説明

エレクトロクロミック素子

【課題】高分子有機化合物との組み合わせを有するエレクトロクロミック素子を提供する。
【解決手段】一対の電極間に配置されたエレクトロクロミック層と電解質層とを有し、前記エクトロクロミック層は、下記一般式で示される化合物と、高分子有機化合物とを有する。


一般式中、AおよびA’は、水素原子、アルキル基、アリール基から選ばれ、但し、AおよびA’の少なくともいずれか一方は、前記アルキル基または前記アリール基で、RおよびRは、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、アラルキル基、置換アミノ基、シリル基からそれぞれ独立に選ばれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロクロミック素子に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロクロミック素子は、電圧の印加によりエレクトロクロミック化合物を酸化または還元することで可視光の透過率を調節する機能を有する素子である。高透過率である場合を消色状態、低透過率である場合を着色状態とここでは呼ぶ。
【0003】
エレクトロクロミック素子は、2つの電極の間に、エレクトロクロミック層と電解質層をもつ。エレクトロクロミック層は、酸化および還元で着消色する。電解質層は、エレクトロクロミック層との間でイオン種をやりとりすることで、エレクトロクロミック層の酸化反応および還元反応を起こす。
【0004】
特許文献1にはエレクトロクロミック層の母材としてポリビニルカルバゾールとエレクトロクロミック化合物としてジヘプチルビオローゲンブロミドとを有するエレクトロクロミック素子が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−35914号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K.L.Hoy,Journal of Paint Technology,42,76−118(1970)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
エレクトロクロミック素子はエレクトロクロミック層に母材として高分子有機化合物を用いることが知られている。これは、エレクトロクロミック化合物が低分子であった場合、単独では層を形成することが困難であるからである。すなわち、高分子有機化合物はエレクトロクロミック化合物を保持するために用いられている。
【0008】
しかし、高分子有機化合物とエレクトロクロミック化合物との組み合わせによっては、エレクトロクロミック層の透過率が十分に変化しないという課題があった。
【0009】
たとえば、ポリビニルカルバゾールはホール輸送性が高く、かつ膜性が高いのでエレクトロクロミック層の母材として用いられている。
【0010】
しかし、ポリビニルカルバゾールはHOMO(最高被占有分子軌道)が浅いため、ホールがポリビニルカルバゾールからエレクトロクロミック化合物に移動しにくい。
【0011】
そのため、エレクトロクロミック化合物が十分に酸化されずエレクトロクロミック化合物の透過率が十分に変化しないという課題があった。
【0012】
そこで、本発明では高分子有機化合物とエレクトロクロミック化合物との好ましい組み合わせを有するエレクトロクロミック素子を提供することを目的とする。
ここで、HOMOが浅いとはHOMO準位が真空準位により近いことを示す。
【課題を解決するための手段】
【0013】
よって本発明は、
一対の電極と前記一対の電極の間に配置されたエレクトロクロミック層と電解質層とを有するエレクトロクロミック素子であって、
前記エクトロクロミック層は、下記一般式[1]で示されるエレクトロクロミック化合物と、高分子有機化合物とを有することを特徴とするエレクトロクロミック素子を提供する。
【0014】
【化1】

【0015】
一般式[1]において、AおよびA’は水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、アリール基からそれぞれ独立に選ばれる。但し、AおよびA’のうち少なくともいずれか一方は、上記アルキル基または上記アリール基である。
【0016】
およびRは水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基、アラルキル基、置換アミノ基、シリル基からそれぞれ独立に選ばれる。
上記Rおよび上記Rとして選ばれる上記アリール基および上記アラルキル基および上記置換アミノ基および上記シリル基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。nは、1または2である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、膜性が高い母材である高分子有機化合物とそれと相性のいい新規エレクトロクロミック化合物を有したエレクトロクロミック素子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係るエレクトロクロミック素子の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、一対の電極と前記一対の電極の間に配置されたエレクトロクロミック層と電解質層とを有するエレクトロクロミック素子であって、
前記エクトロクロミック層は、下記一般式[1]で示されるエレクトロクロミック化合物と、高分子有機化合物とを有することを特徴とするエレクトロクロミック素子である。
【0020】
【化2】

