説明

アントシアニンを高含有するソバ属植物スプラウト

【課題】アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウト、アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトの加工品、及びアントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトの調製に利用できる、ダッタンソバの種子を提供する。
【解決手段】1mg/g乾物重以上のアントシアニンを含むソバ属植物スプラウト。ソバ属植物がダッタンソバであり、ダッタンソバが、北海T10号であり、北海T10号は、受領番号 FERM AP-21016として種子が寄託されている。上記のスプラウトを加工したものである、ソバ属植物スプラウトの加工品。北海T10号であるダッタンソバの種子。北海T10号の種子は、受領番号 FERM AP-21016として寄託されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アントシアニンを高含有するソバ属植物スプラウト及びこのスプラウトを加工した加工品に関する。さらに、このスプラウト及び加工品に用いられるダッタンソバの種子に関する。
【背景技術】
【0002】
タデ科に分類されるソバ属植物の主な栽培種には、ソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(F. tataricum)の2種がある。我が国では、ソバが主に食用され、ダッタンソバ(苦ソバ)は主に中国雲南一帯、ネパール等で利用されているが、国内では一部食されているに過ぎない。
【0003】
しかしながら、ダッタンソバは、北方系の作物であるためソバに比べ耐寒性が強く、畑作限界に近い北海道の道東酪農地帯においても栽培可能であり、冷涼で広大な農地での栽培により、無農薬、有機栽培、低コスト生産が可能であるという利点を持っている。また、最近、国産品種としてはじめて本格的な栽培が見込まれるダッタンソバ新品種(北海T8号)が北海道農業研究センターで育成されたこともあり大いに期待が集まっている。
【0004】
現在、「ソバ」は、健康食品としてイメージが定着し人気も上々である。その理由の1つは、ソバがルチン(高血圧予防、血管強化作用、抗酸化作用等の機能性を持つ)を含むからである。ダッタンソバ子実はこのルチンをソバの数十倍含んでいるため、特にその機能性に大きな期待が寄せられている。一方、ソバ、ダッタンソバのスプラウト(芽だし野菜)は、穀実以上のルチンを含む。特にダッタンソバのスプラウトは、ソバスプラウトに比べスプラウトのルチン含量が高いことで注目されている。
【0005】
上記の様に、近年、ソバおよびダッタンソバについては健康機能性を中心に非常に注目されており種々の研究が行われており、スプラウトの中でもソバもやしの生産方法も報告されている(特開2001-320966号公報、特開2000-308426号公報、特開2004-121065号公報(特許文献1〜3))。さらに、ソバもやし中の機能性成分の同定、定量等に関して鈴木ら報告(鈴木ら: Plant Science, 163, 417-423, 2002(非特許文献1))、渡辺らの報告(渡辺ら: 食科工, 49, 119-125, 2002; 食科工, 50, 32-34, 2003(非特許文献2))がある。
【0006】
ところで、そばの植物体からカルスを誘導し、これをさらに培養してアントシアニン系色素を生合成させ、得られた培養細胞からアントシアニン系色素を採取する、アントシアニン系色素の製造方法が知られている(特開平5-103685号公報(特許文献4))
【特許文献1】特開2001-320966号公報
【特許文献2】特開2000-308426号公報
【特許文献3】特開2004-121065号公報
【特許文献4】特開平5-103685号公報
【非特許文献1】Plant Science, 163, 417-423, 2002
【非特許文献2】渡辺ら: 食科工, 49, 119-125, 2002; 食科工, 50, 32-34, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ソバ属植物スプラウトはアントシアニンによって胚軸が淡い赤色に着色することも大きな特徴である。アントシアニンは多くの植物に含まれ、抗酸化能、抗炎症作用をはじめとする様々な機能性を有することが報告されている。特許文献4に記載のように、そばの細胞を栽培してアントシアニン系色素の製造方法することは知られているが、ソバ属植物自体のアントシアニン関する報告は、渡辺ら(日本)が光条件によってアントシアニン含量が変動することを明らかにした以外に無い。また、従来のソバ属植物が含むアントシアニン含量は非常に少ない。
