説明

きのこの揮発性抗菌物質を用いた防菌・除菌技術

【課題】安全面、健康面および環境面からも優れた植物の病害防除方法を提供する。
【解決手段】きのこの菌糸体、子実体、またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を植物に適用する植物病原菌の防除方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、きのこの揮発性抗菌物質を用いた防菌・除菌技術に関する。
【背景技術】
【0002】
現在使用されている殺菌剤の多くは、安全性の面から選択性の高い殺菌剤が主流で抗菌スペクトラムが狭く、殺菌剤に対する耐性菌の出現などの問題も生じている。微生物が生産する抗菌物質は、すでに抗生物質として農薬や医薬等に利用されているが、そのほとんどは非揮発性の物質である。しかし、非揮発性の抗菌物質は、作物や環境に残留し、環境汚染を引き起こす可能性があり、安全性の面から問題が多い。一方、揮発性の抗菌物質は、通気の少ない施設栽培など使用条件は限定されるものの効果が隅々まで行き渡り、通気によって揮発性抗菌物質が容易に拡散、消失することから、安全面、健康面および環境面からも優れた特徴を持つと考えられる。特に、きのこ類、中でも食用きのこの揮発性物質は安全性が高いといえる。
【0003】
きのこ類が生産する揮発性物質については、これまで医学・薬学の分野で研究が行われており、ヒトの健康増進などに関与する幾つかの生理活性物質が報告されている。しかし、抗菌作用に着目した研究としては、菌類が生産する揮発性抗菌物質による病害防除の例として、コムギ葉上から得た拮抗菌類Irpex lacteusによるうどんこ病防除などが報告されているのみである(非特許文献1)。現在に至るまで、食用きのこを含め、広範なきのこ類により生産される揮発性抗菌物質生産を利用した病害防除の報告は皆無である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】小板橋:植物防疫,60:171-174, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
きのこ類、特に食用きのこから生産される揮発性抗菌物質を植物の病害防除に利用することが本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を行った結果、ある種のきのこから発せられる揮発性物質が植物病原菌の防除に有用であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する:
(1)Piptoporus属のきのこ、Mycoleptodonoides属のきのこ、Climacodon属のきのこ、Gloiothele属のきのこ、Lopharia属のきのこ、Microporus属のきのこ、Scytinostroma属のきのこ、Neolentinus属のきのこ、Hebeloma属のきのこ、Ischnoderma属のきのこ、Laetiporus属のきのこ、Daedaleopsis属のきのこ、Steccherinum属のきのこ、Trametes属のきのこ、Boidinia属のきのこ、Cymatoderma属のきのこ、Scopuloides属のきのこ、Ceriporia属のきのこおよびPleurotus属のきのこからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体、またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を植物に適用することを特徴とする、植物病原菌の防除方法;
(2)きのこが食用きのこである(1)記載の方法;
(3)シロカイメンタケ(Piptoporus soloniensis)、ブナハリタケ(Mycoleptodonoides aitchisonii)、エゾハリタケ(Climacodon septentrionalis)、キヌシブカワタケ(Gloiothele citrina)、オリーブウロコダケ(Lopharia spadicea)、ウチワタケ(Microporus affinis)、チチイロコウヤクタケ(Scytinostroma galactinum)、ヤケイロコウヤクタケ(Scytinostroma portentosum)、マツオウジ(Neolentinus lepideus)、ナガエノスギタケ(Hebeloma radicosum)、ヤニタケ(Ischnoderma resinosum)、ヒラフスベ(Laetiporus versisporus)、エゴノキタケ(Daedaleopsis styracina)、ニセニクハリタケ(Steccherinum murashinskyi)、チチイロアミタケ(Trametes lactinea)、ヒダウロコタケ(Cymatoderma lamellatum)、ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、エリンギ(Pleurotus eryngii)、Trametes scabrosa、Boidinia lacticolor、Scopuloides hydnoidesおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を用いる、(1)記載の方法。;
