説明

オクタエチルポルフィリン誘導体からなる分子機能素子

【課題】合成が容易で分子モーター、分子スイッチなどに利用できる分子機能素子の提供。
【解決手段】次式


[式中、Rはアルキル基を、Mは金属原子を、Xは硫黄原子または酸素原子を、Yは含窒素複素環式基を示す。]で表わされるオクタエチルポルフィリン誘導体からなる分子機能素子。この化合物は、pHおよび/または温度を調整する事により、ポルフィリン環部分の回転を制御することができる。そのため、ナノマシンの素材(分子モーター、分子スイッチなど)として利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピリジル−ビスジアセチレンチオフェン基を有するオクタエチルポルフィリン誘導体からなる分子機能素子および分子機能素子として有用な新規なオクタエチルポルフィリン誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
ロタキサンは、環状分子に棒状分子が貫通し、棒状分子の両端に、嵩高い分子(ストッパー、キャップと呼ばれる)を結合させた構造の超分子と称される化合物である。ロタキサンを分子モーターとして利用しようとする試みがなされている。(非特許文献1)
また、ポルフィリンの金属錯体とアゾベンゼン誘導体を組み合わせ、機能性金属錯体とする試みもなされている(特許文献1)
一方、ビスジアセチレンチオフェン基を有するオクタエチルポルフィリン金属錯体に関して、その電子的性質に関する研究が行われている(非特許文献2)。
また、ピリジル−4−イル基を有するオクタエチルポルフィリン誘導体が知られている(非特許文献3)。
【0003】
【非特許文献1】http://www.biomach.org/publications/Utah.pdf
【非特許文献2】Tetrahedron, 60, 6363-6383 (2004).
【非特許文献3】Tetrahedron Letters, 47, 5585-5589 (2006).
【特許文献1】特開2005-60304
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ロタキサン関して、棒状分子両端末の嵩高い分子の合成に多段の工数が必要であった。
本発明は、合成が容易で分子モーターなどの分子機能素子として有用な新規化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、ビスジアセチレンチオフェン基を有するオクタエチルポルフィリン金属錯体の電子的性質に関する研究の過程で、以下のピリジル−4−イル基を有するオクタエチルポルフィリン誘導体[1a]を合成し、その性質を詳細に検討した結果、分子長軸に高速回転して構成成分が、酸の添加により回転が止まり、酸を除去することで再び回転することを見出した。また、この分子回転および停止は熱によっても調節できることを見出した。さらに研究を進め、拡張共役系一次元分子が分子モーターなどの機能素子として有用性であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明は、以下の一般式[1]で表されるビスジアセチレンチオフェン基およびビスジアセチレンフラン基を有するオクタエチルポルフィリン誘導体の分子モーター、分子スイッチといった分子機能素子としての使用である。
本発明は、また、一般式[1b]で表される新規なビスジアセチレンチオフェン基を有するオクタエチルポルフィリン誘導体である。
【0006】
【化1】

【0007】
「式中、Rは、アルキル基を;Mは、金属原子を、Xは硫黄原子または酸素原子を、Yは置換基を有していてもよい含窒素複素環式基それぞれ示す。」で表されるオクタエチルポルフィリン誘導体。
【0008】
【化2】

