説明

アディポネクチン及び/又はインスリンの測定方法

【課題】本発明の目的は、いわゆるメタボリックシンドロームの指標であるバイオマーカーのモニタリングを、感度よく行うための技術であって、専門知識や技能を有しない個人でも、熟練を要さずに簡便かつ正確なモニタリングを可能とし、自身の健康管理に有用な技術を開発することにある。
【解決手段】刺激唾液中のアディポネクチンの量及び/又はインスリンの量の測定方法、(A)前記測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のアディポネクチン量の測定値が1.6ng/mL以下である場合、及び/又は(B)前記測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のインスリン量の測定値が3.6mU/L以上である場合には、メタボリックシンドロームに罹るリスクが高いと判定する方法、並びにメタボリックシンドローム治療薬及び治療方法の有用性判定、オーダーメイド医療への応用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アディポネクチン及び/又はインスリンの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドローム(以下、メタボと略記することがある。)とは、肥満に加えて、高血圧、高血脂、高血糖のうち二つ以上を合併した状態である。重篤なメタボリックシンドロームは、動脈硬化を誘発し、心筋梗塞や脳梗塞を招くことから、早期発見と予防が重要視されている。わが国では、特定検診と特定保険指導が実施されているが、年1回である等、早期発見及び予防のための対策としては十分とは言えなかった。
【0003】
メタボリックシンドロームの早期発見、予防のためには、各自が日々自身の健康管理を行うことが望ましい。係る健康管理の方法の一つとして、メタボ指標となり得るバイオマーカーのレベルの日常的な把握(モニタリング)が挙げられる。メタボ指標としては、アディポネクチン、インスリン等が報告されている(特許文献1参照)。アディポネクチンは、脂肪細胞から分泌されるタンパク質である。アディポネクチンの血中分泌量低下はインスリン抵抗性、インスリン応答性低下、メタボ発症の一因となり、高インスリン血症(インスリンの血中分泌量増加)を招来する。よって、血中のアディポネクチンの含量、インスリンの含量をモニタリングできれば、メタボの早期発見や予防も可能である。
【0004】
しかしながら、モニタリングに用いられる生体試料は血液であり、その採取は侵襲性が高いと言う問題がある。また、採血は個人で行うには安全性に懸念があり、簡便性にも劣る。このような理由から、自己血糖測定などの一部を除き、血液中のメタボ指標のモニタリングはほとんどなされていない。
【0005】
血液以外の生体試料、例えば、唾液等でモニタリングを行うことも、メタボ指標は唾液中にも含まれていることから、理論上は可能である。唾液中のアディポネクチンとインスリンの含有量は、血液中の含有量との間で相関性があることが明らかとなっている(非特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Measurement of salivary adiponectin levels(Acta Diabetol,2007,M toda et al.)
【非特許文献2】Salivary insulin concentrations in Type2(non−insulin−dependent)diabetic patients and obese non−diabetic subjects(Diabetologia,1986,P.Marchetti et al.)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2010−519543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、唾液によるモニタリングは、感度が著しく不十分であるという問題がある。その理由は明らかではないが、測定干渉夾雑物が多く含有されているためと予想されている。
【0009】
本発明の目的は、いわゆるメタボリックシンドロームの指標であるバイオマーカーのモニタリングを、感度よく行うための技術であって、専門知識や技能を有しない個人でも、熟練を要さずに簡便かつ正確なモニタリングを可能とし、自身の健康管理に有用な技術を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
我々は、上記課題の解決のために試行錯誤を重ね、その過程で、非侵襲的で安全性が高く、且つ簡便に採取できる点で、刺激唾液に着目した。そして我々は、刺激唾液によるモニタリングに適したバイオマーカー候補を検討したところ、アディポネクチン、インスリンが有用であることを見出した。本発明は、係る知見に基づくものである。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明を提供する。
〔1〕刺激唾液中のアディポネクチンの量及び/又はインスリンの量の測定方法。
〔2〕以下の(A)及び/又は(B)に該当する場合には、メタボリックシンドロームに罹るリスクが高いと判定する、刺激唾液を用いるメタボリックシンドロームリスクの判定方法。
(A)〔1〕に記載の測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のアディポネクチン量の測定値が、1.6ng/mL以下である場合
