説明

エレクトロクロミック素子

【目的】 交換作業中または上部電極蒸着のための再排気の際に、エレクトロクロミック薄膜層の最外膜にクラックが生じることがないエレクトロクロミック素子を得ることを目的とする。
【構成】 エレクトロクロミック薄膜層と第2の電極膜の間に前記エレクトロクロミック薄膜層と同一パターンで成膜された電極薄膜層を備えたものであるため、エレクトロクロミック薄膜層の最外の薄膜の膨脹又は収縮による応力が抑えられ、最外膜のクラック発生を防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、例えば酸化タングステン膜のようなエレクトロクロミック薄膜層の最外膜のクラック発生を防止する構造を付与したエレクトロクロミック素子に関するものである。
【0002】
【従来の技術】電圧を印加すると可逆的に電解酸化又は還元反応が起こり、可逆的に着色する現象をエレクトロクロミズムという。このような現象を示すエレクトロクロミック(以下、ECと記す)物質の電気化学的酸化還元反応に伴う物質の色調変化を利用したエレクトロクロミック素子(以下、ECDと記す)は、外部電圧による光学濃度の制御が可能であることから光変調素子としても用いられる。例えば、ガラス基板上に透明電極膜、EC物質からなるEC薄膜層、電極膜を順次積層してなるECDが一般的である。
【0003】尚、本明細書中でエレクトロクミック薄膜層又はEC薄膜層と記すものは、EC物質の単層、EC物質の単層とイオン導電層との2層、還元発色性EC物質の単層と電解酸化性薄膜(場合により、酸化発色性EC物質の単層である)との2層、還元発色性EC物質の単層とイオン導電層と電解酸化(発色)性薄膜との3層のいずれかを指す。
【0004】透明電極膜としては、例えば、SnO2,In2O3 ,ITO(SnO2とIn2O3 との混合物)などが使用される。不透明な電極膜は、反射層と兼用してもよく、例えば、金、銀、アルミニウム、クロム、スズ、亜鉛、ニッケル、ルテニウム、ロジウム、ステンレス等の金属が使用される。
【0005】イオン導電層としては、例えば、酸化ケイ素、酸化タンタル、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ニオブ、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、酸化ランタン、フッ化マグネシウムなどが使用される。還元発色性EC物質としては、一般にWO3 ,MoO3などが使用される。
【0006】電界酸化(発色)性薄膜としては、例えば、酸化ないし水酸化イリジウム、同じくニッケル、同じくクロム、同じくバナジウム、同じくルテニウム、同じくロジウムなどが使用される。また、この中に、導電性物質、例えば、SnO2とIn2O3などが混ざっていてもよい。
【0007】図2は従来の全固体薄膜型ECDの構成を示す模式断面図である。図に示す通り、基板1上に下部電極膜2及び下部電極膜2に隔てて上部電極接点3が蒸着されている。下部電極膜2の上部には、エレクトロクロミック薄膜層(以下、EC薄膜層と記す)として、酸化発色層である酸化イリジウム膜4と、プロトン伝導性の電解質として作用するイオン導電層である酸化タンタル膜5と、還元発色層である酸化タングステン膜6との3層が順に蒸着されている。EC薄膜層の上部には、上部電極接点3と導通するように上部電極膜7が蒸着されている。
【0008】このような全固体薄膜型ECDは電極膜、及びEC薄膜層の全てを真空蒸着・イオンプレーティング・スパッタリングなどの真空薄膜形成技術により連続して成膜・積層できるという特徴をもつが、同一の蒸着マスクを用いて積層するとマスクエッジにおいて上下の電極が接触してしまい、素子が短絡状態となって動作しなくなるという問題が生じる。
【0009】従って、ECDの成膜工程では、両極が短絡しないような形状に下部電極膜、EC薄膜層、上部電極膜のそれぞれを設計することが必要となり、実際には各層成膜終了後に真空槽を大気開放して基板を取出し、次の層に適合した蒸着マスクに交換して再排気・成膜を行なうことになる。
【0010】成膜工程の一例を次に示す。先ず、ガラス基板を用意し、常法により洗浄後、下部電極膜の形状に加工された蒸着マスクに密着させ真空蒸着装置の真空槽中にセットする。減圧排気を開始し、所定の真空度に達したところで下部電極膜の蒸着を行なう。
