説明

インクジェット画像形成方法

【課題】使用する水性インクが高い分散安定性を維持しつつ、記録媒体が塗工層を有する印刷用紙の場合でもベタムラが目立たないインクジェット画像形成方法を提供すること。
【解決手段】用いる水性インクが、自己分散顔料、及び水を含有し、前記自己分散顔料のpKaが特定の関係であることを特徴とするインクジェット画像形成方法。さらに、用いる記録媒体が、特定の塗工層を有する印刷用紙であり、蛍光X線分析法により測定される、炭素及び酸素以外の元素の含有率、及びカルシウムの含有率が特定の含有率であることを特徴とするインクジェット画像形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット画像形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットを用いた記録方式は、広範な記録媒体上に画像を形成できるため近年急速にその適用範囲が拡大している。その為、今日までにインクジェットプリンタ用のインクに関して様々な改良が行われている。しかし、インクの吸収速度が遅い塗工層を有する印刷用紙に対してインクジェット記録方式で安定した画像を形成する為には、克服すべき課題が多い。
【0003】
特許文献1には、不揮発成分が10質量%以上、50質量%未満であるインクを液滴量として0.1pL以上、0.5pL以下で塗布する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−315363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように様々な手法でインクジェット記録方式を進化発展させようとする試みが行われている。しかし、特許文献1に記載の技術では、塗工層を有する印刷用紙の比較的広い面に同じ色を印字すると(俗に言う「ベタ打ち」)、小さな領域でインクの記録濃度の高い部分と低い部分ができ、印字面が汚く見える(ベタムラが発生する)場合があった。これは塗工層を有する印刷用紙表面のインク吸収能力が、普通紙やインクジェット専用紙などに比べて低いからである。
【0006】
このベタムラの問題を解決するためには、インクに分散している顔料の凝集能を向上させればよいのだが、凝集能が高すぎると顔料の分散安定性が低下してノズルが詰まるという問題が生じる場合が多い。
【0007】
従って、本発明の目的は、インクとしての分散安定性を維持しつつ、同時に塗工層を有する印刷用紙に印字した場合でも、ベタムラを改善するインクジェット画像形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、水性インクをインクジェット記録方式によって記録媒体に付与して画像を形成するインクジェット画像形成方法であって、前記水性インクは、自己分散顔料及び水を含有し、前記自己分散顔料は、その値が8以下の複数のpKaを有し、前記複数のpKaの中で最も値が小さいpKaをpKa1、前記複数のpKaの中で最も値が大きいpKaをpKa2としたときに、前記pKa1及び前記pKa2が下記式(1)の関係を満たすとともに、前記水性インクのpH、及び前記pKa2が下記式(2)の関係を満たし、前記記録媒体は、表面及び/又は裏面に無機材料を主体とした塗工層を有する印刷用紙であり、蛍光X線分析法により測定される、炭素及び酸素以外の元素の含有率が10.0質量%以上であり、かつカルシウムの含有率が5.0質量%以上であることを特徴とするインクジェット画像形成方法である。
式(1) 2≦pKa2−pKa1
式(2) pKa2−1.5≦水性インクのpH≦pKa2+0.5
【発明の効果】
【0009】
本発明は、水性インクの高い分散安定性を維持しつつ、記録媒体が塗工層を有する印刷用紙の場合でも、ベタムラが目立たない画像形成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】自己分散顔料表面に導入した、1種類の親水性基が複数のpKaを有する親水性基の水性インク中での解離又は非解離状態を表す模式図である。
【図2】塗工層を有する印刷用紙での水性インクの固液分離の状態を表す模式図である。
【図3】印刷用紙へのインクの2回の分割付与による記録ドットの形成方法の一例を示す模式図である。
【図4】本発明の実施形態に適用可能なシリアル型インクジェット記録装置の概略を示す正面模式図である。
【図5】本発明の実施形態に適用可能なシリアル型インクジェット記録装置の記録ヘッドの構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、好ましい実施の形態を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。
【0012】
<記録媒体>
本発明で用いる記録媒体は、主にオフセット印刷、グラビア印刷等に用いられる塗工層を有する印刷用紙である。
【0013】
塗工層とは、紙の表面の美感や平滑さを高める為に、上質紙又は中質紙の表面及び/又は裏面に塗布された塗料の層、又は抄紙時に表層に塗布された塗料の層である。
【0014】
本発明においては、記録媒体として塗工層を有する印刷用紙を用いる。経済産業省の「工業調査統計」や日本製紙連合会「紙・板紙統計年報」の「紙・板紙の品種分類表」によると、塗工層を有する印刷用紙は「印刷・情報用紙」の中の塗工印刷用紙および微塗工印刷用紙に分類される。塗工印刷用紙は塗工層が表面に1m2当り両面で15g前後から40g前後の塗料を塗布されたもので、微塗工印刷用紙は1m2当り両面で12g以下の塗料を塗布されたものである。更に塗工印刷用紙は、塗料の塗布量や塗布後の表面処理の方法等で、アート紙、コート紙、軽量コート紙、その他(キャストコート紙、エンボス紙)等に分類される。また表面の光沢感の違いで、グロス系、マット系、ダル系などに分類されることもある。本発明で用いる塗工層を有する印刷用紙とは上記したような塗工印刷用紙、微塗工印刷用紙を指す。
【0015】
塗工層形成に用いられる塗料は、主に無機材料及びこれらを結着させるバインダ材からなる。発明者らが塗工層を有する印刷用紙の断面の元素分布を調べたところ、炭素及び酸素以外の元素の大半は表面及び/又は裏面に局在していることがわかった。
【0016】
一般に、塗工層を有する印刷用紙の表面または裏面に塗布された塗料の主体はカオリン(白土)と炭酸カルシウムであるものが多い。そこで、本発明の効果であるベタムラが目立たない画像を十分得るためには、用いる記録媒体として、記録媒体全体をXRF(蛍光X線分析)法により測定される、炭素及び酸素以外の元素の含有率が10.0質量%以上であることが必要である。さらに加えて、カルシウムの含有率が5.0質量%以上であることが必要である。塗工層を有さない紙(例えば、非塗工印刷用紙や情報用紙の一種であるPPC用紙など)は、炭素及び酸素以外の元素の含有率が10.0質量%以下であり、紙全体に均一に分散しているなど、組成比も構造も大きく異なる。製紙メーカーより上市された状態で上述の含有率を満足したものは、もちろん本発明で用いる印刷用紙に含まれる。また、それ以外の印刷用紙でも、印字を行う前に前処理を施して上述の含有率を満足する状態に改質したものは本発明で用いる印刷用紙に含まれる。
