出法にてアルブミン(Mw : 64500)内包リポソームを調製した。このリポソームからのFITC-rHSAの放出を測定した。測定結果を図9に示す。
(2) 結果
DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18も、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18も内包させたアルブミンの放出が低pHで促進されることを確認した。但し、放出量は両イオン性脂質の含量が高い後者の方が大きかった。また、後者の方が、低pHでの粒子径の増大が顕著であった。イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームは、低pHで低分子化合物だけではなく高分子量内包物であるアルブミンも放出できることがわかった。
【実施例5】
【0073】
pH応答性リポソームの細胞内動態
[1] カルセイン内包リポソーム
コントロールとしてDPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質それぞれ30 mgに2mL 100 mMカルセイン溶液を混合し水和し、高圧押出法によりカルセイン内包リポソームを調製した。
COS-7(サル腎臓由来細胞)を2×104 cellsガラスディッシュに播種し、24時間後にリポソームを脂質濃度2μg/mL 1mL添加した。2時間インキュベート後、PBSにて洗浄し共焦点顕微鏡にて観察した。観察結果を図10に示す。
両イオン性脂質(1)が主成分であるpH応答性リポソーム添加時にのみ細胞質内にカルセインの拡散が見られた。よって両イオン性脂質(1)を膜成分とすることで内包物を細胞質へ放出できる。
【0074】
[2] アルブミン内包リポソーム
TetramethylrhodamIne-5(and -6)-Isothiocyanate(5(6))-TRITC 2 mgを0.1N-NaOH aqに溶解しpHを7.4に調製した。その水溶液を25 g/dL rHSA 1 mLと混合し6時間撹拌後、ゲルカラム(sephadex G-25)にて未結合ローダミンを除去し、ローダミン標識アルブミンを調製した。DPPC/Cholesterol/DHSG/PEG-DSPE、DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18からなる3種類の混合脂質をそれぞれ30 mgに1 mLの3 g/dLのローダミン標識アルブミンを混合し6時間水和後、高圧押出法にてアルブミン内包リポソームを調製した。調製結果を表1に示す。
【表1】
【0075】
次に、ローダミン標識アルブミン内包リポソームをCOS-7またはCCD-32SKに添加し、細胞内でのリポソーム挙動解析を行った。
COS-7をガラスディッシュに播種し24時間インキュベート(37℃、5%CO2)した。その後血清入り培地で各リポソームを希釈し脂質濃度2μg/mL 1 mL添加し、2時間インキュベートし、PBSにて洗浄後FM-43にてエンドソームを染色し、共焦点顕微鏡にて観察した。CCD-32SKは添加したリポソームの脂質濃度を100μg/mLとした。観察結果を図11に示す。
両イオン性脂質(1)が主成分であるpH応答性リポソーム添加時にのみ細胞質全体にアルブミンの拡散が見られた。さらにFM1-43にて染色したエンドソームとローダミン標識したアルブミンの細胞内での位置が異なることから、アルブミンがエンドソームから脱出し、細胞質へ拡散していることがわかる。よって両イオン性脂質(1)を膜成分とするリポソームは内包物をエンドソーム外へ放出する運搬体として有用であることが示された。
【実施例6】
【0076】
pH応答性脂質の毒性評価
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1)の細胞毒性評価を行った。96 wellプレートにCOS-7を1×104 cells/well播種し24時間後に各脂質濃度のリポソームを添加した。リポソーム添加し24時間にMTT assayを行った。測定結果を図12に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームは、5μgを添加しても細胞毒性は見られなかった。よって両イオン性脂質(1)は低毒性のpH応答性脂質であり、リポソーム膜成分として有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、分子集合体が細胞内に取り込まれた際に効率良く薬物や蛋白質、核酸などを細胞質側に放出させることができるので、各種疾患の予防・治療用の製剤として有用である。また、遺伝子導入剤として用いることにより遺伝子治療のみならず細胞質への導入が必要とされるRNA干渉用試薬など多領域の用途に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】両イオン性脂質(1)の0.1 N-HClによる滴定曲線を示したグラフである。
【図2】両イオン性脂質 (1)分散液のpHによる分子集合体のζ電位測定結果を示したグラフである。
【図3】両イオン性脂質(1)分散液のpHによる分子集合体の粒径測定結果を示したグラフである。
【図4】両イオン性脂質(1)からなる分子集合体の電子顕微鏡写真である。
【図5】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするカルセイン内包リポソームから放出されるカルセインの放出挙動を示したグラフである。
【図6】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするリポソームのζ電位測定結果を示したグラフである。
【図7】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするカルセイン内包リポソームから放出されるカルセインの放出挙動(●)および粒径(○)を示したグラフである。
【図8】両イオン性脂質(1)を含まないカルセイン内包リポソーム(●)および両イオン性脂質を含むカルセイン内包リポソーム(■)から放出されるカルセインの放出挙動を示したグラフである。
【図9】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするアルブミン内包リポソームから放出されるFITC-rHSAの放出挙動と粒子径の変化を示したグラフである。Liposome 1(GluGlu2C16/cho/PEG-Glu2C18)は、pH3.5であよそ40%のアルブミン分子を放出できた(図中--●--)。また粒子径が調製時(250 nm程度)よりも増大していた(図中--○--)。一方Liposome2(DPPC/chol/αGluGlu2C16 /PEG-Glu2C18)は、pH3.5でもほとんどアルブミン分子を放出できなかった。このことからGluGlu2C16を含むリポソームは、混合組成またはその混合比によってリポソームからの放出挙動が異なる。
【図10】DPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームとしてDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質を膜成分とするカルセイン内包リポソーム(それぞれLiposome a, b, c)のCOS-7における細胞内動態を観察した共焦点顕微鏡写真である。
【図11】DPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームとしてDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質を膜成分とするローダミン標識アルブミン内包リポソーム(それぞれLiposome a, b, c)のCOS-7またはCCD-32SKにおける細胞内動態を観察した共焦点顕微鏡写真である。
【図12】Lipofectamine、DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の細胞毒性評価結果を示したグラフである。
【図13】本発明の第1の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。
【図14】本発明の第2の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH変化に応答して分子集合体に担持されている物質の放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体およびその用途などに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リポソームの内包物放出挙動を制御する方法として、pH応答性が汎用されている。特にホスファチジルエタノールアミン型リン脂質を用いたpH応答性リポソームがよく知られている。これは、ホスファチジルエタノールアミン型リン脂質の極性頭部の電荷がpHに応答して変化することによって、リポソーム二分子膜の分子充填状態が変化する原理を利用したものである。このため、放出される内包物は低分子に限られ、放出速度も低い点が課題であった。また、pH応答性リポソームとしては、アニオン性脂質とカチオン性脂質とを混合したリポソームが知られている(非特許文献1)。しかし、その物理化学的性質は不明瞭であり、さらにアニオン性脂質とカチオン性脂質とを組み合わせる必要があることからpH応答性の調整が難しいという問題があった。また、カチオン性脂質自体は血液適合性が低く、細胞毒性も高いという問題もあり、in vivoでの実用性は低い。
一方、本発明者らは先に、下記式
【化4】
で表される両イオン性脂質が、生体適合性および分子集合特性に優れており、リポソームの構成成分として有用であることを開示した(特許文献1)。
【特許文献1】特開2003-64037号公報
【非特許文献1】G. Shiら、Journal of Controlled Release 80 (2002) 309-319
