説明

イヌiPS細胞及びその製造方法

【課題】イヌiPS細胞及びその製造方法の提供。
【解決手段】(a)イヌ体細胞と核初期化因子とを接触させる工程、及び(b)該細胞を、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤からなる群から選択される一以上の物質並びに白血病抑制因子を含む培地で培養する工程を含む、イヌiPS細胞の製造方法。上記方法により得られうるイヌiPS細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌiPS細胞の製造方法に関し、詳しくは、イヌ由来の体細胞に核初期化因子を導入し、特定の初期化効率改善物質を含む培地中で培養することにより、イヌiPS細胞を製造する方法に関する。さらに本発明は、該核初期化因子が導入されたイヌiPS細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS(induced pluripotent stem)細胞とは、誘導多能性幹細胞や人工多能性幹細胞とも呼ばれており、特定の核初期化因子を体細胞に導入することによって該体細胞に分化多能性を持たせたものである。この分化多能性とは、様々な組織に分化し得る能力のことをいい、この性質を利用して、パーキンソン病や若年性糖尿病等の組織変性疾患、脊髄損傷等の外傷を治療することができると考えられている。
【0003】
従来は、同様に分化多能性を有するES細胞(胚性幹細胞)が再生医療の資源として注目されていた。しかしながら、ES細胞の移植は他家移植ゆえに移植後の拒絶反応を引き起こすおそれがあり、さらにはヒト胚を破壊して利用したり、或いは中絶胎児を利用したりするという倫理的側面からの問題点が指摘されていた。これに対して、体細胞を利用するiPS細胞はこのような問題点を解決したものであると考えることができ、これからの再生医療の資源としてその有用性が期待されている。
【0004】
このiPS細胞は、主にマウスやヒトについて樹立がされている(特許文献1〜2、非特許文献1〜3を参照)。ヒトのiPS細胞を臨床応用するためには、前段階として動物実験でその安全性や有効性を保証しなければならない。しかしながら、マウスやラットのような小動物では、その寿命が短いために細胞移植後の長期間の観察が不可能である。理想的には少なくとも5年間の観察期間が必要と考えられるところ、マウスの寿命は1〜2年程度である。
【0005】
一方、研究用動物として取り扱いが容易で、寿命が長く、解剖学的にも生理学的にも多くの点でヒトと類似するものにイヌがある。イヌの寿命は少なくとも10年はあり、観察期間としては十分である。また他の大型動物と比べて、容易に大量飼育をすることもできる。したがって、ヒトiPS細胞の臨床応用に際してイヌは最適な研究用動物であり、iPS細胞をイヌに移植した際に得られる実験結果は非常に有用なものになると考えられる。そのためには、イヌのiPS細胞を樹立することが必要となるが、これまでに実際に樹立されたとの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2007/069666号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2008/118820号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Takahashi, K. et al., Cell, 126(4): 663-676 (2006)
【非特許文献2】Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)
【非特許文献3】Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、イヌiPS細胞及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決すべく本発明者らは鋭意検討した結果、核初期化因子導入後の培養条件に着目し、特に培地組成における種々の化合物要素の中から、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、あるいはL型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤と、白血病抑制因子(LIF)とが、イヌiPS細胞の製造に有効であることを見出し、核初期化因子導入後の体細胞を、これらを含有する培地で培養することにより、イヌiPS細胞を初めて樹立することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、下記の通りである。
[1]下記の工程(a)及び(b)を含む、イヌiPS細胞の製造方法。
(a)イヌ体細胞と核初期化因子とを接触させる工程
(b)該細胞を、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤からなる群より選択される一以上の物質並びに白血病抑制因子を含む培地で培養する工程
[2]前記一以上の物質が、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、あるいは、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤である、前記[1]記載の製造方法。
[3]核初期化因子が、Oct3/4、Sox2及びKlf4である、前記[1]又は[2]記載の製造方法。
[4]核初期化因子が、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Mycである、前記[1]又は[2]記載の製造方法。
[5]アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤が、アクチビンレセプター様キナーゼ5阻害剤である、前記[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤が、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β阻害剤である、前記[1]〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]工程(b)の培地が、さらにヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む、前記[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が、バルプロ酸又はその塩である、前記[7]記載の製造方法。
[9]工程(b)の培地が、さらに塩基性線維芽細胞成長因子を含む、前記[1]〜[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]核初期化因子と接触後48時間以内に工程(b)の培養を行う、前記[1]〜[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]核初期化因子と接触後3〜5週間経過後にフィーダー細胞上で培養を行う、前記[1]〜[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]白血病抑制因子がヒト白血病抑制因子又はイヌ白血病抑制因子である、前記[1]〜[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]体細胞が脂肪細胞である、前記[1]〜[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14]分化多能性及び自己複製能を有する、体細胞由来のイヌ多能性幹細胞。
[15]初期化遺伝子が遺伝的に安定に存在する、前記[14]記載の細胞。
[16]初期化遺伝子が、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Mycから選ばれる少なくとも1つである、前記[15]記載の細胞。
[17]前記[1]〜[13]のいずれかに記載の方法により製造される、イヌiPS細胞。