【0017】
なお、上述のXRF法を用いれば、膜厚100μm程度の紙なら、紙(試料)を試料台に固定してX線を照射するだけで、再現性良く印刷用紙に含まれる各種元素の存在量を測定できる。XRF法はその測定原理から、水素、ヘリウム、リチウム、及びウラン以上の超重元素は検出できない。しかし、印刷用紙にヘリウム、リチウム、及びウラン以上の超重元素が無視できない比率で存在することはあり得ない。従って、印刷用紙をXRF法で測定して得られた元素比率は、実質的には印刷用紙を構成する全元素から水素を除いたものに占める割合と言って良い。
【0018】
現在の印刷の主流は、油系インキによるオフセット印刷である。このため、印刷用紙の塗工層は、オフセット印刷用の油系インキに含まれる色材や液成分、とりわけ親水系液成分が内部に浸透しにくい構造になっている。その為、塗工層の物理的特徴としては、平均細孔直径は0.1μm以下、細孔容積は0.3mL/g以下のものが好ましい。
【0019】
なお、インクジェット用光沢紙は、前述の「印刷・情報用紙」の中の情報用紙に分類される。このインクジェット用光沢紙は、原紙の表面にインク受容層が塗工されたものである。このため、塗工層を有する点では本発明で用いられる記録媒体と似ている。
【0020】
しかし、インクジェット用光沢紙のインク受容層を形成する塗料の主体は、アルミナ水和物やキセロゲル(例えばシリカ多孔体)の微粒子などである。そして、このインク受容層の平均細孔直径は0.004〜0.04μmであるので、塗工層を有する印刷用紙と同様の値である。しかし、このインク受容層の細孔容積は0.4〜0.6mL/gであるので、塗工層を有する印刷用紙の細孔容積を大きく上回り、本発明で用いられる記録媒体とは明らかに異なる。
【0021】
塗工層を有する印刷用紙としては、具体的に以下の商品名を有する紙が挙げられる。
アート紙としては、OKウルトラアクアサテン、OK金藤、SA金藤、サテン金藤(以上、王子製紙製);ハイパーピレーヌ、シルバーダイア(以上、日本製紙製);グリーンユトリロ(以上、大王製紙製);パールコート、ニューVマット(以上、三菱製紙製);雷鳥スーパーアート(中越パルプ製);ハイマッキンレー(五條製紙製)等を挙げることができる。
【0022】
コート紙としては、OKトップコート、OKトップコートダル、OKトップコートマット、OKトリニティ、OKカサブランカ(以上、王子製紙製);オーロラコート、シルバーダイア、しらおいマット(以上、日本製紙製);グリーンユトリロ(以上、大王製紙製);パールコート、ニューVマット(以上、三菱製紙製)等を挙げることができる。
【0023】
軽量コート紙としては、OKコートL(以上、王子製紙製);オーロラL、イースターDX、ペガサス(以上、日本製紙製);ユトリロコートL(以上、大王製紙製);パールコートL(以上、三菱製紙製);スーパーエミネ(中越パルプ製);ドリームコート(丸住製紙製)等を挙げることができる。
【0024】
その他(キャストコート紙等)としては、ミラーコートプラチナ、OKクローム(以上、王子製紙製);エスプリコート(以上、日本製紙製);ピカソコート(以上、大王製紙製)等を挙げることができる。
【0025】
微塗工印刷用紙としては、OKエバーライト、OKクリスタル、OKプラナスホワイト(以上、王子製紙製);ピレーヌDX、オーロラS(以上、日本製紙製)等を挙げることができる。
【0026】
これらの塗工層を有する印刷用紙は、蛍光X線分析法により測定される、炭素及び酸素以外の元素の含有率が10.0質量%以上の記録媒体である。
【0027】
<水性インク>
(自己分散顔料)
本発明で用いる水性インクは、自己分散顔料及び水を含有する。そして、前記自己分散顔料は、その値が8以下の複数のpKa(酸解離定数)を有し、前記複数のpKaの中で最も値が小さいpKaをpKa1、前記複数のpKaの中で最も値が大きいpKaをpKa2とする。このとき、前記pKa1及び前記pKa2は下記式(1)の関係を満たす。また、本発明で用いる水性インクのpH、及びpKa2は下記式(2)の関係を満たす。
式(1) 2≦pKa2−pKa1
式(2) pKa2−1.5≦インクpH≦pKa2+0.5
【0028】
自己分散顔料とは、基本的には分散剤を必須とせず、顔料表面に直接あるいは間接的に他の原子団を介して親水性基を導入し、水性媒体中に安定的に分散させることができる顔料をいう。顔料表面に導入される親水性基は、顔料表面に直接結合させてもよいし、他の原子団を顔料表面と親水性基との間に介在させて顔料表面に間接的に結合させてもよい。
【0029】
自己分散顔料の表面に直接あるいは他の原子団を介して間接的に結合した親水性基は、特定のpHの下で親水性基中の解離基であるプロトンが解離しアニオン化する。これにより、自己分散顔料は、樹脂や界面活性剤等の分散剤を使用しなくとも、インク中で安定的に分散することができる。
【0030】
本発明で用いる水性インクに含有される自己分散顔料は、その値が8以下の複数のpKaを有する。そして、前記複数のpKaの中で最も値が小さいpKaをpKa1、前記複数のpKaの中で最も値が大きいpKaをpKa2と定義した場合に、前記pKa1及び前記pKa2の差が2以上となる自己分散顔料である。かかる自己分散顔料を含有する水性インクのpHをpKa2−1.5からpKa2+0.5に調整することで、顔料の分散安定性が良好な水性インクとすることができる。さらに、上述の炭素及び酸素以外の元素の含有率及びカルシウムの含有率を持つ塗工層を有する印刷用紙に印字した場合に、ベタムラが目立たない画像を形成可能な水性インクとすることができる。
【0031】
上述のように、自己分散顔料のpKaが上記の関係であること、記録媒体が、蛍光X線分析法により測定される、炭素及び酸素以外の元素の含有率、及びカルシウムの含有率が上記の含有率であることの理由としては、以下のように考えられる。上述のように塗工層を有する印刷用紙は色材及び親水系液成分が内部に浸透しにくい。そのため、顔料は、塗工層表面でインクの液成分が吸収・蒸発する際の液の流れと共に移動し、局所的に偏在した状態で固定され、結果的にベタムラが発生し、画質が低下する。従って、ベタムラを生じさせないためには、顔料の凝集及び析出速度を速くする必要がある。
【0032】
自己分散顔料が複数のpKaを有する場合、以下の2つの態様がある。1つは、自己分散顔料が1種類の親水性基を有し、この1種類の親水性基が複数のpKaを有している態様である。もう1つは、自己分散顔料が2種類以上の親水性基を有し、各親水性基がpKaを有している態様である。上記のように、1種類の親水性基が複数のpKaを有している態様において用いられる親水性基は、以下のものが挙げられる。例えば、−PO3(M)2、−Ph(COOM)n、(但し、式中のPhはフェニル基を、Mは、それぞれ独立して水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムから選ばれる1種を表す。nは2又は3を表す。)である。具体的には、ホスホン酸、フタル酸、1,2,3−ベンゼントリカルボン酸が挙げられる。なお、ホスホン酸のpKaは7.20及び2.15である。フタル酸のpKaは5.41及び2.95である。1,2,3−ベンゼントリカルボン酸のpKaは5.87、4.20、及び2.80である。
