説明

アラセプリルの製造方法

【課題】安価なL−フェニルアラニンを使用し、混合酸無水物法で品質の向上したアラセプリルを工業的に製造する方法を提供する。
【解決手段】1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンとクロルギ酸エステルとを反応させて下記式


で表される混合酸無水物を生成し、これに酸を加えてpHを4以下とする工程と、混合酸無水物とL−フェニルアラニンとを反応させる工程とを含む、アラセプリルの製造方法。ここにおいて、酸は塩化水素であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アラセプリルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記式で表わされるアラセプリルは、強力なアンジオテンシン変換酵素阻害作用を示し、優れた高血圧症治療剤として臨床で広く用いられている。
【0003】
【化1】

【0004】
このアラセプリルの製造方法として、たとえば特開昭55−9058号公報(特許文献1)には、L−フェニルアラニン tert−ブチルエステルを用いる方法が提案されている。しかしながら、この特許文献1で提案された方法では、L−フェニルアラニン tert−ブチルエステルが高価であることに加え、製造工程が煩雑であるという問題がある。
【0005】
また特開平11−199562号公報(特許文献2)には、アラセプリルの製造方法として、安価なL−フェニルアラニンを用いる混合酸無水物法が提案されている。しかしながらこの特許文献2で提案された混合酸無水物法は、不均化反応を起こしやすく、工業的実施において、反応温度、試薬の添加時間などにより不純物が多くなる場合が多い。
【0006】
反応生成物であるアラセプリルは、最終医薬品であるため、反応生成物の段階で高い純度とすることが望まれている。
【特許文献1】特開昭55−9058号公報
【特許文献2】特開平11−199562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、安価なL−フェニルアラニンを使用し、混合酸無水物法で品質の向上したアラセプリルを工業的に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のアラセプリルの製造方法は、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンとクロルギ酸エステルとを反応させて下記式
【0009】
【化2】

【0010】
(上記式中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基である。)で表わされる混合酸無水物を生成し、これに酸を加えてpHを4以下とする工程と、混合酸無水物とL−フェニルアラニンとを反応させる工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
本発明のアラセプリルの製造方法において、酸は塩化水素であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、安価なL−フェニルアラニンを使用し、混合酸無水物法で品質の向上したアラセプリルを工業的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下は、本発明のアラセプリルの製造方法の反応スキームである。
【0014】
【化3】

