説明

オーステナイト系耐熱鋳鋼

【課題】低Ni化を図りながら、安定したオーステナイト相を得ることができ、それにより、高温強度と靱性の両立を可能としたオーステナイト系耐熱鋳鋼を提供する。
【解決手段】鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼であって、全体を100質量%(以下、単に「%」と表示する。)としたときに、炭素(C):0.4〜0.8%、ケイ素(Si):3.0%以下、マンガン(Mn):0.5〜2.0%、リン(P):0.05%以下、硫黄(S):0.03〜0.2%、クロム(Cr):18〜23%、ニッケル(Ni):3.0〜8.0%、窒素(N):0.05〜0.4%を含有すると共に、炭素(C)に対するクロム(Cr)の割合を22.5≦Cr/C≦57.5の範囲とする。また、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)およびニオブ(Nb)の1種または2種以上を合計で0.2%未満含有するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオーステナイト系耐熱鋳鋼に関し、特に、熱疲労特性に優れたオーステナイト系耐熱鋳鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系耐熱鋳鋼において、例えば950℃以上での優れた熱疲労特性を備えるには、高温強度特性に優れることと、常温から高温までの靱性に優れることが必要であり、その課題を解決するための耐熱鋳鋼が、特許文献1や特許文献2などに記載されており、特許文献1には、全体を100質量%としたときに、炭素(C):0.5〜1.5%、ケイ素(Si):0.01〜2%、マンガン(Mn):3〜20%、リン(P):0.03〜0.2%、ニッケル(Ni):3〜20%、クロム(Cr):10〜25%、ニオブ(Nb):0.5〜4%およびアルミニウム(Al):0.1%以下を含有すると共にモリブデン(Mo)とタングステン(W)の1種または2種を合計で1.5〜6%含有し、残部が主として鉄(Fe)からなる耐熱鋳鋼が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−269979号公報
【特許文献2】特開2002−194511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Cは高温強度の向上と鋳造性の改善に有効であり、またオーステナイト相安定化元素として作用することも知られている。Crは高温強度の改善に有効であるが、多量に添加すると靱性が低下することも知られている。さらに、NiはCrと共存することにより高温強度の向上に寄与し、オーステナイト相を安定化させることも知られている。そのような観点から、従来のFeをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼では、Cを0.3〜0.8%程度、Crを10〜25%程度、Niを10〜21%程度を含有したものが多く用いられており、JIS規格でも、SCH12、SCH22などとして規定されている。
【0005】
近年、Niはますます稀少元素となりつつあり、コストも高騰してきている。そのために、オーステナイト系耐熱鋳鋼においても低Ni化が求められる傾向にあるが、Ni含有量が低くなると基地組織が均一なオーステナイト相が得られず、高温強度が低下するので、高温強度特性を維持しながら低Ni化することは容易でない。強度向上の点からは、V、Mo、W、Nbなどの元素を添加することが有効であるが、これらの元素は靱性を低下させる傾向にあり、高温強度と靱性の両立は困難であって、実際的な解決策とはならない。
【0006】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、低Ni化を図りながら、安定したオーステナイト相を得ることができ、それにより、高温強度と靱性の両立を可能としたオーステナイト系耐熱鋳鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは多くの実験と研究を鋭意行うことにより、鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、(a)Ni代替元素であるC、MnおよびNを所定量添加することで、Ni添加量を少なくしてもオーステナイト相の安定化が可能であること、(b)C、NおよびCrを適量添加することで高温強度の確保が可能なこと、(c)C−Cr比を適正な範囲とすることで、基地組織へのCrの固溶量を確保することができ、所要の高温強度特性を得ることができること、を知見した。さらに、(d)炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の添加量を一定値未満とすることにより、オーステナイト粒界に炭化物が析出することによる靱性低下を阻止できることを知見した。本発明は、上記の知見に基づくものである。
【0008】
