説明

イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤及び糖化ヘモグロビンの分析方法

【課題】親水性を高めてタンパク質等の非特異吸着を効果的に抑制することができるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤、及び、該イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた糖化ヘモグロビンの分析方法を提供する。
【解決手段】イオン交換基を有し、水の接触角が60°以下であって、表面が親水性化合物で被覆されていないイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性を高めてタンパク質等の非特異吸着を効果的に抑制することができるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤、及び、該イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた糖化ヘモグロビンの分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換液体クロマトグラフィー法は、イオン性を有する物質の分離に汎用されており、なかでも、糖化ヘモグロビンをはじめ、各種生体関連物質の分離分析に極めて有効な方法として知られている。
【0003】
イオン交換液体クロマトグラフィー法では、分析対象物質や混合物の非特異吸着により測定精度が低下することがあるため、この非特異吸着を抑制する必要があり、また、近年この方法が臨床検査等にも用いられているため高い測定精度が求められている。
この非特異吸着は、疎水性相互作用によって引き起こされると考えられるため、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤の表面の親水性をできるだけ高める必要がある。
【0004】
イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤の親水性を高める方法としては、例えば、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤の基材部分に親水性単量体を多く含有させる方法等が挙げられる。
しかしながら、親水性単量体の含量を多くすると、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤内部の親水性も高まってしまい、結果として充填剤の機械的強度が弱くなってしまうため、高速分離ができなくなったり、充填剤自体が膨潤・収縮を起こし、測定精度の低下を招いたりするといった問題が生じる。
【0005】
このような問題を解決する方法として、例えば、特許文献1には、疎水性架橋重合体粒子の表面に、親水性重合体の層が形成された被覆重合体粒子を用いる方法が開示されている。疎水性架橋重合体粒子は、構成する疎水性架橋性単量体によって強度に架橋されているため、機械的強度が高く、膨潤・収縮を防ぐことができる。また、被覆される親水性重合体の層の厚みを1〜30nmとすることで、分析対象物質等の非特異吸着の防止、及び、親水性重合体の層による膨潤・収縮の防止を実現できるとしている。
【0006】
しかしながら、現実的には、上記親水性重合体の層の厚みの範囲で、疎水性架橋重合体粒子の露出を防ぐことは難しく、結果的に疎水性相互作用に起因する非特異吸着を充分に防ぐことができなかった。
特に、糖化ヘモグロビンのように臨床検査等に用いられる物質を測定する場合には、一段と高いレベルで測定精度が要求されるため、疎水性相互作用に起因する非特異吸着を可能な限り防止する必要がある。
【0007】
このような非特異吸着を更に防止する方法として、例えば、特許文献2には、イオン交換基を有する充填剤表面に、タンパク質等の親水基を有する化合物を物理的に吸着させ親水化する方法が開示されている。
しかし、この方法では、使用初期には高い性能を発揮できるものの、長期間使用しているうちに、充填剤表面に吸着させた親水性化合物が脱離してしまい、測定精度が低下するという問題があった。
【0008】
このような問題に対しては、親水性化合物を充填剤表面に化学的に固定することにより解決できるが、固定化に要する工程が煩雑になるという問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公平8−7197号公報
【特許文献2】特開2001−91505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記現状に鑑み、親水性を高めてタンパク質等の非特異吸着を効果的に抑制することができるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤、及び、該イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた糖化ヘモグロビンの分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、イオン交換基を有し、水の接触角が60°以下であって、表面が親水性化合物で被覆されていないイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤である。