【0008】
そこで、アントシアニン蓄積含量を増加させることで、より多くのアントシアニンの摂取を可能にし、またより鮮やかな赤色に着色するダッタンソバスプラウトが求められている。
【0009】
特許文献4(段落0003)にも記載されているように、一般には、アントシアニン系色素の生成には高照度の光照射が必要とされる。一方で、暗黒条件で栽培するいわゆる「もやし」においては、このような事情もあってか、アントシアニンが蓄積する植物に関する報告はほとんど無く、製品も無いのが現状である。
【0010】
そこで本発明は、アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトを提供することを目的とする。
【0011】
さらに本発明は、アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトの加工品を提供することを目的とする。
【0012】
加えて本発明は、アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトの調製に利用できる、ダッタンソバの種子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、これまで全く技術確立のされていなかったアントシアニンを高含有し、胚軸、子葉が鮮やかな赤色を呈するソバ属植物スプラウト用系統の開発を試みた。その結果、明条件、暗黒条件を選ばず、従来のソバ属植物スプラウトに比べ品質良好でアントシアニン含量が格段に高く、胚軸、子葉が鮮やかな赤色を呈するソバ属植物スプラウトを生産できる系統の開発に成功し、これに基づいて本発明を完成した。
【0014】
上記目的を達成する本発明は、以下の通りである。
[1]1mg/g乾物重以上のアントシアニンを含むソバ属植物スプラウト。
[2]ソバ属植物がダッタンソバである[1]に記載のスプラウト。
[3]ダッタンソバが、北海T10号である[2]に記載のスプラウト。
[4]北海T10号は、受領番号 FERM AP-21016として種子が寄託されている[2]に記載のスプラウト。
[5]ダッタンソバの種子を明条件または暗黒条件で栽培して得たスプラウトである[1]〜[4]のいずれかに記載のスプラウト。
[6]アントシアニンの含有量が2.5mg/g乾物重以上である[1]〜[5]のいずれかに記載のスプラウト。
[7]アントシアニンが、クロマニン(kuromanine)及びケラシアニン(keracyanine)の少なくとも1つである[1]〜[6]のいずれかに記載のスプラウト。
[8][1]〜[7]のいずれかに記載のスプラウトを加工したものである、ソバ属植物スプラウトの加工品。
[9][1]〜[9]のいずれかに記載のスプラウトを凍結乾燥したものである、ソバ属植物スプラウトの加工品。
[10]アントシアニンの含有量が2.5mg/g乾物重以上である[8]または[9]に記載の加工品。
[11]北海T10号であるダッタンソバの種子。
[12]北海T10号の種子は、受領番号 FERM AP-21016として寄託されている[11]に記載の種子。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来のソバ属植物スプラウトに比べアントシアニン含量が格段に高く鮮やかな赤色を呈するソバ属植物スプラウトの提供が可能になる。さらに本発明によれば、アントシアニン含量が格段に高いソバ属植物スプラウト加工品も提供できる。 または、本発明によれば、アントシアニン含有量の高いソバ属植物スプラウトの調製に利用できる、ダッタンソバの種子を提供することができる。
【0016】
本発明の技術を用いることによって鮮やかな赤色を呈するソバ属植物スプラウト・もやしの生産が可能になり、消費者のニーズに答えられると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
[スプラウト]
