説明

オリゴ糖鎖の生産方法

【課題】 糖鎖化合物の効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】 細胞に糖鎖プライマーを投与し、伸長されたオリゴ糖鎖を回収する糖鎖化合物の製造方法であって、高濃度の細胞を反応液に添加することで、糖鎖プライマーの伸長反応効率を高めることを特徴とする方法である。本発明によれば、細胞由来の有用な糖鎖化合物を安価且つ効率的に生産することが可能になることから、多種のオリゴ糖鎖を利用した製品の迅速な実用化が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を用いた糖鎖化合物の合成・生産方法に関し、より詳しくは、糖鎖伸長法による糖鎖合成において糖鎖生産効率を高め、生成量を増大させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖は構造が複雑であり、同じ生体分子であるDNAやタンパク質よりも産業上の利用の為の開発が遅れている。しかし、近年、糖鎖の研究が急速に進展し、産業上の利用への模索も進められてきている。特に、細胞分化、ガン化、免疫反応等への糖鎖の関わりについて新しい事実が明らかにされつつある。例えば、細胞表層における糖鎖は、タンパク質や脂質と相互作用することによって、生体内における細胞分化、ガン化、免疫反応等の重要なプロセスに関与している。また、糖鎖は、細胞表層における細胞認識、接着、細胞間のシグナル伝達において重要な役割を担っていることも明らかになってきている。
【0003】
従来からあるオリゴ糖鎖を生産する方法としては、化学合成および酵素を用いる方法があげられる。化学合成による方法では、一つのオリゴ糖鎖を得るための反応ステップは多く、特殊な技術も必要でコストが高いという欠点がある。また、酵素を用いる方法も、利用できる酵素が限定されることや、オリゴ糖鎖合成の原料となる糖ヌクレオチドなどの糖供与体も高価であることなどの欠点がある。
【0004】
最近、動物細胞を使用し、簡単な構造の糖鎖プライマーを培養細胞に投与すると、培養工程中にある細胞内でこの糖鎖プライマーに糖鎖が付加されて伸長されたオリゴ糖鎖が培養液中に分泌されることが報告されている(糖鎖伸長法:特許文献1、特許文献2、特許文献3)。この方法を用いると、培養細胞や糖鎖プライマーの種類を変えることにより、多様な糖鎖を合成することができ、多様な糖鎖生産への応用が試みられている。
【0005】
しかしながら、この糖鎖伸長法では付着性細胞などを用いた場合に、培養工程中に伸張反応を行うため、底面積の制限から細胞濃度を高めにくいという問題が生じ、結果的に糖鎖プライマーによる細胞への毒性等が出てしまい投与量が制限されることや、転換効率が低いというようなことから、更なる生産性の向上が望まれていた。
【特許文献1】特開2000−247992
【特許文献2】WO2002/081723
【特許文献3】特開2003−274993
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記現状に鑑み、糖鎖伸長法による糖鎖合成において、効率的にオリゴ糖鎖を合成・生産させることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、驚くべきことに懸濁状態にある高濃度の細胞と糖鎖プライマーを混合することにより、オリゴ糖鎖の生産効率が向上することを見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
すなわち、本発明は、懸濁状態にある細胞に糖鎖プライマーを投与し、伸長されたオリゴ糖鎖を回収する糖鎖化合物の製造方法であって、懸濁状態にある高濃度の細胞を反応液と混ぜ、静置或いは撹拌しておくだけで、オリゴ糖鎖を効率的に生産する方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、糖鎖伸長法によるオリゴ糖鎖の生産において、培地量当たりの糖鎖生産量を単純に懸濁状態にある細胞と糖鎖プライマーを混合するだけで高められ、更には細胞を培養する工程を省くことができるため、工程を大幅に短縮できる。また従来法では、特に付着細胞を用いた場合において細胞濃度を高め難いという障壁のために、糖鎖プライマーによる細胞毒性が生じ、プライマー濃度を高めることが出来なかった点を克服することが可能となり、結果的に糖鎖の生産効率を大幅に向上させることができる。従って、人型糖鎖を始めとする動物細胞由来の有用な糖鎖化合物を安価に大量生産することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明では、懸濁状態にある細胞に糖鎖プライマーを投与し、伸長されたオリゴ糖鎖を回収する糖鎖化合物の製造法において、懸濁状態にある高濃度の細胞と糖鎖プライマーを混合し、静置或いは撹拌して反応させることにより、細胞による糖鎖生産の工程数、糖鎖プライマーが細胞へ与える毒性を減らし、更には投与した糖鎖プライマーの伸長反応効率を高める方法である。
【0011】
