説明

イディオタイプ抗原用担体およびそれを用いたイディオタイプワクチン

【課題】がん特異的免疫療法において、効率よくがん特異的抗原を細胞傷害性リンパ球に認識させるための方法および試薬(担体)、ワクチン等を提供する。特に、体内に大量に存在している免疫グロブリンをがん特異的抗原として用いた場合であっても抗原が特異的に効率よく抗原提示細胞へ取り込まれ、かつ同時に抗原提示細胞を活性化することを可能にする方法および試薬(担体)、ワクチン等を提供する。
【解決手段】イディオタイプ抗原と尿酸塩結晶からなる担体とからなる複合体を含むことを特徴とするイディオタイプワクチン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫刺激のための特異的抗原の担体、さらに具体的にはがん細胞を標的とする細胞傷害性T細胞(以下、CTLということがある)を効率的に誘導するための、特異的抗原の担体に関する。本発明はまた、これらの担体を用いた抗原複合体およびそれを含む免疫刺激用組成物(ワクチン)、ならびにワクチンの製造方法等にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腫瘍特異抗原の発見や樹状細胞の利用により腫瘍免疫療法が開発されている。がん抗原タンパク(がんワクチン)を用いた腫瘍特異的細胞免疫は、がんの治療や再発予防に応用することが可能である。腫瘍特異的細胞免疫は、(1)特異的抗原(がん抗原タンパク)の作製、(2)抗原提示細胞への抗原感作、(3)抗原提示細胞によるCTLの教育・増殖の、3段階を経て惹起される。
【0003】
がん細胞が特有な抗原を持っている場合、その抗原タンパクは腫瘍細胞内でペプチドに分解され、一部がMHCクラスIと複合体を形成し、がん細胞表面に提示される。末梢血中に存在するCTLは、同細胞表面上のT細胞抗原レセプターを介してがん細胞のMHCクラスI複合体と結合し、がん細胞を非自己と認識した場合には積極的に攻撃する。したがって、クラスI分子上に提示されるようながん特異的抗原をがんワクチンとして使用することによりCTLを効率的に誘導することができる。
【0004】
がん特異抗原が作製できたら、がん特異的免疫療法の成功のためには、がん特異的抗原をいかに効率的に細胞傷害性リンパ球に認識させるかが課題となる。樹状細胞(以下、DCということがある)は、生体内で最も強力な抗原提示機能を有する細胞であり、自分が取り込んだ抗原をナイーブT細胞に提示し、抗原特異的なCTLの増殖活性を誘導し、特異的免疫を機能させる能力を有する。樹状細胞は、抗原を感作させた後にリンパ球と混合培養すると、腫瘍に特異的なCTLを最も効率的に誘導し感作効率を高めることが知られている。したがって、樹状細胞は、がんワクチンを用いた腫瘍特異的細胞免疫療法の司令塔として働く細胞として利用されている。
【0005】
多発性骨髄腫は、白血病や悪性リンパ腫とならぶ造血器悪性腫瘍のひとつで、白血球の一種であるリンパ球から分化・成熟した形質細胞が、がん化して発症する疾患である。形質細胞は、身体に侵入したウイルスや細菌などの異物を排除する作用をもつタンパク質(抗体=免疫グロブリン)を産生する。免疫グロブリンは、可変領域を含むFab領域(ab fraction; Fab)部分と定常領域(constant fraction; Fc)部分とに分かれ、Fabの可変領域は対象抗原に特異的なイディオタイプ抗原である。形質細胞では1種類の免疫グロブリンしか産生されないため、がん化した形質細胞(骨髄腫細胞)の可変領域部分は腫瘍特異抗原として用いることができる。
【0006】
既に、本発明者らは、多発性骨髄腫細胞株IM−9の培養上清よりIgG可変領域を切り出してイディオタイプ抗原とし、IM−9細胞とHLA−Aが合致したボランティアの単球より誘導した樹状細胞を感作した後、同じボランティアから得たリンパ球と共培養した実験系において、増殖したリンパ球が骨髄腫細胞株IM−9に対する細胞傷害性を有することを証明した(非特許文献1および2)。すなわち、多発性骨髄腫において、比較的簡単に精製できる免疫グロブリンFab領域を抗原として樹状細胞を感作することにより、腫瘍特異的な細胞傷害性T細胞を効率的に誘導できる可能性があることが証明されている。
【0007】