[18]前記[14]〜[17]のいずれかに記載の細胞から分化した、イヌ体細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、イヌ由来の体細胞から安定してイヌiPS細胞を製造することができ、該製造方法を用いることによってイヌiPS細胞を提供することができる。これにより、ヒトiPS細胞を用いて臨床応用を行う前に、動物実験において細胞又は組織移植後の長期観察をすることが可能となり、該実験により得られた結果を有効利用することができる。
【0012】
また、本発明により各個体からイヌiPS細胞を製造すれば、獣医学における治療方法を根本的に変革させることとなり、イヌのオーダーメイド治療も可能となる。さらに本発明によるイヌiPS細胞を利用すれば、イヌ個体を使用せずに獣医学的治療薬の開発や化学物質の毒性検査を行うことも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(a)及び(b)は、イヌ由来のKlf4、Oct3/4、c−Myc、Sox2を、イヌ組織(大脳、網膜、胃粘膜、皮膚、骨格筋、肺、精巣)から抽出したtotal RNAを元にPCRで増幅した電気泳動の結果を示した図である。(c)は、それぞれの遺伝子を挿入したpMXs−IRES−GFPベクターを示した図である。
【図2】図2はイヌ線維芽細胞への遺伝子導入効率を示した図である。縦軸は前方散乱光(大きさ)、横軸は側方散乱光(内部構造)を表す。全細胞数のうち、50〜60%の細胞でGFP遺伝子の発現が認められる。
【図3】図3はイヌ線維芽細胞への遺伝子導入効率を示した図である。イヌ線維芽細胞にGFPのcDNAを含むレトロウイルスを感染させ、GFPを導入した。(a)のグラフはフローサイトメトリーの結果を示した図であり、(b)は蛍光顕微鏡観察結果を示した図である。
【図4】図4は、遺伝子導入後の細胞の形態の変化及びGFPの発現率を観察した結果を示した図である。(a)及び(b)は遺伝子導入後2日目の観察結果を示し、(c)及び(d)は遺伝子導入後5日目の観察結果を示した図である。
【図5】図5は、遺伝子導入前と遺伝子導入後の細胞の形態変化を比較した結果を示した図である。(a)は遺伝子導入前の細胞を示し、(b)は遺伝子導入後5日目の細胞の形態を示した図である。また(c)は遺伝子導入後30日目に認められたコロニーを示し、(d)は(c)を拡大した図である。
【図6−1】図6−1は、免疫組織染色による分析結果を示した図である。ES細胞マーカーとして、(a)はOct3/4、(c)はSSEA−1の発現を調べた結果を示す図であり、(b),(d)は、それぞれ(a),(c)に示された細胞をDAPIで核染色(2重染色)した結果を示す図である。
【図6−2】図6−2は、図6−1と同様に免疫組織染色による分析結果を示した図である。ES細胞マーカーとして、(e)はSSEA−4、(g)はTRA−1−60、(i)はTRA−1−81の発現を調べた結果を示す図であり、(f),(h),(j)は、それぞれ(e),(g),(i)に示された細胞をDAPIで核染色(2重染色)した結果を示す図である。
【図7】図7は、イヌ線維芽細胞から作製されたイヌiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色の結果を示した図である。(a)はイヌiPS細胞、(b)はマウスiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色結果を示した図である。
【図8】図8は、イヌiPS細胞における分化誘導能を示した図である。分化誘導マーカーとして、(a)はAFP(α−フェトプロテイン)、(c)はFLK1、(e)はβIIIチューブリンの発現を調べた結果を示す図であり、(b),(d),(f)は、それぞれ(a),(c),(e)に示された細胞をDAPIで核染色(2重染色)した結果を示す図である。
【図9】図9は、イヌiPS細胞とイヌiPS細胞になる前の線維芽細胞との間の遺伝子発現パターンを調べたマイクロアレイの結果を示した図である。
【図10】図10は、イヌiPS細胞の核型解析結果を示した図である。
【図11】図11は、Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの導入後2日目に培地にBay K8644、BIX01294、RG108、バルプロ酸を添加して、培養開始後4日目に出現したコロニーの写真を示した図である。
【図12】図12は、バキュロウイルス−カイコ発現系を用いた組換えイヌLIFタンパク質の作製を示した図である。イヌLIFを発現する組換えバキュロウイルスに感染したカイコの体液中のタンパク質をゲル電気泳動した後、銀染色(左パネル)及びウェスタンブロット分析(右パネル)を行った。LIF発現カイコ幼虫から採取した体液原液(レーンS)の一部を希釈バッファー(50mM Tris−HCl,300mM NaCl,20mM Imidazole,pH8.0)で3倍に脱塩希釈し、該希釈液(レーンM)の一部をニッケル担体に通し、素通り画分(レーン1)を回収した。一方、ニッケル担体に吸着したタンパク質は、20mM、50mM、80mMおよび250mMのイミダゾールをそれぞれ含む溶出バッファー(50mM Tris−HCl,300mM NaCl,pH8.0)をステップワイズに添加して各溶出画分(レーン2〜5)を得た。
【図13】図13は、イヌ脂肪由来細胞(左パネル)から樹立されたiPS細胞コロニー(右パネル)の写真を示した図である。
【図14】図14は、脂肪由来細胞から樹立したイヌiPS細胞におけるES細胞特異的遺伝子の発現を示した図である。iPS細胞(iPSCs)及びもとの脂肪由来(間質)細胞(ASCs)のそれぞれについて、Oct3/4、Nanog、Sox2、Eras及びRex1の発現を定量的リアルタイムPCRにより調べた。結果は、ASCsにおける各マーカー遺伝子の発現量を1とした相対的発現量で示す。
【図15】図15は、脂肪由来細胞から樹立したイヌiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色の結果を示した図である。左側がイヌiPS細胞、右側が陰性コントロールのもとの脂肪由来細胞の染色結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明は、(a)核初期化因子をイヌ体細胞に導入する工程、及び(b)前記核初期化因子導入体細胞を、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤からなる群から選択される一以上の物質並びに白血病抑制因子を含む培地で培養する工程を含む、イヌiPS細胞の製造方法を提供する。
【0016】
本発明における核初期化因子とは、イヌ体細胞の核初期化を誘導する因子であり、該イヌ体細胞に分化多能性及び自己複製能を備えさせることができる、イヌiPS細胞への変換物質である。該核初期化因子としては、特に限定されないが、例えば、核酸(遺伝子)、ペプチド、タンパク質、有機化合物、無機化合物又はこれらの混合物等を用いることができる。核初期化因子がタンパク性因子又はそれをコードする核酸の場合、イヌ体細胞の核初期化を促すシグナル伝達経路を活性化させるという観点から転写因子であることが好ましい。該転写因子の中でも、具体的には、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Mycの4因子の組合せが特に好ましい。また、得られるイヌiPS細胞がイヌの移植医療への使用を念頭においている場合、発癌のリスク低減の理由から、c−Mycを除くOct3/4、Sox2及びKlf4の3因子の組合せがより好ましい。上記4因子又は3因子をすべて含み、且つ任意の他の因子をさらに含む組み合わせも、本発明における核初期化因子の好ましい態様に含まれ得る。また、核初期化の対象となる体細胞が、上記4因子の一部を核初期化のために十分なレベルで内在的に発現している条件下にあっては、当該因子を除いた残りの因子のみの組み合わせもまた、本発明における核初期化因子の好ましい態様に含まれ得る。核初期化因子には前記4因子以外の他の因子も含まれる。具体的には、他の因子として、Nanog、Lin28、TERT、SV40ラージT抗原等が挙げられる。
【0017】