【0021】
一般式[1]において、AおよびA’は水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、アリール基からそれぞれ独立に選ばれる。但し、AおよびA’のうち少なくともいずれか一方は、上記アルキル基または上記アリール基である。
【0022】
およびRは水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基、アラルキル基、置換アミノ基、シリル基からそれぞれ独立に選ばれる。
上記Rおよび上記Rとして選ばれる上記アリール基および上記アラルキル基および上記置換アミノ基および上記シリル基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。nは、1または2である。
【0023】
およびRはそれぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、または、炭素原子数1から20のアルキル基、炭素原子数1から20のアルコキシ基、アリール基、アラルキル基、アミノ基、シリル基を表す。nは、1または2である。
【0024】
AおよびA’に係る炭素原子数が1から20のアルキル基としては、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、ターシャリーブチル基、ペンチル基、オクチル基、ドデシル基、シクロヘキシル基、ビシクロオクチル基、アダマンチル基等が挙げられる。
【0025】
これらのアルキル基のうち、炭素数が小さいものが好ましく、メチル基、エチル基、イソプロピル基、またはターシャリーブチル基が好ましい。より好ましくは、メチル基またはエチル基またはイソプロピル基である。
【0026】
AおよびA’に係るアルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、オクチルオキシ基、デシルオキシ基等が挙げられる。
【0027】
AおよびA’に係るアリール基として、フェニル基、ビフェニル基、ターフェニル基、フルオレニル基、ナフチル基、フルオランテニル基、アンスリル基、フェナンスリル基、ピレニル基、ペリレニル基等が挙げられる。好ましくは、フェニル基またはビフェニル基である。
【0028】
上記アリール基がさらに有してもよい置換基として、ハロゲン原子、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基、アラルキル基、置換アミノ基、置換シリル基が挙げられる。アルキル基、アリール基の具体例は、上述したAおよびA’に導入される置換基であるアルキル基、アリール基の具体例と同じである。またこのアルキル基は、水素原子がフッ素原子に置換されていてもよい。
【0029】
AおよびA’のうち少なくともいずれか一方は上記アルキル基または上記アリール基である。というのも光吸収部位となるジチエノチオフェン部位をAまたはA’のうちの少なくともいずれか一方によって立体的に保護するためである。従って、フェニル基、ビフェニル基、イソプロピル基、ターシャリーブチル基、ドデシル基が嵩高いため好ましい。置換基が嵩高いことで、本実施形態に係るジチエノチオフェンがラジカルカチオン状態の場合に他分子とジチエノチオフェン骨格とが接触し、反応することを抑制できるからである。
また、このフェニル基、ビフェニル基はアルキル基を置換基として有してよい。
【0030】
そして、AおよびA’の一方が上記アルキル基または上記アリール基であれば、他方は水素原子でも構わない。
【0031】
およびRに係る置換基として、アルキル基、アリール基は、上述したAおよびA’に導入される置換基であるアルキル基、アリール基の具体例と同じものをあげることができる。他にRおよびRに係る置換基として、メトキシ基、エトキシ基、オクチルオキシ基、デシルオキシ基等のアルコキシ基、ベンジル基、フェニルエチル基等のアラルキル基、ジメチルアミノ基、ジフェニルアミノ基等の置換アミノ基、トリメチルシリル基、トリイソプロピルシリル基等の置換シリル基が挙げられる。
【0032】
これらの置換基は、一般式[1]で示される化合物のジチエノチオフェン部位の電子密度を高める効果がある。置換基の電子供与により酸化電位が低くなり、エレクトロクロミック素子に用いる場合の駆動電圧を低くする効果がある。特にメチル基、エチル基、メトキシ基、ジメチルアミノ基が好ましい。
【0033】
また、これらRおよびRに係る置換基は、ジチエノチオフェン部位と結合するフェニル基のパラ位に置換されていることが好ましい。酸化還元に伴う電解重合等の副反応を抑制するためである。
【0034】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子が有する高分子有機化合物として、ポリビニルカルバゾール、ポリアクリル酸t−ブチル、ポリメタクリル酸メチル、ポリスチレン等が挙げられる。これらを単独で用いても混合してもよい。
【0035】
ポリビニルカルバゾールは膜性が高く、かつホール輸送性が高いため、エレクトロクロミック素子に用いられている。
【0036】
本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物の基本骨格であるジチエノチオフェンと、エレクトロクロミック化合物として用いられている1,10−フェナントロリンとの比較を以下に説明する。
【0037】
ここで、基本骨格とは、構造式内の縮環構造のみを示すものである。
【0038】
1,10−フェナントロリンの構造式を以下に示す。また、以下では、1,10−フェナントロリンを単にフェナントロリンと呼ぶ。
【0039】
【化3】