(4)きのこがブナハリタケまたはウスヒラタケである(3)記載の方法;
(5)ウチワタケ、チチイロコウヤクタケ、チチイロアミタケおよびヒダウロコタケからなる群より選択される1種または2種のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の菌糸生育を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(6)オリーブウロコタケ、ヤニタケ、ヒラフスベおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原細菌の増殖を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(7)ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、チチイロコウヤクタケ、マツオウジ、ヤケイロコウヤクタケおよびヤニタケからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子の発芽を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(8)きのこがブナハリタケである(7)記載の方法;
(9)ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、ヤケイロコウヤクタケ、ヤニタケ、ニセニクハリタケ、チチイロアミタケおよびScopuloides hydnoidesからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(10)きのこがブナハリタケである(9)記載の方法;
(11)ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子発芽あるいは感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(12)きのこがウスヒラタケである(11)記載の方法;
(13)ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの廃菌床から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子発芽あるいは感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、(3)記載の方法;
(14)きのこがウスヒラタケである(13)記載の方法;
(15)きのこの菌糸体または子実体または廃菌床と植物とが閉鎖系に置かれる(1)〜(14)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、広範囲の植物病原菌に有効で、安全性が高く、環境汚染の少ない植物病原菌防除方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、きのこ菌糸体からの揮発性抗菌物質生産の検定法の概要を説明する図である。
【図2】図2は、きのこ菌糸体からの揮発性抗菌物質生産の検定法のスキームを説明する図である。
【図3】図3は、きのこ子実体および廃菌床からの揮発性抗菌物質生産の検定法のスキームを説明する図である。
【図4】図4は、各種きのこ類の菌糸体の植物病原菌類および細菌に対する抗菌活性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、1の態様において、Piptoporus属のきのこ、Mycoleptodonoides属のきのこ、Climacodon属のきのこ、Gloiothele属のきのこ、Lopharia属のきのこ、Microporus属のきのこ、Scytinostroma属のきのこ、Neolentinus属のきのこ、Hebeloma属のきのこ、Ischnoderma属のきのこ、Laetiporus属のきのこ、Daedaleopsis属のきのこ、Steccherinum属のきのこ、Trametes属のきのこ、Boidinia属のきのこ、Cymatoderma属のきのこ、Scopuloides属のきのこ、Ceriporia属のきのこおよびPleurotus属からなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体、またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を植物に適用することを特徴とする、植物病原菌の防除方法を提供する。
【0011】
本発明の植物病原菌の防除方法に使用しうるきのこは、植物病原菌の防除を達成しうる揮発性物質を生産するものであれば、いずれのきのこであってもよい。なお、本明細書において「きのこ」あるいは「きのこ類」は、真菌類に属し、子実体を形成して子実体に胞子を生じさせるものをいう。きのこの大部分は担子菌門または子のう菌門に属している。
【0012】
