説明

アナフィラキシー抑制作用を有する血中脂溶性因子

【課題】抗体エフェクター機能におけるIgG糖鎖化の役割を支持する証拠はたくさんあるが、これまでの研究はin vitroの細胞培養系で行ったものであった。本発明は、生体内(in vivo)でIgG1機能を制御する液性脂溶性因子を発見し、本因子と多糖類の役割を明らかにして、アナフィラキシー症状の改善を図るものである。
【解決手段】本発明は、未知の脂溶性因子に存在する多糖類がIgG1により惹起されたアナフィラキシーに不可欠であることを発見し、脱糖鎖化された脂溶性因子をIgG抗原特有なアナフィラキシーの治療法に応用する技術である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
即時型アレルギーに対する治療開発分野
【背景技術】
【0002】
アナフィラキシーは、循環系に肥満細胞と好塩基球から突然放出された伝達物質が引き起こすことによる急性の、生命を危うくする症候群である。IgEは、古くからこの即時型の過敏反応を引き出す際に中心的な役割を持つと考えられる。マスト細胞や好塩基球の表面に存在するレセプター(Fc RI)にIgEが結合しクロスリンクすると即時性過敏症が惹起される。
【0003】
しかし、IgEはマウスの場合抗原によって誘発されるアナフィラキシーにはかならずしも必要でない証拠がでてきた。Oettgenらは、IgE欠損マウスを用いた能動的なアナフィラキシーの実験結果からIgE以外の刺激がin vivoでは重要な役割を演じていると報告した。このようなIgEに依存しない発症機構において、IgGの役割はますます注目を集めている。
【0004】
IgGは糖タンパク質で、Fc領域中の非常に保存されたAsn297でN連結された糖化部位はCH2領域の間に埋没しており、そして、Fcのタンパク質表面で特異的なタンパク質-糖相互作用を形成している。IgGのFcに存在する糖鎖部分は、細胞のFcレセプターや補体と結合すること、抗体依存性の細胞性傷害(ADCC)を誘導すること、抗原-抗体複合体を循環系から迅速に除去することなどの抗体エフェクターとして必須である、しかし、IgGを介するアナフィラキシーにおいてIgGの糖鎖の果たす役割はまだ明らかにされていない。
【特許文献1】特開平9−2959
【特許文献2】特開平9−227409
【特許文献3】特開2002−288093
【非特許文献1】Biomedical Research 24, 291-297 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以前、我々は脱糖鎖化されたIgG1はアナフィラキシーを誘発しないことをマウスの実験で発見した(非特許文献1)。
【0006】
今回、我々は血中に存在する液性因子がIgG1を脱糖鎖化することを発見した。本発明は、生体内(in vivo)でのIgG1機能において多糖類の役割を明らかにして、アナフィラキシー症状の改善を図るものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、卵白アルブミンを坑原蛋白としてマウスに8回連続して免疫したところ、液性因子がIgG1を脱糖鎖化した。この因子はリン脂質であると推測された。また、液性因子のシアル酸付加がIgG1の脱糖鎖化に関与していた。すなわち、本発明は危険なアナフィラキシーを阻止する内因子を発見し、シアル酸化された液性脂質因子をIgG抗原特有なアナフィラキシーの治療法に応用する技術である。
【発明の効果】
【0008】
抗体IgGの脱糖鎖化を引き起こす血中脂溶性因子がマウスにおいてアレルギー反応を抑制できることを発見した。この発見はIgG抗体を介するアナフィラキシーを制御することに非常に役立つと思われる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において、IgG1から糖鎖を除去する脂溶性因子を頻回抗原投与したマウス血中から発見した。酵素的にシアル酸を除去した脱シアル酸脂溶性因子はIgG1の脱糖鎖化を起こした。IgG1を介した本アナフィラキシーにおける抑制技術を開発した。
【実施例1】
【0010】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0011】
8週齢雄性ddYマウスはSLC社(東京)から購入した。それらは、飼料(F2:船橋社、東京)と水は自由に摂取できるようなプラスチックのケージ(338×140×225mm)で一群5匹ずつ収容した。動物室は湿度50-60%、室温21-25℃に保たれており、7時から19時まで照明されていた。すべての実験は秋田大学動物ガイドラインに基づいて行なわれた。
【0012】
水に溶解した卵白アルブミン(OVA:シグマ社、セントルイス、MO、USA)1μg/体重kgをマウスの腹腔内に接種した。引き続いてOVA 0.1μg/kgを4日ごとに7回接種した。4回目あるいは7回目接種の最終日から7日後に、マウスから採血し血清を得た。
【0013】
血清はOVAアフィニティーカラムに吸着させた後、4M グアニジン塩酸で溶出した。そして0.1mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.2)、25mM EDTA中で一晩透析した。次に、この溶出物を抗マウスIgG1抗体(Bethyl Lab.モンゴメリー、TX、USA)カラムに吸着させた。その後、抗体を溶出し、上記の方法で透析した。
【0014】
IgG1の糖鎖を検出するために、以前報告したレクチン-ELISA法を用いた(増田、鈴木2000)。本実験では、ポリマンノースを認識するlectins ConA、Galβ1-4Glcを認識するDSAとSialα2-6Galを認識するSSA(生化学工業、東京)を用いた。なぜなら、IgGはN-結合糖タンパクで、IgGの主な糖鎖構造はアスパラギン酸のNに結合したシアル酸-Galβ1-4GlcNAc−polymannosesである。
【0015】
4回ないし7回免疫した血清をOVAアフィニティーカラムにかけた時に素通りした分画を集めて、10mM NaHCO3緩衝液(pH8.3)で平衡化したイオン交換樹脂(DE-52:Whatman、Maidstone、UK)に吸着させた。そして50、100、150、200、250、300mMのNaClで溶出した。これらの溶出分画は限外ろ過法(Centricon; Amicon社、東京)で50、50-30、30-10、10-3、および3kDaに分画した。それぞれの分画はメタノール-クロロホルム法(増田、杉山、2000)で脂質と非脂質に分画した。脂質分画は乾固した後、水に溶解した。また、非脂質分画はCD-10カラム(Pharmacia社、ウプサラ、スウェーデン)を用いて脱塩した。
【0016】
7回続けて免疫したマウスから得られた脂質分画および非脂質分画100μlをあらかじめOVA 1μg/体重kgを接種した別の実験群のマウスの腹腔内に投与した。注射7日後に、マウスから採血し、IgG1を精製した。IgG1の糖鎖を上記の方法で測定した。
【0017】
初回、あるいは7回連続接種したマウスの血清を用いて150mM NaClで溶出した50kDa以上の分子量を持つ脂質分画を得た。この分画は50%のエタノールlectin-ELISA法(増田と杉山2000)を用いて糖鎖を検出した。この実験では、lectins ConA、Galβ1-3Glc を認識するlectins ABA、GalNAcβ1-3GalNAcを認識するDBA、Fucα1-3Galを認識するAAL、Sialα2-3Galを認識するSSAとMAM(生化学工業、東京)を使用した。
【0018】
初回免疫のマウスの血清から得られた脂質からNeuraminidase(生化学工業)を使ってシアル酸を除去した。手短かに記すと、0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.5)に1μg/kgの脂質分画をNeuraminidaseと一緒に48時間37℃で反応させた。そして、CD-10カラムで脱塩し乾固して、水に溶解した。このようにして得られた脱シアル酸化された脂溶性分画をマウス体重kg当たり0.01、0.1あるいは1μg、一方正常な脂質を体重kgあたり1μgマウスの腹腔内にOVA1μg/kgと同時接種した。接種の7日後に、マウスから採血しIgG1を得た。そして、IgG1の糖鎖を測定した。
【0019】
IgG1の糖鎖は接種回数とともに減少した。この結果を表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
初回OVAを1μg/体重kg、引き続いてOVA 0.1μg/kgを4日ごとに7回接種した。4回目あるいは7回目接種の最終日から7日後に、マウスから採血し血清を得た。さらにIgG1を精製した。糖鎖はレクチンELISA法で測定した。数字は450nmの吸光度である。
【0022】
7回接種したマウスの血清から得られた150mM NaClで溶出した50kDa以上の分子量を持つ分画は、IgG1の脱糖鎖化を惹起した。しかし他の分画は脱糖鎖化しなかった(データは示していない)。
【0023】
初回免疫されたマウスから得られた脂質分画はSialα2-3Galの糖鎖構造を持っていたが、接種を重ねるごとにその構造が失われた。この結果を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
初回OVAを1μg/体重kg、引き続いてOVA 0.1μg/kgを4日ごとに7回接種した。4回目あるいは7回目接種の最終日から7日後に、マウスから採血し血清を得た。それぞれの血清から脂溶性因子を精製した。糖鎖はレクチンELISA法で測定した。数字は450nmの吸光度である。
【0026】
シアル酸を持つ脂質はIgG1の脱糖鎖化を起こさなかったが、酵素的にシアル酸を除去した脂質分画は濃度依存的にIgG1を脱糖鎖化した。この結果を表3に示す。
【0027】
【表3】

