説明

ガムベースの設計方法

【課題】咀嚼運動の解析結果を利用してガムベースを設計することにより、当該需要者の咀嚼能力に合わせたテーラード・ガムを提供する。
【解決手段】需要者の咀嚼能力に合わせたガムを製造するために用いるガムベースを設計する方法。硬さの異なる少なくとも3種類の基準ガムベースを用意する工程;該少なくとも3種類の基準ガムベースのそれぞれに対して、該需要者の咀嚼運動を観察し、垂直方向の運動軌跡波形及び速度変化波形を取得する工程;各基準ガムベースについて、該運動軌跡波形及び速度変化波形から、閉口相後期において速度変化が小さくなる第1の特異点を抽出し、該第1の特異点における閉口速度を知得する工程;及び、該第1の特異点における閉口速度を、該基準ガムベースの硬さに対してプロットし、該硬さの変化に対する該閉口速度の変化率が最大となる硬さを、該需要者用のガムベースの硬さとして設定する工程、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガムベースの物理的性質、特に硬さの設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガムの硬さや凝集性、粘着性、重量などの物性が、開口幅や閉口速度、閉口相時間などといった咀嚼運動に及ぼす影響については、歯科補綴学の見地から既に解析的研究が行われている(例えば非特許文献1)。
【0003】
それらの研究は、概して、咀嚼運動を解析することにより、その結果を顎機能の診断に利用しようとするものである。この場合、ガムは被験者による咀嚼の対象として選択されたものであるにすぎない(例えば非特許文献2〜4)。したがって、被験者に咀嚼対象を与えず単に口の開閉運動を行わせて、下顎の運動速度パターンを解析したものや、ガム以外の各種食品を用いて、咀嚼運動を解析した研究もある(非特許文献5、6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】河野、補綴誌、35巻、178〜192頁、1991年
【非特許文献2】瑞森ら、補綴誌、36巻、496〜503頁、1992年
【非特許文献3】住吉ら、補綴誌、39巻、535〜541頁、1995年
【非特許文献4】安陪、補綴誌、44巻、274〜283頁、2000年
【非特許文献5】築山ら、補綴誌、39巻、530〜534頁、1995年
【非特許文献6】竹下ら、日本家政学会誌、58巻、3号、129〜137頁、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上に述べたように、従来、咀嚼運動の解析結果を歯科診断に利用する研究はなされていたが、それを嗜好食品あるいは治療用咀嚼材料としてのガムの設計に利用する研究はほとんどなされてこなかった。本発明は、咀嚼運動の解析結果を利用してガムベースを設計することにより、当該需要者の咀嚼能力に合わせたテーラード・ガムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、需要者の咀嚼能力に合わせたガムを製造するために用いるガムベースを設計する方法であって、硬さの異なる少なくとも3種類の基準ガムベースを用意する工程;該少なくとも3種類の基準ガムベースのそれぞれに対して、該需要者の咀嚼運動を観察し、垂直方向の運動軌跡波形及び速度変化波形を取得する工程;各基準ガムベースについて、該運動軌跡波形及び速度変化波形から、閉口相後期において速度変化が小さくなる第1の特異点を抽出し、該第1の特異点における閉口速度を知得する工程;及び、該第1の特異点における閉口速度を、該基準ガムベースの硬さに対してプロットし、該硬さの変化に対する該閉口速度の変化率が最大となる硬さを、該需要者用のガムベースの硬さとして設定する工程、を有することを特徴とする方法を提供し、これにより上記課題を解決しようとするものである。
【0007】
前記閉口速度知得工程において、前記第1の特異点に加え、それよりも咬頭嵌合位に近づいた状態で再び速度変化が小さくなる第2の特異点を抽出し、該第1の特異点における閉口速度から該第2の特異点における閉口速度を引いて、これを補正閉口速度とし、前記硬さ設定工程において、前記第1の特異点における閉口速度の代わりに該補正閉口速度を用いてもよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、需要者各人の咀嚼能力に合わせた硬さのガムベースが得られ、それを用いてガムを製造することができるため、嗜好食品としても、あるいは治療用咀嚼材料としても、需要者各人に適したガムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】試料成型の例を示す。