【0033】
上記の親水性基を顔料表面に導入した場合は、顔料単体のpKaと親水性基を導入した顔料のpKaとに相違があるため、顔料単体のpKaは実測する必要があるが、顔料単体のpKaは、導入された親水性基のpKaから推測可能である。親水性基中の「M」として表したもののうち、アルカリ金属の具体例としては、Li、Na、K、Rb及びCs等が挙げられる。また、有機アンモニウムの具体例としては、メチルアンモニウム、ジメチルアンモニウム、トリメチルアンモニウム、エチルアンモニウム、ジエチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム;モノヒドロキシメチル(エチル)アミン、ジヒドロキシメチル(エチル)アミン、トリヒドロキシメチル(エチル)アミン等が挙げられる。
【0034】
また、上記のように、2種類以上の親水性基を有し、各親水性基がpKaを有している態様において用いられる親水性基の組み合わせとしては、以下の組み合わせが挙げられる。例えば、メタンスルホン酸と酢酸、メタンスルホン酸と安息香酸、ベンゼンスルホン酸と安息香酸、ベンゼンスルホン酸と酢酸の組み合わせが挙げられる。なお、メタンスルホン酸のpKaは−1.2、酢酸のpKaは4.76、ベンゼンスルホン酸のpKaは−2.5、安息香酸のpKaは4.2である。上記の組み合わせのように、各親水性基のpKaが2以上離れている親水性基の組み合わせが好ましい。
【0035】
図1は、自己分散顔料表面に導入した、1種類の親水性基が複数のpKaを有する親水性基の水性インク中での解離又は非解離状態を表す模式図である。図1では、親水性基XがpKa1を有し、親水性基YがpKa2を有する状態を示す。水性インク中の自己分散顔料に導入した親水性基は、水性インクのpHに応じて図1に示す状態1〜3のいずれかの状態で存在すると考えられる。
【0036】
図1における状態1は、親水性基X、親水性基Yともに非解離(プロトン化)している状態の場合であり、顔料は水性インク中に安定して分散することができずに凝集してしまう。状態2は、親水性基Xは解離(アニオン化)し、一方、親水性基Yはプロトン化している場合であり、以下のような特徴を示す。まず、親水性基Xが解離しているため、水性インク中では顔料は安定に分散可能である。このインクが印刷用紙の塗工層表面に着弾すると、アニオン化していた親水性基Xが、塗工層表面から水性インク液中に溶出してきたカルシウムイオンと結合し、インク中の顔料は、速やかに凝集及び析出する。このカルシウムイオンは、塗工層を有する印刷用紙の塗工層に大量に含有されている炭酸カルシウムに由来する。水性インク液滴が着弾して塗工層に接触すると塗工層から少量のカルシウムイオンがインク液滴中に遊離すると考えられる。炭酸カルシウムは水に対して難溶性であるが、XRF法によるカルシウムの含有比が5.0質量%以上あれば、水性インクが着弾した際に、顔料を凝集及び析出させるのに十分な量のカルシウムイオンを遊離させることができる。
【0037】
水性インクの液成分の吸水速度が遅い塗工層表面に水性インクが着弾した後、数秒から数十秒間、インク液成分が塗工層表面上に残留する場合がある。しかし、この場合でも、親水基Xとカルシウムイオンの結合による顔料の凝集及び析出によって、顔料は着弾位置から大きく動くことなくその場で定着し、その結果ベタムラが少ない高画質な記録画像が得られる。この様子を模式的に図に示すと図2(a)の様になる。ここでインク1は炭酸カルシウムを含む塗工層2に着弾し、数百msec後にはインクの液成分4は塗工層2表面に広がるものの、顔料の凝集塊3は着弾位置からあまり動くことなく形成される。このため、液成分が蒸発又は吸収された後にそのままベタ均一性が良好なベタ印字部分5として画像が形成される。本発明者らが観察したところ、凝集塊3同士は互いに独立している。その密度は10μm2あたり10個以上で、光学顕微鏡で拡大すると独立した個々の黒点に見えるものの、肉眼では色材が均一に広がっているように見え、画質を低下させる要因にはならない。
【0038】
一方、状態3は、親水性基X、親水性基Yともに解離(アニオン化)した状態では、顔料は水性インク中で非常に安定して分散することができる。しかし、顔料の分散安定性が高いため、インクが記録媒体に着弾した際にカルシウムイオンがインク液滴中に溶出しても、顔料の凝集及び析出の速度は状態2に劣る。そのため顔料は、塗工層表面でインクの液成分が吸収・蒸発する際の液の流れと共に移動し、局所的に偏在した状態で固定され、結果的にベタムラが発生し、画質が低下する。この様子を模式的に図2(b)に示す。ここでインク1’は塗工層2’に着弾し、数百msec後には多少水分が蒸発し濃縮された水性インク6が凝集及び析出前の顔料も含めて塗工層2’表面に広がる。この時、水性インク6は表面からの水の蒸発で中心から周辺へ向かう液流が発生し、顔料はその流れに乗って周辺部に拡散する。その結果、液成分が蒸発又は吸収された後にベタ印字部分5’は中央付近の顔料が少なく周辺部に多い状態(一般に「コーヒーステイン現象」と呼ばれる)となり、結果としてベタ均一性が悪い画像が形成される。
【0039】
以上のように、本発明者らは、図1の状態2の親水性基を有する自己分散顔料が一定の割合で存在することにより、分散安定性と高記録濃度の両立が可能となることを見出した。具体的には、本発明で用いる水性インクのpHは、下記式(2)の関係を満たすように調整する。
式(2) pKa2−1.5≦水性インクのpH≦pKa2+0.5
【0040】
水性インクのpHがpKa2−1.5より低くなると、水性インク中の顔料は図1に示す状態1の親水基を有する顔料が支配的になり、インクとしての分散安定性が不足し、凝集、沈降が発生する場合がある。また、水性インクのpHがpKa2+0.5を超えると、水性インク中の顔料は図1に示す状態3の親水基を有する顔料が支配的になり、画像濃度が低下する傾向となる。また、水性インクのpHをpKa2−1.5に調整した際に分散安定性を確保するには、水性インクのpHがpKa1よりも充分に高い必要がある。そのため、2≦pKa2−pKa1の関係を満たす必要がある。さらに、顔料の分散安定性と記録された画像の記録濃度の両立のためには、水性インクのpHは中性又は酸性であることが好ましい。そのため、本発明におけるpKa2は8以下である必要がある。
【0041】
上記親水性基と顔料は、直接結合してもよいし、間接的に他の原子団を介在させてもよい。間接的に介在させる他の原子団の具体例としては、炭素数1〜12の直鎖状又は分岐鎖状のアルキレン基、置換又は未置換のフェニレン基、置換又は未置換のナフチレン基が挙げられる。フェニレン基及びナフチレン基の置換基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が挙げられる。
