説明

インクジェット式印字ヘッド

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、インク滴を飛翔させ、記録紙等の記録媒体上にインク像を形成するインクジェット式印字ヘッドに関する。
【0002】
【従来の技術】近年、高速、高印字品質の低価格インクジェットプリンタの要求が高まる中、インクジェット式印字ヘッドを構成する各部材への加工密度、加工精度も高いものが要求されてきている。
【0003】インク室を構成する壁部材としては一般的にプラスチック、セラミック、ガラス等の材料が用いられている(米国特許第4057807号明細書、米国特許第3972474号明細書)。しかしながら、この様な技術では近年のインクジェット式印字ヘッドの要求する高精細、高精度化に応えることが出来なくなってきた。
【0004】この様な課題を解決するものとして、シリコンウェハーをエッチングしてインクジェット式印字ヘッドの構成部品として使用する技術が多々開示されている。例えば、シリコン基板で流路を形成したインクジェットヘッドとして図15に示した特公昭58−40509号公報が知られており、この例では(100)シリコン基板が用いられている。
【0005】又、(110)シリコン基板を用いたインクジェットヘッドの例としては、"K.E.Petersen,`Fabrication of anIntegrated,PlanarSilicon Ink-Jet Structure,'IEEE transactions onelectrondevices,vol.ED-26,No.12, December 1979"などが知られている。
【0006】又、米国特許第4312008号明細書においてもシリコンウェハーをエッチングしてインク室を構成する技術が開示されている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、前述の従来技術は以下のような課題を有する。
【0008】特公昭58−40509号公報に述べられている(100)シリコン基板61を用いたものではエッチングの結果現れる(111)面は(100)面に対し約54.7゜で傾斜するため、パターン幅に対して深さが一定の比以上は取れないので、図15に示すように台形もしくは三角形の断面形状になる。
【0009】例えば、(100)面のシリコン基材を用いてインク室を配列しようとすると、先にも述べたが、図15に示すようにインク室の壁が基材の表面に対し略54.7゜で傾斜するため、薄いシリコン基材でしか貫通することができない。例えば、流路の幅が100μmである場合、シリコン基材の厚さは70μm以下となる。その場合シリコン基材の全体の剛性がなく、シリコン基材全体がしなるため、他のノズルが駆動しているかどうかによって特性に大きな差がでることになる。そのため、高密度化が困難であるという課題を有する。
【0010】一方、米国特許第4312008号で開示されている図16の例に示した(110)シリコン基板71による異方性エッチングでは、表面の(110)面に垂直な(111)面でインク室を構成できるので高密度にノズルを配列することが可能である。
【0011】しかしながら、図16のインク室構造では、インク流れに滞留部が存在し一度気泡がインク室に入ってしまうとなかなか排出することが出来なかった。この事は、気泡がインク室での圧力の逃げ場(コンプライアンス)の働きをして、インク吐出不良の要因になっていた。
【0012】
【課題を解決するための手段】このような問題を解消するために本発明においては、ノズル開口が形成されたノズルプレートと、前記ノズル開口部と連通するインク室と、該インク室を加圧する圧力発生部材とを有するインクジェット式印字ヘッドにおいて、前記インク室は、結晶方位(110)面を表面にもつシリコン基板に対し、その表面に垂直な結晶方位(111)面で形成された4つの壁面と、前記シリコン基板の表面に対して傾斜した結晶方位(111)面で形成された2つの壁面との合計6つの結晶方位(111)面の壁面を有し、傾斜した第3の結晶方位(111)面によりノズル側にインクの流れを誘導する。
【0013】更には、前記第3の(111)面に対応するようにインク供給口を具備したことを特徴としている。
【0014】更には、前記第3の(111)面が前記インク室内に2面有することを特徴としている。
【0015】更には、前記インク供給口は、前記2つの第3の(111)面に対応するようにそれぞれ具備していることを特徴としている。
【0016】更には、前記インク供給口は、前記シリコン表面の(110)面をハーフエッチングした二つの(111)面で構成されるV字溝である事を特徴としている。
【0017】更には、前記第3の(111)面と前記V字溝を形成する(111)面の1部が同一面で有ることを特徴としている。
【0018】
【実施例】以下本発明の実施例を図面を用い詳細に説明する。
【0019】図3、図4は本発明のインクジェット式印字ヘッドを説明するための部分的な斜視図及び部分的な分解斜視図である。
【0020】図1は、本発明のインクジェット式印字ヘッドのノズル配列に直交する方向の断面図、即ち、図3のA−A断面図である。
【0021】図2は、本発明におけるインクジェット式印字ヘッドのノズル配列方向の断面図、即ち、図3のB−B断面図である。
