説明

アラキドン酸の臍帯注入による胎盤排出方法

【課題】アラキドン酸を利用した胎盤排出方法を提供することを目的とする。
【解決手段】胎子娩出後の非ヒト哺乳動物の臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入する工程を含む、胎盤排出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば胎子の娩出後において胎盤を排出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
畜産の生産現場では、担い手の高齢化が進み、労働負担の軽減化が強く求められている。特に、家畜の分娩は厳密な予定が立たず、深夜になった場合の分娩介護は重労働となっている。またウシの繁殖成績の低下傾向には歯止めがかからず、その原因の一つとして難産を含めた分娩管理の不適切さが上げられる。子牛の損耗率は分娩介護を実施するか否かに大きく依存していることが報告されている。これらの問題を解決するために、分娩の日時を安全に調節する技術が求められている。
【0003】
従来において、ウシにおける飼料給与を夜間のみに実施する夜間給餌法では、昼分娩確率(通常の労働時間内の分娩)を7〜8割程度に高めることができる(非特許文献1及び2)。また、ウシにおけるホルモン剤を用いた分娩誘起では、処置後一定時間内で胎子の娩出を達成できる(非特許文献3)。
【0004】
しかしながら、夜間給餌法では分娩日の予測はできないので、農家の緊張感は長時間続く。また、ホルモン剤を用いた分娩誘起では、胎子娩出後に胎盤が排出されない病態である胎盤停滞が高率で発生する。胎盤停滞になると飼料の摂取が悪くなり乳生産が低下する他、子宮内膜炎が増加し、その結果次回の受胎成績の悪化につながる。
【0005】
一方、ウシにおける臍帯からのコラゲナーゼ注入で胎盤を剥離排出する技術が報告されている(非特許文献4)。特許文献1は、ウシ等の非ヒト哺乳動物においてアラキドン酸誘導体等の投与により胎盤排出を誘起できることを開示する。また、非特許文献5において、胎盤の剥離にはマトリックスメタロプロテアーゼ(以下、「MMP」と称する)が関与することが推定されている。さらに、特許文献1は、アラキドン酸が胎盤由来線維芽細胞のMMPを活性化することを開示する。
【0006】
しかしながら、アラキドン酸を利用した胎盤排出方法は、今まで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-73789号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Aokiら, Animal Science Journal, 2006年, 第77巻, 第3号, pp. 290-299
【非特許文献2】大田ら,鹿児島畜試研報, 1992年, 第24号, pp. 50-53
【非特許文献3】Bosc M. J.ら, Theriogenology, 1975年, 第3巻 pp. 187-191
【非特許文献4】Eiler H.ら, JAVMA, 1993年, 第203巻, pp. 436-443
【非特許文献5】Maj J.G.ら, Placenta, 1997年, 第18巻, pp. 683-687
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した実情に鑑み、アラキドン酸を利用した胎盤排出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため鋭意検討した結果、アラキドン酸のMMP活性化能を利用し、アラキドン酸の臍帯注入により胎盤排出を誘起できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、胎子娩出後の非ヒト哺乳動物の臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入する工程を含む胎盤排出方法に関する。当該非ヒト哺乳動物としては、例えば高い確率で胎盤停滞を発生する、分娩誘起された非ヒト哺乳動物が挙げられる。また、非ヒト哺乳動物としては、例えばウシが挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、胎盤停滞を生じることなく、胎盤を排出することができる。また、本発明によれば、ホルモン剤等を使用した分娩誘起による胎盤停滞の発生を予防でき、畜産分野において家畜に対する分娩誘起処置を安全に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】臍帯血管へのアラキドン酸又はその塩の注入手順を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る胎盤排出方法(以下、「本方法」と称する)は、胎子娩出後の非ヒト哺乳動物の臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入する工程を含むものである。アラキドン酸は、血小板凝集作用を有し、非ヒト哺乳動物の血管に直接注入することができない。そこで、本方法では、循環血に直接繋がっていない臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入することで、胎盤排出を誘起する。本方法によれば、ホルモン剤等を使用した分娩誘起による胎盤停滞を防ぎ、又は自然発生の胎盤停滞時に胎盤を排出することができる。ここで、「胎盤停滞」とは、分娩(胎子娩出)後、12時間経っても胎盤が子宮内から自然に排出されない疾病を意味する。