以下に本発明を詳述する。
【0012】
本発明者らは、鋭意検討の結果、表面を親水性化合物で被覆せずに、充填剤表面に対する水の接触角を一定の範囲にすることにより、疎水性相互作用に起因する非特異吸着を充分に防ぐことができ、結果的に高い測定精度をもつため、各種分離分析に極めて有効な充填剤を得ることができるということを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明のイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤(以下、単に本発明の充填剤ともいう)は、水の接触角が60°以下である。
ここで、接触角測定は、高分子材料をはじめ、表面の親水性、疎水性を評価する方法として用いられ、水の接触角が小さいほど親水性が高いと判断される。
従って、水の接触角を60°以下とすることで、親水性が大幅に向上し、疎水性相互作用に起因するタンパク質等の測定対象物質の非特異吸着を充分に抑制することができる。好ましくは50°以下である。
なお、上記水の接触角は、例えば、自動接触角計を用い、液滴の左右端点と頂点を結ぶ直線の、固体表面に対する角度から接触角を求める方法(θ/2法)等によって測定することができる。
【0014】
本発明の充填剤は、表面が親水性化合物で被覆されていない。なお、本明細書において、「表面が親水性化合物で被覆されていない」とは、タンパク質や多糖類をはじめとする生体由来の親水性化合物やポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、リン脂質ポリマー等の合成高分子親水性化合物が、充填剤の基材表面に対して物理吸着、又は、化学結合していないことを意味する。
表面が親水性化合物で被覆されていないことにより、親水性化合物が脱落したりすることもなく、長期間にわたって親水性を維持することができる。
【0015】
本発明の充填剤の表面に対する水の接触角を60°以下にする方法としては特に限定されず、例えば、充填剤の基材にオゾン水処理、オゾンガス処理、プラズマ処理、コロナ処理、過酸化水素水、次亜塩素酸ナトリウム等による表面酸化処理等の親水化処理する方法等が挙げられる。なかでも、オゾン水によって親水化処理することが好ましい。
なお、充填剤の基材が親水化処理を行わなくても水の接触角が60°以下である場合には特に親水化処理を行う必要がない。
【0016】
本発明の充填剤の基材としては、特に限定されず、例えば、重合性単量体等を用いた合成高分子微粒子、無機微粒子等を用いることができるが、合成有機高分子からなる疎水性架橋重合体粒子と、上記疎水性架橋重合体粒子の表面に共重合されたイオン交換基を有する親水性重合体からなる層とからなることが好ましい。また、このような基材を用いる場合には、最表面がオゾン水により親水化処理が施されていることが好ましい。
このような基材を用いた場合、疎水性の粒子を用いることにより充填剤としての機械的強度を保ちつつ、粒子表面を親水性の層により被覆し、更に親水化処理を施すことにより、疎水性相互作用に起因する非特異吸着を充分に防ぐことができ、結果的に高い測定精度をもつため、各種分離分析に極めて有効な充填剤を得ることができる。
【0017】
本発明の充填剤は、イオン交換基を有する。上記イオン交換基としては、例えば、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基等が挙げられる。これらのなかでは、スルホン酸基が好ましい。
【0018】
本発明の充填剤の別の態様として、合成有機高分子からなる疎水性架橋重合体粒子と、上記疎水性架橋重合体粒子の表面に共重合されたイオン交換基を有する親水性重合体からなる層とからなるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤であって、最表面がオゾン水により親水化処理が施されているイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤がある。
【0019】
別の態様の本発明の充填剤は、合成有機高分子からなる疎水性架橋重合体粒子と、上記疎水性架橋重合体粒子の表面に共重合されたイオン交換基を有する親水性重合体からなる層とからなる。
【0020】
上記疎水性架橋重合体は、1種の疎水性架橋性単量体を単独重合して得られる疎水性架橋重合体、2種以上の疎水性架橋性単量体を共重合して得られる疎水性架橋重合体、少なくとも1種の疎水性架橋性単量体と少なくとも1種の疎水性非架橋性単量体とを共重合して得られる疎水性架橋重合体のいずれであってもよい。
【0021】
