説明

カルボン酸アンモニウムの製造方法

【課題】ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物から製造されたカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液を精製する方法に関する。その中でも、生体触媒由来のタンパク質を精製除去する実用的な工業的方法を提供する。
【解決手段】ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いたニトリル化合物の加水分解反応によって得られた30重量%より高い濃度のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液を精密濾過膜を用いてフィルター処理することによって生体触媒由来の漏出タンパク質を除去することを特徴とする、カルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物から製造されたカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液を精製する方法に関する。その中でも、本発明は、生体触媒由来のタンパク質を精製除去する実用的な工業的方法を提供する。とりわけ、本発明は、グリコロニトリルを原料として用いた時には、グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを精製する実用的な工業的方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
酵素活性を有する生体触媒を利用して目的の化合物を合成する方法は、反応条件が穏和であるため反応プロセスが簡略化できること、あるいは副生成物が少なく高純度の反応生成物を取得できる等の利点があるため、近年、様々な化合物の製造に用いられている。中でもニトリル化合物をカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムに変換する活性を持つニトリラーゼやニトリル化合物をカルボン酸アミドに変換する活性を持つニトリルヒドラターゼ等の加水分解酵素は、その特異的な反応挙動から、様々なカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム、あるいはカルボン酸アミドの製造に用いる検討がなされている。
【0003】
それらの中で、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物をカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムに変換するカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法も数多く検討されている。例えばCorynebacterium属を用いてグリコール酸、乳酸、2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献1)、或いはRhodococcus属またはGordona属を用いてグリコール酸を製造する方法(特許文献2)、或いはAcidovorax属を用いてグリコール酸、2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献3)、或いはBrevibacterium属を用いて乳酸を製造する方法(特許文献4)、或いはPseudomonas属またはArthrobacter属またはAspergillus属またはPenicillium属またはCochliobolus属またはFusarium属を用いて乳酸、2−ヒドロキシイソ酪酸、2−ヒドロキシ−2−フェニルプロピオン酸、マンデル酸、を製造する方法(特許文献5)、或いはAcidovorax属 由来のNitrilaseを遺伝子工学的手法で大腸菌等に発現させたものを用いてグリコール酸を製造する方法(特許文献6)等が開示されている。また本発明者らも既にAcinetobacter属を用いてグリコール酸を製造する方法(特許文献7)について報告している。
【0004】
前述の従来の技術の中には、生体触媒として用いるニトリラーゼやニトリラーゼ活性を有する菌体等を懸濁液の状態で用いて反応を行う場合がある。その場合、反応液中に存在する菌体及びまたは菌体由来のタンパク質を除去し、最終製品への混入を防止する必要があるため、通常、菌体を除去する場合は遠心分離法や精密濾過膜(Microfiltlation Membrane;MF膜とも称する)等の分離膜を用いる方法を行い、該菌体由来のタンパク質を除去する場合は限外濾過膜(Ultrafiltlation Membrane;UF膜とも称する)等の分離膜を用いる方法を行っていた。
【0005】
遠心分離法により溶液中に懸濁したタンパク質を上清と完全に分離させるためには、高い遠心力を長時間かけて遠心分離を行わなくてはならない。この遠心力と時間の設定条件は、遠心分離機の種類や、分離しようとするタンパクの種類によって異なるが、一般的な設定値としては10000〜15000Gで20〜30分間程度が必要である。更に、遠心分離法においては上清中のタンパク質を完全に除去することは不可能なので、その他の方法と組み合わせる必要があり、非常に煩雑な操作となる欠点がある。
【0006】
一方、分離膜を用いる方法においても、まず精密濾過膜(MF膜、通常の細孔径は0.01〜2μm)を用いて菌体を除去した後、限外濾過膜(UF膜、通常の細孔径は0.001〜0.01μm)を用いて該菌体由来のタンパク質を除去する方法が一般的な方法であり、非常に煩雑な操作を必要としていた。例えばMF膜による除菌体を省いて、菌体とともに該菌体由来のタンパクを一気に除去する方法もあるが、通常UF膜は細孔径が非常に小さいため、タンパクによる目詰まりが発生すると、一旦アルカリ薬液による逆洗操作等の目詰まりを解消する操作が必要となり、単位時間当たりの濾過処理量が低減され、それを補うだけの膜面積が必要となり、設備費がかかる等の問題を生じていた。