【図2】試料設置の例を示す。
【図3】硬さ測定の例を示す。
【図4】被験者がガムなしでタッピング運動を行ったときの垂直方向の(a)運動軌跡波形及び(b)速度変化波形を示す。
【図5】被験者がガムを噛んで咀嚼運動を行ったときの垂直方向の(a)運動軌跡波形及び(b)速度変化波形を示す。
【図6】図1(b)及び図2(b)の速度変化波形の閉口相後期の様子を拡大して示す。本図(a)及び(b)はそれぞれ図1(b)及び図2(b)に対応する。
【図7】実施例におけるポイント1での距離の分布を示す。
【図8】実施例におけるポイント1での速度の分布を示す。
【図9】実施例におけるポイント2での距離の分布を示す。
【図10】実施例におけるポイント2での速度の分布を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
咀嚼能力は各人各様であり、年齢や性別、あるいは民族や食生活によっても、かなり異なるとされる。したがって、ガムやガムベースのテクスチャー(硬さ、凝集性、粘着性など)を設計する場合には、ある程度需要者の咀嚼能力を想定する必要がある。噛む力の強い人が柔らかいガムを噛んだ場合にはコシのない食感を得るであろうし、逆に噛む力の弱い人が硬いガムを無理して噛んだ場合には歯を痛めたり顎の痛みを訴えることになりかねないであろう。
【0011】
一般に、ガムを噛み始めた時点ではガムベースがまだ唾液によって浸潤しておらず、甘味料や香料などの添加物も固体状なので歯ごたえがあるが、次第にガムベースが唾液で浸潤し、甘味料や香料が溶けてくると柔軟な食感に変わる。更にガムを噛み続け、甘味料や香料がほとんど溶出してしまうと再びややコシが強くなり、その後は一定の硬さで推移することになる。最終的には、ガムのテクスチャーは基本的にガムベースによって決まるといってよい。
【0012】
ガムベースの設計に当たっては、硬すぎることもなく柔らか過ぎることもなく、ガムを噛んでいる間の硬さの推移を、需要者が敏感に感じ取れるような硬さにガムベースを設計することが好ましい。しかしながら、咀嚼能力は上に述べたように各人それぞれ異なるので、各人の咀嚼能力に合わせた硬さに設計できれば、それがベストである。本願発明は、これを以下の手順にしたがって行う。
【0013】
まず、硬さの異なる少なくとも3種類のガムベースを用意する。このガムベースは咀嚼能力を評価するためのものなので、できるだけ咀嚼中における硬さの変化が少ないことが望ましい。したがって、咀嚼中に溶出する成分、たとえば甘味料や香料は無添加である方がよい。ただし、そのような無添加のガムベースであっても、咀嚼試験の開始直後は唾液がまだ浸潤していないので硬く、浸潤が進行するにしたがって次第に柔らかくなるため、咀嚼試験のデータは、ある程度時間が経過した後、ガムベースが十分に浸潤した状態で採取するのがよい。
【0014】
ガムベースの硬さは、例えば、次のようにして測定できる。
(1)測定装置
硬さ測定器として、Instron社製万能試験機5542を用い、測定用プランジャーには、義歯用アクリルレジン製の直径20 mm半球型冶具(GC社、UNIFAST Trad)を用いる。試料温度の調整には、循環式恒温槽LAUDA社製ecoline RE104を用いる。試料の固定は、紙ヤスリ(三共理化学社製Fujistar 320番)と両面テープ(ニチバン社製ナイスタック)を用いる。
(2)試料調製
(ア)試料の調製および成型
試料として、例えばチューインガム1枚(約3 g)を用い、これを40 ℃の流水中において10 分間手で十分に揉むことにより、試料中の水溶性成分を除去する。調製した試料を手で球状に丸めた後、水で満たしたガラス製バイアル瓶(直径25 mm,高さ55 mm)に入れ、バイアル瓶を恒温槽中で30℃・1時間インキュベートする。
インキュベート後、試料表面の水をキムワイプで取り除き、成型を行う(図-1)。すなわち、スライドガラス上にパスツールピペットで水を1〜2 滴滴下し、その水滴上に試料を置く。紙ヤスリに両面テープを張りつけ20 mm平方に裁断したものを、ヤスリ面が接するように試料に乗せる。紙ヤスリ上よりスライドガラス1枚を押し付け、試料を厚さ3 mmになるよう平らに成型する。