【0042】
本発明で用いる自己分散顔料の平均粒子径は、水性インク中での動的光散乱法により求められた平均粒子径であり、好ましくは60nm以上であり、より好ましくは70nm以上、さらに好ましくは75nm以上である。また、好ましくは145nm以下であり、より好ましくは140nm以下、さらに好ましくは130nm以下である。具体的な平均粒子径の測定方法としては、レーザ光の散乱を利用した、FPAR−1000(大塚電子製、キュムラント法解析)やナノトラックUPA 150EX(日機装製、50%の積算値の値とする)等を使用して測定できる。
【0043】
上記の自己分散顔料の水性インク中への添加量は、インク全質量に対して好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは2質量%以上である。また、好ましくは15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは8質量%以下である。
【0044】
水性インクのpHの調整方法としては特に限定されるものではなく、酸性側へ調整する場合は、例えば酢酸、プロピオン酸、フタル酸、及び安息香酸等の有機カルボン酸類;メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、及びベンゼンスルホン酸等の有機スルホン酸類;リン酸、硫酸、塩酸、及び硝酸等の無機酸、又はこれらの混合物を用いることができる。アルカリ性側へ調整する場合は、例えばLi、Na、K、Rb及びCs等のアルカリ金属の水酸化物;アンモニア、メチルアンモニウム、ジメチルアンモニウム、トリメチルアンモニウム、エチルアンモニウム、ジエチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、モノヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、ジヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、トリヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、トリエタノールアンモニウム等の有機アンモニウム、又はこれらの混合物を用いることができる。
【0045】
(有機酸及び/又は無機酸並びにこれらの塩)
本発明で用いる水性インクは、水性インクのpH以下のpKaを有する有機酸、無機酸、もしくはこれらの塩を含有していることが好ましい。これにより、得られる記録画像のベタ均一性を高めることができる。この理由は以下のように考えられる。
【0046】
有機酸、無機酸、又はこれらの塩(以下有機酸等とする)を含有させたインクは、インクが塗工層を有する印刷用紙へ打ち込まれた後、自己分散顔料と有機酸等が相乗的に作用し合い、自己分散顔料と水性媒体との間で固液分離を顕著に発生させる。この結果、顔料が速やかにその場で塗工層表面に定着し、ベタ均一性が高くなる。添加する有機酸、及び無機酸のpKaが水性インクのpHより低いことが好ましい。
【0047】
無機酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸等が挙げられる。有機酸等が塩の場合、塩となる対イオンとしては、自己分散顔料の対イオンの場合と同様に、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウム等が利用できる。対イオンとしてのアルカリ金属の具体例としては、Li、Na、K、Rb及びCs等が挙げられる。また、有機アンモニウムの具体例としては、メチルアンモニウム、ジメチルアンモニウム、トリメチルアンモニウム、エチルアンモニウム、ジエチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、モノヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、ジヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、トリヒドロキシメチル(エチル)アンモニウム、トリエタノールアンモニウム等が利用できる。中でもアンモニウムが特に好ましい。
【0048】
塩を構成する有機酸、及び無機酸のpKaは、水性インクのpHより低いことが好ましい。有機酸としては、例えば、クエン酸、コハク酸、安息香酸、酢酸、プロピオン酸、フタル酸、シュウ酸、酒石酸、グルコン酸、タルトロン酸、マレイン酸、マロン酸、アジピン酸等の有機カルボン酸等が挙げられる。中でも酢酸、フタル酸、安息香酸が好ましい。
【0049】
上記有機酸等の水性インク中への添加量は、インク全質量に対して好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.2質量%以上である。また、好ましくは3質量%以下、より好ましくは2質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下である。
【0050】
本発明で用いる水性インクは、水を含有する。インク中の水の含有量は、インク全質量に対して、30質量%以上であることが好ましい。また、95質量%以下であることが好ましい。
【0051】
(水性媒体)
本発明で用いる水性インクは、下記式(3)で定義される親疎水度係数が0.26以上の水溶性化合物をさらに含有することが好ましい。さらに紙種によっては、下記式(3)で定義される親疎水度係数が0.26以上0.37未満の水溶性化合物と0.37以上の水溶性化合物を併有することが好ましい。この場合、親疎水度係数が0.37以上の水溶性化合物を2種類以上含有する形態とすると、より好ましい態様となる場合がある。
【0052】

上記式(3)中の水分活性値とは、
水分活性値=(水溶液の水蒸気圧)/(純水の水蒸気圧)
で示されるものである。水分活性値の測定方法は、様々な方法があり、いずれの方法にも特定されないが、中でもチルドミラー露点測定法は、本発明で使用する材料測定に好適である。
【0053】
本明細書での水分活性値は、チルドミラー露点測定法による水分活性測定装置(商品名「アクアラブCX−3TE」、DECAGON製)を用いて、各水溶性化合物の20%水溶液を25℃で測定したものである。ラウールの法則に従えば、希薄溶液の蒸気圧の降下率は溶質のモル分率に等しく、溶媒及び溶質の種類に無関係であるので、水溶液中の水のモル分率と水分活性値は等しくなる。しかし、各種水溶性化合物の水溶液の水分活性値を測定すると、水分活性値は、水のモル分率と一致しないものも多い。水溶液の水分活性値が水のモル分率より低い場合は、水溶液の水蒸気圧が理論計算値より小さいこととなり、水の蒸発が溶質の存在によって抑制されている。このことから、溶質は水和力の大きい物質であると考えられる。逆に、水溶液の水分活性値が水のモル分率より高い場合は、溶質が水和力の小さい物質であると考えられる。
【0054】