【0022】図1、図2、図4に於いて、インクタンク(図示されていない)から供給されたインクは、各インク室110に連通する壁部材103に形成されたインク流路111を通り、各インク室110に対応するように形成されたインク供給路107を通って、ノズルプレート101、壁部材103、インク供給板108、振動板104によって構成されるインク室110に供給される。
【0023】各インク室110に対応して圧力発生部材105と、ノズル開口部102が配置されており、圧力発生部材105はベース板201上に配置、固着され、フレーム204に挿入され、接着剤203で固着されている。ここで、圧力発生部材105は、FPC202を介したプリンタ本体からの電気信号による伸縮運動により、インク室110を加圧し、ノズル開口部102よりインクを吐出する。
【0024】本発明の特徴とするところは、インク室110を構成するシリコン単結晶基板からなる壁部材103の構造に関するものである。
【0025】シリコン単結晶基板の異方性エッチングは、結晶方位により決まる方向にエッチングが進行する。(111)結晶面は、他の結晶面に比べてエッチング速度が極端に遅いため、図5の様に(110)面を表面に持つ壁部材103の表面と直交する第1の(111)面501と、この第1の(111)面と約70度の傾きを持つ第2の(111)面502を利用してインク室を構成すると、非常に高いアスペクト比のインク室を高密度に、かつ、高精度に形成できる。
【0026】しかしながら、この構造は先にも述べたが、インク室の角部にインク滞留部が存在し、一度気泡がインク室に入ってしまうとなかなか排出することが出来なかった。この事は、気泡がインク室での圧力の逃げ場(コンプライアンス)の働きをして、インク吐出不良の要因になっていた。
【0027】この課題に対して、本発明は、図5に示すように壁部材103の(110)表面に対して約35度の傾きを持つ第3の(111)面503を設けたことを特徴としている。
【0028】図9は(110)面のシリコンウェハ800の面上の方向を示す図である。
【0029】シリコンウェハ800の表面に対して垂直な(111)面は、オリフラ901に対して約35゜の方向、即ち、<211>方向に現れる。この(111)面で構成される部屋をインク室110として利用すると、図1に示すように圧力発生部材105側からノズル開口部102に向かってインク室が徐々に狭くなるように第3の(111)面が存在し、インク滞留部が従来より少なくなり気泡排出性が飛躍的に向上する。
【0030】以下、本発明の壁部材103の製造方法の一実施例を、図8(a)〜(f)を用いて説明する。
【0031】まず、図8(a)に示すように、表面の結晶面方位が(110)面となるシリコンウェハ800を、900〜1100℃に加熱し、酸素、水蒸気などの酸化剤を含んだ高温の気体の中に置いて、その表面に酸素原子を拡散する。本実施例では、この熱酸化処理によって厚さ1.7μmから成るシリコン酸化物の膜801を形成した。シリコン酸化物の膜801は後述する異方性エッチング工程でのマスクの役割を果たし、その形成手段は前述した熱酸化処理の他に、CVD(化学気相堆積)法や、イオン注入法、陽極酸化法によっても差し支えない。またシリコン酸化物の膜以外にも、シリコン窒化物の膜や、ホウ素やガリウム原子を添加した所謂p型シリコン膜や、ヒ素やアンチモン原子を添加した所謂n型シリコン膜を形成しても差し支えない。
【0032】次に、図8(b)に示すように、樹脂レジスト802で前記シリコンウェハ800上に図9に示すようにインク室110が(111)面で構成できるようにパターンを施し、図8(c)に示すように、フッ酸水溶液などの酸エッチング液によってシリコン酸化物の膜801を選択的に除去した後、樹脂レジストを除去すると、パターニングされたシリコン酸化物の膜801のマスクパターンが現れる。
【0033】次に、水酸化ナトリウム水溶液や水酸化カリウム水溶液などの、結晶方位に依存してエッチング速度が変化するエッチング液によって、シリコンウェハを異方性エッチングすると、表面に対して垂直な第1、第2の結晶方位(111)面、及び表面に対して約35度の角度を有する第3の結晶方位(111)面とでエッチング領域の規制を受けながら、深さ方向にエッチングが進行する(図8(d))。すなわち第3の結晶方位(111)面の底部側を中央領域に延ばすようにエッチングが進行する。もとより、圧力室の中心の断面(図5の矢印Cで示す断面)で見た状態では、表面に対して約35度の角度を有し、かつ深さ方向のエッチングを規制している第3の結晶方位(111)面は、図7に示したように表面から或る一定の深さの位置を通過しているから、短辺の垂直な壁、つまり第2の結晶方位(111)面に規制されつつ深さ方向にエッチングが進行し、第2の結晶方位(111)面(502)が露出する。そして、図8(f)に示す時点でエッチングを規制している第3の結晶方位(111)面(803)が第2の結晶方位(111)面(803’)と交差し、この領域での深さ方向のエッチングが実質的に停止する。エッチングの進行を規制している第3の結晶方位(111)面の先端が底部に到達した時点図8(f)で全体のエッチングが終了する。本実施例では、80℃に加熱した20[重量%]の水酸化ナトリウム水溶液によって、前記シリコンウェハを異方性エッチングして、図8(f)に示すような形状を得た。