(B)〔1〕に記載の測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のインスリン量の測定値が、3.6mU/L以上である場合
〔3〕以下の(A−1)及び/又は(B−1)に該当する場合には、対象薬剤がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏すると判定する、刺激唾液を用いて対象薬剤の有用性を判定する方法。
(A−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
〔4〕以下の(A−2)及び/又は(B−2)に該当する場合には、対象方法がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏すると判定する、刺激唾液を用いて対象薬剤の有用性を判定する方法。
(A−2)メタボリックシンドロームの患者に対象方法を施した後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−2)メタボリックシンドロームの患者に対象方法を施した後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
〔5〕以下の(A−3)及び/又は(B−3)に該当する場合には、対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与が、特定のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適していると判定する、刺激唾液を用いて特定のメタボリックシンドローム患者に対し最適な施療方法及び/又は薬剤を選択する方法。
(A−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、〔1〕に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、メタボリックシンドロームの指標のモニタリングを感度よく行うことができるので、専門知識や技能を有しない個人でも、熟練を要さずに簡便かつ正確な測定を行い、自身の日々の健康管理により、メタボリックシンドロームの予防や早期診断が可能である。また、本発明は、メタボリックシンドロームの予防及び/又は治療薬の有効性並びに予防及び/又は治療方法の有効性の確認に応用され得る。さらに本発明は、個々のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適した薬剤や治療法の選択への応用も期待される等、いわゆるオーダーメイド医療への道を開くものでもある。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明においては、サンプル(検体)として、刺激唾液を用いる。
【0014】
刺激唾液とは、刺激により分泌される唾液であり、反射唾液とも呼ばれる。刺激としては、食物による味覚や嗅覚による刺激、酸などの化学物質による刺激、機械的刺激が例示される。刺激唾液としては、パラフィンガムの咀嚼による刺激唾液、レモンジュースなどの酸による刺激唾液が例示され、その後の唾液中成分の解析に影響を与えにくい点で、前者が好ましい。なお、本発明において、刺激によらないで分泌される、通常の唾液を、安静唾液と称する。
【0015】
パラフィンガムの咀嚼により得られる刺激唾液の場合、パラフィンガムの種類は特に限定されない。パラフィンガムの量も特に限定されないが、通常は、1〜2gである。咀嚼時間も特に限定されないが、通常は、2〜5分である。
【0016】
刺激唾液の採取方法は、特に限定されず、通常の唾液採取と同様の条件で(例えば、スポイト等の採取器具を用いて)採取することができる。
【0017】
刺激唾液の採取量も、特には限定されず、アディポネクチン量及び/又はインスリン量の測定に足りる量が確保されればよい。通常は、0.015g以上であり、好ましくは、0.03g以上である。上限については通常は10g以下である。
【0018】
刺激唾液が安静唾液と比較して、サンプルとして有用である理由は明確ではないが、以下のような両者の相違点が関与しているものと推定される。刺激唾液は耳下腺唾液がメインと考えられるのに対して、安静唾液は顎下線及び舌下腺唾液がメインと考えられる(歯界展望,2005,vol105,p574)。耳下腺唾液は顎下線及び舌下腺唾液よりもムチンの量が少ないため、刺激唾液は安静唾液よりも含有されるムチンが少なく、粘性が低いと考えられる。また、一般的に安静唾液よりも刺激唾液のほうが多量に採取できる。また、加齢、ストレス、糖尿病などの疾患によって分泌量が減少することが知られている。そういった点からも、唾液採取において採取量が少ない安静唾液よりも刺激唾液の方が簡便に採取可能であると同時に、採取する本人も苦痛が少ないと考えられる。
【0019】
日常的なメタボのリスク診断をする上で、採取において、血液等他の検体と比較して非侵襲的であり、簡便な刺激唾液は、検体として優位性が高い。その他にも、刺激唾液は自宅でも採取でき、随時採取できることから経時的測定が可能である、といった利点があげられる。
【0020】