【0007】
【特許文献1】特公平3−38836号公報
【特許文献2】特開平9−028390号公報
【特許文献3】特開2005−504506号公報
【特許文献4】米国特許3940316号
【特許文献5】特公平4−63675号公報
【特許文献6】国際公開WO2006/069110号公報
【特許文献7】特開2007−289062号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物からカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムを製造する際、該反応によって合成されたカルボン酸アンモニウム水溶液を精製する方法を提供することにある。とりわけ、本発明の課題は、該生体触媒から漏出してくるタンパク等の不純物を効率よく除去できる、工業的に有利なカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液の精製法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物を原料にカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムを製造するに当たって、該生体触媒から漏出してくるタンパク質等の不純物を効率よく除去できる、工業的に有利なカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液の精製法について鋭意検討を行ったところ、驚くべきことに、高濃度のカルボン酸アンモニウム水溶液の場合、通常は菌体の除去に用いられるMF膜(通常の細孔径が0.01〜2μm)等の分離膜を用いて精製処理を行うだけで、該菌体由来のタンパク質についても精製除去ができる現象を見出した。即ち、ある一定濃度以上のカルボン酸アンモニウム水溶液であれば、あるいはニトリラーゼ活性を有する生体触媒が高濃度までカルボン酸アンモニウムを蓄積できれば、該反応液中にある該生体触媒由来のタンパク等の不純物をMF膜等の分離膜を用いて精製処理を行うだけ除去できることを発見し、本発明を完成させるに至った。尚、通常漏出タンパクのサイズではMF膜の細孔径での除去分離は不可能であるにも拘わらず、本発明において除去分離が可能となっているメカニズムについては、恐らくニトリラーゼの作用によって生成されたカルボン酸アンモニウムによる塩析効果で漏出タンパク同士の凝集、あるいは漏出タンパクの菌体細胞表面への凝集が起こっているために、タンパク凝集物としてあるいは菌体と共にMF膜で除去分離されているものと推定されるが、本メカニズムだけで本現象が起こっているかどうかは不明である。
【0010】
即ち、本発明は以下に記載する通りの構成を有する。
(1) ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いたニトリル化合物の加水分解反応によって得られた30重量%より高い濃度のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液を精密濾過膜を用いてフィルター処理することによって生体触媒由来の漏出タンパク質を除去することを特徴とする、カルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(2) カルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液の濃度が35重量%以上である、(1)に記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(3) ニトリル化合物がα−ヒドロキシニトリルである、(1)又は(2)に記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(4) ニトリル化合物がグリコロニトリルである、(1)から(3)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(5) 生体触媒が、微生物菌体又はその処理物、あるいは微生物菌体由来のニトリラーゼの固定化物又は懸濁液である、(1)から(4)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(6) ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)由来のニトリラーゼ、又はAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)のニトリラーゼ遺伝子によってコードされるタンパク質酵素である、(1)から(5)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(7) 生体触媒が、グラム陰性菌及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液である、(1)から(6)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(8) 生体触媒が、Acinetobacter属の菌体及びまたはその処理物の、固定化物及びまたは懸濁液である、(1)から(7)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