【0028】
シアル酸を除去した脂溶性因子を種々の濃度でマウス腹腔内投与して、IgG1を精製した。糖鎖はレクチンELISA法で測定した。数字は450nmの吸光度である。
【0029】
本発見ではマウスIgG1の脱糖鎖化は液性因子のシアル酸化によって引き起こされたことを示唆する。
【0030】
我々は脂質の何IgG1を脱糖鎖化するのか大変興味がある。血小板活性化因子がアナフィラキシーを誘発することは知られている(カスルス-シュテンツェル1987年)。この因子は単核球の細胞膜から産生されるリン脂質で、種々の器官の細胞表面にこの因子に対する受容体が存在する。この説によれば、IgG1を産生する形質細胞には本研究で明らかになった脂溶性因子に対する受容体が存在するかもしれない。脂質のSialα2-6Gal構造が受容体と脂質の結合を阻止する可能性がある。この点に関して受容体結合にシアル酸が調節している報告がある(1997年 Shanmugan他)。一方、我々はIgGの糖鎖化は接種の持続時間が関連していることを発見した(2005年 Guo 他)。しかし繰り返し接種が脂溶性因子のシアル酸を減少させるメカニズムは現時点では明らかにできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、アレルギーの予防および治療に有効な、脱糖鎖化IgG抗体に関するものである。IgG1脱糖鎖化に脂溶性因子が血中に出現した。IgG抗原特有なアナフィラキシーの治療法に応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IgG抗原特有なアナフィラキシーの治療薬としての脱シアル酸化された血中脂溶性因子
【請求項2】
脱シアル酸化された脂溶性因子をIgG抗原特有なアナフィラキシーの治療法に応用する技術