【0011】下部電極膜蒸着終了後、真空槽を大気圧にし、基板を取出してEC薄膜層の形状に加工された蒸着マスクに交換して、再度減圧排気する。所定の真空度に到達後、上述の酸化イリジウム、酸化タンタル、酸化タングステンの3層を同一マスクで連続して蒸着する。
【0012】EC薄膜層を蒸着した後、再び大気圧にして取り出して、上部電極膜用蒸着マスクに交換、上部電極膜を蒸着する。一般には耐久性向上のため膜面の封止が行われECDが完成する。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】以上に述べたように、ECDの製造においてはEC薄膜層成膜終了後に蒸着マスク交換を行う必要があるが、交換作業中または上部電極蒸着のための再排気の際に、酸化タングステン膜にクラックが生じやすいという問題点があり、マスク交換時の大気中放置時間が長くなるにつれてクラック発生率が高くなるため、クラックを避けるために生産量を抑えざるを得ないという問題があった。
【0014】クラックの発生及び発生率は酸化タングステン薄膜の成膜条件や膜厚によっても異なるが、通常、ECDに実用的な着色濃度を持たせるために必要な成膜条件・膜厚ではクラックが発生しやすい。
【0015】本発明は、交換作業中または上部電極蒸着のための再排気の際に、EC薄膜層の最外膜にクラックが生じることがないエレクトロクロミック素子を得ることを目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】本発明に係るエレクトロクロミック素子では、基板表面上に第1の電極膜とエレクトロクロミック薄膜層と第2の電極膜とを順に備えたエレクトロクロミック素子において、前記エレクトロクロミック薄膜層と第2の電極膜の間に前記エレクトロクロミック薄膜層と同一パターンで成膜された電極薄膜層を備えたものである。
【0017】また、好ましい電極薄膜層の厚さが200〜1000Åであるものを開示するものである。
【0018】
【作用】EC薄膜においては、成膜直後から常に膜自身が膨脹又は収縮しようとする方向に内部応力が働いている。そのため積層の最外表面がEC薄膜とした状態で放置すると、EC薄膜の膨脹又は収縮によってクラックが生じると考えられている。また、成膜後長時間大気中に放置した後で真空に再度減圧排気した場合には、膜中に吸着した水分の脱着が起こることにより更に大きな応力が働き、クラックが発生しやすくなる。
【0019】そこで、本発明では、EC薄膜層と第2の電極膜の間に前記EC薄膜層と同一パターンで成膜された電極薄膜層を備えたものであるため、EC薄膜層のうち最外のEC薄膜の膨脹又は収縮による応力が抑えられ、クラックの発生を防止する。
【0020】即ち、EC薄膜層が酸化イリジウム、酸化タンタル、酸化タングステンの3層の場合には、酸化タングステン膜上に電極薄膜層としてITO膜を連続して蒸着した後で、大気中に開放しても、酸化タングステン膜の両面が酸化タンタル膜とITO膜で狭まれた構造となっているため、放置あるいは再排気時の酸化タングステン膜の膨脹又は収縮が抑えられ、酸化タングステン膜のクラックの発生を防ぐことができる。
【0021】また、電極薄膜層としては、EC薄膜に電流を供給することのできる導電性のある膜で、ECDに使用可能なもので、EC薄膜層及び上部電極膜と親和性のあるものであればよく、ITO,SnO2 ,In23 ,ZnO,極薄の金等のように、上部電極膜に使用できるものや上部電極膜と同じ物質を使用することができ、EC薄膜層最外膜の膨脹又は収縮による内部応力に耐えられる膜であればよい。
【0022】尚、電極薄膜層の強度が、EC薄膜層最外膜の膨脹又は収縮による内部応力に耐えられる範囲であればクラックの発生を防ぐことができる。具体的に、EC薄膜層最外膜が酸化タンタル膜であり、電極薄膜層がITO膜の場合には、クラック防止効果のある透明電極の強度を得るには、最低限200Åの膜厚が好ましかった。また、他のSnO2 ,In23 ,ZnO等の電極薄膜も、ITO膜と同等の強度を有しているので、同様に最低限200Åの膜厚が好ましいと思われる。
【0023】また、電極薄膜層は、EC薄膜層の真空度を変更せずに連続して積層しなければならないことから、必然的にEC薄膜層と同じ蒸着用マスクを使用することになる。
【0024】一方、酸化タングステン膜上に連続して積層する電極薄膜層を必要以上に厚くすると次のような問題が生じる。即ち、一般に使用される蒸着用マスクは燐青銅やステンレス薄板等で構成されているが、このような蒸着用マスクではマスクエッジ部での基板との密着が完全でなく、ある程度マスク外側へ蒸着物質の回り込みを生じることが避けられず、その回り込みの度合いは膜厚が厚くなるに従って大きくなる。