(9) 生体触媒が、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)の菌体及びまたはその処理物の、固定化物及びまたは懸濁液である、(1)から(8)の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ニトリラーゼを有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物からカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムを製造するに当たり、該生体触媒から漏出してくるタンパク質等の不純物を効率よく除去できる、工業的に有利なカルボン酸アンモニウム水溶液の精製方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明について具体的に説明する。
本発明における「カルボン酸又はカルボン酸アンモニウム」という表記についてまず説明する。ニトリラーゼを用いてニトリル化合物を加水分解した場合、ニトリル化合物中のNはアンモニアに変換され、通常、ニトリラーゼを用いる加水分解反応条件においては、該アンモニアが同時に生成されるカルボン酸と瞬時にアンモニウム塩を形成するので最終的にはカルボン酸アンモニウムが生成されることとなる。しかしながら、反応機構的にはカルボン酸を合成する課程を経ているため、本発明においては、カルボン酸あるいはカルボン酸アンモニウムの両方を意味する方法として、カルボン酸又はカルボン酸アンモニウムという表記を採っている。
【0013】
本発明で用いるニトリル化合物は、ニトリル基(−CN)を有する化合物であれば特に限定されないが、好ましくはα−ヒドロキシニトリルである。本発明で言うα−ヒドロキシニトリルとは、一般式[I]:RCH(OH)CN(式中Rは水素原子、置換基を有してもよいC1〜C6のアルキル基、置換基を有してもよいC2〜C6のアルケニル基、置換基を有してよいC1〜C6アルコキシル基、置換基を有してもよいアリール基、置換基を有してもよいアリールオキシ基又は置換基を有してもよい複素環基を示す。)で表されるα−ヒドロキシニトリルを言い、例えば、マンデロニトリル、アセトンシアンヒドリン、グリコロニトリル、ラクトニトリル、2−ヒドロキシ4−メチルチオイソブチロニトリル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記の中でも特に好ましくは、グリコロニトリルを用いることができる。
【0014】
本発明で言うニトリラーゼを有する生体触媒とは、ニトリル基をカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム基へ直接変換する能力を有する酵素、ニトリラーゼを保有する触媒であれば如何なる形態のものでもよい。
【0015】
生体触媒の形態としては微生物細胞を休眠状態でそのまま使用しても構わないし、或いは破砕処理したもの、または該微生物細胞から必要なニトリラーゼ酵素を取り出したものをそのまま使用しても構わないし、一般的な包括法、架橋法、担体結合法等で固定化したものを使用してもよい。尚、固定化担体の例としては、ガラスビーズ、シリカゲル、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、カラギーナン、アルギン酸、光架橋樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
ニトリラーゼの起源となる微生物種としては多くのものが知られているが、例えばニトリラーゼ高活性を有するものとして、Rhodococcus属、Acinetobacter属、Alcaligenes属、Pseudomonas属、Corynebacterium属等が挙げられる。本発明においてはこれらの中でも、特にグラム陰性菌であるAcinetobacter属、Alcaligenes属が好ましく、更に好ましくはAcinetobacte属がよい。具体的にはAcinetobacter sp.AK226(FERM BP-08590)、Acinetobacter sp.AK227(FERM- BP-08591)である。これらの菌株は、特開2007-289-62、特開2005-176639、特開2004-305066、特開2004-305058、特開2004-305062、特開2001-299378、特開平11-180971、特開平06-303991、特開昭63-209592、特公昭63-2596号公報等に記載されている。
【0017】
また例えば、天然の或いは人為的に改良したニトリラーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法によって組み込んだ微生物、或いはそこから取り出したニトリラーゼ酵素であっても構わないが、ニトリラーゼの発現量が少ない微生物或いはニトリル化合物からカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムへの変換活性の低いニトリラーゼを発現した微生物を少量用いてカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムを製造するには、より多くの反応時間を要するため、可能な限りニトリラーゼを高発現した微生物、及びまたは変換活性の高いニトリラーゼを発現した微生物、或いはそこから取り出したニトリラーゼ酵素を用いることが望ましい。
【0018】
本発明における生体触媒由来の漏出タンパク質とは、ニトリラーゼ酵素タンパクであっても構わないし、その他のタンパクであっても構わない。また、漏出が生体触媒を保存している間に起こったものであっても、或いは反応中に起こったものであっても構わない。通常、カルボン酸アンモニウム塩濃度が高くなると浸透圧の関係から菌体の破砕が起こりやすくなり、タンパク質の漏出が促進される可能性が高いので、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、蓄積濃度の高い条件まで反応を行うと漏出タンパク質が多くなることが予想される。
【0019】