本発明者らは、インクに含有される水溶性化合物の親水性、あるいは疎水性の程度が、自己分散顔料と水性媒体との固液分離の推進、さらに、各種インク性能に及ぼす影響が大きい点に着眼した。このことから、上記式(3)に示す「親疎水度係数」を定義した。水分活性値は、水溶性化合物の20質量%の一律の濃度で、各種水溶液を測定しているが、上記式(3)で換算することによって、溶質の分子量が異なって水のモル分率が違っても、各種溶質の親水性、あるいは疎水性の程度の相対比較が可能である。また水溶液の水分活性値が1を超えることはないので、親疎水度係数の最大値は1である。水溶性化合物の、上記式(3)によって得られた親疎水度係数を表1に示す。ただし、本発明で用いる水性インクを含有させる水溶性化合物は、これらにのみ限定されるものではない。
【0055】

【0056】
本発明者らは、親疎水度係数の異なる水溶性化合物がインク中に含まれた場合の、水溶性化合物と各種インク性能との関係を検討した結果、以下の知見を得た。2色間のブリーディングや文字の太りといった小文字の印字特性は、本発明で用いる自己分散顔料を含有したインクの場合、親疎水度係数が0.26以上の親水性的傾向の小さい水溶性化合物を用いると、極めて良好となった。中でもグリコール構造における親水基に置換された炭素数以上に、親水基に置換されていない炭素数を有するグリコール構造の類は、特に好ましいものであった。これらの水溶性化合物は、インクが印刷用紙に着弾した後、水、自己分散顔料、セルロース繊維等との親和力が比較的小さく、自己分散顔料の固液分離を強力に推進する役割があるためと考えられる。また、この中でも、上記式(3)で定義される親疎水度係数が0.26以上0.37未満の水溶性化合物として、トリメチロールプロパンが特に好ましい。さらに、0.37以上の水溶性化合物としては炭素数4〜7の炭化水素のグリコール構造を有するものが好ましく、中でも、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオールが特に好ましい。そして、親疎水度係数が0.37以上の水溶性化合物を2種類以上用いる際は、各親疎水度係数が、0.1以上の差があることが好ましい。
【0057】
(界面活性剤)
水溶性化合物のインク中での含有量は、インク全質量に対して、合計で好ましくは5質量%以上、より好ましくは6質量%以上、さらに好ましくは7質量%以上である。また、好ましくは40質量%以下、より好ましくは35質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下である。
【0058】
本発明で用いる水性インクは、よりバランスのよい吐出安定性を得るために、水性インク中に界面活性剤を含有することが好ましい。中でもノニオン性界面活性剤を含有することが好ましい。ノニオン性界面活性剤の中でもポリオキシエチレンアルキルエーテル、アセチレングリコールのエチレンオキサイド付加物が特に好ましい。これらのノニオン性界面活性剤のHLB値(Hydrophile−Lipophile Balance)は、10以上である。こうして併用される界面活性剤の含有量は、インク全質量に対して、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.3質量%以上である。また、好ましくは5質量%以下、より好ましくは4質量%以下、さらに好ましくは3質量%以下である。
【0059】
(その他の添加剤)
また、本発明で用いる水性インクは、所望の物性値を有するインクとするために、上記した成分の他に必要に応じて、添加剤として、粘度調整剤、消泡剤、防腐剤、防カビ剤、酸化防止剤、浸透剤等を添加することができる。
【0060】
(表面張力)
本発明で用いる水性インクの表面張力は20mN/m以上60mN/m以下であることが好ましく、25mN/m以上50mN/m以下であることがさらに好ましい。表面張力が60mN/mを超えると、塗工層へのインクの浸透が極端に遅くなり、本発明で用いる水性インク中の顔料が塗工層のカルシウムイオンの影響を受けても着弾後短時間で十分に固液分離できなくなる。その結果、顔料が液滴(又はベタ印字部周辺)に集まりベタムラが発生してしまい、不適である。
【0061】
(粘度)
本発明で用いる水性インクの粘度は、以下で記載されるインクジェット記録装置に適した値なら特に限定されない。
例えば、熱エネルギーの利用によりインクジェット記録する装置を使用する場合、6.0mPa・s以下であることが好ましい。これより粘度が高いとノズルへのインク供給が間に合わず、不明瞭な画像が記録される場合がある。インクの粘度は、より好ましくは5.0mPa・s以下であり、さらに好ましくは4.0mPa・s以下である。
【0062】
<画像形成方法>
本発明は、インクジェット記録方式によりインクを記録媒体に付与するインクジェット画像形成方法である。記録媒体に付与するインクの総付与量は3.0μL/cm2以下であることが好ましい。これより多いと、塗工層に付与したインクが浸透できずにあふれた状態となり、本発明で用いる水性インク中の顔料が塗工層のカルシウムイオンの影響を受けても着弾後短時間で十分に固液分離できなくなる場合がある。その結果、顔料が液滴周辺(又はベタ印字部周辺)に集まりベタムラが発生してしまう。
【0063】
水性インクの付与量は、定量であっても変量であっても良い。
定量のインクとは、記録ヘッドを構成するノズルの構造を各ノズル間で異ならせず、付与する駆動エネルギーを変化させる設定をしていない状態で吐出されたインクを意味する。即ち、このような状態であれば、装置の製造誤差等による僅かな吐出のばらつきがあっても、付与されるインクは定量である。付与するインクを定量とすることにより、インクの記録媒体への浸透深さが安定し、記録画像の画像濃度が高く、画像の均一性が良好となる。特に記録画像の高デューティー部では、ばらつきが生じにくいために、画像の均一性が良好になる。
【0064】
一方、変量のインクとは、各ノズルに付与する駆動エネルギーを変化させ、ノズルごとに意図した量に変化させて吐出されたインクを意味する。このような状態であれば、吐出量の制御で記録画像の画像濃度を変えることができる。この為、記録画像の画像濃度を低くしたい場合に、インク吐出量を低下させることで対応でき、デューティーを下げる必要がないため、粒状感を感じにくい。
【0065】
<インクジェット記録装置>
本発明のインクジェット記録方法は、インクジェット記録装置を用いてインクを記録媒体に吐出することができる。インクジェット記録装置について以下に説明する。
本発明で用いる好適なインクジェット記録装置としては、インクを記録媒体に付与する記録ヘッドを搭載したものである。本発明で用いるインクジェット記録装置の記録ヘッドは、インクを何らかの方式で突出させるものであれば何でも良い。吐出方式としては、ポンプ、又は流路内に設けた圧電素子の変形でインクに圧力を加えて吐出させる方式、インクに熱エネルギーを与えて気泡を発生させる方式、インクを帯電させその静電吸引力を利用する静電吸引方式などが考えられる。本発明で用いる方式としては、どの方式でも好適である。また、インクの記録媒体への印字の方式としては、常にインクを吐出させ不用なインクは記録媒体に着弾する前に回収するコンティニュアス方式と、記録媒体に着弾させたいときのみインクを吐出するオンデマンド方式に分けられる。本発明で用いる方式としては、どちら方式でも好適である。