しかし、免疫グロブリンは患者体内に大量に存在しているため、がん抗原として感作されにくいことが予想される。そのため、免疫グロブリンを抗原として用いた場合であっても、抗原が特異的に抗原提示細胞へ取り込まれ、かつ同時に抗原提示細胞を活性化できるような方法を開発することにより、より効率的に腫瘍特異的細胞免疫が惹起されるようにすることが望まれている。
【0008】
尿酸ナトリウム(MSU)結晶は、ヒト体内においては体液中に過剰に存在する尿酸が体内で析出することにより形成され、痛風発作と呼ばれる特異的な関節炎症状を引き起こす物質である。MSU結晶は2〜20μmの長針状または桿状の形状を示し、結晶表面は不規則であり、空間の充填が乏しく催炎性が強いとされる表面構造を示す。結晶表面は陰性荷電を持ち、IgGを中心とした免疫グロブリンやリポタンパクの付着が認められ、IgGは陽性に荷電しているFab部分でMSU結晶と結合しているとされている(非特許文献3)。
【0009】
近年、MSU結晶が局所における免疫反応の重要物質として働いていると考えられるようになってきた。例えば、Shiらは、局所で傷害された細胞から放出された尿酸が内因性の危険信号(danger signal)として樹状細胞に働くこと、および予め形成させたMSU結晶をインビボ注射するとアジュバント活性が見られることを報告した(非特許文献4)。また、Huらは、尿酸濃度に依存して免疫拒絶反応が高まることやMSU結晶の皮下投与により異種移植片の拒絶反応が促進されることを報告した(非特許文献5)。
【0010】
しかし、MSU結晶を特定の抗原と予め結合させることは記載されていない。
【非特許文献1】酒巻一平、上田孝典、高澤ゆみえ、岩崎博道、稲井邦博、津谷 寛:「Fabを抗原としたmyeloma cell lineに対するallogenic CTLの誘導」。第65回日本血液学会総会・第45回日本臨床血液学会総会、2003.8. 臨床血液 44(8),874,2003,8。
【非特許文献2】Sakamaki, I., Inai, K., Takazawa, Y., Tsutani, H., *Ueda, T.:Clonal expansion of TCR V beta repertoires in CD8 and CD4 T cells in response to idiotype protein. American Association for Cancer Research 95th Annual Meeting,Abstract. 45, 294-295, 2004,3.
【非特許文献3】Kozin F. et al., J Lab Clin Med. 1980
【非特許文献4】Shi et al., Nature 425:516-521 (2003)
【非特許文献5】Hu et al., Cancer Res. 64:5059-5062 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、がん特異的免疫療法において、効率よくがん特異的抗原を細胞傷害性リンパ球に認識させるための方法および試薬(担体)、ワクチン等を提供することを目的とする。特に、体内に大量に存在している免疫グロブリンをがん特異的抗原として用いた場合であっても抗原が特異的に効率よく抗原提示細胞へ取り込まれ、かつ同時に抗原提示細胞を活性化することを可能にする方法および試薬(担体)、ワクチン等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、MSU結晶を抗原担体として用いることにより上記目的が達成されることを見い出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明により、
〔1〕 イディオタイプ抗原と尿酸塩結晶からなる担体とからなる複合体を含むことを特徴とするイディオタイプワクチン;
〔2〕 イディオタイプ抗原が、多発性骨髄腫細胞によって産生される免疫グロブリンまたは可変領域を含むその一部である、前記〔1〕記載のイディオタイプワクチン;
〔3〕 尿酸塩結晶が、針状結晶を超音波処理したものである、前記〔1〕または〔2〕記載のイディオタイプワクチン;
〔4〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを製造する方法であって、イディオタイプ抗原と尿酸塩結晶とを一緒にして静置することによりイディオタイプ抗原と尿酸塩結晶との複合体を形成させる工程を含む方法;