本発明における精密濾過膜(MF膜)とは、特に限定されないが、通常細孔径が0.1〜2μmであり、除菌、除濁、清澄化等の用途に用いられる。材質についても様々なものが市販されており、例えばポリエチレン製、ポリフッ化ビニリデン製、セラミック製のもの等がある。形状については膜の目詰まり防止の観点からクロスフロー運転を行う中空糸型モジュールが一般的であるが、平膜形状であっても構わない。
【0020】
本明細書で言う限外濾過膜(UF)とは、特に限定されないが、通常細孔径が0.001〜0.01μmであり、高分子分画、清澄・濃縮等の用途に用いられる。材質については様々なものが市販されており、例えばポリアクリロニトリル製、ポリスルフォン製、セラミック製のものがある。形状についてはMFと同様に、膜の目詰まり防止の観点からクロスフロー運転を行う中空糸型モジュールが一般的であるが、平膜形状であっても構わない。
【0021】
本発明におけるカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液の濃度については、漏出しているタンパク質の種類や液性によって適正な濃度が変わってくるが、塩析効果を示す領域であればいかなる値であってもよく特に限定されないが、通常は30重量%より高い濃度で本発明の効果が現れ、好ましくは35重量%以上、より好ましくは40重量%以上、最も好ましくは50重量%以上がよい。
【0022】
フィルター処理する反応液のpHは、使用するニトリラーゼ活性を有する生体触媒由来のタンパク質が塩析効果を示す領域であればいかなる値であってもよく特に限定されないが、通常はニトリラーゼ反応の至適pHで反応を行わせ、そのままフィルター処理を行うと都合がよいので、本発明においては反応液のpHは好ましくは6〜8であり、より好ましくは6.5〜7である。
【0023】
フィルター処理の温度については、使用するニトリラーゼ活性を有する生体触媒由来のタンパク質が塩析効果を示す領域であればいかなる値であってもよく特に限定されないが、ニトリラーゼ反応の至適温度で反応を行わせ、そのままフィルター処理を行うと都合がよいので、本発明においては、温度は好ましくは30〜60℃であり、より好ましくは40〜50℃である。
【0024】
ニトリル化合物の加水分解反応の条件は、pHは好ましくは6〜8であり、より好ましくは6.5〜7である。反応温度については、反応温度が低すぎると反応活性が低くなり、高濃度のカルボン酸アンモニウムを製造する場合、より多くの反応時間を要する。一方、反応温度が高すぎるとニトリラーゼ酵素の熱劣化で、目的とする最終カルボン酸アンモニウム濃度が高い場合、該濃度まで到達させることが困難となり、結果として新たなニトリラーゼ酵素を持つ生体触媒を追添する等の処置が必要となり触媒コストが高くなる。よって、通常、反応温度は好ましくは30〜60℃であり、より好ましくは40〜50℃である。
【0025】
カルボン酸又はカルボン酸アンモニウムを製造する反応方法は、固定床、移動層、流動層、撹拌槽等、いずれでもよく、また連続反応でも半回分反応でもよいが、特に固定化されていない微生物菌体を用いる場合、反応の容易性から攪拌槽を用いた半回分反応がよい。その場合、反応効率の観点から、適切な攪拌を行うのがよい。また、半回分反応を行う場合、ニトリラーゼを持つ生体触媒は1バッチ使い捨てでもよいし、繰り返し反応を行ってもよい。但し、繰り返し反応を行う場合、該生体触媒をカルボン酸アンモニウム高濃度から低濃度へ急激に変化させるため、浸透圧の影響等で比活性が低下する場合があるので注意を要する。
【0026】
反応基質であるニトリル化合物の反応中の定常濃度については、2重量%以下が好ましく、より好ましくは0.1〜1.5重量%、更に好ましくは0.1〜1.0重量%、最も好ましくは0.2〜0.5重量%にコントロールするのがよい。ニトリル化合物の濃度が高すぎると、生成物阻害及びまたは失活、或いは高生成物蓄積濃度で初めて顕著となる基質阻害及びまたは失活の影響が急激に大きくなり、それまで進行していた反応が停止してしまう場合がある。また、ニトリル化合物の濃度が低すぎると反応速度を低下させることとなり、効率的にカルボン酸又はカルボン酸を製造できないので不利である。
【0027】
製造されるカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量比は1/100以下がよく、好ましくは1/100〜1/200、より好ましくは1/200〜1/300、更に好ましくは1/300〜1/500である。製造されるカルボン酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が多すぎると該生体触媒懸濁液由来の不純物が反応液中に多く同伴されるため精製コストが上がり、製品品質が低下するので好ましくない。逆に、製造されるカルボン酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が少なすぎるとリアクターボリューム当たりの生産性が低下し、大きなリアクターサイズが必要となり経済的に不利となる。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。尚、本発明はこれらの実施例により必ずしも限定されるものではなく、その要旨を超えない限り、様々な変更、修飾が可能である。特に実施例においては、グリコロニトリル(HO-CH2-CN)を用いた実験のみを示すが、本発明の主旨を考慮すると、ニトリラーゼの作用により生成したカルボン酸アンモニウムが塩析効果を示すことが重要なので、グリコロニトリル以外のニトリル化合物についても同様の現象と結果が得られることは容易に類推できるものである。
【0029】
本発明に使用する生体触媒であるAcinetobacter sp.AK226は、本発明者らが独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに国際寄託したものであり、FERM BP−08590の国際寄託番号を有するものである。
【0030】