本発明において、刺激唾液中の、アディポネクチンの量及び/又はインスリンの量を測定する際の測定手段は、特に限定されないが、免疫学的測定方法、HPLC、クロマトグラフィー、質量分析などの方法が例示される。これらの方法の中で、操作方法が簡便である点、及び、採取後直ちに定量できる点で、免疫学的測定方法が好ましく、ELISA法がより好ましい。ELISA法による場合には、市販キットを用いて行うことができ、キットの説明書等に従い最適な条件のもとで測定反応を行うことができるが、測定反応時間(抗原抗体反応の時間)が長いことが好ましく、例えば、6時間以上であることがより好ましく、約24時間以上であることが更に好ましい。
【0021】
本発明において、刺激唾液を採取する対象であるヒト(被験者)についての限定は特になく、性別、年齢、健康状態等について様々なヒトに適用可能である。中でも、本発明は、メタボリックシンドロームに罹るリスクの判定を希望するヒトを対象(被験者)とすることが好ましい。
【0022】
本発明によりメタボリックシンドロームに罹るリスクを判定する場合は、以下の(A)に該当する場合、(B)に該当する場合、及び(A)と(B)との両方に該当する場合には、上記リスクが高いと判定する。
(A)上記の、刺激唾液を用いる測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のアディポネクチン量の測定値が、1.6ng/mL以下である場合
(B)上記の、刺激唾液を用いる測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のインスリン量の測定値が、3.6mU/L以上である場合
【0023】
本発明において「メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い」とは、現在はメタボリックシンドロームに罹っていないが将来的に罹る可能性が高いこと、及び、メタボリックシンドロームに既に罹っている可能性が高いこと、の両方を意味する。
【0024】
本発明において「判定」とは、数値のみからメタボリックシンドロームに罹るリスクを判定することを意味する。メタボリックシンドロームの実際の診断には、WHO、学会等により示された基準により、医師等によりなされるが、本発明における判定は、係る診断の目安となるものである。メタボリックシンドロームの基準の代表例としては、肥満〔腹囲≧85cm〕の場合であって、(1)血糖≧110mg/dL、(2)血中中性脂肪(TG)≧150mg/dL若しくは血中HDL−コレステロール(HDL−c)<40mg/dL、及び(3)血圧≧130/85mmHgのうち2つ以上が該当する場合、が挙げられる。本発明は、メタボリックシンドロームの予備的な判定方法として有用である。
【0025】
本発明は、所定の対象薬剤が、メタボリックシンドロームの予防及び/又は治療薬として有用であるか否かの判定に応用することもできる。例えば、以下の(A−1)又は(B−1)に当てはまる場合に、対象薬剤がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏する、と判定することができる。
(A−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【0026】
(A−1)及び(B−1)において、対象薬剤は、メタボリックシンドロームの施療効果があると予測されるものであればよく、特に限定されない。対象薬剤の投与期間、投与量、投与からアディポネクチン量及び/又はインスリン量の測定までの期間については、対象薬剤の種類、患者の状況等により適宜定めることができる。メタボリックシンドロームの患者は、判断の正確を期するためには、メタボリックシンドロームに既に罹っていることが医師の判断等から明らかな患者であることが好ましい。患者の数は1人であってもよいし2人以上であってもよい。患者が2人以上の場合には、各患者の測定値の平均値から判断することができる。
【0027】
なお、上記対象薬剤がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏するか否かの「判定」は、上記メタボリックシンドロームに罹るリスクの「判定」と同様に、上述の数値のみから判定を行うことを意味する。本発明は、対象薬剤がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏するか否かの予備的な判定方法として有用であり、対象薬剤投与後の被験者の医師による診断(例えば上述の基準に基づく診断)、臨床試験等と組み合わせることにより、より確実な判断が可能である。
【0028】
本発明は、所定の治療方法が、メタボリックシンドロームの治療方法として有用であるか否かの判定に用いることもできる。例えば、以下の(A−2)及び/又は(B−2)に当てはまる場合に、対象方法がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏する、と判定することができる。
(A−2)メタボリックシンドロームの患者に対象方法を施した後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−2)メタボリックシンドロームの患者に対象療法を施した後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【0029】
(A−2)及び(B−2)において、対象方法は、メタボリックシンドロームの施療効果があると予測される方法であればよく、特に限定されない。施療期間、施療からアディポネクチン量及び/又はインスリン量の測定までの期間については、施療する方法の内容、患者の状況等により適宜定めることができる。メタボリックシンドロームの患者は、判断の正確を期するためには、メタボリックシンドロームに既に罹っていることが医師の判断等から明らかな患者であることが好ましい。患者は1人であってもよいし2人以上であってもよい。患者が2人以上の場合には、各患者の測定値の平均値から判断することができる。