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記のような状況に鑑み、低分子量だけでなく、薬剤または核酸などの高分子量の分子をも担持し、かつ、その放出挙動を制御することができるpH応答性分子集合体の開発が望まれている。特に生体適合性の高い安全なpH応答性分子集合体が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、上記特許文献1記載の両イオン性脂質からなるリポソームがpH応答性を示すことを見出した。その原理は、pH低下による両イオン性脂質の電荷バランスの変化によって二分子膜形態を取り得なくなり、リポソーム構造が破壊されることによる内包物の放出であるため、内包された高分子量の分子をドラスティックに放出することができるというものである。さらにこの挙動が共存する非pH応答性リポソームにも影響し、そのリポソームの内包物の放出をも促進することを見出した。そしてこれを利用すると、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性リポソームの構造がエンドソーム内の低pHによって大きく変化してエンドソームに影響を及ぼし、リポソームの内包物をエンドソームから細胞質側に放出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、以下に示したpH応答性分子集合体、pH応答性分子集合体含有薬剤、試薬、核酸導入剤、pH応答性分子集合体組成物、pH応答性放出促進剤などを提供するものである。
【0006】
(1) 式(I)
【化5】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体。
【0007】
(2) 式(I)
【化6】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すものである、pH応答性分子集合体。
【0008】
(3) pHの生理的な値が7.0〜8.0であり、酸性の値が6.5以下である、(1)または(2)記載のpH応答性分子集合体。
(4) 式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(5) 式(I)中、mが2であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(6) 式(I)中、mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(7) 式(I)中、mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、(1)〜(3)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0009】
(8) ステロイド類を式(I)で表される両イオン性脂質に対して20〜200モル%含むものである、(1)〜(7)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(9) 式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%含むものである、(1)〜(8)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0010】
(10) 別の分子集合体が、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、(2)〜(9)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(11)分子集合体が、二分子膜小胞体である、(1)〜(10)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(12) 分子集合体に担持されている物質が、二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているか、二分子膜内に局在するものか、あるいは二分子膜の外側表面に局在するものである、(11)記載のpH応答性分子集合体。
【0011】
(13) 式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、(1)〜(12)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(14) 式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、(1)〜(12)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
(15) pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、(1)〜(14)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【0012】
(16) 薬物を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む薬剤。
(17) プローブを担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む試薬。
(18) 核酸を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤。
(19) タンパク質を担持した(1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む酵素補充治療用タンパク質製剤。
【0013】
(20) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むことを特徴とするpH応答性分子集合体組成物。
(21) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と別の分子集合体とを含むpH応答性分子集合体組成物であって、前記別の分子集合体は目的物質を担持していてもよく、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に担持されており、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものである、pH応答性分子集合体組成物。
(22) pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、(20)または(21)記載のpH応答性分子集合体組成物。
【0014】
(23) (1)〜(15)のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含み、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すものであるpH応答性放出促進剤。
(24) 別の分子集合体が細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、(23)記載のpH応答性放出促進剤。
【0015】
(25) 式(II)
【化7】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]
で表される両イオン性脂質。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生理条件よりも低pHになると分子集合体に担持されていた目的物質を放出する放出制御機能を分子集合体に付与することができる。これにより、例えば、分子集合体が細胞内に取り込まれた際にのみ効率良く薬物や蛋白質、核酸などを細胞質側に放出させることが可能となる。
また、本発明のpH応答性分子集合体は、安全性が高く、単独でpH応答性を示すことができる両イオン性脂質を用いるものであるので、生体適合性に優れており、目的に応じたpH応答性の調整も容易であることから、in vivoでの実用性にも優れている。この両イオン性脂質はアミノ酸と長鎖アルコールのみから簡便で大量に合成することができるので、pH応答性分子集合体の調製を低コストかつ簡便な方法で行うことができるといった利点もある。
本発明を利用することにより、高機能の薬物運搬体、核酸運搬体の創製に道筋を付けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
[1]pH応答性分子集合体
本発明のpH応答性分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に分子集合体に担持されている物質を放出することができるものである。本発明のpH応答性分子集合体は、自己の分子集合体が担持している目的物質を放出する第1の態様と、別の分子集合体が担持している目的物質の放出を促す第2の態様に分けられる。以下、各態様について述べる。
【0018】
(第1の態様)
まず、第1の態様について説明する。第1の態様のpH応答性分子集合体は、
式(I)
【化8】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記分子集合体に担持されている物質を放出することができるものである。第1の態様におけるこのような目的物質の放出挙動は、分散水性媒体のpHに応答して上記式(I)で表される両イオン性脂質の極性頭部の電荷バランスが変化し、それが分子集合体の分子充填状態に影響して分子集合体の構造が破壊されることによって生じるものと考えられる。これによりpH応答性分子集合体が担持している物質を目的患部に効率良く送達することができる。
【0019】
以下、図13を参照しながら第1の態様のpH応答性分子集合体についてより具体的に説明する。図13は、第1の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。まず、目的物質を担持したpH応答性分子集合体は、細胞膜内に取り込まれる前は、pH応答性分子集合体が分散している分散水性媒体の生理的なpH環境下で分子集合体の形状を安定に保持することができる(図中(a))。このpH応答性分子集合体は、生体内を循環しながら細胞膜に近づき、そこでエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる(図中(b))。こうしてエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性分子集合体は、エンドソーム内の酸性pH環境下で分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化することによって分子集合体の形状が変化し、分子集合体構造が保持されなくなる。これによって担持していた目的物質を放出することができる(図中(c))。本発明の好ましい態様によれば、この放出挙動はエンドソームにも作用することができ、それによってエンドソーム膜を崩壊させ、目的物質を細胞質側に放出させることができる。そしてその結果目的物質を核内に効率良く送達することができる。