生体触媒懸濁液中の乾燥生体触媒重量の測定法は、以下のごとく実施した。まず、適当な濃度の生体触媒懸濁液を適量取り、−80℃まで冷却した後、凍結乾燥機を用いて完全に乾燥し、その重量値から前記生体触媒懸濁液の濃度を算出した。固定化物については固定化時における既知となった生体触懸濁液の使用量と架橋剤や固定化担体の使用量から乾燥生体触媒重量を算出した。
【0031】
反応液及び処理液の分析は、以下のごとく実施した。基質であるグリコロニトリル及び生成物であるグリコール酸(アンモニウム)は、高速液体クロマトグラフィーで測定した。反応液及び処理液を2M塩酸水溶液で希釈することで反応を停止し、0.2μmフィルター処理で菌体を除いた後、高速液体クロマトグラフィー分析を実施した。カラムはイオン排除カラム(島津Shim-pack SCR-101H)、カラム温度は40℃、移動相はリン酸水溶液(pH=2.3)、流速は0.7mL/min、検出器はUV(島津SPD-10AV vp、210nm)及びRI(島津RID-6A)、注入量は10μLで実施した。また、菌体由来のタンパクの定量は、GPCで測定した。装置は島津LC-10Vp、カラムは水系GPCカラム(Shodex Asahipak GS320HQ,7.6mmI.D.×300mm)、カラム温度は40℃、移動相は30mMリン酸ナトリウム緩衝液+0.15M Na2SO4(pH=6.87)、流速は0.8mL/min、検出器はUV(280nm)、注入量は100μLで実施した。タンパクの定量は、標準物質としてシグマ社製アルブミン(ALBUMIN HUMAN Sigma A-3782)を使用し、同アルブミン換算で濃度を決定した。
【0032】
[生体触媒の調製]
塩化ナトリウム0.1重量%、リン酸二水素カリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.05重量%、硫酸第一鉄七水和物0.005重量%、硫酸アンモニウム0.1重量%、硝酸カリウム0.1重量%硫酸マンガン五水和物0.005重量%を含む培養液250mlを三角フラスコに仕込み、pHが7になるように水酸化ナトリウムで調整し、121℃で20分間滅菌した後、アセトニトリル0.5重量%を添加した。これにAcinetobacter sp.AK226を接種して30℃で振とう培養した(前培養)。ミーストパウダー0.3重量%、グルタミン酸ナトリウム0.5重量%、硫酸アンモニウム0.5重量%、リン酸水素二カリウム0.2重量%、リン酸ニ水素カリウム0.15重量%、塩化ナトリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.18重量%、塩化マンガン4水和物0.02重量%、塩化カルシウム二水和物0.01重量%、硫酸鉄7水和物0.003重量%、硫酸亜鉛7水和物0.002重量%、硫酸銅5水和物0.002重量%、大豆油2重量%を含む培養液3Lを5Lジャーファーメンターに仕込み、121℃で20分間滅菌した後、前記の前培養液を接種して30℃で通気攪拌を行った。培養開始10時間後から大豆油のフィードを開始した。PHは7になるようにリン酸及びアンモニア水でコントロールし、最終的に約5重量%のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を得た。更に0.06Mリン酸バッファーを用いて2回洗浄を行い、最終的にリン酸バッファーに懸濁されたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(乾燥菌体濃度10重量%)を得た。
【0033】
[原料グリコロニトリル]
原料グリコロニトリルは東京化成製55重量%グリコロニトリル水溶液をそのまま用いた。
【0034】
[実施例A]
上記の55重量%グリコロニトリルを原料に、前記の生体触媒懸濁液を用いて加水分解反応を行った。まず0.06Mリン酸バッファーに懸濁した状態で保存された既知菌体濃度(乾燥菌体濃度10重量%)のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を菌体濃度が約6900重量ppmとなるように3L四つ口フラスコに蒸留水とともに仕込み全液量を260gに調製(pH=6.94)した。該フラスコを恒温水槽に入れて攪拌(150rpm)を実施し、内温が50℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55重量%グリコロニトリル水溶液を、チューブポンプを用いて0.50g/minで連続フィードを開始した。同時に、1.5重量%アンモニア水をpH計に連動させながらチューブポンプでフィードし、反応液のpHを6.8〜7.0に保った。反応液のサンプリングは30分間隔で実施し、反応液中のグリコロニトリルとグリコール酸の濃度を前出の高速液体クロマトグラフィーで定量した。反応系内のグリコロニトリル定常濃度は0.2〜0.3重量%を保つようにグリコロニトリルフィード速度をコントロールしながら反応を継続し、最終的に1083gの反応液を得た。組成はグリコール酸アンモニウム:52.4重量%、グリコロニトリル:NDであった。本液を冷却式高速遠心分離機(KUBOTA7700)を使って、菌体を遠心分離(18000G×10min)除去した上清を採取した。前出のGPC分析の結果、タンパク濃度は、6.5μg/mLであった。同液をペンシル型MFモジュール(旭化成製PSP-003)で濾過処理を行ったところ、タンパク濃度はND(<1μg/mL)であった。また、同液を実験用メンブレンフィルター(MILIIPORE JAWP04700、孔径:1.0μm)で濾過処理を行っても、タンパク濃度はND(<1μg/mL)であった。
【0035】
[実施例1〜2、比較例1〜5]