Oct3/4としては、具体的には、配列番号1及び2に示されるイヌOct3/4、あるいは他の哺乳動物由来のOct3/4(例、マウスOct3/4、ヒトOct3/4)が挙げられる。また、Sox2としては、具体的には、配列番号3及び4に示されるイヌSox2、あるいは他の哺乳動物由来のSox2(例、マウスSox2、ヒトSox2)が挙げられる。また、Klf4としては、具体的には、配列番号5及び6に示されるイヌKlf4、あるいは他の哺乳動物由来のKlf4(例、マウスKlf4、ヒトKlf4)が挙げられる。また、c−Mycとしては、具体的には、配列番号7及び8に示されるイヌc−Myc、あるいは他の哺乳動物由来のc−Myc(例、マウスc−Myc、ヒトc−Myc)が挙げられる。マウス及びヒト由来の上記4因子のアミノ酸配列及びcDNAのヌクレオチド配列は、WO2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができる。
なお、該4因子は、イヌ体細胞に導入することによってイヌiPS細胞を製造することができるという特徴を有する限り、前記アミノ酸配列において一又は数(2〜5)個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列、あるいは該アミノ酸配列をコードする塩基配列を有する、極めて高い相同性を有するものであってよい。
【0018】
ここで、「極めて高い相同性を有する」遺伝子とは、具体的には該4因子をコードする核酸とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子を意味し、具体的には前記配列番号に示された該4因子と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有する遺伝子である。
【0019】
本発明におけるイヌ体細胞を採取するイヌについては特に限定されないが、得られるイヌiPS細胞が研究目的で使用される場合は、実験用イヌとして繁用されている犬種、例えば、ビーグル、バゼットハウンド、フォックスハウンド、スコティッシュテリア、ラブラドール・レトリーバー等が挙げられる。体細胞の種類については、核初期化因子を導入することによりiPS細胞が製造されるものであれば特に限定されず、任意のイヌ体細胞を用いることができる。例えば、胎児期の体細胞を用いることができるほか、成熟した体細胞を用いることもできる。具体的には、脂肪組織由来間質(幹)細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、精子幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞);組織前駆細胞;リンパ球、上皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞等の既に分化した細胞等を用いることができる。iPS細胞の樹立効率の高さという観点から、好ましい一実施態様においては、体細胞として脂肪組織由来間質(幹)細胞を含有する細胞集団が用いられる。
【0020】
iPS細胞の選択を容易にするために、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4等)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子(例、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子)及び/又はレポーター遺伝子(例、β−ガラクトシダーゼ遺伝子、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子)をターゲッティングした組換え体細胞を用いることもできる。
【0021】
体細胞を採取するソースとなるイヌ個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がイヌの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患畜自身又はMHCの型が同一もしくは実質的に同一の他個体から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでMHCの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤等の使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患畜に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にMHCの型が一致していることをいう。
イヌから分離した体細胞は、細胞の種類に応じてその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地等が挙げられるが、それらに限定されない。
【0022】
本発明の工程(a)における核初期化因子のイヌ体細胞への導入方法は、特に限定されることはなく、該核初期化因子がイヌ体細胞と接触可能であればいかなる方法であってもよい。例えば、本発明の核初期化因子が転写因子等をコードする核酸であれば、該核酸を発現することが可能なベクターを用いてイヌ体細胞に導入する方法を採用することができる。このようなベクターを用いる場合、本発明の核初期化因子が二種以上の核酸であれば、一つのベクターに該二種以上の核酸を組み込んでイヌ体細胞内で同時に発現させてもよく、また複数のベクターを用いて該二種以上の核酸を発現させてもよい。前者の場合、効率的なポリシストロニック発現を可能にするために、口蹄疫ウイルスの2A self−cleaving peptide(Science, 322, 949-953 (2008)等参照)やIRESを各核酸の間に連結することが望ましい。
【0023】
遺伝子を発現することが可能なベクターとしては、特に限定されないが、例えば、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シルビスウイルス、ラブドウイルス、パラミクソウイルス、オルソミクソウイルス等のウイルスベクター;YAC(Yeast artificial chromosome)ベクター、BAC(Bacterial artificial chromosome)ベクター、PAC(P1−derived artificial chromosome)ベクター等の人工染色体ベクター;プラスミドベクター;宿主細胞内で自律複製可能なエピゾーマルベクター等が挙げられる。該ベクターを本発明のイヌ体細胞に導入する場合は、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、DEAEデキストラン法、遺伝子銃法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法等の方法を用いることができる。
【0024】
また、該ベクターとしてウイルスベクターを用いる場合は、パッケージング細胞を利用することもできる。パッケージング細胞とは、ウイルスの構造タンパク質をコードする遺伝子を導入した細胞であって、この細胞に目的遺伝子を組み込んだ組換えウイルスDNAを導入すると、該組換えウイルス粒子を産生するものをいう。それゆえパッケージング細胞としては、ウイルス粒子の構成に必要なタンパク質を組換えウイルスベクターに対して補給する細胞であればいかなるものも用いることができ、例えば、ヒト腎臓由来のHEK293細胞やマウス線維芽細胞由来のNIH3T3細胞をベースにしたパッケージング細胞;Ecotropic virus由来エンベロープ糖タンパク質を発現するよう設計されているPlat−E細胞、Amphotropic virus由来エンベロープ糖タンパク質を発現するよう設計されているPlat−A細胞、及び水疱性口内炎ウイルス由来エンベロープ糖タンパク質を発現するよう設計されているPlat−GP細胞等を用いることができる(Plat−E細胞、Plat−A細胞及びPlat−GP細胞は、CELL BIOLABS社より購入することができる)。これらの中でも、本発明のイヌ体細胞に対して組換えウイルスベクターを導入する場合には、Plat−A細胞又はPlat−GP細胞が好ましく、中でもPlat−GP細胞が特に好ましい。該パッケージング細胞へのウイルスベクターの導入方法としては、特に限定されるものではなく、リポフェクション、エレクトロポレーション、リン酸カルシウム法等の従来公知の方法を利用することができる。
【0025】