【0034】次に、インクへの耐性やインクとの親和性を得るために図8(g)に示す様に保護膜804を形成する。形成する膜の種類、並びに形成手段は前述のマスクパターンの工程と同じであるが、熱酸化処理によってシリコン酸化物の保護膜を形成するのが最も好適である。
【0035】この様にして形成されるインク室110は、図5、図9に示すように貫通孔505がひし形になる様な、第3の(111)面503が現れる。
【0036】この第3の(111)面503は、シリコンウェハ面、即ち、(110)面から貫通孔505方向に約35゜のテーパを持って現れるので貫通孔505面をノズル開口部に向かってインクジェット式印字ヘッドを構成し図1に示すヘッド構造を得る。ここで、図6は、図5に於けるC−C断面図で、図7は、図5に於けるD−D断面図である。
【0037】図1〜図4の実施例では、インク室110とインク流路111を形成した壁部材103と、インク供給路107を形成したインク供給板108とを別部品、即ち、2部品で構成した例を示した。
【0038】以下には、インク室110とインク流路111、インク供給路107を壁部材103上に形成した実施例を示す。
【0039】図12は(110)面のシリコンウェハ800の面上の方向を示す図である。
【0040】シリコンウェハ800のオリフラ901に対して垂直の方向、即ち、<110>方向にはシリコンウェハ表面に対して約35゜の方向に、(111)面の滑らかで、精度の良いV字溝1201が構成できる。
【0041】このV字溝1201をインク供給路107として使用した例が図10であり、図10の斜視図が図1111である。
【0042】本実施例によれば、インク供給路107がエッチング精度の高いシリコンの(111)面で、かつ、1部品で構成できる為、特性のよい安価なインクジェット式印字ヘッドが提供できる。
【0043】又、本実施例、図7、図10に示す第1の(111)面501と第2の(111)面とが鋭角的に交わる部分に、図1に於ける振動板104と第3の(111)面503とのギャップが最も狭くなる部分、即ち、ギャップ極小部1001が出来てしまう。この部分は、インクの流れが殆ど生じないので、特にインク初期充填時の気泡排出性が非常に悪いという課題を持っていた。
【0044】この課題に対しては、図10に示す様にインク供給路107を、ギャップ極小部1001に対応するように配置すること、更には、第3の(111)面503の1部がインク供給路107を構成するV字溝の(111)面とを同一面とすることでギャップ極小部1001のインクの流れが円滑になり気泡排出性に優れ、又、第3の(111)面503は、ノズル周囲の剛性を高める働きをし、特性の安定した、吐出効率の良いインクジェット式印字ヘッドを提供できる。
【0045】図13、図14に実際に試作したインク室110のレイアウト例を示す。
【0046】図13は、壁部材103の振動板104との接着面側の図で、図14は壁部材103のノズルプレート101との接着面側の図である。
【0047】インク室110は、ピッチ0.2822(mm)で片側16室。インク供給路107及びインク流路111は各インク室110の両側に構成され、各インク流路111にはインク供給パイプ1301を配置している。
【0048】この構造によれば、インク充填時等にどれかのパイプ1301をインク流路111へのインク充填、どれかのパイプ1301をインク流路111からのインク排出に利用し各インク室、インク流路内でインクを循環することで気泡排出がさらに向上させることが出来た。
【0049】ここで本実施例では圧力発生部材105として、図1の様に圧電材料と電極材料を交互にサンドイッチ状に挟んだ積層型圧電素子の電界方向と同方向の変位、即ちd33方向の変位を利用した例を示した。しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、圧力発生部材として電界方向と垂直方向の変位、即ちd31方向の変位を利用した圧電素子や、インク室内に駆動信号によりジュール熱を発生する抵抗線を設けたバブルジェット方式等にも同等の効果を有する。
【0050】
【発明の効果】以上説明したように本発明によれば、ノズルに連通する貫通孔を、傾斜する斜面により形成したので、供給路からインク室へのインクの流れが円滑で、気泡が溜まり難く、気泡の抜け易い形状としたため気泡排出性が向上し、安定した印字特性を確保できるという効果を有する。また、ノズル周囲の剛性を高めることにより、側壁、ノズル板の振動を原因とするクロストークを抑制でき、かつ、インク吐出効率を向上させることができるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す図3に於けるA−A断面図。
【図2】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す図3に於けるB−B断面図。
【図3】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す斜視図。
【図4】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す斜視図。