上記疎水性架橋性単量体としては、単量体1分子中にビニル基を2個以上有するものであれば特に限定されず、例えば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート等のジ(メタ)アクリル酸エステル;テトラメチロールメタントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、テトラメチロールメタンテトラ(メタ)アクリレート等のトリ(メタ)アクリル酸エステル又はテトラ(メタ)アクリル酸エステル;ジビニルベンゼン、ジビニルトルエン、ジビニルキシレン、ジビニルナフタレン等の芳香族系化合物等が挙げられる。
【0022】
上記疎水性非架橋性単量体としては、疎水性の性質を有する非架橋性の重合性有機単量体であれば特に限定されず、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、t−ブチル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル;スチレン、メチルスチレン等のスチレン系単量体等が挙げられる。
【0023】
上記疎水性架橋重合体が、上記疎水性架橋性単量体と上記疎水性非架橋性単量体との共重合からなる場合には、上記疎水性架橋性単量体が全単量体100重量部に対して10重量部以上であることが好ましく、20重量部以上であることがより好ましい。
【0024】
上記イオン交換基を有する親水性重合体は、イオン交換基を有する親水性単量体から構成されるものであり、イオン交換基を有する親水性単量体を1種以上含めばよく、すなわち、イオン交換基を有する親水性単量体単独で重合させる、イオン交換基を有する親水性単量体とイオン交換基を有さない親水性単量体とを共重合させる方法等が挙げられる。
【0025】
上記イオン交換基を有する親水性単量体としては特に限定されず、水性分散媒中に溶解可能な重合性単量体の中から本発明の充填剤の使用目的に応じて選択すればよく、カチオン交換液体クロマトグラフィーに用いる場合には、例えば、アクリル酸、メタクリル酸等のカルボキシル基を有する単量体、スチレンスルホン酸、アリルスルホン酸、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等のスルホン酸基を有する単量体、((メタ)アクリロイルオキシエチル)アシッドホスフェート、(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)アシッドホスフェート等のリン酸基を有する単量体等が挙げられ、なかでも、スルホン酸基を有する単量体が好適に用いられ、アニオン交換液体クロマトグラフィーに用いる場合には、例えば、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、アリルアミン等のアミノ基を有する単量体等が用いられる。
【0026】
上記イオン交換基を有さない親水性単量体としては特に限定されず、水性分散媒中に溶解可能な重合性単量体の中から本発明の充填剤の使用目的に応じて選択すればよく、例えば、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロールモノ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、ビニルピロリドン等が挙げられる。
【0027】
上記イオン交換基を有する親水性単量体と、上記イオン交換基を有さない親水性単量体とを混合して用いる場合には、混合比率としては特に限定されず、必要なイオン交換基容量に応じて混合比率を決定すればよい。
【0028】
別の態様の本発明の充填剤は、最表面がオゾン水により親水化処理が施されている。
【0029】
オゾンは二重結合との反応性が高いことが知られている。二重結合と反応したオゾンは、中間体であるオゾナイドを形成し、その後、カルボキシル基などが形成される。
本発明においては、親水性重合体で被覆した後、表面に露出する疎水性架橋重合体の構造は、未反応のビニル基、すわなち、二重結合であると考えられるため、オゾンによって効果的に酸化処理を施すことができる。
【0030】
上記オゾン水とは、オゾンガスが水に溶解したものを意味する。
オゾンには強力な酸化作用があるが、オゾンガスでは、粒子表面を均一に酸化することにより親水化処理を施すことが非常に難しい。
しかし、別の態様の本発明ではオゾン水を用いることにより、オゾン水中に粒子を分散させるだけで粒子表面を簡便に酸化させ親水化処理を施すことができる。親水化処理の結果、疎水性の構造部分が酸化され、親水性基(−OH、−CHO、−COOH等)が生成すると考えられる。
【0031】
上記オゾン水における溶存オゾンガスの濃度としては特に限定されないが、好ましい下限は20ppmである。20ppm未満であると、親水化処理に時間がかかったり、充分な親水化処理を施せずに測定対象物質等の非特異吸着を充分に抑制することができなかったりする。より好ましい下限は50ppmである。なお、濃度の好ましい上限は特にない。