0.06Mリン酸バッファーに懸濁した状態で保存された既知菌体濃度(乾燥菌体濃度10重量%)のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を菌体濃度が約9900重量ppmとなるように、500ml四つ口フラスコに蒸留水とともに仕込み、全液量を16.3gに調製(pH=6.89)した。該フラスコを恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が50℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55重量%グリコロニトリル水溶液を、チューブポンプを用いて0.04g/minで連続フィードを開始した。同時に、1.5重量%アンモニア水をpH計に連動させながらチューブポンプでフィードし、反応液のpHを6.8〜7.0に保った。反応液のサンプリングは30分間隔で実施し、反応液中のグリコロニトリルとグリコール酸の濃度を前出の高速液体クロマトグラフィーで定量した。反応系内のグリコロニトリル定常濃度は0.2〜0.3重量%を保つようにグリコロニトリルフィード速度をコントロールしながら反応を継続し、最終的に111.9gの反応液を得た。組成はグリコール酸アンモニウム:57.3重量%、グリコロニトリル:NDであった。本実験に使用したAcinetobacter sp.AK226懸濁液中のタンパク濃度はGPC分析の結果5600μg/mLであったので、本最終反応液中のタンパク濃度は約70μg/mLになると計算される。本反応液111.9gを数日間静置し、懸濁菌体を自然沈降させた後、デカンテーションで上清、約100gを分離し、菌体懸濁濃縮液11.9gを得た。本上清のタンパク濃度はGPC分析の結果ND(<1μg/mL)であったので、全タンパクが該菌体懸濁濃縮液中に存在すると仮定すると、タンパクは約660μg/mLと計算される。得られた菌体懸濁濃縮液に適当量の蒸留水を加えて、グリコール酸アンモニウム濃度が2.5、5、10、20、30、40、50重量%となるように7種類の菌体懸濁液を調製し、実験用メンブレンフィルター(MILIIPORE JAWP04700、孔径:1.0μm)で濾過処理を行い、GPCでタンパク濃度を定量した。結果を表1及び図1に示す。また、比較例3〜5、実施例1についてGPCチャートを図2に示す。
【0036】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、ニトリル化合物からカルボン酸(アンモニウム)を製造するに当たり、該生体触媒から漏出してくるタンパク等の不純物を効率よく除去できる、工業的に有利なカルボン酸アンモニウム水溶液の精製方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、グリコール酸アンモニウム濃度を変化させた場合の溶出タンパク質濃度を示す。
【図2】図2は、比較例3〜5及び実施例1のGPCチャートを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いたニトリル化合物の加水分解反応によって得られた30重量%より高い濃度のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液を精密濾過膜を用いてフィルター処理することによって生体触媒由来の漏出タンパク質を除去することを特徴とする、カルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項2】
カルボン酸又はカルボン酸アンモニウム水溶液の濃度が35重量%以上である、請求項1に記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項3】
ニトリル化合物がα−ヒドロキシニトリルである、請求項1又は2に記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項4】
ニトリル化合物がグリコロニトリルである、請求項1から3の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項5】
生体触媒が、微生物菌体又はその処理物、あるいは微生物菌体由来のニトリラーゼの固定化物又は懸濁液である、請求項1から4の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項6】
ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)由来のニトリラーゼ、又はAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)のニトリラーゼ遺伝子によってコードされるタンパク質酵素である、請求項1から5の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項7】
生体触媒が、グラム陰性菌及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液である、請求項1から6の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項8】
生体触媒が、Acinetobacter属の菌体及びまたはその処理物の、固定化物及びまたは懸濁液である、請求項1から7の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。
【請求項9】
生体触媒が、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)の菌体及びまたはその処理物の、固定化物及びまたは懸濁液である、請求項1から8の何れかに記載のカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−165418(P2009−165418A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−8076(P2008−8076)
【出願日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】