このように、第1の態様においては、pH応答性分子集合体の分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化する際にpH応答性分子集合体に担持されている目的物質を放出することができる。一般に異物は、通常細胞内にエンドサイトーシスという経路を通って導入される際、ライソゾームという分解酵素を含むライソソームと融合して消化されてしまう。これに対し、本発明においては、目的物質を分子集合体に担持させてライソゾームによる分解を回避しながら、目的物質を細胞内、ないしは核内に効率良く送達することができるのである。なお、図13は本発明の第1の態様の一例を示したものであり、pH応答性分子集合体の形状、目的物質の担持方法、目的物質の放出挙動などは、図13に何ら制限されない。
【0020】
本発明のpH応答性分子集合体において、「分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる」とは、pH応答性分子集合体が分散している水性媒体のpHが生理条件よりも低pHになることをいう。pHの生理的な値は、好ましくはpH 7.0〜8.0であり、より好ましくは7.2〜7.6であり、さらに好ましくは7.3〜7.5である。また、pHの酸性の値は、好ましくはpH 6.5以下であり、より好ましくは6.0以下であり、さらに好ましくは5.5以下である。
【0021】
本発明のpH応答性分子集合体に用いられる両イオン性脂質は、式(I)
【化9】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]で表される。
【0022】
式(I)中、m、nはそれぞれ独立して2または3であることが好ましい。また、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であるが、末端カルボキシル基から数えて3番目または4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaが水素原子であることが好ましい。より具体的には、式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが2あり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体;mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRがNH3+であり、その他のRがHであるpH応答性分子集合体が好ましく挙げられる。
【0023】
RbおよびRcは、それぞれ独立して、炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である。「鎖状炭化水素基」は共有結合にて導入できる疎水性の基であれば特に限定されない。鎖状炭化水素基は、直鎖または分岐鎖のいずれであってもよく、直鎖であることが好ましい。また、鎖状炭化水素基は、アルキル鎖、アルケニル鎖、アルキニル鎖、イソプレノイド鎖、ビニル基、カルボキシル基、水酸基、アミノ基、およびメルカプト基からなる群から選択される置換基を有していてもよい。鎖状炭化水素基の炭素数は、好ましくは12〜20であり、より好ましくは14〜18である。また、鎖状炭化水素基は二重結合や三重結合などの不飽和結合を有していても良く、その場合にその数は1〜4であることが好ましい。これらの中でも、RbおよびRcとしては、直鎖または分岐鎖の炭素数12〜20のアルキル基であることが好ましく、直鎖の炭素数14〜18のアルキル基であることが特に好ましい。
【0024】
また、本発明のpH応答性分子集合体に用いられる両イオン性脂質として、式(I)で表される両イオン性脂質の中でも特に式(II)
【化10】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]で表される両イオン性脂質を使用することもできる。ここで、m'、n'の好ましい範囲は式(I)中のm、nと同じであり、Ra'、Rb'、Rc'の好ましい範囲は式(I)中のRa、Rb、Rcと同じである。但し、Rb'とRc'は異なる鎖状炭化水素基である。式(II)で表される両イオン性脂質は、Rb'とRc'が異なることによって、分子集合体の構成成分として使用した場合に、pH応答性に影響を及ぼす分子集合体(例えば二分子膜)の相転移温度をより厳密にそして効果的に制御することが可能となり、脂質二分子膜構造などの分子集合体構造の柔軟性を調節する効果を奏することができる。
【0025】
このような式(I)または(II)で表される化合物は、特開2003-64037号公報に記載の方法またはそれに準じる方法に従って製造することができる。例えば、次のように製造することができる。
【化11】
[式(A)〜(D)中、m、n、Ra、Rb、Rcは式(I)で定義したものと同じである]
【0026】
まず、式(A)で表されるアミノ酸と長鎖アルコール(Rb-OH、Rc-OH)とを反応させて式(B)で表されるアミノ酸の長鎖アルキルエステルを合成する。この反応は、酸触媒による脱水縮合、活性エステル法、酸無水物法、混合酸無水物法等を用いて行うことができる。中でも、酸触媒による脱水縮合が最も簡便であり、精製も容易であるので好ましい。脱水縮合反応は常法に従い行うことができる。但し、酸触媒による脱水縮合では加熱を必要とするため、原料が加熱に対して不安定な場合は、他の方法を選択することが望ましい。
【0027】
次に、式(C)で表されるアミノ酸のアミノ基と一方のカルボキシル基を常法により保護し、これを式(B)で表されるアミノ酸の長鎖アルキルエステルと反応(アミド結合生成反応)させる。そして、得られた化合物のアミノ基およびカルボキシル基の保護基を除去することによって、式(I)で示される両イオン性脂質を得ることができる。この反応は、活性エステル法、酸無水物法、混合酸無水物法等を用いて行うことができる。また、通常のペプチド合成と同様の方法で固相合成を行うこともできる。
【0028】
なお、RbとRcが異なる鎖状炭化水素である場合は、アミノ酸の側鎖のカルボキシル基をt-ブチルエステル基で保護した化合物(E)と長鎖アルコール(Rb-OH)とを反応させ脱水縮合反応により化合物(F)を得ることができる。この化合物をTFA(トリフルオロ酢酸)に溶解させ、化合物(G)を得る。化合物(G)と長鎖アルコール(Rc-OH)を脱水縮合反応により結合し、アルキル鎖長の異なる化合物(H)を得ることができる。次に化合物(H)からは、RbとRcが同じである場合と同様に化合物(C)を結合し、脱保護後に、RbとRcが異なる式(I)で表される化合物(すなわち、式(II)で表される化合物)を得ることができる。
【化12】
[式(E)〜(G)中、n、Rb、Rcは式(I)で定義したものと同じである]
【0029】
なお、合成された両イオン性脂質の精製方法は特に限定されない。本発明においては溶媒に対する溶解度の差を利用して行うことができるが、さらに必要に応じてカラム精製を行ってもよい。
【0030】
本発明のpH応答性分子集合体に含有される式(I)で表される両イオン性脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量は、pH応答性分子集合体の構成成分の合計モル数に対して、10〜100モル%であることが好ましく、より好ましくは20〜80%、さらに好ましくは30〜60%である。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量が高いほど、pH応答性分子集合体が担持している物質の放出速度および放出率を高めることができる。式(I)で表される両イオン性脂質の含有量は、薬物などの目的物質を導入したい部位や所望の放出率または放出速度などに応じて適宜調整することができる。
【0031】
また本発明のpH応答性分子集合体は、構成成分としてステロイド類を含むことができる。ステロイド類としては、ステロール、胆汁酸、プロビタミンD、ステロイドホルモンなど、ペルヒドロシクロペンタノフェナントレンを有する全てのステロイドが挙げられる。中でもステロール類を用いることが好ましい。ステロール類としては、例えば、エルゴステロール、コレステロール等が挙げられる。中でもコレステロールを用いることが好ましい。
ステロイド類の含有量に制限はないが、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で20〜200モル%であることが好ましく、より好ましくは40〜100モル%である。ステロイド類は、分子集合体の安定化剤として作用することができ、目的の放出速度および放出率などに応じて適宜調整することができる。これらのステロイド類は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0032】
さらに本発明のpH応答性分子集合体は、構成成分として式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことができる。これらの脂質成分の含有量は特に制限されるものではないが、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%であることが好ましく、より好ましくは10〜100モル%である。
式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質としては、両親媒性のブロック共重合体または多糖類などの親水性の主鎖に疎水性の置換基を持つくし型高分子、あるいは両親媒性の膜タンパク質などが挙げられる。両イオン性脂質を含有させることにより、脂質二分子膜などの分子集合体構造を安定に保たせ、生理pH下でこの集合体の表面電荷を中性にすることができる。
また、カチオン性脂質としては、DOTAP、DMRIEなどが挙げられる。カチオン性脂質を含有させることにより、核酸(任意のDNAおよびRNA)などの目的物質の核内への送達能、つまり核酸導入能を付与することができる。例えば遺伝子などの目的物質を担持している場合には、遺伝子導入能を付与することができる。
アニオン性脂質としては、ジアシルホスファチジルグリセロール、ジアシルホスファチジン酸、ジアシルホスファチジルイノシトール、ジアシルホスファチジルセリン、脂肪酸、カルボン酸型脂質、アニオン性アミノ酸型脂質などが挙げられる。アニオン性脂質を含有させることにより分子集合体の凝集が抑制され、目的物質の内包効率を増大させることができる。
これらの脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0033】
さらに本発明のpH応答性分子集合体には、ポリエチレングリコール型脂質を含有することもできる。ポリエチレングリコール型脂質を構成成分として用いることにより、分子集合体の凝集が抑制され、生体内に投与された後の血中滞留時間を増大させることができる。ポリエチレングリコール型脂質は1種単独でも2種以上を組み合わせて使用することもできる。