【0015】
本方法の対象動物としては、特に限定されるものではないが、例えばウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ等の非ヒト哺乳動物が挙げられ、ウシが好ましい。
【0016】
さらに、本方法を、高い確率で胎盤停滞を発生する、分娩誘起された非ヒト哺乳動物に適用することができる。ここで、分娩誘起としては、例えば一般的な分娩誘起剤の投与による分娩誘起が挙げられる。分娩誘起剤としては、特に限定されるものではないが、例えばプロスタグランジンF(以下、「PGF」と称する)やエストラジオール等のホルモン剤、デキサメタゾン等の副腎皮質ホルモン及びこれらの組合せが挙げられる。具体的には、分娩誘起剤としてPGF製剤の投与又はPGF製剤とデキサメタゾンの併用投与により、分娩誘起を行うことができる。PGF製剤とデキサメタゾンの併用において、投与の順序は、同時であってよく、あるいはいずれか一方の投与の後に他方の投与が行われる。
【0017】
本方法では、胎子娩出後に、非ヒト哺乳動物の臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入する。アラキドン酸の薬学的に許容される塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられる。
【0018】
臍帯血管へのアラキドン酸又はその塩の注入量としては、例えばウシ等の非ヒト哺乳動物に対して20〜200mg、好ましくは50〜100mgが挙げられる。また、アラキドン酸又はその塩の注入は、例えば胎子娩出(分娩)の1〜12時間後、好ましくは3〜6時間後に行われる。
【0019】
ウシの臍帯血管へのアラキドン酸又はその塩の注入手順を、図1を用いて以下に具体的に説明する。先ず、(1)胎子娩出後、胎盤につながる臍帯血管(動脈)を膣外に露出させ、(2)鉗子を用いて固定する。さらに、(3)臍帯血管の先端をカットし、(4)アラキドン酸又はその塩の水溶液を注射筒により直接注入するか、あるいは(5)延長チューブを付けた注射筒により注入する。なお、注入前後の臍帯血管の結紮は必ずしも必要とされない。
【0020】
以上に説明した本方法によれば、分娩誘起や自然発生による胎盤停滞の発生を予防し、胎盤を排出することができる。さらに、本方法により、胎盤停滞のない分娩誘起が可能となり、農家の望む時間帯に分娩を調整することで無理のない分娩看護が可能となり、子牛等の家畜の損耗率を低減できる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
〔実施例1〕臍帯血管へのアラキドン酸注入による胎盤排出
ホルスタイン種妊娠牛3頭に対して、分娩予定日の5日前又は7日前にPGF製剤(動物用プロナルゴンF注射液(ファイザー株式会社))5ml又は10mlを臀部筋肉内に投与し、分娩誘起を行った。
【0023】
次いで、胎子娩出の4時間後にアラキドン酸を臍帯動脈に投与した。投与したアラキドン酸は、アラキドン酸エタノール溶液(和光純薬株式会社)(濃度100mg/ml)0.5mlとリン酸緩衝生理食塩液(以下、PBSとする)50mlとを混和したものであった。アラキドン酸投与後、さらにPBSのみ50mlを臍帯動脈に投与した。
アラキドン酸投与による胎盤排出の結果を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1に示すように、アラキドン酸の臍帯注入により胎盤の排出が誘導されることが判る。なお、分娩誘導に36時間以上かかったウシの場合、そのまま(アラキドン酸無投与)では100%の確率で胎盤停滞が発生した(特願2010-192723「胎盤停滞の発生予測法」に開示)。
【0026】
さらに、上記1頭の牛(牛番号967)について、アラキドン酸投与前及び投与後における血中ケト-エイコサテトラエン酸(又はオキソ-エイコサテトラエン酸と呼ばれる;以下、「KETE」と称する)濃度を測定した。血中KETE濃度の測定は、高速液体クロマトグラフィーを用いて行われた。結果を表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
KETEは自然分娩時にも胎盤の剥離排出に先立って母牛血中に現れることから胎盤剥離シグナルと考えられる。表2に示すように、アラキドン酸を臍帯に注入するとアラキドン酸が胎盤剥離シグナルであるKETEに変換されることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
胎子娩出後の非ヒト哺乳動物の臍帯血管にアラキドン酸又はその塩を注入する工程を含む、胎盤排出方法。
【請求項2】
非ヒト哺乳動物が分娩誘起された非ヒト哺乳動物である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
非ヒト哺乳動物がウシである、請求項1又は2記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−60938(P2012−60938A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208325(P2010−208325)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、生物系特定産業技術研究支援センター、基礎的試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(310010575)地方独立行政法人北海道立総合研究機構 (51)