〔5〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを用いて樹状細胞を刺激し、この樹状細胞を用いて細胞傷害性T細胞を刺激することを特徴とする、特異的細胞傷害性T細胞の免疫応答を促進する方法;
〔6〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを製造するための担体であって、尿酸ナトリウム結晶からなる担体、が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明のイディオタイプ抗原用担体は、樹状細胞にイディオタイプ抗原を効率的に取り込ませることができる。さらに、本発明のイディオタイプ抗原用担体を使用することにより、抗原の取り込み促進と同時に樹状細胞を活性化することができる。すなわち本発明の担体は、抗原取り込み能の優れた未熟樹状細胞に抗原を取り込ませると同時に、従来使用されてきた各種の成熟化物質を使用することなしに抗原提示能の優れた成熟樹状細胞への成熟化を行なうことができるので、非常に有利である。その結果、本発明のイディオタイプ抗原用担体を用いたイディオタイプワクチンは非常に有効性が高く、腫瘍特異的免疫療法が成功する可能性が高くなると期待される。また、本発明のイディオタイプ抗原用担体は生体内に存在しうる物質に基づいているため、予測できない副作用を引き起こす危険がなく、安全性が高い。したがって、本発明の担体に腫瘍由来のイディオタイプ抗原を結合させた複合体は、がんワクチン(抗がん剤)として使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の担体は、尿酸塩結晶からなる。尿酸塩結晶としては各種の形状のものが知られているが、どのような形状のものであってもよく、また、結晶は、公知のいずれの方法で作製してもよい。一般的には、水に難溶性の尿酸をアルカリや加熱により溶解して尿酸を含む溶液を用意し、静置して冷却することにより結晶を析出させる。
【0016】
結晶のサイズは小さい方が細胞による取り込みのために有利である。例えば、結晶は、貪食されやすいように樹状細胞より小さいサイズ、例えば直径10μm以下のサイズであることが好ましい。細かい結晶を得るためには、いったん製造した結晶を超音波処理等によって破砕してもよい。この場合、破砕のしやすさの点からは、針状結晶のみまたは針状結晶を主に含む結晶を使用することが好ましい。
【0017】
尿酸塩として特に好ましいのは尿酸ナトリウム(MSU)および尿酸水素ナトリウムであり、最も好ましいのは尿酸一ナトリウム一水和物である。痛風結節内など生体内の尿酸塩結晶は尿酸水素ナトリウムであり、さらに結晶水1分子を含み、尿酸一ナトリウム一水和物が形成される(非特許文献3)。MSU結晶は、ピロリン酸カルシウム結晶やヒドロキシアパタイトとともに結晶誘発性関節炎の原因物質であり、催炎性が最も強い結晶である。また、生体への安全性、作製の容易性等の点からも、担体として最も好ましい。
【0018】
また、本発明の担体は、タンパクとの結合能および樹状細胞の感作能等の機能を保持する範囲内で、適宜修飾または改変されていてもよい。
【0019】
尿酸塩結晶は、陰性に荷電していることが知られている。したがって、本発明の担体は、陽性に荷電している免疫グロブリンFab部分と電気的に結合するという物理的特性を有する。本発明のイディオタイプワクチンは、このようにして結合した本発明の尿酸塩結晶からなる担体とイディオタイプ抗原とからなる複合体を含む。本発明のイディオタイプワクチンに含まれるイディオタイプ抗原としては、少なくとも可変領域を含むタンパクまたはポリペプチドであればよく、例えば免疫グロブリン全体、または可変領域を含む部分、例えばFab、F(ab’)、軽鎖、重鎖、および重鎖のFab部分が挙げられる。ワクチン用として、免疫グロブリンは、IgGが好ましいが、場合によってはそれ以外の免疫グロブリン等またはそれらに由来する部分であってもよい。このような抗体の調製および抗体フラグメントの調製は当業者には充分公知である。
【0020】
