説明

カサゴ細胞株

【課題】カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ組織から樹立した細胞株を提供すること。
【解決手段】カサゴ細胞株は、カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ由来の繊維芽様細胞である。リン酸緩衝食塩水で、培養容器壁から剥離可能である。
この細胞株を用いれば、カサゴの薬物耐性や、環境変化に対する応答性などを短時間且つ低コストで調査することが可能となり、しかも再現性の高いデータの取得が可能になる。この細胞株を用いれば、細胞にダメージを与えることなく細胞培養や継代操作を行うことができる。
カサゴ細胞に関する研究の進展を促進することができ、カサゴの生態解明やカサゴの養殖の実現に有効であり、食料としての利用性も向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆるカサゴの組織細胞に由来する細胞株に係り、更に詳細には、カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴ(Sebastiscus marmoratus)の尾ヒレ組織から樹立した細胞株に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、カサゴは、いわゆる高級魚として知られているが、岩礁地帯を生息場とし、移動が余り大きくなく、地元優先に連なるとの理由から、近年は栽培漁業の放流魚の対象になってきている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】改訂版新水産ハンドブック、第171頁、川島 利兵衛、田中 昌一、塚原 博、野村 稔、隆島 史夫、豊水 正道、浅田 陽治、講談社、1990年9月10日改訂版第3刷発行
【0003】
また、カサゴについては、健康な産出仔魚を安定して大量に確保することが困難であることを背景として、活力の高い仔魚を早期に選別して、その後の飼育に供したいという要請があり、これに対して、早期に仔魚の活力を定量的に評価可能な活性評価法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−325521号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、カサゴ組織細胞の細胞株を樹立した旨の報告は見当たらない。
よって、カサゴの薬物耐性や環境変化に対する応答性などを調べるには、カサゴの生体を使用して試験しなければならず、そのため、大規模な飼育設備とランニングコストがかかっていた。
しかも、かかる試験で得られる結果は、カサゴの個体差や飼育環境に大きく依存するため、再現性の高いデータが得られないのが実情である。
【0005】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ組織から樹立した細胞株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、カサゴの尾ヒレ組織を所定条件下で培養することにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明の細胞株は、カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ由来の繊維芽様細胞であることを特徴とする。
【0008】
また、本発明の細胞株の好適形態は、リン酸緩衝食塩水で、培養容器壁から剥離可能であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、カサゴの尾ヒレ組織を所定条件下で培養することとしたため、カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ組織から樹立した細胞株を提供することができる。
本発明の細胞株を用いれば、カサゴの薬物耐性や、環境変化に対する応答性などを短時間且つ低コストで調査することが可能となり、しかも再現性の高いデータの取得が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明のカサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴ(Sebastiscus marmoratus)の尾ヒレ組織から樹立した細胞株(以下、「KSG−1」と略すことがある)につき詳細に説明する。
なお、本明細書において、濃度、含有量及び配合量などについての「%」は、特記しない限り体積百分率を表すものとする。
【0011】
本発明の細胞株(KSG−1)は、FERM AP−21161として平成19年1月18日付けで、独立行政法人産業技術総合研究所 特許微生物寄託センターに寄託してある。
【0012】
ここで、一般に、動物細胞では、その培養や株化の際、培養容器の内壁、特にTCフラスコ(組織培養フラスコ;Tissue culture flask)の底面に接着した当該動物細胞を剥離させるに当たって、トリプシンなどの酵素を用いなければならないが、このような酵素の使用は、培養細胞にダメージを与える。
これに対し、本発明の細胞株は、リン酸緩衝食塩水(Phosphate buffered saline)と接触させたり浸漬することにより、培養容器の壁部、特にTCフラスコの底面などから容易に剥離させることができる。よって、本発明の細胞株を用いれば、細胞にダメージを与えることなく細胞培養や継代操作を行うことができる。
【0013】
なお、本発明の細胞株を用いた細胞培養は、代表的には、以下の手順で行うことができる。
【0014】
[細胞培養手順]
解凍及び播種
凍結されたKSG−1が入ったセラムチューブを15℃のウォーターバスで暖めて解凍する。以下の操作は、すべてクリーンベンチ内で無菌的に行う。
解凍したKSG−1懸濁液1mLを10mLの培地が入った遠沈管に入れて十分にピペッティングし,1000rpsで2分間遠心分離する。上澄みをアスピレータで取り除いて、10mLの培地を加えてピペッティングし、KSG−1を十分に懸濁させる。
75cmのTCフラスコに播種し、15〜25℃、大気組成のインキュベータ内に静置する。KSG−1はTCフラスコの底面に接着して伸展し、増殖を始める。
【0015】
継代操作
KSG−1を培養しているTCフラスコの培地をアスピレータで吸引し、培養温度に暖めたリン酸緩衝食塩水を5mL注ぐ。15分程度静置してKSG−1が剥がれてきたら、ピペッティングによってすべてのKSG−1を剥がす。
KSG−1懸濁液を遠沈管に移し、1000rpsで2分間遠心分離する。上澄みをアスピレータで取り除いて、10mLの培地を加えてピペッティングし、KSG−1を十分に懸濁させる。所定の数の75cmのTCフラスコに播種し、15〜25℃、大気組成のインキュベータ内に静置する。
【0016】
凍結保存
継代と同様な操作でKSG−1をTCフラスコから剥離させ、凍結保存液にKSG−1が1×10cell/mLになるように懸濁させる。セラムチューブに1mLずつ分注し、−80℃のディープフリーザに入れて凍結させる。1日後に液体窒素凍結保存設備に移し、保管する。
【0017】
凍結保存液の組成
(1)Fetal Bovine Serum(MP Biomedicals Cat.No.2916854)
(2)4g/LのNaCl(和光純薬工業 試薬特級 Cat.No.191−01665)を含むLeibovitz L−15 Medium(MP Biomedicals Cat.No.1051120)に200g/Lの濃度になるようにD(+)−グルコース(和光純薬041−00595)を添加した液
(3)Dimethyl Sulfoxide(和光純薬046−21981)
上記(1)、(2)、(3)を体積比75:15:10で混合する。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0019】
(実施例1)
[株化]
神奈川県横浜市福浦岸壁付近(水深5m程度)で捕獲したカサゴの尾ヒレ組織を5mm角の大きさに切り出して、100unit/mL抗生物質入りPBSに20分浸した。尾ヒレ組織を取り出して1mm角程度に細かく刻み、維持培地が入ったTCフラスコに投入して、15℃のインキュベータ内に静置して培養した。
維持培地(L−15培地,10%FBS,4g/L−NaCl,PN−ST(50U/mL−50μg/mL))は3日ごとに交換した。3日程度で尾ヒレ組織から繊維芽様細胞が遊走した。
【0020】
繊維芽様細胞はTCフラスコの底面に接着した状態で増殖した。5ヶ月間培養を続けると、繊維芽細胞の急激な増殖が確認され、サブコンフルエント(容器が細胞で満杯になる一歩手前の状態)になったので、酵素(トリプシン−EDTA)で細胞を剥離させ、継代操作を行った。播種濃度は1×10cell/mLである。
この作業を繰り返し、株化した細胞を選別した。その後、継代操作を繰り返し、32代までの生存を確認した。
【0021】
(実施例2及び比較例1)
[KSG−1と3T3L1(マウス繊維芽細胞)との剥離率の比較]
TCフラスコで培養し、サブコンフルエントになったKSG−1細胞(実施例2)とマウス繊維芽細胞3T3L1(比較例1)を酵素(トリプシン−EDTA)又はPBSに15分間浸漬し、液相を除去した後、TCフラスコ底面に残存した細胞数を計測して剥離率を測定した。なお、剥離率は以下の式から求めた。
【0022】
剥離率(%)={(剥離前の細胞数)−(底面に残存した細胞数)}/(剥離前の細胞数)×100
【0023】
各例の細胞の剥離率を表1に示した。3T3L1(比較例1)はPBSでは全く剥離せず、酵素では100%近く剥離するのに対し、KSG−1(実施例2)の剥離率はいずれもほぼ100%であった。
【0024】
【表1】