すなわち、本発明による鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼は、全体を100質量%(以下、本明細書では、単に「%」と記載する。)としたときに、炭素(C):0.4〜0.8%、ケイ素(Si):3.0%以下、マンガン(Mn):0.5〜2.0%、リン(P):0.05%以下、硫黄(S):0.03〜0.2%、クロム(Cr):18〜23%、ニッケル(Ni):3.0〜8.0%、窒素(N):0.05〜0.4%を含有すると共に、炭素(C)に対するクロム(Cr)の割合が、22.5≦Cr/C≦57.5の範囲であることを特徴とする。
【0009】
上記の本発明によるFeをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼は、Niの量が3.0〜8.0%の範囲であるため、現在一般に使用されているオーステナイト系耐熱鋳鋼と比較して低コストが図れる。また、従来はNi量が13%程度以下ではオーステナイト相の安定化が図れなかったが、Ni当量(Nieq=Ni%+0.3C%+0.5Mn%+26(N%−0.02)+2.77)から計算される量のC、MnおよびNを添加したことにより、従来材と同等以上の高強度が得られる。さらに、Cに対するCrの割合を22.5≦Cr/C≦57.5の範囲に設定したことにより、オーステナイト基地組織へのCrの所要の固溶量を確保することができ、それによって所要の高温強度特性を確保することができる。
【0010】
本発明によるFeをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、好ましくは、炭化物生成元素であるV、Mo、WおよびNbを含まないか、含む場合でも、含有量は、その1種または2種を合計で0.2%未満である。
【0011】
基地組織であるオーステナイト相へのCrの固溶量はC量により変化する。一方、炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の含有は、オーステナイト粒界に炭化物が析出することによる靱性の低下と、オーステナイト相中のC固溶量低下によるCr固溶量の低下に伴う強度低下を生じさせる。本発明によるオーステナイト系耐熱鋳鋼において、前記のように、Cに対するCrの割合を22.5≦Cr/C≦57.5の範囲とし、かつ、炭化物生成元素であるV、Mo、WおよびNbを含まないか、含む場合でも、その1種または2種以上を合計で0.2%未満とすることにより、上記の不都合は解消される。
【0012】
本発明によるオーステナイト系耐熱鋳鋼において、各成分の範囲を上記のように限定した理由は次のとおりであり、後に示す実施例によって、それの値はより具体的に説明される。
【0013】
:Cは、オーステナイト安定化元素として作用すると共に、高温強度の向上と鋳造性の改善に有効である。しかし、0.4%未満ではその効果が少なく、0.8%を超えると靱性が低下する。
【0014】
Si:Siは、耐酸化性と鋳造性の改善に有効であるが、3%を超えると靱性が低下する。
【0015】
Mn:Mnは、オーステナイト安定化元素である。本発明においては、Ni含有量が、従来の13%程度から3.0〜8.0%に低減したので、前記したNi当量(Nieq=Ni%+0.3C%+0.5Mn%+26(N%−0.02)+2.77)から、0.5〜2.0%の添加が必要となる。2%を超えると、950℃引張強度が低下する。
【0016】
P、S:これらの元素は多量に添加すると加熱冷却の繰り返しによる熱劣化が発生しやすくなり、靱性も低下するため、Pの上限値を0.05%、Sの上限値を0.2%とした。また、SについてはMnと化合してMnS化合物を生成することで切削性が向上するが、0.03%未満ではその効果が十分でないために、下限値を0.03%とした。
【0017】
Cr:Crは、高温強度の改善に有効であるが、18%未満ではその効果が十分でない。一方、多量に添加すると靱性が低下するために、上限を23%とした。
【0018】
Ni:NiはCrと共存することにより高温強度の向上に寄与し、オーステナイト相を安定化する。従来の鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼では、13%未満でその効果が十分でなくなるが、本発明では、前記したように、Ni当量(Nieq=Ni%+0.3C%+0.5Mn%+26(N%−0.02)+2.77)から計算される量のC、MnおよびNを添加したことにより、3.0〜8.0%の範囲でNiを添加することで、従来材と同等以上の高温強度を備えた耐熱鋳鋼が得られる。
【0019】
:Nは、高温強度の向上とオーステナイト相の安定化、組織の微細化に有効である。しかし、0.05%未満ではその効果は十分でなく、0.4%を超える添加は歩留まりが極端に低下して、ガス欠陥の原因となる。
【0020】