ここで言う高濃度とは細胞を前培養せずに、回収した培養細胞や生物体より調整された細胞を懸濁液の状態で保持することを意味し、懸濁液の細胞濃度としては1×105cells/mlから1×1010cells/ml が好ましく、更に好ましくは2×105cells/mlから1×10cells/mlcellsが好ましい。 糖鎖伸長に用いる細胞としては、ヒト由来、マウス由来、サル由来、ラット由来などの哺乳動物細胞が挙げられ、特にB16マウスメラノーマ細胞、ラットPC12細胞、マウスNeuro2a細胞、ラットRBL−2H3細胞、ヒトMOLT−4細胞、ヒトHL−60細胞、サル腎臓由来ベロ細胞などが好適に用いられ得るが、これら細胞に限定されるものではなく、培養細胞や生物体から調製された細胞であれば良い。
ただ付着性細胞を本法に用いた場合にはプレートに細胞を播種した後、接着面積の限界が原因で細胞濃度を高められないという不利な点を解決できる点でより好ましい。
【0012】
糖鎖化合物が得られるような条件とは、例えば、上記の動物細胞を、室温から45℃までの温度の間で1時間から70時間までの間の時間で、糖鎖プライマー及び1×105cells/mlから1×1010cells/mlまでの濃度の細胞を添加した反応液を静置あるいは撹拌しながら反応を行い、糖鎖伸長反応を行うことなどである。
【0013】
ここで、糖鎖プライマーは、用いられる細胞種、所望の糖鎖構造により任意に選択することができる。好ましい糖鎖プライマーの例としては、式(I):
(G1)x(G2)y(G3)z−L−N3
や、式(2):
(G1)x(G2)y(G3)z−L−H
で表される化合物が挙げられる。
【0014】
ここで、式中、G1、G2及びG3は、それぞれ独立して環状構造の単糖残基又はその誘導体であり、Lは、−O−(CH2)m−、−S−(CH2)m−、及び−NH−(CH2)m−から選択される連結基であり;x、y、及びzは、それぞれ独立して0〜10の整数であり、好ましくは0〜5、さらに好ましくは0から3であり、x、y及びzの全てが同時に0であることはない。また、mは、8〜20の整数であり、好ましくは8〜16、特に好ましくは12である。単糖としては、限定はされないが、ペントース及びヘキソースを使用するのが好ましい。またアルドース、ケトースのいずれも使用することができる。
【0015】
このような糖鎖プライマーと懸濁状態にある細胞を混合して静置もしくは攪拌することにより、細胞は、プライマーを取り込み、その糖鎖部分に更に糖を付加してグリコシル化し、その糖付加生成物を細胞内には蓄積せずに細胞外に高濃度に分泌する。付加される糖は、細胞により異なる。
【0016】
以下に、本発明の糖鎖化合物の具体例を実施例の態様で示すが、本発明はこれに限定されない。
【実施例】
【0017】
(実施例1)
まず、触媒としてルイス酸であるboron trifluoride etherate (BF3・OEt2)とアルコールを用いてグリコシル化を行った後、脱アセチル化反応を行うことにより、糖鎖プライマー:ドデシル−βラクトシドを得た(Murozuka, Y., Kasuya, M. C., Kobayashi, M., Watanabe, Y., Sato, T. and Hatanaka, K. 2005, Chemistry and Biodiversity, 2, 1063, Kasuya, M. C., Wang, L., Lee, Y. C., Mitsuki, M., Nakajima, N., Sato, T., Hatanaka, K., Yamagata, S. and Yamagata, T. 2000, Carbohydr. Res., 329, 755.)。
【0018】
100mmのディッシュ及び20ml容量のバイアル瓶に、細胞数2×10から1×10cellsのマウスメラノーマB16細胞及びサルの腎臓由来であるベロ細胞をそれぞれ7mlの終濃度50μMのドデシル−βラクトシド、1%のITS−Xサプリメント(GIBCO社製)、1% Antibiotic−Antimycotic(100×)を添加したDMEM/F12培地に置換し、更に、COインキュベーターの中で37℃にて48時間培養し、糖鎖伸長反応を行った。反応中、100mmのディッシュは静置しておき、20ml容量のバイアル瓶は、中にミクロ撹拌子を入れ通気性シートAirPore Tape Sheets(QIAGEN)を被せ、反応中細胞が沈まない程度に低速で撹拌した。
【0019】
コントロールについては、通常の生産方法に従い、100mmのディッシュに、細胞数2×10cellsのマウスメラノーマB16細胞及びサルの腎臓由来であるベロ細胞をそれぞれ7mlの10% FBS、1% Antibiotic−Antimycotic(100×)及び0.1から50μMのフモニシンB1含むDMEM/F12培地(インビトロジェン)に懸濁して播き、COインキュベーターの中で37℃にて48時間、前培養を行った。前培養後、終濃度50μMのドデシル−βラクトシド、1%のITS−Xサプリメント(GIBCO社製)、1% Antibiotic−Antimycotic(100×)、前培養時と同濃度のフモニシンB1を添加したDMEM/F12培地に置換し、更に、COインキュベーターの中で37℃にて48時間培養し、糖鎖伸長反応を行った。
【0020】
糖鎖伸長反応後、培地を回収し、更にディッシュ表面やバイアル瓶内壁を1.5mlのPBSで洗浄することにより、培地上清全量を回収した。回収した培地上清中に含まれる糖鎖化合物については、遠心分離(12,000rpm、10分間)により細胞を除去した後、Sep−Pak C−18カラム(Waters)を用いて精製し、培地画分の脂質抽出物を得た。
