説明

カリグスの駆除方法

【課題】魚体や周辺環境に悪影響を及ぼすことのない安全性の高い方法で、養殖魚に寄生しているか、またはその周辺に生息しているカリグスを駆除するとともに、魚体から一旦脱落したカリグスが養殖魚に再寄生することを防止して、カリグスを確実に駆除することを課題とする。
【解決手段】閉鎖水系内で、過酸化水素濃度10〜3000mg/Lで養殖魚を1〜120分間処理した後、該閉鎖水系にカタラーゼ濃度が500〜50000単位/Lになるような量のカタラーゼを添加して、該閉鎖水系内のカリグスを駆除することを特徴とするカリグスの駆除方法により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、魚の養殖用水系内に生息する外部寄生虫の一種であるカリグスの駆除方法に関する。さらに詳しくは、この発明は、養殖魚に寄生しているか、またはその周辺に生息しているカリグスを駆除するとともに、魚体から一旦脱落したカリグスが養殖魚に再寄生することを防止する、カリグスの駆除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から海水系、淡水系を問わず各種魚類の養殖が盛んに行われている。これらの養殖魚類に寄生虫が寄生すると、養殖魚の成長が阻害され、ついには斃死するか、斃死しないまでも、魚体に変色や損傷が起こり、養殖魚としての商品価値が低下するという問題が生じる。
このような問題を解決するために、養殖魚を淡水浴、濃塩水浴、薬浴などに移して寄生虫を駆除することが行われている。
【0003】
例えば、特公平7−51028号公報(特許文献1)には、ハマチ、ブリ、カンパチ、シマアジ、タイなどの海水系養殖魚を所定濃度の過酸化水素で所定時間洗浄処理することにより、これらの海水系養殖魚に寄生するエラムシ、ハダムシ、カリグスなどの外部寄生虫を駆除する方法が記載されている。
また、特許第2575240号公報(特許文献2)には、アユなどの淡水魚を所定濃度の過酸化水素で所定時間処理することにより、淡水魚に寄生する寄生虫(ギロダクチルス)を駆除する方法が記載されている。
さらに、特許第2817753号公報(特許文献3)には、トラフグを所定濃度の過酸化水素で所定時間処理することにより、トラフグの鰓に寄生している段階のヘテロボツリウムを駆除する方法が記載されている。
【0004】
上記の寄生虫の中でも、カリグスは、体長3〜5ミリ程度の魚類寄生性甲殻類の一種であり、養殖ブリなどでは主に鰓に寄生し、他の魚では体表や鰭の基部に寄生することが多く、宿主である魚の上皮組織を食べて生きている。カリグスの寄生した魚は、寄生部位が傷ついて炎症を起こし、赤く腫れたり、細菌感染を引き起こしたりする。
そこで上記の先行技術のように、養殖魚に寄生したカリグスを過酸化水素で駆除する処理が行なわれているが、カリグスはエラムシやハダムシとは異なり、過酸化水素による処理で一旦魚体から脱落しても、水中を遊泳して、養殖魚に再寄生するという問題があった。
【0005】
【特許文献1】特公平7−51028号公報
【特許文献2】特許第2575240号公報
【特許文献3】特許第2817753号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、魚体や周辺環境に悪影響を及ぼすことのない安全性の高い方法で、養殖魚に寄生しているか、またはその周辺に生息しているカリグスを駆除するとともに、魚体から一旦脱落したカリグスが養殖魚に再寄生することを防止して、カリグスを確実に駆除することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、閉鎖水系内において、養殖魚を所定濃度の過酸化水素で所定時間処理した後、該閉鎖水系内のカタラーゼが所定濃度になるような量のカタラーゼを添加することにより、養殖魚に寄生しているか、またはその周辺に生息しているカリグスを駆除するとともに、養殖魚への再寄生能力を失活させることができることを見出し、この発明を完成するに到った。
【0008】
かくして、この発明によれば、閉鎖水系内で、過酸化水素濃度10〜3000mg/Lで養殖魚を1〜120分間処理した後、該閉鎖水系にカタラーゼ濃度が500〜50000単位/Lになるような量のカタラーゼを添加して、該閉鎖水系内のカリグスを駆除することを特徴とするカリグスの駆除方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
この発明の方法は、魚体や周辺環境に悪影響を及ぼすことのない安全性の高い方法で、養殖魚に寄生しているか、またはその周辺に生息しているカリグスを駆除するとともに、魚体から一旦脱落したカリグスが養殖魚に再寄生することを防止して、カリグスを確実に駆除することができ、産業上極めて有用である。