【0040】
ホールの移動を考える場合、分子の最高被占軌道(HOMO)に注目する。
【0041】
表1にポリビニルカルバゾールとフェナントロリンとジチエノチオフェンとのHOMOの値を比較したものを示す。フェナントロリンはエレクトロクロミック化合物の一例として挙げたものである。
なお、HOMOのエネルギーレベルは、分子軌道計算を使って算出した。
【0042】
分子軌道計算は、現在広く用いられているGaussian03(Gaussian 03,Revision D.01,M.J.Frisch,G.W.Trucks,H.B.Schlegel,G.E.Scuseria,M.A.Robb,J.R.Cheeseman,J.A.Montgomery,Jr.,T.Vreven,K.N.Kudin,J.C.Burant,J.M.Millam,S.S.Iyengar,J.Tomasi,V.Barone,B.Mennucci,M.Cossi,G.Scalmani,N.Rega,G.A.Petersson,H.Nakatsuji,M.Hada,M.Ehara,K.Toyota,R.Fukuda,J.Hasegawa,M.Ishida,T.Nakajima,Y.Honda,O.Kitao,H.Nakai,M.Klene,X.Li,J.E.Knox,H.P.Hratchian,J.B.Cross,V.Bakken,C.Adamo,J.Jaramillo,R.Gomperts,R.E.Stratmann,O.Yazyev,A.J.Austin,R.Cammi,C.Pomelli,J.W.Ochterski,P.Y.Ayala,K.Morokuma,G.A.Voth,P.Salvador,J.J.Dannenberg,V.G.Zakrzewski,S.Dapprich,A.D.Daniels,M.C.Strain,O.Farkas,D.K.Malick,A.D.Rabuck,K.Raghavachari,J.B.Foresman,J.V.Ortiz,Q.Cui,A.G.Baboul,S.Clifford,J.Cioslowski,B.B.Stefanov,G.Liu,A.Liashenko,P.Piskorz,I.Komaromi,R.L.Martin,D.J.Fox,T.Keith,M.A.Al−Laham,C.Y.Peng,A.Nanayakkara,M.Challacombe,P.M.W.Gill,B.Johnson,W.Chen,M.W.Wong,C.Gonzalez,and J.A.Pople,Gaussian,Inc.,Wallingford CT,2004).を用いて、DFT基底関数6−31G(d)の計算手法を使った。この計算手法は実測値に対して極めて小さな誤差を含むことが知られているが、分子設計を行う上でまた他の化合物同士を相対的に比較する上で有用な計算方法である。
【0043】
【表1】