その他、本発明のpH応答性分子集合体は、卵黄レシチン、大豆レシチン、水添卵黄レシチン、水添大豆レシチン、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、多種の糖脂質など分子集合体の構成成分として知られているリン脂質を1種または2種以上含有することができる。
【0034】
第1の態様において、pH応答性分子集合体は目的物質を担持している。ここで「分子集合体が目的物質を担持している」とは、分子集合体内部の親水領域あるいは脂質二分子膜内または分子膜の外側表面に目的物質が相互作用している状態のことをいう。例えば、(i)水溶性の目的物質、(ii)水溶性もしくは疎水性の目的物質が親水性分子により包括されている分子集合体、または (iii) 水溶性もしくは疎水性の目的物質が親水性高分子により包括されている複合体が二分子膜内部にある内水相に局在する場合、あるいは疎水性の目的物質が二分子膜内の疎水領域に局在する場合または二分子膜の外側表面に局在する場合などが挙げられる。
目的物質としては、本発明のpH応答性分子集合体に担持することができるものであれば特に限定されないが、少なくとも標的となる臓器または組織の一つに作用するものであることが好ましい。例えば、薬物、プローブ、核酸(任意のDNA、RNA、siRNA などを含む)、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。本態様においてpH応答性分子集合体に担持されていたこれらの物質は、細胞内のエンドソーム内に放出され、さらには細胞質内に放出され、これにより、目的物質を効率良く細胞内に送達することができる。本発明のpH応答性分子集合体に担持させる目的物質の分子量は、通常100〜1,000,000であり、200〜500,000が好ましく、300〜100,000がより好ましい。
【0035】
本発明のpH応答性分子集合体に担持することができる物質としては、例えば、酵素、ペプチドまたはタンパク質、各種抗生物質、各種ペプチド性ホルモン、DNA、RNA、siRNA、プラスミド、プローブ、各種抗がん剤、中枢神経系用薬、末梢神経用剤、感覚器官用薬、循環器官用薬、呼吸器官用薬、消化器官用薬、ホルモン剤、泌尿生殖器官および肛門用薬、外皮用薬、歯科口腔用剤、ビタミン剤、滋養強壮薬、血液および体液用薬、人工透析用薬、その他の代謝性医薬品、細胞賦活用剤、腫瘍用薬、放射性医薬品、アレルギー用薬、生薬および漢方処方に基づく医薬品、抗生物質製剤、化学療法剤、生物学的製剤、診断用薬などがある。ペプチドまたはタンパク質の一例としては、インターロイキン等の各種サイトカイン、細胞伝達因子、細胞成長因子、フィブリノーゲン、コラーゲン、ケラチン、プロテオグルカン等細胞外マトリックス剤としてのポリペプチドまたはその構造の一部としてのオリゴ体、あるいはオキシトシン、ブラジキニン、チロトロビン放出因子、エンケファリン等の機能性ポリペプチドが挙げられる。酵素としては、カタラーゼ、キモトリプシン、チトクローム、アミラーゼなどが挙げられるが、これらに何ら限定されるものではない。プローブの一例としては、抗体、抗原、色素、あるいは蛍光色素など諸種の標識体や活性物質が挙げられる。これらの物質は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0036】
本発明のpH応答性分子集合体に担持される目的物質の含有量は、目的物質の種類または目的等に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。
【0037】
本発明のpH応答性分子集合体の形状は、例えば、高分子集合体、高分子ミセル、エマルジョン、リピドマイクロフィア、二分子膜小胞体(リポソーム)、その他の分子集合体(チューブ、ファイバー、リボン、シート等)などが挙げられる。中でも、二分子膜小胞体であることが好ましい。
本発明のpH応答性分子集合体が二分子膜小胞体である場合、二分子膜小胞体を水性媒体中に分散させると、二分子膜小胞体は内水相を含むことができる。このとき、分子集合体に担持されている物質は二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているものであることが好ましい。あるいは、二分子膜の疎水性領域内に目的物質を担持させるなど、担持されている物質が二分子膜内に局在したものであることが好ましい。
なお、pH応答性分子集合体の構成成分の含有量を規定する場合、内水相は考慮しないこととする。
【0038】
本発明のpH応答性分子集合体の粒径は、50〜1000 nmが好ましく、100〜500 nmがより好ましく、150〜300 nmがさらに好ましい。
【0039】
分子集合体の製造方法は特に限定されるものではなく、公知の方法に準じて製造することができる。例えば、リポソームの製造の手法としては、単独または混合脂質の粉末もしくは薄膜を水和させ分散させた後、高圧押出し(エクストルージョン)法、超音波照射法、撹拌(ボルテックスミキシング、ホモジナイザー)法、高速攪拌法、フレンチプレス法、凍結融解法、マイクロフルイダイザー法などで製造する方法、単独または混合脂質を有機溶媒に溶解させた溶液を水相に注入した後、エタノールまたはエーテルなどの有機溶媒を減圧または透析で除去して形成する方法、あるいは、単独または混合脂質をコール酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、Triton X、オクチルグリコシドまたはラウリルエーテルなどの非イオン性界面活性剤と共に水相に分散させてエマルジョンを形成させ、透析によって除去して形成する方法、その他、逆相蒸発法、インキュベーション法などを採用することができる。
【0040】
分子集合体に目的物質を担持させる方法は、担持させようとする物質の種類等に応じて適宜選択すればよい。例えば目的物質が水溶性薬物の場合には、分子集合体製造時に薬物を水相に溶解させて調製することができる。内包されなかった水溶性薬物はゲルろ過、超遠心分離または限外ろ過膜処理などにより内包小胞体と分離できる。脂溶性薬物の場合には、単独または混合脂質が有機溶媒に溶けている状態で薬物を混合して、上述した方法で分子集合体を形成させることにより、例えば二分子膜小胞体の疎水部に目的物質を担持させることができる。プローブ、核酸、タンパク質などの場合は同様の方法で分子集合体に目的物質を担持させるか、あるいは二分子膜小胞体の外側表面上に目的物質を局在させることができる。
【0041】
第1の態様の好ましい例によれば、pH応答性分子集合体は、細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すことができる。
【0042】
なお、第1の態様のpH応答性分子集合体は、自己の放出挙動によって別の分子集合体が担持している物質の放出を促すこともできる。「別の分子集合体」については、後述する第2の態様において詳しく述べる。
【0043】
(第2の態様)
次に、第2の態様のpH応答性分子集合体について述べる。
第2の態様のpH応答性分子集合体は、
式(I)
【化13】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すことができるものである。
【0044】
第2の態様のpH応答性分子集合体について図14を参照しながらより具体的に説明する。図14は、第2の態様のpH応答性分子集合体が細胞内に取り込まれる際に、別の分子集合体が担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。まず、第2の態様において、本発明のpH応答性分子集合体は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に生体内に投与される(図中(a))。pH応答性分子集合体は細胞内に取り込まれる前は分散水性媒体の生理的なpH環境下で分子集合体の形状を安定に保持することができる。次に、pH応答性分子集合体と目的物質を担持している別の分子集合体は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる(図中(b))。エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれたpH応答性分子集合体は、次にエンドソーム内の酸性pH環境下で分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値に変化することによって、分子集合体の形状が変化する。そしてpH応答性分子集合体のこの挙動が別の分子集合体に作用し、別の分子集合体に担持されていた目的物質がエンドソーム内に放出される(図中(c))。本発明の好ましい態様によれば、このpH応答性分子集合体の挙動はエンドソームにも作用することができ、それによってエンドソーム膜を崩壊させ目的物質を細胞質側に放出させることができる。そしてその結果、目的物質を核内に効率良く送達することができる。
このように、第2の態様においては、pH応答性分子集合体が分散している分散水性媒体のpH変化に応答して分子集合体の形状が変化し、それによって別の分子集合体に作用し、別の分子集合体が担持している物質の放出を促すことができる。
なお、図14は本発明の第2の態様の一例を示したものであり、pH応答性分子集合体の形状、目的物質の担持方法、目的物質の放出挙動などは、図14に何ら制限されない。例えば、本態様に用いられるpH応答性分子集合体は、物質を担持していても、担持していなくてもよい。また、本態様において、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に作用できる程度に別の分子集合体と共存していればよく、例えば、pH応答性分子集合体が別の分子集合体に担持されていてもよい。例えば、別の分子集合体が小胞体構造を有する場合に、pH応答性分子集合体は、別の分子集合体に内包されていてもよい。別の分子集合体に内包されたpH応答性分子集合体は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、エンドソーム内の酸性pH環境下においてその形状が変化する。そしてその挙動が別の分子集合体に作用し、別の分子集合体に担持されていた目的物質の放出を促すことができる。さらにpH応答性分子集合体はエンドソームにも作用することができ、エンドソームの形状が変化することによって、目的物質を細胞質側に放出することを促すこともできる。
【0045】
なお、本明細書でいう「別の分子集合体」とは、式(I)で表される両イオン性脂質を含まない分子集合体のことをいい、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官であってもよい。すなわち、本態様において、pH応答性分子集合体は、あらかじめ細胞内に存在する別の分子集合体に作用することもできる。細胞小器官としては、小胞体、ミトコンドリア、ゴルジ体、分泌顆粒、分泌小胞、リソソーム、ファゴソーム、エンドソーム、ペルオキシソームなどが挙げられる。別の分子集合体に担持されている物質は、第1の態様においてpH応答性分子集合体に担持されている物質として例示したものと同じものが挙げられる。分子集合体に目的物質を担持させる方法も、第1の態様のpH応答性分子集合体において述べたものと同様である。