【図5】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す上面図。
【図6】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す図5に於けるC−C断面図。
【図7】本発明のインクジェット式印字ヘッドの一実施例を示す図5に於けるD−D断面図。
【図8】本発明のインクジェット式印字ヘッドのシリコン基材のエッチング過程を説明するための断面図。
【図9】本発明のインクジェット式印字ヘッドに用いる(110)面のシリコンウェハの面上の方向を示す図。
【図10】本発明のインクジェット式印字ヘッドの第2の実施例を示す上面図。
【図11】本発明のインクジェット式印字ヘッドの第2の実施例を示す図10の斜視図。
【図12】本発明のインクジェット式印字ヘッドの第2の実施例を説明する為の、(110)面のシリコンウェハの面上の方向を示す図。
【図13】本発明のインクジェット式印字ヘッドの第3の実施例を示す上面図。
【図14】本発明のインクジェット式印字ヘッドの第3の実施例を示す図13の裏面側の上面図。
【図15】従来技術のインクジェットヘッドを示す斜視図。
【図16】従来技術のインクジェットヘッドを示す斜視図。
【符号の説明】
101 ノズルプレート
102 ノズル開口部
103 壁部材
104 振動板
105 圧力発生部材
107 インク供給路
110 インク室
501 第1の(111)面
502 第2の(111)面
503 第3の(111)面
1201 V字溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ノズル開口が形成されたノズルプレートと、前記ノズル開口部と連通するインク室と、該インク室を加圧する圧力発生部材とを有するインクジェット式印字ヘッドにおいて、前記インク室は、結晶方位(110)面を表面にもつシリコン基板に対し、その表面に垂直な結晶方位(111)面で形成された4つの壁面と、前記シリコン基板の表面に対して傾斜した結晶方位(111)面で形成された2つの壁面との合計6つの結晶方位(111)面の壁面を有することを特徴とするインクジェット式印字ヘッド。
【請求項2】 前記6つの壁面は、前記シリコン基板の表面に垂直な第1の2つの結晶方位(111)面と、該第1の結晶方位(111)面と約70度の傾きを持つ第2の2つの結晶方位(111)面と、前記シリコン表面に対して約35度の傾きを持つ第3の2つの結晶方位(111)面である請求項1に記載のインクジェット式印字ヘッド。
【請求項3】 前記第3の結晶方位(111)面が前記インク室の底面を形成するように2つ存在する請求項2に記載のインクジェット式印字ヘッド。
【請求項4】 前記第3の結晶方位(111)面により形成された前記インク室の最も狭くなる領域に対応するようにインク供給口が形成されている請求項2に記載のインクジェット式印字ヘッド。
【請求項5】 前記インク供給口は、前記2つの第3の結晶方位(111)面により形成された前記インク室の最も狭くなる2つの領域に対応するよう形成されている請求項4記載のインクジェット式印字ヘッド。
【請求項6】 前記インク供給口は、前記シリコン基板の表面をハーフエッチングして形成される2つの結晶方(111)面により構成されるV字溝である請求項4または請求項5に記載のインクジェット式印字ヘッド。
【請求項7】 前記第3の結晶方位(111)面と前記V字溝を形成する結晶方位(111)面の一部が同一面である請求項6に記載のインクジェット式印字ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図10】
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【図12】
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【図15】
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【図16】
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【図13】
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【図14】
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【特許番号】特許第3221474号(P3221474)
【登録日】平成13年8月17日(2001.8.17)
【発行日】平成13年10月22日(2001.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−66897
【出願日】平成6年4月5日(1994.4.5)
【公開番号】特開平7−276626
【公開日】平成7年10月24日(1995.10.24)
【審査請求日】平成11年11月2日(1999.11.2)
【前置審査】 前置審査
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【参考文献】
【文献】特開 平6−55733(JP,A)
【文献】特開 平5−309835(JP,A)