【0025】
(実施例3)
[酵素とPBSのダメージ比較]
TCフラスコで培養してサブコンフルエントになった2種のKSG−1細胞A及びBをそれぞれ継代した。
Aは酵素(トリプシン−EDTA)に浸して細胞を剥離させ、BはPBSに浸して細胞を剥離させた。剥離操作の際に酵素又はPBSに浸漬する時間を変えて、細胞が受けたダメージを調べた。剥離させたそれぞれの細胞を遠心分離器で剥離液から分離抽出し、新しいTCフラスコに播種した。細胞はTCフラスコ底面に接着し、増殖を開始した。
剥離前の細胞数と、播種後の細胞数を数えて生存率を求め、図1に示した。
酵素で剥離させた場合、30分後で生存率が10%以下であるのに対し、PBSでは90%以上を示し,ダメージを与えることなく剥離できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0026】
カサゴ細胞に関する研究の進展を促進することができ、カサゴの生態解明やカサゴの養殖の実現に有効であり、食料としての利用性も向上できる。また、カサゴ由来のコラーゲンなど、有用物質の生産も可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】剥離の際におけるKSG−1の生存率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カサゴ目フサカサゴ科カサゴ属カサゴの尾ヒレ由来の繊維芽様細胞であることを特徴とする細胞株。
【請求項2】
リン酸緩衝食塩水で、培養容器壁から剥離可能であることを特徴とする請求項1に記載の細胞株。

【図1】
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【公開番号】特開2008−220198(P2008−220198A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59375(P2007−59375)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】