本発明は、1mg/g乾物重以上のアントシアニンを含むソバ属植物スプラウトに関する。本発明のスプラウトは、スプラウトの可食部のアントシアニン含量が乾物重1gあたり1mg以上であり、胚軸、子葉が鮮やかな赤色を有する。従来のソバ属植物スプラウトは、アントシアニンを含有しても、その含有量はせいぜい0.6mg/g乾物重程度であり、それに比べて本発明のスプラウトは、アントシアニンを高含有するものである。本発明において、アントシアニンの含有量は、好ましくは2.5mg/g乾物重以上である。スプラウト中のアントシアニンの含有量の調整については後述する。本発明のスプラウトに含有されるアントシアニンは、主に、クロマニン(kuromanine)及びケラシアニン(keracyanine)の少なくとも1つである。尚、スプラウトの可食部とは、根を除いた部分を意味する。
【0018】
本発明のスプラウトは、ソバ属植物のスプラウトである。本発明でいうソバ属植物とは、ソバ(Fagopyrum esculentum)およびダッタンソバ(Fagopyrum tataricum)をはじめとするタデ科、ソバ属(Fagopyrum)に属する植物のことで、品種・系統について特に限定はなくすべてのものが含まれる。本発明のソバ属植物スプラウトの特徴としては、従来のソバ属植物スプラウトに比べアントシアニン含量が格段に高いことを上げることができる。
【0019】
ただし、アントシアニン含量が高いという観点からは、ソバ属植物はダッタンソバであることが好ましい。さらに、ダッタンソバは、北海T10号であることが、アントシアニン含量が格段に高く、好ましい。北海T10号は、北海T8号を突然変異処理によって調製した品種であり、突然変異処理によって獲得したアントシアニンを高度に蓄積する形質を遺伝的に固定している。北海T10号の種子は、受領番号 FERM AP-21016として、平成18年9月6日に、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに種子が寄託(受領)されている。本発明は、このダッタンソバ北海T10号の種子も包含する。
【0020】
本発明のスプラウトは、ソバの種子を明条件または暗黒条件で栽培して得たスプラウトであり、ソバの種子は、北海T10号の種子であることが好ましい。
【0021】
尚、本発明のスプラウトは、ダッタンソバ北海T10号のスプラウトに限定されるものではない。ソバ属の植物である、例えば、ソバ(Fagopyrum esculentum)であればキタワセソバ、キタノマシュウ、常陸秋ソバ、スムチャンカなど、あるいはダッタンソバ(F. tataricum)では、例えば、北海T9号、北海T10号、ロータンデータム、ライスタイプなどに突然変異処理の方法(突然変異処理と目的とする機能を有する植物の選択方法)を適用することで、ダッタンソバ北海T10号と同等のソバ属の植物を得ることもできる。突然変異処理の方法は、例えば、2%(w/v)メタンスルホン酸エチル溶液にソバ属の植物の種子を2時間浸漬し、突然変異を誘発した後、圃場に播種し発芽させ、発芽後、子葉・胚軸の色を観察し赤色の濃い個体を選抜することで、実施できる。
【0022】
本発明のソバ属植物スプラウトの生産方法としては、通常のかいわれ大根に代表されるスプラウトの生産条件を参考に最適化された表1の条件が採用できる。但し、目標の品質、アントシアニン含量が得られる栽培条件で有れば特に生産条件に限定はない。
【0023】
【表1】

【0024】
上記条件で調製された北海T10号スプラウトのアントシアニン含量は、実施例に示すように、同条件で栽培した明条件下のソバ属植物スプラウトに比べ9.3〜1550倍の含量を示した。また、通常アントシアニンを蓄積しない暗条件において栽培された北海T10号スプラウトも、アントシアニンを高度に蓄積したものである。
【0025】
[加工品]
本発明のソバ属植物スプラウト加工品は、前記本発明のソバ属植物スプラウトを乾燥、加熱、煮炊き、または凍結などをすることで加工されたものを意味する。加工方法について特に限定ないが、アントシアニンの含有状態を維持でき、あるいは強化できる方法であることが好ましい。具体的な加工方法としては、ソバ属植物スプラウトの凍結乾燥粉末を挙げることができる。加工品は、アントシアニンの含有量が2.5mg/g乾物重以上であることが好ましい。
【実施例】
【0026】
次に実施例(比較例を含む)を示し、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0027】
[実施例1]
表2に示す条件で種々の品種・系統を用いソバ属植物スプラウトを生産し、得られたスプラウトのアントシアニン含量を測定した。アントシアニン含量は、生産直後のスプラウトを用いLC/MS/MS法によって測定した。含量は乾燥重量当たりの含量で示した。