また、該ベクターを用いて遺伝子を導入する場合は、該遺伝子の導入を確認するため同時にマーカー遺伝子を利用することもできる。マーカー遺伝子とは、該マーカー遺伝子を細胞に導入することにより、細胞の選別や選択を可能とするような遺伝子全般をいい、例えば、薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、発光酵素遺伝子、発色酵素遺伝子等が挙げられる。薬剤耐性遺伝子としては、ネオマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等が挙げられ、蛍光タンパク質遺伝子としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、黄色蛍光タンパク質(YFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子等が挙げられる。また、発光酵素遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子等が挙げられ、発色酵素遺伝子としては、βガラクトシターゼ遺伝子、βグルクロニダーゼ遺伝子、アルカリフォスファターゼ遺伝子等が挙げられる。これらのマーカー遺伝子については一種又は二種以上を組み合わせて用いることができ、また、ネオマイシン耐性遺伝子とβガラクトシダーゼ遺伝子との融合遺伝子であるβgeo遺伝子等のような、二種以上のマーカー遺伝子を含む融合遺伝子も用いることができる。
【0026】
上記核初期化因子の導入操作は、1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0027】
一方、核初期化因子が転写因子等のタンパク性因子である場合、イヌ体細胞と核初期化因子との接触は、自体公知の蛋白質導入法により行うことができる。タンパク質導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0028】
イヌの医療用途を念頭におく場合、iPS細胞は遺伝子操作なしに作製されたものであることが好ましい。
そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)もしくは細胞透過性ペプチド(CPP)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。タンパク質導入試薬としては、カチオン性脂質をベースとしたBioPOTER Protein Delivery Reagent(Gene Therapy Systems)、Pro−JectTM Protein Transfection Reagent(PIERCE)及びProVectin(IMGENEX)、脂質をベースとしたProfect−1(Targeting Systems)、膜透過性ペプチドをベースとしたPenetrain Peptide(Q biogene)及びChariot Kit(Active Motif)、HVJエンベロープ(不活化センダイウイルス)を利用したGenomONE(石原産業)等が市販されている。導入はこれらの試薬に添付のプロトコルに従って行うことができるが、一般的な手順は以下の通りである。核初期化因子を適当な溶媒(例えば、PBS、HEPES等の緩衝液)に希釈し、導入試薬を加えて室温で5〜15分程度インキュベートして複合体を形成させ、これを無血清培地に交換した細胞に添加して37℃で1ないし数時間インキュベートする。その後培地を除去して血清含有培地に交換する。
PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT、HSV由来のVP22等のタンパク質の細胞通過ドメインを用いたものが開発されている。PTD由来のCPPとしては、11R(Cell Stem Cell, 4: 381-384 (2009))や9R(Cell Stem Cell, 4: 472-476 (2009))等のポリアルギニンが挙げられる。核初期化因子のcDNAとPTDもしくはCPP配列とを組み込んだ融合タンパク質発現ベクターを作製して組換え発現させ、融合タンパク質を回収して導入に用いる。導入は、タンパク質導入試薬を添加しない以外は上記と同様にして行うことができる。
マイクロインジェクションは、先端径1μm程度のガラス針にタンパク質溶液を入れ、細胞に穿刺導入する方法であり、確実に細胞内にタンパク質を導入することができる。
【0029】
核初期化因子と接触させた後、イヌ体細胞は、適切なタイミングでiPS細胞誘導用の培地を用いた工程(b)に供される。本発明の工程(b)における培地には、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト、DNAメチル化阻害剤のいずれか一種以上並びに白血病抑制因子が含まれる。好ましい添加剤の組合せとしては、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤と白血病抑制因子との組合せ、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤と白血病抑制因子との組合せ、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤と白血病抑制因子との組合せ等が挙げられる。
【0030】
本発明の工程(b)における培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0031】
また、該培地は、血清含有培地又は無血清培地とすることができる。無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地や血清代替試薬(例えば、KSR(Invitrogen社)等)が添加されている培地などは無血清培地に該当するものとする。
【0032】
該培地はまた、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有することができる。
【0033】
マイトジェン活性化タンパク質(mitogen−activated protein:MAP)キナーゼキナーゼ(MAPKK)は、MAPキナーゼの活性化に必要なスレオニン残基とチロシン残基のリン酸化の両方を触媒するものであって、哺乳動物にはERKと呼ばれるMAPキナーゼがあり、これを活性化することからMEK(MAP kinase−ERK kinase)とも呼ばれている。該MAPKK阻害剤は、これを阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、PD0325901、SB203580、SB22025、SB239063、SKF−86002等が挙げられる。これらの中でも特にPD0325901、SB203580が好ましい。MAPKK阻害剤の培地への添加濃度としては、例えば、0.005〜500μM、好ましくは0.05〜50μMが挙げられる。
【0034】
アクチビンレセプター様キナーゼ(activin receptor−like kinase:ALK)は、TGF−βスーパーファミリーに属するリガンドが結合するレセプターを活性化するものであって、細胞質基質を活性化して特異的な細胞内シグナル伝達を引き起こすものである。該アクチビンレセプター様キナーゼには、ALK1〜7が存在しており、本発明におけるALK阻害剤としてはこれらを阻害するものであればいかなるものであってもよいが、特にALK5阻害剤が好ましい。ALK5阻害剤としては、例えば、A83−01、SB−431542、IN−1130、SM16、GW788388等が挙げられるが、これらの中でも特にA83−01、SB−431542が好ましい。ALK阻害剤の培地への添加濃度としては、例えば、0.002〜200μM、好ましくは0.02〜20μMが挙げられる。
【0035】
グリコーゲン合成酵素キナーゼ(glycogen synthase kinase:GSK)は、グリコーゲンの合成を促す作用を有する酵素をリン酸化して、その活性を調節するものである。該グリコーゲン合成酵素キナーゼの中でも、GSK3はすべての真核生物に見られる多機能性セリン/スレオニンキナーゼであって、Wnt、チロシンキナーゼ及びGタンパク質共役受容体に対する細胞性の応答を含め多くのシグナル伝達経路の重要なレギュレーターであり、グリコーゲン代謝から細胞サイクルの調節及び増殖に至る広い範囲の細胞プロセスに関与している。本発明では、GSK阻害剤の中でも、特にGSK3阻害剤が好ましく、その中でもGSK3β阻害剤がさらに好ましい。GSK3β阻害剤としては、例えば、CHIR99021、SB−415286、SB−2167、indirubin−3’−Monoxime、Kenpaullone等が挙げられるが、これらの中でも特にCHIR99021、Kenpaulloneが好ましい。また、GSK阻害剤の培地への添加濃度としては、例えば、0.03〜300μM、好ましくは0.3〜30μMが挙げられる。