【0044】
ポリビニルカルバゾールの分子量は、10000以上が好ましい。ポリビニルカルバゾールの膜性を維持するためである。ポリビニルカルバゾールのHOMOは分子量に依らずほぼ一定の値を示すので、HOMOの値は表の値のままで考えてよい。
【0045】
また、ジチエノチオフェンは本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物よりもHOMOが深いことが容易に予想される。すなわち、フェナントロリン、ジチエノチオフェン、本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物の順にHOMOが浅くなることが予想できる。
【0046】
表1に示した計算値を比べた場合、フェナントロリンは、ポリビニルカルバゾールと比べてHOMOの値が0.93eV深い。この差は、エネルギー障壁となるので、ポリビニルカルバゾールからフェナントロリンへのホールの移動は困難であり、改善が必要である。
【0047】
それに対して、ポリビニルカルバゾールとジチエノチオフェンとのHOMOの値の差は、0.28eVである。即ち、フェナントロリンよりもジチエノチオフェンの方がポリビニルカルバゾールからホールを受け取りやすい。
【0048】
すると、本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物はポリビニルカルバゾールからホールを受け取りやすいことがわかる。
【0049】
従って、ポリビニルカルバゾールとジチエノチオフェンとをエレクトロクロミック層に有するエレクトロクロミック素子は、フェナントロリンに比べて例示化合物A−1により多くのホールが供給されるので、未反応の化合物が残りにくい。そのため、エレクトロクロミック素子は高い透過率を得る。高い透過率とは、波長が360nm以上830nm以下の光の透過率が高いことを示す。好ましくは透過率が70%以上である。
【0050】
そして例示化合物A−1以外でも、一般式[1]で示される化合物であれば、フェナントロリンよりもHOMOが浅いため、それを有するエレクトロクロミック素子は高い透過率を得ることができる。
【0051】
本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物はジチエノチオフェンの繰り返し単位nが1または2である。nが3以上になると可視光領域の光の吸収領域が現れる。nが1または2の場合は可視光領域に吸収がないので、電気的中性の状態において、高い透明性を示す。
【0052】
次に本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物と母材となる高分子有機化合物とを用いる例を説明する。
【0053】
本実施形態に係るエレクトロクロミック化合物と高分子有機化合物とは、高分子の溶解度パラメータがより大きく、かつエレクトロクロミック化合物との溶解度パラメータの差が0,17(cal1/2cm−3/2)以上0.68(cal1/2cm−3/2)以下の関係にあることが好ましい。以下、根拠を詳述する。
【0054】
溶解度パラメータδ(cal1/2cm−3/2)を、非特許文献2に記載のHoyの方法で算出すると、下記の化合物Aの化合物は9.93(cal1/2cm−3/2)、例示化合物A−17の化合物は8.25(cal1/2cm−3/2)、ポリアクリル酸t−ブチルは8.42(cal1/2cm−3/2)、ポリスチレンは8.92(cal1/2cm−3/2)、ポリメタクリル酸メチルは9.44(cal1/2cm−3/2)、ポリビニルカルバゾールは10.1(cal1/2cm−3/2)となる。
【0055】
【化4】

【0056】
Hoyの方法では、溶解度パラメータδを、δ=(密度)(gcm−3)x(モル吸引力定数の和)(cal1/2cm3/2mol−1)/(分子量)(gmol−1)と定義する。高分子のとき、(分子量)はモノマーの値を使う。モル吸引力定数は、原子団や官能基ごとに定められ、非特許文献2のTable4に値が記載されている。以下、算出過程を示す。
【0057】
<化合物A>
(密度)=1.20(gcm−3)、(分子量)=196(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=117.12x4+98.12x4+20.99x3+209.42x3=1621.97(cal1/2cm3/2mol−1)となり、δ=1.2x1621.97/196=9.93(cal1/2cm−3/2
<例示化合物A−17>
(密度)=1.15(gcm−3)、(分子量)=432(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=117.12x2+98.12x6+20.99x3+23.26x3+148.3x6+117.12x4+98.12x8+23.26x2+(−23.44)x2
=3098.59(cal1/2cm3/2mol−1)となり、δ=1.15x3098.59/432=8.25(cal1/2cm−3/2
<ポリアクリル酸t−ブチル>
(密度)=1.09(gcm−3)、(分子量)=128(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=148.3x3+326.58x1+85.99x1+131.5x1=988.97 (cal1/2cm3/2)となり、δ=1.09x988.97/128=8.42(cal1/2cm−3/2
<ポリスチレン>
(密度)=1.03(gcm−3)、(分子量)=104(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=85.99x1+131.5x1+117.12x5+98.12x1+23.26x1+(−23.44)x1=901.03(cal1/2cm3/2)となり、δ=1.03x901.03/104=8.92(cal1/2cm−3/2
<ポリメタクリル酸メチル>
(密度)=1.20(gcm−3)、(分子量)=100(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=148.3x2+326.58x1+32.03x1+131.5x1=786.71(cal1/2cm3/2)となり、δ=1.20x786.71/100=9.44(cal1/2cm−3/2
<ポリビニルカルバゾール>
(密度)=1.20(gcm−3)、(分子量)=193(gmol−1)、(モル吸引力定数の和)=85.99x1+131.5x1+117.12x8+98.12x4+61.08x1+23.26x2+(−23.44)x2+20.99x1=1628.64(cal1/2cm3/2)となり、δ=1.20x1628.64/193=10.1(cal1/2cm−3/2
【0058】
化合物Aまたは例示化合物A−17の溶解度パラメータδEC(cal1/2cm−3/2)と、各種高分子の溶解度パラメータδ(cal1/2cm−3/2)との差δ−δEC(cal1/2cm−3/2)を算出した。結果を表2に示す。
【0059】
( )内の数値は、化合物及び高分子の溶解度パラメータの値である。例えば、化合物Aとポリアクリル酸t−ブチルとの組み合わせでは、δ−δEC=8.42−9.93=−1.51(cal1/2cm−3/2)と算出される。
【0060】
【表2】