V、Mo、W、Nb:添加により靱性が低下し、高拘束時の熱疲労特性を低下させるため、含有量の合計でを0.2%未満とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、低Ni化を図りながら、基地組織中に安定したオーステナイト相を得ることができ、それにより、高温強度と靱性の両立を可能としたオーステナイト系耐熱鋳鋼が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明材と比較材での熱疲労試験の結果を示すグラフ。
【図2】本発明材と比較材での常温から高温までの引張試験の結果を示すグラフ。
【図3】本発明材と比較材の各試材のCr/Cの値と破断回数(n)の関係を、Cr/Cの値を横軸に、破断回数(n)を縦軸としてプロットしたグラフ。
【図4】本発明材と比較材でのC含有量と湯流れ長さの関係を示すグラフ。
【図5】本発明材と比較材でのC含有量と常温での伸びの関係を示すグラフ。
【図6】本発明材と比較材でのSi含有量と常温での伸びの関係を示すグラフ。
【図7】本発明材と比較材でのMn含有量と950℃での引張強さの関係を示すグラフ。
【図8】本発明材と比較材でのS含有量と熱疲労寿命(破断回数(n))との関係を示すグラフ。
【図9】本発明材と比較材でのS含有量と刃具寿命を示すグラフ。
【図10】本発明材と比較材でのP含有量と常温での伸びの関係を示すグラフ。
【図11】本発明材と比較材でのCr含有量と950℃での引張強さの関係を示すグラフ。
【図12】本発明材と比較材でのCr含有量と950℃での伸びの関係を示すグラフ。
【図13】本発明材と比較材でのN含有量と950℃での引張強さの関係を示すグラフ。
【図14】本発明材と比較材でのN含有量とその歩留まりの関係を示すグラフ。
【図15】本発明材と比較材でのNiの含有量の違いと950℃での引張強さの関係を示すグラフ。
【図16】本発明材と比較材での炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の含有量と熱疲労寿命(破断回数(n))の関係を示すグラフ。
【実施例】
【0023】
以下、実施例と比較例により、本発明をより具体的に説明する。
[実施例1]
表1に示す組成を持つ、Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼の各試材(本発明材1、比較材1、2)を鋳造により得た。鋳造は、50kg高周波誘導炉を用いて大気溶解を行い、Fe−Si(75重量%)により脱酸処理を行った。なお、比較材1はJIS規定のSCH12相当、比較材2はJIS規定のSCH22相当の一般材である。
【0024】
本発明材1および比較材1、2について、熱疲労試験を行った。その結果を図1に示した。この熱疲労試験は、電気−油圧サーボ式の熱疲労試験機により、試験片(標点距離:15mm、標点径:φ8mm)を用い、上限・下限温度の中央となる温度からの加熱による試験片の熱膨張伸びを100%拘束率(機械的に完全拘束させた状態)で、1サイクル9分とする加熱冷却サイクル(下限温度:200℃、上限温度950℃)を繰り返し、試験片が完全切断するまでの繰り返し数によって熱疲労特性を評価した。
【0025】
また、常温から高温までの引張試験を行った。試験はJISZ2241およびJISG0567の規定に準拠し、常温、200℃、400℃、600℃、700℃、800℃、900℃、から950℃の各温度で行い、その結果を図2に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
[評価]
図1から、本発明材1と比較材1、2を比較すると、本発明材1は熱疲労特性が著しく向上しているのがわかる。また、図2から、引張強さについては、本発明材1は、比較材1、2よりNi含有量が低いが、オーステナイト相安定元素であるC、Mn、Nが合計で1.93%含まれており、それがオーステナイト相を安定化させるために、10%Niを含有する比較材1よりも優れており、21%Niを含有する比較材2と同等となっている。また、図2から、本発明材1と比較材1、2を比較すると、本発明材1は伸びが向上しているのがわかる。すなわち、本発明材1では、引張強さと靱性を両立することで熱疲労特性が向上している。
【0028】
[実施例2](Cr/Cの範囲および炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の含有範囲についての実施例)
Cr/Cの範囲と、炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の含有範囲について、検証した。実施例1と同様にして、表2に示す組成を持つ各試材(本発明材1〜8、比較材1〜8)を鋳造により得た。各試材について、実施例1と同様にして熱疲労試験を行い、破断までの回数を表2に破断回数(n)として示した。また、図3には、Cr/Cの値を横軸に、破断回数(n)を縦軸として、各試材をプロットした。なお、図3において、本発1〜8は本発明材1〜8を示し、比1〜8は比較材1〜8を示す。また、表2において、本発明材1および比較材1、2は、表1に示したと同じ試材である。
【0029】
【表2】