また、この発明の方法によれば、過酸化水素がカタラーゼにより酸素と水に分解されるので、養殖魚処理後の過酸化水素の分解を促進できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
この発明のカリグスの駆除方法は、閉鎖水系内で、過酸化水素濃度10〜3000mg/Lで養殖魚を1〜120分間処理した後、該閉鎖水系にカタラーゼ濃度が500〜50000単位/Lになるような量のカタラーゼを添加して、該閉鎖水系内のカリグスを駆除することを特徴とする。
【0011】
この発明の方法で駆除されるカリグス(Caligus、Pseudocaligus)は、シフォノストム目(Siphonostomatoida)、ウオジラミ科(Caligidae)、ウオジラミ属(Caligus)に属する魚類寄生性甲殻類の一種である。その体長は3〜5ミリ程度で遊泳能力を有し、頭胸部が宿主である魚の体表に吸い付いて離れない吸盤状の構造を有している。
カリグスは、海水系、淡水系を問わず、ハマチ、ブリ、カンパチ、シマアジ、タイ、トラフグ、ヒラメ、サケ、金魚、フナ、コイなどの多種養殖魚に寄生することが知られている。養殖ブリなどでは主に鰓に寄生し、他の魚では体表や鰭の基部に寄生することが多く、宿主である魚の上皮組織を食べて生きている。
【0012】
カリグスは、ほとんど全てが海産物の外部寄生虫であり200種ほどが報告されている。代表的な種およびその寄生魚および寄生部位は、次のとおりである。
Caligus spinosus:ブリ、カンパチ、ヒラマサの鰓
Caligus lalandei:ブリ、ヒラマサの体表
Caligus seriolae:ブリの鰓
Caligus longipedis:シマアジの体表
Pseudocaligus fugu:トラフグの体表
Caligus fugu:トラフグの口腔壁
Caligus orientalis:ニジマス、カワチブナの体表
本発明は、上記の養殖魚に限定されず、カリグスが寄生するいずれの魚にも適用できる駆除方法である。
【0013】
この発明で使用される過酸化水素としては、通常、工業用として市販されている濃度3〜60%(例えば、35%)の過酸化水素水溶液が挙げられる。
過酸化水素を閉鎖水系内に添加するにあたっては、過酸化水素が直接降り掛かって魚体に悪影響を与えることのないように、過酸化水素を海水あるいは淡水で所定の濃度に希釈して用いるのが好ましい。
【0014】
この発明の方法における過酸化水素での処理は、カリグスの駆除効果、魚体の生態に対する影響度等を考慮して、養殖魚の種類や周辺環境などの状況により適宜変更することができる。
例えば、過酸化水素濃度10〜3000mg/Lで1〜120分間、好ましくは過酸化水素濃度15〜600mg/Lで3〜60分間養殖魚を処理することにより、過酸化水素での処理が行われる。
過酸化水素濃度が10mg/L未満である場合、または処理時間が1分未満である場合には、十分なカリグス駆除効果が得られないことがある。また、過酸化水素濃度が3000mg/Lを超える場合、または処理時間が120分間を超える場合には、魚体の生態に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0015】
この発明で使用されるカタラーゼは、過酸化水素の分解反応を触媒する酵素であり、牛、豚などの動物の肝臓、腎臓、赤血球に多く含まれている。また、Aspergillus niger、Micrococcus lysodeikticusなどの細菌を培養することによっても得られる。
この発明では、それらの抽出物、培養物や培養抽出物をカタラーゼとして用いることができ、それらは精製されていなくてもよいが、その分子量は10万〜50万程度、活性は10000〜100000単位/mL程度であるものが好ましい。
カタラーゼを閉鎖水系内に添加するにあたっては、カタラーゼを海水あるいは淡水で所定の濃度に希釈して用いるのが好ましい。
【0016】
閉鎖水系内のカタラーゼ濃度は、過酸化水素と同様に、養殖魚の種類や周辺環境などの状況により、また過酸化水素の濃度により、適宜設定することができるが、通常、例えば500〜50000単位/L、好ましくは1500〜30000単位/Lである。
カタラーゼ濃度が500単位/L未満である場合には、十分なカリグスの駆除効果が得られないことがある。また、カタラーゼ濃度が30000単位/Lを超える場合には、添加量に応じた効果が得られ難く、高価なカタラーゼの使用量を増やすことになる。
なお、使用するカタラーゼの活性が50000単位/mLである場合、これを10mg/Lの割合で使用したときのカタラーゼ濃度は500単位/Lとなる。