【0061】
溶解度パラメータは異種材料間の相溶性の指標として用いられ、溶解度パラメータの差が小さいほど、異種材料間の相溶性は高い。
【0062】
従って、δ−δECの値が大きい混合物は、化合物同士が相溶しにくいので、透過率が低くなり、δ−δECの値が小さい混合物は、化合物同士が相溶しているので、透過率が高くなると考えられる。
【0063】
以下に本発明に係る化合物の具体的な構造式を例示する。但し、本発明に係る化合物はこれらに限定されるものではない。
【0064】
【化5】

【0065】
【化6】

【0066】
【化7】

【0067】
【化8】

【0068】
【化9】

【0069】
【化10】

【0070】
例示化合物のうちA群に示す化合物は、一般式[1]のAおよびA’が共に同一のアルキル基またはアリール基である。これらAおよびA’で示される構造は置換フェニル基のオルト位に存在するため、ジチエノチオフェン構造を立体障害で保護する骨格となっている。よって、これらの化合物をエレクトロクロミック材料として用いたエレクトロクロミック素子では、酸化還元反応の繰り返しに対する耐久性が高い。
【0071】
例示化合物のうちB群に示す化合物は、一般式[1]のAおよびA’のうち、一方が水素原子であり、もう一方がアルキル基またはアリール基である。この場合、上記アルキル基またはアリール基は、嵩高い構造もしくは長いアルキル鎖長を有しているため、AおよびA’のうち一方の置換基のみでも、ジチエノチオフェンを保護する効果がある。
【0072】
A群に示される化合物の中でも下記一般式[2]で示される化合物が特に好ましい。
【0073】
【化11】

【0074】
一般式[2]において、Aは同一の置換基を表し、メチル基またはフェニル基である。Rは同一の置換基を表し、水素原子または炭素数が1以上4以下のアルキル基から選ばれる。
【0075】
前記フェニル基は炭素数が1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。
nは1または2である。
【0076】
本発明に係る化合物は、例えば、下記式[3]で示される反応を用いて合成できる。式中Xはハロゲン原子である。ジチエノチオフェンのハロゲン体とオルト位に置換基を有するフェニル基のボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物の組み合わせ、またはジチエノチオフェンのボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物とオルト位に置換基を有するフェニル基のハロゲン体との組み合わせで、Pd触媒によるカップリング反応で合成することができる。
【0077】
【化12】