【0015】
本発明のアラセプリルの製造方法は、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン(上記反応スキーム中の式(1)の化合物)とクロルギ酸エステルとを反応させて混合酸無水物(上記反応スキーム中の式(2)の化合物)で表わされる混合酸無水物を生成し、これに酸を加えてpHを4以下とする工程(以下、「混合酸無水物生成工程」と呼称する。)と、混合酸無水物とL−フェニルアラニンとを反応させる工程(以下、「アラセプリル生成工程」と呼称する。)とを含むことを特徴とする。このような本発明のアラセプリルの製造方法によれば、安価なL−フェニルアラニンを使用し、混合酸無水物法で品質の向上したアラセプリルを工業的に製造することができる。以下、本発明のアラセプリルの製造方法における各工程について詳述する。
【0016】
〔1〕混合酸無水物の生成工程
当該工程では、まず、溶媒中で、アミンの存在下、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンとクロルギ酸エステルとを反応させて混合酸無水物を生成する。
【0017】
当該工程に用いられる1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンは、たとえば、特許第3135769号記載の方法に従って、D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパン酸とL−プロリンより製造することができる。
【0018】
また上記反応スキーム中、式ClCO2Rで表わされるクロルギ酸エステルにおいて、Rは炭素数1〜4のアルキル基である。クロルギ酸エステルの具体例としては、クロルギ酸メチル、クロルギ酸エチル、クロルギ酸イソブチルなどが挙げられる。
【0019】
クロルギ酸エステルの使用量としては、特に制限されるものではないが、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して、通常0.9〜1.05倍モル量、好ましくは0.95〜0.98倍モル量である。クロルギ酸エステルの使用量が1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して0.9倍モル量未満である場合には、混合酸無水物生成工程において反応率が低下する傾向にあり、また、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して1.05倍モル量を超える場合には、アラセプリル生成工程においてアラセプリルおよびL−フェニルアラニンと反応し、不純物が増加する傾向にあるためである。
【0020】
当該工程に用いられる溶媒としては、混合酸無水物法に用いられる溶媒であれば特に制限されるものではないが、通常、酢酸エチルなどのエステル類、テトラヒドロフランなどのエーテル類、ジクロルメタンなどのハロゲン化炭化水素類、トルエンなどの炭化水素類、またはこれらの混合溶媒が挙げられる。中でも、反応率が良好であることから、テトラヒドロフランが当該工程に用いる溶媒として特に好ましい。
【0021】
溶媒の使用量としては、特に制限されるものではないが、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1重量部に対して、通常5〜10倍容量部、好ましくは7〜8倍容量部である。溶媒の使用量が1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1重量部に対して5倍容量部未満である場合には、L−フェニルアラニンの溶解性が悪く、反応率が低下してしまう傾向にあり、また、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1重量部に対して10倍容量部を超えて使用しても、工業的には有効性がないためである。
【0022】
当該工程に用いるアミンとしては、たとえばトリエチルアミン、トリブチルアミン、N−メチルモルホリンなどが挙げられる。中でも、反応溶媒(たとえばテトラヒドロフラン)に対するアミンの塩酸塩の溶解度が大きいことから、トリブチルアミンが好ましい。
【0023】
アミンの使用量についても特に制限されるものではないが、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して、通常1.0〜1.05倍モル量、好ましくは1.01〜1.03倍モル量である。アミンの使用量が1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して1.0倍モル量未満である場合には、アラセプリル生成工程において、反応率が低下する傾向にあるためである。
【0024】
当該反応の際の温度は、特に制限されるものではないが、通常、−15〜15℃、好ましくは0〜10℃である。また、当該反応の時間は、試薬の使用量、反応温度にもよるが、通常0.1〜2時間である。
【0025】
当該反応により、下記式で表わされる混合酸無水物(上記反応スキーム中では、式(2)で表わされる化合物)が生成される。ここで、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンは、塩基に不安定でラセミ化しやすく、酸化合物と塩基との接触は好ましくない。このため、クロルギ酸エステルの存在下、塩基を滴下して混合酸無水物を生成するようにすることが好ましい。
【0026】
【化4】