【0025】従って、酸化タングステン膜上に同一蒸着マスクを使用して電極薄膜層を蒸着する場合、膜厚を厚くし過ぎると回り込のために下部電極膜と接触し、素子が短絡してメモリー性が著しく低下するという問題を生じる。このため、電極薄膜層の膜厚は1000Å以下であるのが好ましい。
【0026】
【実施例】図1は本発明の一実施例のECDの構成を示す模式断面図である。図に示す通り、基板11上に下部電極膜12及び下部電極膜12に隔てて上部電極接点13が蒸着されている。下部電極膜12の上部には、EC薄膜層として、酸化発色層である酸化イリジウム膜14と、イオン導電層である酸化タンタル膜15と、還元発色層である酸化タングステン膜16との3層が順に蒸着されている。EC薄膜層の上部には、EC薄膜層と同一パターンでITO膜の電極薄膜層18が形成されている。更に、電極薄膜層18の上部には上部電極接点3と導通するように上部電極膜17が蒸着されている。あるいは、上部電極接点13と上部電極膜17を分割せずに、電極薄膜層18形成後に、同時に蒸着してもよい。
【0027】ガラス基板11を洗浄し、下部電極用蒸着マスクにセットして基板温度300℃に加熱しRFイオンプレーティングによりITO膜を2000Å蒸着して、下部電極膜12及び上部電極接点13を形成した。尚、この時の下部電極膜の面抵抗は10Ω/□、可視光透過率は80%であった。
【0028】冷却後、蒸着した基板11を大気中に取り出し、EC薄膜用蒸着マスクに交換して再び蒸着装置にセットし、RFイオンプレーティングにより酸化イリジウム層14を1500Å、酸化タンタル層15を5000Å、真空蒸着により酸化タングステン層16を6000Å蒸着してEC薄膜層を形成し、更に連続して再びRFイオンプレーティングによりITO膜を200Å蒸着して、電極薄膜層18を形成した。
【0029】ここで蒸着された基板11を取出して上部電極用蒸着マスクに交換した後、基板温度200℃でITO膜を2000Å蒸着し、上部電極膜17を上部電極接点13と導通して形成した。これを冷却後、蒸着装置から取り出し、エポキシ樹脂により膜面を封止してECDとした。完成したECDには酸化タングステン膜のクラックは認められず、ます上下電極間のリーク電流は100μA以下で実用上充分なメモリー性が得られた。
【0030】
【発明の効果】以上説明したように、EC薄膜層と第2の電極膜の間に前記EC薄膜層と同一パターンで成膜された電極薄膜層を備えたものであるため、EC薄膜層最外の薄膜の膨脹又は収縮による応力が抑えられ、クラックの発生を防止することができ、着色濃度の高いECDを安定して作製できる。またクラック防止効果により蒸着マスク交換時間の制限がなくなり、ECDの大量生産に対応できる等の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例のECDの構成を示す模式断面図である。
【図2】従来の全固体薄膜型ECDの構成を示す模式断面図である。
【符号の説明】
11 基板
12 下部電極膜
13 上部電極接点
14 酸化イリジウム膜
15 酸化タンタル膜
16 酸化タングステン膜
17 電極薄膜層
18 上部電極膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】 基板表面上に第1の電極膜とエレクトロクロミック薄膜層と第2の電極膜とを順に備えたエレクトロクロミック素子において、前記エレクトロクロミック薄膜層と第2の電極膜の間に前記エレクトロクロミック薄膜層と同一パターンで成膜された電極薄膜層を備えたことを特徴とするエレクトロクロミック素子。
【請求項2】 前記請求項1に記載のエレクトロクロミック素子において、前記電極薄膜層の厚さが200〜1000Åであることを特徴とするエレクトロクロミック素子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平5−241203
【公開日】平成5年(1993)9月21日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−69403
【出願日】平成3年(1991)3月11日
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)