【0030】
[評価]
表2および図3に示すように、Cr/C比が22.5≦Cr/C≦57.5の範囲である本発明材1〜8は、破断回数が142以上であり、比較材1〜8を大きく上回っている。このことから、本発明材1〜8は、比較材1〜8と比較して、熱疲労特性が著しく向上しているのがわかる。また、比較材5〜8は、Cr/C比は本発明の範囲であるが、炭化物生成元素であるV、Mo、W、Nbのいずれかを0.2%含むために、靱性が低下したことで、熱疲労特性が本発明材と比較して劣っている。
【0031】
[実施例3](Cの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Cは高温強度の向上と鋳造性の向上に有効であることが知られている。そこで、本発明において、C含有量が0.4〜0.8%の範囲が適切であることの検証を行った。実施例1と同様にして、表3に示す組成を持つ各試材(本発明材9〜11、比較材9、10)を鋳造により得た。各試材について、湯流れ性を評価する断面形状(9×7mm)の渦巻き試験片に注湯温度1500℃で鋳造した。その結果を、図4に、C含有量を横軸とし、湯流れ長さを縦軸として示した。
【0032】
【表3】

【0033】
さらに、実施例1と同様にして、表4に示す組成を持つ各試材(本発明材1.12、13、比較材11、12)を鋳造により得た。各試材について、常温でJISZ2241の規定に準拠した引張試験を行った。その結果を、図5に、C含有量を横軸とし、伸び(%)を縦軸として示した。なお、表4において、本発明材1は、実施例1でのものと同じ試材である。
【0034】
【表4】

【0035】
[評価]
図4に示されるように、C含有量が0.4%未満では湯流れ長さが急激に低下しており、鋳造性が悪くなることがわかる。また、図5に示されるように、C含有量が0.8%を超えると伸びが著しく低下しているのがわかる。これにより、本発明において、Cが0.4〜0.8%の範囲が適切であることが検証される。
【0036】
[実施例4](Siの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Siは、耐酸化性と鋳造性の改善に有効であるが、含有量が大きくなると靱性が低下することが知られている。そこで、本発明において、Si含有量は0.3%以下であることが適切であることの検証を行った。実施例1と同様にして、表5に示す組成を持つ各試材(本発明材1、14、15、比較材13)を鋳造により得た。各試材について、常温でJISZ2241の規定に準拠した引張試験を行った。その結果を、図6に、Si含有量を横軸とし、伸び(%)を縦軸として示した。なお、表5において、本発明材1は、実施例1でのものと同じ試材である。
【0037】
【表5】

【0038】
[評価]
図6に示されるように、Si含有量が増すと共に伸びが低下しており、3%を超えると著しく低下している。これにより、本発明において、Si含有量が0.3%以下であることが適切であることが検証される。
【0039】
[実施例5](Mnの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Mnはオーステナイト安定化元素として有効に機能するが、所要量を超えると引張強度が低下することが知られている。そこで、本発明において、Mn含有量は2.0%未満が適切であることの検証を行った。実施例1と同様にして、表6に示す組成を持つ各試材(本発明材1、16、17、比較材14)を鋳造により得た。各試材について、JISG0567の規定に準拠した950℃での引張試験を行った。その結果を、図7に、Mn含有量を横軸とし、950℃引張強さ(Mpa)を縦軸として示した。なお、表6において、本発明材1は、実施例1でのものと同じ試材である。
【0040】
【表6】

【0041】
[評価]
図7に示されるように、Mn含有量が増すと共に引張強さが低下するが、2%を超えると著しく低下している。これにより、本発明において、Mn含有量が2.0%以下であることが適切であることが検証される。
【0042】
[実施例6](Sの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Sは、多量に添加すると加熱冷却の繰り返しによる熱劣化が発生しやすくなり、靱性も低下することが知られている。また、Sは、Mnと化合してMnS化合物を生成することで切削性が向上するが、所定量以下ではその効果が十分でない。そこで、本発明においてS含有量は0.03〜0.2%の範囲が適切であることの検証を行った。
【0043】
実施例1と同様にして、表7に示す組成を持つ各試材(本発明材1、2、4、比較材15)を鋳造により得た。各試材について、実施例1と同様に熱疲労試験を行った。その結果を、図8に、S含有量を横軸とし、破断回数(n)を縦軸として示した。
【0044】
【表7】