【0032】
上記オゾン水の調製方法としては特に限定されず、例えば、特開2001−330969号公報等に記載されているように、原料水とオゾンガスとを、気体のみを透過し液体の透過を阻止するオゾンガス透過膜を介して接触させる方法等により調製することができる。
【0033】
別の態様の本発明の充填剤の接触角も上記同様に60°以下であることが好ましく、50°以下であることがより好ましい。
【0034】
別の態様の本発明の充填剤の製造方法としては特に限定されず、従来公知の方法により上記被覆重合体粒子を製造し、オゾン水中に該被覆重合体粒子を分散させることにより、更に親水化処理を施せばよい。
【0035】
本発明の充填剤の平均粒子径としては特に限定されないが、好ましい下限は0.1μm、好ましい上限は20μmである。0.1μm未満であると、カラム内が高圧になりすぎて分離不良を起こすことがあり、20μmを超えると、カラム内のデッドボリュームが大きくなり過ぎて分離不良を起こすことがある。
【0036】
本発明の充填剤の粒度分布(CV値)としては特に限定されないが、好ましい上限は40%である。40%を超えると、カラム内のデッドボリュームが大きくなりすぎ、分離不良を起こすことがある。より好ましい上限は15%である。
【0037】
本発明の充填剤は、糖化ヘモグロビン等のヘモグロビン類(Hb)の測定に用いることができる。このような糖化ヘモグロビン類の測定方法もまた、本発明の1つである。
具体的には、例えば、本発明のイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を公知のカラムに充填した後、得られたカラムに所定の条件で溶離液及び測定試料を送液することにより、ヘモグロビン類を測定することができる。
【0038】
上記溶離液としては、従来公知のものを使用することができ、例えば、有機酸、無機酸、又は、これらの塩類を成分とする液等を用いることができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、親水性を高めてタンパク質等の非特異吸着を効果的に抑制することができるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤、及び、該イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた糖化ヘモグロビンの分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】評価(2)における、ヘモグロビンA1c測定によるHb回収率の結果をグラフで示した図である。
【図2】評価(6)における、ヘモグロビンA1c測定によるHb回収率の結果をグラフで示した図である。
【図3】評価(7)における、ヘモグロビンA1c測定における測定値変動をグラフで示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
攪拌機付き反応器に、3%ポリビニルアルコール(日本合成化学社製)水溶液に、テトラエチレングリコールジメタアクリレート(新中村化学社製)300g、トリエチレングリコールジメタアクリレート(新中村化学社製)100g及び過酸化ベンゾイル(キシダ化学社製)1.0gの混合物を添加した。攪拌しながら加熱し、窒素雰囲気下にて80℃1時間重合した。次に、イオン交換基を有する単量体として、2−メタアクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(東亜合成化学社製)100g、ポリエチレングリコールメタアクリレート(日本油脂社製、エチレングリコール鎖n=4)100gをイオン交換水に溶解した。この混合物を同じ反応器に添加して、同様にして、攪拌しながら窒素雰囲気下で80℃で2時間重合した。得られた重合組成物を水及びアセトンで洗浄することにより、イオン交換基を有する親水性の被覆重合体粒子を得た。
得られた被覆重合体粒子について、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定したところ、平均粒子径は8μm、CV値は14%であった。
【0043】
得られた被覆重合体粒子10gを溶存オゾンガス濃度100ppmのオゾン水300mLに浸漬し、30分間攪拌した。攪拌終了後、遠心分離機(日立製作所社製Himac CR20G)を用いて遠心分離し、上澄みを除去した。この操作を2回繰り返し、親水化処理を施し、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。なお、オゾン水は、内径15cm×長さ20cmの円柱形を有する外套内に、パーフルオロアルコキシ樹脂からなる内径0.5mm×厚さ0.04mm×長さ350cmの中空管状のオゾンガス透過膜400本収容されたオゾン溶解モジュールを含むオゾン水製造システム(積水化学工業社製)を用いて調製した。
【0044】
(実施例2)