上で述べたように、生産される揮発性物質の安全性の面から、食用きのこの菌糸体、子実体、または廃菌床を用いることが好ましい。好ましい食用きのこの例としては、アイタケ、アミガサタケ、アミタケ、アラゲキクラゲ、アラゲコベニチャワンタケ、アワタケ、アワビタケ、アンズタケ、イモタケ、ウラベニホテイシメジ、エノキタケ、エリンギ、オウギタケ、オニフスベ、カラカサタケ、カンゾウタケ、キクラゲ、キシメジ、キツネタケ、キヌガサタケ、クギタケ、コノミタケ、サケツバタケ、シイタケ、シバフタケ、ショウゲンジ、ショウロ、シロオオハラタケ、シロカノシタ、シロキクラゲ、スギヒラタケ、スッポンタケ、セイヨウショウロ、セイヨウタマゴタケ、タマキクラゲ、タマゴタケ、タモギタケ、チチタケ、チャホウキタケモドキ、冬虫夏草、ツクリタケ、ナメコ、ナラタケ、ヌメリイグチ、ノボリリュウ、ハエトリシメジ、バカマツタケ、ハタケシメジ、ハナイグチ、ハラタケ、ハルシメジ、ヒラタケ、フクロタケ、ブナシメジ、ブナハリタケ、ベニナギナタタケ、ホンシメジ、マイタケ、マツタケ、ムキタケ、ムラサキシメジ、ヤマドリタケ、ヤマドリタケモドキ、ヤマブシタケ、ユキワリなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0013】
本発明の1の好ましい態様において、Piptoporus属のきのこ、Mycoleptodonoides属のきのこ、Climacodon属のきのこ、Gloiothele属のきのこ、Lopharia属のきのこ、Microporus属のきのこ、Scytinostroma属のきのこ、Neolentinus属のきのこ、Hebeloma属のきのこ、Ischnoderma属のきのこ、Laetiporus属のきのこ、Daedaleopsis属のきのこ、Steccherinum属のきのこ、Trametes属のきのこ、Boidinia属のきのこ、Cymatoderma属のきのこ、Scopuloides属のきのこ、Ceriporia属のきのこおよびPleurotus属からなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体、または廃菌床を用いる。より好ましくは、シロカイメンタケ(Piptoporus soloniensis)、ブナハリタケ(Mycoleptodonoides aitchisonii)、エゾハリタケ(Climacodon septentrionalis)、キヌシブカワタケ(Gloiothele citrina)、オリーブウロコダケ(Lopharia spadicea)、ウチワタケ(Microporus affinis)、チチイロコウヤクタケ(Scytinostroma galactinum)、ヤケイロコウヤクタケ(Scytinostroma portentosum)、マツオウジ(Neolentinus lepideus)、ナガエノスギタケ(Hebeloma radicosum)、ヤニタケ(Ischnoderma resinosum)、ヒラフスベ(Laetiporus versisporus)、エゴノキタケ(Daedaleopsis styracina)、ニセニクハリタケ(Steccherinum murashinskyi)、チチイロアミタケ(Trametes lactinea)、ヒダウロコタケ(Cymatoderma lamellatum)、ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、エリンギ(Pleurotus eryngii)、Trametes scabrosa、Boidinia lacticolor、Scopuloides hydnoidesおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体、または廃菌床から発せられる揮発性物質を用いる。さらに好ましくは、ブナハリタケまたはウスヒラタケの菌糸体、子実体または廃菌床から発せられる揮発性物質を用いる。上記の好ましいきのこ類は例示であり、これらに限定されるものではない。
【0014】
本発明の方法により防除されうる植物病原菌はいずれのものであってもよく、菌類、細菌を問わず、特に限定されないが、植物病原菌類としては、ナシ黒斑病菌(Alternaria alternata Japanese pear pathotype)、キャベツ黒斑病菌(Alternaria brassicae)、キャベツ黒すす病菌(Alternaria brassicicola)キュウリ炭疽病菌(Colletotrichum lagenarium)、トマト褐色輪紋病菌(Corynespora cassiicola)、キュウリ灰色疫病菌(Phytophthora capsici)、カンキツ褐色腐敗病菌(Phytophthora palmivora)、植物病原細菌としてはイネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)、イネ内穎褐変病菌(Pantoea ananatis)、イネもみ枯細菌病菌(Burkholderia glumae)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