【0045】
さらに、実施例1と同様にして、表8に示す組成を持つ各試材(本発明材1、18、比較材1、2)を鋳造により得た。各試材について、切削速度:100m/min、送り量:0.2mm/rev、送り込み量:1mmの切削条件で、刃具摩耗0.3mmとなる加工時間を比較し、比較材2を100として場合の寿命を比較した。その結果を、図9に示した。なお、表8において、本発明材1、比較材1、2は、実施例1でのものと同じ試材である。
【0046】
【表8】

【0047】
[評価]
図8に示されるように、S含有量が0.2%を超えると、熱疲労寿命が著しく低下することがわかる。また、図9に示すように、S含有量が0.03%未満では被削性の大きな向上は見られない。このことから、本発明において、S含有量が0.03〜0.2%の範囲であることが適切であることが検証される。
【0048】
[実施例7](Pの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Pは、多量に添加すると伸びが著しく低下することが知られている。そこで、本発明においてP含有量は0.05%以下であることが適切であることの検証を行った。
【0049】
実施例1と同様にして、表9に示す組成を持つ各試材(本発明材1、19、20、比較材16)を鋳造により得た。各試材について、常温でJISZ2041の規定に準拠した引張試験を行った。その結果を、図10に、P含有量を横軸とし、常温伸び(%)を縦軸として示した。
【0050】
【表9】

【0051】
[評価]
図10に示されるように、P含有量が0.05%を超えると伸びが著しく低下することがわかる。このことから、本発明において、P含有量が0.05%以下であることが適切であることが検証される。
【0052】
[実施例8](Crの含有量についての実施例)
本発明において、Crが18〜23%の範囲が適切であることを検証した。試験は、実施例1と同様にして、表10に示す組成を持つ各試材(本発明材1、21、22、比較材17、18)を鋳造により得、各試材について、950℃でJISG0567の規定に準拠した引張試験を行った。その結果を、Cr含有量を横軸とし、伸び強さ(Mpa)を縦軸として、図11に示した。また、伸びについてもCr含有量を横軸とし、伸び(%)を縦軸として、図12に示した。なお、表10において、本発明材1は表1に示したものと同じ試材である。
【0053】
【表10】

【0054】
[評価]
図11に示されるように、Crが18%未満のもの(比較材17)は引張強さが著しく低下した。これはCr量の減により基地組織中に固溶するCr量が減少するためである。また、伸びについては図12に示すとおりCr量増加に伴い靱性は低下するが、比較材18のように23%を超えると著しく低下することがわかる。これにより、本発明において、Cr含有量は18〜23%の範囲が適切であることが検証される。
【0055】
[実施例9](Nの含有量についての実施例)
Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼において、Nは高温強度の向上とオーステナイト相の安定化、組織の微細化に有効であることが知られている。しかし、少なすぎるとその効果が十分でなく、また多量に添加すると靱性が低下する。そこで、本発明において、Nの含有量が0.05〜0.4%の範囲であることが適切であることを検証した。
【0056】
試験は、実施例1と同様にして、表11に示す組成を持つ各試材(本発明材23、24、25、比較材19、20)を鋳造により得、各試材について、950℃でJISZ2241の規定に準拠した引張試験を行った。その結果をN含有量を横軸とし、950℃引張強さ(MPa)を縦軸として、図13に示した。また、Nの添加量と歩留まりを測定し、その結果を図14に示した。
【0057】
【表11】