この発明における過酸化水素とカタラーゼによるカリグス駆除作用機序は定かでないが、カタラーゼが過酸化水素を分解する際に発生する酸素の微細な気泡が関係しているものと考えられる。
【0017】
この発明における閉鎖水系とは、隔壁をもって閉鎖された遊泳区画のことをいう。
また、閉鎖水系内で養殖魚を過酸化水素で処理した後、カタラーゼを添加する際には、養殖魚を閉鎖水系内に遊泳させたままであってもよいが、カタラーゼを添加する前に、養殖魚を閉鎖水系内から移動させておいてもよい。
閉鎖水系内から養殖魚を移動させる方法としては、養殖魚に負担をかけることなく、迅速に移動させることができる方法であれば特に限定されない。例えば、処理(治療)対象の養殖魚が飼育されている生簀に移動式の薬浴用筏を隣接させ、飼育生簀との接合開口部を有する薬浴槽を薬浴用筏に設置しておいて、接合開口部を介して養殖魚を飼育生簀から薬浴槽へ移動させる方法などが挙げられる。
【0018】
閉鎖水系内に過酸化水素またはカタラーゼを添加し、これらを分散させて濃度を均一する方法としては、公知の方法が適用できるが、実用上、閉鎖水系の上方から過酸化水素水またはカタラーゼ含有水溶液を散布する方法が、簡便であって好ましい。
また、この発明の方法では、閉鎖水系内で養殖魚を過酸化水素で処理した後、時間をあけないで、カタラーゼを添加するのが好ましい。
【実施例】
【0019】
この発明を試験例により具体的に説明するが、この発明はこれらの試験例により限定されるものではない。
【0020】
試験例1(カリグス駆除効果確認試験)
養殖トラフグに寄生しているカリグスを採取して供試カリグスとし、その駆除効果確認試験を行なった。すなわち、和歌山県沿岸から採取した試験海水(水温:20℃、塩分濃度:3.3%、pH:8.2)を各試験区(水槽)に1Lずつ入れ、1試験区あたり5個体のカリグスを入れた。次いで、表1に示す試験条件で薬浴(浸漬)処理を行ない、処理後に供試カリグスを清浄な試験海水200mLを満たしたスチロール瓶に移した。その後、24時間、48時間、96時間および120時間経過時における供試カリグスの累積死亡数を目視で計測した。
例えば、試験区1では、過酸化水素(35%水溶液)を過酸化水素濃度が600mg/Lになるように添加して30分間処理し、次いでカタラーゼ(三菱ガス化学株式会社製、商品名:アスクスーパー、活性:50000単位/mL)をカタラーゼ濃度が600mg/Lになるように添加して30分間処理した。
なお、カタラーゼの濃度600mg/L、60mg/L、300mg/Lおよび30mg/Lは、30000単位/L、3000単位/L、15000単位/Lおよび1500単位/Lに相当する。
得られた結果を処理条件と共に表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
表1の結果から、所定量の過酸化水素とカタラーゼとを用いた試験区1、2、5および6では、24時間後に供試カリグスが3〜4個体死亡し、96時間後にすべての供試カリグスが死亡することがわかる。
なお、試験区1、2、5および6では、薬浴処理後の過酸化水素の濃度はほぼ0mg/Lであった。
【0023】
また、試験区5および6の過酸化水素の濃度は試験区1および2の1/2であるが、試験区5および6では、試験区1および2と同等の駆除効果を示した。
さらに、試験区2および6のカタラーゼの濃度はそれぞれ試験区1および5の1/10であるが、試験区2および6では、試験区1および5と同等の駆除効果を示した。
【0024】
一方、過酸化水素のみを用いた試験区3および7、過酸化水素と清浄試験海水とを用いた試験区4および8では、24時間後に供試カリグスが0〜2個体死亡し、120時間後に供試カリグスが2〜3個体死亡した。
なお、清浄試験海水のみを用いた試験区9(ブランク)では、120時間後にもすべての供試カリグスが生存していた。
以上のことから、所定量の過酸化水素とカタラーゼとを用いるこの発明の方法は、優れたカリグス駆除効果を有することがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
閉鎖水系内で、過酸化水素濃度10〜3000mg/Lで養殖魚を1〜120分間処理した後、該閉鎖水系にカタラーゼ濃度が500〜50000単位/Lになるような量のカタラーゼを添加して、該閉鎖水系内のカリグスを駆除することを特徴とするカリグスの駆除方法。

【公開番号】特開2008−295311(P2008−295311A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−142066(P2007−142066)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(000154727)株式会社片山化学工業研究所 (82)
【Fターム(参考)】