本明細書において「揮発性物質」あるいは「揮発性抗菌物質」は、常温常圧で揮発性を有し、大気中で気体状となる物質をいう。本発明は、揮発性抗菌物質というこれまでの殺菌剤とは異なった新しい視点からの病害防除技術の可能性を検討したことにおいて意義が大きいものである。上述のごとく、揮発性の抗菌物質は、通気の少ない施設栽培、例えば、室内や温室など使用条件は限定されるものの効果が隅々まで行き渡り、通気によって揮発性抗菌物質が容易に拡散、消失し、残留しないことから、安全面、健康面および環境面からも優れた特徴を持つと考えられる。特に、食用きのこの揮発性物質は安全性が高いといえる。
【0016】
本発明の方法においては、きのこの菌糸体または子実体、あるいはきのこを菌床栽培して収穫した後に得られる廃菌床から発せられる揮発性物質を植物に適用して植物病原菌の防除を行う。とりわけ、食用きのこの廃菌床は大量に廃棄されており、これを再利用することは環境にも優しい技術といえる。揮発性物質は植物病原菌の防除効果を有するものであればよい。植物病原菌の「防除」は、例えば、植物病原菌の増殖、菌糸生育、胞子の形成または発芽、感染などを阻害、抑制または停止させて、植物病原菌による植物への害を防止、抑制、排除、あるいは植物病原菌に感染した植物を治癒することを含む。
【0017】
本発明の1の好ましい態様において、ウチワタケ、チチイロコウヤクタケ、チチイロアミタケおよびヒダウロコタケからなる群より選択される1種または2種のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の菌糸生育を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。
【0018】
本発明の1の好ましい態様において、オリーブウロコタケ、ヤニタケ、ヒラフスベおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原細菌の増殖を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。
【0019】
本発明の1の好ましい態様において、ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、チチイロコウヤクタケ、マツオウジ、ヤケイロコウヤクタケおよびヤニタケからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子の発芽を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。この好ましい態様において、きのこがブナハリタケであることが、より好ましい。
【0020】
本発明の1の好ましい態様において、ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、ヤケイロコウヤクタケ、ヤニタケ、ニセニクハリタケ、チチイロアミタケおよびScopuloides hydnoidesからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。この好ましい態様において、きのこがブナハリタケであることが、より好ましい。
【0021】
本発明の1の好ましい態様において、ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体、から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。この好ましい態様において、ウスヒラタケの廃菌床を用いることが、より好ましい。
【0022】
本発明の1の好ましい態様において、ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの廃菌床から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行うことができる。この好ましい態様において、ウスヒラタケの廃菌床を用いることが、より好ましい。
【0023】
上述の本発明の好ましい態様は例示であり、これらの態様に限定されない。また、本発明の好ましい態様を2つ以上組み合わせてもよい。
【0024】
本発明における、揮発性物質の植物への適用は、きのこの菌糸体または子実体、あるいはその廃菌床から発せられる揮発性物質が、植物病原菌と接触するような態様であればよい。きのこの菌糸体または子実体、あるいはその廃菌床を植物の近傍に配置することが好ましい。例えば、きのこの菌糸体または子実体、あるいはその廃菌床を、植物が生えている土壌に置く、あるいは植物の周囲に置く、吊すなどにより、揮発性物質を植物病原菌に適用することができる。きのこの菌糸体、子実体、または廃菌床を細かくほぐす、あるいは切断して、植物近傍に適用してもよい。きのこの菌糸体または子実体、あるいはその廃菌床を適当な容器に入れて保持してもよい。これらの適用の態様は例示であり、限定的なものではない。
【0025】