ポリエチレングリコールメタアクリレートをメトキシポリエチレングリコールメタアクリレート(日本油脂社製、エチレングリコール鎖n=4)に置き換えたこと以外は、実施例1と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0045】
(比較例1)
オゾン水処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0046】
(比較例2)
実施例1と同様にして得られた被覆重合体粒子において、オゾン水処理の変わりにタンパク質のコーティング処理を施した。上記充填剤粒子10gにリン酸緩衝液(pH5.7)に溶解させた0.2%BSA(ウシ血清アルブミン)200mlを加え、2分間超音波処理し、60℃の恒温水槽中で24時間ゆるやかに撹拌したのち、恒温水槽から取り出し、室温になるまで放置した。その後、遠心分離にて上清を除去し、そこにリン酸緩衝液(pH8.5)を200ml添加し、再度遠心分離により上清を除去した。そこへリン酸緩衝液(pH5.7)を200ml添加し、再々度遠心分離にて上清を除去し、物理吸着によるタンパク質コーティングを行ったイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0047】
<評価>
実施例1〜2及び比較例1〜2で得られたイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤について、以下の評価を行った。
【0048】
(1)接触角測定
実施例1〜2及び比較例1〜2で得られた被覆重合体粒子について、接触角測定を行った。測定は、自動接触角計(協和界面科学社製、Dropmaster500)を用いて行った。乾燥させた被覆重合体粒子をスライドガラス上に貼付した両面テープ上に均一になるようにのせ、その後エアースプレーで余分な粒子を除去した。これにより、両面テープ上に被覆重合体粒子1層分を固定化した。この様子は、マイクロスコープで確認した。
イオン交換水1μLの液滴を作製し、スライドガラス上に固定化した被覆重合体粒子上に着液させ、接触角をθ/2法により算出した。なお、接触角が90°より小さい場合、着液後の水滴は濡れ広がろうとする。従って、着液後の接触角は、経時的に小さくなる。そこで、着液後0.5秒後の接触角値を用いて評価を行うこととした。
結果を表1に示した。
【0049】
(2)ヘモグロビンA1c測定によるHb回収率の評価
実施例1及び比較例1、2で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を液体クロマトグラフィーシステムのカラムに充填した。一方、グリコHbコントロールレベル2(国際試薬製、参考数値10.4±0.5%)を200μLの注射用水で溶解した後、希釈液(0.1%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で100倍に希釈したものを調製し、測定試料とした。
得られたカラムを用いて、下記の条件により測定試料中のヘモグロビンA1c量及びヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンとの合計量をクロマトグラムのピーク面積で評価した。測定は10検体連続で行い、その後半5検体のヘモグロビンA1cピークの面積値及びヘモグロビンA1cピークと非糖化ヘモグロビンピークとの面積値の平均値を測定値とした。
結果を表2、図1に示した。図1は、実施例1で得られたヘモグロビンA1cピーク面積値及びヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンピークの面積値合計を100%とし、比較例1、比較例2で得られた各ピーク面積を比較した。
システム:送液ポンプ LC−9A(島津製作所社製)
オートサンプラー ASU―420(積水化学工業社製)
検出器 SPD−6AV(島津製作所社製)
溶離液:第1液 170mMリン酸緩衝液(pH5.7)
第2液 300mMリン酸緩衝液(pH8.5)
溶出法:0〜3分は第1液を、3〜3.2分は第2液を、3.2〜4分は第1液にて溶出
流速:1.0mL/分
検出波長:415nm
資料注入量:10μL
【0050】
(3)ヘモグロビンA1c測定における測定値変動の評価(耐久性評価)
実施例1、比較例1及び比較例2で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を液体クロマトグラフィーシステムのカラムに充填した。一方、グリコHbコントロールレベル2(国際試薬社製、参考数値10.4±0.5%)を200μLの注射用水で溶解した後、希釈液(0.1%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で100倍に希釈したものを調製し、測定試料とした。また、負荷試料として、健常人血をNaF採血し、溶血希釈液(0.1重量%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で溶血し、150倍に希釈したものを用いた。