本発明のイディオタイプワクチンは、多発性骨髄腫を代表とするモノクローナルタンパクを産生する腫瘍などに対して治療目的で適用しうる。したがって、イディオタイプ抗原は、多発性骨髄腫等の患者の血液等から得ることができる。
【0021】
本発明の担体と、イディオタイプ抗原とを結合させることによりそれらの複合体が得られる。担体と抗原との結合は、適当量の両者を混合して静置するだけで容易に起こすことができる。例えば、尿酸塩結晶:Fabを重量比0.1:1〜4:1程度でリン酸緩衝生理食塩水中で混合し、4℃〜室温程度で1〜48時間静置することにより複合体が形成される。特定の条件下での最適な複合体形成条件は後述する方法などによって適宜決定することができる。
【0022】
本発明のイディオタイプワクチンは、患者に直接投与することができる。投与経路としては、特に制限はないが、非経口経路が好ましく、一般的には皮内投与であり、リンパ節近傍の皮内に投与することが好ましい。したがって、本発明のイディオタイプワクチンは、イディオタイプ抗原と本発明の担体との複合体を含むほか、製造過程で使用されるリン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化ナトリウム、水酸化ナトリウム、塩酸などの緩衝剤とpH調整用試薬が添加されていてもよく、さらに投与経路や剤型等によって必要に応じてベンジルアルコールなどの無痛化剤、乳糖水和物、D−ソルビトール、L−グルタミン、ゼラチンなどの安定剤、フェノール、ホルマリンなどの不活化剤など製剤分野で公知の成分を含んでいてもよい。また、他の抗がん剤等と組み合わせてもよい。
【0023】
投与量は、患者の状態、投与経路、投薬スケジュール等によって変動するが、一般的には、抗原量として1.0〜20.0μg/kg体重程度、担体量として2.0〜40.0μg/kg体重程度(抗原と担体との複合体の量として3.0〜60.0μg/kg体重)である。このような尿酸塩結晶の投与量は、ごく少量のため痛風患者の皮膚局所でみられる痛風結節のMSU結晶量の2万分の1〜1000分の1程度に相当し、肉眼的に認識できる痛風結節を作ることもなく、そもそも皮膚ではみることはない痛風発作も当然惹起されることはないと考えられる。また例えすべて溶解し血液中内に移行したとしても血清尿酸値を0.0025〜0.05mg/dl上昇させる程度であり、担体の投与が尿酸塩結晶の組織への沈着を促進するとは考えられない。したがって、尿酸塩結晶による副作用の可能性はほとんどないと考えられる。
【0024】
また、本発明のイディオタイプワクチンは、直接投与せずに、体外で本発明のイディオタイプワクチンで樹状細胞を感作することにより、がん細胞を標的とする樹状細胞を産生したり、さらにはこの樹状細胞を用いて特異的CTLを誘導したりするために使用することができる。このような樹状細胞またはCTLを患者に与えることによっても腫瘍の治療を行なうことができる。
【実施例】
【0025】
1.尿酸ナトリウム(MSU)結晶担体の作製(1)
尿酸ナトリウム結晶を、MaCartyらの方法(Lancet 2:682, 1962)に基づいて以下のようにして作製した。
【0026】
尿酸(ナカライテスク(株)、京都)336mgに蒸留水40mLおよび水酸化ナトリウムを0.080mg加えて攪拌した。さらに蒸留水を加えて80mLとし、加熱沸騰させて尿酸を完全に溶解させた。加熱を終了し、再び溶液量を80mLに調整し(尿酸濃度420mg/dL)、自然冷却下で45℃となったところでろ過滅菌した(商品名「ステリカップ‐GPフィルターユニット」、日本ミリポア(株)、東京)。ろ過液を速やかに1.5mL容の滅菌済みマイクロチューブに分注し、4℃で5日間以上保存して、針状結晶の生成を最大限に促した。この間、ウリカーゼ・ペルオキシダーゼ法を用いて溶液中の尿酸濃度の減少を経時的にモニタリングした。その結果を図1に示す。
【0027】
生成した尿酸ナトリウム(MSU)結晶を、樹状細胞による貪食を容易にするために、イディオタイプ抗原と結合させる直前に10μm以下になるように破砕した。閉式超音波細胞破砕装置(バイオラプターUCW200TM、東湘電気(株)、横浜)を用い、200Wにて30秒間処理を1回とし、計4回断続して無菌的に上記低温保存しMSU結晶が析出したマイクロチューブを処理し、マイクロチューブ内のMSU結晶を細かくした。
【0028】