(イ)試料設置
循環式恒温槽により30 ℃に温調したステンレス製温調ステージ上に、アルミ製カップ(直径60 mm,深さ20 mm)を固定する。成型したチューインガム試料をカップ中央に設置した後、試料がすべて覆われるように、30 ℃に温調された水を静かにカップ内に注ぐ。3 分間放置して試料の温度を調整した後、物性測定を行う(図-2)。
(3)硬さ測定
プランジャーを16 mm/sで降下させ、浸入距離 2 mmで圧着する(図-3)。0.1秒のホールド時間を設けた後、プランジャーを16 mm/sで上昇させる。この動作において検出された応力の最大値をチューインガムの硬さとする。
【0015】
硬さの異なる少なくとも3種類のガムベースを用意するのは、下に述べるように、咀嚼サイクルの特定の時点における閉口速度を、ガムベースの硬さに対してプロットしたときに、直線近似でなく曲線近似を行うためである。発明者らが行った実験によれば、ガムベースの硬さと咀嚼サイクルの特定の時点(ポイント1)における閉口速度との間には正の相関があり、硬いガムベースを噛んだときの方が、柔らかいガムベースを噛んだときよりも、上記特定の時点における閉口速度が大きかった。ガムベースの硬さを横軸にとり、上記特定の時点における閉口速度を縦軸にとると、両者の関係は正の相関を示す曲線で近似できる。そして、需要者各人の咀嚼運動の解析結果から各人固有の相関曲線を求め、これを用いることにより各人の咀嚼能力に合わせた硬さのガムを設計することが可能となる。またある複数の需要者集団に対して上記の解析を行うことにより、その集団に適した硬さのガムを設計することが可能となる。
【0016】
上記相関曲線は、次の式によって表すことができる。
y = aLn(x) + b
y: 特定の時点における閉口速度
x: ガムベースの硬さ
そして、上記式中のパラメータは3点のプロットから求めることができる。
【0017】
需要者の咀嚼能力は、当該需要者に対して上記少なくとも3種類のガムベースを咀嚼させ、その咀嚼運動を非接触型の顎機能検査装置を用いて観測することにより、測定することができる。このような顎機能検査装置としては、被験者の頭部と下顎にLEDを取り付け、その運動軌跡をCCDカメラで追跡して解析するものなどが利用できる。多くのこうした検査装置は三次元的に追跡可能なものであるが、本発明では垂直方向の運動軌跡波形と速度変化波形のみを用いる。
【0018】
本発明の発明者らは、複数人に対する咀嚼運動を観察した結果、ガムベースを咀嚼する場合には、咀嚼サイクルの閉口相後期における負の等加速度(すなわち等減速度)領域中に、一時的に減速度が小さくなる2つの特異点が含まれることを見出した。第1の特異点は、最大閉口速度を示す位置を過ぎて咬頭嵌合位に至る中間点付近で見られ、第2の特異点は、第1の特異点を過ぎて更に閉口速度を減じ咬頭嵌合位に至る直前で見られる。このような2つの特異点は、ガムベースなしに単にタッピング運動(唇を閉じた状態で顎を開閉する運動)を行った場合には見られないものである。そして、この第1の特異点における垂直方向の閉口速度が、上に述べたように、ガムベースの硬さに対して正の相関を有することが見出されたのである。
【0019】
一方、第2の特異点における垂直方向の閉口速度も、ガムベースの硬さに対して正の相関を示す。しかしながら、第2の特異点は咬頭嵌合位に至る直前に見られるものであるため閉口速度の絶対値が小さく、これを単独で指標とするには誤差が入りやすいという難点がある。この第2の特異点における閉口速度は、ガムを最終的に押しつぶす際の感覚に対する応答であると考えられる。ただし、第1の特異点における閉口速度も、本来の食感であるガムの塊に歯で切り込みを入れる感覚とともに、押しつぶす感覚に対する応答も含まれると考えられるので、第1の特異点における閉口速度から第2の特異点における閉口速度を引くと、ガムの本来の食感により忠実に対応する指標になると考えられる。
【実施例】
【0020】
(1)実験方法