【0058】
[評価]
図13に示されるように、Nの含有量が0.05%未満では、引張強さが著しく低下して高温強度の向上効果が得られない。0.1%を超えると、N量増に伴い高温強度が向上することがわかる。また、図14に示されるように、Nの含有量増に伴い歩留まりが低下するが、0.4%を超えると著しく低下する。このことから、本発明において、Nの含有量は0.05〜0.4%の範囲が適切であることが検証される。
【0059】
[実施例10](Niの含有量についての実施例)
従来一般的に用いられているFeをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼は、Niが13%未満では、高温強度およびオーステナイトの安定化が十分でなくなっていたが、本発明材では、前記したようにNi当量((Nieq=Ni%+0.3C%+0.5Mn%+26(N%−0.02)+2.77)から計算される量のC、MnおよびNの添加により、Ni3〜8%の範囲の添加で、従来材と同等またはそれ以上の耐酸化性および高温強度が得られる。それを検証するために、950℃での引張強さについて、さらに追加的試験を行った。
【0060】
試験は、実施例1と同様にして、表12に示す組成を持つ各試材(本発明材1、26〜29、比較材1、2)を鋳造により得、各試材について、950℃でJISG0567の規定に準拠した引張試験を行った。その結果を、図15に示した。なお、表12において、本発明材1と比較材1、2は、表1に示したものと同じ試材である。
【0061】
【表12】

【0062】
[評価]
図15に示すように、本発明材は、比較材1よりは高い高温強度(950℃引張強さ)が得られており、また比較材2と同等の高温強度が得られている。これにより、本発明において、Ni当量((Nieq=Ni%+0.3C%+0.5Mn%+26(N%−0.02)+2.77)から計算される量のC、MnおよびNの添加により、Ni3〜8%の範囲の添加で、高い高温強度が得られることが裏付けられる。
【0063】
[実施例11](炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の含有量についての実施例)
実施例2に示したように、炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)は、添加により靱性が低下して、高拘束時の熱疲労特性を低下させるために、本発明においては、それらの含有量は、0.2%未満であることが適切であることを実証したが、ここでは、0%〜0.2%の間の含有量においては、実用上十分に使用できる熱疲労寿命を備えた、本発明によるFeをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼が得られることを実証する。
【0064】
実施例1と同様にして、表13に示す組成を持つ各試材(本発明材1、29〜36、比較材5〜8)を鋳造により得た。各試材について、実施例1、2と同様にして熱疲労試験を行い破断までの回数を求めた。その結果を図16に示した。
【0065】
なお、表13において、本発明材28、29と比較材6はMoを添加した材であり、本発明材30、31と比較材7はWを添加した材であり、本発明材32、33と比較材5はVを添加した材であり、本発明材34、35と比較材8はNbを添加した材である。また、本発明材1は表1に示したものと同じ試材であり、比較材5〜8は実施例2での比較材5〜8と同じものである。
【0066】
【表13】

【0067】
[評価]
図16に示すように、炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)を含まない試材は、大きな破断回数(n)を示し、含有量の増加と共に破断回数が低下するが、0.2%未満では、十分実用に供しうる値の破断回数を示している。この実施例からも、本発明において、炭化物生成元素(V、Mo、W、Nb)の1種または2種以上を合計で0.2%未満含有していても、熱疲労特性に優れたオーステナイト系耐熱鋳鋼が得られることが実証される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼であって、
全体を100質量%(以下、単に「%」と表示する。)としたときに、炭素(C):0.4〜0.8%、ケイ素(Si):3.0%以下、マンガン(Mn):0.5〜2.0%、リン(P):0.05%以下、硫黄(S):0.03〜0.2%、クロム(Cr):18〜23%、ニッケル(Ni):3.0〜8.0%、窒素(N):0.05〜0.4%を含有すると共に、
炭素(C)に対するクロム(Cr)の割合が、22.5≦Cr/C≦57.5の範囲であることを特徴とするオーステナイト系耐熱鋳鋼。
【請求項2】
鉄(Fe)をベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼であって、
全体を100質量%(以下、単に「%」と表示する。)としたときに、炭素(C):0.4〜0.8%、ケイ素(Si):3.0%以下、マンガン(Mn):0.5〜2.0%、リン(P):0.05%以下、硫黄(S):0.03〜0.2%、クロム(Cr):18〜23%、ニッケル(Ni):3.0〜8.0%、窒素(N):0.05〜0.4%を含有すると共に、
炭素(C)に対するクロム(Cr)の割合が、22.5≦Cr/C≦57.5の範囲であり、
バナジウム(V)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)およびニオブ(Nb)の1種または2種以上を合計で0.2%未満含有することを特徴とするオーステナイト系耐熱鋳鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−219801(P2011−219801A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−88629(P2010−88629)
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)