この操作における破砕の進行状況を顕微鏡観察した(倍率100倍)。結果を図2に示す。30秒間の破砕(パネルD)で、きれいな断片化が行なわれたが、60秒間(パネルE)では断片サイズが30秒間より大きそうなものも含まれていたため、安定的に破砕が完了する120秒間(30秒オン、30秒オフのサイクルを4回;パネルF)を標準的に使用する破砕条件とした。
【0029】
破砕後の溶液を7,000×gでフラッシングした後、沈降させた結晶を0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.0)で洗浄して、最終的に同液に沈降させて、イディオタイプ抗原用担体とした。
【0030】
2.MSU結晶担体の作製(2)
0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.4)80mLに尿酸100mgを加えて加熱沸騰させて尿酸を完全に溶解させた。加熱を終了し、再び溶液量を80mLに調整し、自然冷却下で45℃となったところでろ過滅菌した(ステリカップ-GP フィルターユニット、日本ミリポア(株)、東京)。ろ過液を速やかに1.5mLの滅菌済みエッペンチューブに分注し、4℃で5日間以上保存して、針状結晶の生成を最大限に促した。
【0031】
その後は上記と同様にしてイディオタイプ抗原用担体を調製した。
【0032】
3.イディオタイプ抗原の作製
IgG型多発性骨髄腫の患者血清0.5〜1.0mL(IgG 40mg相当)を採取し、0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.4)で希釈して、同液にて予め充足させてあるProtein Gカラム(商品名「Hitrap protein G 1mL」、アマシャム ファルマシア バイオテク(株)、東京)に注入し、吸着させた。さらに0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.0)を注入して非吸着成分をカラムより洗い出した。1M グリシン−塩酸緩衝液(pH2.7)3mLを注入して、吸着していたIgGを溶出させ、溶出液に1Mトリス−塩酸緩衝液(pH9.0)を加えてpHを7.4程度に調整した。
【0033】
溶出させたIgGを、0.12mg/mLシステインおよび2mM EDTAナトリウム(pH7.4)混合液中で0.25mg/mLパパイン(MERCK社、Darmstadt, Germany)を用いて、37℃にて12時間孵置することにより、IgGをFab部分とFc部とに切断した。その後、10.8mMヨードアセタミドで反応を停止した。
【0034】
プロテインAカラム(商品名「Hitrap protein A 5mL」、アマシャム ファルマシア バイオテク(株)、東京)に注入してFc部分および消化されていないIgGを吸着し、さらに0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.4)を注入して非吸着成分であるFab部分を採取した。次に、遠心濃縮(商品名「アミコンウルトラ‐4 遠心式フィルターユニット」、日本ミリポア(株)、東京)した後、0.1Mリン酸緩衝食塩水(pH7.4)を透析液として透析膜(ミリポア0.025μM VSWP 25mm、日本ミリポア(株)、東京)を用いたDrop Dialysis法にて90分間透析し、さらに滅菌済シリンジ加圧式フィルターユニット(商品名「マイレクス−GV」、0.22μm、PVDF、日本ミリポア(株)、東京)を通してろ過滅菌し、イディオタイプ抗原液とした。
【0035】
4.複合体の形成(1)
一定量のイディオタイプ抗原(Fab)を含む溶液を用いて、MSU結晶担体量と吸着したFabタンパク量との関係を調べた。
【0036】
上記1で作製したMSU結晶担体0〜360μgが入ったマイクロチューブに、上記3で作製したイディオタイプ抗原(Fab)100μgを含有する0.1Mリン酸緩衝生理食塩水100μLを加え、4℃にて24時間静置した。この溶液を7,000×gでフラッシングした後に、上清のタンパク濃度をピロガロールレッド法(商品名「マイクロTP−テスト」、和光純薬(株)、東京)で測定した。
【0037】