20歳台の個性正常咬合の有歯顎者である男女9名を被験者として、咀嚼運動の計測試験を行った。顎運動の計測には、非接触型の3次元6自由度顎運動パラメータを用いる顎機能統合検査装置ナソヘキサグラフシステムJM1000(小野測器社製)を用いた。装置の設定は、水平基準面を下顎咬合平面、運動解析点を下顎切歯点とし、咀嚼運動は自由咀嚼とした。計測時間は、咀嚼開始5分後からの30秒間とした。被験食品は、味と香料を無添加とした、硬さと重量の経時的変化が少ないガムベース3種類(GumC、GumD、GumE)をそれぞれ約1.5g用いた。これらのガムの硬さは、GumCを最も軟らかくし、次いでGumD、GumEの順に硬く調製した。計測データは咀嚼回数、開口幅、咀嚼周期のほか、フェイスボウに取り付けられたLEDの発光間隔(0.011秒)での垂直方向の移動距離より速度を求め、これより運動軌跡と速度変化の波形を形成して観測を行った。
【0021】
コントロールとして同様の方法でタッピング運動も観察した。タッピング運動では、図4に示すように速度変化によるスムーズな加速度の波形が現れ、閉口相における最大速度以降は等加速直線運動に近い波形が観察された。一方、ガムを咀嚼している場合には、図5に示すように速度の波形に変化する点(特異点)が2つ現れた。この点のうち、初めに見られる点をポイント1、終末付近に見られる点をポイント2として抽出し、図6に示すようにして、水平基準面からの垂直的距離と垂直方向の速度とを調べて分析した。統計処理は、SAS Ver.9を用いてTurkey検定を行った。また、ガムの硬さと、ポイント1及びポイント2の距離、ポイント1及びポイント2における速度、ならびに開口幅との相関を調べた。
【0022】
(2)実験結果
ガムの硬さと咀嚼回数、開口幅、周期、ならびにポイント及びポイント2における距離及び速度の平均を表1に、また、ポイント1及びポイント2における距離及び速度の分布を図7〜図10に示す。ポイント1ではガムの硬さが増加すると距離及び速度がともに増加する傾向にある。距離の比較ではGumEがGumCよりも大きく、速度の比較でも同様にGumEがGumCよりも大きくなった(図7、図8)。ポイント2でもガムの硬さが増加すると距離及び速度がともに増加する傾向にある。距離の比較ではGumDがGumDよりも大きく、速度の比較ではGumD及びGumEがGumCよりも大きくなった(図9、図10)。また、ガムの硬さと、ポイント1及びポイント2の距離及び速度ならびに開口幅との相関関係を解析した結果、硬さと開口幅には有意に高い相関が認められ、次いでポイント1の距離及び速度、ならびにポイント2の速度に有意に高い相関が認められた(表2)。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
需要者の咀嚼能力に合わせたガムを製造するために用いるガムベースを設計する方法であって、
硬さの異なる少なくとも3種類の基準ガムベースを用意する工程;
該少なくとも3種類の基準ガムベースのそれぞれに対して、該需要者の咀嚼運動を観察し、垂直方向の運動軌跡波形及び速度変化波形を取得する工程;
各基準ガムベースについて、該運動軌跡波形及び速度変化波形から、閉口相後期において速度変化が小さくなる第1の特異点を抽出し、該第1の特異点における閉口速度を知得する工程;及び、
該第1の特異点における閉口速度を、該基準ガムベースの硬さに対してプロットし、該硬さの変化に対する該閉口速度の変化率が最大となる硬さを、該需要者用のガムベースの硬さとして設定する工程、を有することを特徴とする方法
【請求項2】
前記閉口速度知得工程において、前記第1の特異点に加え、それよりも咬頭嵌合位に近づいた状態で再び速度変化が小さくなる第2の特異点を抽出し、該第1の特異点における閉口速度から該第2の特異点における閉口速度を引いて、これを補正閉口速度とし、前記硬さ設定工程において、前記第1の特異点における閉口速度の代わりに該補正閉口速度を用いる、請求項1記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−183886(P2010−183886A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31250(P2009−31250)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(599066676)学校法人東京歯科大学 (6)
【出願人】(307013857)株式会社ロッテ (101)
【Fターム(参考)】