【0036】
L型カルシウムチャンネルは、心筋や血管平滑筋にある電位依存性カルシウムチャネルの一種で,遺伝子的には4種類のアイソフォームのαサブユニットが含まれる。本発明のL型カルシウムチャンネルアゴニストとしては、例えばBay K8644、Verapamil等が挙げられるが、これらの中でも特にBay K8644が好ましい。またL型カルシウムチャンネルアゴニストの培地への添加濃度としては、例えば、0.01μM〜100μM、好ましくは0.1μM〜10μMが挙げられる。
【0037】
DNAのメチル化は、エピジェネティックな遺伝子の発現制御に関与しており、DNAメチルトランスフェラーゼによってDNAのC(シトシン)塩基の5位炭素原子にメチル基が付加され、メチル化DNAが生成される。本発明のDNAメチル化阻害剤としては、例えば5−Azacytidine、5−Aza−2’−deoxycytidine、BIX−01294、RG108等が挙げられるが、これらの中でも特にBIX−01294、RG108が好ましい。またDNAメチル化阻害剤の培地への添加濃度としては、例えば、0.1nM〜1000mM、好ましくは1nM〜10mMが挙げられる。
【0038】
白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor:LIF)は、インターロイキン6ファミリーに属するサイトカインであり、白血病細胞の増殖阻害、血小板の増加、胚性幹細胞の分化抑制や未分化造血系前駆細胞の増殖等に機能するものである。白血病抑制因子は、白血球阻害因子、白血球遊走阻止因子等とも呼ばれている。本発明で用いられる白血病抑制因子は、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト、DNAメチル化阻害剤のいずれか一種以上と組み合わせることにより、イヌiPS細胞を作製し得るものであれば特に限定されず、いかなる哺乳動物由来の白血病抑制因子でも用いることができ、例えば、イヌ、ヒト、ウシ、チンパンジー、ラット、マウス由来の白血病抑制因子などが挙げられるが、好ましくはヒト又はイヌ由来の白血病抑制因子を用いることができる。これらの白血病抑制因子は、自体公知のいかなる方法によって取得されてもよいが、好ましくは、哺乳動物の組織から調製したRNAを鋳型とし、公共のデータベース等から提供される白血病抑制因子のcDNA配列情報に基づいて設計したプライマーを用いてRT−PCRを行うことにより取得することができる。また、組換えマウス及びヒト白血病抑制因子はCHEMICON社等から購入することもできる。本発明の工程(b)における培地では、白血病抑制因子の濃度を、例えば、10〜100000U/mL、好ましくは100〜10000U/mLとすることができる。
【0039】
また、本発明の工程(b)における培地は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤をさらに含むことができる。HDAC阻害剤は、アセチル化されたヒストンからアセチル基を除去する酵素の阻害作用を有すれば特に限定されることはなく、例えば、バルプロ酸、酪酸、トリコスタチンA、トラポキシンA、HC−トキシン、アピシジン又はこれらの塩等が挙げられ、その一種又は二種以上を用いることができる。これらのHDAC阻害剤の中でも、特にバルプロ酸又はその塩が好ましい。HDAC阻害剤の培地への添加濃度としては、例えば、0.01〜100mM、好ましくは0.1〜10mMが挙げられる。
【0040】
また、本発明の工程(b)における培地は、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor:bFGF)をさらに含むことができる。該塩基性線維芽細胞成長因子は、線維芽細胞成長因子(FGF)のファミリーに属する一種のサイトカインであり、創傷時における線維芽細胞の増殖や血管新生等の機能を有する。本発明においては細胞の未分化維持に寄与する作用を有しており、前記白血病抑制因子と同時に用いることでより完全なイヌiPS細胞を製造できることから、該塩基性線維芽細胞成長因子を用いることが特に好ましい。なお、該塩基性線維芽細胞成長因子は、Sigma社等から購入することができる。塩基性線維芽細胞成長因子の培地への添加濃度としては、例えば、0.04〜4000ng/mL、好ましくは0.4〜400ng/mLが挙げられる。
【0041】
工程(b)の培地には、上記以外のiPS細胞誘導改善物質として、例えば、p53阻害剤、UTF1(Cell Stem Cell, 3: 475-479 (2008))、Wntシグナル誘導剤(例えば、可溶性Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3: 132-135 (2008))、ビタミンC(Cell Stem Cell. Jan 8;6(1):71-9.(2010))、酪酸ナトリウム等をさらに添加することができる。
【0042】
核初期化因子と接触させた後、イヌ体細胞は、例えば7日以内(好ましくは6、5、4、3日以内)、特に好ましくは48時間以内に工程(b)に付される。
【0043】
本発明の工程(b)における培養条件は、用いられる培地により適宜設定することができる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃である。CO濃度は、例えば、約1〜10%、好ましくは約2〜5%である。培養は、約3週間以上、好ましくは3〜5週間程度行うことができ、この間にES細胞様のコロニーが形成され、細胞が増殖する。
【0044】
また、本発明においては、核初期化因子との接触から3〜5週間経過後に、ES細胞様コロニーが十分大きくなった後で、フィーダー細胞上で継代培養を行うことが好ましい。フィーダー細胞としては、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させた線維芽細胞(例、イヌ胎仔由来の線維芽細胞、マウス胎仔由来の線維芽細胞(MEF))等が挙げられる。MEFとしては、例えばSTO細胞、SNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62: 1073-1085 (1990))等が用いられ得る。
【0045】
イヌiPS細胞の候補コロニーの選択法としては、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、前述した、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例、Fbx15、Nanog、Oct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換えイヌ体細胞を用い、薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。
また、核初期化因子として核酸を遺伝子導入する場合には、上記に示したように同時に導入された薬剤耐性遺伝子やレポーター遺伝子等のマーカー遺伝子の発現を指標とすることもできる。
【0046】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、例えば、アルカリフォスファターゼ染色法により行うことができる。例えば、工程(b)にて形成されたコロニーの細胞を分取してプレート又はウェルに固定し、その後、該細胞を基質と接触させ発色を確認すればよい。さらに、各種ES細胞特異的遺伝子の発現をRT−PCR等により解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成能を確認する等の試験を実施することもできる。
【0047】
また、本発明は、分化多能性及び自己複製能を有する、体細胞由来のイヌ多能性幹細胞を提供することができる。ここで「分化多能性」とは、三胚葉系列すべてに分化できることを意味し、「自己複製能」とは、未分化状態を保持したまま増殖できる能力を意味する。体細胞由来のイヌ多能性幹細胞は、好ましくは、上記のイヌiPS細胞の製造方法により得られるイヌiPS細胞である。
【0048】