結果を図3に示す。添加MSU結晶担体量が多いほど緩衝液中のタンパク量は少なくなり、MSU結晶担体がFabタンパクを吸着していることが推測された。また、MSU結晶担体100μgではおよそ50μgのFabタンパクが吸着していることが計算より推定されるため、0.1Mリン酸緩衝生理食塩水100μL中では、100μgのMSU結晶担体に対して倍量のFabタンパクを加えることにより、MSU結晶担体が50μg以上のFabタンパクの吸着を確保できると考えられた。
【0038】
5.複合体の形成(2)
結合の様子を確認するために、上記1と同様に作製したイディオタイプ抗原用担体混濁液400μ1(MSU結晶1.4mg相当;但し、30秒間の超音波処理を行ったもの)を、マウスFITC標識IgG・F(ab’)(ダコ・ジャパン、京都)100μLと、あるいは等量の上記3の方法でマウスFITC標識IgG・F(ab’)より作製したマウスFITC標識IgG・Fabと混合し、4℃で1時間静置した。希塩酸液(pH6.5〜7.0)で3回洗浄し、光学顕微鏡下でMSU結晶の透過像を得た後で、励起波長488nmによる蛍光顕微鏡像を観察した。
【0039】
無添加のMSU結晶は輪郭のみが識別できるのみで蛍光顕微鏡下で無色透明であった(結果は示さず)。一方、マウスFITC標識IgG・FabまたはマウスFITC標識IgG・F(ab’)を混合したMSU結晶は、蛍光検鏡下で緑色に輝いて見えた。図4、パネルA、BにMSU結晶担体とマウスFITC標識IgG・Fabとの結合を、またパネルE、FにマウスFITC標識IgG・F(ab’)との結合の結果を示す。パネルA、Eは光学顕微鏡像、パネルB、Fは蛍光顕微鏡像と光学顕微鏡像との結合像である。さらに、あらかじめMSU結晶を牛胎児血清と混合した後にMSU結晶担体とマウスFITC標識IgG・Fabと混合すると、蛍光顕微鏡下での緑色の輝きは減弱した。
【0040】
6.単球よりの未熟樹状細胞の作製
健常人ドナーよりヘパリン採血し、「RosetteSep Human Monocyte Enrichment Cocktail」(商品名;StemCell Technologies Inc, Vancouver, Canada)を用いて単球を取り出した。この単球(末梢血単球)を、GM−CSF(PEPRO TECH INC, Rocky Hill, NJ)(100ng/mL)、IL−4(PEPRO TECH EC, London, UK)(100ng/mL)を加えた10%AB血清含有RPMI1640培養液にて37℃、5%COで6日間培養し、未熟樹状細胞を作製した。
【0041】
7.尿酸塩結晶による樹状細胞の成熟化
20μgの上記3で作製したイディオタイプ抗原(Fab)と20μgの上記1で作製したMSU結晶担体とを4℃、3時間静置して複合体を形成させた後、未熟樹状細胞(1×10個/ウェル)と100μLの10%FBS含有RPMI1640培養液中で48時間培養した。同様に、未熟樹状細胞のみを48時間培養した。これらの樹状細胞について、成熟化の指標であるCD83の発現強度を、PE標識した抗CD83抗体(PE COULTER;Coulter-Immunotec, Krefeld, Germany)を用いてフローサイトメトリー(EPICS)(Coulter-Immunotec, Krefeld, Germany)にてsingle color条件にて測定した。
【0042】
結果を図5に示す。あらかじめ尿酸塩結晶担体と抗原との複合体と共培養した樹状細胞のCD83発現強度(パネルB)は、樹状細胞のみで培養したもののCD83発現強度(パネルA)よりも明らかに高かった。したがって、尿酸塩結晶担体と抗原との複合体は未熟樹状細胞の成熟を促進することが確認された。
【0043】
樹状細胞は、未熟な状態では抗原の取り込みには優れているが、抗原提示能、T細胞への刺激能については成熟樹状細胞の方が優れていると考えられている。樹状細胞の成熟化を促すために、TNF−α、IL−6といったサイトカインやプロスタグランディンE2、またピシバニール等の使用が報告されているが、尿酸塩結晶担体と抗原との複合体を用いることで、抗原タンパクの取り込みと同時に樹状細胞を成熟化させることができ、また上記のような成熟化物質を使用することなしに抗原提示能を上昇させることができることがわかった。
【0044】
8.自己T細胞増殖試験