【0027】
混合酸無水物を表わす上記式中のRは、クロル酸ギ酸エステルを表わす式ClCO2R中のRと同じであり、上述したように炭素数1〜4のアルキル基を意味する。
【0028】
本発明のアラセプリルの製造方法は、当該工程において、上記混合酸無水物の生成後に、酸を加えて系内のpHを4以下とすることをその大きな特徴とする。ここで、混合酸無水物の生成後、酸を加えても系内のpHが4を超える場合には、不純物が増加するという不具合がある。上述した系内のpHは小さければ小さいほどよく、好ましくは系内のpHは2以下であり、特に好ましくは系内のpHは0である。
【0029】
上記酸としては、特に制限されないが、たとえば塩化水素、硫酸などが例示され、中でも、塩化水素が好ましい。
【0030】
上記酸は、通常、溶媒に溶解させて溶液を調製し、添加する。溶媒としては、たとえばTHF、ジクロルメタンなどが好適に用いられる。酸溶液の濃度としては、特に制限されないが、通常5〜20%であり、好ましくは10〜20%である。
【0031】
系内のpHを4以下とするために添加する酸溶液の量は、通常、1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン1モル量に対して0.05〜0.2当量である。なお、混合酸無水物は不安定であり、pH調整に時間がかかると混合酸無水物が分解してしまう虞があるため、酸溶液の添加は、pH調整のために滴下するのではなく、必要量の酸溶液を投入した上でpHを測定するというpH調整に極力時間をかけない操作によることが好ましい。pHの測定は、pHメータ、pH試験紙のいずれを用いてもよい。
【0032】
〔2〕アラセプリル生成工程
続くアラセプリル生成工程では、上述した混合酸無水物生成工程で生成した混合酸無水物と、L−フェニルアラニンとを反応させて、アラセプリルを生成する。当該反応は、上述したように酸溶液を添加後の混合酸無水物にL−フェニルアラニンを添加することで行なう。
【0033】
L−フェニルアラニンは、塩基を加えて溶解することなく、固体のまま混合酸無水物の溶液に添加するようにしてもよいし、溶媒に溶解または分散させて混合酸無水物の溶液に添加するようにしてもよい。
【0034】
当該反応を行なうための溶媒としては、上述した混合酸無水物の溶媒をそのまま用いてもよいし、また水を用いてもよい。
【0035】
当該反応の際の温度は、特に制限されるものではないが、通常5〜35℃、好ましくは25〜30℃である。なお、反応の終点は、HPLCにより測定することができる。
【0036】
当該反応の後、通常、汎用される分離、精製手段を用いた後処理を行なって、アラセプリルを得る。アラセプリルの結晶化は、アセトン、エタノールなどの溶媒、またはこれらの溶媒とヘプタン、ヘキサンなどから選ばれる溶媒との混合溶媒から結晶化させることができる。また、脱色炭などを用いて、得られたアラセプリルを精製するようにしてもよい。
【0037】
以下に実施例および比較例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0038】
<実施例1>
特許第3135769号に記載された方法で製造した1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン10g(38.56mmol)をテトラヒドロフラン75mLに溶解し、0〜5℃に冷却した。クロルギ酸エチル4.2g(38.7mmol)を加えた後にトリブチルアミン7.15g(38.56mmol)を滴下し、0〜10℃で30分間攪拌した。15%塩化水素テトラヒドロフラン溶液0.8g(3.28mmol)を混合酸無水物の溶液に加えた。pHは4であった。L−フェニルアラニン7.65g(46.27mmol)を添加し、室温で一夜攪拌した。
【0039】
減圧下、溶媒を留去し、残渣にジクロルメタン25mL、水25mLおよび35%塩酸3.5mLを加えて洗浄した。有機層を水25mLで2回洗浄し、有機層を減圧濃縮した。アセトン15mLとヘプタン12.5mLを加えて室温で一夜攪拌し、ろ過、アセトンで洗浄した。乾燥し、10.16gの粗製アラセプリルの結晶を得た(収率:64.8%)。得られた粗製アラセプリルの結晶について、以下の条件で高速液体クロマトグラフィ(HPLC)による分析を行なった。
【0040】
(HPLC分析条件)
・カラム:CAPCELPAC (ODS)SG120A(SHISEIDO製)(直径4.6mm×高さ25cm) 5μ
・移動相:リン酸緩衝液(0.01M KH2PO4+0.005M ヘキサンスルホン酸ナトリウム pH=3(H3PO4))/CH3CN=70/30
・流速:1.0mL/分
・検出器:UV(210nm)
・保持時間:アラセプリル 約12分
不純物1 約33分
不純物2 約41分
分析の結果、粗製アラセプリル中の不純物1、2の総量は0.4%であった。脱色炭100mgを用いて、9.5倍容量のアセトンより再結晶し、精製アラセプリル9.3gを得た(収率:91.6%)。同様に分析を行なったところ、不純物の総量は0.1%であった。