体細胞由来のイヌ多能性幹細胞、好ましくはイヌiPS細胞は、胚を経由して得られるイヌES細胞と極めて類似した性質を有するが、例えば、それらに限定されないが、染色体遺伝子のDNAメチル化の状態やヒストンのアセチル化等のエピジェネティック修飾のパターン、発現する遺伝子等のパターン、分化誘導処理に対する感受性、移植時の腫瘍形成能等の性質のいずれかにおいて、イヌES細胞とは相違していると考えられる。かかる性質の相違は、体細胞に由来することと、特定の核初期化因子(生殖細胞の細胞成分中の未知の成分を含まない)による初期化を経るという製造プロセスに基づくはずであり、従って、「体細胞由来の」イヌ多能性幹細胞、あるいはイヌ「iPS細胞」と定義づけられることにより、初期胚や体細胞核移植胚から誘導されるイヌES細胞とは区別することができる。
【0049】
また、本発明のイヌiPS細胞は、イヌへの医療用途だけでなく、ヒトiPS細胞の臨床応用へ向けた、安全性及び有効性の確認のための動物実験用として、より好ましく用いられることを考慮すれば、現在、最も効率よくヒトiPS細胞を樹立できるとされている、レトロウイルスもしくはレンチウイルスを用いた初期化遺伝子(例、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子及びc−Myc遺伝子の4因子、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子及びKlf4遺伝子の3因子)の導入により得られたイヌiPS細胞は、このような目的のために特に有用である。レトロウイルスやレンチウイルスによる遺伝子導入はゲノムへの初期化遺伝子の組込みを伴うので、このようにして得られるイヌiPS細胞は、ゲノム構造において、もとのイヌ体細胞はもちろん、イヌES細胞とも明確に区別され得る。もちろん、アデノウイルスやプラスミドを用いて初期化遺伝子を導入した場合でも、iPSコロニー誘導時の高い選択圧により、本来ゲノムへの組込みが稀であるこれらのベクターによっても、初期化遺伝子がゲノムに組み込まれたiPS細胞が得られやすい傾向にあるので、本発明の初期化遺伝子が組み込まれたイヌiPS細胞は、遺伝子導入に用いられるベクターの種類を問わない。さらに、染色体外で自律複製可能なエピゾーマルベクターを用いた場合、ゲノム上には組み込まれないが、初期化遺伝子は遺伝的に安定にiPS細胞内に存在し得るので、このようなベクターを用いて得られるイヌiPS細胞もまた、本発明の範囲に包含される。
【0050】
好ましくは、本発明のイヌiPS細胞において遺伝的に安定に存在する初期化遺伝子としては、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子及びc−Myc遺伝子から選ばれる少なくとも1つの遺伝子が挙げられる。好ましくは、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子及びc−Myc遺伝子の4因子、あるいはOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子及びKlf4遺伝子の3因子である。尚、ここで「初期化遺伝子」とは、体細胞の核初期化のために作用する外因性遺伝子を意味し、イヌ体細胞に「内在する」これらと実質的に同一の遺伝子は、初期化遺伝子には当然含まれない。
【0051】
このようにして樹立されたイヌiPS細胞は、種々の目的で使用することができる。例えば、ES細胞で報告されている分化誘導法を利用して、イヌiPS細胞から種々の細胞(例、心筋細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、インスリン分泌細胞等)への分化を誘導することができる。したがって、患畜自身やMHCの型が同一である他個体から採取した体細胞を用いてiPS細胞を誘導すれば、そこから所望の細胞(即ち、該患畜が罹病している臓器の細胞や疾患に対する治療効果を発揮する細胞等)に分化させて該患畜に移植するという、自家もしくは同種異系移植によるイヌの幹細胞療法が可能となる。かかる移植療法は、獣医学分野における実用的な用途のみならず、ヒトiPS細胞を用いたヒトへの同様の細胞移植療法の有効性や安全性を試験するための動物実験として特に有用である。
さらに、イヌiPS細胞から分化させた機能細胞(例、肝細胞)は、対応する既存の細胞株よりも実際の生体内での該機能細胞の状態をより反映していると考えられるので、医薬候補化合物の薬効や毒性のin vitroスクリーニング等にも好適に用いることができる。また、初代機能細胞を調製するために実験用イヌの臓器や組織を切除する必要がなく、動物愛護の観点からも望ましい。
【実施例】
【0052】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0053】
実施例1.レトロウイルスベクター構築
大脳、網膜、胃粘膜、皮膚、骨格筋、肺、精巣から抽出したRNAから、公共のデータベースに登録されたcDNA配列情報に基づいてプライマーを設計し、イヌOct3/4、Klf4、Sox2、c−Mycの各遺伝子をRT−PCRにより増幅した。Sox2についてはうまく増幅できなかったので、データベース上の予測イヌSox2配列とヒトSox2配列とを比較したところ、イヌSox2にはN末に165アミノ酸の余分な配列が入っていることがわかった。そこで、この余計な部分を除いて再度プライマーを設計し、RT−PCRを行ったところ、首尾よくイヌSox2遺伝子を増幅することができた。PCRでの増幅の際に使用した各プライマーの配列を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
得られた各遺伝子の塩基配列を常法により決定した。結果を配列表(配列番号1〜8)に示す。イヌSox2は予測どおりデータベース上の予測配列からN末の165アミノ酸が除かれたアミノ酸配列をコードしていた。また、イヌKlf4は、データベース上の予測イヌKlf4には存在しない約90アミノ酸からなる配列の挿入が認められた。ヒト及びマウスのKlf4には当該配列に相当する配列が存在することから、データベースの予測イヌKlf4は誤りである可能性が高いことが示された。
増幅した各遺伝子をpMXs−IRES−GFP(図1c)のマルチクローニングサイトにそれぞれ挿入し、各遺伝子を搭載した4つのレトロウイルスベクターを得た。
【0056】
実施例2.ウイルス作製
あらかじめ6×10個のPlat−GP細胞を10cmシャーレに播いておき、そこにトランスフェクション試薬(Fugene6 transfection reagent、Roche)を100μl入れ、室温で5分間静置した。その後、各レトロウイルスベクター及びpCMV−VSVGを3μg加え、さらに室温で15分静置してからPlat−GP細胞の培養液に加えた。培養液はDME培地(invitrogen)(最終濃度がそれぞれ0.5%抗生剤、10%FBSになるように添加)を使用し、37℃、5%COで培養した。トランスフェクションして24時間後に培地を交換し、さらに48、60、72時間後に培養上清を回収し、それを混合した液をウイルス含有液とした。ウイルス含有液を孔径0.45μmのミリポアフィルターにて濾過し、そこに最終濃度が4μg/mlになるようにポリブレンを添加し、ウイルス液とした。
【0057】
実施例3.レトロウイルスによる遺伝子導入の効率
イヌ線維芽細胞は妊娠30日目のビーグル犬(オリエンタルバイオ株式会社から購入)から胎仔を摘出し、胎仔組織をせん断、酵素処理することにより得た。イヌ線維芽細胞にレトロウイルス感染により初期化遺伝子を導入させ、感染後のGFPの発現レベルをフローサイトメトリーにて解析した。感染後5日で、線維芽細胞の約60%がGFP陽性を示し、遺伝子が高い効率で導入されることが確認された(図2、3)。
【0058】
実施例4.イヌiPS細胞の作製
Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの4遺伝子をレトロウイルスにてイヌ線維芽細胞に導入した。3回目の遺伝子導入が終了した時点で培養液を交換した(霊長類ES細胞用培地+ヒトLIF(1000U/ml)+bFGF(6ng/ml)+PD0325901(0.5μM)+A−83−01(0.25μM)+CHIR99021(3μM)+バルプロ酸(1mM))。遺伝子導入後2日目で線維芽細胞の約60%がGFP陽性を示し、導入後5日目ではGFP陽性を示す小さなコロニーも確認した(図4c)。導入後20日目に単層構造様のコロニーの形成が確認された。確認されたコロニーの形態はイヌES細胞に類似していた。遺伝子導入後、約1ヶ月でコロニーが機械的剥離可能な大きさに達した。以降はマウス胎仔線維芽細胞由来のフィーダー細胞上で継代培養を行った。マウス胎仔由来線維芽細胞は妊娠13日の妊娠マウスの胎仔組織をせん断、酵素処理することで得た。マウス胎仔由来線維芽細胞はフィーダー細胞として使用するためマイトマイシンCで処理し、イヌiPS細胞継代前日に10cmディッシュへ1.5×10個の細胞を播種した。
【0059】
実施例5.イヌiPS細胞におけるES細胞マーカーの発現
ES細胞マーカーの発現を確認するために免疫染色解析を行った。イヌiPS細胞は、4%のパラホルムアルデヒドで30分間反応させ固定した。固定した細胞はPBSで洗浄し、2%のFBS,0.2%トリトンX−100/PBSで前処理した。一次抗体として抗Oct3/4抗体(1:100に希釈、SANTA CRUZ)、抗SSEA−1抗体(1:50に希釈、ミリポア)、抗SSEA−4抗体(1:50に希釈、ミリポア)、抗TRA−1−60抗体(1:50に希釈、ミリポア)、抗TRA−1−81抗体(1:50に希釈、ミリポア)を使用した。二次抗体としてはTRITC標識抗マウス抗体を使用した。核は、1μg/mlのDAPI(Roche)により染色した。
免疫染色によりイヌiPS細胞は、Oct3/4、SSEA−4、TRA−1−60及びTRA−1−81について陽性を示し、イヌES細胞と同じ発現パターンを示すことが明らかになった(図6−1、6−2)。
【0060】
実施例6.アルカリフォスファターゼ染色
アルカリフォスファターゼ染色は、Leukocyte Alkaline Phosphatase Kit(Sigma)を使用して行った。対照としてマウスiPS細胞株であるiPS−MEF−Ng−20D−17(京都大学 山中伸弥教授より提供)を用いた。染色の結果、イヌiPS細胞はアルカリフォスファターゼ陽性を示し、染色の程度はマウスiPS細胞と同程度を示した(図7)。
【0061】
実施例7.iPS細胞から外・中・内胚葉系細胞への分化誘導
イヌiPS細胞の三胚葉分化能を確認するために以下の実験を行った。外胚葉への分化誘導は、イヌiPS細胞をGME(Glasgow Minimum Essential)培地(最終濃度が10% KSR、0.1mM non−essential amino acids、1mM pyruvate、0.2mM 2−mercaptoethanol、100nM Vitamin B12、33μg/ml heparin、0.5% penicillin/streptomycinとなるよう添加)にて14日間培養を行った。中胚葉への分化誘導は、α−ME(α−minimum essential)培地(最終濃度が10%ウシ胎仔血清、5×10−5mol/l 2−mercaptoethanol、0.5% penicillin/streptomycin、100ng/ml VEGFになるように添加)にてIV型コラーゲンでコートしたディッシュ上で10日間培養を行った。内胚葉への分化誘導は、DME(Dulbecco’s modified Eagle’s)培地(最終濃度が20% KSR、1mM non−essential amino acids、0.55mM 2−mercaptoethanol、0.5% penicillin/streptomycin、4ng bFGF、1% glutamine、100ng activin Aになるように添加)にて14日間培養を行った。
【0062】
各分化誘導した細胞は、4% パラホルムアルデヒドを含有するPBSで固定し、5% 正常ヤギ抗体又はロバ血清(Chemicon)、1% ウシ血清アルブミン(ナカライテスク)、及び0.2% TritonX−100を含有するPBSでインキュベートした。一次抗体を以下に示す;抗α-フェトプロテイン抗体(1:500、Dakocytomation)、抗FLK1抗体(1:500、Upstate)、及び抗βIII−チューブリン抗体(1:500、Sigma)。二次抗体を以下に示す;TRITC標識抗ウサギ抗体。核は、1μg/ml DAPI(Roche)で染色した。免疫染色の結果、作製されたイヌiPS細胞は外胚葉、中胚葉、内胚葉の3胚葉に分化することが可能であることが確認され、多分化能を有することが明らかになった(図8)。
【0063】
実施例8.マイクロアレイ解析
イヌiPS細胞とイヌiPS細胞作製のもとのイヌ線維芽細胞とで、遺伝子の発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った。解析は、イヌiPS細胞又はイヌ線維芽細胞由来のtotal RNAを用いて、Cell, 131: 861-872 (2007)に記載の手法にて行った。その結果を図9に示す。イヌiPS細胞において特異的に発現している遺伝子を検出したところ、ES細胞特異的遺伝子であるSox2(600倍)、Sall4(1600倍)の過剰発現を認めた。以上の結果より、イヌiPS細胞とイヌiPS細胞作製のもとのイヌ線維芽細胞とでは遺伝子の発現パターンが異なることが確認された(図9)。
【0064】
実施例9.核型解析
イヌiPS細胞にコルセミド溶液を加え、数時間培養した。トリプシン処理により細胞を単一分散後、塩化カリウム溶液にて細胞及び核を膨潤し、カルノア溶液で固定した。Qバンド処理後、染色体を顕微鏡下で撮影し、カリオグラムを作製した。
本発明においてイヌiPS細胞にて確認された染色体数は78であったことから、今回樹立されたイヌiPS細胞はイヌ体細胞に由来することが確認された。また染色体の異常も認められなかった(図10)。
【0065】
実施例10.選択的にイヌiPS細胞コロニーを高率に作製する方法
複数の低分子化合物を核初期化因子とともに添加することで、iPS細胞コロニー作製を高率に誘導させることができた。Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの4遺伝子をレトロウイルスにてイヌ線維芽細胞に導入した。3回目の遺伝子導入が終了した時点から培養液を交換した(霊長類ES細胞用培地+ヒトLIF(1000U/ml)+bFGF(6ng/ml)+バルプロ酸(0.5mM)+Bay K8644(1μM)+BIX01294(0.5μM)+RG108(0.02μM))。
遺伝子導入後4日目で確認できたコロニーのほぼすべてが、イヌES細胞様のコロニーであった。この結果から、複数の低分子化合物を初期化因子とともに細胞に導入することで、効率よくイヌiPS細胞を得ることができたことを確認した(図11)。
【0066】
実施例11.イヌLIFの作製
Nagataの報告(Methods in molecular biology, 577:109-20 (2009))に基づき、バキュロウイルスを用いて組換えイヌLIFを作製した。即ち、ケタミン塩酸塩及びキシラジンによる麻酔下で成犬ビーグル犬から摘出した組織(皮膚、筋肉、精巣)からtotal RNAを抽出した。該RNAを鋳型として、NCBIデータベースに登録されたcDNA配列情報(XM_534732)に基づいて設計したプライマーを用いてRT−PCRを行い、N末端に6×Hisタグを導入したイヌLIF cDNAをNested PCRにて増幅した。PCR増幅の際に使用したプライマーの配列を表2に示す。最初のPCRはF01-primerとR-primerを使用してPCRを行い、さらに該PCR産物を鋳型にして2回目のPCRをF02-primerとR-primerを用いて行った。
【0067】
【表2】

【0068】
イヌLIF cDNA増幅断片をクローニングベクターにクローニングし、バキュロウイルス由来のDNAと該ベクターとをカイコ由来BmN細胞に同時にトランスフェクションした。トランスフェクション後6日目の培養上清から、イヌLIFを発現する組換えバキュロウイルスを得た。得られた組換えバキュロウイルスをカイコに感染させ、感染後6日目のカイコ体液を抽出し、イヌLIFタンパク質を得た。得られたイヌLIFタンパク質をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動に付し、銀染色法及び抗Hisタグ抗体を用いたウェスタンブロット法にて確認した(図12、レーン5)。
【0069】
実施例12.脂肪由来細胞からのイヌiPS細胞の作製