測定試料、負荷試料合わせて約1000検体の測定を行い、任意の間隔で測定試料10検体を連続で測定し、その平均値を用いて評価した。下記の条件により測定試料中のヘモグロビンA1c量及び非糖化ヘモグロビン量を測定し、ヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンとの合計に対するヘモグロビンA1cの割合(ヘモグロビンA1c値(%))を求めた。また、ヘモグロビンA1cの保持時間も測定した。
結果を表3に示した。
システム:送液ポンプ LC−9A(島津製作所社製)
オートサンプラー ASU―420(積水化学工業社製)
検出器 SPD−6AV(島津製作所社製)
溶離液:第1液 170mMリン酸緩衝液(pH5.7)
第2液 300mMリン酸緩衝液(pH8.5)
溶出法:0〜3分は第1液を、3〜3.2分は第2液を、3.2〜4分は第1液にて溶出
流速:1.0mL/分
検出波長:415nm
試料注入量:10μL
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
表1に示すように、実施例1、2では、イオン交換基を含む親水性重合体の層を形成し、更に、オゾン水で親水化処理を行うことにより、水の接触角を60°以下の表面にすることができた。また、比較例2においても、親水性化合物であるタンパク質でコーティングすることにより、水の接触角を60°以下の表面にすることができた。比較例1では、実施例1と比較して明らかに接触角が大きくなった。
図1に示すように、実施例1と比較して、接触角が大きい比較例1では、ヘモグロビンA1cピーク面積値及びヘモグロビンA1cピークと非糖化ヘモグロビンピークの面積値合計は低下する結果となった。また、接触角が小さい比較例2では、ヘモグロビンA1cピーク面積値及びヘモグロビンA1cピークと非糖化ヘモグロビンピークの面積値合計ともの実施例1と同レベルであった。すなわち、接触角が60°以上である場合には、ヘモグロビンA1cや他のヘモグロビン成分が、充填剤粒子表面に吸着していることを示す。
表2に示すように、実施例1で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた場合には、1000検体測定の間、ヘモグロビンA1c値(%)の変動、保持時間の変動ともにが非常に小さく、正確な測定が可能であることがわかった。一方、比較例1の場合には、ヘモグロビンA1c値が大きく変動した。これは、ヘモグロビンA1cや他のヘモグロビン成分が非特異吸着を起こしていることに起因していると考えられる。また、比較例2の場合には、保持時間が変動した。これは、親水性を向上させるためにコーティングしたタンパク質が測定中に脱離していることに起因していると考えられる。
【0055】
(実施例3)
攪拌機付き反応器に、3%ポリビニルアルコール(日本合成化学社製)水溶液に、テトラエチレングリコールジメタアクリレート(新中村化学社製)300g、トリエチレングリコールジメタアクリレート(新中村化学社製)100g及び過酸化ベンゾイル(キシダ化学社製)1.0gの混合物を添加した。攪拌しながら加熱し、窒素雰囲気下にて80℃1時間重合した。次に、イオン交換基を有する単量体として、2−メタアクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(東亜合成化学社製)100g、ポリエチレングリコールメタアクリレート(日本油脂社製、エチレングリコール鎖n=4)100gをイオン交換水に溶解した。この混合物を同じ反応器に添加して、同様にして、攪拌しながら窒素雰囲気下で80℃で2時間重合した。得られた重合組成物を水及びアセトンで洗浄することにより、イオン交換基を有する親水性の被覆重合体粒子を得た。
得られた被覆重合体粒子について、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定したところ、平均粒子径は8μm、CV値は14%であった。
【0056】
得られた被覆重合体粒子10gを溶存オゾンガス濃度100ppmのオゾン水300mLに浸漬し、30分間攪拌した。攪拌終了後、遠心分離機(日立製作所社製Himac CR20G)を用いて遠心分離し、上澄みを除去した。この操作を2回繰り返し、親水化処理を施し、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
なお、オゾン水は、内径15cm×長さ20cmの円柱形を有する外套内に、パーフルオロアルコキシ樹脂からなる内径0.5mm×厚さ0.04mm×長さ350cmの中空管状のオゾンガス透過膜400本収容されたオゾン溶解モジュールを含むオゾン水製造システム(積水化学工業社製)を用いて調製した。
【0057】
(実施例4)
ポリエチレングリコールメタアクリレートをメトキシポリエチレングリコールメタアクリレート(日本油脂社製、エチレングリコール鎖n=4)に置き換えたこと以外は、実施例3と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0058】