【0078】
次に、本実施形態に係るエレクトロクロミック素子について説明する。
【0079】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、一対の電極と前記一対の電極の間に配置されるエレクトロクロミック層および電解質層とを有する素子である。このエレクトロクロミック層が本発明に係る有機化合物を有する。
【0080】
図1は、本実施形態に係るエレクトロクロミック素子を模式的に示した断面図である。図1において、1は第1の基板、2は第1の電極、3はエレクトロクロミック層、4は電解質層、5は第2の電極、6は第2の基板である。このように各要素が積層されている。第1の基板1、第1の電極2、第2の電極5、第2の基板6はいずれも透明である。電極2および電極5である一対の電極間に3および4が配置される。
【0081】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、電極基板上に本発明に係る有機化合物を成膜することにより得ることができる。成膜法としては特に限定されないが、適当な溶媒に溶解させて公知の塗布法(例えば、スピンコーティング、ディッピング、キャスト法、LB法、インクジェット法等)や、真空蒸着、イオン化蒸着、スパッタリング、プラズマなどにより薄膜を形成することができる。
【0082】
溶液による塗布の方法において用いられる溶媒としては、エレクトロクロミック化合物を溶解し、塗布後揮発により除去されうるものであれば特に限定されないが、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、プロピレングリコールメチルエーテルアセテート、ジメトキシエタン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、メタノール、エタノール、プロパノール、クロロホルム、トルエン、キシレン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等が挙げられる。
【0083】
本実施形態に係るエレクトロクロミック層はポリビニルカルバゾールを有している。
【0084】
このエレクトロクロミック層は、ポリカルバゾールを50wt%以上90wt%以下の範囲で有することが好ましい。ポリビニルカルバゾールはホールをエレクトロクロミック化合物に伝える効率が高くなるからである。
【0085】
ポリビニルカルバゾールの分子量は特に限定されない。ポリビニルカルバゾールはポリマーでもコポリマーでもよい。
【0086】
イオン伝導層に用いるイオン伝導性物質としては、イオン解離性の塩で、溶液に良好な溶解性、あるいは固体電解質に高い相溶性を示し、エレクトロクロミック化合物の着色を確保できる程度に電子供与性を有するアニオンを含む塩であれば特に限定されない。例えば液系イオン伝導性物質、ゲル化液系イオン伝導性物質あるいは固体系イオン伝導性物質等を用いることができる。
【0087】
上記液系イオン伝導性物質としては、溶媒に塩類、酸類、アルカリ類等の支持電解質を溶解したもの等を用いることができる。上記溶媒としては、支持電解質を溶解できるものであれば特に限定されないが、特に極性をするものが好ましい。具体的には水や、メタノール、エタノール、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、ジメトキシエタン、アセトニトリル、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、ジメチルアセトアミド、メチルピロリジノン、ジオキソラン等の有機極性溶媒が挙げられる。
【0088】
支持電解質としての塩類は、特に限定されず、各種のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などの無機イオン塩や4級アンモニウム塩や環状4級アンモニウム塩などがあげられ、具体的にはLiClO、LiSCN、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiPF、LiI、NaI、NaSCN、NaClO、NaBF、NaAsF、KSCN、KCl等のLi、Na、Kのアルカリ金属塩等や、(CHNBF、(CNBF、(n−CNBF、(CNBr、(CNClO、(n−CNClO等の4級アンモニウム塩および環状4級アンモニウム塩等が挙げられる。
【0089】
上記ゲル化液系イオン伝導性物質としては、上記液系イオン伝導性物質に、さらにポリマーやゲル化剤を含有させたりして粘稠性が高いもの若しくはゲル状としたもの等を用いることができる。上記ポリマー(ゲル化剤)としては、特に限定されず、例えばポリアクリロニトリル、カルボキシメチルセルロース、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリウレタン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアミド、ポリアクリルアミド、ポリエステル、ナフィオン(登録商標)などが挙げられる。
【0090】
上記固体系イオン伝導性物質としては、室温で固体であり、かつイオン伝導性を有するものであれば特に限定されず、ポリエチレンオキサイド、オキシエチレンメタクリレートのポリマー、ナフィオン(登録商標)、ポリスチレンスルホン酸などが挙げることができる。
【0091】
これらの電解質材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0092】
電極材料としては、例えば、酸化インジウムスズ合金(ITO)、酸化スズ(NESA)、酸化インジウム亜鉛(IZO)、酸化銀、酸化バナジウム、酸化モリブデン、金、銀、白金、銅、インジウム、クロムなどの金属や金属酸化物、多結晶シリコン、アモルファスシリコン等のシリコン系材料、カーボンブラック、グラファイト、グラッシーカーボン等の炭素材料などを挙げることができる。また、ドーピング処理などで導電率を向上させた導電性ポリマー(例えば、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸の錯体など)も好適に用いられる。
【0093】