揮発性抗菌物質は、効果が隅々まで行き渡り、通気によって揮発性抗菌物質が容易に拡散、消失することから、安全面、健康面および環境面からも優れた特徴を持つ。揮発性抗菌物質のこのような特性を考えると、きのこの菌糸体または子実体、あるいはその廃菌床と植物を閉鎖系に置いて、植物病原菌の防除を行うことが好ましい。閉鎖系の使用により、植物周囲の揮発性抗菌物質の濃度を高く保つことができ、閉鎖系を一部あるいは全部解除できるようにしておけば、植物周囲の揮発性抗菌物質の濃度をコントロールすることも容易である。閉鎖系の例としては、フード、テント、ハウス、温室、植物工場、農作物収穫後の貯蔵倉庫(貯蔵病害の防除)、農作物出荷時のコンテナー(市場病害の防除)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
また、本発明は、一般家屋、病院、公共施設などの閉鎖室内の防菌・除菌にも使用することができる。
【0027】
本明細書において上で定義した以外の用語は、当該分野において通常に認識されている意味に解され、例えば、農業、農薬、菌学、生化学などの分野の教科書、辞書、論文等に使用されている意味に解される。
【0028】
後で説明する実施例における主な実験材料および実験方法について説明する。本発明の実施における材料および方法は、ここで説明するものに限定されるものではない。
【0029】
1.供試きのこ類
本研究では、鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センターに保存されている多数の木材腐朽性きのこ類の中から芳香臭のある菌株を選抜して使用した(表1)。使用に際しては、ジャガイモ煎汁寒天培地(PDA培地)で保存された菌株の菌糸片を、PDAを入れたシャーレ(9cm)に植え付け、25℃暗下で1週間静置培養した。また、食用きのことして、菌床栽培されたヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、エリンギ(Pleurotus eryngii)およびヤマブシタケ(Hericium erinaceum)のきのこ(子実体)および廃菌床を使用した。
【表1】

【0030】
2.供試病原菌および植物
揮発性抗菌物質の検定には、表2に示す各種植物病原菌類および細菌を使用した。使用に際しては、PDA培地で保存された病原菌類の菌糸片および細菌のコロニーを、PDAの入ったシャーレ(9cm)に植え付け、25℃暗下で菌類は1週間、細菌は3日間静置培養した。また、病原菌類の場合(Phytophthora属菌は除く)は、胞子を得るために保存菌株の菌糸片をV8ジュース寒天培地(V8培地)(キャベツ黒斑病菌ではローズベンガル添加)の入ったシャーレ(9cm)に植え付け、20℃で約1ヶ月間BLBランプ照射下に静置して培地上に胞子を形成させた。なお、キュウリ炭疽病菌はPDY培地(酵母エキス添加PDA)の入ったシャーレ(9cm)に植え付け、25℃暗下に約2週間静置し培地上に胞子を形成させた。培地上に形成された胞子を蒸留水(DW)に懸濁し、遠心分離(800xg、5分)により数回洗浄して、胞子濃度を5x10個/mlに調製後、実験に使用した。
【0031】
一方、病原菌類のキャベツ黒すす病菌(O−264菌株)およびトマト褐色輪紋病菌(LC93020菌株)の宿主植物として、それぞれ植物育苗室で栽培したキャベツ(品種:初秋)およびトマト(品種:桃太郎)を使用した。
【表2】

【0032】
3.きのこ培養菌糸体における揮発性抗菌物質生産の検定
きのこ培養菌糸体における揮発性抗菌物質生産の検定法の概要を図1に、スキームを図2に示す。PDA培地上で生育させた各種きのこ類菌株の菌糸片をPDA培地の入った大型シャーレ(直径15cm)の3箇所に植え付け、25℃暗下で培養して培地全面に菌糸を生育させた後、大型シャーレの上下を逆転(菌糸体上面)した。植物病原菌類および細菌の生育に対する抗菌活性をみるために、病原菌類の菌糸片(6mm)をPDA培地上に置床したシャーレ(5cm)または病原細菌コロニーをPDA培地上に塗布したシャーレ(5cm)を大型シャーレ内に置いた。大型シャーレをテープで密封し、25℃暗下に置き、病原菌類の場合は1週間後の菌糸生育を、病原細菌の場合は3日後のコロニー増殖を測定した。また、病原菌類の場合には、胞子発芽および宿主植物への感染に対する抗菌活性をみるため、胞子懸濁液を噴霧したスライドグラスおよび胞子懸濁液を噴霧した宿主切取り葉を、培地全面に各種きのこ類菌株の菌糸を生育させた大型シャーレの水で湿らせたペーパータオルの上に置き、テープで密封して25℃暗下に静置して、24時間後にスライドグラス上の胞子発芽率を、48時間後に宿主切取り葉における病斑数を調べた。
【0033】
4.食用きのこの子実体および廃菌床における揮発性抗菌物質生産の検定
食用きのこの子実体および廃菌床における揮発性抗菌物質生産の検定法のスキームを図3に示す。食用きのこの子実体および廃菌床それぞれ30g(生重)をシャーレ(直径9cm)に入れ、シャーレの蓋をせずに密封プラスチック容器(横22cm、幅16cm、高さ6cm)内に置いた。さらに、植物病原菌類の胞子懸濁液を噴霧したスライドグラスおよび胞子懸濁液を噴霧した宿主切取り葉を、食用きのこの子実体および廃菌床それぞれ30g(新鮮重)を入れたプラスチック容器内の水で湿らせたペーパータオルの上に置き、プラスチック容器を密封し25℃暗下に静置して、24時間後にスライドグラス上の胞子発芽率を、48時間後に宿主切取り葉における病斑形成を調べた。