【0030】
なお、上記対象方法がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏するか否かの「判定」は、上記メタボリックシンドロームに罹るリスクの「判定」と同様に、上述の数値のみから判定を行うことを意味する。本発明は、対象方法がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏するか否かの予備的な判定方法として有用であり、対象方法で施療後の被験者の医師による診断(例えば上述の基準に基づく診断)、臨床試験等と組み合わせることにより、より確実な判断が可能である。
【0031】
本発明は、特定のメタボリックシンドローム患者に最適な対象予防及び/又は治療薬、もしくは対象予防及び/又は治療方法の選択に用いることもできる。例えば、以下の(A−3)及び/又は(B−3)に当てはまる場合に、対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与が、特定のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適していると判定することができる。
(A−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、上記の刺激唾液を用いる測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【0032】
(A−3)及び(B−3)においてメタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者には、メタボリックシンドロームに既に罹っている被験者のほか、現在はメタボリックシンドロームに罹っていないが将来的に罹る可能性が高い被験者を含む。被験者は通常1人である。対象薬剤は、メタボリックシンドロームの治療及び/又は予防効果が確認されていることが好ましい。また、対象方法も、メタボリックシンドロームの治療及び/又は予防効果を奏することが確認されていることが好ましい。対象薬剤の投与期間、対照方法による施療期間、投与又は施療からアディポネクチン量及び/又はインスリン量の測定までの期間については、上記(A−1)、(A−2)、(B−1)及び(B−2)において述べたことと同様である。
【0033】
なお、上記対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与が、特定のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適しているか否かの「判定」は、上記メタボリックシンドロームに罹るリスクの「判定」と同様に、上述の数値のみから判定を行うことを意味する。本発明は、対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与が、特定のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適しているか否かの予備的な判定方法として有用であり、対象方法による施療及び/又は対象薬剤投与後の被験者の医師による診断(例えば上述の基準に基づく診断)、臨床試験等と組み合わせることにより、より確実な判断が可能である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明を説明する。
【0035】
実施例1及び比較例1〔安静唾液及び刺激唾液中のアディポネクチン量〕
メタボリックシンドロームに該当しない3人の被検者(被験者1、2及び3)から、安静唾液〔比較例1〕(特別な刺激を加えない状態での唾液)と刺激唾液〔実施例1〕(パラフィンガムを噛むことにより分泌促進を行った唾液)を採取した。刺激唾液は、被験者にパラフィンガム(市販品、1g)を2分間咀嚼させた後の唾液である。安静唾液及び刺激唾液を、スポイトを用いて各100mg採取し、7000rpm,10分間遠心分離後、上清を市販のELISAキット(大塚製薬(株)、ヒトアディポネクチンELISAキット)付属のサンプルバッファーで10倍希釈してから、サンプルとして用いた。
【0036】
各被験者の、安静唾液及び刺激唾液に含まれるアディポネクチン量を上述のELISAキットを用いて測定した。測定反応時間は24時間とした。
【0037】
結果を表1に示す。安静唾液中のアディポネクチン量は、被検者3では検出できたが、被検者1で検出限界以下であり、被検者2でも微量であった。一方、刺激唾液中のアディポネクチン量は、いずれの被検者でも検出でき、また、いずれの被験者の検出量も、安静唾液での検出量と比較して少なくとも約2倍以上多量であった。
【0038】
この結果から、唾液中のアディポネクチンの測定においては、刺激唾液を用いることで、安静唾液を用いる場合より精度が高い測定が可能であることが示された。
【0039】
【表1】

【0040】
実施例2及び比較例2〔安静唾液及び刺激唾液中インスリン量の測定〕
実施例1の被検者1から、安静唾液〔比較例2〕と刺激唾液〔実施例2〕を採取した。安静唾液及び刺激唾液の採取条件は、実施例1と同様にした。各唾液を7000rpm、10分間遠心分離後、上清を生理食塩水で10倍希釈したものを、サンプルとして用いた。