本実施形態に係る光学フィルタにおいては、光学フィルタとしての透明性も必要とされるため、可視光領域に光吸収を示さないITO、IZO、NESA、導電率を向上させた導電性ポリマーが特に好ましく用いられる。これらはバルク状、微粒子状など様々な形態で使用できる。尚、これらの電極材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0094】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子の作製方法は特に限定されず、電極基板上にエレクトロクロミック層を成膜し、該基板とシールされた対向電極基板との間に設けた間隙に、真空注入法、大気注入法、メニスカス法等によって注入する方法や、電極基板またはエレクトロクロミック層を成膜した電極基板上にイオン伝導性物質の層を形成した後、対向電極基板を合わせる方法や、フィルム状のイオン導電性物質を用いて合わせる方法等を用いることができる。
【0095】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、耐久性、および消色時の高透明性に優れるため、カメラ等の撮像素子への入射光量の制御に好適に用いることができる。エレクトロクロミック素子が通過する光を制御するからである。すなわち、エレクトロクロミック素子を撮像光学系(レンズ系)に設置することにより、受光素子が受光する光量を制御できる。エレクトロクロミック素子が消色状態の場合は、高透明性を発揮できるので入射光に対して十分な透過光量が得られ、また着色状態の場合は入射光を確実に遮光する光学的特性が得られる。
【実施例】
【0096】
例示化合物A−1のエレクトロクロミック特性評価
ITO基板を、イソプロピルアルコールで超音波洗浄した後、120℃で真空乾燥した。次に、例示化合物A−1と、ポリビニルカルバゾールとの混合物(重量比2:8)をクロロルム溶液に溶かして2wt%の溶液を作製した。そして、混合物の溶液を、洗浄済みのITO電極基板上に塗布し、その後乾燥して、エレクトロクロミック層を作製した。層は無色透明で、層厚は5±2μm(±は、1cm×1cm内でのむらを表す。)であった。
【0097】
次にこのITO基板上のエレクトロクロミック層の着色および消色を確認した。酸化還元の方法は電気化学反応を用いて、エレクトロクロミック化合物を酸化および還元させる方法を用い、確認の方法は目視にて着色と消色を確認した。
【0098】
次に、エレクトロクロミック層を有するITO基板を、過塩素酸リチウムのプロピレンカーボネート0.1Mの溶液に浸漬させた。このITO基板を動作電極として電気化学反応を行った。プロピレンカーボネート溶液は、電解質溶液である。この溶液はエレクトロクロミック素子の電解質層に相当する。すなわち、エレクトロクロミック層とこの溶液との間でキャリアの移動が起こる。参照電極は銀・塩化銀電極とし、対向電極は白金電極を用いた。そして、動作電極に+1.5および−1.5Vの直流電圧を印加して、着色および消色の有無を調べた。
【0099】
ポリビニルカルバゾールはプロピレンカーボネートに溶解しなかった。
【0100】
上記の動作電極に、+1.5Vの直流電圧を50秒間印加したところ、動作電極上のエレクトロクロミック層は赤色に着色し,着色状態を素子の全領域で保持した。このことから、例示化合物A−1の酸化反応が全領域で反応したことが確認できる。その直後、−1.5Vの直流電圧を50秒間印加したところ、エレクトロクロミック層はほぼ無色となった。このことから、素子の面内全領域で透過率が高くなったので、例示化合物A−1の還元反応が素子の面内全領域で反応したことが確認された。
【0101】
以上の結果から、溶液中での酸化反応および還元反応が確認された。このことから、ポリビニルカルバゾールとジチエノチオフェンとを有するエレクトロクロミック素子は、酸化反応が十分に起こるので、十分な透過率の変化が起こると考えられる。
【0102】
例示化合物A−1の代わりにフェナントロリンを用いる場合は、フェナントロリンはHOMOエネルギーの準位が例示化合物A−1よりも深いので、フェナントロリンに供給されるホールがA−1の場合よりも少ないと考えられる。そのため、フェナントロリンは十分に酸化されず、着色しない素子の領域を残してしまうことが考えられる。
【0103】
比較のため、ポリビニルカルバゾールを有さず、例示化合物A−1のみを含むクロロホルム溶液2wt%を作製し、洗浄済みのITO基板上にキャストして乾燥させた。層はもろくかつ白濁しており、層厚は5±1μmであった。
【0104】
次に、例示化合物A−1で覆われたITO基板を、過塩素酸リチウムのプロピレンカーボネート0.1M溶液に含浸させ、動作電極とした。動作電極に+1.5,−1.5Vの直流電圧を印加して、着色、消色の有無を調べたが、層の着色、消色はいずれも確認されなかった。ジチエノチオフェンは、プロピレンカーボネート中に溶出したものと推測される。
【0105】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子はポリビニルカルバゾールを有するため、エレクトロクロミック化合物が溶出しない。また、ポリビニルカルバゾールからホールを容易に受け取ることができるエレクトロクロミック化合物なので、十分に透過率の変化を得ることができる。
【0106】
表3に、実施例と比較例とを示す。エレクトロクロミック層に求められるのは、成膜性、透明性、着消色性である。成膜性とは、均一な厚みと良好な密着性でITOガラス基板上に膜が形成されること、膜が形成されるとは、
透明性とは電圧非印加状態で白濁せず無色透明となること、着消色性とは−1Vで消色して透明になり、+1Vで着色することである。
【0107】
実施例1乃至5では、成膜が確認できた。実施例1乃至3ではさらに、透明性、着消色性がいずれも良好であった。これは、高分子の存在によって膜が形成できたためである。実施例1乃至3は更に化合物と高分子との溶解度パラメータの差が小さく、両者の相溶性が高いためである。
【0108】
なお、表3中の透明性における中間とは、膜の一部が透明で一部が白濁したことを意味する。
【0109】
比較例1および2では、ITOガラス基板上に、膜ではなく、白濁した凝集体が形成された。これは、高分子を含まず、更に化合物が低分子で成膜性をもたないためである。
【0110】
表3からδ−δECの値は0.17以上0.68以下が好ましい。
【0111】
【表3】