(実施例5)
ポリエチレングリコールメタアクリレートをグリセリロールメタアクリレート(日本油脂社製)に置き換えたこと以外は、実施例3と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0059】
(実施例6)
ポリエチレングリコールメタアクリレートを添加しなかったこと以外は、実施例3と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0060】
(比較例3)
オゾン水処理を行わなかったこと以外は、実施例3と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0061】
(比較例4)
オゾン水処理の代わりに過酸化水素水を用いて酸化処理を施したこと以外は、実施例3と同様にして被覆重合体粒子、及び、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。過酸化水素水を用いた酸化処理方法を以下に示す。
被覆重合体粒子10gに1%過酸化水素水300mLを浸漬し、30分攪拌した。なお、1%過酸化水素水は、30%過酸化水素水(和光純薬工業社製)を用いて調製した。攪拌終了後、遠心分離機(日立製作所社製、Himac CR20G)を用いて遠心分離し、上澄みを除去した。この操作を2回繰り返し、イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を得た。
【0062】
<評価>
実施例3〜6及び比較例3〜4で得られたイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤について、以下の評価を行った。
【0063】
(4)親水性重合体からなる層の厚さの測定
実施例3〜6及び比較例3〜4で作製されたイオン交換基を有する親水性の被覆重合体粒子について、親水性重合体からなる層の厚さを、特公平8−7197に開示されている「被覆層の平均厚さの測定方法」に従い測定した。その結果、得られた被覆重合体粒子の被覆層の厚さは5〜10nmであり、好ましい範囲とされる1〜30nmの範囲内であることを確認した。
【0064】
(5)接触角測定
実施例3〜6及び比較例3〜4で得られた被覆重合体粒子について、接触角測定を行った。測定は、協和界面科学社製Dropmaster500を用いて行った。乾燥させた被覆重合体粒子をスライドガラス上に貼付した両面テープ上に均一になるようにのせ、その後エアースプレーで余分な粒子を除去した。これにより、両面テープ上に被覆重合体粒子1層分を固定化した。この様子は、マイクロスコープで確認した。
イオン交換水1μLの液滴を作製し、スライドガラス上に固定化した被覆重合体粒子上に着液させ、接触角をθ/2法により算出した。なお、接触角が90°より小さい場合、着液後の水滴は濡れ広がろうとする。従って、着液後の接触角は、経時的に小さくなる。そこで、着液後0.5秒後の接触角値を用いて評価を行うこととした。
結果を表4に示した。
【0065】
(6)ヘモグロビンA1c測定によるHb回収率の評価
実施例3及び比較例3、4で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を液体クロマトグラフィーシステムのカラムに充填した。一方、グリコHbコントロールレベル2(国際試薬製、参考数値10.4±0.5%)を200μLの注射用水で溶解した後、希釈液(0.1%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で100倍に希釈したものを調製し、測定試料とした。得られたカラムを用いて、下記の条件により測定試料中のヘモグロビンA1c量及びヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンとの合計量をクロマトグラムのピーク面積で評価した。測定は10検体連続で行い、その後半5検体のヘモグロビンA1cピークの面積値及びヘモグロビンA1cピークと非糖化ヘモグロビンピークとの面積値の平均値を測定値とした。
結果を表5、図2に示した。図2は、実施例3で得られたヘモグロビンA1cピーク面積値及びヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンピークの面積値合計を100%とし、比較例3、4で得られた各ピーク面積を比較した。
システム:送液ポンプ LC−9A(島津製作所社製)
オートサンプラー ASU―420(積水化学工業社製)
検出器 SPD−6AV(島津製作所社製)
溶離液:第1液 170mMリン酸緩衝液(pH5.7)
第2液 300mMリン酸緩衝液(pH8.5)
溶出法:0〜3分は第1液を、3〜3.2分は第2液を、3.2〜4分は第1液にて溶出
流速:1.0mL/分
検出波長:415nm
資料注入量:10μL
【0066】
(7)ヘモグロビンA1c測定における測定値変動の評価(耐久性評価)