【0009】
【化3】

【0010】
「式中、Rは、アルキル基を;Mは、金属原子を、Y1は、置換基を有していてもよいピリジン−2−イルまたはピリジン−3−イル基をそれぞれ示す。」
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明において、分子機能素子とは、酸および/または熱を媒体とした分子モーター機能、分子スイッチ機能および色変化による指示機能、さらに還元機能を含むものである。
【0012】
一般式[1]のオクタエチルポルフィリン誘導体は、pHの調整(酸性化)を通じ Hの相手である対イオンが 平面的なポルフィリン環に上下に化学結合(軸配位)することで嵩高くなり、溶媒を跳ね除けての運動がしづらくなる。また、陰イオンを取り去る事(中性化)で、平面的なポルフィリン環に戻り、運動がより自由となる。また、嵩高い状態でも常温から加熱する事で、ポルフィリン環の運動が活発となる。すなわち、pHの調整と温度管理を通じて、ドライビングフォースとして運動を制御し、その力を利用することが出来る。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施例1〜4で得られる化合物は、
(1)中性状態(クロロホルム中)と酸性状態(トリフロオロ酢酸/クロロホルム中)で、大きな1H NMRスペクトル変化を与える。酸性溶液中では、ピリジン環プロトンだけを著しく低磁場シフトさせ、塩基を加えると元のスペクトルに戻る。ピリジン環にプロトン化が起こったことを示しており、この変化は可逆的である。
(2)1H NMRスペクトルは、酸性状態において、ポルフィリン環に所属する水素シグナルに異常なブロードニング現象を示す。それらの化学シフトは中性状態における化学シフトほとんど同じであることから、酸性状態ではポルフィリン環周辺の分子運動が著しく緩慢になったことを示している。
上記のことから、一般式[1]の化合物は、分子モーター機能を有する。
【0014】
本発明の実施例1〜4で得られる化合物は、
(3)中性状態と酸性状態で、電子吸収スペクトルに大きな差を与える。この変化は可逆的であり,酸性溶液中(クロロホルム/トリフルオロ酢酸)では,実施例1および3得られる化合物は、約100ナノメートル、実施例2および4得られる化合物は、約130ナノメートルの長波長領域に新しい吸収帯を与える。トリエチルアミンなど塩基による中和により、元のスペクトルを再現する。
上記のことから、一般式[1]の化合物は、酸添加による指示機能、酸を媒介にする分子スイッチなどの機能を有する。
【0015】
本発明の実施例1〜4で得られる化合物は、
(4)中性状態と酸性状態で、還元能力に大きな差を示す。中性状態(950〜1000mV)に比べて、酸性溶液中の酸化電位が大きく低電位シフト(800〜600 mV)し、電子を放出し易くなる(酸化され易くなる)。
上記のことから、一般式[1]の化合物は、還元機能を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のオクタエチルポルフィリン誘導体は、当業者に公知の任意の方法で合成することができるが、例えば、以下の方法により製造することができる。
【式1】
【0017】

【0018】
「式中、Rは、アルキル基を;Mは、金属原子、Xは硫黄原子または酸素原子を、Yは置換基を有していてもよい含窒素複素環式基を、それぞれ示す。」
【0019】
一般式[1]の化合物は、一般式[2]の化合物と一般式[3]の化合物またはその塩の酸化的クロスカップリング反応により製造することができる。具体的には、エグリトン(Eglinton)らの方法[Chem. Ind., 737-738(1956).]に準じて行えばよい。
原料である一般式[2]の化合物と一般式[3]の化合物またはその塩は、公知の方法により製造すればよいが、例えば、樋口らの方法[Tetrahedron Lett., 44, 7155-7158 (2003)、 Tetrahedron, 60, 6363-6383 (2004).]またはそれに準じた方法で製造すればよい。
【0020】
一般式[1]おけるRのアルキル基は、メチル、エチル、ヘキシル、へプチル、オクチルなどの炭素数1〜16のアルキル基が挙げられる。好ましいものとしてヘキシル、へプチル、オクチルなどの炭素数6〜12のアルキル基が挙げられる。
一般式[1]おけるMの金属原子は、ニッケル原子、パラジウム原子、白金原子および亜鉛原子が挙げられ、好ましいものとしてニッケル原子が挙げられる。
【0021】
一般式[1]おけるYの含窒素複素環式基は、ピリジン、ピラジン、ピリミジン、ピリダジン、ピロール、イミダゾール、ピラゾールなど6員または5員の含窒素複素環が挙げられる。好ましいものは、ピリジンなどの6員環含窒素複素環であり、さらにピリジンが好ましい。Yの含窒素複素環式基の置換基としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピルなどの炭素数1〜6のアルキル基が挙げられる。
【0022】
本発明の分子モーターとして好ましい化合物は、一般式[1]においてRがヘキシル基、Mがニッケル原子、Xが硫黄原子、Yがピリジンであるものが挙げられる。より具体的には以下のものが挙げられる。
【0023】
【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【0024】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
実施例1
【化8】