【0041】
各唾液中のインスリン量について、市販のELISAキット(Mercodia社、Ultrasensitive Insulin ELISA)を用いて測定した。
【0042】
結果を表2に示す。安静唾液中のインスリン量は、検出限界以下であった。一方、刺激唾液中のインスリン量は検出できた。この結果は、インスリンの測定においても、アディポネクチン同様に刺激唾液を用いることで、安静唾液を用いる場合よりも精度が高い測定が可能であることを示している。
【0043】
【表2】

【0044】
実施例3及び比較例3〔アディポネクチン測定系へ与える唾液の阻害影響の検討〕
実施例1の被検者1から、安静唾液〔比較例3〕と刺激唾液〔実施例3〕を採取した。安静唾液及び刺激唾液の採取条件は、実施例1と同様にした。各唾液を7000rpm,10分間遠心分離後、上清を実施例1と同じ市販のELISAキット付属のサンプルバッファーで10倍希釈してから、サンプルとして用いた。
【0045】
両唾液サンプルに、標準物質であるアディポネクチンを終濃度0.188ng/mLになるように添加した。これらを上述のELISAキットを用いて測定し、以下の〔式1〕に従い添加回収率を求めた。
【0046】
〔式1〕
添加回収率(%)=(Adp(0.188)−Adp(0))/0.188*100
Adp(0.188);アディポネクチン添加(終濃度0.188ng/mL)時の換算される唾液中アディポネクチン量
Adp(0);アディポネクチン非添加(終濃度0ng/mL)時の換算される唾液アディポネクチン量
【0047】
結果を表3に示す。安静唾液よりも刺激唾液の方が、添加回収率が高かった(表3)。この結果から、安静唾液よりも刺激唾液のほうが、アディポネクチンの測定系への阻害効果が少なく、正確な測定が可能であることが示された。
【0048】
【表3】

【0049】
実施例4及び比較例4〔安静唾液及び刺激唾液中のアディポネクチン量〕
メタボリックシンドローム患者である4人の被験者及びメタボリックシンドロームに該当しない4人の被検者から、安静唾液(比較例4)と刺激唾液(実施例4)を、実施例1と同様の条件で採取した。採取された刺激唾液のアディポネクチン量を実施例1と同様にして測定した。
【0050】
結果を表4に示す。刺激唾液中のアディポネクチン量は、メタボリックシンドローム患者である被験者では、メタボリックシンドロームに該当しない被験者と比較して低い傾向にあった。メタボリックシンドローム患者である被験者のアディポネクチン量は1.6ng/mL以下であり、一方、メタボリックシンドロームに該当しない被験者のアディポネクチン量は1.6ng/mLを超えていた。一方、安静唾液中のアディポネクチン量は、メタボリックシンドローム患者であるか否かにより差が見出されなかった。
【0051】
本実施例の結果は、本発明において、刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、その測定値を健常者のアディポネクチン量の測定値と比較することにより、メタボリックシンドロームに罹るリスクを判定できることを示すものである。また、被験者のアディポネクチン量の測定値が1.6ng/mL以下である場合には、被験者はメタボリックシンドロームに罹るリスクが高いと判定され得ることを示すものである。
【0052】
【表4】

【0053】
実施例5及び比較例5〔安静唾液及び刺激唾液中のインスリン量〕
メタボリックシンドローム患者である3人の被験者及びメタボリックシンドロームに該当しない3人の被検者から、安静唾液(比較例5)と刺激唾液(実施例5)を、実施例1と同様の条件で採取した。採取された刺激唾液のインスリン量を実施例2と同様にして測定した。
【0054】
結果を表5に示す。刺激唾液中のインスリン量は、メタボリックシンドローム患者である被験者では、メタボリックシンドロームに該当しない被験者と比較して高い傾向にあった。メタボリックシンドローム患者である被験者のインスリン量は3.6mU/L以上であり、メタボリックシンドロームに該当しない被験者のインスリン量は3.6mU/L未満であった。一方、安静唾液中のインスリン量は、メタボリックシンドローム患者であるか否かにより差が見出されなかった。
【0055】
この結果は、本発明において、刺激唾液中のインスリン量を測定し、その測定値を健常者のインスリン量の測定値と比較することにより、メタボリックシンドロームに罹るリスクを判定できることを示すものである。また、被験者のインスリン量の測定値が3.6mU/L以上である場合には、被験者はメタボリックシンドロームに罹るリスクが高いと判定され得ることを示すものである。
【0056】
【表5】

【0057】
実施例6
メタボリックシンドローム患者か否かが不明である61人の被検者から、刺激唾液を実施例1と同様の条件で採取し、アディポネクチン量を実施例1と同様に測定した。測定の結果、17人の被験者で、刺激唾液中のアディポネクチン量が1.6ng/mL以下であった。一方、被験者全員について医師によりメタボリックシンドロームか否かの診断を行った。すなわち、肥満〔腹囲≧85cm〕の場合に、(1)血糖≧110mg/dL、(2)血中中性脂肪(TG)≧150mg/dL若しくは血中HDL−コレステロール(HDL−c)<40mg/dL、及び(3)血圧≧130/85mmHgのうち2つ以上が該当する場合、メタボリックシンドロームであると診断した。
【0058】