実施例3及び比較例3、4で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を液体クロマトグラフィーシステムのカラムに充填した。一方、グリコHbコントロールレベル2(国際試薬社製、参考数値10.4±0.5%)を200μLの注射用水で溶解した後、希釈液(0.1%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で100倍に希釈したものを調製し、測定試料とした。また、負荷試料として、健常人血をNaF採血し、溶血希釈液(0.1重量%トリトンX−100を含有するリン酸緩衝液(pH7.0))で溶血し、150倍に希釈したものを用いた。
測定試料、負荷試料合わせて約1000検体の測定を行い、任意の間隔で測定試料10検体を連続で測定し、その平均値を用いて評価した。下記の条件により測定試料中のヘモグロビンA1c量及び非糖化ヘモグロビン量を測定し、ヘモグロビンA1cと非糖化ヘモグロビンとの合計に対するヘモグロビンA1cの割合(ヘモグロビンA1c値(%))を求めた。
結果を表6、図3に示した。
システム:送液ポンプ LC−9A(島津製作所社製)
オートサンプラー ASU―420(積水化学工業社製)
検出器 SPD−6AV(島津製作所社製)
溶離液:第1液 170mMリン酸緩衝液(pH5.7)
第2液 300mMリン酸緩衝液(pH8.5)
溶出法:0〜3分は第1液を、3〜3.2分は第2液を、3.2〜4分は第1液にて溶出
流速:1.0mL/分
検出波長:415nm
試料注入量:10μL
【0067】
【表4】

【0068】
【表5】

【0069】
【表6】

【0070】
表4に示すように、実施例3〜6では、イオン交換基を含む親水性重合体の層を形成し、更に、オゾン水で親水化処理を行うことにより、水の接触角を60°以下の表面にすることができた。実施例6はイオン交換基を含まない親水性単量体を添加しないことで、疎水性重合体の露出面が大きくなっていることにより、接触角が若干大きくなっているものと考えられる。比較例3、4は、実施例3と比較して、明らかに接触角が大きくなった。比較例4の結果から、過酸化水素水を用いた酸化処理方法では、不充分であることがわかった。
表5、図2より、実施例3と比較して、比較例3、4ともにヘモグロビンA1cピーク面積値及びヘモグロビンA1cピークと非糖化ヘモグロビンピークの面積値合計は低下する結果となった。すなわち、ヘモグロビンA1cや他のヘモグロビン成分が、充填剤粒子表面に吸着していることを示す。
表6、図3より、実施例3で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた場合には、1000検体測定の間、ヘモグロビンA1c値(%)の変動が非常に小さく、正確な測定が可能であることがわかった。一方、比較例3、4で作製したイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた場合には、初期300検体測定までヘモグロビンA1c値(%)が大きく変動することがわかった。これは、評価(6)で見られたヘモグロビンA1cや他のヘモグロビン成分が非特異吸着を起こしていることに起因していると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、親水性を高めてタンパク質等の非特異吸着を効果的に抑制することができるイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤、及び、該イオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いた糖化ヘモグロビンの分析方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換基を有し、水の接触角が60°以下であって、表面が親水性化合物で被覆されていないことを特徴とするイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤。
【請求項2】
イオン交換基は、スルホン酸基であることを特徴とする請求項1記載のイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載のイオン交換液体クロマトグラフィー用充填剤を用いることを特徴とする糖化ヘモグロビンの分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−64752(P2013−64752A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−266942(P2012−266942)
【出願日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【分割の表示】特願2007−158592(P2007−158592)の分割
【原出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)