【0034】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例はあくまでも本発明の例示説明であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0035】
1.各種きのこ類の菌糸体における揮発性抗菌物質生産
鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センターに保存されている芳香臭のあるきのこ菌株の培養菌糸体を用いて揮発性抗菌物質生産の有無を調べた。各種植物病原菌類の菌糸生育に対して供試菌株の多くが顕著ではないものの菌糸生育を阻害し、中でも33824菌株(ウチワタケ)および33863菌株(チチイロコウヤクタケ)、34699菌株(チチイロアミタケ)、34858菌株(ヒダウロコタケ)は、Phytophthora属菌を除く供試病原菌類すべてに抗菌活性を示した(表3、図4)。また、34634菌株はPhytophthora属の2菌株に抗菌活性を示した(表3)。
【表3】

【0036】
一方、各種植物病原細菌の増殖に対しても、供試菌株の多くの菌糸体が顕著ではないものの増殖を阻害し、中でも10108菌株(オリーブウロコタケ)、34149菌株(ヤニタケ)、34228菌株(ヒラフスベ)および35099菌株はほとんどの供試病原細菌の増殖を阻害した(表4、図4)。なお、病原細菌の中でCTB1135菌株(イネ内穎褐変病菌)は、ほとんどのきのこの菌株において顕著な阻害を受けなかった。
【表4】

【0037】
次に、植物病原菌類の胞子発芽に対する阻害は、多くのきのこ類の菌糸体において認められ、中でも、10099菌株(ブナハリタケ)、10108菌株(オリーブウロコタケ)、33863(チチイロコウヤクタケ)、33883(マツオウジ)、33885(ヤケイロコウヤクタケ)および34149(ヤニタケ)の菌糸体は、供試したほとんどの病原菌類胞子の発芽を阻害し、特に10099菌株(ブナハリタケ)ではいずれの胞子も全く発芽しなかった(表5、図4)。また、植物病原菌類の感染に対する阻害は、多くのきのこ類の菌糸体において認められ、中でも、10099菌株(ブナハリタケ)、10108菌株(オリーブウロコタケ)、33885菌株(ヤケイロコウヤクタケ)、34149菌株(ヤニタケ)、34238(ニセニクハリタケ)、34699菌株(チチイロアミタケ)および34865菌株の菌糸体は、検定したキャベツ黒すす病菌およびトマト褐色輪紋病菌の感染を阻害し、特に10099菌株(ブナハリタケ)は顕著な阻害活性を示した(表6、図4)。
【表5】

【0038】
【表6】

【0039】
以上の結果から、芳香臭のあるきのこ菌株の菌糸体の多くは、検定法の違いによって抗菌活性は異なるものの、揮発性抗菌物質を生産することが明らかとなった。その中で、食用きのこである10099菌株(ブナハリタケ)は、病原細菌の増殖にはほとんど効果を示さなかったが、病原菌類の胞子発芽や感染に対しては顕著な阻害活性を示した。
【実施例2】
【0040】
2.各種食用きのこ類の子実体および廃菌床における揮発性抗菌物質生産
培養菌糸体による顕著な揮発性抗菌物質の生産がみられたブナハリタケは食用きのこであることから、菌床栽培の行われているヒラタケ、ウスヒラタケ、エリンギおよびヤマブシタケの4種の食用きのこの子実体および廃菌床を用いて揮発性抗菌物質生産の検定を行った)。その結果(表7)、子実体では、ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギが胞子発芽および宿主植物への感染を阻害し、中でもウスヒラタケの活性が顕著であった。なお、ヤマブシタケはほとんど活性を示さなかった。一方、廃菌床では、ウスヒラタケのみが胞子発芽および宿主植物への感染を顕著に阻害し、ヒラタケおよびエリンギの廃菌床は若干の活性を示した。
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、農業分野、園芸分野、植物病理学の研究などにおいて利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Piptoporus属のきのこ、Mycoleptodonoides属のきのこ、Climacodon属のきのこ、Gloiothele属のきのこ、Lopharia属のきのこ、Microporus属のきのこ、Scytinostroma属のきのこ、Neolentinus属のきのこ、Hebeloma属のきのこ、Ischnoderma属のきのこ、Laetiporus属のきのこ、Daedaleopsis属のきのこ、Steccherinum属のきのこ、Trametes属のきのこ、Boidinia属のきのこ、Cymatoderma属のきのこ、Scopuloides属のきのこ、Ceriporia属のきのこおよびPleurotus属のきのこからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体、またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を植物に適用することを特徴とする、植物病原菌の防除方法。