【0028】
【表2】

【0029】
その結果を表3に示す。表3の結果から、比較例のソバ(キタワセソバ)、ダッタンソバスプラウト(北海T8号)に比べ、実施例のダッタンソバスプラウト(北海T10号)はアントシアニン含量が高く、比較例に比べ9.3〜1550倍以上高い含量を示した。また、比較例ではアントシアニンを蓄積しなかった暗黒条件においても、アントシアニンを蓄積した。
【0030】
【表3】

【0031】
以上の結果から、本ダッタンソバスプラウト系統は、従来のソバ属植物スプラウトに比べ、明条件、暗黒条件を選ばず格段にアントシアニン含量が高く、赤色が鮮やかなスプラウトとなることがわかる。
【0032】
上記で得られた明条件栽培した北海T10号のスプラウトに含まれるアントシアニンをHPLCで分離後、DAD、ESI-MSにて分析した。結果を図1に示す。北海T10号のスプラウトには二つの主要なピーク(ピーク1、ピーク2)が存在した(A)。
それぞれのピークのMS、MS/MSスペクトルから、北海T10号のアントシアニンがシアニジン配糖体であることを確認した(B,C)。ピーク1、ピーク2のリテンションタイム、MSスペクトル、MS/MSスペクトルは、市販のクロマニン、ケラシアニンのものとそれぞれ一致した(データ示さず)。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、従来のソバ属植物スプラウトに比べ、明条件、暗黒条件を選ばずアントシアニン含量が格段に高いスプラウトを提供できる。従って、本発明は、食品製造分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】北海T10号のスプラウトに含まれるアントシアニンの分析結果。(A:北海T10号のHPLCクロマトグラム、B:Aのピーク1のMS、MS/MSスペクトル、C:Aのピーク2のMS、MS/MSスペクトル)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1mg/g乾物重以上のアントシアニンを含むソバ属植物スプラウト。
【請求項2】
ソバ属植物がダッタンソバである請求項1に記載のスプラウト。
【請求項3】
ダッタンソバが、北海T10号である請求項2に記載のスプラウト。
【請求項4】
北海T10号は、受領番号 FERM AP-21016として種子が寄託されている請求項2に記載のスプラウト。
【請求項5】
ダッタンソバの種子を明条件または暗黒条件で栽培して得たスプラウトである請求項1〜4のいずれか1項に記載のスプラウト。
【請求項6】
アントシアニンの含有量が2.5mg/g乾物重以上である請求項1〜5のいずれか1項に記載のスプラウト。
【請求項7】
アントシアニンが、クロマニン(kuromanine)及びケラシアニン(keracyanine)の少なくとも1つである請求項1〜6のいずれか1項に記載のスプラウト。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のスプラウトを加工したものである、ソバ属植物スプラウトの加工品。
【請求項9】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のスプラウトを凍結乾燥したものである、ソバ属植物スプラウトの加工品。
【請求項10】
アントシアニンの含有量が2.5mg/g乾物重以上である請求項8または9に記載の加工品。
【請求項11】
北海T10号であるダッタンソバの種子。
【請求項12】
北海T10号の種子は、受領番号 FERM AP-21016として寄託されている請求項11に記載の種子。

【図1】
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【公開番号】特開2008−79524(P2008−79524A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−261625(P2006−261625)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月29日〜30日 園芸学会主催の「園芸学会雑誌 第75巻 別冊1」において文書をもって発表
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】