上記6におけるのと同様に、20μgの上記3で作製した患者由来IgGのFabと20μgのMSU結晶担体とを4℃、3時間静置後、1×10個の未熟樹状細胞と48時間共培養した。また、Fabタンパクのみ、尿酸塩結晶のみ、のいずれかを添加し、または刺激なしで、未熟樹状細胞と48時間培養した。このうちのそれぞれ1×10個の樹状細胞に対して1×10個のT細胞を混合し、100μL/ウェルで5日間培養した。
【0045】
これら樹状細胞を冷PBSにて2回洗浄後、同じ健常人ドナーより「RosetteSep Human T cell Enrichment Cocktail」(商品名;StemCell Technologies Inc, Vancouver, Canada)を用いて採取したT細胞(1×10/mL CD3陽性細胞>95%)とともに、T細胞:樹状細胞の細胞数の比が10:1となるようにして(すなわち1×10個の樹状細胞に対して1×10個のT細胞)、最終的に100μLとなるように96ウェル平底プレートにて10%AB血清含有AIM−V培養液(SIGMA)で5日間培養した。T細胞の増殖は、「CellTiter 96 Non-Radioactive Cell Proliferation Assay」(商品名;Promega, WI, USA)を用いて測定した。増殖比率(Stimulation Index;SI)を、樹状細胞と共培養したT細胞の各ウェルの測定値/樹状細胞で刺激しないT細胞の測定値として計算した。各データは3人の健常人の結果の平均±標準偏差で示した。
【0046】
結果を、図6に示す。尿酸塩結晶担体とFabタンパクとの複合体と共培養した樹状細胞で刺激したT細胞の増殖(カラムA;SI=2.44±0.15)は、Fabのみと共培養した樹状細胞で刺激したT細胞の増殖(カラムC;SI=1.73±0.24)に比して優位に高かった。尿酸塩結晶のみと共培養した樹状細胞で刺激したT細胞の増殖(カラムB;SI=2.27±0.23)は、樹状細胞のみで刺激したT細胞の増殖(カラムD;SI=1.29±0.13)に比して優位に高かった。
【0047】
9.細胞傷害性試験
HLA−A2陽性の健常人ドナーより「RosetteSep Human Monocyte Enrichment Cocktail」(StemCell Technologies Inc)を用いて単球を取り出し、GM−CSF(100ng/mL)、IL−4(100ng/mL)を加えた10%AB血清含有RPMI1640培養液にて37℃、5%COで6日間培養し、未熟樹状細胞を作製した。
【0048】
HLA−A2陽性のIgG産生骨髄腫細胞株IM−9の培養上清より上記3と同様にして同株細胞が分泌した単クローン性IgGを精製した後、Fab領域を切り出してイディオタイプ抗原(Fabタンパク)を作製した。このFabタンパクと上記1または2で作製した尿酸塩結晶担体とを結合させてから48時間共培養した樹状細胞(A)、共培養の際に用いるFBS(ウシ血清)と尿酸結晶担体とを結合させてからFabと共に共培養した樹状細胞(Fabと尿酸結晶担体とを結合させずにDCと共培養するモデル)(B)、Fabのみと48時間共培養した樹状細胞(C)、樹状細胞のみ(D)を用いて、同じドナーより採取したT細胞を上記7と同様にして刺激した。7日間培養後、再度同様に樹状細胞にて刺激し、さらに7日間培養後、「MACS」(商品名;Miltenyi Biotec, Bergisch Glanbach, Germany)を使用してCD8陽性細胞を取り出した。CD8陽性細胞:腫瘍細胞を5:1として(すなわち1×10個の腫瘍細胞に対してCD8陽性細胞を1×10個)混合して100μL中で4時間培養後、「CytoTox 96」(登録商標)Non-Radioactive Cytotoxicity Assay(Promega, WI, USA)にてIM−9細胞に対するT細胞の細胞傷害性を測定した。
【0049】
結果を図7に示す。尿酸塩結晶担体とFabタンパクとの複合体と共培養した樹状細胞によって誘導したCD8陽性細胞のIM−9に対する細胞傷害性は、他に比して有意に高かった。特に尿酸結晶担体とFabを結合させずに共培養したものに比して尿酸塩結晶担体とFabタンパクとの複合体と共培養した樹状細胞によって誘導したCD8陽性細胞のIM−9に対する細胞傷害性は有意に高く、抗原タンパクと尿酸結晶をあらかじめ結合させておくことがCTLを効率的に誘導するのに必要であることが示された。したがって、本発明のイディオタイプワクチンは、腫瘍細胞を標的とするCTLを効率的に誘導することが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、溶液からのMSU結晶の経時的な生成を示す図である。縦軸は溶液中の尿酸濃度(mg/dL)、横軸は時間(hr)を表す。