【0021】
上記の操作により得られた、脂質抽出物を50μlのクロロホルム/メタノール(2:1)に溶解し、HPTLC分析した結果を図1に示す。また、デンシトグラム化し、糖鎖プライマー由来の糖鎖伸長産物であるGM3型糖鎖化合物を定量した結果を図2に示す。
図1、2より細胞数を増やす(高濃度の細胞と糖鎖プライマーを混合)ことでGM3型糖鎖の生産を増強できることが可能となった。またこの生産性向上は静置でも攪拌でも達成することができた。
(実施例2)
触媒としてルイス酸であるboron trifluoride etherate (BF3・OEt2)と、アルコールあるいはアジド基を導入したアルコールを用いてグリコシル化を行った後、脱アセチル化反応を行うことにより、アジド基が導入された糖鎖プライマー(12アジド−ドデシル−βラクトシド)を得た(Murozuka, Y., Kasuya, M. C., Kobayashi, M., Watanabe, Y., Sato, T. and Hatanaka, K. 2005, Chemistry and Biodiversity, 2, 1063, Kasuya, M. C., Wang, L., Lee, Y. C., Mitsuki, M., Nakajima, N., Sato, T., Hatanaka, K., Yamagata, S. and Yamagata, T. 2000, Carbohydr. Res., 329, 755.)。
【0022】
100mmのディッシュ及び20ml容量のバイアル瓶に、細胞数4×10cellsのサルの腎臓由来ベロ細胞をそれぞれ7mlの終濃度50から250μMの12アジド−ドデシル−βラクトシド、1%のITS−Xサプリメント(GIBCO社製)、1% Antibiotic−Antimycotic(100×)を添加したDMEM/F12培地に置換し、更に、COインキュベーターの中で37℃にて48時間培養し、糖鎖伸長反応を行った。反応中、100mmのディッシュは静置しておき、20ml容量のバイアル瓶は、中にミクロ撹拌子を入れ通気性シートAirPore Tape Sheets(QIAGEN)を被せ、反応中細胞が沈まない程度に低速で撹拌した。
【0023】
糖鎖伸長反応後、培地を回収し、更にディッシュ表面やバイアル瓶内壁を1.5mlのPBSで洗浄することにより、培地上清全量を回収した。回収した培地上清中に含まれる糖鎖化合物については、遠心分離(12,000rpm、10分間)により細胞を除去した後、Sep−Pak C−18カラム(Waters)を用いて精製し、培地画分の脂質抽出物を得た。
【0024】
上記の操作により得られた、脂質抽出物を50から250μlのクロロホルム/メタノール(2:1)に溶解し、HPTLCに供した。糖鎖プライマー由来の糖鎖伸長産物であるGM3型及びGb3型糖鎖化合物を、HPTLCにより定量した結果を図3に示す。
その結果、従来のように培養細胞に糖鎖プライマーを添加して培養を行った場合に比べ、
細胞と糖鎖プライマーを反応液中で混合し、細胞を高濃度にすることで、従来法で用いる糖鎖プライマー濃度では細胞に対する毒性が出て十分に糖鎖化合物が生産されない場合でも糖鎖化合物が高生産可能であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】高濃度の細胞を用いて反応させた場合の糖脂質化合物の合成量への影響についてHPTLCにて分析した結果を示す。
【図2】高濃度の細胞での反応時における、糖脂質化合物の合成量を示す。
【図3】高濃度の細胞を用いて反応させた場合の、糖鎖プライマー濃度が糖脂質化合物の合成量に及ぼす影響を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞に糖鎖プライマーを投与し伸長されたオリゴ糖鎖を回収する糖鎖化合物の製造方法であって、懸濁状態にある細胞と糖鎖プライマーを混合した反応液中において糖鎖化合物の生産性を向上させることを特徴とする糖鎖化合物の製造方法。
【請求項2】
細胞と糖鎖プライマーを混合した反応液中の細胞が高濃度の細胞であることを特徴とする請求項1記載の糖鎖化合物の製造方法。
【請求項3】
付着性の細胞を用いることを特徴とする請求項1記載の糖鎖化合物の製造方法。
【請求項4】
反応液を静置して反応することを特徴とする請求項1〜3記載の糖鎖化合物の製造方法。
【請求項5】
反応液を撹拌して反応することを特徴とする請求項1〜3記載の糖鎖化合物の製造方法。
【請求項6】
細胞の濃度が2×105 cells/ml以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の糖鎖化合物の製造方法。
【請求項7】
細胞が培養細胞や生物体から調製された細胞であることを特徴とする請求項1〜6記載の糖鎖化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−118800(P2009−118800A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−297645(P2007−297645)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】