iPS細胞の製造において使用するイヌ脂肪由来細胞は、以下の方法にて採取した。
ケタミン塩酸塩及びキシラジンによる麻酔下で、成犬ビーグル犬から大網組織の一部を切除し、得られた大網組織を消化液(30mg コラゲナーゼ8型(Sigma)、1.3mg/mlグルコース、0.4g ウシアルブミン分画5(Sigma)を含む10mlのハンクス緩衝塩類溶液)にて処理し、脂肪組織のみを採取した。採取した脂肪組織をウシ胎児血清含有D−MEM培地にて中和し、さらに赤血球溶解溶液にて処理した後、遠心して、細胞塊を得た。この細胞塊が脂肪由来細胞となる。
脂肪由来細胞を用いたイヌiPS細胞の樹立は以下の方法にて行った。
導入する遺伝子は、マウス由来Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの各遺伝子をそれぞれ搭載した組み換えレトロウイルス4種(Addgene, Inc.から入手)を使用した。3回目の遺伝子導入が終わった時点で培養液(霊長類ES細胞用培地(リプロセル)+イヌLIF(20ng/ml)+CHIR99021(3μM)+PD0325901(0.5μM))を交換し、培養を行った。遺伝子導入を開始して、14日後にイヌES細胞様のコロニーを確認した(図13)。その後、あらかじめマウス胎仔由来線維芽細胞を播種しておいたシャーレ上にコロニーを移し、培養を継続した。
線維芽細胞由来のイヌiPS細胞と比較すると、コロニーの出現数が格段に増加したことから、脂肪由来細胞及びイヌ由来のLIFを用いることにより、イヌiPS細胞樹立効率が高くなることが示唆された。
【0070】
実施例13.脂肪由来細胞から樹立したイヌiPS細胞におけるES細胞マーカーの発現
実施例12で得られたイヌiPS細胞からquick gene 800(Fuji film)を用いてRNAを抽出し、High Capacity RNA-to-cDNA Master Mix(ABI)にてcDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型にした定量的リアルタイムPCRにより、該イヌiPS細胞におけるES細胞特異的遺伝子の発現を解析した。PCRにて使用したプライマーのうちイヌOct3/4、イヌSox2、イヌEras、イヌTertはApplied Biosystems社から購入し、その他のプライマー(イヌNanog、イヌRex1)は公共のデータベースに登録されたcDNA配列情報(それぞれXM_543828(NCBIデータベース)、ENSCAFG00000025203(Ensemblデータベース))に基づいて設計した。イヌNanog及びイヌRex1に対するプライマーの配列を表3に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
定量的リアルタイムPCRの結果、樹立したイヌiPS細胞は、もとの脂肪由来細胞に比べ、ES細胞特異的なマーカーであるOct3/4、Nanog、Sox2、Eras及びRex1の発現レベルが上昇していた(図14)。
【0073】
実施例14.脂肪由来細胞から樹立したイヌiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色
実施例12で得られたイヌiPS細胞について、実施例6と同じ方法を用いてアルカリフォスファターゼ染色を行った。その結果、得られたイヌiPS細胞は、陰性コントロールと比較し、高いアルカリフォスファターゼ陽性率を示した(図15)。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の方法はイヌiPS細胞の製造に有用であり、これによって、ヒトiPS細胞の臨床応用に向けた有効性及び安全性確認のための動物実験における移植後の長期観察が可能となる。また、本発明により各個体からイヌiPS細胞を製造すれば、移植治療における拒絶反応のリスクが大いに低減され、イヌのオーダーメイド治療が可能となる。さらに本発明のイヌiPS細胞を利用すれば、イヌ個体を使用せずに獣医薬の開発や化学物質の毒性検査を行うことも可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程(a)及び(b)を含む、イヌiPS細胞の製造方法。
(a)イヌ体細胞と核初期化因子とを接触させる工程
(b)該細胞を、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤、グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤からなる群より選択される一以上の物質並びに白血病抑制因子を含む培地で培養する工程
【請求項2】
前記一以上の物質が、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ阻害剤、アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤、あるいは、L型カルシウムチャンネルアゴニスト及びDNAメチル化阻害剤である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
核初期化因子が、Oct3/4、Sox2及びKlf4である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
核初期化因子が、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Mycである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
アクチビンレセプター様キナーゼ阻害剤が、アクチビンレセプター様キナーゼ5阻害剤である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
グリコーゲン合成酵素キナーゼ阻害剤が、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β阻害剤である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
工程(b)の培地が、さらにヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が、バルプロ酸又はその塩である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
工程(b)の培地が、さらに塩基性線維芽細胞成長因子を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
核初期化因子と接触後48時間以内に工程(b)の培養を行う、請求項1〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
核初期化因子と接触後3〜5週間経過後にフィーダー細胞上で培養を行う、請求項1〜10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
分化多能性及び自己複製能を有する、体細胞由来のイヌ多能性幹細胞。
【請求項13】
初期化遺伝子が遺伝的に安定に存在する、請求項12に記載の細胞。
【請求項14】
初期化遺伝子が、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Mycからなる群より選択される一以上の遺伝子である、請求項13に記載の細胞。
【請求項15】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法により製造される、イヌiPS細胞。
【請求項16】
請求項12〜15のいずれか1項に記載の細胞から分化した、イヌ体細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6−1】
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【図6−2】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−50379(P2011−50379A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177929(P2010−177929)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】