【0046】
第2の態様に用いられる式(I)で表される両イオン性脂質は、第1の態様で述べたとおりであり、その他の構成成分や各成分の含有量も第1の態様で述べたものと同じである。また、第2の態様のpH応答性分子集合体がpH応答性を示すことができる分散水性媒体のpHの生理的な値、酸性の値も第1の態様で述べたものと同じ範囲であり、目的患部または所望の放出率、放出速度などに応じて適宜調整することができる。
【0047】
第2の態様の好ましい例によれば、pH応答性分子集合体は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すことができる。
【0048】
[2]pH応答性分子集合体組成物
次に本発明のpH応答性分子集合体組成物について説明する。
本発明のpH応答性分子集合体組成物は、前述したpH応答性分子集合体を含むものであれば特に限定されない。
例えば、本発明のpH応答性分子集合体組成物は、本発明のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むものであることが好ましい。ここで、本発明のpH応答性分子集合体は、薬物等の物質を担持していてもよく、担持していなくてもよい。また、別の分子集合体とは、式(I)で表される両イオン性脂質を含まない分子集合体であって、この分子集合体に薬物などの物質を担持したものであれば特に限定されない。
このようなpH応答性分子集合体組成物は、例えば生体内に投与された場合に、目的患部に到達するまでは別の分子集合体によって薬物などの目的物質が安定に保持されている。そして、目的患部に到達した際に組成物はエンドサイトーシスによって細胞内のエンドソーム内に取り込まれる。取り込まれた組成物はエンドソーム内の酸性pH環境下で組成物中のpH応答性分子集合体の形状が変化する。そして、それが別の分子集合体に作用し、別の分子集合体が担持している物質を放出させることができる。こうして本発明の組成物は、薬物等の目的物質を目的の患部に効率的に送達することができる。
【0049】
さらに、本発明のpH応答性分子集合体が別の分子集合体に担持されており、pH応答性分子集合体の分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものであることも好ましい。例えばpH応答性分子集合体が別の分子集合体である二分子膜小胞体の内水相に内包されたものであり、当該内水相には目的物質も内包されており、当該内水相のpHが低下した際にpH応答性分子集合体がそれを包み込んでいる小胞体の二分子膜に作用し、内水相に内包されていた目的物質を放出させることができる。これにより、当該物質を目的患部まで効率良く送達することができる。
【0050】
本発明のpH応答性分子集合体組成物において、本発明のpH応答性分子集合体の含有量は、特に制限されるものではないが、別の分子集合体の全重量に対し、5〜500重量%が好ましく、20〜300重量%がより好ましく、50〜150重量%がさらに好ましい。
本発明のpH応答性分子集合体組成物は、さらに水性媒体を含有させて分子集合体の分散液とすることもできる。分散液中のpH応答性分子集合体および別の分子集合体の濃度は、これらの分子集合体の構成脂質成分の合計含有量が、分散液の全重量に対し、0.01〜20重量%の範囲であることが好ましく、0.05〜15重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。分散液中のpH応答性分子集合体と別の分子集合体の含有量比は、pH応答性分子集合体の含有量が、別の分子集合体の含有量に対し、5〜500重量%の範囲になるように調整されることが好ましく、20〜300重量%がより好ましく、50〜150重量%がさらに好ましい。なお、この分散液は凍結乾燥状態にして保存することもできる。
【0051】
その他、本発明の組成物は、ホスファチジルコリン類、ホスファチジルグリセロール類、ホスファチジルエタノールアミン類、ステロイド類、PEG脂質類を含むことができる。ホスファチジルコリン類、ホスファチジルグリセロール類、ホスファチジルエタノールアミン類、ステロイド類、PEG脂質類の含有量は特に制限されるものではないが、pH応答性分子集合体に対し、0〜90重量%が好ましく、0〜70重量%がより好ましく、0〜50重量%がさらに好ましい。
【0052】
[3]pH応答性分子集合体の用途
本発明のpH応答性分子集合体は、低毒性とされるアミノ酸型脂質を膜構成成分としているので生体適合性が高く、生体内の目的患部に目的物質を効率良く送達することができる。
【0053】
例えば、本発明のpH応答性分子集合体に薬物を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は薬剤として使用することができる。薬物の含有量は薬物の種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。本発明の薬剤の投与方法は特に限定されない。本発明の薬剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接投与することができる。薬剤の投与量は、有効量の範囲内であれば良く、対象疾患、投与対象、投与方法、症状などによっても異なるが、通常、体重1 kg当たり、1日につき、約0.001〜約1400 mg(脂質重量)である。
【0054】
また、本発明のpH応答性分子集合体にプローブを担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は試薬として使用することができる。プローブの一例としては、諸種の標識体または活性物質が挙げられる。このうち、生理活性物質(生体に対して作用する物質)は、例えば核酸、タンパク質、その他小分子も含む。例えば、プローブとして蛍光色素を担持させた場合、本発明の試薬は生体内でのリポソームの局在部位を検出する際などに使用することができる。本発明の試薬は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
プローブの含有量は種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。例えば、本発明のpH応答性分子集合体を含む試薬は、siRNAによる特定遺伝子のノックダウンを促すRNA干渉用試薬等に有用である。
【0055】
さらに本発明のpH応答性分子集合体に任意の核酸(DNA、RNAなど)を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は核酸導入剤として使用することができる。核酸の含有量は、目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜100重量%がより好ましく、0.1〜10重量%がさらに好ましい。本発明のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤は、ライソソームによって消化されることなく、細胞内に効率良く目的遺伝子を送達することができるので、例えば遺伝子治療等に有用である。本発明の核酸導入剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
【0056】
また、本発明のpH応答性分子集合体にタンパク質を担持させた場合、本発明のpH応答性分子集合体は酵素補充治療用製剤として使用することができる。タンパク質としては、α-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼなどが挙げられる。本発明の酵素補充治療用製剤は、例えば、特定酵素の発現が全くあるいは十分に行われない患者に対して用いることができる。タンパク質の含有量は、種類または目的に応じて適宜決定することができるが、pH応答性分子集合体の構成成分の全重量に対して0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。本製剤の投与方法は、特に限定されない。本製剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由で投与することができる。製剤の使用量は、有効量の範囲内であれば良く、対象疾患、投与対象、投与方法、症状などによっても異なるが、通常、体重1 kg当たり、1日につき、約0.001〜約1400 mg(脂質重量)である。
【0057】
さらに、本発明のpH応答性分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すpH応答性放出促進剤として用いることもできる。この場合、別の分子集合体は、本発明のpH応答性分子集合体以外の分子集合体であればよく、例えば、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官であってもよい。
例えば、本発明のpH応答性放出促進剤は、目的物質を担持している別の分子集合体と共に生体内に投与することによって、あるいは、目的物質を担持している細胞膜または膜構造を有する細胞小器官に投与することによって、分散水性媒体のpH変化によって別の集合体に作用し、その集合体が担持している物質の放出を促すことができる。
本発明のpH応答性放出促進剤の使用量は、目的物質を担持している別の分子集合体の合計量に対して、0.001〜1000重量%が好ましく、0.01〜200重量%がより好ましく、0.1〜50重量%がさらに好ましい。本発明のpH応答性放出促進剤は、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由さらには疾患部位に対して直接生体内に投与することができる。
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
pH応答性脂質の物理化学的性質
【0060】
(参考例)
両イオン性脂質(1)の合成
【化14】
【0061】
L-グルタミン酸(280 mg、1.9 mmol)、p-トルエンスルホン酸一水和物(430 mg、2.4 mmol)を溶媒ベンゼン40 mLに溶解させ、Dean-Stark装置を用いて105℃で生成水を除去しながら1時間還流した。ヘキサデシルアルコール(1.01 g、4.2 mmol)を加え、105℃で生成水を除去しながらさらに14時間還流させた。溶媒を減圧除去した後、残分をクロロホルム30 mLに溶解させ炭酸ナトリウム飽和水溶液30 mLで2回、水30 mLで2回洗浄した。クロロホルム層を回収し、硫酸ナトリウム3 gで脱水後、溶媒を減圧除去した。残分を60℃でメタノール40 mLに溶解させ不溶成分があれば濾過し、4℃で再結晶、濾過後乾燥して白色粉末Glu2C16(A')(674 mg、収率55%)として得た。