【0026】
無水酢酸銅(2価) 1000mgを含むピリジン−メタノール混合溶液60ml(1:1,V/V)に、5−エチニル−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3−ブタジイン‐1‐イル}−3,3′−ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン132mgと4−エチニルピリジン900 mgを含むピリジン−メタノール混合溶液100mlを、40℃、5時間で滴下した。滴下終了後、さらに4時間撹拌した後、放冷した。反応混合物を水に注ぎ、クロロホルムで抽出した。抽出液を希塩酸で振とうし、次いで水、飽和食塩水の順に洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶液を分離して濃縮後、得られた混合物をアルミナカラムクロマトグラフィーにかけ、ヘキサン−クロロホルム(1:1,V/V)の混合溶媒で展開すると、5−[4−(ピリジン−4−イル)−1,3−ブタンジニル]−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3‐ブタジイン‐1‐イル}−3,3′‐ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン136mgが得られる。
黒紫色微結晶(ヘキサン−クロロホルム)
融点 >280℃
MS(FAB); m/z 1097, 1098
IR(KBr)cm-1; 2200, 2130
NMR(CDCl3)δ値; 9.42, 9.40, 8.62, 7.37,7.29, 7.27,4.14-3.76,2.52,1.81-1.71,
0.89-0.87
UV(CHCl3)λmax; 450, 595
UV(CF3COOH-CHCl3)λmax; 420, 697
【0027】
実施例2
【化9】

【0028】
無水酢酸銅(2価)1200 mgを含むピリジン−メタノール混合溶液60 ml(1:1,V/V)に、5−エチニル−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3−ブタジイン‐1‐イル}−4,4′−ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン180mgと4−エチニルピリジン1000mgを含むピリジン−メタノール混合溶液100mlを、40℃、5時間で滴下した。滴下終了後、さらに4時間撹拌した後、放冷した。反応混合物を水に注ぎ、クロロホルムで抽出した。抽出液を希塩酸で振とうし、次いで水、飽和食塩水の順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶液を分離して濃縮後、得られた混合物をアルミナカラムクロマトグラフィーにかけ、ヘキサン−クロロホルム(1:1,V/V)の混合溶媒で展開すると、5−[4−(ピリジン−4−イル)−1,3−ブタンジニル]−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3‐ブタジイン‐1‐イル}−4,4′‐ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン178 mgが得られる。
黒紫色微結晶(ヘキサン−クロロホルム)
融点 >280℃
MS(FAB); m/z 1097, 1098
IR(KBr)cm-1; 2196, 2122
NMR(CDCl3)δ値; 9.42, 9.40, 8.61, 7.37,7.01, 6.99, 4.15-3.76,2.78, 2.71,
1.81-1.72,0.92-0.89
UV(CHCl3)λmax; 440(sh), 465, 598
UV(CF3COOH-CHCl3)λmax; 410(sh), 486, 730
【0029】
実施例3
【化10】

【0030】
無水酢酸銅(2価)1000mgを含むピリジン溶液60mlに、5−エチニル−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3−ブタジイン‐1‐イル}−3,3′−ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン130mgと2−エチニルピリジン750mgを含むピリジン溶液100mlを、40℃、5時間で滴下した。滴下終了後更に4時間撹拌した後、放冷した。反応混合物を水に注ぎ、クロロホルムで抽出した。抽出液を希塩酸で振とう、次いで水、飽和食塩水の順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶液を分離して濃縮後、得られた混合物をアルミナカラムクロマトグラフィーにかけ、ヘキサン−クロロホルム(1:1,V/V)の混合溶媒で展開すると、5−[4−(ピリジン−2−イル)−1,3−ブタンジニル]−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3‐ブタジイン‐1‐イル}−3,3′‐ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン118mgが得られる。
黒紫色微結晶(ヘキサン−クロロホルム)
融点 >280℃
MS(FAB); m/z 1097, 1098
IR(KBr)cm-1; 2202, 2133
NMR(CDCl3)δ値; 9.42, 9.39, 8.61, 7.67, 7.51, 7.27, 7.29, 7.26, 4.13-3.76,
2.52, 1.81-1.72, 0.89-0.87
UV(CHCl3)λmax; 450, 595
UV(CF3COOH-CHCl3)λmax; 420, 697
【0031】
実施例4
【化11】