【0066】
図4は、本発明の実施形態に適用可能なシリアル型インクジェット記録装置の概略を示す正面模式図である。キャリッジ20には、インクジェット記録方式の複数の記録ヘッド211〜215が搭載されている。また、記録ヘッド211〜215にはインクを吐出するためのインク吐出口が複数配列されている。1パスでブラックインクを2分割付与する構成の記録ヘッドの一態様では、211、212、213、214、及び215は、それぞれ、ブラック(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)、及びブラック(K)とすることができる。
【0067】
インクカートリッジ221〜225は、記録ヘッド211〜215、及びこれらにインクを供給するためのインクタンクから構成されている。
濃度センサ40は反射型の濃度センサであり、キャリッジ20の側面に設置された状態で、記録媒体に記録されたインクのテストパターンの濃度を検出できる構成となっている。
【0068】
記録ヘッド211〜215への制御信号等は、フレキシブルケーブル(不図示)を介して転送される。
印刷用紙等の記録媒体24は、不図示の搬送ローラを経て排紙ローラ25に挟持され、搬送モータ26の駆動に伴い、図4に示す矢印方向(副走査方向)に搬送される。
ガイドシャフト27、及びリニアエンコーダ28により、キャリッジ20は案内支持されている。キャリッジ20は、キャリッジモータ30の駆動により、駆動ベルト29を介して、ガイドシャフト27に沿って主走査方向に往復運動される。
記録ヘッド211〜215のインク吐出口の内部(液路)には、インク吐出用の熱エネルギーを発生する発熱素子(電気・熱エネルギー変換体)が設けられている。リニアエンコーダ28の読みとりタイミングに伴い、上記発熱素子を記録信号に基づいて駆動し、記録媒体上にインク滴を吐出し、付着させることで画像を形成する。
【0069】
記録領域外に配置されたキャリッジ20のホームポジションには、キャップ部311〜315を持つ回復ユニット(不図示)が設置されている。記録を行なわないときには、キャリッジ20をホームポジションに移動させて、記録ヘッド211〜215のインク吐出口面をそれぞれが対応するキャップ311〜315によって密閉する。これにより、インク溶剤の蒸発に起因するインクの記録ヘッドへの固着あるいは塵埃等の異物の付着等による目詰まりを防止することができる。また、キャップ部のキャッピング機能は、記録頻度の低いインク吐出口の吐出不良や目詰まりを解消するために利用される。具体的には、キャップ部は、インク吐出口から離れた状態にあるキャップ部へインクを吐出させる吐出不良防止のための空吐出に利用される。更に、キャップ部は、キャップした状態で不図示のポンプによりインク吐出口からインクを吸引して吐出不良を起こした吐出口の吐出回復に利用される。
【0070】
インク受け部(不図示)は、記録ヘッド211〜215が記録動作直前に上部を通過する時に、予備的に吐出されたインク滴を受容する役割を果たす。また、キャップ部に隣接した位置に不図示のブレード、拭き部材を配置することにより、記録ヘッド211〜215のインク吐出口形成面をクリーニングすることが可能である。
【0071】
以上で説明したように、記録装置の構成に、記録ヘッドに対するインクの回復手段、予備的な手段等を付加することは、記録動作を一層安定にできるので好ましいものである。これらの手段の具体例としては、記録ヘッドに対してのキャッピング手段、クリーニング手段、加圧、又は吸引手段、電気熱変換体、若しくはこれとは別の加熱素子、又はこれらの組み合わせによる予備加熱手段等が挙げられる。また、記録ヘッドが、記録とは別の吐出を行う予備吐出モードを備えることも安定した記録を行うために有効である。
【0072】
さらに、上記の実施形態で説明した記録ヘッド自体に一体的にインクタンクが設けられたカートリッジタイプの記録ヘッドを用いてもよい。また、記録ヘッドが装置本体に装着されることで、装置本体との電気的な接続や装置本体からのインクの供給が可能になる交換自在のチップタイプの記録ヘッドを用いてもよい。
【0073】
図5は、本発明の実施形態に適用可能なシリアル型インクジェット記録装置の記録ヘッドの構成を示す模式図である。図5において、記録ヘッド211〜215の記録走査方向は、図の矢印で示した方向とする。各記録ヘッド211〜215には、記録走査方向と略直交する方向に配列した複数のノズルの吐出口が配備されている。記録ヘッドは、図の記録走査方向へ移動走査しながら、各吐出口より所定のタイミングでインク滴を吐出する。これにより、記録媒体には、ノズルの配列密度に応じた記録解像度で画像が形成される。この際、記録ヘッドは、記録走査方向のどちらの方向で記録動作を行ってもよい。また、往復のどちらで記録動作を行ってもよい。
【0074】
また、以上の実施形態は、記録ヘッドを走査して記録を行うシリアルタイプの記録装置であるが、その他の実施形態として、記録媒体の幅に対応した長さを有する記録ヘッドを用いたフルラインタイプの記録装置であっても良い。フルラインタイプの記録ヘッドとしては、シリアルタイプの記録ヘッドを千鳥状や並列に配列させて、長尺化し、目的の長さとする構成がある。又は、当初より長尺化したノズル列を有するように、一体的に形成された1個の記録ヘッドとする構成でもよい。
【0075】
上記のシリアルタイプやラインタイプの記録装置は、独立化、又は一体的に形成された4色インク(Y、M、C、及びK)を用いる。さらに、ブラックインクのみを2分割付与するためにブラックインク211ノズルとブラックインク215ノズルのそれぞれに設けた5吐出口列(又はノズル列)構成のヘッドを搭載した実施形態である。また4吐出口列(又はノズル列)を用いて分割付与回数を2〜12程度にする際の好適な態様として、4色インク(Y、M、C、及びK)の少なくとも1種については、同色のインクを複数の吐出口列(又はノズル列)に重複して搭載する形式も好ましい。例えば、4吐出口列(又はノズル列)のヘッドを2〜3個重ねてつなげた8吐出口列(又はノズル列)構成や12吐出口列(又はノズル列)構成等も挙げられる。
【0076】
本発明で用いるインクジェット記録装置は、画像を形成するための基本マトリクス中に、80%デューティー以上で、且つインクの総付与量が3.0μL/cm2以下となる部分を有する画像を形成する際に、インクの付与を2回以上に分割して行うことが好ましい。また、インクの分割付与における、それぞれのインクの付与量は0.7μL/cm2以下とすることが好ましい。本発明で用いるインクジェット記録装置は、かかるインクの分割付与を行うための制御機構を有することが好ましい。この制御機構により、記録ヘッドの動作と、印刷用紙の紙送り動作のタイミングを制御し、かかるインクの分割付与を行うことが可能である。
【0077】