さらにアミノ基をブトキシカルボニル(Boc)基にてカルボキシル基をブチルエステル(OBut)基で保護したグルタミン酸Boc-Glu(OtBu)-OH(200 mg、0.66 mmol)をジクロロメタンに溶解し、トリエチルアミン(80.7 mg、0.79 mmol)とジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)(162 mg、0.79 mg)を溶解し、4℃で1時間撹拌した後、(A')を470 mg(0.79 mmol)混合し12時間撹拌し、メタノールにて再結晶し(B')を得た。次に(B')をトリフルオロ酢酸30 mLに溶解させ脱保護(4℃、2時間撹拌)後、クロロホルム100 mLを加え炭酸ナトリウム飽和水溶液100 mLで2回、水100 mLで1回洗浄した。クロロホルム層を回収し、硫酸ナトリウム3 gで脱水後、溶媒を減圧除去した。残分を60℃でメタノール40 mLに溶解させ不溶成分があれば濾過し、4℃で再結晶、濾過後乾燥して白色粉末(1)(352 mg、収率72%)として得た。
【0062】
[1] 分子集合体のpH測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1)10 mgを純水1 mLで2 時間水和し、高圧押出法にて粒径約250 nmの分子集合体を調製した。その小胞体分散液に0.1N-HClで滴下し分散液のpHを測定した。測定結果を図1に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)は、pH 9以上で親水部のアミノ基が脱プロトン化(-NH3+→ -NH2)しカルボキシイオンだけが残りアニオン性脂質になった。一方、約pH 4.5以下で親水部のカルボキシル基がプロトン化(COO- → COOH)するためカチオン性の分子集合体になった。
【0063】
[2] 分子集合体のζ電位測定
(1) 実験方法
調製した両イオン性脂質分散液(脂質濃度1 mg/mL)のζ電位測定を行った。測定結果を図2に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)単独での分子集合体は、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値となる際に、その集合体のζ電位が変化した。pH応答性リポソームは、親水部の電荷の変化により小胞体表面の電位も同様に変化していることが確認できた。pH 7.4で電位がマイナスであるのは、親水部のγ位グルタミン酸がアミノ基よりも表面に突出しているためと思われる。
【0064】
[3] 分子集合体の粒径測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質分散液のpHによる分子集合体の粒径測定を行った。結果を図3に示す。さらには電子顕微鏡よりその分子集合形態の観察を行った。透過型電子顕微鏡は、脂質分散液を銅メッシュグリッドに滴下(脂質濃度1 mg/mL)し、2分静置後に余分な水滴をろ紙で吸い取り、さらにリンタングステン酸ナトリウム水溶液(pH 7.4)を滴下、2分静置後水滴をろ紙で吸い取り、デシケーター中で12時間乾燥させ観察した。走査型電子顕微鏡は、脂質分散液(脂質濃度1 mg/mL)をニトロセルロースフィルター上に滴下後、凍結乾燥し、スパッタコーティングし観察した。図4に分子集合体の電顕写真を示す。
(2) 結果
調製した両イオン性脂質(1)単独の分子集合体(粒径約250 nm)をpHの異なるリン酸緩衝液に添加すると、pHの低下に伴いその粒子径が増大した。
電子顕微鏡観察により両イオン性脂質(1)単独では、図4 (a)のように二分子膜小胞体構造をとっているがpHの低下に伴い図4 (b)のような凝集体が観察された。両イオン性脂質(1)単独の分子集合体は、pH変化に伴う集合形態変化が観察された。
【実施例2】
【0065】
両イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームの特性
[1] カルセイン内包リポソームの調製
両イオン性脂質(1) (126 mg、0.173 mmol)、Cholesterol (67 mg、0.173 mmol)、PEG-Glu2C18 (6 mg、1μmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン(Mw:622)溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径259±96 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。
両イオン性脂質(1)単独では内水相に低分子化合物を内包することが困難であったが、コレステロール等と混合することで可能となった。但し、高分子量化合物では、両イオン性脂質(1)単独でも内水相に内包させることができる。
【0066】
[2] カルセイン放出挙動および放出率
(1) 実験方法
上記[1]で調製したカルセイン内包リポソームをpHの異なる酢酸バッファーに添加しカルセインの放出を測定した。調製したリポソームをpH 3.5、4.5、5.5、6.5、7.4の酢酸緩衝液に添加し、10分後にそれぞれpH 7.4に戻し蛍光測定を行った。リポソームからカルセインの放出率は以下の式を用いて算出した。リポソームからの測定結果を図5に示す。
【数1】
【0067】
(2) 結果
リポソーム膜成分として両イオン性脂質(1)の他にステロイド類が50 mol%含まれても両イオン性脂質のpH応答性は維持され、低pHにおいて内包物を放出することができた。生理的pH 7.4では内包カルセインのリポソームからの放出はないが、酸性pHではカルセイン放出がドラスチックに起こることが示された。
【0068】
[3] コレステロールを含む小胞体の調製および小胞体のζ電位測定
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1) (126 mg、0.173 mmol)、cholesterol (67 mg、0.173 mmol)、PEG-Glu2C18 (6 mg、1μmol)の混合脂質を酢酸緩衝液(pH7.4)で2時間水和し、その後高圧押出法にて粒径249±87 nmの小胞体を調製した。調製した小胞体(脂質濃度1 mg/mL)の各pHにおけるζ電位を測定した。測定結果を図6に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質単独の電位変化は膜成分にコレステロールを混合した小胞体の形態にしても維持されていた。このことによりこの小胞体は両イオン性脂質のpH応答性を保持したまま内水相に薬物等を内包し、低pHで内包物を放出することが可能な運搬体であることが明らかとなった。
【0069】
[4] カルセイン内包リポソームの調製およびカルセイン放出挙動
両イオン性脂質(1)(178 mg、0.245 mmol)、DPPC(180 mg、0.245 mmol)、Cholesterol(127 mg、0.328 mmol)、PEG-Glu2C18(14 mg、2.4μmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径305±134 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。調製したカルセイン内包リポソームをpHの異なる酢酸バッファーに添加しカルセインの放出を測定した。結果を図7に示す。
DPPCなどのリン脂質を混合しても両イオン性脂質(1)のpH応答性は維持され、pHの低下に伴い分子集合体の粒径が大きくなると共に、リポソームに内包されたカルセインの放出量が増大した。
【実施例3】
【0070】
両イオン性脂質(1)の別の集合体の担持物質放出の促進
(1) 実験方法
DPPC (69 mg、0.094 mmol)、DOPC (74 mg、0.094 mmol)、Cholesterol (36 mg、0.094 mmol)、DPPG (20 mg、0.028 mmol)をt-ブチルアルコールに溶解させ、凍結乾燥し混合脂質を調製した。この混合脂質20 mgを100 mMカルセイン溶液1 mLで2時間水和し、高圧押出法により粒子径426±174 nmのカルセイン内包リポソームを調製した。未内包カルセインはゲルカラム(sephadex G-75)にて除去した。調製したカルセイン内包リポソーム分散液(脂質濃度1 mg/mL)に両イオン性脂質単独の分散液(脂質濃度1 mg/mL)を混合し、各pHにおけるカルセインの放出挙動を測定した。その結果を図8に示す。
【0071】
(2) 結果
両イオン性脂質(1)の分子集合体を混合した系でのみカルセインを内包したリポソームからの内包物の放出が見られた。これは、低pHでは両イオン性脂質(1)からなる分子集合体がカチオン性となるために、カルセイン内包アニオン性リポソームと静電的な相互作用を及ぼし、その際にカルセインがリポソームから放出されたものと考察される。よって両イオン性脂質(1)を含むpH応答性分子集合体は、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促す作用を持つことが認められた。
さらにこのことは、エンドソーム内の低pH環境下でカチオン化したリポソームが、エンドソーム膜に何らかの影響を及ぼし、その際にリポソームの内包物がエンドソーム内から細胞質へ放出されたことを示している。
【実施例4】
【0072】
高分子量内包物(タンパク質)の放出挙動
(1) 実験方法
FITC-rHSA(FITC:rHSA=20:1) 10 g/dL 2 mLにDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の2種類の混合脂質をそれぞれ20 mgを混合し6時間水和後、高圧押出法にてアルブミン(Mw : 64500)内包リポソームを調製した。このリポソームからのFITC-rHSAの放出を測定した。測定結果を図9に示す。
(2) 結果
DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18も、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18も内包させたアルブミンの放出が低pHで促進されることを確認した。但し、放出量は両イオン性脂質の含量が高い後者の方が大きかった。また、後者の方が、低pHでの粒子径の増大が顕著であった。イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームは、低pHで低分子化合物だけではなく高分子量内包物であるアルブミンも放出できることがわかった。