【0032】
無水酢酸銅(2価)1200mgを含むピリジン溶液60mlに、5−エチニル−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3−ブタジイン‐1‐イル}−4,4′−ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン160mgと2−エチニルピリジン850 mgを含むピリジン溶液100mlを、40℃、5時間で滴下した。滴下終了後更に4時間撹拌した後、放冷した。反応混合物を水に注ぎ、クロロホルムで抽出した。抽出液を希塩酸で振とう、次いで水、飽和食塩水の順に洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶液を分離して濃縮後、得られた混合物をアルミナカラムクロマトグラフィーにかけ、ヘキサン−クロロホルム(1:1,V/V)の混合溶媒で展開すると、5−[4−(ピリジン−2−イル)−1,3−ブタンジニル]−5′−{4−[2,3,7,8,12,13,17,18‐オクタエチル−ポルフィリナトニッケル(II)−5−イル]−1,3‐ブタジイン‐1‐イル}−4,4′‐ジヘキシル−2,2′−ビチオフェン145mgが得られる。
黒紫色微結晶(ヘキサン−クロロホルム)
融点 >280℃
MS(FAB); m/z 1097, 1098
IR(KBr)cm-1; 2195, 2120
NMR(CDCl3)δ値; 9.41, 9.39, 8.61, 7.66, 7.51, 7.26, 6.99, 6.96, 4.15-3.77, 2.76,
2.70, 1.81-1.70, 0.92-0.86
UV(CHCl3)λmax; 410(sh), 448(sh), 475, 598
UV(CF3COOH-CHCl3)λmax; 410(sh), 487, 730
【産業上の利用可能性】
【0033】
拡張共役系一次元分子構造を有するオクタエチルポルフィリン誘導体は、製造が容易で、かつ、その分子の移動をpHおよび/または温度で制御することが可能な分子機能素子であり、分子モーターとしての機能は、細胞内で何らかのエネルギーを機械的な動きに変換することで、細胞が変形・移動し、細胞内で様々な高分子の輸送に利用することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】酸および/または熱を媒体とした分子モーター機能の概念図である。
【図2】(a)中性状態(25℃、クロロホルム中)、(b)酸性状態(25℃、トリフロオロ酢酸/クロロホルム中)、(c)酸性状態(80℃、トリフロオロ酢酸/クロロホルム中)での1H NMRスペクトル(600MHz)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
【化1】

「式中、Rは、アルキル基を;Mは、金属原子を、Xは硫黄原子または酸素原子を、Yは置換基を有していてもよい含窒素複素環式基を、それぞれ示す。」で表されるオクタエチルポルフィリン誘導体からなる分子機能素子。
【請求項2】
Xが硫黄原子、Yが6員環の含窒素複素環式基である請求項1記載の分子機能素子。
【請求項3】
6員環の含窒素複素環式基がピリジル基である請求項2記載の分子素子。
【請求項4】
Rが炭素数6〜12のアルキル基、Mがニッケル、パラジウム、白金または亜鉛原子である請求項1〜3記載の分子機能素子。
【請求項5】
【化2】

「式中、Rは、アルキル基を;Mは、金属原子を、Y1は置換基を有していてもよいピリジン−2−イルまたはピリジン−3−イル基を、それぞれ示す。」で表されるオクタエチルポルフィリン誘導体。
【請求項6】
Rが炭素数6〜12のアルキル基、Mがニッケル、パラジウム、白金または亜鉛原子である請求項5記載のオクタエチルポルフィリン誘導体。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−24692(P2008−24692A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−273759(P2006−273759)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】