インクを付与する際の分割付与回数は、所望とする記録条件に応じて設定できる。図3に、印刷用紙へのインクの2回の分割付与による記録ドットの形成方法の一例を示す模式図である。本実施形態は、基本マトリクスの解像度は1200dpi(横)×1200dpi(縦)で、画像の100%デューティーの部分を形成する場合のものである。図3では、1回目のインクの着弾位置を第一のインク、2回目のインクの着弾位置を第二のインクとして示している。第一のインク、第二のインクは、それぞれ定量である。
【実施例】
【0078】
以下、実施例、比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例に限定されるものではない。なお、以下の記載で「部」、及び「%」とあるものは、特に断りのない限り質量基準である。また、水性インクの表面張力は、全自動表面張力計(商品名「CBVP−Z」、協和界面科学製)を用いて測定した。自己分散顔料の平均粒子径は、動的光拡散式粒子径・粒度分布測定装置(商品名「ナノトラックUPA−150EX」、日機装製)を用いて測定した。
【0079】
<自己分散顔料A>
自己分散顔料として、市販の自己分散顔料分散液(商品名;CAB−O−JET400、キャボット製)に含有される自己分散顔料Aを用いた。この自己分散顔料Aを含有するCAB−O−JET400を、798MPT Titrino(Metrohm製)を用いて中和滴定を行い、pKa測定を行った。具体的には、自己分散顔料Aを含有するCAB−O−JET400に、水酸化カリウムを添加してpH10に調整した後、0.1Mの塩酸を用いて中和滴定を行った。この結果、酸解離定数(pKa)は、pH2.5(pKa1)、及び6.1(pKa2)を示した。
【0080】
次に本発明の実施例及び比較例の水性インクの調製方法を示す。水はイオン交換水を用いた。
【0081】
<水性インク1の調製>
以下の全構成成分を合計100部とし、2時間混合後、孔径2.5μmのフィルターを用いてろ過して、水性インク1を得た。表面張力は、30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。水性インクのpHは酢酸により5.6に調整した。
・自己分散顔料A:5部
・トリメチロールプロパン(親疎水度係数 0.31):15部
・1,2−ヘキサンジオール(親疎水度係数 0.97):5部
・イソプロピルアルコール:1部
・アセチレングリコールのエチレンオキサイド付加物
(商品名:オルフィンE1010、日信化学工業製、HLB値10以上):1部
・水:残部
【0082】
<水性インク2の調製>
水性インク1のpHを酢酸により6.6にした以外は、水性インク1と同様の処理をして水性インク2を得た。表面張力は、30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。
【0083】
<水性インク3の調製>
水性インク1のpHを塩酸により5.6にした以外は、水性インク1と同様の処理をして水性インク3を得た。表面張力は、30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。
【0084】
<水性インク4の調製>
以下の全構成成分を合計100部とし、2時間混合後、孔径2.5μmのフィルターを用いてろ過して、水性インク4を得た。表面張力は、30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。水性インクのpHは塩酸により5.6に調整した。
・自己分散顔料A:5部
・安息香酸アンモニウム:0.7部
・トリメチロールプロパン(親疎水度係数 0.31):15部
・1,2−ヘキサンジオール(親疎水度係数 0.97):5部
・イソプロピルアルコール:1部
・アセチレングリコールのエチレンオキサイド付加物
(商品名:オルフィンE1010、日信化学工業製、HLB値10以上):1部
・水:残部
【0085】
<水性インク5の調製>
水性インク4に添加する塩を安息香酸アンモニウム0.7部から硫酸ナトリウム0.36部に変更した以外は、水性インク4と同様の操作を行い、水性インク5を得た。表面張力は、30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。水性インク5のpHは塩酸により5.6に調整した。
【0086】
<水性インク6の調製>
pH調整剤を投入しなかった以外は、水性インク1と同様の処理をして水性インク6を得た。水性インクのpHは8.2、表面張力は30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。
【0087】
<水性インク7の調製>
水性インク1のpHを酢酸により4.5に調整した以外は、水性インク1と同様の処理をして水性インク7を得た。表面張力は30.0mN/m、自己分散顔料の粒径は120nmであった。
【0088】
<実施例1〜5、比較例1、2>
(分散安定性の評価)
水性インク1〜7を用いて、以下に示す条件で水性インク中の顔料の分散安定性を評価した。評価方法としてはインクを攪拌した後、静置し、30分後の水性インクの状態を目視により以下の基準で判定した。インクの処方の一部及び判定結果を表3−1に示す。
○:顔料の凝集沈降は観察されなかった。
×:顔料の凝集沈降が観察された。
なお、水性インク7は表3−1の結果のように顔料が凝集沈降しインクジェットプリンタによる印字が困難だったため、ベタムラの評価は行わなかった。そのため、水性インク7に関しては、後述する表3−2の評価結果を「−」としている。
【0089】
(ベタムラの評価)
水性インク1〜6を用いて、以下に示す条件で記録画像を形成し、印字物のベタムラを評価した。評価方法としては、下記のインクジェット記録装置、画像形成方法で下記の記録媒体に2cm×2cmのベタ印字部分を形成し、そのベタムラ部分を目視により以下の基準で判定した。判定結果を表3−2に示す。
◎:ベタムラがまったく見られず、良好な画像が形成された。
○:ベタムラがわずかに見られるが、良好な画像が形成された。
△:ベタムラが多少気になるが、実用上問題ない画像が形成された。
×:ベタムラが発生し、画質の低い画像が形成された。
【0090】
・インクジェット記録装置:F930(キヤノン製、記録ヘッド:6吐出口列、各512ノズル、インク付与量4.0pL(定量)、解像度最高1200dpi(横)×1200dpi(縦))
・画像形成方法(1回付与):一種類毎にインクをプリンタのブラックインク記録ヘッド部に搭載してベタ画像を分割付与せずに印刷した。1回あたりのインク付与量は、1.0μL/cm2とした。
・記録媒体:塗工層を有する印刷用紙である表2の6銘柄を用いた。室温20〜25℃、湿度30〜60%の一般的な環境に保管しておいたものを、前処理等を施すことなくそのままインクジェット記録装置に装填して印字した。
【0091】

【0092】
なお、表2の「C,O以外含有率」は、印刷用紙に含まれる水素、ヘリウム、リチウム、及びウラン以上の超重元素以外の元素に対する炭素、及び酸素以外の元素の含有率を示す。さらに、「Ca含有率」はカルシウムの含有率を示す。これの含有率は共に蛍光X線分析装置(XRF)、ZSX100e(リガク製)を用いて測定して得られた値から算出した。