その結果、21人がメタボリックシンドローム患者と認定され、その中には、上記17人も含まれていた。本実施例における、本発明によるメタボリックシンドロームリスク判断の感度は81%(21人中17人)と算出された。この結果は、本発明がメタボリックシンドロームの予備的な判定方法として有用であることを示すものである。
【0059】
実施例7
メタボリックシンドローム患者か否かが不明である61人の被検者から、刺激唾液を実施例1と同様の条件で採取し、インスリン量を実施例2と同様に測定した。測定の結果、刺激唾液中のインスリン量が3.6mU/L以上であった被験者は17人であった。一方、被験者について医師により実施例6と同様の基準のもとメタボリックシンドロームか否かの診断を行った。その結果、21人がメタボリックシンドローム患者と認定され、その中には、上記17人も含まれていた。本実施例における、本発明によるメタボリックシンドロームリスク判断の感度は81%(21人中17人)と算出された。この結果は、本発明がメタボリックシンドロームの予備的な判定方法として有用であることを示すものである。
【0060】
実施例8
メタボリックシンドローム患者である21人の被験者(メタボ群)及びメタボリックシンドロームに該当しない40人の被検者(健常者群)から、刺激唾液を実施例1と同様の条件で採取、前処理を行い、表6に記載の各マーカーの量を測定した。それぞれの測定項目について、適した濃度に適宜希釈を行い、アミラーゼは唾液アミラーゼモニター(ニプロ(株))、潜血及び白血球は臨床化学自動分析装置スポットケム(アークレイ(株))、LDHは尿化学分析装置ポケットケム(アークレイ(株))、sIgAは市販のELISAキット(Immundiagnostic AG社、sIgA ELISA kit)、亜硝酸はジアゾ化法を用いて、それぞれ測定した。各測定値については、ウィルコクソン検定にてメタボ群と健常者群についての群間比較を実施した。検定は統計ソフトJMP5.0(SAS Institute, Japan)を用いた。
【0061】
表6に結果を示すとおり、p値が0.05以下でありメタボ群と健常者群とで有意な差があると言えるのは、インスリン及びアディポネクチンのみであった。この結果は、インスリン及びアディポネクチンが、刺激唾液によるモニタリングに適したマーカーであることを示している。
【0062】
【表6】

【0063】
以上の実施例の結果から、本発明によれば、刺激唾液中のアディポネクチン及び/又はインスリンの量を測定することにより、メタボリックシンドロームの指標のモニタリングを感度よく行うことができること、また、刺激唾液を用いることにより、熟練を要さずに簡便かつ正確な測定を行うことができること、が分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
刺激唾液中のアディポネクチンの量及び/又はインスリンの量の測定方法。
【請求項2】
以下の(A)及び/又は(B)に該当する場合には、メタボリックシンドロームに罹るリスクが高いと判定する、刺激唾液を用いるメタボリックシンドロームリスクの判定方法。
(A)請求項1に記載の測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のアディポネクチン量の測定値が、1.6ng/mL以下である場合
(B)請求項1に記載の測定方法により測定された被験者の刺激唾液中のインスリン量の測定値が、3.6mU/L以上である場合
【請求項3】
以下の(A−1)及び/又は(B−1)に該当する場合には、対象薬剤がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏すると判定する、刺激唾液を用いて対象薬剤の有用性を判定する方法。
(A−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−1)対象薬剤をメタボリックシンドロームの患者に投与した後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【請求項4】
以下の(A−2)及び/又は(B−2)に該当する場合には、対象方法がメタボリックシンドロームの予防及び/又は治療効果を奏すると判定する、刺激唾液を用いて対象薬剤の有用性を判定する方法。
(A−2)メタボリックシンドロームの患者に対象方法を施した後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−2)メタボリックシンドロームの患者に対象方法を施した後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合
【請求項5】
以下の(A−3)及び/又は(B−3)に該当する場合には、対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与が、特定のメタボリックシンドローム患者の予防及び/又は治療に適していると判定する、刺激唾液を用いて特定のメタボリックシンドローム患者に対し最適な施療方法及び/又は薬剤を選択する方法。
(A−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のアディポネクチン量を測定し、得られる測定値が、1.6ng/mLより高い場合
(B−3)メタボリックシンドロームに罹るリスクが高い被験者に対し対象方法による施療及び/又は対象薬剤の投与を行った後に、請求項1に記載の測定方法により該患者の刺激唾液中のインスリン量を測定し、得られる測定値が、3.6mU/L未満である場合