【0112】
この範囲を満たすエレクトロクロミック化合物と高分子有機化合物とを用いることで成膜性と透明性とを有するエレクトロクロミック素子を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と前記一対の電極の間に配置されたエレクトロクロミック層と電解質層とを有するエレクトロクロミック素子であって、
前記エクトロクロミック層は、下記一般式[1]で示されるエレクトロクロミック化合物と、高分子有機化合物とを有することを特徴とするエレクトロクロミック素子。
【化1】


一般式[1]において、AおよびA’は水素原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、アリール基からそれぞれ独立に選ばれる。但し、AおよびA’のうち少なくともいずれか一方は、前記アルキル基または前記アリール基である。
およびRは水素原子、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下のアルキル基、炭素数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基、アラルキル基、置換アミノ基、シリル基からそれぞれ独立に選ばれる。
前記Rおよび前記Rで示される前記アリール基および前記アラルキル基および前記置換アミノ基および前記シリル基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。nは、1または2である。
【請求項2】
前記一般式[1]で示される化合物の前記AおよびA’はいずれもフェニル基またはメチル基のいずれか一方であることを特徴とする請求項1に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項3】
前記一般式[1]で示される化合物の前記AおよびA’はいずれもメチル基であることを特徴とする請求項1に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項4】
前記高分子有機化合物はポリビニルカルバゾールであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項5】
前記高分子有機化合物はポリアクリル酸t−ブチルであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項6】
前記高分子有機化合物はポリスチレンであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項7】
前記高分子有機化合物はポリメタクリル酸メチルであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項8】
前記高分子有機化合物は、ポリビニルカルバゾール、ポリアクリル酸t−ブチル、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチルの中から選ばれる少なくとも2つの高分子有機化合物の混合物であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項9】
撮像光学系と前記撮像光学系を通った光を受光する受光素子とを有する撮像装置であって、
前記受光素子が受光する光は、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子を通過した光であることを特徴とする撮像装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−93699(P2012−93699A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33695(P2011−33695)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】