【請求項2】
きのこが食用きのこである請求項1記載の方法。
【請求項3】
シロカイメンタケ(Piptoporus soloniensis)、ブナハリタケ(Mycoleptodonoides aitchisonii)、エゾハリタケ(Climacodon septentrionalis)、キヌシブカワタケ(Gloiothele citrina)、オリーブウロコダケ(Lopharia spadicea)、ウチワタケ(Microporus affinis)、チチイロコウヤクタケ(Scytinostroma galactinum)、ヤケイロコウヤクタケ(Scytinostroma portentosum)、マツオウジ(Neolentinus lepideus)、ナガエノスギタケ(Hebeloma radicosum)、ヤニタケ(Ischnoderma resinosum)、ヒラフスベ(Laetiporus versisporus)、エゴノキタケ(Daedaleopsis styracina)、ニセニクハリタケ(Steccherinum murashinskyi)、チチイロアミタケ(Trametes lactinea)、ヒダウロコタケ(Cymatoderma lamellatum)、ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、エリンギ(Pleurotus eryngii)、Trametes scabrosa、Boidinia lacticolor、Scopuloides hydnoidesおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体、子実体またはその廃菌床から発せられる揮発性物質を用いる、請求項1記載の方法。
【請求項4】
きのこがブナハリタケまたはウスヒラタケである請求項3記載の方法。
【請求項5】
ウチワタケ、チチイロコウヤクタケ、チチイロアミタケおよびヒダウロコタケからなる群より選択される1種または2種のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の菌糸生育を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項6】
オリーブウロコタケ、ヤニタケ、ヒラフスベおよびCeriporia lacerataからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原細菌の増殖を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項7】
ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、チチイロコウヤクタケ、マツオウジ、ヤケイロコウヤクタケおよびヤニタケからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子の発芽を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項8】
きのこがブナハリタケである請求項7記載の方法。
【請求項9】
ブナハリタケ、オリーブウロコタケ、ヤケイロコウヤクタケ、ヤニタケ、ニセニクハリタケ、チチイロアミタケおよびScopuloides hydnoidesからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項10】
きのこがブナハリタケである請求項9記載の方法。
【請求項11】
ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの菌糸体または子実体から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子発芽あるいは感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項12】
きのこがウスヒラタケである請求項11記載の方法。
【請求項13】
ウスヒラタケ、ヒラタケおよびエリンギからなる群より選択される1種またはそれ以上のきのこの廃菌床から発せられる揮発性物質を用いて、植物病原菌類の胞子発芽あるいは感染を阻害することにより植物病原菌の防除を行う、請求項3記載の方法。
【請求項14】
きのこがウスヒラタケである請求項13記載の方法。
【請求項15】
きのこの菌糸体または子実体または廃菌床と植物とが閉鎖系に置かれる請求項1〜14のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−167073(P2011−167073A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30808(P2010−30808)
【出願日】平成22年2月16日(2010.2.16)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】