【実施例5】
【0073】
pH応答性リポソームの細胞内動態
[1] カルセイン内包リポソーム
コントロールとしてDPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質それぞれ30 mgに2mL 100 mMカルセイン溶液を混合し水和し、高圧押出法によりカルセイン内包リポソームを調製した。
COS-7(サル腎臓由来細胞)を2×104 cellsガラスディッシュに播種し、24時間後にリポソームを脂質濃度2μg/mL 1mL添加した。2時間インキュベート後、PBSにて洗浄し共焦点顕微鏡にて観察した。観察結果を図10に示す。
両イオン性脂質(1)が主成分であるpH応答性リポソーム添加時にのみ細胞質内にカルセインの拡散が見られた。よって両イオン性脂質(1)を膜成分とすることで内包物を細胞質へ放出できる。
【0074】
[2] アルブミン内包リポソーム
TetramethylrhodamIne-5(and -6)-Isothiocyanate(5(6))-TRITC 2 mgを0.1N-NaOH aqに溶解しpHを7.4に調製した。その水溶液を25 g/dL rHSA 1 mLと混合し6時間撹拌後、ゲルカラム(sephadex G-25)にて未結合ローダミンを除去し、ローダミン標識アルブミンを調製した。DPPC/Cholesterol/DHSG/PEG-DSPE、DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18からなる3種類の混合脂質をそれぞれ30 mgに1 mLの3 g/dLのローダミン標識アルブミンを混合し6時間水和後、高圧押出法にてアルブミン内包リポソームを調製した。調製結果を表1に示す。
【表1】
【0075】
次に、ローダミン標識アルブミン内包リポソームをCOS-7またはCCD-32SKに添加し、細胞内でのリポソーム挙動解析を行った。
COS-7をガラスディッシュに播種し24時間インキュベート(37℃、5%CO2)した。その後血清入り培地で各リポソームを希釈し脂質濃度2μg/mL 1 mL添加し、2時間インキュベートし、PBSにて洗浄後FM-43にてエンドソームを染色し、共焦点顕微鏡にて観察した。CCD-32SKは添加したリポソームの脂質濃度を100μg/mLとした。観察結果を図11に示す。
両イオン性脂質(1)が主成分であるpH応答性リポソーム添加時にのみ細胞質全体にアルブミンの拡散が見られた。さらにFM1-43にて染色したエンドソームとローダミン標識したアルブミンの細胞内での位置が異なることから、アルブミンがエンドソームから脱出し、細胞質へ拡散していることがわかる。よって両イオン性脂質(1)を膜成分とするリポソームは内包物をエンドソーム外へ放出する運搬体として有用であることが示された。
【実施例6】
【0076】
pH応答性脂質の毒性評価
(1) 実験方法
両イオン性脂質(1)の細胞毒性評価を行った。96 wellプレートにCOS-7を1×104 cells/well播種し24時間後に各脂質濃度のリポソームを添加した。リポソーム添加し24時間にMTT assayを行った。測定結果を図12に示す。
(2) 結果
両イオン性脂質(1)を膜成分としたリポソームは、5μgを添加しても細胞毒性は見られなかった。よって両イオン性脂質(1)は低毒性のpH応答性脂質であり、リポソーム膜成分として有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、分子集合体が細胞内に取り込まれた際に効率良く薬物や蛋白質、核酸などを細胞質側に放出させることができるので、各種疾患の予防・治療用の製剤として有用である。また、遺伝子導入剤として用いることにより遺伝子治療のみならず細胞質への導入が必要とされるRNA干渉用試薬など多領域の用途に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】両イオン性脂質(1)の0.1 N-HClによる滴定曲線を示したグラフである。
【図2】両イオン性脂質 (1)分散液のpHによる分子集合体のζ電位測定結果を示したグラフである。
【図3】両イオン性脂質(1)分散液のpHによる分子集合体の粒径測定結果を示したグラフである。
【図4】両イオン性脂質(1)からなる分子集合体の電子顕微鏡写真である。
【図5】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするカルセイン内包リポソームから放出されるカルセインの放出挙動を示したグラフである。
【図6】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするリポソームのζ電位測定結果を示したグラフである。
【図7】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするカルセイン内包リポソームから放出されるカルセインの放出挙動(●)および粒径(○)を示したグラフである。
【図8】両イオン性脂質(1)を含まないカルセイン内包リポソーム(●)および両イオン性脂質を含むカルセイン内包リポソーム(■)から放出されるカルセインの放出挙動を示したグラフである。
【図9】両イオン性脂質(1)およびステロイド類を膜成分とするアルブミン内包リポソームから放出されるFITC-rHSAの放出挙動と粒子径の変化を示したグラフである。Liposome 1(GluGlu2C16/cho/PEG-Glu2C18)は、pH3.5であよそ40%のアルブミン分子を放出できた(図中--●--)。また粒子径が調製時(250 nm程度)よりも増大していた(図中--○--)。一方Liposome2(DPPC/chol/αGluGlu2C16 /PEG-Glu2C18)は、pH3.5でもほとんどアルブミン分子を放出できなかった。このことからGluGlu2C16を含むリポソームは、混合組成またはその混合比によってリポソームからの放出挙動が異なる。
【図10】DPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームとしてDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質を膜成分とするカルセイン内包リポソーム(それぞれLiposome a, b, c)のCOS-7における細胞内動態を観察した共焦点顕微鏡写真である。
【図11】DPPC/chol/PEG-Glu2C18、pH応答性リポソームとしてDPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の3種類の混合脂質を膜成分とするローダミン標識アルブミン内包リポソーム(それぞれLiposome a, b, c)のCOS-7またはCCD-32SKにおける細胞内動態を観察した共焦点顕微鏡写真である。
【図12】Lipofectamine、DPPC/Cholesterol/両イオン性脂質(1)/PEG-Glu2C18、および両イオン性脂質(1)/Cholesterol/PEG-Glu2C18の細胞毒性評価結果を示したグラフである。
【図13】本発明の第1の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。
【図14】本発明の第2の態様のpH応答性分子集合体が、細胞内に取り込まれる際に担持している目的物質を放出する挙動を示した概念図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)
【化1】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体。
【請求項2】
式(I)
【化2】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すものである、pH応答性分子集合体。
【請求項3】
pHの生理的な値が7.0〜8.0であり、酸性の値が6.5以下である、請求項1または2記載のpH応答性分子集合体。
【請求項4】
式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項5】
式(I)中、mが2であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項6】
式(I)中、mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項7】
式(I)中、mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項8】
ステロイド類を式(I)で表される両イオン性脂質に対して20〜200モル%含むものである、請求項1〜7のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項9】
式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%含むものである、請求項1〜8のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項10】
別の分子集合体が、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、請求項2〜9のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項11】
分子集合体が、二分子膜小胞体である、請求項1〜10のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項12】
分子集合体に担持されている物質が、二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているか、二分子膜内に局在するものか、あるいは二分子膜の外側表面に局在するものである、請求項11記載のpH応答性分子集合体。
【請求項13】
式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、請求項1〜12のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項14】
式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、請求項1〜12のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項15】
pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1〜14のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項16】
薬物を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む薬剤。
【請求項17】
プローブを担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む試薬。
【請求項18】
核酸を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤。
【請求項19】
タンパク質を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む酵素補充治療用タンパク質製剤。
【請求項20】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むことを特徴とするpH応答性分子集合体組成物。
【請求項21】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と別の分子集合体とを含むpH応答性分子集合体組成物であって、前記別の分子集合体は目的物質を担持していてもよく、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に担持されており、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものである、pH応答性分子集合体組成物。
【請求項22】
pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項20または21記載のpH応答性分子集合体組成物。
【請求項23】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含み、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すものであるpH応答性放出促進剤。
【請求項24】
別の分子集合体が細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、請求項23記載のpH応答性放出促進剤。
【請求項25】
式(II)
【化3】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]
で表される両イオン性脂質。
【請求項1】
式(I)
【化1】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含み、目的物質を担持している分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に前記物質を放出するものである、pH応答性分子集合体。
【請求項2】
式(I)
【化2】
[式中、m、nはそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Raは一つがNH3+であり、その他のRaは全て水素原子であり、RbおよびRcはそれぞれ独立して炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である]
で表される両イオン性脂質を含む分子集合体であって、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている目的物質の放出を促すものである、pH応答性分子集合体。
【請求項3】
pHの生理的な値が7.0〜8.0であり、酸性の値が6.5以下である、請求項1または2記載のpH応答性分子集合体。
【請求項4】
式(I)中、mが3であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項5】
式(I)中、mが2であり、nが3であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項6】
式(I)中、mが3であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて4番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項7】
式(I)中、mが2であり、nが2であり、末端カルボキシル炭素から数えて3番目の炭素のRaがNH3+であり、その他のRaがHである、請求項1〜3のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項8】
ステロイド類を式(I)で表される両イオン性脂質に対して20〜200モル%含むものである、請求項1〜7のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項9】
式(I)で表される両イオン性脂質以外の両イオン性脂質、カチオン性脂質、およびアニオン性脂質からなる群から選ばれる少なくとも1種を、式(I)で表される両イオン性脂質に対して合計で10〜300モル%含むものである、請求項1〜8のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項10】
別の分子集合体が、細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、請求項2〜9のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項11】
分子集合体が、二分子膜小胞体である、請求項1〜10のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項12】
分子集合体に担持されている物質が、二分子膜小胞体の内水相に溶解または分散しているか、二分子膜内に局在するものか、あるいは二分子膜の外側表面に局在するものである、請求項11記載のpH応答性分子集合体。
【請求項13】
式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記集合体が担持している物質をエンドソーム内に放出し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、請求項1〜12のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項14】
式(I)で表される両イオン性脂質を含む分子集合体が目的物質を担持している別の分子集合体と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれた際に、エンドソーム内の酸性pHによって前記別の分子集合体が担持している物質のエンドソーム内への放出を促し、さらにエンドソーム内に放出された物質の細胞質への放出を促すものである、請求項1〜12のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項15】
pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1〜14のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体。
【請求項16】
薬物を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む薬剤。
【請求項17】
プローブを担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む試薬。
【請求項18】
核酸を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む核酸導入剤。
【請求項19】
タンパク質を担持した請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含む酵素補充治療用タンパク質製剤。
【請求項20】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と、目的物質を担持している別の分子集合体とを含むことを特徴とするpH応答性分子集合体組成物。
【請求項21】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体と別の分子集合体とを含むpH応答性分子集合体組成物であって、前記別の分子集合体は目的物質を担持していてもよく、pH応答性分子集合体は別の分子集合体に担持されており、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、pH応答性分子集合体または別の集合体に担持されている物質を放出するものである、pH応答性分子集合体組成物。
【請求項22】
pH応答性分子集合体または別の分子集合体が担持している物質が、薬物、プローブ、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項20または21記載のpH応答性分子集合体組成物。
【請求項23】
請求項1〜15のいずれか1項記載のpH応答性分子集合体を含み、分散水性媒体のpHが生理的な値から酸性の値になる際に、別の分子集合体に担持されている物質の放出を促すものであるpH応答性放出促進剤。
【請求項24】
別の分子集合体が細胞膜または膜構造を有する細胞小器官である、請求項23記載のpH応答性放出促進剤。
【請求項25】
式(II)
【化3】
[式中、m'、n'はそれぞれ独立して1〜4の整数であり、Ra'は一つがNH3+であり、その他のRa'は全て水素原子であり、Rb'およびRc'はそれぞれ炭素数8〜22の鎖状炭化水素基である(但しRb'とRc'とは異なる鎖状炭化水素基である)]
で表される両イオン性脂質。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−210953(P2007−210953A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−33097(P2006−33097)
【出願日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【出願人】(503185437)株式会社 オキシジェニクス (6)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【出願人】(503185437)株式会社 オキシジェニクス (6)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】
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