また、「細孔径」は、印刷用紙の塗工層部分の平均細孔径を、「細孔容積」は累積細孔容積を示し、共に水銀圧入法で分析して得られた値から算出した。
【0093】

【0094】

【0095】
実施例4では、記録媒体3に印字したベタ印字部分境界付近を顕微鏡で拡大すると、個々の顔料凝集塊が塗工層表面に独立して点在しているが、肉眼では個々の顔料凝集塊は識別できず全面が均一なベタ状態であった。
【0096】
インクの分散安定性に関しては、水性インクのpHをpKa2−1.5以上である5.5、6.5に調整した実施例1〜5及び比較例1は、水性インク中において、顔料が凝集せず分散安定性が良いことがわかった。一方、水性インクのpHをpKa2−1.5以下である4.5に調整した比較例2の水性インク7は、水性インク中において、顔料の凝集沈降が観察され分散安定性が劣ることがわかった。これは、水性インクのpHがpKa2−1.5以下であるため、図1に示す状態1の親水性基を有する顔料が支配的になったためであると考えられる。
【0097】
ベタムラに関しては、水性インクのpHをpKa2−1.5以上、pKa2+0.5以下に調整することにより、記録画像のベタムラが大幅に改善することが確認された。これは、水性インクのpHをpKa2−1.5以上、pKa2+0.5以下に調整することにより、図1に示す状態2及び3の親水性基を有する顔料が好適に混在する。これにより、図2(a)に示すように、水性インクの塗工層着弾時に印刷用紙の塗工層に含まれるカルシウムイオンをトリガーとして顔料の凝集が速やかに進行し、顔料が着弾位置で塗工層表面に定着したためであると考えられる。
【0098】
記録媒体ごとに検討すると、記録媒体1(微塗工紙)では、実施例1〜5までほぼどのインクでもベタ均一性が高い傾向が見られた。これは、微塗工紙は塗工量が少なく塗工層の厚みが1〜5μmと薄いために塗工層表面に部分的にセルロース繊維が露出しており、インク液成分の吸水能力が高く、塗工層表面にインク液滴が残留する時間が比較的短いからだと考えられる。一方、記録媒体6(キャストコート紙)では、実用上問題はないもののインクによって若干画質の差が見られた。これは、キャストコート紙は塗工層の厚みが20μmと厚い上に表面に平滑化処理を施している為、インク液成分の吸水能力が低く、塗工層表面にインク液滴が残留する時間が比較的長いからだと考えられる。
【0099】
また、実施例1、及び2の比較でわかるように、水性インクのpHが低い方が記録媒体2(軽量コート紙)、及び6(キャストコート紙)において画質に差が生じた。実施例1で用いた水性インクのpHはpKa2−0.5(本実施例においては5.6)に調整されており、図1に示す状態2、及び3の顔料の比率が約4:1になる。これに対し、実施例2のインクのpHはpKa2+0.5(本実施例においては6.6)に調整されており、図1に示す状態2及び3の比率が約1:4になる。図1に示す状態2の親水性基を有する顔料は、水性インクの塗工層着弾時に顔料の凝集が速やかに進行し、塗工層表面に均一に顔料が定着する。一方、状態3の顔料は顔料の凝集が遅れ、塗工層表面でインクの液成分が吸収・蒸発する際の液の流れと共に顔料が移動し、多少のベタムラが発生する。実施例2の水性インクは、状態3の親水性基を有する顔料の比率が高くなったため、実施例1の水性インクよりもベタムラが発生しやすくなったものと考えられる。
【0100】
また、実施例1と4及び5との比較でわかるように、同じpHでも水性インクに無機、又は有機の塩を添加した方が記録媒体1(微塗工紙)、及び2(軽量コート紙)以外の記録媒体で画質に差が生じた。これは、酸が自己分散顔料の固液分離を促進し、よりベタムラが発生しにくくなるからだと考えられる。なお、記録媒体1(微塗工紙)で塩の存在が顕著な画質の差になって現れなかったのは、上述のように、塗工層表面にインク液滴が残留する時間が短いからだと考えられる。
【符号の説明】
【0101】
1、1’:水性インク
2、2’:塗工層
3:凝集塊
4:インクの液成分
5、5’:ベタ印字部分
6:水性インク
20:キャリッジ
24:記録媒体
25:排紙ローラ
26:搬送モータ
27:ガイドシャフト
28:リニアエンコーダ
29:駆動ベルト
30:キャリッジモータ
40:濃度センサ
211:ブラックインク(K)
212:シアンインク(C)
213:マゼンタインク(M)
214:イエローインク(Y)
215:ブラックインク(K)
221〜225:インクカートリッジ
311〜315:キャップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性インクをインクジェット記録方式によって記録媒体に付与して画像を形成するインクジェット画像形成方法であって、
前記水性インクは、自己分散顔料及び水を含有し、
前記自己分散顔料は、その値が8以下の複数のpKaを有し、前記複数のpKaの中で最も値が小さいpKaをpKa1、前記複数のpKaの中で最も値が大きいpKaをpKa2としたときに、前記pKa1及び前記pKa2が下記式(1)の関係を満たすとともに、前記水性インクのpH、及び前記pKa2が下記式(2)の関係を満たし、
前記記録媒体は、表面及び/又は裏面に無機材料を主体とした塗工層を有する印刷用紙であり、
蛍光X線分析法により測定される、前記記録媒体の炭素及び酸素以外の元素の含有率が10.0質量%以上であり、かつカルシウムの含有率が5.0質量%以上であることを特徴とするインクジェット画像形成方法。
式(1) 2≦pKa2−pKa1
式(2) pKa2−1.5≦水性インクのpH≦pKa2+0.5
【請求項2】
前記水性インクが、前記水性インクのpH以下のpKaを有する有機酸、無機酸、又はこれらの塩をさらに含有する請求項1に記載のインクジェット画像形成方法。
【請求項3】
前記水性インクが、下記式(3)で定義される親疎水度係数が0.26以上の水溶性化合物をさらに含有する請求項1又は2に記載のインクジェット画像形成方法。

【請求項4】
前記画像を形成するための基本マトリクスに付与する前記水性インクの総付与量が3.0μL/cm2以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載のインクジェット画像形成方法。
【請求項5】
前記塗工層の平均細孔直径が0.1μm以下であり、前記塗工層の細孔容積が0.3mL/g以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載のインクジェット画像形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−59967(P2013−59967A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−201403(P2011−201403)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】