【0041】
<実施例2>
1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン44.77kg(172.6mol)をテトラヒドロフラン298.4kgに溶解し、0℃に冷却した。クロルギ酸エチル18.8kg(173.2mol)を0〜1℃で加えた後に、トリブチルアミン32.6kg(175.9mol)を0〜7℃で滴下して、3〜4℃で1時間攪拌した。15%塩化水素/テトラヒドロフラン溶液3.59kg(14.8mol)を4〜6℃で混合酸無水物の溶液に加えた。pHは4であった。L−フェニルアラニン34.2kg(207mol)を6℃で添加した。20〜26℃で17.5時間攪拌した。17〜32℃の温度で減圧下(8.7〜14.7kPa)、テトラヒドロフランを留去し、水67kgを加え、23〜33℃、10〜5kPaでさらに残りのテトラヒドロフランを留去した。ジクロルメタン178.4kgを加え、攪拌しつつ35%塩酸18.4kgを水67kgに溶解した塩酸溶液を加えて洗浄した。有機層を分液し、水134Lで2回有機層を洗浄した。有機層を減圧下(25〜7kPa)、16〜35℃で濃縮した。
【0042】
アセトン35.3kgおよびn−ヘプタン19kgを加え、約25℃で17時間攪拌した。結晶をろ過、アセトン35.3kgで結晶を洗浄し、減圧下乾燥して粗製アラセプリル41.27kgを得た(収率:59%)。実施例1と同様にして粗製アラセプリルについて分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.2%であった。9.3倍容量のアセトンから再結晶してアラセプリル32.14kgを得た。同様に分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.1%であった。
【0043】
<実施例3>
1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリン20g(77.2mmol)をテトラヒドロフラン133.15gに溶解し、0.5℃に冷却した。0〜1℃でクロルギ酸エチル7.95g(73.26mmol)を加え、次いでトリブチルアミン14.58g(78.66mmol)を滴下し、0〜1℃で1時間攪拌した。15%塩化水素テトラヒドロフラン溶液2.77g(11.43mmol)を混合酸無水物の溶液に加えた。pHは0.38であった。L−フェニルアラニン15.29g(92.56mmol)を添加し、21〜27℃で18時間22分攪拌した。水30gを加え、バス温34.6〜34.9℃で減圧下(18.5〜4.5kPa)テトラヒドロフランを留去した。濃縮残にジクロルメタン79.51g、水30mLおよび35%塩酸8.26gを加えて洗浄した。有機層を水60mLで2回洗浄し、有機層をバス温32.8〜33.4℃、減圧度34〜5.8kPaで濃縮した。
【0044】
アセトン15.82gとヘプタン8.54Lを加えて約23℃で一夜攪拌し、ろ過、アセトン15.82gで洗浄した。乾燥し、18.31gの粗製アラセプリルの結晶を得た(収率:58.41%)。実施例1と同様にして粗製アラセプリルについて分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.3%であった。脱色炭92mgを用いて、アセトン171.4mLより再結晶し、精製アラセプリル15.2gを得た(収率:48.4%)。同様に分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.06%であった。
【0045】
<比較例>
塩化水素のテトラヒドロフラン溶液を使用しない以外は、実施例1と同様に反応させた。混合酸無水物溶液のpHは6であった。同様に処理し、粗製アラセプリル9.2gを得た(収率:59%)。実施例1と同様にして粗製アラセプリルについて分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.8%であった。実施例1と同様に精製し、アラセプリル8.6gを得、同様に分析を行なったところ、不純物1、2の総量は0.4%であった。
【0046】
今回開示された実施の形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1−(D−3−アセチルチオ−2−メチルプロパノイル)−L−プロリンとクロルギ酸エステルとを反応させて下記式
【化1】

(上記式中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基である。)
で表される混合酸無水物を生成し、これに酸を加えてpHを4以下とする工程と、
混合酸無水物とL−フェニルアラニンとを反応させる工程とを含む、アラセプリルの製造方法。
【請求項2】
酸が塩化水素である、請求項1に記載のアラセプリルの製造方法。