【図2】図2は、MSU結晶の破砕を示す写真(光学顕微鏡、倍率100倍)である。パネルAは処理前、パネルB〜Fはそれぞれパネルの左下に示した時間、超音波処理を行なったサンプルの顕微鏡像である。
【図3】図3は、一定量のイディオタイプ抗原(Fab)を含む溶液を用いて、MSU結晶担体量と吸着したFabタンパク量との関係(MSU結晶添加によるFab溶液中におけるタンパク濃度の変化)を示す図である。
【図4】図4は、MSU結晶とFabとの結合を示す写真である。パネルA、C、Eは光学顕微鏡像、パネルB、D、Fは蛍光顕微鏡像と光学顕微鏡像との結合像である(倍率100倍)。パネルA、BはMSU結晶担体とマウスFITC標識IgG・Fabとの結合を、パネルC、DはあらかじめMSU結晶を牛胎児血清と混合した後にMSU結晶担体とマウスFITC標識IgG・Fabとを結合させた結果を、パネルE、FはMSU結晶担体とマウスFITC標識IgG・F(ab’)とを結合させた結果を、それぞれ観察したもの。各パネルの右下のバーは50μm。
【図5】図5は、MSU結晶による樹状細胞の成熟を示す図である。左パネル(A)は対照(MSU結晶の添加なし)、右パネルはMSU結晶添加(B)の結果(フローサイトメーターで検出した樹状細胞のCD83の発現量)である。
【図6】図6は、本発明のイディオタイプワクチンを取り込ませた樹状細胞の自己リンパ球増殖刺激作用を示す図である。A=本発明のイディオタイプワクチン(MSU結晶担体とFabとの複合体)、B=MSU結晶担体のみ、C=Fabのみ、D=添加物なし(樹状細胞のみ)で、それぞれ培養した樹状細胞を用いてT細胞を誘導したもの。(N=3)
【図7】図7は、本発明のイディオタイプワクチンで誘導されたCTLの骨髄性株細胞に対する細胞傷害性を示す図である。A=本発明のイディオタイプワクチン、B=MSU結晶担体をあらかじめFBSでブロックしたものとFabの混合物(FabとMSU結晶担体とを結合させずにDCと共培養するモデル)、C=Fabのみ、D=添加物なしで、それぞれ培養した樹状細胞を用いてT細胞を誘導したもの。(N=3)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イディオタイプ抗原と尿酸塩結晶からなる担体とからなる複合体を含むことを特徴とするイディオタイプワクチン。
【請求項2】
イディオタイプ抗原が、多発性骨髄腫細胞によって産生される免疫グロブリンまたは可変領域を含むその一部である、請求項1記載のイディオタイプワクチン。
【請求項3】
尿酸塩結晶が、針状結晶を超音波処理したものである、請求項1または2記載のイディオタイプワクチン。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを製造する方法であって、イディオタイプ抗原と尿酸塩結晶とを一緒にして静置することによりイディオタイプ抗原と尿酸塩結晶との複合体を形成させる工程を含む方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを用いて樹状細胞を刺激し、この樹状細胞を用いて細胞傷害性T細胞を刺激することを特徴とする、特異的細胞傷害性T細胞の免疫応答を促進する方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項記載のイディオタイプワクチンを製造するための担体であって、尿酸ナトリウム結晶からなる担体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2008−174466(P2008−174466A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−7561(P2007−7561)
【出願日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】